18話 ミレニアムへ
シャーレの一室。
静寂の部屋の中、ペンを走らせる音とキュッ、キュッと可愛らしい音だけが響いていた。
そんな中部屋の扉が開き、少女——夢星シルが小さな両の手でコップを大事そうに持ちながら入ってくる。
「先生、おかわり持ってきたよー!」
「うん、ありがとうシル。そこに置いておいて」
「はーい!」
シルは先生の言葉に元気よく返事を返しコツコツと足音を静かな部屋に響かせながら空になったコップとおかわりのコーヒーを交換する。
その後、シルは空になったコップを割らないようにと両手で持ちながら片付けに行く。
その足元ではシプルがそのまんまるな身体と床を雑巾で挟み込み、その身体を器用にスライドさせるように水拭きしていく。
キュッ、キュッと可愛らしい音の正体はこれだ。
シルがシャーレに来てからニ週間が経とうとしている。
シャーレの仕事も最初は慣れないことだらけだったが、シルは一週間程で基本的な部分は覚えてしまった。
シルは言動も行動も高校生と呼ぶには無理があるんじゃないかとつい思ってしまいそうな程に幼いところがあるが、これでいて高三の問題も解けるくらいには頭がいい。
しかし、一般常識的な部分で言えば知らないことが多く、それらに興味津々な姿は年相応……いや、見た目相応と言える部分もある。
この部分について、二週間共に過ごしていて先生は違和感を感じていた。
学業の知識はあるが、一般的な知識は乏しい。
例えるなら、何もデータのない機械に教科書の内容だけを詰め込んだような……これでは例えがよくないと先生は頭を振る。
一般常識でも知識はあるが見るのは初めてみたいなパターンも結構あるのだから、もっと的確に例えるならばアニメや漫画に偶に出てくる基本的な勉強やマナーは学んでいるが家から一歩も出たことのない箱入りのお嬢様みたいなものと例えるほうが近いかもしれない。
残念ながらお嬢様らしいマナーがあるわけではないのだが、先生から見たシルの印象はそんな感じだ。
これでも今では簡単な書類作業まで覚えてしまっているし、その賢さは本物だった。
こうして飲み物を持ってきてくれたり夜食を用意してくれたり簡単に掃除とかもしてくれたりと積極的にお手伝いをしてくれるので先生としてもかなり助かっている。
簡単なものだけだが料理とか家事も出来てしまうのにはさすがに先生も驚いた。
聞けばアビドスにいた頃にノノミやセリカから教えて貰い、ホシノの家に住んでいたこともあっていくらかやっていたらしい。
そう聞けばこのスキルも納得だった。
こうして、この二週間でシルもシャーレでの生活にもある程度慣れてきていた。
シャーレに住み込みということで、シルの所属も『アビドス対策委員会』から『アビドス対策委員会兼シャーレ』へと変わった。
基本的にシャーレで仕事を手伝う時はアビドスの生徒ではなくシャーレの部員として扱われる。
これならば、他の学園で仕事する時にシルが手伝う場合にアビドスとその学園との間の問題をあまり考慮しなくて良くなる。
シルの身に何かあったときは兎も角、シルが何か行動を起こす時、最悪何かやらかしてしまった時もあくまでその責任はシャーレのものとなる。
元々、シルがここにいる理由が記憶を取り戻す為なので最初は手伝いのことまで考えていなかったが、本人が手伝う気満々だったのもあり、仕事の手伝いの名目も入れておいたほうが他の学園にも連れて行きやすいだろうというのもあって承諾した。
『先生!ミレニアムサイエンススクールから要請が届きました!』
先生はそんなシルの頑張りに感心しながらも仕事を続けていると、シッテムの箱——アロナから通知が届いてきた。
相手はゲーム開発部、その内容は簡単に噛み砕けば廃部の危機へと陥っているゲーム開発部を助けてほしいというものだった。
『勇者よ、どうか私たちを助けてください!』なんてゲームが好きなことがよくわかる一文が添えられていたが、事態は楽観視できるものではないだろう。
ミレニアムサイエンススクールとは、キヴォトスにおける三大学園の内の一つであり、技術力に特化した学園らしい。
