地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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訓練兵団の時間は見てて本当に面白いと思います。
特にOADは堪らなく面白いです。ぜひ見てください。
今回はOADの突然の来訪者の後の話です。
しばらくOADの話が続きます。




少しの安寧

 

 

 

 

「ジャン坊のオムオムだぁ?」

 

 食堂中に響いたその言葉に、訓練兵達の視線が一斉に集まった。

 

 昼食時。いつも通り騒がしい食堂の中心で、ジャンは額に青筋を浮かべていた。

 

「誰だ今言った奴は」

 

「サシャです」

 

「テメェか!!」

 

 ジャンが机を叩きながら立ち上がる。対するサシャは悪びれる様子もなくパンを齧っていた。

 

「だって本当にそう聞こえたんですよ。“ジャン坊のオムオム”って」

 

「オムオムじゃねぇ!! オムレツだ!!」

 

「変わんなくね?」

 

 コニーが呟く。

 

「変わるわ!」

 

「いやでもジャン坊って時点で終わってるだろ」

 

「アスカまで!?」

 

 テーブルに笑いが広がる。

 

 アスカはスープを飲みながら、小さく溜息を吐いた。

 

 なんで訓練兵団に入ってまで料理の話でここまで盛り上がれるのか、本気で理解できない。

 

「いいか!? 俺の母ちゃんのオムレツは絶品なんだよ! ふわふわで、口に入れた瞬間に溶けるんだ!」

 

「おぉ〜……」

 

 コニーとサシャが感嘆の声を漏らす。

 

 エレンは呆れた顔をしていた。

 

「お前さぁ、そんなに母ちゃんの話して恥ずかしくねぇのか?」

 

「あぁ!?」

 

「マザコンだマザコン!」

 

「誰がマザコンだコラ!!」

 

 食堂がまた騒がしくなる。

 

 アスカはパンを齧りながら、ふとジャンを見る。

 

 “母ちゃん”。

 

 その言葉が少しだけ引っかかった。

 

 地下街では、親なんてものを語る奴はほとんどいない。居ても死ぬ。消える。奪われる。

 

 だからジャンが、当たり前のように母親の話をしている事に少し違和感を覚えた。

 

「お前、母親いるんだな」

 

 ぼそりと呟く。

 

「……は?」

 

 ジャンがこちらを見る。

 

「いや、いるだろ普通」

 

「普通なのか?」

 

「普通だろ」

 

「ふぅん」

 

 ジャンは怪訝そうな顔をしたが、深くは聞かなかった。

 

 アスカもそれ以上は言わない。

 

 ただ少しだけ、自分と違うんだなと思った。

 

「なら勝負しましょう!!」

 

 突然、サシャが立ち上がる。

 

「料理対決です!!」

 

「……は?」

 

 ジャンが眉を寄せる。

 

「私が勝ったらお肉ください!」

 

「目的それかよ」

 

「ジャン坊のオムオムなんかより、私の方が美味しい料理を作れます!」

 

「だからオムオムじゃねぇ!!」

 

 食堂に笑いが広がる。

 

 そしてその騒ぎを聞きつけた教官達がやってきた。

 

「何の騒ぎだ貴様らァ!!」

 

 ピクシス司令まで現れた事で、食堂の空気が一気に変わる。

 

 だが。

 

「ほう……料理対決とな?」

 

 予想外に興味を示した。

 

「面白い。ならば勝負せい」

 

「えっ」

 

 ジャンが固まる。

 

 サシャは目を輝かせていた。

 

「勝負内容はシンプルじゃ。前とは違い限られた食材で料理を作れ。兵士として重要なのは工夫じゃからの」

 

「はっ!!」

 

「あ、儂は少し用があってな。キース教官、判定はお前に任せた」

 

「ハッ。……え!?私、ですか?」

 

 何故か皆乗り気だった。

 

 アスカだけを除いて。

 

「……帰っていいか?」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

 コニーが肩を組んでくる。

 

「お前も同じ班だからな!」

 

「聞いてねぇ」

 

「今決まった!」

 

「最悪だ……」

 

 アスカは本気で嫌そうな顔をした。

 

 班分けはこうなった。

 

 ジャン班。

 

 マルコ、ミカサ、アルミン。

 

 対するサシャ班。

 

 サシャ、コニー、ライナー、アスカ。

 

「なんで俺ここなんだよ……」

 

「諦めろ」

 

 ライナーが苦笑する。

 

「いやぁ〜楽しみですねぇ!」

 

 サシャだけテンションがおかしい。

 

「お前絶対食う事しか考えてねぇだろ」

 

「失礼ですね。ちゃんと料理の事も考えてます」

 

「肉」

 

「はい」

 

「素直だなお前」

 

 アスカは頭を抱えた。

 

 一方その頃、ジャン班では。

 

「いいか!? 俺達は勝つ!!」

 

「いや料理対決にそこまで本気にならなくても……」

 

 マルコが苦笑する。

 

「甘ぇぞマルコ! こういう時こそ格の違いを見せつけるんだ!」

 

「ジャン坊のオムオムで?」

 

「その呼び方やめろォ!!」

 

 遠くから聞こえる叫び声に、アスカは小さく吹き出した。

 

「お、今笑ったな」

 

 コニーがニヤニヤする。

 

「笑ってねぇ」

 

「いや笑っただろ」

 

「気のせいだ」

 

