「シルちゃん、そっち行ったわよ!」
「任せて、セリカちゃん!」
逃げる窃盗犯、追いかけるセリカ、回り込むように窃盗犯の前に立つシル。
「おら、どけチビ!!」
盗んだ鞄を左肩に掛けながらシルに向かって走る。そのまま窃盗犯は銃をシルに向けようとするもその射線上にシルはいない。それを予想していたシルはその場にしゃがみ込み、射線から外れていた。そしてシルはそのまま両手でハンドガンを構え、足に弾丸を撃ち込む。
「おわぁ!?」
見事命中した銃弾に窃盗犯はよろめきその場に倒れ込んでしまう。
「隙あり!」
「この、ガキ!!」
窃盗犯が転んだ隙にシルは距離を詰めてハンドガンを向ける。窃盗犯も負けじと銃をシルに向けようとするも、向けた瞬間にセリカが銃を弾き飛ばす。
「これで終わりよ! 盗んだ物を早く返して!」
「かえせ〜!」
「くっ……!!」
武器を失い、セリカとシルの2人から銃を向けられた窃盗犯は両手を挙げ、降伏の意を示した。
「シルちゃんないす〜♪ 銃の扱いも上手になってきたね〜♪」
「ん、私のおかげ」
「えへへ〜♪ ホシノちゃんやみんながいっぱい教えてくれたから!」
降伏した窃盗犯をセリカとシルの2人で拘束していると、一足先に仲間を捕らえていたホシノ、シロコ、ノノミの3人が戻ってくる。
射撃場の一件の後、謎の銃についてはホシノからの禁止令が出され、一番扱いやすいハンドガンを持たされることになったシル。
それから数ヶ月、対策委員会全員の教えもありシルは着実と実力をつけていった。とはいってもまだまだ多少戦えるようになった程度であり、実力的に言えば元より後方支援のアヤネより戦えるもそれ以外には劣るという感じであった。
それに対し、サポート面で言えば傷の手当てにもすっかりと慣れ、ドローンの操作も割とすぐに覚えてしまった為、既に戦闘面の支援は乗り物関連を除きアヤネの出来ることはある程度出来るようになってしまい、アヤネ自身自分の役割が取られかけていることに少し焦りを覚えてしまう程までになっていた。
本人はホシノについて行きたそうにしているが、現状だとアヤネと後方支援を任せる方向になってしまいそうだった。
『皆さんお疲れ様です。情報にあった窃盗犯はそれで全てです。気をつけて帰ってくださいね』
『きゅ〜!』
窃盗犯を縛り終えたところでアヤネからの通信が入る。シプルも『お疲れ様!』と伝えるようにアヤネの肩の上で元気に鳴き声を上げた。
「んじゃ、みんな戻ろっか〜」
「お疲れ様です、皆さん」
「きゅ!」
「アヤネちゃんとシプルちゃんもお疲れ様!」
仕事も終わり、アビドスのいつもの日常が……否、いつもの日常にシルが加わった新しいアビドスの日常が戻ってくる。
「えへへ、シプルちゃん応援してくれてありがとう!」
「きゅ〜♪」
頑張って応援してくれたシプルに向けてシルは両手を広げる。それに応えるようにシプルは元気に飛び跳ねてシルの腕の中に納まる。そんな光景をアビドス対策委員会は微笑ましく眺めていた。
「いやぁ、シルちゃんも大分アビドスに馴染んできたねぇ〜」
「そうですね。先程のセリカちゃんとの連携も完璧でしたし」
「ん〜じゃ、そろそろあれをしてもいいかもね〜」
「あれ?」
ホシノの言うあれとは何だろうか、予想のつかない様子でみんなが首を傾げる。
「そりゃ〜もちろん、シルちゃんの入学式!」
「ん、そういえばやってなかった」
「あはは……既に対策委員会の一員みたいになっちゃってますもんね」
「というか今更いる?」
「こういうのは形が大事なんだよ〜」
こうしてシルの入学式が行われることとなった。学年はセリカ、アヤネと同じく1年生。2人と入学式の時期は違うが、「細かいことは気にしな〜い」とホシノは準備を進めていく。その姿にはセリカも「ちゃんとしてるんだか適当なんだか……」と呆れていた。
そして、6人で行われるシルの入学式は終わり、シルは正式にアビドスの生徒となった。
「皆さん〜、撮りますよ〜☆」
