昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
◼️十九時四十四分
油断。
そう油断したんだ、俺は。
それまで蠢くだけだった触手が動きを止める。
そこかしこにある肉塊から何かが吐き出され、動かなくなった触手へ纏わりつく。
変化した。
人のような獣のような昆虫のような花のようなナニカに。
第一印象は不気味な
頭と思しき部分は顔の周囲を花弁のようなものが飾ってる。毒々しい黄色の花弁。
顔にあたる部分に目鼻らしきものはない。
代わりに黒っぽい柔突起が一面に生えており、それらはゆらゆらと動いてる。
身体は薄い緑色、体表面には鱗。
腕は黒い触手。ご丁寧に指まである。
足は獣のそれ。カモシカを連想させた。
十数体の向日葵型の怪物。
そいつらはすごい勢いで走り出す、俺たちを無視して。
一体は柚木の静止衛星が消し飛ばすも、俺たちがきた方向、つまり入口へ消えていった。
嫌な予感。
外へ出る気だ!
ろくでもない事する気だ。
街の人たちがやられる!
「あれを追って! こっちは俺!」
「わかった」
みさえさん、みさおさん、佐藤優子、王戸ちゃんが追いかける。
「飯田も!」
「◯◯君を守らなきゃ」
「私も残ります」
「わかった! デアソードをやつに突き立てるまで頼む」
◼️二十時三分
今までと違い、黒く尖った触手が迫る。
ハンマーで鉄骨を叩いたような音を立てながら、飯田が跳ね除け、打撃技を繰り出す。
彼女の動きはバレリーナを連想する。
そう。
美しい舞いをしているようなんだ。
はね返すだけだったが、次第に切り落とす飯田。
腕がまるで刀のような形になってた。
……足もだ。
服も下着もボロボロで裸に近い。
が、変化してるのでまさに肌色の甲冑だ。
美しい。
破壊音。
別の触手が静止衛星をガラクタに変えた。
「もっと頑丈にするべきでした」
自身も触手に突かれ、それを防ぎながら柚木が呑気につぶやく。
水星から来たエミリと融合し、今は大人の女性みたいに見える柚木。
触手が当たってもダメージはなさそうに見える。
よく見たらすごいことしてる。
手首が高速で回転し、触手を弾く。
髪の毛が自由に動き顔をガード。
頼もしいな。
俺は集中する。
今なら“敵の動きを感じる”だけじゃなく、動けるんだ。
向かってくる触手を弾きながら、一歩、また一歩と黒い球体へ進む。
本能が告げる拒絶感、嫌悪感、不快感がますます強くなる。
が、瑛子にかけてもらったブーストで動けなくなることはない。
動けるんだ。
あと十歩!
触手の動きがさらに速くなる。
弾く。
次は斬る。
硬いので手が痺れる。
でも斬れる。
「ちっ!」
避けそこなったのが頰を掠める。
文字通りかすり傷だ。
時々、それも一瞬だが触手の動きがスローモーションのようになる。
目の奥が熱い。
デアソードの輝きが増す。
さらに青白く。
俺の魂、くれてやる。
英雄を気取るわけじゃない。
今! ここにいる俺がやれるんなら、俺がやるだけだ。
何も知らないまま、自分では気がつかないまま滅びてましたってのはごめんだ。
さらにデアソードを振るう。
触手はもう硬くない。
俺の動きがさらに速くなったんだ。
あと五歩!
台風並みの暴風、そんな圧力が俺を押し返そうとしてくる。
色も匂いもない、ただ俺、いやデアソードが近づくのを拒んでいる。
それに逆らい前へと進む。
怖いか。
怖いだろうな。
お前とは正反対の性質だものな。
飯田が俺に並ぶ。
彼女の動きが今は見える。
俺を庇うように触手をいなす。
ありがとう飯田。
黒い球体から何かが少しずつ這い出てる。
醜悪な気配。
相容れない存在。
恐怖心が俺を支配する。
見てはダメだ。
でも目を逸らせない。
身体中の細胞が怖がっている。
あれは。
あれは。
全てを呑みこむ闇だ。
光を拒絶する存在。
清らかさを嫌う存在。
悪意とか持ってるわけじゃない。
純粋な存在だ。
秩序を嫌うんだ。
それがやつには当たり前なんだ。
俺たちが美しいと感じるもの、その逆。
それがお前だ。
根源だ。
……ああ。
あれを。
あれを止めなきゃ。
止めなきゃみんな死ぬ。
死ぬだけじゃない。
あれの一部に変えられる。
ここに広がる醜悪なパノラマ。
それを飾るモノになる。
ふざけるな。
こっち来るなよ。
あと一歩!
気合いを入れる。
負けてたまるか。
ここは地球だ。
俺たちの星だ。
腕よ、あと少しだけ。
あいつにデアソードを突き立てるまで保ってくれ。
もう少しなんだ。
足よ、あと少しだけ。
あいつの元まで動いてくれ。
「おらぁっ!」
デアソードを突き刺す。
何度も。
何度も。
「げふっ」
何かが腹に当たり、呼吸が止まる。
俺にぶつかった何かは後ろの方へ飛んでいく。
「◯◯君っ!」
飯田。
痛いけど大丈夫だ。
あ、吐き気が。
少し戻す。
内臓が捻じ切れそうな感覚。
吐き気を堪え、震える足に力を込めて踏ん張り、今出せる全力でデアソードを構える。
思い切り球体から出ようとしているものに突き刺した。
奥の奥まで。
「こっちに来るなよ」
何も聞こえない。
がやつの悲鳴が脳に響く。
ざまあみろ。
触手が消えた。
気配が遠ざかる。
吐き気を催すほどの嫌悪感や不快感がおさまっていく。
ああ。
肩で息をする。
立ってるだけでやっと。
「◯◯君!」
飯田だ。
元の姿に戻ってる。
おい色々と見えてるぞ。
泣くなよ。
俺は大丈夫だ。
「先輩!」
柚木だ。
慌てた顔をしてる。
心配はいらないぞ。
二人が支えてくれる。
「だ、大丈夫」
やっと声が出せた。
◼️二十時二十ニ分