「シルちゃん!」
ホシノの声が響き渡る。元気になったシルの姿を見て先生を含めたアビドスのみんなが安心したような表情を見せる。特に、その中で一番心配していたホシノはその喜びを隠しきれなかった。しかし、今は戦闘中、喜びに浸っているわけにもいかない。喜びも半分に傭兵達を沈めていく。
(くそ、してやられた)
カヨコは脳内でそう呟いた。アビドスの生徒が六人いるという情報は得ていた。だからこそ、最初にシャーレの先生を除き五人しかいないことには違和感を持っていた。
当然、急な襲撃なのでたまたま不在だっただけかもしれない。だとしても、戻ってきた時に背後から撃たれる可能性はある。それに、こうしてぞろぞろと傭兵を連れて襲撃しに行ったのだ、最初から不意打ち狙いで身を隠す可能性もあった。だからこそ、最低限もう一人にも警戒は持っておこうと考えていた。しかし、相手が予想以上に強かった。日雇いの傭兵とはいえ、ここまで簡単に倒されていくとは思っていなかった。
クライアントの情報では、既にカタカタヘルメット団の件で物資をかなり消耗している、だから自分達だけでも充分に勝てるだろうと予想していた。そこに確実性を高めるために傭兵まで雇って挑んだ。なのに、蓋を開けてみればこれだ。クライアントが読み間違えたのか、それともこれがシャーレの先生の力なのか。どちらにせよ、頭数で圧倒的に優勢だった筈なのに、五人の生徒を相手に苦戦を強いられていた。そして、居ないもう一人への警戒が薄れたタイミングを突かれた。見事にヘッドショットを受けてしまったアルだが、これでも便利屋を立ち上げ先導してきた人物。あの程度でやられる訳はない。ただ、戦況が徐々にアビドスに傾き始めていたところに六人目が介入したことで完全にアビドス側に傾いてしまった。このままでは負けるのも時間の問題だった。
「社長、どうするの?」
「そ、それはもちろん……」
その瞬間、大きな音でアラームが鳴り響いた。
「あ、定時の時間だ!」
アラーム音をトリガーに、傭兵達は戦闘態勢を解き、片付けを始めた。
「え、え、え? ちょっと貴方達? まだ戦闘中なんだけど!?」
「給料分の仕事はしたので! じゃ、あとは頑張って!」
そう言葉を残しては傭兵達は帰っていった。残された便利屋とアビドスの間には微妙な雰囲気が漂っていた。
「……まだやるの?」
「…………」
シロコの言葉にアルは何も言うことが出来なかった。この状況は流石に想定していなかったのだ。少ないお金で傭兵を雇ったのがこのタイミングで仇となってしまった。
「…………こ、これで勝ったと思わないことね!!」
「あ、アル様〜!?」
「あっはは、まったね〜!」
流石にこのまま戦っても勝てないと判断したのかアルはそんな捨て台詞を吐きながら撤退していった。
「け、結局なんだったの……あれ……」
「さぁ〜?」
目の前で繰り広げられた茶番に襲撃による怒りはただの呆れへと変わっていた。
ちなみに、途中参加したシルに関しては目覚めたところ学校の前で戦闘が繰り広げられていたところに加勢しただけなので、終始何があったのか理解していなかった。
「これから会議を始めます」
便利屋襲撃の次の日、アビドスではまたもや会議が開かれることとなった。
議題としては便利屋襲撃とその前のセリカ拉致事件について。
「まず、便利屋についてですね。所属はゲヘナ……学園に許可なく便利屋を立ち上げてる団体みたいです。『金さえあればどんな依頼でも請け負う』、まさに便利屋という感じですね」
「ってことは、誰かに雇われて襲撃したってこと?」
「恐らく……少なくとも柴関ラーメンでは友好的でしたので、個人的な恨みとかはないように思えます」
それも当然のこと。ゲヘナ相手に恨みを買うようなことはしていない。むしろ、ゲヘナ相手にそんなことをしようと考える人間のほうが稀だろう。ゲヘナは『自由と混沌』を校風にしているマンモス校の一つであり、故に問題児も多い。更にはそんな問題児が多い学校を取り仕切っている風紀委員までいる。そんなところに喧嘩を売ろうなんて考える奴は相当な間抜けかゲヘナに恨みを持つ人間くらいだろう。残念ながらアビドスにそのどちらかに当てはまるような人間はいない。
