全ての幸は箱の中   作:眠り狐のK

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「シルをシャーレに送る」ルート

長らくお待たせしました


17-B.選択の末に

 あれから、事態はひとまず丸く収まった。

 職権を乱用し、急激に利子を法外なレベルに引き上げたこと、生徒の誘拐未遂、元々グレーゾーンなことを繰り返してるためか目はつけられていたみたいで、今回明確な黒の部分が出てきたためにそこを取り上げられた。

 しかし、カイザーコーポレーションはそのすべてをカイザー理事の暴走と独断による行動とし、カイザー理事を切り捨てることで難を逃れた。

 カイザー理事は未だビナー襲撃による影響で大怪我を負い、入院生活を余儀なくされている。

 カイザーPMCも大半の戦力を失っているので仮にカイザー理事以外の敵が残ってたとしても当分動きはないだろう。

 

 ビナーについて、分かることはほとんどなかった。

 数十年前から度々アビドス砂漠で目撃証言があった記録は残されていた。

 しかし、その作られた目的、作った人物、その正体については何一つ分からなかった。

 アビドスとカイザー理事が衝突する瞬間、どうしてそんな都合のいいタイミングで現れたのかもわからない。

 結果的にその出現はアビドスにとっては多少命の危険があったことを除けば都合のいい出来事だった。

 だが、それはあまりにもタイミングが良すぎた。

 元々ビナー自体目撃情報が多い訳では無いし、その時期に規則性があるわけでもない。

 本当にたまたまなのかもしれないし、何かきっかけがあったのかもしれない。

 その真実は、アビドスにも、カイザーにも、先生にもわからない。

 わかるとすれば、それはビナーの生みの親くらいのものだろう。

 

 それからもう一つ、ホシノと契約を結ぼうとしていた黒服について。

 アビドスや先生の調べた限りで黒服やゲマトリアについての情報は一切手に入らなかった。

 監禁されていたホシノの居場所については先生が黒服から直接聞いたらしいが、面会した場所は既にもぬけの殻と化していたらしい。

 カイザーとは元々利害の一致で協力関係にあっただけみたいなので、カイザー理事の計画が潰えた今、協力関係もなくなったのだろう。

 ホシノももう黒服と契約なんてするつもりはないし、黒服側も最後まで強硬手段に出なかったことから契約を挟まなければ同じようなことはしてこないと予想できる。

 その辺りを考えれば、相変わらず借金は残ってしまっているが、アビドスにとっての脅威は概ね去ったと言っていいだろう。

 ただ一つ、引っかかる点があるとすれば、黒服……ゲマトリアが、ホシノだけでなくシルのことも求めていたことだろう。

 黒服は、ホシノのことを『キヴォトス最高の神秘』として扱い、その存在を欲していた。

 それと同じようにゲマトリアが求める何かがシルにはあるのかもしれない。

 そこに関してもホシノ同様に契約させなければ問題ないだろうが、今後のことも考えれば警戒はしないといけない。

 

「おっはよー!」

「きゅ〜!!」

「おはよ〜」

「おはようございます、ホシノ先輩、シルちゃん、シプルちゃん」

「ん、おはよう」

 

 教室内にシルとシプルの元気いっぱいの声が響く。

 その隣ではホシノがいつものゆるりとした雰囲気で入り、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネがそれを迎える。

 いつもの日常が帰ってきたのだ。

 しかし、その日常はすぐに崩れることになる。

 それを、ここにいる全員が理解していた。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます、先生」

「先生おはよー!」

「きゅ!!」

「うん、おはようみんな。……どうしたの?」

 

 いつもの挨拶、いつもの日常、しかし、その中で僅かに淋しげな雰囲気が漂っていた。

 

「んじゃ、先生も来たし会議始めよっか〜。今日は、借金の話じゃなくて―――シルちゃんについて」

 

 こくりと、皆が頷いた。

 そしてホシノは先生に向き直る。

 

「先生にさ、私達からお願いがあるんだよね〜」

「お願い?」

「うん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シルちゃんを、シャーレに置いて欲しいんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突なお願いに先生は少し困惑した様子だった。

 それも当然のこと、他でもないアビドスが、他でもないホシノがそのお願いをして来たのだから。

 アビドス対策委員会の誰に目を向けても、シル本人に目を向けてもこくりと肯定するように頷いた。

 

「シルを退学にさせるわけじゃない。ただ、シルは失った記憶を取り戻したいって思ってる」

 

 シロコの言葉に続くようにホシノとアヤネが語る。

 

「そのためには、ここにいるよりシャーレにいた方が良いんじゃないかってみんなで話し合ったんだよね〜」

「はい。先生でしたら信頼できますし、シャーレなら色々な学校で情報収集ができると思いまして……先生が忙しいのは承知の上ですが……」

 

