シルと最後の一夜を過ごし、それから約一週間が経過した。
アビドスの雰囲気も最初は暗い雰囲気だった。
それも当然、家族同然として過ごしてきたアビドスの大事な仲間のシルがシャーレに行ってしまったからだ。
これはシルの選択であり、アビドスの選択であるため今更戻ってこいなんて許されない。
今のアビドスに出来ることはシルの無事を祈りながらいつか帰ってくる日のためにアビドスを守り続けることだけだ。
それを理解しているアビドス対策委員会は暗いままではいけないと前を向くことを決意し、一週間も経った今、アビドス対策委員会の雰囲気はシルがアビドスに入学する前のものへと戻って―――
―――いた訳でもなかった。
「うへ〜……」
「もう、ホシノ先輩いい加減しっかりしてよ!」
そこには会議室のソファへと力なく横たわるホシノの姿があった。
それは、のんびりと昼寝をしていたいつもの姿ではない。
シルが側にいない寂しさやシルに対する心配等、様々な感情から他のことに手が付かず、この一週間を無気力状態で過ごしているのだ。
「ホシノ先輩、シルちゃんがいなくなってからずっとあんな感じですね……」
「ホシノ先輩は私達の誰よりもシルのこと大切にしてたから……それも仕方のないことだと思う」
アビドス対策委員会の誰もがシルのことを家族同然の存在として大切にしてきた。
精神の幼いシルを旅立たせるということもありアビドス対策委員会の誰もが彼女のことを想い、心配していた。
それでも、アビドスには借金のことやアビドス自体の復興のことだったりと考えなければいけないことがまだまだ残っている。
その問題を放って無気力になっている場合ではない。
シルも大切だが、アビドスのことを大切に思っている気持ちも変わらない。
寧ろ、『シルの居場所を守る』というアビドスを守る為の理由が一つ増えたまである。
その為、誰もがシルへの想いを押し殺しながら今を過ごしている。
だが、シルと出会ってからここまで、同じ屋根の下で暮らし、誰よりも家族同然としてシルと過ごしたホシノは立ち直るまでにもう少し時間がかかりそうであった。
「セリカちゃんもこの前まで『危ないことに巻き込まれてないかな?』とか、『ちゃんとご飯食べてるかな?』とかずーっと呟いて落ち着かなかったですもんね✩」
「ちょ、ノノミ先輩!? わざわざ言わなくてもいいでしょ!?」
「あはは……みんな同じ気持ちなので大丈夫ですよ、セリカちゃん」
「アヤネちゃん……」
一時の静寂が過ぎ、それを破るようにアヤネが呟く。
「……シルちゃんの記憶、戻るといいですね」
「……うん」
「シルの過去が何であれ、シルの居場所がアビドスだってことは変わらないから」
「そう……ですね……」
「……そういえば、シロコちゃんからはそういう話聞きませんね?」
「シロコ先輩? なんでここでシロコ先輩が出てくるの?」
「ん、私も一応記憶喪失だからね」
「え、そうだったんですか!?」
何も知らない一年組の二人は急なシロコの告白に驚愕する。
シロコは過去を懐かしむように自らの首に巻かれたマフラーに手を当てながら語る。
「私も、気がついたら
「し、シロコ先輩にそんな過去があったなんて……」
「だから、シルちゃんのこともアビドスに入れようって言ってたんですね……」
セリカとアヤネは今、初めてシロコがマフラーを大切にする理由を知った。
みんなで過ごしている時、確かに気になったことはある。
気温の低い冬場であればマフラーを巻いてることに何の違和感もないが、暖かくなりだしている今の時期でも変わらず肌見放さず巻いている。
夏へと向けて気温の上がってくるこの時期にマフラーは流石に必要ないだろう。
でも、自分を拾ってくれた恩人から貰ったものであるならば気温に関係なく身につけておきたくなる気持ちも理解できる。
「あれから、一年以上も経つんですねぇ……」
ノノミも当時のことを思い出しながら過去の記憶に思いを馳せる。
雪が降っていた寒い冬のこと、アビドスにまだホシノとノノミの二人しかいなかった頃。
ボロボロの衣服に身を包み、虚ろな目でいたシロコをホシノはアビドスへと招き入れた。
シロコが初めてアビドスの制服を身に着けた日のこと、定期的にシロコがホシノへと勝負を仕掛けるようになった日常、シロコが正式にアビドスの一員となった入学式の日のこと、シロコがアビドスへとやってきてからの全ての記憶がまるでつい最近の出来事かのように思い出せる、大切な思い出だ。
「その……シロコ先輩はシルちゃんみたいに記憶のこととか、気になったりしないんですか……?」
「ん……気にならないと言えば嘘になるね。でも、いい。ここ[アビドス]が私の居場所だから、それはたとえ昔のことを思い出したとしても、今のまま思い出せないままだとしても変わらない。だから、必要ないよ」
