長らくお待たせしました
あれから、事態はひとまず丸く収まった。
職権を乱用し、急激に利子を法外なレベルに引き上げたこと、生徒の誘拐未遂、元々グレーゾーンなことを繰り返してるためか目はつけられていたみたいで、今回明確な黒の部分が出てきたためにそこを取り上げられた。
しかし、カイザーコーポレーションはそのすべてをカイザー理事の暴走と独断による行動とし、カイザー理事を切り捨てることで難を逃れた。
カイザー理事は未だビナー襲撃による影響で大怪我を負い、入院生活を余儀なくされている。
カイザーPMCも大半の戦力を失っているので仮にカイザー理事以外の敵が残ってたとしても当分動きはないだろう。
ビナーについて、分かることはほとんどなかった。
数十年前から度々アビドス砂漠で目撃証言があった記録は残されていた。
しかし、その作られた目的、作った人物、その正体については何一つ分からなかった。
アビドスとカイザー理事が衝突する瞬間、どうしてそんな都合のいいタイミングで現れたのかもわからない。
結果的にその出現はアビドスにとっては多少命の危険があったことを除けば都合のいい出来事だった。
だが、それはあまりにもタイミングが良すぎた。
元々ビナー自体目撃情報が多い訳では無いし、その時期に規則性があるわけでもない。
本当にたまたまなのかもしれないし、何かきっかけがあったのかもしれない。
その真実は、アビドスにも、カイザーにも、先生にもわからない。
わかるとすれば、それはビナーの生みの親くらいのものだろう。
それからもう一つ、ホシノと契約を結ぼうとしていた黒服について。
アビドスや先生の調べた限りで黒服やゲマトリアについての情報は一切手に入らなかった。
監禁されていたホシノの居場所については先生が黒服から直接聞いたらしいが、面会した場所は既にもぬけの殻と化していたらしい。
カイザーとは元々利害の一致で協力関係にあっただけみたいなので、カイザー理事の計画が潰えた今、協力関係もなくなったのだろう。
ホシノももう黒服と契約なんてするつもりはないし、黒服側も最後まで強硬手段に出なかったことから契約を挟まなければ同じようなことはしてこないと予想できる。
その辺りを考えれば、相変わらず借金は残ってしまっているが、アビドスにとっての脅威は概ね去ったと言っていいだろう。
ただ一つ、引っかかる点があるとすれば、黒服……ゲマトリアが、ホシノだけでなくシルのことも求めていたことだろう。
黒服は、ホシノのことを『キヴォトス最高の神秘』として扱い、その存在を欲していた。
それと同じようにゲマトリアが求める何かがシルにはあるのかもしれない。
そこに関してもホシノ同様に契約させなければ問題ないだろうが、今後のことも考えれば警戒はしないといけない。
「おっはよー!」
「きゅ〜!!」
「おはよ〜」
「おはようございます、ホシノ先輩、シルちゃん、シプルちゃん」
「ん、おはよう」
教室内にシルとシプルの元気いっぱいの声が響く。
その隣ではホシノがいつものゆるりとした雰囲気で入り、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネがそれを迎える。
いつもの日常が帰ってきたのだ。
「おはよう」
「あ、おはようございます、先生」
「先生おはよー!」
「きゅ!!」
「うん、おはようみんな」
「それじゃあ、今日の会議を始めましょう」
「ホシノちゃんただいま! あとおかえり!」
「おかえり、シルちゃん。そしてただいまだね〜」
最早この挨拶は恒例となっていた。
二人で家を出て、二人で帰ってきて、そして互いが互いの帰りを迎える。
シルは再びこの挨拶を交わせることに喜びを覚えていた。
ホシノの退部届を見たときはもう二度とこのやりとりは出来ないものと思っていた。
でも、こうして再び二人で仲良く過ごす時間が戻ってきた。
二人は流れるように台所に立ち、晩御飯の支度を始める。
二人で作ったご飯。これが食べられることにも妙な嬉しさを感じてしまう。
つい数日前までは当たり前のようにやっていたことのはずなのに。
この日常をもう崩さないとホシノは心に決めた。
また、自分勝手な行動で大切なものを取りこぼすところだったのだ。
もう二度と離さない。
もう二度と、間違えたりしない。
だから、だろうか。
ホシノは少し前の自らの決断を押しのけてわがままを押し付けてしまっていた。
シルに、「ずっとここにいてほしい」と言ってしまった。
シルは当然快く承諾してくれた。
『アビドスのみんなと一緒にいたい』というのも、紛れもないシルの望みであったからだ。