 アヤネの言葉に先生は小さく首を振った。

 先生は生徒の為にここにいる。

 他でもないその生徒からのお願いを断るなんてことあるはずもなかった。

 ただ一つ、気になることがあるとすれば

 

「シルはそれでいいの?」

 

 シル本人が本当にそれを望んでいるかだ。

 ホシノ達の口ぶりからシルが過去の記憶を取り戻したがっているのは本人の意思で間違いないだろう。

 その問いに対して、シルはこくりと頷いた。

 

「みんなと離れるのは淋しいけど……わたしはわたしの事が知りたい、シプルちゃんのことが知りたい……わたしのことを知ってるあの子達の事が知りたい」

「あの子達?」

 

 先生はシルの言葉に首を傾げた。

 先生の中でシルの過去を知っている可能性のある人物は一人しかいない。

 それにもかかわらず、『達』とつけるのであれば、それが複数人いることになる。

 

「一人は分かるよね? ネメシス……改田ネリスちゃん」

 

 こくりと先生は頷いた。

 改田ネリスというのが本名だというのは今知ったが、ネメシス――彼女は明確にシルの過去の手掛かりとなる一人だろう。

 彼女はシルのことを親友と呼んでいた。

 つまり、別の世界ではシルとネメシス……ネリスは言葉通り明確な友人関係であったのだろう。

 そして、シルの本当の名前を知っていた人物でもある。

 シルの本当の名前については先生もホシノを救出し、学校に戻った後で聞かされた。

 この話はシル本人には伝えられていない。

 これは、シル本人が『夢星シル』という名前を気に入ってることと、もしシルの求める真実がシルにとって酷なものであれば、本当の名前は捨ててシルとしてホシノと共に暮らす選択肢も残したいというホシノの意向からだった。

 それがホシノの本心であるかはさておき。

 シルに本当の名前を教えるのは、適したタイミングにしたいとホシノは先生にお願いしたのだ。

 

 話は戻り、ネリスのことだ。

 関わった彼女が別の世界線の人間だとしても、先生の生徒であることに変わりはない。

 そして、彼女の世界でも先生の生徒であったのならば、この世界でも何処かの学園の生徒として存在している可能性は高い。

 そして、シルの本当の名前を知っているのならば、現状持ち得る手掛かりの中では一番可能性の高い人物なのだ。

 

 ホシノは、そのまま言葉を続ける。

 

「もう一人、ブラックマーケットにみんなで行ったのは覚えてるよね?」

 

 それには先生も当然と返した。

 カイザーの手掛かりを手に入れるためにブラックマーケットに潜入したときの話しだ。

 ヒフミと関わりを持ったことや、覆面水着団として銀行からカイザーとカタカタヘルメット団の繋がりを確認できる証拠を手に入れたこと。

 あれは濃い一日だったと先生はその日のことを思い起こす。

 

「あの時、ブラックマーケットに記憶を失う前のシルちゃんが知っていた人物がいたかもしれないんだよね」

「なるほど、ね」

 

 それがもう一つの手掛かりかと先生は理解した。

 その人物の特徴はホシノがシルから伝えられたものをそのまま先生に伝えた。

 しかし、シル以外は実際に見たわけではない。

 それでも、この二人のどちらかと会うことが出来ればシルの失われた記憶にぐっと近づけるだろう。

 

 改田ネリスは、名前とその特徴は手掛かりとしてある。

 どこに住んでて、どこの学校に通っていて、何をしているのか、その情報は一切ない。

 正直な話、セリカが拉致された時のように先生の権限を使い連邦生徒会のネットワークに接続し、キヴォトス上の全ての学園の生徒情報を調べ上げてしまえば一番早く済ませられる。

 だが、その手段は先生としては使うつもりがない。

 そもそも、セリカの時のやつですら、バレれば確実に始末書案件行きの手段だったのだ。

 あの時は生徒の命に関わる事態だった為に迷いはなかったが、今回は違う。

 いくら権限があるからといって、簡単に乱用してはいけない。

 だが、先生の本心としてその手段を使いたくないというのが一番大きい。

 全ての学園の生徒を調べ上げるというのは、言い換えれば全ての生徒の個人情報を覗きに行くということだ。

 生徒のことを第一に考える先生としては絶対に使いたくなかったのだ。

 だからこそ、地道に情報を集めていくしかない。

 

 もう一人の少女については、見た目以外の情報が一切ない。

 ネリス同様、住んでる場所も、学校も、何も分からない。

 ネリスのほうも調べる難易度は高いが、こちらは更に高い。

 しかし、ブラックマーケットにいたということは、そこから手の届く範囲にいる可能性は高い。

 