例えば、シャーレ内で動いてるお掃除ロボだったり、一部のセキュリティ機能だったりと実はシャーレの中にもミレニアム製のものがいくつかあったりする。
アロナ曰く、キヴォトスにおける『最新鋭』や『最先端』と呼ばれるものは大半がミレニアムから生まれてくると言っても過言ではないレベルらしい。
「ミレニアム、技術力かぁ……」
生徒からの要請ということで行かない選択肢はないが、どうせ行くならシルのことも一緒に進めていきたい。
だが、人探しの方は現状かなり難航している。
片方はプラチナブロンドの短髪で黄金色の瞳でノノミより身長は低いくらいの情報しかない。
一応その条件でひっそりとキヴォトス内の学園に所属している生徒を調べてみたがシルが見てピンと来る生徒はいなかった。
改田ネリスについてもどこにもその名前はなかった。
少なくとも、ミレニアムの生徒ではないことは確定している。
過去に何処かの学園に所属していたのか、それとも元から何処の学園にも所属していないのか。
そこも含めてまだまだ調べてみる必要はあるだろう。
あと調べられることがあるとすれば……。
そこに、シルが丁度片付けを終えて戻ってきた。
先生がシルに目を向けると、どうしても同時に目線に入ってくる鎖に繋がれた黒い箱。
これも重要な手掛かりだ。
とはいっても、この箱についても謎だらけなのである。
どうやっても開けることはできない……どころか開ける口も隙間も見当たらない。
これが何なのかは持ち主であるシル自身も理解しておらず、シルが理解しているのはただ一つ『肌見放さず持っていなきゃいけないもの』ということだけだった。
見た目は唯の綺麗な正方体の黒い石なのでそもそも箱なのかどうかすら怪しいところではあるが、持ち主であるシルが『箱』と言っているのだから箱なのだろう。
ともあれ、技術力のあるミレニアムならばこの箱についても調べればなにか分かるだろうか。
「ミレニアム……ん〜、あ、そういえばユウカがミレニアムの子だったよね。何かわかったりしないかな」
ふと思い出したのは先生がキヴォトスに来た際に出会った青髪の女の子だ。
早瀬ユウカ、ミレニアムでセミナーに所属している子。
先生がキヴォトスで目覚めた時、連邦生徒会長がいなくなったことにより起こった問題を解決するために第一にシャーレの奪還を目指すこととなった。
その時に協力してくれたのが守月スズミ、羽川ハスミ、火宮チナツ、そして早瀬ユウカだ。
実際のところ協力してくれたというよりは連邦生徒会の首席行政官であるリンが半ば強制的に協力させたというほうが正しいが、連邦生徒会長がいなくなったことで不良生徒が増加したり、不法な武器が流されていったりとそんな問題が一気に増加していたらしいし、仕方ない部分もあるだろう。
まぁ、そんな過去の思い出を振り返るのはこのくらいにして、そのときにユウカの連絡先も教えてもらっている。
あの時手伝ってくれた子達は一通り連絡先を貰っているので時間が出来れば挨拶くらいはしようかと考えていたが、アビドスのことだったりシルのことだったりとやることが多くて中々時間が取れなかった。
挨拶も兼ねて一回連絡をしてみよう。
そう思いユウカから教えて貰った番号をスマホに入力し電話をかけてみる。
すると、3コールもしない内に出てくれた。
「おはよう、ユウカ」
『おはようございます、先生。それと、お久しぶりですね』
「うん、久しぶり。ほんとはもっと早くに挨拶だけでもしておこうかと思ってたんだけど、色々忙しくて大分期間が空いちゃった」
『いえ、先生が多忙なのは重々承知していることでしたので、気にしないでください。私は私でセミナーの仕事が重なってますし、お互い様です。それより、何かありましたか?』
「うん、実はね――」
それから先生はユウカに一通りの事情を説明した。
ゲーム開発部のことはシャーレの仕事だし、まだ詳しい内容も聞いてないので一旦は触れないでおいている。
話したのはシルについて、彼女についての事情とそれらに対する手がかりを探しているということだ。
