「えっと、ありがとうございました!」
少女は気絶した二人の不良を横目に頭を下げてお礼の言葉を述べる。
「無事みたいでよかったよ。えっと……」
「あ、自己紹介がまだでしたね……。私、阿慈谷ヒフミっていいます!」
ヒフミはツインテールを揺らしながら笑顔で答えた。質問をした先生もそれに優しいほほ笑みで返す。
「ヒフミちゃん、その制服トリニティの子だよね? なんでこんなところに?」
ホシノは、ヒフミがどうして不良に追いかけられていたのか、それよりもどうしてヒフミがここにいるのかが気になった。
ブラックマーケットは裏の人間や不良の集まる場所。そんな場所なので、本来普通の生徒は立ち寄らないし、近寄りすらしないだろう。それに加え、ヒフミの所属している学校は恐らくトリニティ総合学園。トリニティは、お嬢様学校とまで呼ばれることもある。そんな場所の生徒なら尚更こんな所に来る理由が分からなかった。
「え、えっと……実は欲しいものがありまして。既に販売中止されているのですが、ここで密かに取引されていると聞きまして……」
「もしかして……戦車とか?」
「それとも違法な兵器とかでしょうか?」
「い、いえ! そんなものじゃなくてですね! これなんですけど……」
ヒフミは鞄の中を漁ると、中から取り出したのは白くて丸い謎の生物のぬいぐるみだった。羽っぽいものがあるので鳥……のように見えなくもないが、そのまんまるとしたボディにだらしなく垂らされた舌、そしてなんとも言えないその表情。とても鳥には見えない。そしてその謎の生物がアイスを食べている。
「……それは?」
「これはペロロ様です! とあるアイス屋とコラボしたときに百体だけ限定で製造されたぬいぐるみなんです。ね、かわいいでしょう?」
「かわい〜♪ まんまるっこちゃんだ!」
「モモフレンズですね☆ ペロロちゃんもかわいいです! 私、ミスターニコライが好きなんです♪」
この表情を見て可愛いかと言われ殆どのメンバーが微妙な顔を浮かべる。そんな中、シルは目を輝かせ、ノノミは笑顔で話に飛びついた。
「うへ、若い子の流行にはついていけないよぉ〜」
「いや、歳ほぼ変わんないじゃん」
苦笑いを浮かべながらいつもの様子でボケるホシノにすかさずセリカがツッコミを入れる。
ペロロ様と呼ばれたキャラクターの魅力はホシノには分からなかったが、シルが興味津々に見ている姿に頬を緩ませていた。そして、今度見かけたときはシルの為にも買ってあげようかな、なんてことを考えていた。
『皆さん大変です! 四方から多数の不良がこちらに近づいてきます!』
「あちゃ、もしかしてお仲間さんかな?」
「これは、まずいですね……マーケットガードに見つかる事を考えたらここで揉め事を起こすのは良くないですね。ここは逃げたほうがいいです!」
「……ここはヒフミちゃんに従う方がいいかもね」
ヒフミの提案にホシノは少し間を置いて答える。
「こっちです!」
ヒフミに連れられ、その場を後にする。
路地裏を走り、角を曲がり、進み続けていると、やがて不良達の足音は薄れていった。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょうか……」
「いやぁ、ヒフミちゃん、ここの事に詳しいんだねぇ」
「う、うーん……事前にここのことはしっかり調べて来たので、そのせいでしょうか……」
やはり彼女もブラックマーケットは相当危険な場所だと認識しているのだろう。だからこそ、ここのことは入念に調べてから来ているようようだ。
現状分かっているだけでもマーケットガードの存在やその危険性、ブラックマーケットの地図もある程度頭の中に入っているようなので、少なくともアビドスの誰よりもブラックマーケットについて詳しい人物であることは間違いなかった。
となれば、やることは一つ。
「んじゃ、助けたお礼に私達の探し物探すの手伝ってもらおっかな〜?」
「はい?」
「ん、誘拐だね」
「……はい!?」
シロコの発言にヒフミの表情が驚愕の色に染まる。助けてくれた相手から急に誘拐宣言されれば驚かないやつなんていないだろう。
シロコの発言で見事にあらぬ誤解を受けかけていたが、セリカが即座に訂正をかけたことによってその誤解は解かれた。
「そ、そういうことであれば……」
「お願い、ヒフミちゃん!」
「うっ……ま、任せてください! 困ってる人を放置しておけませんから!」
((シルちゃん……恐ろしい子!!))