ただ、ゲヘナに狙われるような心当たりがないということは、便利屋のその在り方も含めやはり誰かに雇われたのだろう。それはつまり、当然だがその裏にはアビドスを狙う人物がいる。「いったい誰が……」とセリカが零すが、現状持つ情報だけではその人物も、アビドスを狙う理由も想像ができなかった。
「これについては、現状の情報だけでは特定が難しいので、一旦保留にするしかないかと思います」
こくりと他メンバーも頷いた。
現状分かるのは『便利屋がアビドスを襲撃した』という事実と、『その裏にアビドスを狙う何者かがいるかもしれない』という可能性のみ。ここまでしてアビドスを狙おうとするような人物の心当たりもなく、仮に行動を起こして便利屋を捕まえたとして、素直にクライアントについて話してくれるとも思えない。そもそも、次の襲撃があるかどうかすら定かではない。そんな状態から裏にいる人物を探すのは困難だった。
「では、続いてカタカタヘルメット団の件ですね。セリカちゃんが拉致された日、あの時カタカタヘルメット団が使用していた兵器の部品を調べてみたのですが、現在製造中止となっている型番であることが判明しました。現状これを手に入れられる方法はブラックマーケットしかありません」
「……ってことは……」
「次にやることは決まりましたね」
ノノミの言葉にその場の全員が頷く。次の目的はブラックマーケット。製造中止の部品を手に入れたそのルートを調べ上げれば何かがわかるかもしれない。
「もしかしたら便利屋との繋がりも見つかるかもしれないね」
「確かに……」
元々、カタカタヘルメット団には色々違和感があった。今回の製造中止された部品を使っていた件もそうであるし、アビドスの物資を枯渇させるまでに間隔の短い襲撃を続けられるほど物資に余裕があることもそうだ。だが、もしそれが誰かに雇われてのものであるなら、話としては辻褄は合う。それが真実であるかどうか調べる意味でもやはり、ブラックマーケットへの調査は必要となってくるだろう。
「よーし、じゃあブラックマーケットにレッツゴー♪」
「ご〜♪」
「きゅ〜♪」
「ホシノ先輩なんでそんなにテンション高いの……?」
シルを膝の上に乗せたホシノはその状態のまま腕を振り上げる。ホシノの膝に座っているシルもそれを真似するように腕を上げるのだった。
「ここがブラックマーケット……」
アビドス対策委員会と先生は会議を終えると、早速ブラックマーケットまで足を運んでいた。裏世界の住人や不良が集まる場所……にしてはかなり広く、ここを調べ上げるのはかなり時間がかかりそうだった。
「私達はあまりアビドスから出ることはないからねぇ。アビドスの外にも色々あるんだよねぇ。例えばさ、外にはアクアリウムっていうおっきな水族館もあるらしいんだよねぇ。うへへ……お魚……お刺身……」
「シルお寿司好き!!」
「水族館ってそういうところじゃなくない……?」
食欲丸出しの二人にセリカは反射的にツッコミを入れる。手を繋ぎながら息ぴったりの二人の様子を見て良くも悪くもホシノの影響を受けてしまっているシルの姿にセリカは少し呆れていた。
「ま、こんな感じで色々あるからさ。特にこことかは事前に説明してるけど、詐欺師とかもたくさんいるから騙されないようにね? 特にシルちゃんとセリカちゃん」
「はーい!」
「わ、私は大丈夫だから……!」
アビドスの中ではブラックマーケットに行ったことのない人間が殆どなので、その危険性やどんな場所なのかは事前にある程度説明していた。その中でも特に心配されていたのがシルとセリカだった。
セリカはアビドスの中でもトップクラスに詐欺に遭いやすい。特別お金が好きという訳では無いが、人一倍アビドスのことを考えているが故に、お金に関わるものだとつい飛びついてしまう。この前のゲルマニウムブレスレットの一件がその一例だろう。
そしてシルは純粋に騙されやすい。精神年齢がかなり若いのもあり、その上純粋で天然な性格である為、目を離したら悪い人に連れて行かれるのではないかとホシノ含めみんなが心配している程。ただ、シルの場合ブラックマーケットについては説明する前からある程度理解していたのでそこまで心配しなくともいいのかもしれない。
