「……どうしよう……」
アビドス対策委員会は会議室でその頭を悩ませていた。
風紀委員会との一件の後、アビドス対策委員会はアビドス砂漠の調査へと身を乗り出していた。
きっかけは、ヒナからもたらされた一つの情報だった。
――カイザーコーポレーションがアビドスの砂漠で動きを見せている――
風紀委員会との一件の際、撤退する直前、ヒナは先生にこの情報を渡した。
何があるのかは分からない。しかし、あのカイザーが関わっているだとすれば調べない訳にはいかなかった。
風紀委員会との戦いの後、あの場所について調べた。理由はやはり、風紀委員会の行動にある。
トリニティと交わされる条約がどのようなものかは知らないが、仮にも風紀委員会のトップ2とあろう者があえて他の学園との政治的紛争のリスクを簡単に取るとは思えなかった。
いくら先生がその条約にとっての不安定な要素とはいえ、いくらアビドスが廃校寸前の学校とはいえ、そのために他の学園との政治的なトラブルを起こしてしまえば、それがその条約に影響を及ぼす可能性だってある。流石にそれを考えない程に愚かではないだろう。
そして、一番引っかかっているのがアコの言っていた『他の自治区付近』という言葉。まるで、あそこがアビドス自治区ではないような言い方。
そんなはずはないのだが、仮にあの言葉が真実であるのならば、風紀委員会の行動に全て説明がつく。
あの場所が本当にアビドスの所有する土地でないのであれば、あそこで戦闘が巻き起こったとしても、政治的なトラブルに繋がるリスクはまだ低くなるだろう。
そうして調べてみた結果、なんとあの場所の所有権はアビドスではなくカイザーコーポレーションにあったのだ。
あの場所だけではない。アビドス自治区の半数以上がカイザーの物となっていた。
過去のアビドス生徒会は何をやっているのだと怒りたくなってしまうが、今の借金の状態を見れば少しでも多く借金を返済するために土地を売る、選択肢としてはあり得る話だ。
そして、そこから一つの可能性が浮上してくる。
そもそも、ここまで借金が膨れ上がったことの裏にアビドスの土地を手に入れるという目的がある可能性だ。
切羽詰まった人間というのは手段を選んでいられない。
膨れ上がっていく借金を前に『土地を売れば借金を減らす』なんて甘い言葉が飛んでくればそれに従ってしまう、想像に難くない話だ。
ただ、その場合理解できないのが、砂に埋もれ廃墟と化しているアビドスの土地をわざわざ手に入れることになんの利益があるのかということ。
オアシスすら枯れてしまったアビドスにそこまでする価値があるのか、それがいくら考えてもわからなかった。
ともあれ、カイザーについて調べることが前に進む一歩だということに違いはなかった。
そして、アビドス総出で調査した結果、そこにあったのはカイザーPMC、カイザーが所有する民間軍事会社であった。そこで、カイザーの理事とも会った。
カイザー理事はカイザーPMCの代表取締役であり、カイザーローンの幹部も務めている。つまりは、アビドスの借金をしている相手というわけだ。
カイザー理事から話を聞けば、先程考えた可能性が正しかったことを知る。
彼が言うには、『アビドスに隠された宝物を探している』と。
そんな話はアビドスの誰も、生徒会に所属していたホシノですら聞いたことがなかった。
ただ、ここで嘘を付く理由もないはずなので、恐らく間違ってないのだろう。
問題は、これらの情報と引き換えに借金の利子が引き上げられてしまったことだ。
カイザーPMCの敷地内に無断で入ったことを理由に利子が元々の約30倍にまで跳ね上げられてしまった。
元々の利子を毎月返すのですらギリギリな状態なアビドスにこれは大打撃、完全に止めを刺しに来ていた。
「これ……また銀行強盗するしか……」
「だ、駄目ですよセリカちゃん……!」
「だって、こんなのもう正攻法じゃ返せないじゃん!」
「で、でも……」
どうしようもなくなってきている状況に焦りを見せ始めるセリカにシルが抱きついた。
「セリカちゃん、まだ何か手がきっとあるよ!」
「何かって…………うん、ごめん。諦めるのはまだ早いよね……」
シルの真っ直ぐな瞳にセリカは多少落ち着きを取り戻した。
自身よりも幼いシルがまだ諦めていない、そんな状態で自分が諦めてしまうのはまだ早い、シルのその瞳は見つめ返す程にそんな気持ちにさせてくる。