『なるほど……事情はわかりました。要約すれば、その夢星シルって子の記憶を戻す為に手がかりが欲しい。それで、手がかりになりそうなものが二つあって、一つが改田ネリスっていう子、もう一つがその子が持ってる開け方も中身も分からない箱、その二つについてミレニアムで何か分からないかってことですね?』
「うん、合っているよ」
『うーん……そうですね……申し訳ないですけど、改田ネリスって子についてはわからないですね。でも、もしかしたらうちの生徒の誰かが知ってるかもしれないのでそれとなく聞いてみますね。それから、その箱についてですけど、エンジニア部か錬金化学部……機械とかじゃなさそうですし、錬金化学部のほうがいいかもしれませんね』
「錬金化学部?」
『金属とか薬とか、色んなものを組み合わせて新しいものを発明してる部活です。部員がたった二人と規定人数に達してないので正式に認められている部活ではないですし、部室自体空き部屋を勝手に研究室に改造して使っているようなところですけど……その辺の部活より成果を出してしまっているので下手に退去させるわけにもいかなくて……とまぁ、そんなところです。部長のマナ……琴理マナは結構変わった子なので中々扱い辛いですけど、能力的に言えば信頼できる子なので一度話してみたらいいんじゃないでしょうか? 謎の石で作られてるって言ってましたし、あの子はそういうのに目がないイメージありますし、鉱石とかにも詳しいので条件としては一番ぴったりだと思います。それか、もう一人の子……高屋ヨツバのほうが話しやすいかもしれないので、そちらに話してみるのもいいかもしれませんね』
「琴理マナに高屋ヨツバだね、うん、ありがとう」
とりあえず、シルについてもやるべきことが決まった。
錬金化学部へと連れて行く、そして黒い箱について調べて貰う。
協力してもらえるかは話してみないと分からないし、調べてもらったとしてどこまで分かるかも調べてみなければわからない。
だが、箱の中身が分かれば一歩前進出来るだろう。
箱の中身が記憶と関係ない可能性は考えづらい。
何せ、その正体を知らないのにここまでシルが大切にしているようなものだ。
ホシノに聞いた話だと、お風呂に入る時すら手放そうとしないほどらしい。
そこまでして大切に持っている箱の中身がシルの過去と何の関係もないはずがない。
少なくとも先生はそう考えていた。
『錬金化学部は場所が分かりづらいと思うので、ミレニアムに来る日時を教えてくれればセミナーの子を案内人として出しますよ?』
「明日にでも行こうかと思ってたけど、時間まではまだ決めてなかったね」
そうして先生はユウカと時間の調整をして明日、ミレニアムに訪れることとなった。
『ではその時間でうちの子を向かわせますので、遅れないようにお願いしますね』
「うん、ありがとうユウカ」
『それと、用事が終わって時間があればですけど、セミナーにも是非顔を出してくださいね』
「そうさせてもらうよ」
ひとしきり会話を終えると先生はユウカとお別れの挨拶だけ交わして電話を切った。
さて、と先生は机の上の書類の束に目を向ける。
シッテムの箱があれば大体のことはなんとかなるので明日に向けての準備という準備は特にないのだが、シャーレを空けるのであればこの書類達はある程度済ませておかないといけない。
大変ではあるが、生徒達の為には必要なことなので仕方ない。
張り切ってやっていこうと書類に手を付けたところに片付けを終えたシルが戻ってきた。
「先生片付け終わったよ! 次はわたし何すればいい〜?」
「じゃあね、ちょっとだけ書類仕事手伝ってもらおうかな。明日はミレニアムに行くからね」
「ミレニアム〜?」
「そう、仕事でね。一緒にシルの記憶についても調べるつもりだから、出来ればシルにも付いてきてもらいたいんだけど」
こうは言うものの基本的にどの仕事にもシルは連れて行くことにしている。
純粋に一人にさせてはおけないからだ。