だが、シルにはもう一つ願いがあることをホシノ知っている。
―――……うん、知りたい。あの子のことも、この箱のことも、シプルちゃんのとこも。
前にシルから聞いた言葉。これも間違いなくシルの願いだ。
だが、シルがアビドスにいる限りこの願いが叶えられる可能性は限りなく低いだろう。
理由は複数ある。
まず一つは、情報が圧倒的に少ないこと。
今ある情報といえばシルが肌身離さず持っている謎の箱と、シルがブラックマーケットで見たという微かな記憶に残されたシルの知り合い(だったかもしれない人物)だけ。
箱についてはいつ何時でもシルは手放そうとしないので、シルと一緒に預けられることが前提となる。
それだけの信頼があって尚且つ箱についてしっかり調べてくれるような相手を探すところから始まる。
残念ながらホシノ含めたアビドスにこういう方面の知識を持つ人間はいないのだ。
後者の知り合いについてはもっと探すのが難しい。
なにせ名前もどこの学校にいるかも分からない。シルが見たときの僅かな見た目の情報しかないのだ。
たったこれだけの情報でその人物を探し当てるのは相当に困難を極める。
一応先生にも捜索を依頼しているが、正直なところ望みは薄いだろう。
二つ目の理由は、アビドスの活動範囲が広くないことだ。
アビドスは借金返済や学校を守る観点で見て余り遠いところまではそう簡単には行けない。
その辺りについては先生が顧問についたことで緩和されているが、何よりアビドスは他の学校との交流が少なく、学校として持つ力が小さい。
かつてヒフミがアビドスの現状をティーパーティーまで報告を上げてくれるという申し出を断ったことがある。
ヒフミからすれば善意での申し出ではあるのでアビドス側からしてもありがたい提案ではあったが、支援という名目で何か裏を仕込まれたとしてもアビドスにそれに抗う力がないという方面での可能性を考えると簡単に受ける訳にはいかない。
そもそも、他の学校に支援を要求するのであれば、本来はそれ相応の見返りがなければいけない。
この場合、アビドスに対等な立場として返せる見返りというのはないのである。
つまり、残るのはその学校の傘下となって好きなように利用される未来のみとなる。
当然、見返りを求めずに廃校寸前の学校を助けてくれるような学校や復興するかも分からない学校相手に手助けした上で対等に扱ってくれるような都合のいい相手を望んではいけない。
同様の理由で、シルの情報に関しても探せる範囲はかなり限られてしまう。
三つ目は、借金返済やアビドスの復興と両立して行わないといけない点だ。
この辺りの理由は二つ目でもいくらか話しているが、アビドスにはまだまだ莫大な借金が残っている。
アビドスとしてはどうしてもこちらをメインにせざるを得ない。
だが、シルのそれは片手間にやる程度で叶えられるほど簡単ではないだろう。
ここに関してはシャーレも同じであるが、シャーレは仕事自体いろんな学園でやることになるはずなので、片手間でできる範囲がアビドスより大きい。
この辺りを考えればやはりシャーレで活動する方が可能性は高いだろう。
だからこそ、その願いを叶えてあげる、という部分を考えればシャーレに送り出すことが最善なのだということはわかっていた。
でも、ホシノはそれを選ばなかった。
それは、シルが強くないことだったり、記憶がなくともアビドスにいるシルは幸せそうにしているところだったり、理由を挙げればいくつか出てくる。
しかし、その数ある理由の中でホシノの決断を捻じ曲げた要因となる理由はただ一つ、ホシノ自身が『シルと離れたくない』と心から思っていることだった。
ホシノは過去、自らの過ちで大切な人を……ユメ先輩を亡くした。
それに酷く後悔したホシノは自らを見つめ直し、たった一人でアビドスを守りながらも月日は経ち、いつの間にか後輩が増えていった。
いつの日か、ホシノは『後輩を守れる先輩』になれるように過ごすようになった。
もう誰も失わないように。
でも、再び過ちを犯してしまった。
アビドスに課せられていた莫大な借金がカイザーの策略によるものだということを知り、それを調べていくうちにカイザーと衝突、結果利息をさらに莫大な量へと引き上げられた。
実質的な敗北。
元の利子でさえ返すのがやっとの状態だった。
それを何十倍にまで引き上げられたのだ。
もう、これしか手はないと思った。
ホシノは黒服と契約し、そのためにアビドスを退学することにした。
――それが間違いだった。
ホシノがアビドスを去ること、それこそがカイザーがアビドス襲撃に動くための引き金となったのだ。