ヒフミの元々の性格もあり協力することに関しては前向きであったが、シルのハグと上目遣いのコンボがそれを確実なものへと格上げした。そして、それらの光景を見ていた人達の大半の心の内が一致した。
それから、アビドス対策委員会にヒフミを加えて改めて情報収集を行ったが、結果は変わらず。何一つ得られるものはなかった。
「うー……また成果なしかぁ……」
「うーん……お探しの戦車に関する情報、流通ルートから何から何まで一切情報なしですか……妙ですね……」
「……それってそこまでおかしいことなの?」
「おかしいと言うよりは普通そこまでやりますか? という感じですね。ここはこういう場所なので、開き直って悪事を働く人が多いんです。寧ろ、ここまで徹底的に隠してる方が珍しいですね」
ここまでこのブラックマーケットを探索してきて、堂々とカツアゲをしようとする不良がいたり、分かりやすく詐欺を行うような詐欺師を行うような人間をよく見かけるあたりその考えにも納得がいった。悪人がはびこる場所だからこそ、その悪事を隠す必要もないのだろう。そんな場所でわざわざ徹底的にその情報を隠す人物がいれば、確かに違和感を感じる。
続けるようにヒフミが近くの大きな建物を指して語る。
「例えばあそこです。あそこはブラックマーケットでも特に大きい闇銀行で、盗品の約15%が横流しされているそうです。犯罪によって得られたお金が新たな犯罪に使われる、そんな悪循環が続いてるんですよね……」
そんな話をしていると、話題に出た銀行の前に複数台の車が止まった。
「あれは……マーケットガード? あの車の護衛をしているようですが……」
「あれって……いつもお金を回収しに来てる銀行員……? なんでここに?」
マーケットガードが護衛しているであろう車――現金輸送車から出てきた人物はアビドスにとって見覚えのある人物だった。
毎月、利息分のお金を回収しに来る銀行員。今日も同様の理由でお金を回収しにきた。そんな人物がどうしてこんなところにいるのか――否、可能性は1つしかない
「まさか、闇銀行とつながってるの!?」
「ん、ここに居る以上可能性は高いと思う」
「それであれば、集金簿とか確認できれば何かわかるかもしれません。まぁ、どうやって確認するって話になってしまいますが……」
「それなら、手っ取り早い方法がある」
「え?」
困惑するヒフミを横目にシロコは鞄の中から6つ、覆面を取り出す。その行動を見たヒフミ以外の人間はシロコが何をやろうとしているのか感づいた。
「シロコ先輩……まさか……」
「……銀行を襲う」
「…………はい!?!?」
シロコからのとんでもない発言にヒフミの表情は再び驚愕の色に染まった。しかし、そんなヒフミを横目にアビドス対策委員会の面々は次々と覆面を被っていく。
「うへ、結局そうなっちゃうか〜」
「ま、まぁ、今回ばかりは仕方ない……のよね?」
『ホシノ先輩にセリカちゃんまで…………いえ、こうなったらどこまでも付いていきます』
「はい、これ先生の分」
「僕の分もあるんだ……」
先生は正直止めるべきかどうか悩んでいた。強盗は犯罪であるのだから、普通に考えれば当然止めるべきなのだろう。しかし、今回は少し状況が特殊。相手はあの闇銀行で、目的もその闇を暴くため。闇銀行の集金簿を確認するというのは当然正攻法では困難を極める。となればこういう方法となってしまうことも仕方ない。
「みてみてホシノちゃん! まっくろ!」
シルが『5』の数字が書かれた黒い覆面を被ってはしゃぎながらホシノに見せつける。
「うんうん、シルちゃんは可愛いねぇ〜」
黒の覆面と言えば一番強盗らしい色合いとも言えるだろう。しかし、被っている人間がシルでいるために、そこに強盗らしさは存在せず、ただただ黒い覆面を被った可愛いシルという構図が出来上がっただけだった。
「ではヒフミちゃんにはこれを〜」
「あ、はい……って私もやるんですか!?」
流れるようにヒフミが受け取ったのは覆面……ではなく、雑に目の部分だけ穴の開けられた袋。額の部分には数字の『6』が書かれており、袋の中からは微かにたい焼きの香りが漂う。
「だ、駄目ですよ強盗なんて……」
「何言ってるのヒフミさん、私達が借金返済に払ったお金が闇銀行に流されてるかもしれないんだよ?」