シルは一通りの家事はできるし一応高校生でもあるし、シャーレのセキュリティもしっかりしているのでお留守番させるくらいは問題ないだろうが、精神年齢的な幼さで心配なところがどうしても出てきてしまう。
ホシノを筆頭にアビドス対策委員会がシルに対して過保護気味な理由も理解できてしまう。
シル自身も嫌がっている様子はないし、寧ろ自分から付いていくと言ってくるくらいだ。
最初はすぐ戻ってくる用事くらいならお留守番させようかと思っていたが、シル本人は付いていくと聞かなかったのでやはり一人は寂しいのだろう。
そう考えるとやはり一人にはさせられない。
「うん! 行く!」
予想通りの反応に先生は温かい目で笑みを浮かべる。
シルの元気な姿は先生自身も元気を貰える。
自分に娘がいたらこんな感じなのだろうか、と娘を持ったことはおろか誰かと結婚したこともない身ではあるが、ついついそんなことを考えてしまう。
「ミレニアムってどんなところなんだろ〜♪」
「技術力がすごいところとは聞いているね」
「そうなんだ〜? じゃあすっごいロボットとか機械がいっぱいあるんだ〜! 機構とかプログラムとかもすごいんだろうな〜♪」
と目を輝かせながら楽しそうにシルは語る。
一言目から見た目通りな感想が出たと思えば二言目には『機構』やら『プログラム』やらの単語が出てくるあたりやはりギャップを感じてしまう。
シルの見た目と同年代の子からこんな単語が出てくるなんてそうそうないだろう。
「じゃ、さっさと終わらせちゃおっか」
「おー!!!」
ここはミレニアムサイエンススクール。
キヴォトスにおいて『最先端』『最新鋭』と呼称されるものの多くはここミレニアムで開発されたものであり、その技術はキヴォトスの多くの場所で使われている。
その技術力により発展を遂げたミレニアムは、トリニティやゲヘナに比べて短い歴史でありながらその二つに並び、今では三大学園の一つとして大きな学園となっている。
そんな学園に先生とシルはやってきた。
あれから特にトラブルも起きることなく無事に仕事を終え、のんびりと次の日を迎えることができた。
ユウカと連絡を終えた時点での残りの仕事量を考えれば、かなり遅くまでかかることが先生の中で予想されていた。昔ならば。
だが、シルが戦力となってからはかなり短縮されるようになった。
やはり、簡単なものでも書類仕事まで任せられるというのは大きい。
あまり生徒に仕事をさせるのもどうかとも考えたが、シル本人が手伝いをすると言うので無理に断る訳にもいかず言葉に甘えることにしている。
シルに先生の仕事の手伝いをさせていることをホシノが知ったらなんて言うかわからないが、先生自身は助かっているし、シル本人が役に立てて嬉しそうにしているのでまあいいだろう。
ともあれ、こうして無事に仕事をある程度終えてしっかり睡眠時間も取れて今日という日を迎えられた。
現在、ミレニアムサイエンススクールのとある広場……指定の集合場所まで来ている。
ここで案内人の子と待ち合わせする話になっている。
初めて見るミレニアムの風景を目を輝かせてきょろきょろと眺めているシルを微笑ましく眺めながら待っていると、案内人らしき子が走ってくるのが視界に入った。
「貴方がシャーレの先生ですね! セミナー所属一年生の天宮ユキっていいます! よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」
「夢星シルだよー! よろしくねユキちゃん!」
「うん!」
天宮ユキと名乗った少女。
長い水色の髪にワンサイドアップ、前髪は太陽の髪留めで留めてあり、その瞳は太陽のように輝く綺麗なオレンジ色、身長は大体ユウカと同じくらいだろうか。
その第一印象も、太陽のように笑顔の眩しい元気な少女という感じだ。
「じゃあ錬金化学部まで案内しますね!」
そう言って踵を返し校内へと入っていくユキに先生とシルもついていく。
広場で見ただけでも感じてはいたが、こうやって中を歩き回ると流石キヴォトストップクラスの技術力を持つ学校だと感心させられる。