またもや、自らの判断でアビドスを危機に陥れてしまった。
黒服の横でアビドスがカイザーの襲撃を受ける様子をただ見ていることしか許されず、幽閉された空間の中で深い後悔に打ちひしがれたことをつい先程のことのように強く覚えている。
だからこそ、ホシノは決意した。
もうアビドスから絶対に離れないことを、もう誰も離さないことを。
これが一種の依存となってしまっていることはホシノ自身も理解している。
誰も失わないため、自身の手でみんなを守るため、そんなもっともらしい理由で自身を騙し、みんなをアビドスに拘束しようというのだから。
本当は、『目を離してしまったら取り返しのつかないことが起こってしまうのではないか』なんてそんな不安がユメ先輩を失ったときの経験から、黒服との契約を結ぼうとしたときの経験から常にホシノの中に渦巻いているだけなのだ。
恐らく、みんなも自分からアビドスを離れるようなことはしないだろう。
しかし、仮に自分の道を見つけて離れるようなことがあれば何が何でも引き止めようとするだろう。
先生ですら、ずっと手元に置いてしまおうかなんて考えた程だ。
それは流石に、みんなの先輩としてしてはいけない一線だと考えやらなかったが、逆に言えばそれがなければ確実にしていたと言えるだろう。
現に、シルに対してはそれをしている。
シルの『自身の記憶を取り戻す』という願いに対する最善の選択肢を捨ててただ自分の欲望の為にアビドスにいることを強要させている。
賢いシルであれば、きっとシャーレに行くほうが記憶を取り戻せる確率があることに気づいているだろう。
それでも尚、ホシノがアビドスにいて欲しいと願えば快く頷いてくれる。そんな確信があった。
あぁ、なんて悪い先輩なのだろう。
それを理解していながらも自分の記憶よりも……自分の願いよりアビドスを優先しろと言っているのだから。
当然記憶についても諦めるというわけではない。
それでも、ただでさえ困難な道をさらに難しくしようというのだから、諦めると言ってるのとそう変わらないのではないか、そうも思えてしまう。
だが、これをシルに伝えてしまった今、もう後戻りはできない。
ホシノにできるのは最後の時までシルに寄り添い、守り抜くことだけだ。
そんなことを考えながらもシルとの一時を過ごしていればいつの間にか就寝時間となっていた。
「ホシノちゃん、そろそろ寝よ?」
「うん、寝よっか〜」
ホシノはベッドの中で隣に寝転ぶシルを見る。
その幸せそうな表情を見てホシノは決意を固めた。
もう悩むのはやめようと。
悩んだところで後戻りはできない。
今のホシノに出来ることは自分の選択に責任を持ってシルを守ること、そして記憶を取り戻すのに協力すること、それだけだ。
今はただこの純粋な笑顔を守り続けよう。
もう、何も失わないように。
そう考えながらもホシノは眠りについた。
――数カ月後――
あれから数ヶ月、やはりシルの過去に関する情報は中々手に入らなかった。
そもそも、手掛かりを持っている可能性のある人物自体の手掛かりが少なすぎる。
シルがあの時ブラックマーケットで見かけたという人物、彼女の情報。
それから、ビナーとの戦いで力を貸してくれた改田ネリスという少女の情報。
そのどちらの情報も全くといいほどに手に入ってない。
前者の少女については前にブラックマーケットにいたというのもあってか数人、特徴に合った人物を見たことがあるという人物はいた。
だが、それ以上の情報は手に入らなかった。
名前も、どこの学校にいるのかも、その一切の情報が謎に包まれていた。
ブラックマーケットにいたというところからブラックマーケットに彼女の情報を持っている人物がいるかと思いそこを中心に探していたが、手掛かりの欠片も見つからなかった。
ブラックマーケットはその在り方から表で扱ってないような情報も流れているのだが、手掛かりとなりそうな情報は全てデマ、本当にシルの過去に繋がるようなものは何もなかった。
一種の裏世界とも言えるブラックマーケット、そこで手に入る情報の真偽をしっかりと見極めないといけない、そして厄介事に巻き込まれる可能性もある、という2点は大きなリスクではある。
だからこそ、ブラックマーケットは本来気軽に行くようなところでもないのだが、現状僅かにでも情報が手に入る可能性が一番ある場所でもあったのだ。
表での情報は先生の力を借りているが、やはり情報はない。
そもそも、僅かな見た目の特徴の情報だけで名前も何も分からない人間を探せというのがどれだけ難しいか、考えるまでもない。
だからこそ、先生にシルをつけるのが一番ベストな選択であるのだ。