「シロコ先輩……」
しんみりとした雰囲気にはなっているが、シロコ自身そこまで深く捉えているわけではない。
確かに、未だにホシノと出会ったあの日から前の記憶はない。
だが、今のシロコにはアビドスという居場所が、帰る場所がある。
それがあるならば、このまま思い出せないままでも構わない。
シロコは
ホシノが好きだ。
ノノミが好きだ。
セリカが好きだ。
アヤネが好きだ。
先生が好きだ。
シルが好きだ。
自分がずっと居たいと思える居場所がある。
自分の好きな人達がいる。
シロコにとっては、よく分からない過去のことなんかよりも、こちらのほうがよっぽど大切だ。
きっと、それはシルにとっても同じだとシロコは思っている。
借金なんてものがあって、今では殆ど何もなくなってしまった砂の学校で、その笑顔が絶えることはなかった。
シルもアビドスのことが、対策委員会のみんなのことが好きだということは考えるまでもないだろう。
間違いなく、アビドスはシルにとっての居場所でもある。
シルが自身の過去に興味を持ち始めたのは、過去のシルと繋がりがあるかもしれない人物と出会ってしまったからだ。
その本質は恐らく記憶を思い出すことじゃなく、その記憶に存在するであろう『その人』のことを知ることにある。
思い出せないけれど知っているかもしれない。
興味がある。
だから、自らの過去を知りたい。
過去のシルと『その人』にどんな繋がりがあったのかを知りたい。
それが、シルが自身の過去を知りたいと思った理由だ。
きっとそれがなければ、シルも自分と同じ選択をしていたかもしれない。
いや、恐らくしていただろう。
逆に、自分がシルと同じように思い出せない過去についての手掛かりが見つかったとして、それを知りたいと思うだろうか。
一年以上もの時をここで過ごしている間その欠片もないものに対してその考えはどこまでいってもたらればの話でしかないが、もしそうなれば失われた記憶を追い求めようとするだろうか?
少なくとも今の自分では考えられない話ではあった。
「んじゃ、そんな私達の居場所を守る為に今日も頑張ろっか〜」
「そうね、ホシノ先輩…………ホシノ先輩!?」
いつの間にかホシノも会話に参加していた。
その表情には先程の無気力感はほとんどなくなり、いつものように眠そうな表情を浮かべていた。
「ホシノ先輩、もう大丈夫なんですか?」
「いやぁ、旅立つ娘のことは心配だけどさ〜、親としてちゃんと信じてあげないとね〜」
「いや、いつから親になったの!? というか親っていう年齢じゃないでしょ!?」
こういうやり取りも、だいぶ久しぶりに感じる。
ホシノも未だにシルのことは心配で今すぐにでもシャーレに行きたいと思ってしまうこともある。
だが、他のみんなが前を向こうとしている中、自分だけ長々と引き摺るわけにもいかない。
シルを心配する気持ちはみんな一緒なのだから。
シルはしっかりした子ではない。
精神的に誰よりも幼くて、セリカよりも騙されやすい。
戦闘だって強いわけじゃない。
ホシノが戦い方を教えているとはいえ、最初は本当に素人同然だった。
それこそ、その辺の不良と一対一でやったとしても簡単にやられてしまいそうなほどだ。
今でこそそれなりに戦えるようになってるものの、基本的には誰かのサポートがないと不安が残る。
それ程にか弱い存在なのだ、夢星シルは。
もし、誰かに酷いことをされていたら?
もし、誰かに騙されて連れて行かれてしまっていたら?
もし、自分の見ていないところでまたユメ先輩の時のようなことが起こってしまったら?
そんなことをほんの少しでも想像してしまうと震えが止まらなくなりそうだ。
セリカとはあんなやり取りをしていたが、実際のところほんとに親のような目線でシルのことを見ていたことも否定できない。
故に心配にもなってしまう。
だが、シルを家族同然として見ていたのはアビドスの誰もが同じことだ。
なら、家族として信じてあげよう。
先生もついているし、なにより帰ってくると約束した。
約束したなら、信じて待とう。
信じて、シルの帰る場所を守ろう。
それが今のホシノの心情だった。
「遅くなったけど、会議始めようか〜」
「あ、はい! それでは、アビドス対策委員会の本日の会議を始めます!」
そうして本日もアビドス復興に向けての、借金返済の為の、みんなの居場所を守る為の活動が始まるのだった。
原作でほぼ触れられてませんが何気にシロコもホシノと出会う前の記憶ないんですよね……
と、それはそれとして次回よりミレニアム編となります。
今回の話は少し未来の話、シルがシャーレに行った後のアビドスの話となります。
シルちゃんがどれだけアビドスに大切にされてきたかわかりますね。