セキュリティは当然だがしっかりとしており、防犯カメラだったり、重要そうな部屋にはパスワード認証やら指紋認証やらが取り付けられている。
それ以外でも所々で機械が動いていたりするし、その中には当然見たこともないようなものもある。
『百聞は一見にしかず』というのはこういう時に使う言葉だろう。
トップクラスの技術力と言葉だけで聞くのと、こうしてそれらを実際の目で見るのでは感じるものがまったくと言うほど違ってくる。
シルも広場にいた時と同じように初めて目にするものに目を輝かせながらきょろきょろと眺めている。
色々なものに興味を持つのはいいが、あまりによそ見しながら歩いているので転んだり迷子になったりしたら良くないと先生はシルの手を取る。
「……もしかしてお二人って親子だったりします?」
「違うからね?」
「親子? 先生がわたしのパパ?」
「違うからね!?」
そんなやり取りをしているが、手を繋いで歩く二人の様子は何処からどう見ても親子のそれだろう。
シルの見た目と性格が中学生どころか小学生といっても通用するレベルなばかりにより一層そう見えてしまう。
実際、ミレニアム生とすれ違う度に『仲のいい親子』だの『先生の娘さん可愛い』だの話し声が聞こえてくるのだから、事情を知らない人間から見れば大体の人間からそう見えていることは疑いようもない。
先生自身は先生としての理性がそれを否定しているが、それに対しシルのほうは満更でもなさそうにしているので先生として苦笑いするしかない。
そんなこんなで錬金化学部の部屋が見えてきた。
普通学年やクラス、室名が書かれるプレートの上に段ボールで被せるように、手書きで『錬金化学部』と書かれてある。
勝手に空き部屋を改造しているとは聞いていたが事実のようだ。
「マナちゃん入るよ〜!」
ユキが部室の扉を開けるとそこにはまさしく研究室と呼べる空間が広がっていた。
とある棚には色々な薬が並べられており、別の棚には色々な種類の石が並べてある。
引き出しには遠目で見て読み取れるラベルだけでも見たことも聞いたこともないような名前がいくつも書かれている。
薬の材料とか石の名前とかそんな感じだろうか?
他にも机の上には恐らく薬の調合に使っている道具や、石を削るのに使っている? 道具もある。
鉱石やら薬やらに詳しいわけではない先生だが、そういうものを作っているという事前情報は貰っているので恐らくそういうものを作るのに使うのだろうという予想は立てられる。
そして、その部屋の中には二人の生徒がいた。
一人は、短い茶色の髪に眼鏡をかけ、黄金のように輝く瞳の少女。もう一人と比べてかなり小柄で、ぱっと見ホシノと同等、若しくは僅かに上くらいだろうか?
その割に随分とサイズの大きい白衣を羽織っており、手は完全に袖に隠れており、垂れ下がっている裾の部分も引きずるように地面へと接触している。
そしてもう一人、まるで黒真珠のような綺麗な黒い瞳に長い銀髪、頭頂あたりの髪はツーサイドアップで左右で纏められており、頭頂からは2本のアホ毛がぴょこんとその存在を主張している。
身長はアビドスの生徒と比較して考えるならノノミと同じくらいか少し高いくらいか、茶髪の生徒とと同じように白衣を羽織っているが、こちらはぴったりのサイズだ。
首からは水や火を模した飾りの付いたネックレスが下げられている。
銀髪の少女がユキの声に反応したかのようにこちらに視線を向け、歩いてくる。
「ユキさん、毎回言ってますが入るときはノックくらいしてくれません?」
「えへへ〜、ごめんごめん〜」
「全く、大人しい日の貴方はちゃんとやってくれるのに……人格二つあったりしません?」
「わかんない! それより先生とシルちゃん連れてきたよー!」
ユキは銀髪の少女の言葉をさらっと流して先生とシルの手を取り、部室の中へと招き入れる。
「貴方がシャーレの先生ですね。ユウカさんからある程度話は伺ってます、錬金化学部の高屋ヨツバです。どうぞお見知りおきを」
どうやら、銀髪の少女が高屋ヨツバらしい。
ということは、もう一人の茶髪の少女が琴理マナか、と先生は脳内で補完する。
