短めです
____目障りだ。
少年は、頭上の灯りを睨みつける。
薄暗い地下街を照らす人工灯。
太陽ではない。
温かさも無い。
ただ薄汚れた光だけが、昼も夜も関係なく地下街を照らし続けていた。
ここには空が無い。
風も無い。
陽の光も差さない。
あるのは湿った空気と、腐った水の臭い。それから、人間の欲だけだった。
地下街。
ウォール・シーナの下に広がる、人間の澱み。
かつては巨人から逃れる為に作られた避難場所だったらしいが、今では見る影も無い。
陽は差さない。
作物なんて育たない。
地上から流れてくる物だけが、生きる為の全てだった。
金。
暴力。
権力。
それを持つ者だけが奪う側へ回れる。
持たない者は、奪われる。
ただそれだけの場所だった。
「……チッ」
少年は壁へ背を預け、小さく舌打ちする。
湿気が鬱陶しい。
空気が重い。
通路の奥では酔っ払い共が怒鳴り合っている。誰かが殴られる音。女の笑い声。泣き声。
いつもの地下街だった。
小さい頃の記憶は、あまり思い出したくない。
覚えていない訳じゃない。
ただ、思い返す価値が無いだけだ。
焦げ付いた肉の臭い。
腐った木材の臭い。
怒鳴り声。
血。
そして。
裏切り。
一緒に盗みを働いた奴に売られる。
嵌められる。
盗品を押し付けられる。
小さな身体が壁へ叩きつけられ、殴られ、蹴られ、刃物で裂かれる。
痛みなんて、とっくに慣れた。
地下街では、弱い奴から死ぬ。
それだけだった。
だから。
毎日、生きた。
必死に。
生きて、生きて、生き延びた。
☆☆☆
得物の扱いは、嫌でも覚えた。
誰かを守る為じゃない。
自分が生き残る為だ。
奪われない為。
喰われない為。
気づけば少年は、“奪う側”へ立っていた。
真っ向から挑んで勝てる者はいない。
徒党を組んで襲われる事もあった。
その日は流石にボロ雑巾みたいになったが、次の日には、自分を襲った連中を一人ずつ探し出していた。
逃がさなかった。
地下街は狭い。
一度目を付けた獲物を逃がす程、少年は甘くない。
「この……バケモノめ!」
男が叫ぶ。
路地裏。
壁際へ追い詰められた男の顔は、恐怖で引き攣っていた。
「バケモノか」
少年は小さく笑う。
「俺の目には、お前らの方がよっぽど獣に見えるけどな」
「く、来るな……!」
「行かなきゃ、お前の喉をかっ切れないだろ?」
男の喉へナイフを当てる。
冷たい刃。
男の身体が小さく震えた。
「ま、待て……!!」
情けない声だった。
「命だけは勘弁してくれ! そ、そうだ! 俺達のボスにお前を紹介してやる! 組織へ入れてやるよ!!」
少年は黙って男を見る。
浅い。
命が危なくなった瞬間、仲間を売る。
地下街にはそんな奴しかいない。
「どいつもこいつもそうだ」
ぽつりと呟く。
「自分の事しか考えてねぇ」
「そ、そりゃそうだろ!! 地下街の連中なんてみんな――」
「喋っていいなんて言ったか?」
「ぐっ……!」
少しだけ力を入れる。
刃が喉を裂いた。
血が滲む。
首を伝い、薄汚れたシャツへ染み込んでいく。
男の呼吸が浅くなる。
「まぁ、お前の言う事は合ってるよ」
少年は静かに言う。
「みんな自分の事で精一杯だ」
地下街では、他人を気にする余裕なんて無い。
生きるだけで限界だ。
「かくいう俺も、自分の事しか考えてねぇ」
ナイフを握る手へ力が入る。
「だから」
喉が裂ける。
温かい血が頬へ飛んだ。
男は声にならない音を漏らし、そのまま崩れ落ちる。
路地裏へ血が広がっていく。
「俺は誰も信用しない」
少年は男のポケットから財布を抜き取る。
慣れた動作だった。
「信用するのは、俺だけだ」
麻袋へ財布を放り込み、踵を返す。
人工灯が薄暗く揺れていた。
鬱陶しい光だった。
でも。
地下街で生きる限り、その光から逃げる事は出来ない。