「そうそう、シルちゃんの言う通り、まだ何か手はあるって〜。とりあえず今日は色々あったし、休んでから明日みんなで考えようよ〜」
ホシノの言葉に皆が頷き、その日は解散となった。
「ただいま〜」
「おかえりホシノちゃん! おそっかたね?」
「いやぁ、先生と今後の話をちょっとしててね〜」
「なにか思いついた?」
「んや、まだ何も〜。また明日みんなで考えてみるしかないかな〜」
「そっかぁ……」
しゅんとするシルをホシノは優しく撫でる。
「でも、きっとなんとかなるよね! 一緒に頑張ろ! ホシノちゃん!」
そんな信頼の眼差しがホシノの決意を揺らがせる。
いつも通りを装っているが、この状況を手詰まりに感じているのはホシノも同じだった。
だからこそ、一つの決断をしていた。
今のホシノにだけ許されている最大の手段。
正攻法と言えなくとも、誰も犯罪に手を出さずに借金の約半数は返せる手段。
それを使えば、状況はほんの少しでも好転するかもしれない。
そうすれば、あとは先生がなんとかしてくれる。
もう、これしか手段はない。
しかし、こうしてシルと過ごしているとどうしても決意が揺らいでいってしまう。
―――だから、手遅れになる前に
そんなことを考えながらホシノはシルとの最後の一夜を過ごした。
「……来たよ、黒服」
「お待ちしておりました。契約を結ぶ気になって頂いて私は嬉しいですよ、ホシノさん」
とある一室、ホシノは一人の大人と対面していた。
『黒服』と呼ばれた大人は口角を上げながらホシノへと1枚の契約書を差し出し、ホシノはそれを受け取る。
「…………約束は守ってよ」
「はい、その契約書にサイン頂ければ、約束通り借金の約半額、こちらで負担しましょう」
その言葉を聞いたホシノは契約書に自分の名前を書いた。
そう、これこそがホシノにだけ許された手段。
ホシノはかなり前から黒服から勧誘を受けていたのだ。
その内容は『ホシノがアビドスを去り黒服の実験に協力する、その対価としてアビドスの借金の約半額を黒服が負担する』というものだった。
当時のホシノはアビドスを捨てることなんてできないと突っぱねていた勧誘だったが、アビドス最大の危機に陥った今、ホシノにとって唯一残されていた確実的な手段だった。
「はい、確認しました。これでホシノさんは私のもの、貴方の神秘についてじっくりと研究させて頂くこととしましょう。ところでもう一つ、貴方にいい契約があるのですが」
「契約……?」
ホシノには黒服の考えていることがわからなかった。
ホシノはアビドスの借金の為に自分自身を捧げた。
それ以上に何を求めようと言うのか。
「そうですね、その契約の対価としては追加でアビドスの借金の3割……そして今の莫大な利子を元の額に戻すように交渉しましょう」
「……いったい、何が目当てなの?」
「貴方の他にもう一人勧誘したいのですよ、確か……貴方達は夢星シルと呼んでいましたか」
黒服がその名を口にした瞬間、ドンッ!と大きな音を響かせながら今にも黒服に殴りかかりそうな勢いでホシノは机を殴る。その勢いは机にヒビが入ってしまうほどだった。
「ふざけるな!! あの子は関係ない!!」
「はい、私の実験とは関係ありません。しかし、私の実験に協力してくれているとある人物が彼女を欲しているのですよ。それでどうでしょう? 破格な条件だとは思いますが」
「頷くわけないでしょ。あの子に手を出したら絶対に許さないから」
ホシノの回答は当然拒否だった。
「……そうですか。まぁ、これは仕方がありませんね。彼女には謝っておくとしましょう。ともあれ、ホシノさんの契約は成立しました。早速実験場へ向かいましょう」
ホシノは警戒心を顕にしながら黒服について行った。
アビドスの為に自分が犠牲となるのは構わない。しかし、その手がシルにまで及ぼうとするのならば、即座に契約を破棄してシルを守りに行くつもりだった。
シルが目覚めればそこにホシノの姿はなかった。
先に学校に行ったのかと急いで準備をして学校に向かうも、アビドスの教室には一通の手紙とホシノの名前が書かれた退部届だけが置かれていた。
「そんな……ホシノ先輩……」
「……ホシノちゃん」
どうして、なんで自分を置いていったのだろう。
自分が悪い子だから?
自分がわがままを言ったから、過去の記憶を知りたいと言ってしまったから?