「だから……シルちゃんのこと、お願いしてもいい?」

「うん、わかったよ。シルの過去のことも、勉強のことも僕が責任を持って引き受けるよ」

「あ〜、勉強はいらないかもね〜?」

 

 ホシノの言葉に先生は首を傾げる。

 その疑問に答えるようにアヤネは苦笑いを浮かべながら引き出しの中からとある物を取り出す。

 

「これは……テストの答案用紙?」

 

 先生が渡されたのはテストの答案用紙だった。

 既に回答も記入済、採点までされてある状態の紙。

 名前の欄にはシルの名前が書かれており、その点数は100点、普段は幼い言動や行動が目立っていたシルだが、本人の頭がいいのか、はたまたアビドスの子達の教え方が上手いのか、お見事と言わざるを得ない。

 ただ、それだけだ。

 今回のテストが良かったからといって油断してしまえば次のテストで一気に落ちるなんてこともある。

 これで何故勉強は必要ないという結論になるのだろうか?

 その答えは、答案用紙をよく見てみれば浮かび上がってきた。

 

「……これ、三年生の問題じゃない?」

 

 そう、先生がよく見て気がついたのは、その問題の全てが三年生で習う内容ということだ。

 確かシルの学年はアヤネやセリカと同じ一年生だった筈。

 

「ね、驚いたでしょ? おじさんのテスト試しでやらせてみたらできちゃってさ〜」

 

 なるほど、と先生は納得した。

 確かに、この時点で三年生までの内容を理解しているなら勉強に関してはそこまで心配しなくともいいのだろう。

 当然、だからといって油断していいという訳では無いが、これなら記憶を取り戻すことに専念してもよさそうだ。

 

「そういえば、アビドスは大丈夫なの?」

 

 ふと先生が気になったところだ。

 カイザーの件はひとまず解決したが、借金に関してはなくなったわけではない。

 アビドスは、今後も皆で力を合わせて借金を返済していかないといけない。

 そんな状況下で生徒が一人いなくなるというのは相当な痛手のはず。

 ただでさえ、アビドスは人手不足なのだ。

 それでも、ホシノ達の意見は変わらない。

 

「大丈夫だよ、数ヶ月前まで……シルちゃんがアビドスに来てくれる前までは五人でやってきてたんだから」

 

 明らかな嘘。

 シルがホシノと出会うまでアビドスが五人でやってきてたのは事実の話。

 だが、それとこれとは別だ。

 ホシノにとって、アビドスにとって家族同然のシルがアビドスから離れるというのが淋しくない筈がない。

 当然、永遠の別れというわけではない。

 いつになるかは分からないが、全てが終わればアビドスに帰って来る。

 ただ、それでも淋しいものは淋しい筈なのだ。

 

「……そろそろ、解散にしましょう。シルちゃんとホシノ先輩は準備があるので今日は帰って頂いて大丈夫です」

「……そうだね」

 

 こうして今日の会議は終わりを迎えた。

 

 

 


 

「荷造りは終わった〜?」

「うん! 持っていくのはまとめたよ!」

 

 シルは元気よく答えた。

 シルの活動拠点をシャーレに移すにあたり、シャーレにそのまま住み込みすることになった。

 理由はいくつかある。

 

 まず、ホシノの家からシャーレまではそれなりに距離があることだ。

 シャーレでの活動がメインになるのであれば、毎日長い距離を移動することになる。

 それなら、いっそシャーレに住んでしまう方がいい。

 シャーレに住むことに関しては先生からも了承が出ている。

 シャーレ自体がかなり広く、先生の部屋に仕事部屋、それぞれの施設に……それらを合わせてもまだまだ部屋が余ってるとのことなのだ。

 なので、余っている部屋の一つをシルが住むのに使おうということだ。

 一応は先生と同じ屋根の下で暮らすということにはなるが、当然シルに手を出そうものなら許すつもりはない。(byホシノ)

 

 次の理由、これは先程の理由に通ずるところがあるが、シャーレの活動範囲が広いことだ。

 これこそがシルがシャーレに行く理由でもあるのだが、シャーレの行動範囲としてはミレニアム、ゲヘナ、トリニティ、アビドスはもちろん、その他多くの学校がその活動範囲となる。

 その部分を考慮しても、やはりシャーレに住む方が色々と都合がいい。

 

