昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
大きな屋敷。
見えていた灯りは提灯と灯籠のものだった。
違和感を感じたから近寄ってみる。炎の揺らぎが無いし、蝋燭にしては白っぽい光。
大きな提灯の上から覗くと中には白熱球があった。
「雰囲気ぶち壊し……」
「にゃはは。時代の変化についていかないとね」
にゃははって笑い方する人、初めてだ。猫である本田さんさえしないのに。
うちの制服を着た男女。背が高いな。よく似た二人。兄妹か双子か?
金色の瞳。それだけで人間じゃないのはわかる。
「私は三年の山田みさえ、こっちは弟のみさお。双子だよ。それにしても◯◯君は頑張ったね」
「……何をです?」
「地下の戦いも全校集会の時も、そしてこの前も。見てたよ」
「えっと……もしかして狐さんですか?」
「にゃはは! 『狐さん』だって! 可愛いね、君は』
笑いながら肩を何度も叩かれる。
いやだから、にゃははって。アニメキャラかよ。
「不出来な姉がすまんな。こいつはアニメとマンガが大好きなもんで」
弟、みさおさんは俺に謝りつつ、みさえさんの襟首を掴んで後ろへ。
「にゃーっ! みさおってば! 痛いにゃ」
美人さんなのが台無しだ、この人。
「俺らの屋敷に足を運んでもらったのには理由がある。ま、入ってくれ」
そう言って案内され門をくぐり、上がらせてもらう。
鳥居とかないんだな。
長い廊下の先にこれまた広い座敷に案内される。
そこに座っていたのは老婆だった。
みさおさんとみさえさんはその両隣に座る。
「ほっほ。◯◯君だね。よう来たね、まぁお座り」
にこにこして優しそうな雰囲気、昨年亡くなった父方のばあちゃんを思い出す。
「あたしらは狐だよ。長くこの地に住んでいる」
気圧された俺は黙って老婆の語りを聞く。
「狐はずっと人の近くで暮らしてきたからね、人との関わりは避けられない。占いで良くないことが起きると出たもんだから、この子らを街に行かせたわけさ」
王戸ちゃんのお母さんも前に事件を予言してたよな。
獣の本能がなせるわざか。
「この前、この国の退魔師をまとめる立場の人が来てね。君たちを守ってくれと頼み込んできたよ。珍しいことさ。人とは互いに不干渉だったから」
そんな話があったとは。
「よその世界の生まれ変わりが、良からぬ神を招き入れようと謀をしているという話なら、私らも動くことにしたんだよ」
「君が仲良くしてるイタチ。あの子達も前から活発にしてるね!」
「あ、王戸めぐみですね。色々と世話になってます。猫の人にも会いました。知ってますか?」
「もちろん知ってるよ。猫はね、あたしらと違ってまとまることはない。人の言う『自由人』なのさ」
狐は犬科だから社会性有り、猫は……猫だもんなぁ。
「にゃは! だからね、私とみさお二人は君のサポートをするよ」
「俺達もあんたのそばにいる子達に負けない働きは出来るよ」
「あ、ありがとうございます」
心強い味方が増えた。
「引越しで空き家になった家にあたしらを始め、吸血鬼、イタチが入っていってるよ。多いに越したことはないからね」
「そうだったんですか」
最近やたら引越しのトラック見かけるのはそれか。
「あれも二度失敗したから今度は必死になるだろうさ。この国、いやこの星に住む者が総出で当たらなきゃならなく規模になるだろうよ」
「……でしょうね。俺の単なる勘ですけど、大規模な仕掛けをしてくると思うんです」
「にゃは! 私とみさおがついてるから、頼りにしてくれていいよ?」
「……はい。お願いします。俺、弱いですから」
これは動かしようがない事実だ。
目にも止まらぬ動きなんて出来ないし、頼りはデアソードだけ。それもあの黒羽女には通用しなかった。
「この国は神様に愛されてる。守るのは住む者の役目。それを忘れないでおくれ」
にこりと笑う老婆。
ゆらゆらと姿がぼやけていく。
気がつくと家の近くの道路。俺は自転車を押して歩いていた。
幻術ってやつかな?
「狐に招待されたみたいね」
「佐藤さん、いたの?」
「君のこと、今は大勢が見てるのよ」
「はーそうなんだ」
「河野涼子は直接じゃなく、間接的に仕掛けるのが得意。油断はしない方がいいわ」
「……そうだね。あいつ、今この瞬間も見てるかも」
「そう思ってた方がいいかな。アンネから伝言。明日の放課後、皆で打ち合わせしましょうって。場所は瑛子ちゃんの家でね」
「あ、了解。さっきの狐さんも?」
「そうよ。じゃね」
闇に溶けるように消える佐藤優子。
「お兄ちゃん」
瑛子だ。
「今日、あの女に質問してたことだけど……」
「用水路に落ちた件か?」
「うん。あの時の女は間違いなく佐藤優子だよ」
「やっぱりかぁ。何でか知らんが急に思い出したんだよな」
「最初に血を吸われた時、お兄ちゃんは大して抵抗しなかったでしょ?」
「あ……そうだな。すんなり受け入れたんだ。自分でも不思議なぐらいに」
「それが彼女らのやり方。誰の血でも吸うわけじゃないから」
「そうなんだ?」
「んー、ちょっと例えは変だけど、お兄ちゃんだって誰とでもキスしたいわけじゃないでしょう?」
「それはそうだ。俺、キス魔じゃねえし」
「それと同じ」
「なるほどな、納得だ」
「『納得だ』じゃないわ。色目を使われてるのよ」
「それは……まあ。うん。でもさ、向こうからすりゃ俺なんてガキもいいとこなんだけどな」
何百年と生きてきた佐藤優子の気持ちは、想像もつかない。
けれど瑛子が心配することはないと思う。
だよな?