シルであれば、その人物を見ただけでその人だと分かるのだから。
だが、その選択肢はホシノの2度目の過ちの際に捨てている。
アビドスも、後輩達も、もう何もなくさないように離れないように決めている。
だからその選択肢は取れない。
ちなみに、ネリスとシル自身の過去の情報は前者の少女の情報以上に何も見つからなかった。
こちらは前者の少女とは違い名前も分かっているのに、それを知る人物も、似た人物を知っている人物やその手掛かりですらもなかった。
やはり、アビドスにできる範囲で、それも借金返済やアビドス復興の片手間にやるレベルでは限界がある。
でも、シルにとってもホシノにとっても、それで良くなっていたのだ。
過去の記憶があろうがなかろうが、もうシルはアビドスの一員である。それが変わることはない。
シルにとって自らの過去は知ることができれば良し。
でも、それ以上にアビドスのみんなと一緒にいたい。
ホシノにとってシルの過去は取り戻してあげたい。
でも、それ以上にシルの傍にいたい。
そんな考えでいるからこそ、シルの過去についての手掛かりが全くなくとも不思議に感じることはあれど困ることはなかった。
「シルちゃんの過去の手掛かり、中々見つからないですねぇ……」
「もっと色々なところに情報収集に行ければいいんだけど、中々厳しいよねぇ」
「借金がなくなればもう少し出来ることは増えるけど…………やっぱり銀行を襲うべき」
「シロコちゃ〜ん?」
「ん、冗談……」
ホシノからの圧が込められた笑顔にシロコは押し黙った。
シルの過去が分からなくても困らない、と言ってもだからといってそれを諦める訳では無い。
「でも、わたしは今の生活も楽しいよ!」
「うへへ、それはよかったよぉ〜♪」
ホシノはすぐに甘やかしモードに入りシルを撫で、撫でられたシルは嬉しそうにしている。
これらのホシノとシルのやり取りは最早日常と化している。
しかし、こうは言ってるシルだが、アビドスにずっといることを決めていたとしても、やはり過去のことはまだ気になっている様子だった。
シプルのこと、ブラックマーケットで見た少女のこと、黒い箱のこと、どれだけアビドスのことを思っていたとしても、この興味が消えることは真実を知るまでは恐らくないのだろう。
だからこそ、こうやって手掛かりを探し続けているのだ。
「そろそろ会議の時間が来ますし、残りはそちらにしましょうか」
「そうだね〜」
アビドスでは定期的に対策委員会での会議が行われている。
その内容は基本的にアビドスの復興についてのことだったり、借金返済についてであることが殆どであった。
しかし、最近はそこにもう一つ、主となる議題が加わっていた。
それが他でもない、シルの過去についての話だった。
シルの願いを叶えてあげたい、過去を取り戻してあげたいと強く思っているのは何もホシノだけではない。
アビドスに在籍する5人全員が同様に思っていた。
だからこそ、対策委員会での会議の議題として、アビドス復興や借金返済と並ぶ重要項目として取り上げられていた。
そして、会議の準備を始めようとしたその矢先――
ダァァン!! ダァァン!!
と二発の甲高い銃声が外から鳴り響いた。
「銃声!?」
「カタカタヘルメット団……? いや、違う!」
またカタカタヘルメット団が襲撃しに来たのかと一瞬考えたが、カイザーとの一件から彼女達は一度もアビドスに襲撃には来ていない。
そもそも、あの時はカイザーからの資金提供があったからこそ何度も襲撃できる余裕があったわけで本来カタカタヘルメット団のような不良集団は今を生きる物資を手に入れるのでさえ相当努力しないといけない立場であるはずなのだ。
物資目的で襲撃するならこんな廃校寸前の学校よりいい場所はたくさんあるはずだ。
それに、不良集団の襲撃だと考えるには他にも違和感が多い。
現在、外にはセリカとアヤネの二人がいる。
今日はその二人が入り口付近の掃除の担当だからだ。
であるならば、襲撃されているなら交戦している可能性が高い。
だが、先程の二発以降、銃声は聞こえてこない。
それが、何を意味するのか……
嫌な、予感がする。
「みんな、急いで外に出よう」
「うん! 二人が心配!」
「はい、行きましょう!」
「ん!」
どうかこの予感が当たらないでほしいと、切実に思いながら外に出た。
「っ、セリカちゃん! アヤネちゃん!」
外に出ると、セリカとアヤネが校舎の入り口前で倒れていた。
その付近には、フードを被った人物が立っていた。
「君が二人をやったってことだね?」
ホシノの言葉にフードの人物は何も答えない。
沈黙は肯定。