カシャッとカメラのシャッターの音が鳴る。これで、アビドスにとっての新たな記録が追加された。最初はホシノとその先輩の二人だけでアビドスを支えてきた。とある事情でその先輩も居なくなってしまいホシノ一人でこの学校をずっと守っていたが、ノノミが来て二人へと、シロコが来て三人へと、アヤネとセリカが来て五人へと、そしてシルが来て六人へと増えていく。借金の返済はまだまだ遠くとも、確実に一歩ずつ進んでいた。
「えと、じゃあこれは私から入学祝いです」
「!! アヤネちゃんいいの?」
「はい♪ 私の予備ではありますが、シルちゃんなら使いこなせると思います」
アヤネから入学祝いとして贈られたのはアヤネが普段仕事で使っているドローンと同じものだった。
現状、シルのスタイル的に合うのは前線で戦うより後方支援でサポートにまわること。しかし、サポートするにはサポートするための道具が必要になってくる。傷を治療するには治療するための道具が、物資を運ぶには運ぶための道具が。現在シルがそれらを行うときは、ホシノの応急手当用の道具を借りたり、アヤネの道具を借りたりして行っている。つまりはシル専用のものは現状ないのである。故にこのタイミングでシルがサポートを行うための、シルのためのドローンを渡すことにした。シルが前線に出たいタイプであるならまた話は変わってくるが、シル自身は特にこだわりがあるわけではなく、みんなの役に立てるなら何でもいいという感じだった。
「えへへ、ありがとうアヤネちゃん♪」
シルの満面の笑顔が照明に照らされる。それを見たアヤネも思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ次は私達ですね♪」
「んじゃ〜、シルちゃんの苗字を決めようの会〜♪」
「ぱちぱちぱち〜♪」
と、ノノミの拍手と共に謎のテンションで始まった会に「え、そんなノリでやるの!?」と、シルの苗字を決めること自体は把握していたが、こんなノリでやると思わなかったセリカは反射的にツッコんでしまった。
「えーっと、補完するとシルちゃんは正式にアビドスの生徒となるので、苗字があったほうが今後何かと困らないかなと、登録するための苗字を考えようって話になったんです。まぁ、これは少し前に決まった話なので考えるのはこれからですけど……。……ちなみに、シルちゃんは苗字とか既に考えてあったりしますか?」
「ううん! 考えてない!」
アヤネの補完により事情を知ったシルはアヤネの問いかけに元気よく答えた。そして、シルの苗字を決める会? が始まった。
そこから、いくつか苗字の案は出てくるものの、シルにとってぴんとくる案は出てこなかった。シルにとって苗字はみんなが付けてくれるものなら何でもいいという感じだったが、今後一生使うかもしれない苗字を適当に決める訳にいかないと周囲はシルが「これがいい!」と思えるような案を出そうとしているのだ。
「ん!」
「はい、シロコ先輩」
次に当てられたのはシロコ。シロコは椅子から立ち上がり一言。
「砂狼でいこう」
「駄目ですよ!? さり気なく身内にしようとしないでください!」
「ん、駄目?」
「駄目です! もし他に身内の方とかいたらどうするんですか!」
シロコの突拍子もない意見にアヤネは即座に反対する。アヤネの意見の通り、シルにとっての本当の血のつながった身内がいる可能性はある。なにせ、未だにシルの記憶は戻っておらず、身元も分かっていないままだからだ。
もし、この先記憶が戻り、身元が判明して、身内の人間がいたら? その人の前でシルがシロコと同じ苗字を名乗っていたら? 困惑する? 怒る? どちらにせよややこしいことになる可能性は高いだろう。
「ん、それなら小鳥遊でも可だよ」
「うへ、私ぃ!?」
「何がそれならなんですか! 全然変わってないですよ! って、ホシノ先輩も考えないでください! シルちゃんもちょっと期待した感じで見ないでください! 駄目なものは駄目です!!」
唐突なパスにホシノは驚きながらシロコを見る。そして、少しの間顎に手を当てて考えていた。
結局、即座にアヤネから却下が入ってしまったが、ホシノ的に言えばその案はありだった。