なぜ行ったこともない筈のブラックマーケットについて知っているのかについては、シルが謎に知識を持っていることが他に何度もあったことによってそういうものなのだとアビドスの中では共通認識と成りつつあった。それでも尚、その性格故か偶に騙されて来ることがあるので、どちらにせよあまり目は離せない。ちなみに、騙され方が余りにセリカと同じで実はセリカの影響を受けているのでは……? という説も浮上しつつある。
『では、丁度そちらには6人居ることですし、二人ずつに分かれて調査しましょう。何かあれば私が経由して共有します』
「わかりました。よろしくお願いしますね、アヤネちゃん」
こうして二人一組となってブラックマーケットの調査を開始した。
数時間後、一旦全員で集合することとなった。この数時間、それぞれで分かれて調査を行うも、これといった情報は手に入らなかった。流石に上手く隠されている。それに、場所が場所なので、情報を持ってたとしてそれと引き換えにお金を取ろうとする人間もいるし、その場合手に入れた情報がデマである可能性もある為、そういう部分も含めて調査は難航していた。
「なかなか見つかりませんね……」
「シルもう疲れたよぉ……」
「うへ、シルちゃんもこう言ってるし一旦休憩にしよっか〜」
「あ、丁度そこにたい焼き屋さんがありますよ☆」
「んじゃ、みんなで食べよっか〜。先生の奢りで〜」
「えっ」
こうして一旦休憩を取ることとなった。ホシノは流れるように先生の腕を引きながらたい焼き屋に向かう。先生も驚きこそしてるものの、それを受け入れていた。
「ん〜♪ おいしい!」
「はい、美味しいですね♪」
紙袋の中からたい焼きを取り出しては皆に配る。シルがそれを一口食べると、幸せそうに満面の笑顔を浮かべていた。
「アヤネちゃんの分なくてごめんねぇ〜」
『いえ、こちらはこちらで色々摘みながらなので大丈夫ですよ』
たい焼きを食べ終え、休憩を終えた一同はそのまま調査を続けることにした。
暫くブラックマーケットの道を歩いていると、とある人物とシルの目線が合った。
(誰だろう……?)
プラチナブロンドの短い髪に黄金色の瞳。身長はノノミより多少低いくらいだろうか。何処かの生徒なのだろうか。しかし、マントを羽織っている為に服や身につけているもので判断はできない。シルはその人物から目を離すことが出来なかった。何故なら、シルはその人物のことを知っているような気がしたからだ。記憶では覚えていないのに、その身体が、その本能が覚えている。そんな矛盾した感情に多少のもどかしさまで感じてしまう。
「……ちゃん……シルちゃん!」
ふと自分の名前を呼ばれて振り向くとホシノが心配そうな目でシルを見ていた。シルの手を握る力も僅かに強くなっていた。
「ホシノちゃん?」
「急にどうしたの? 立ち止まってぼーってしちゃって」
なんて説明しようか、そう思いながら先程の人物の方に再び目を向けると、その人物は既に姿を消してしまっていた。
「うーん……なんでもない!」
少し考えた結果、シルは気にしないことにした。このまま考えたところで何かが分かるとは思えなかった。そもそも、目が合ったというのもシル自身がそう感じただけで、実際は気の所為だった可能性もある。どちらにせよ、今優先すべきはアビドスのことで、あまり寄り道をしていると怒られてしまうだろう。
「そう? それならいいけど……」
昨日までシルが倒れてたこともあってか、ホシノも心配そうにシルを見る。だが、当の本人が何でもないと言うのだから、今は気にしなくていいのだろう。そんなことを考えていると、不意にアヤネからの通信が入ってくる。
『皆さん! 誰かがこちらに来ます!』
アヤネからの通信を受け、言われた方角に目線を向けると、誰かがこちらに向かって走ってきていた。
「待てぇ!」
「お前に用があんだよ!」
「あぅぅ……こちらにはないんですけどぉ……!」
見れば誰かが不良二人に追いかけられているようだ。これは助けてあげたほうが良いだろうか、そう考えホシノはノノミとシロコに目を配る。その視線に気がついた二人はこくりと頷いた。
不良に追いかけられている少女が近づいてきた瞬間、シロコとノノミは不良の横に回り込み、ホシノはシルが巻き込まれないように優しく抱きしめる。そして、そのままの勢いで不良二人を気絶させた。
「はぁ……ふぅ……た、助かりました……」
もっと執筆頑張りたいです
その一言に尽きます