この状況ならそう判断してしまっていいだろう。
つまり、目の前のフードの人物は確実に敵である。
だが、この敵は油断できる相手でもないのも確実だ。
現状を考えるに、先程の二発以外の銃声はなかった。
そして、アヤネやセリカからの連絡も飛んできていない。
つまりは二人は反撃する間も救援を呼ぶ間もなくやられたということになる。
たった二発の弾丸で、一人一発、それで二人が倒された。これがどれだけ難しいことか。
非戦闘員であるアヤネはともかく、セリカは一定以上の実力はあるはず。耐久力だって、その辺の不良やカイザー相手であれば改造された戦車でも持ち出さない限り一撃で気絶するなんて考えづらい。
だが、フードの人物はそのような兵器を持ってるようには見えない。持っているのは一丁のスナイパーライフルだ。
つまり、ライフルの一撃で二人ともやられたのだ。
銃弾一発が痛いで済まされるキヴォトスにおいてこれは相当な攻撃力があることが伺える。
だが、これは逆にチャンスとも言えた。
スナイパーライフルは高い攻撃力と長い射程を合わせ持つが、その代わりに遠距離向きの武器であるために近距離戦では他の武器が勝る。
つまり、近距離戦に持ち込める、そして数でも勝っている今は圧倒的にアビドス側が有利と言えた。
「よくも、セリカとアヤネを!」
「シロコちゃん!」
先に動いたのはシロコだった。
アサルトライフルの銃弾を撒きながらフードの人物に肉薄する。そしてそのまま格闘戦へともつれ込む。
フードの人物はそれに対し銃弾を軽々と避け、そこから放たれるシロコからの蹴りも簡単にいなしてしまう。
そこに背後からホシノが攻撃を仕掛ける。
不意打ち、そこから繰り出されるほぼ零距離からのショットガン、命中すれば仮に相手がゲヘナの風紀委員長並みの力を持っていたとしても無視できないダメージを与えられるだろう。
しかし、フードの人物はそれよりも速く動いた。
ホシノが引き金を引く瞬間にその射線からフードの人物は外れた。それにより散弾は虚空を切る。
瞬間、ホシノの横から鋭い蹴りが襲いかかる。
ホシノは瞬時に蹴りを防ごうとその方向に盾を向ける。
防御は間に合い蹴りによる衝撃が盾に伝わる。
「っ!!!」
それから間もなく、激しい金属のぶつかり合う音と共にとてつもない衝撃がホシノに襲いかかってきた。
二撃目の衝撃は盾を伝い、盾を持つ左腕を痺れさせるほどに大きかった。
(切り替えが早い……そしてすごい火力だね)
ホシノの左腕は問題なく動くが、未だにその衝撃を覚えていると言うが如く僅かな痺れを残している。
フードの人物を見れば既に距離は離されていた。
恐らく、蹴りの勢いのままホシノの盾を使い後ろに跳躍、即座に背負っていたライフルを構えてホシノの盾目掛けて弾丸を撃ち込んだのだろう。
そしてそこから繰り出される圧倒的攻撃力。
「うへ、これは二人がやられる訳だ」
「君も……強いね。盾ごと吹き飛ばすつもりだったのに」
初めて聞いたフードの人物の声。
それは僅かに幼さを残していた少女の声だった。
少なくとも、大人とは思えない。自分達と同じどこかの学園の生徒なのだろうか?
どちらにせよ、その実力は本物だ。
その言葉も決してハッタリなんかではないのだろう。
実際、盾を扱うホシノの防御力はキヴォトスでもトップクラスなのだ。
そのホシノにあれだけの衝撃を与えているとなると、その辺の不良であれば盾で防いだとしても押し負けてしまうことは想像に難くない。
あのライフルの一撃にはそれだけの攻撃力があるのだ。
突如、フードの少女の背後からシルが肉薄する。
だが、その不意打ちもフードの少女には通用しなかった。
ホシノの完璧な不意打ちが見切られていたのだ。同じことをシルがやったとして効果があるはずもなかった。
「えーい!!」
それでもシルは止まらない。
右手に持ったハンドガンを数発、フードの少女に撃ち込む。
それに対してフードの少女は避けることすらせず、正面から銃弾を受けてみせた。
「うぁ……!?」
「っ、シルちゃん!!」
しかし、命中した銃弾は全くといっていいほどに効果がなかったのか、フードの少女はシルのハンドガンを持つ右手を掴みそのまま蹴り飛ばした。
銃弾を受けても怯むことすらない、さらに腕を掴まれればそこから繰り出される攻撃を避けるのも容易ではない。
シルの身体は軽々と吹き飛ばされ、砂にまみれた地面に転がった。
「シルちゃんをいじめるのはめっ、ですよ!」
ノノミのミニガンから秒間何十発という弾丸が放たれ、フードの少女に襲いかかる。
フードの少女は即座に視線を切り替え、銃弾の雨を避ける。
「っ…!?」