そんな考えばかりがシルの脳内を蝕んでいく。
しかし、いくら考えても答えは出てこない。その答えを唯一知っている家族/小鳥遊ホシノ/はもういない。
そんな唐突な別れに皆が言葉を失っている中、その意識を覚醒させたのは一つの爆発音だった。
「な、に、この音?」
「爆発? 行ってみよう、何か嫌な予感がする」
シロコの言葉に先生とアビドス対策委員会は頷き、爆発音のあった座標へと足を進めた。
「なにこれ……」
音のあったであろう場所に辿り着くと、なんとカイザーPMCで見た兵士達がアビドスへと進軍してきていた。
その数は何十、百を超えるかもしれない。
「やぁ、アビドスの諸君。お出迎えご苦労だったな」
カイザー軍の指揮を取っていたカイザー理事はアビドス対策委員会に気がつくとそのまま話しかけてくる。
「一体なんのつもり!? こんなことして許されると思ってるの!?」
「問題ない。これからアビドスは我々カイザーコーポレーションの物になるのだからな」
「はぁ? 何訳わかんないこと言ってるの? とにかく、連邦生徒会に通報するから!」
「ふっ……やってみるといい。今までもそうやってアビドスの現状について助けを求めてきたのだろう? それで、一度でもそれに応えてくれたことはあったのか?」
「くっ……!」
カイザー理事の言う通りだった。
砂漠化していくアビドス、枯渇していく物資、カタカタヘルメット団の襲撃、確かに今まで続出していく問題を前に何度も何度も連邦生徒会に救援依頼を出してきた。
しかし、一度たりともそれが受理されたことはない。
今回も、救援の依頼を出したところで助けてくれないかもしれない。
万が一救援依頼が受理されたとしても、すぐには動いてくれないだろう。
「アビドス最後の生徒会である小鳥遊ホシノが退学した今、アビドスを守るものはなにもない」
「まだ、私達対策委員会がいるわよ! 勝手に決めつけないで!!」
「そうだよ! アビドスは私達で守る!!」
「……それは……」
「え……アヤネちゃん……?」
「……どうしたのアヤネちゃん?」
目を伏せたまま言葉を濁すアヤネにセリカとシルは困惑する。
よく見れば、シロコとノノミも同じように目を伏せていた。
「……対策委員会は、正式に認められた委員会じゃない」
「……え?」
「対策委員会ができた時には……もう生徒会がなかったから……」
セリカとシル以外はわかっていたのだ。
対策委員会が生徒会としての権力を一切持っていなかったことを。
今まで生徒会の代わりとしてやって来れていたのは、正式な生徒会として登録されていたホシノが居たからだということを。
「その通り、君等など所詮何者でもない唯の生徒。非公認の委員会に出来ることなど何もないのだよ。あぁ、しかしそれではアビドスに生徒会は存在しないことになってしまう。それでは学校の運営は厳しいだろう? ならば、我々カイザーコーポレーションが引き受けよう。そうだな、新しい学校は軍事民間学校として、カイザーPMCのための育成施設として運用するのがいいかもしれない」
「い、一体何を言って……」
しかし、これ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
今の状況に対して自分達がどれだけ無力であるかを突きつけられてしまった。
確かに、今ここで戦ってカイザーを追い返すことはできるかもしれない。
でも、その後は?
生徒会としての権限を持たない自分達に一体何が出来る?
生徒会としての権限を失ったということは今までのように運用することすら厳しくなってくるだろう。
ここまでのことをされてしまっては、もうどうすることもできない。
皆が絶望に打ちひしがれる中、シルだけは違った。
シルの中にあるのは純粋な疑問だった。
(なんで皆が傷つかないといけないの? なんでホシノちゃんはいなくなっちゃったの? みんな、毎日毎日頑張ってたのに……)
皆の辛そうな表情を見てそんな疑問しか思い浮かばなかった。
アビドスがずっと頑張ってきたことをシルは知っている。
毎日頑張って働いて、頑張ってお金を稼いで、利息を返すだけでもやっとだとしても諦めないでずっとずっと頑張ってきた。
なのに、なんでカタカタヘルメット団を仕向けられた?
なんで利息は増やされた?
なんで……ホシノちゃんはいなくなった?
いくら考えてもシルには分からなかった。
シルはふと目の前の人物に目を向ける。
カイザー理事、まるで悪役のようにこちらを嘲笑うように見てくる。
あぁ、そうだ
あいつがいるからだ
あいつがカタカタヘルメット団や便利屋をアビドスに仕向けた
あいつが借金の利子を上げた
そもそも、あいつが借金を膨らませてみんなを困らせている
あいつのせいだ
あいつのせいで皆が傷ついた
あいつのせいで……ホシノちゃんは……
その瞬間、突然の爆発によってカイザーの兵たちが吹き飛ばされた。
「なっ!?」
「……え?」
「爆発……? いったいどこから……?」
突然の攻撃に驚くカイザー理事、困惑するアビドス、その視線の先には四人の生徒が立っていた。
「全く、情けないわね。それでも貴方達はあの『覆面水着団』なの?」
「貴方達は……」
「便利屋68!?」
シルを欲してる黒服の協力者……誰なんだろう……?()
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