「あ、あぅぅ……そ、それはそうですが……」
ヒフミはそれ以上の言葉を口にすることが出来なかった。
ヒフミはアビドスに協力するにあたって、アビドスの借金事情のことを多少聞かされている。更にはアビドスの誰よりもこのブラックマーケットがどういう場所かを理解している。だからこそ、アビドスのやろうとしていることが完全に間違っていると言えないのだ。寧ろ、仕方ないことだとさえ考えてしまっている。
そしてヒフミは結局流されるように銀行強盗に参加することになってしまった。
結論、銀行強盗は大成功してしまった。
流れるようにその場を制圧し、システムを掌握し、目的の物(集金簿)を手に入れた。
多少の罪悪感を感じながらも仕事をなんとか全うしたヒフミだったが、その他は違った。鮮やかな手つきで銀行のシステムを落とし、完璧な補助を見せた先生とアヤネ、やるからにはと全力で強盗になり切ったセリカ、意外とノリノリでやっていたホシノとノノミ、ホシノのことを信じて疑わずホシノの言葉を全肯定する下っ端のような感じになっていたシル、そしてこの中で一番に目を輝かせながら事に当たっていたシロコ。それぞれが完璧な仕事をしてみせた。
集金簿を入手した後は鮮やかに逃走、見事にやり終えたのである。
その後は銀行員が誤って集金簿と一緒に大金を詰めていたことが発覚したり、便利屋68が追いかけてきてはその社長でありアウトローを目指すアルが目を輝かせたりともう一波乱あったりした。
ちなみにお金に関しては目的の物じゃないからとその場に残していき、便利屋68がそれを回収して事は終わりを迎えた。
その後はアビドスへと戻り、集金簿を確認したところ、カイザーコーポレーションが裏に絡んでいることが分かった。ついでに例のカタカタヘルメット団に資金の援助をしていたことも。この件についてヒフミもトリニティのトップであるティーパーティーに報告を上げてくれると言ってくれていたが、ホシノが首を横に振った。ヒフミの気持ちは嬉しかったが、ティーパーティーのトップがそれくらいの情報を持っていないとは考えづらかった。そして、アビドスの立場からしてトリニティ程の大きな学園相手だと、支援という名目で何か仕組まれたとして、抵抗する術がないことも断った理由の一つだった。ヒフミが心からのいい子であり、信頼に値する人物であることが知れたのは収穫かもしれない。
その夜――
シルとホシノはいつものように同じベッドの上に横になった。そして、その日のことを振り返るかのように話をする。
「ホシノちゃん、凄かったね!」
「いやぁ〜。でもね、シルちゃん、今回は仕方なかったけど本当はやったら駄目なことだから、いい子のシルちゃんはもうやっちゃ駄目だよ〜?」
「はーい!」
ホシノの言葉に元気な返事を返すシルにホシノはいい返事と微笑み返しながら優しくシルの頭を撫でる。撫でられたシルもいつものように気持ちよさそうに反応を返す。
「……ところでさ、あの時、ほんとに何もなかったの?」
「あの時?」
「シルちゃんがぼーっとしてたとき」
ホシノは、どうしてもあの時のことが気になっていた。シルが唐突に何処かを見ながらぼーっとしていたことについて。本人は何でもないと言っていたがホシノはそうは思っていなかった。
あの時のシルの表情、微かに嬉しそうな表情をしていたのだ。それが、ただ何か良いことがあっただけなら良い。しかし、ホシノはその表情を見た瞬間、ほんの一瞬だけ嫌な予感を感じてしまったのだ。シルが自分の手の届かない場所にそのまま行ってしまうのではないかと、そんな予感が、そんな不安が。だから、聞かないわけにはいかなかった。
「大丈夫だよ? ちょっと知ってる気がする人がいただけ!」
「……そっか」
知ってる人、しかも見ただけでシルが喜ぶような人物。ホシノが知る限りそんな相手は数えられる程しかいない。アビドス対策委員会にシャーレの先生、あとは柴関ラーメンの大将、そのくらいだ。そして、シルが目覚めてから初めて出会った人間と言うのがホシノがシルを助けた際の不良とホシノ自身、そこから導き出される答えはホシノの中で一つしかなかった。
(ブラックマーケットに、シルちゃんの知り合いがいる?)