 最後に、シャーレ付近で住むとなれば結局これが一番安定の択になることだった。

 シルはこれでも最低限一人で生きていける能力はある。

 一通りの家事はできるし、セリカと共にバイトした経験もあったので料理もいくらかできる。

 ホシノやシロコとの修行を行ってることもありある程度戦闘もこなせるし、アヤネから教わって治療やドローンを使った索敵も多少行える。

 文言だけ見れば一人で生きていくスキルは最低限備わっている。

 だが、それを込みにしてもやはり心配になってしまう。

 その理由は単純、あまりにも幼いからだ。

 今でこそアビドスの一年生として高校生活に溶け込んでいるが忘れてはいけない、『シルの本当の年齢は本人を含めて誰も知らないのだ』。

 高校生として問題なく過ごせる程度に知識はあるし、学力という一点で言えば逆の意味で見合わない知識を持っている。

 だが、その点を除けば見た目もその言動や行動も余りにも幼すぎる。

 その部分で言えば、良くて中学生……小学生と言っても通用するレベルだろう。

 一言で現せば、『高校生の知識を持っている天才小学生』と言ったところか。

 そんな状態のシルが心配されるのも無理はない。

 何よりホシノが一番心配なのは、『天然で騙されやすい』ところにある。

 かつての先輩も似たような性格で度々騙されそうになってはホシノがそれを防いでいたことがある。

 騙されたとしてそれを何とかできる力があればいいが、シルにはそれがない。

 だからこそ、シルが騙されたりしないように見てくれる人間が必要だ。

 そうなると、やはり先生がついていたほうがいい。

 これは、先生側としても『銃弾一発が致命傷になり得る』という部分で見て、先生を守るための戦力としてシルを置けるというのもあるので、二重の意味でこれは有効だろう。

 

「……シルちゃん、ちょっときて」

「? どうしたの〜?」

 

 シルはホシノに言われるがままに近づくと、ホシノは優しくシルを抱きしめる。

 

「いつでも、帰ってきていいからね」

 

 ホシノは少し寂しそうに語りかける。

 それに対してシルは元気よく「あの子たちと友達になれたら帰って来る」と言った。

 その一言を聞いてホシノは『今の』シルの本心はこれなんだと考えた。

 

 別の世界では記憶を失う前のシルと親友関係であった改田ネリス。

 

 名前すら思い出せないほど強く失われた記憶に僅かに残り、シル本人に『知りたい』とまで言わせた謎の少女。

 

 全てが謎に包まれ、それでいてシルにとって常に一緒にいる家族であり、親友であり、相棒であり、導き手であるシプル。

 

 彼女らのことを理解し、仲良くなる。

 これがシルの望みであり、この選択をした理由なのだろう。

 シプルに関しては相棒だからこそもっと理解したいといったところか。

 当然、シルが大切にしている箱について知ることもその目的の一つではあるだろうが、敢えてその言葉を口にしているということは前者がシルにとってはメインだろう。

 そして、それらが達成されたら帰って来ると。

 ホシノは日頃から感じていたことだったが、シルにとってのアビドスは帰る場所であると、そう思っていてくれることを再認識すれば嬉しくもなる。

 

 だが、ホシノはもう一つの未来の可能性を理解していた。

 それは、『シルがこのままアビドスに帰ってこない』可能性だ。

 それは他の学校にシルを取られるとか、そういう話ではない。

 この目的でもあるシルの過去を、記憶を取り戻すということは、『シルの本来あるべき居場所』を思い出すということでもある。

 つまり、記憶を取り戻した後、シルは本来の居場所に帰ってしまう可能性も存在するのだ。

 シルの性格上アビドスを捨てるなんてことはしないとは思うが、本来の居場所を思い出した時、そちらを選ぶかアビドスを選ぶか、シルにとっては苦渋の決断となってしまうかもしれない。

 

「明日は朝からシャーレだし、もう寝よっか」

「うん!」

 

 一緒に寝るのもこれが最後になるかもしれない。

 ほんとはずっと一緒にいたい。

 これはシルがそれを望むからじゃない。

 失うことを恐れるホシノの紛れもない本心だ。

 でも、自らのわがままでシルを縛り付けてはいけない。

 大事な後輩の、大事な家族の選んだ選択を引き留めてはいけない。

 感情のままに行動してしまっては、過ちを犯した過去を繰り返すことになってしまう。

 

「おやすみ、シルちゃん」

「おやすみ、ホシノちゃん!」

 

 今はただ、シルが無事でいられることを、シルが幸せになれることを祈りながらこの温もりを心に刻みつけておこうと、今日はいつもより少しだけ強くシルを抱きしめながらホシノは眠りについた。




もはやシルとホシノ、シルとアビドスは家族とも言える関係ですね
アビドス編はこれで一旦終わりとなります
次回は時系列通りミレニアムでの話になります
最初のあたりはオリジナルルートになるので、原作通りにゲーム開発部の話に関わらせるかはまだ考えてません
お楽しみにです

↓17.5話

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