瞬間、フードの少女に大きな衝撃が襲いかかる。
本来、盾というものは攻撃から身を守るために存在する。
銃弾が飛び交うキヴォトスにおいて盾が盾として役割を果たすには最低でも銃弾を簡単に防げるくらいの硬度が必要となってくる。
それは、逆に考えれば武器として使えば銃弾を簡単に弾いてしまうほどの硬度を持った打撃武器となる。
それ程の硬度を持った鉄の塊が人一人が身を隠せるレベルの大きさで襲いかかってくる。
至近距離であればこの攻撃を避けるのは銃弾を避けることよりも難しい。
ホシノから突き出された盾はフードの少女をノノミの射線上へと押し込み、そこに弾丸の雨が降り注いだ。
秒間数十にも及ぶ弾丸の雨は砂を巻き上げ、たった数秒でその砂煙に視界が遮られてしまうようになるほどに激しい。
それだけの圧倒的物量を誇る攻撃はシルの弾丸を受けてピンピンしていたほどの防御力を持っていたとしてもかなりダメージを与えることができるだろう。
弾丸の嵐が止み、砂煙が晴れていく。
「…………え?」
カチャリと、銃を向ける音、それが聞こえたのはノノミのすぐ横だった。
「……おやすみ」
その一言から間もなく、大きな銃声と共にノノミの身体は大きく吹き飛ばされた。
ライフルからの重い一撃を脳天に受けたノノミはあっさりとその意識を手放し崩れ落ちた。
「な⋯⋯んで⋯⋯」
シロコは目を見開いて驚いていた。
確かにホシノのシールドバッシュによりノノミの激しい弾幕へとフードの少女は押し込まれた。
ミニガンから放たれる十数もの弾丸の雨を浴びれば、フードの少女が相当な実力者であれ無視できないダメージになると思っていた。
だが、目の前にあるのは弾幕を浴びせていたノノミが一撃で倒される光景だった。
「⋯⋯まさか、そんな手を取ってくるとはね」
近くで見ていたホシノだけは何をしたのか想像がついていた。
フードの少女は、確かにノノミの弾幕へと押し込まれた。だが、そこから
最小限で済ませられるはずのダメージを敢えて敢えて増やし、弾幕により巻き上げられる砂により身を隠す選択をして見せたのだ。
ノノミの弾幕が直撃したと思い込ませ、砂煙を隠れ蓑に死角から接近し、その僅かな油断の隙をついて至近距離で撃ち抜いた。
恐らく、ホシノもやろうと思えば同じ事が出来るだろう。
だが、同じ状況になって敢えて自分の怪我を増やすリスクを取ってまでこの選択をするかどうかは別だ。
それ故にその選択を当然のようにしてしまうこの相手にしてやられてしまったのだ。
「⋯⋯ドローン起動」
シロコはその呟きと共にミサイルの積んだドローンが起動する。
空中へと浮かんだドローンはそのミサイルの先をフードの少女へと向ける。
その瞬間、ドローンはミサイルを発射させる間もなく少女のライフルに撃ち抜かれ墜落していく。
だが、それはシロコの想定の内だった。
シロコは墜落するドローンを横目にアサルトライフルを撃ち込みながら一気に距離を詰める。
スナイパーライフルの弱点はその連射力の無さだ。
スナイパーライフルはそもそも遠距離からの狙撃の為に作られているものなので、基本的に一撃の火力は高いが、連射力が壊滅的にない。故に、近距離戦闘には向かない武器だ。
お互いの距離が縮まっていく中、フードの少女はシロコに向かって弾丸を放つ。
シロコはそれを転がるように避けフードの少女の懐まで潜り込み――引き金を引く。
シロコのアサルトライフルから放たれる弾丸は真っ直ぐにフードの少女の眉間に吸い込まれていくが、少女は即座に後ろに飛び退き銃弾を避ける。
着地点を狙ったかのようにシルの弾が襲いかかるも、やはり効果は殆どない。
「わわっ!?」
そして、カウンターで放たれた少女のライフルの弾丸がシルへと襲いかかる。シルは腕をクロスさせて受けるもその小さな身体は衝撃で大きく吹き飛ばされていく。
「っ、シロコちゃん! そこから離れて!」
ふと、ホシノの叫び声が響き渡り、その声を聞いたシロコは考えるより身体を動かす。
言われた通りにその場から横に飛ぶと、シロコのいた地点で大きな爆発が起こり、シロコの身体は爆風で吹き飛ばされた。
爆風により砂埃が舞い、視界を埋め尽くしていく。そんな中、再び大きな銃声が鳴り響く。
時間が経つにつれて砂埃が少しずつ晴れていく。その先にあったものは、倒れたシロコの姿だった。
「シロコちゃん!」
ホシノは信じられないという目でフードの少女を見た。
先ほどの銃声は状況からして少女のものだ。
恐らく、少女は砂埃で完全に視界の奪われた中でも視界に頼らずシロコの位置を把握し、正確に撃ち抜いたのだ。
そんな芸当ができる人間がこの世界にどれだけいる?