「先輩ー、せーんーぱーいー! 来客ですよー!」
大きな声で呼びかけるヨツバの声が届いたのかマナは眼鏡に手を当てながらヨツバに目を向ける。
「助手くん、いつも言ってるだろう? 先輩ではなく博士と呼べと。それに、来客の予定なんて聞いてないが?」
「来客の予定は昨日伝えましたよね? ほら、黒い箱の……」
「黒い……箱…………あぁ!!」
マナは暫く顎に手を当てて考え込むようにして、思い出したかのように掌をもう片方の握った手で軽く叩く。
そして、小さな身体を椅子から下ろし先生の元へと歩み寄っていく。
「確かにそんな話があったな。謎の鉱石によって作られた箱を調べてほしいだかなんだか。だがそういう未知の鉱石だとかいう依頼はたまに上がってくるがどれもこれも一般的に知られてないだけであって新種のものであったことなぞほぼ無いと等しいことだが。まぁ、ボクの見たことのない鉱石なんて相当な…………ふにゃ!?」
こけた。盛大に。
小さな身体を大の字に広げ、無駄に長い白衣がその身体を覆い隠す。それは最早白衣というより白い布を掛け布団のようにマナを包んでいるようにも見えてしまう。
恐らく、長々と語りながら歩いてくる間にずるずると引き摺っている白衣の裾を踏んでしまったのだろう。
「…………先輩、いい加減自分の身体に合う白衣を買ったらどうですか?」
「ぃっつつ……だから先輩ではなく博士と……それに何を言う、ボクはまだまだ成長期真っ只中、何れはあのセミナーの会長をも越える逸材なのだぞ?」
「相変わらず夢を見ますね……」
「まあいい、それで依頼の物というのはそこの少女の首に下げてる物でいいかい? …………ん? これは……」
マナは立ち上がりシルの首に下げられた黒い箱を指して先生に問いかけるとその答えを待つことなくシルに近づき黒い箱を凝視する。
「これは…………黒曜石ではない……シュンガイトでもないな。ボクの知ってる限りの鉱石のどれとも当てはまらない……だが見覚えはある気がする……どれだったか……?」
「先輩、自己紹介くらいしたらどうですか?」
「ああ、それはすまないね。ボクは琴理マナ、錬金術師さ」
「錬金術?」
先生とシルは聞き覚えのない単語にこてんと首を傾げる。
それを見たヨツバが補足を入れる。
「金属を主に色々な物を融合させ、より良い金属や道具を生成する。まぁ、金属が好きな科学者みたいなものと思ってください」
なるほど、と先生は納得した。
実際のところ、先生に関しては錬金術が聞き覚えのない単語というのは語弊がある。
ゲームやアニメでそういう単語が出てくるものがあるとか、太古の昔にはそう呼ばれる人物がいただとか、その程度であるが聞き覚えはある。
ただ、このご時世でそれを名乗る人物が出てくるとは思っていなかった。
錬金術師として何をしているのかという部分を考えればヨツバの説明をインプットするのが理解しやすいかもしれない。
金属を中心に研究し、新たな物を創り出す科学者。
それを一言に纏めて『錬金術師』、確かに間違ってはないのかもしれない。
「さて、自己紹介も済んだことだし、依頼の件は受けよう。報酬は必要ない。久々に興味深いものが見られそうだからね」
どうやら、無償でやってくれるらしい。
今回に関して先生とマナの関係性は先生と生徒ではなく依頼人と研究者、ビジネスとしてやるならお金を払うことも視野にはいれていた。
だが、マナに興味を持たせたことでそれも気にしなくていいみたいだ。
「調べるのには流石に時間がかかる。それを預からせて貰えるかい?」
「…………やだ」
「シル……?」
箱を預かろうと手を差し出すマナにシルは首を振る。
先生は忘れていた。
「やだよ…………やだ……」
お風呂に入るときですら肌見放さず持っていたものを――
「これは、シルが持ってなきゃだめなの……!!」
――シル自身が渡すことを拒む可能性を。
感想評価頂けると全力で尻尾をぶんぶんします
では、次の先生の行動を選んでください
A「シルを説得する」
↓
B「シルを錬金化学部に預ける」
↓