シルは、この数ヶ月でアビドス対策委員会のみんなに既にかなり懐いている。その中でも特に懐いている相手がホシノだった。それが主に守ってくれる相手がホシノであるからなのか、それとも同じ屋根の上で過ごしているからなのか、はたまたその両方なのか。どちらにせよ、ホシノにとっても既にシルは家族同然とも言っていい程の存在にまでなっていた。
アヤネの意見に関しても本当の名前を思い出して、必要が出てくれば戻せばいいだけの話。血が繋がってない姉妹だっておかしいことじゃない。もし身内が見つかったとして、最初は困惑したとしても事情を説明すればきっと納得してくれる。なにより、ホシノの苗字をそのままつけるという意見は唯一シルが反応を示した意見。ホシノにとって、シルがそれを望むのであれば、そんな考えもあった。
ふと、セリカが呟いた。
「そういえばさ、ホシノ先輩、今回全然喋ってないけどどうかしたの?」
「い、いやぁ……べつに〜……」
確かに……と、シルを除くメンバーはホシノに目線を向ける。この会議中、ホシノはほとんど喋っていなかった。
普段は寝てたりゆるゆるした雰囲気であるホシノだが、これでもこの中で最年長でありアビドスを誰よりも想う一人の生徒、こういう会議の場において偶にふざけることはあっても全く喋らないなんてことは今でになかった。だからこそ周囲からも違和感として出てきていた。
実は、ホシノは一つ考えついていた。シルの苗字の案を。しかし、その苗字をシルにつけてしまっていいのか、そんな疑問がホシノの中にあった。何故そんな疑問を持ってしまったのか、ホシノは自覚しつつあった。
「苗字、思いついてるんだけどねぇ〜、ちょっとどうかな〜って思ってさ」
「何よ、ホシノ先輩らしくない。とりあえず言ってみてよ」
「そうですね、決めるのはシルちゃんですし、候補は多いほうがいいです」
なんとなくはぐらかそうとするホシノだったが引けに引けない所になってきてしまった。
「うへ……その、夢星……とか」
「夢……星……!」
その言葉を聞いて一番に反応したのはシルだった。今までで一番目を輝かせ、ホシノを見つめていた。
「ん、いいと思う」
「シルちゃんはどう思いますか?」
「わたし、それがいい!」
シルは元気よく答えた。
ホシノはなんとなく、こうなる予感がしていた。そもそも、シルがこの中で一番懐いている相手がホシノ。それはここにいる全員が理解していることでもあり、故にホシノの意見が一番通りやすいのは容易に想像ができた。寧ろ、一番慕っている相手であるホシノに名付けて貰いたいのではないかとまで考えられるほど。
ホシノも本来なら喜んで苗字を考えてあげるところだった。しかし、真っ先に思いついた夢星という苗字、それがホシノを止めた。
夢星……夢……ユメ、この苗字をシルにつけることを躊躇している理由は少し考えればわかってしまう。わかってしまったが故に理解してしまった。
自らが大切にしていた今は亡きユメ先輩、その名前をシルにつけていいのかと、それがホシノを躊躇させていた理由であり、それを理解したホシノは同時に自身がシルとユメ先輩を無意識に重ね合わせて見てしまっていたことも理解してしまった。
見た目も色合いもユメ先輩とは違う。それでも、ユメ先輩を彷彿とさせるその笑顔に元気で天然で騙されやすいその性格はどうしてもユメ先輩と重なって見えていたのだと、だからこそ初めて会ったときからこの子の側は心地良く、どことない懐かしさを感じていたのだとホシノの中で一つの謎が解決した瞬間だった。そんな考えばかりがホシノの脳を埋め尽くしていたから、この会議中ホシノは殆ど喋ることがなかった。そんなホシノの真意をうっすらと感じ取れていたのは、一番付き合いの長いノノミだけだった。
そして、ホシノが予感していた通り、シルがその苗字を気に入ったということで、シルは新しいアビドスの生徒『夢星シル』として登録されることとなった。
新しい苗字をホシノにつけてもらい、喜ぶシルのその表情を見たホシノは、自分がどうして最初からシルのことをこんなにも気にかけていたのか明確な理由を理解したホシノは、この先ずっとシルを守り続けることを改めて誓った。
―――もう二度と、大切なものを失わないために
夢星シルちゃんをこれからよろしくお願いします
小鳥遊シルになった世界線も気になりません? ならない? あっそう