昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
◼️十七時四十五分
あれから約三時間。
飯田と王戸ちゃんの驚異の回復力を見せつけられた。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん。黒瀬さんのおかげでもう何ともないよ」
「わっ、私も元気いっぱいです!」
瑛子すごいな……まさに神様だ。
そして。
「お前さんにはまた世話になったな」
仁科亜矢子も意識を取り戻した。
「くそったれ。やつら、俺ら悪魔の泣きどころを知ってたってことだ。延髄を傷つけられたら接続が切れるからな」
以前、手駒にされていた黒羽女から漏れたんだろう。こちらの手の内を知り尽くしてる。
「また借りができちまったな。いずれ返す」
「それすぐ返してくれ。酒巻がどうしてるか、確認頼む」
「いいぜ」
そのまま消え去る仁科を眺めつつ、酒巻の無事を祈る。
「瑛子、封鎖区域の様子って見えるのか?」
「見えないよ。私の力を拒む結界が張られてる」
「やることグレードアップしやがって」
封鎖区域、もとは俺達の学校があった場所。
その地下にある大規模な空洞へ先に向かったアンネさん達。
俺たちは連絡待ちである。
◼️十八時十二分
「あまりに連絡遅くない?」
みさえさんがつぶやく。
俺も同じ気持ちだ。
その時全員のポケベルが一斉に電子音を発した。
数字によるメッセージは『作戦終了』。
「やった!」
全員に安堵の空気が流れる。
すぐに封鎖区域にある県警現地本部へ電話をかけると、
『ごめんね、遅くなって。後処理やら何やらで手間取っちゃって』
やや疲れが滲む声のアンネさん。
「俺達はどうすればいいですか?」
『結界がそのままだから、全員こっちに来てくれる? 奥の方にいるから』
「わかりました。すぐに行きます」
さすがアンネさん達だな。俺たちと違って本職ゆえの手際だ。
◼️十八時二十分
封鎖区域に全員で到着。一瞬で、だ。
既に暗くなっている現場は凄惨なことになっていた。
県警現地本部の建物は半壊し、学校の塀も崩れてが瓦礫となっている。
パトカーが三台、車体のあちこちがひん曲がり、タイヤが無い車両も。
人形だったモノの残骸が足の踏み場がないぐらい転がっている。大体は頭が無い。
どれだけ激しい戦闘だったのだろうか。
「誰もいないよ?」
飯田があたりを見渡しながら、俺を見る。
街の明かりもいつもより少ない。街灯だけ明るく周りを照らしているだけだ。
「全員、地下ってこと? 変よ」
佐藤優子が言うまでもなく、全員が警戒姿勢をとった。
警察官がここに多勢いたはず。一人も地上に残ってないなんてあるわけない。
電話に出たアンネさんは無事なのだろうか。
嫌な予感が込み上げてくる。
「中に入るしか選択肢ないんで、とにかく行きましょう」
デアソードを握りしめ、俺がそう言うと全員が頷いた。
「静止衛星を先行させます」
柚木の提案。俺達の前、三メートルほど。頭より少し高い位置に浮いて進む。
校舎の屋上の残骸。
警察が設置したであろう投光器に照らされた入口は、暗くなってきたのもあって真っ暗だ。まるで怪物が口を開けているように見える。
俺が内心ビビってるのをその鋭い嗅覚で察知したんだろう。そっと飯田が優しく俺の手を握ってきた。
「大丈夫。私が守るよ」
囁くように言うと、彼女は西洋甲冑風な姿へ変化した。
表情は読み取れないが、微笑んでいる気がする。
瑛子、睨むな睨むな。
柚木とみさえさん、ニヤニヤするのはやめてもらえませんかね?
佐藤優子やみさおさんみたいに我関せずって態度を見習ってくださいよ。
◼️十八時三十五分
俺たちは最大限の警戒をしながら、地下空洞へと降りていく。
校舎だった部分はもはやこの屋上とその下の三階だけ。
そこからは岩肌が続く。
外からケーブルが引き込まれて、照明がずっと奥に続いている。
国が調査に入ってたからだろう。
以前入った時に比べて、ずっと大きな洞窟になっている。
幅は数メートル、天井も体育館並みに高い。
一瞬の閃光。静止衛星だ。レーザーを撃ったらしい。
「前に何かいるようです」
地響きと一緒に現れたのは……あれは何だ?