ホシノは反射的に動き出した。
この相手の目的はわからない。
ただ、単身で乗り込んできて、大切な仲間を傷つけた存在。
現状、先生の助けを待っている余裕もない。
なら、もう自分が全て終わらせるしかない。
たとえ、刺し違えたとしても。
勢いよくホシノが肉薄し、ショットガンを放つ。
少女は、横に飛んで射程から外れ、その勢いのままライフルを撃ち返す。ホシノはそれを盾で弾き飛ばす。
少女は間を置かず発煙弾を投げ、辺りが煙幕に包まれる。
お互いの視界が遮られていくが、この相手は視界が遮られている中で正確な射撃ができる相手だ、当然気を緩める時間なんてない。
煙幕に包まれ、辺りの様子は一切わからない状態、少女がどこにいるのかも見えない。
だが、この中で確実に撃ち込んでくる。
ホシノの中にはその確信があった。
だからこそ、神経を研ぎ澄ませる。視界に頼れないなら自分の経験と感覚に頼るしかない。
――そして、タイミングよくホシノはその身を捻った。
瞬間、大きな銃声と共にホシノの顔があった場所を銃弾が横切る。
ホシノはすぐさま攻撃へと切り替え、銃弾が飛んできた方向に手榴弾を投げる。
大きな爆発音が鳴り響き、煙幕は爆風により吹き飛ばされる。
そして、爆風により発生した砂埃が晴れていくと、そこにはフードをボロボロにした少女が立っていた。
相変わらずその素顔は隠れているし、致命傷は与えられていないように見えるが、ダメージは与えられているだろう。
ホシノは再び距離を詰める。
目の前の敵を倒すまで、攻撃の手を止めるつもりなんてなかった。
それに対して少女はライフルをホシノに向け、ホシノは盾で身を隠しながら前へと進んでいく。
その距離はどんどんと縮まり、零へと近づいていく。
やがて、ホシノの射程に入ろうというところで、ホシノは盾の横から閃光弾を投げ込み、間もなく激しい閃光と爆音が辺りを埋め尽くした。
眩い光が少しずつ収まっていくと、そこに少女の姿はなかった。
少女の居場所は―――
―――上だ
少女は、閃光弾による光を逆に利用して後ろでもなく、横でもなく、上を取った。
盾をそのまま飛び越え、上から強力な一撃を叩き込む、それが少女の判断だった。
しかし、少女の予想通りにはならなかった。
何故なら、少女の銃口の先にホシノの姿がなかったからだ。
盾だけが残され、その後ろにいたはずのホシノの姿はない。
――瞬間、少女の後ろから銃を構える音が鳴った。
少女が上から奇襲を仕掛けることを読んだホシノは、さらにその上を取ったのだ。
空中にいる少女に零距離からの散弾を避けられる筈もない。
誰もがこの一撃で全てが決まると思う瞬間。
―――しかし、その引き金が引かれることはなかった
ホシノが引き金を引く直前、何かがホシノの頬を掠めた。
たったそれだけで、ホシノは引き金を引くことが出来なくなった。
「⋯⋯かはっ⋯⋯一体⋯⋯なにが⋯⋯」
ホシノは、そのまま受け身を取ることすら出来ずに地面に落ちた。
頑丈なキヴォトスの生徒であれ、受け身すら取れずに勢いよく地面に強く打ち付けられれば痛い。
だが、それ以上に何かが身体を動かそうと脳から送られる信号を遮っている。
「⋯⋯なるほど、彼女の作った薬、思ってたよりすごいね」
ホシノは一瞬、何が起こったか理解できなかった。
完全に相手の不意を突き、あとは引き金を引けばそれで勝負が終わる。そう思っていた。
だが、現実ではこうして地に這いつくばっている。
だが、その疑問は少女の姿を見れば解決した。
少女の左手にはハンドガンが握られていた。
恐らく、ホシノの頬を掠めたのはその弾なのだろう。
そして、状況と少女の台詞から、その弾丸に薬が塗られていたのだと推察できる。
だが、そんなことはどうだっていい。
今重要なのは、自らが敗北したという覆しようのない事実がこの場に叩きつけられているということだけ。
謎の襲撃者に敗北した、それが何を意味するのかわからない。
そもそも、フードの少女が何の目的でアビドスを襲ったのかわからない。
だが、敗北の先に待っていることがバッドエンドであることは間違いないだろう。
だからこそ、このまま終わるわけにはいかない。
(動け⋯⋯動け⋯⋯!!!)