恐らく、シルが記憶を失う以前の。
ブラックマーケットですれ違っただけであればブラックマーケットを拠点にしているとは限らない。しかし、探せば見つかるかもしれない範囲に過去のシルを知っている人物がいるかも知れないことはほぼ確実なのだ。これは、シルと出会ってからほぼ常と言っていいほどにシルと共に行動をし、同じ家にも住んでいるホシノだからこそ言えることだった。
「……シルちゃんはさ、自分の過去……記憶を失う前のこととか、知りたいって思う?」
「……うん、知りたい。あの子のことも、この箱のことも、シプルちゃんのとこも」
シルは肯定した。
実はシルもホシノと同じことを考えていた。ブラックマーケットで見た少女のことを。
あの少女のことは記憶にはない。目覚め、ホシノと出会い、アビドスと出会い、先生と出会う、その道筋の中で彼女のことは見たことも聞いたこともなかった。なのに、何故か知っているような気がした。それすなわち、シルが目覚める前――失われた記憶の中で知っていた人物だったのではないかと。
それ以外にも常に気になっていたことがいくつもある。即座に挙げられるものと言えばシプルのこととシルが常に持っている箱のことだろう。
シルが持つ黒い箱は宝物のように肌身離さずに持っている。寝るときも、トイレのときも、お風呂のときだって離したことはない。その全てはシルの本能に刻まれたものによる行動であり、明確な意思を持って行われたものであっても明確な理由があって行われているものではない。どうしてそうしているかと聞かれれば『そうしないといけないから』としか答えられない。
一つだけ、箱について予想できることはある。
それは、『シルの望みに応えてくれる力がある』ということ。
それは、シルが初めて銃を持った日のこと。シルはホシノのように強くなりたいと願った。ショットガンでは反動に耐えられないから、ハンドガンで、ショットガンのように範囲が広くて、強い銃が欲しいと願った。その願いに応じるように黒い箱はシルに一つの銃をもたらした。それはシルの望み通りに細かな狙いを定める必要すらない程に広い範囲を持ち、壁に大きな穴を開けられる程に破壊力を持っていた。残念ながら反動はそれ相応のものがあったし、ハンドガンではなくマグナムではあったが、それでもシルの願いは叶えられたと言ってもいいだろう。
その後は、試しにとその箱にいくつか願い事をしてみたが、それらが叶えられることはなかった。
もしかしたら何か条件があるのかもしれないし、別の力なのかもしれない。ただその一つの可能性からシル本人は心の中でその箱を『封印されし神の箱』と呼んでいる。
ただ、何故その箱を肌見放さず守らないといけないのか、その明確な理由をシルは理解していない。
シプルについても、シルにとっては大切な相棒で、友達で、家族である。そこは紛れもない事実。
ただ、傍にいると不思議と安心するし、シルが前進するその先には常にシプルがいた。記憶がなく何も分からないシルをシプルが導いたから、シルは外の世界に出られ、ホシノやアビドス対策委員会と巡り合うことができた。
しかし、シプルがどのような存在で、どうしてシルと同じところで眠っていたのかは知らない。アビドスの誰もがシプルのことを知らず、シャーレの先生であっても知らなかった。
シルは、自分が一番大切にしているものに関して、何一つ理解できていないのだ。だからこそ、シルはホシノに自分の過去について問われ、改めて知りたいと思った。
そのどれも……ついでにシルがあの場所で眠っていたことも今ならあの部屋に戻ればなにかが分かるのかもしれない。しかし、今のシルにあの場所に戻る手段がない。ただひたすらにシプルに導かれるままに歩き続けていたシルにはあの場所への戻り方がわからない。
広大なアビドス砂漠を闇雲に探し続けることは、流石に幼いシルであっても無謀であることはわかる。
となれば、今の手掛かりはあの少女のみ。それも、見た目以外は全てが不明の少女だ。
「そっか……じゃ、落ち着いたら探してみよっか」
「うん!」
元気よく返事をするシルを見て微笑みながらホシノは一つの考えを巡らせる。
アビドスの借金とシルの失われた記憶の調査、同時に進めるのはかなり難しい。だからといって、借金が返済し終わるのを待つのも現実的とは言えない。
となればあとの手段はシャーレだ。
シャーレの先生であれば、多くの学園と交流を持っているだろうから、その分広い範囲で調べることができるだろう。
もし、シルがそれを望むのならば……そして、シャーレの先生が本当に信頼できる大人であると判断できれば……
その時は――
前書きで察した方もいると思いますが最近もっぱらアークナイツにハマってます
スズランは我らの光であり――
はい、仕事疲れで寝落ちてる分がそっちに割り当てられてるだけなので筆の速度はそんなに変わってません
いや、ほんとはもっと早くしないといけないんですけどね?
はてさて、それは置いておき本編です
銀行強盗イベはまるまるカットしました
内容がほぼ原作と変わらないので、と
メインで書いてる2作はとある理由で原作と同じようなところも敢えて書いていっているのですが、こちらではばんばんカットしていく予定です
そういうところで個性を出せないのは作者の実力不足です
やーい、よわよわきーつね
アークナイツにハマった影響でこの作品がそっちよりの救いのない物語に向かっていくのでは……って懸念が一瞬あったんですけどそもそもこの作品バッドエンドたくさん作ってるので寧ろ良いネタが増えてると考えられるのかもしれません
ともあれ少しずつでも書き進めていく予定なのでこれからもよろしくお願いします