猪?
豚のようにも見える。
だって肌色なんだ。
五頭。
でかい。
子牛ぐらいある。
それが凄い勢いでこっちに走ってきてる。
抱き抱えられ、俺の身体は宙に浮かぶ。
飯田だ。
俺の足に何かが巻きついたかと思ったら、そのまま下へ引っ張られ、俺はデアソードで切断。
触手だ。
猪の背中から伸びる二本の触手。
みさえさん、みさおさん、王戸ちゃんがそれぞれ触手を切断し、距離をとる。
「あっ!」
「柚木! どうした!」
静止衛星が飛んできた何者かに奪われるのが見えた。背中から蝙蝠っぽい羽根を生やした……子ども!
閃光が三回。
蝙蝠人間を切断、二頭の猪が絶命する。
ガリガリに痩せた子どもに見えたが、不恰好な造形の顔。あの人形だ。
幼稚園児に粘土細工で作らせたような顔。より一層不気味さがある。
飯田は俺をおろし、残り三頭の猪へ向かう。
腕が尖り、槍のように変形。
真正面からひと突き。
そのまま飛び上がり、もう二頭も仕留めた。
照明のもとで見ると、猪の体表には毛が生えてなく、人間の肌っぽい。目や耳も人間のそれだ。
それぞれ眉間に一センチぐらいの焼けこげた穴。
「レーザーが効いてないです。跳弾が不安なので質量弾は選ばなかったんですが」
「解剖とかしたくないけど、多分脳は違う場所にあるんじゃないか? まともな生物じゃなくなってると思ったほうがいい」
「なるほどですね」
柚木は得心したようだ。
すると柚木の指が触手っぽく伸びたかと思うと、猪の皮膚をに爪を引っ掛ける。
そして元に戻る。
「エミリがサンプルを回収しました。後で分析しておきます」
「飯田の遺伝子情報を参考にしたって言ってたけど、ほんと自由自在なのな」
「ある程度は。今の融合した状態では硬質化が精一杯です」
胸を張る柚木。
バストサイズまで参考にしなくていいんだぞ?
さらに先に進む。
これ、どこまで続いてるんだろう。
「瑛子、気分が悪いのか?」
瑛子の様子が変だ。
「あの結界と同じ。ここ、私の力を拒む気に満ちてるの」
一番の脅威である瑛子を封じにきてるか。
「あれをいつでも出来る準備はしておいてくれ」
「お兄ちゃん、あれは」
「やられるよりずっとマシだ」
「……わかった」
「あれとは何?」
佐藤優子が訊いてくる。
「いざという時の奥の手だよ、佐藤さん」
「そう。神の力を人に降ろす代償は小さくないってのは知ってるわ。無茶はしないでね?」
「あーうん。約束するよ」
「コこは、通さナいゾ」
次は何だ?
小太りのおっさんがいた。ヨタヨタこっちに歩いてくる。
なんという悪夢。
阿修羅像みたいに顔が三つ。
触手の腕が……六本。
みさおさんと飯田が前に出て、触手と格闘を始めた。
金属質な打撃音。
「硬いっ」
みさおさんの叫び。
二人を出し抜き、一本の触手が俺に迫る。
咄嗟にデアソードを振るい、弾いた触手を佐藤優子が掴み、王戸ちゃんが切断した。
回り込んだみさえさんがおっさんの頭を潰す。
胴体だけになったソレは崩れ落ちた。
「すみません。格闘中は援護できなくて」
柚木が申し訳なさそうに言うが、あれだけ高速で動いてる味方に誤射する方がよっぽどまずい。
「それは気にしなくていいよー」
「それは仕方ないと思う」
みさえさんが柚木の頭を撫で、俺も同意する。
人の命を奪い、その体を好き勝手に弄って尖兵とする河野涼子に腹が立ってきてる。
俺の知った人がこんな風にされたら、理性を保つ自信はない。
俺たちはさらに先へ進む。
◼️十八時四十八分