ホシノは必死に身体に力を入れる。
このまま、あの少女に好きにさせてはいけない。
このまま、また大切なものを失うわけにはいかない。
その意志がホシノの身体を動かす。
強烈な麻痺による身体の痺れを、精神力が、意志の強さが上回った。
だが、現実はそう上手くは回らない。
確かに、意志の強さで身体を動かすことは出来た。
だが、それは戦闘を継続できるレベルまでには至らなかった。
結局、ホシノは見ているだけしかできなかった。
少女は、ホシノが動けないのを確認すると、ハンドガンのマガジンを抜き取り、紅色に輝く一発の弾丸をマガジンの中に込める。
ホシノは一目見て直感した。
あの弾丸を撃たせてはいけないと。
しかし、動くことのできないホシノにはどうしようもない。
少女は、ゆっくりとした足取りで向かう――
―――シルのもとへ
「っ⋯⋯! シルちゃん逃げて!!!」
ホシノがシルに向かって叫ぶが、シルも強烈な一撃に吹き飛ばされ、痛みと痺れでいつものようには動けない。
そもそも、シル自身も大事な仲間/家族/を見捨てて逃げるなんて選択を取るつもりはなかった。
そして、シルと少女の目線が、互いの銃が交差する
――その瞬間
「どう⋯⋯して⋯⋯?」
シルの動きが止まった。
シルの位置からは、フードの中が見えた。
シルが見た、フードの少女の正体⋯⋯それは――
ブラックマーケットで見たシルが一番知りたいと思っていた少女だった
シルの疑問への回答はなく、その引き金は引かれる。
大きな銃声と共に放たれる紅色の弾丸は一直線にシルの額へと吸い込まれていく。
避ける間もなく、シルの身体は大きく後ろへと吹き飛ばされ、その意識を手放した。
そして、シルのヘイローはヒビ割れ、次第にその形を崩壊させていった。
「シ⋯⋯⋯⋯ル⋯⋯ちゃ⋯⋯」
ホシノは啞然としていた。
ヘイローが壊れる。
それが何を意味するか、キヴォトスの人間であれば誰でも理解している。
特にホシノは、身を以てその意味を理解していた。
だからこそ、もう大切なものを失わないように行動してきた。
それでも結局、ホシノに何も守ることなんてできなかった。
謎の少女の襲撃を許し――
大切な後輩達を傷つけられ――
自らも敗北し――
シルが死んだ――
この場には、ホシノの無力さが生んだ結果だけが残された。
「ぁ⋯⋯ぁぁああああ!!!!!!!」
ホシノは全力で走り出した。
痺れる身体を、憎しみだけで突き動かした。
どんな手を使ってでも⋯⋯たとえ差し違えたとしても⋯⋯この身体が壊れたとしてもこの少女だけは殺す。
ホシノの中にあるものはそれだけだった。
だが、万全な状態であればともかく、今の憎しみだけで動かされる特攻とも言える動きを少女が見切れないわけがなかった。
ホシノが振り被る右手を少女は掴み、そのまま投げ飛ばそうとする。
しかし、その瞬間にホシノの左手が少女の腕を掴んだことで投げ飛ばされた勢いは少女をも巻き込み、二人の身体は勢いよく地面を転がる。
やがて勢いを失い、二人の身体が止まると、ホシノの右手に握られていたもの/手榴弾/が転がり落ちた。
――次の瞬間、大きな爆発がホシノも少女も巻き込んでいった。
爆風により砂は巻き上がり、視界を埋め尽くしていく。
そんな中、一人の人影が立ち上がる。
フードの少女だった。
ホシノはその場で身体をボロボロにし、横たわっている。
だが、身体がボロボロなのは少女も同じだった。
巻き上がった砂埃により視界の悪い中、少女はふらつきながらもその場を後にしていく。
目的も正体もわからない少女からの襲撃は、アビドスの敗北として終幕を迎えた。
「⋯⋯⋯⋯ごめんね」
シルちゃん死亡エンドです
フードを被った少女の正体、なんでしょうね
どうしてシルを殺したのか
どうしてアビドスを襲撃したのか
謎は多いと思います
その部分はこの先の正規ルートで明かされていくのでしょう