「顔緩んでたぞ」

 

「お前殴るぞ」

 

 そんなやり取りをしていると、サシャが突然真顔になった。

 

「……食材が足りません」

 

「いや始まる前から分かってた事だろ」

 

「つまり」

 

 サシャがゆっくり振り返る。

 

「調達ですね」

 

「待て」

 

 アスカが即座に止める。

 

「その顔やめろ。絶対ロクな事考えてねぇ」

 

「安心してください」

 

 サシャが親指を立てた。

 

「上官用食料庫です」

 

「安心できる要素どこだよ」

 

 ライナーが頭を抱える。

 

 だが数分後。

 

 何故か全員、食料庫付近の茂みに潜んでいた。

 

「なんでこうなった……」

 

 アスカは本気で疲れた顔をする。

 

「いやぁ〜でも、上官用って事は良い肉ありますよねぇ」

 

「お前食い物絡むとマジで目ぇ怖ぇな」

 

 コニーが引いていた。

 

 ライナーは辺りを見回す。だが夜の靄に包まれた中で視認するのは、非常に困難である。

 

「見張りは2人。正面は絶対無理だな。裏から回り込むか」

 

 アスカが即答する。感じていた。

 

 三人が一斉にこちらを見る。

 

「……なんで分かるんだ?」

 

「足音と影」

 

「怖ぇよ」

 

「地下街舐めんな」

 

 アスカは小さく溜息を吐きながら建物を見る。

 

「裏だな」

 

「裏?」

 

「換気窓ある。あそこから入れる」

 

「マジかよ」

 

「お前本当に何して生きてきたんだ……」

 

 ライナーが若干引いた顔をする。

 

「知らん。気づいたらこうなってた」

 

 アスカはそう言いながら立ち上がった。

 

「おい、行くぞ」

 

「いや待て待て待て!! お前乗り気じゃねぇか!」

 

「ここまで来たら早く終わらせたいだけだ」

 

 そして数分後。

 

「……なんで成功してんだよ」

 

 コニーが呆然と呟く。

 

 食料庫の中。

 

 大量の肉。

 

 大量の食材。

 

 そして。

 

「静かにしろ。見つかる」

 

 手慣れた様子で窓を閉めるアスカ。

 

「怖ぇって!!」

 

 ライナーが小声で突っ込んだ。

 

 その瞬間。

 

「誰かいるのか?」

 

 外から声が響く。

 

 全員の動きが止まる。

 

「……お前ら」

 

 アスカが小声で言う。

 

「息止めろ」

 

 食料庫に緊張が走った。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 食料庫の外を、規則正しい足音が通り過ぎていく。

 

 全員が息を潜めていた。

 

 サシャですら口を押さえている。

 

「……」

 

 アスカは窓際にしゃがみ込み、僅かに外を見る。

 

 見張りは二人。

 

 一人は正面側へ移動。もう一人は裏を警戒している。

 

 だが甘い。

 

 地下街ならとっくに死んでいる。

 

「……今だ」

 

「え?」

 

「左」

 

 アスカが短く言う。

 

 次の瞬間、裏を見ていた兵士が反対方向へ視線を向けた。

 

 その隙にアスカが窓を開ける。

 

「出ろ」

 

「いやなんでそんな冷静なんだよ!?」

 

 コニーが半泣きになりながら言う。

 

「いいから行け」

 

 ライナーがコニーを押し出す。

 

 サシャはしっかり肉を抱えていた。

 

「お前何持ってんだ」

 

「必要最低限です」

 

「最低限の量じゃねぇだろ」

 

 四人は窓から飛び出し、物陰へ滑り込む。

 

 直後。

 

「……ん?」

 

 兵士が何かに気づいたように振り返った。

 

「マズ――」

 

 コニーが声を漏らしかけた瞬間。

 

「ニャー」

 

 全員の動きが止まる。

 

「……猫か」

 

 兵士は興味を失ったように戻っていった。

 

 沈黙。

 

「……お前今」

 

 ライナーがゆっくりアスカを見る。

 

「猫の真似したのか?」

 

「……」

 

「したよな?」

 

「……」

 

「アスカ」

 

「うるせぇ」

 

 コニーが腹を抱えて笑い出した。

 

「っはははは!! お前そんな事出来たのかよ!!」

 

「マジでやめろ」

 

「いや今のは反則だろ……!」

 

 ライナーまで肩を震わせていた。

 

 サシャだけは真顔だった。

 

「助かりました」

 

「お前だけ冷静だな」

 

「肉が危なかったので」

 

「理由終わってんな」

 

 アスカは額を押さえた。

 

 本気で何をやっているんだろうと思う。

 

 地下街でもここまで馬鹿な事はしなかった。

 

 命懸けで食料を盗む事はあった。

 

 だがそれは生きる為だ。

 

 今は違う。

 

 ただ料理対決の為に忍び込んでいる。

 

「……意味分かんねぇ」

 

「何がだ?」

 

 コニーが笑いながら聞く。

 

「全部だよ」

 

「まぁまぁ! 楽しいからいいじゃねぇか!」

 

 その時だった。

 

「貴様らァァァァ!!!」

 

 怒号が響く。

 

 全員が固まる。

 

 振り返る。

 

 そこには鬼の形相をしたキース教官が立っていた。

 

「げ」

 

「終わった」

 

「待ってください! これはですね!」

 

「問答無用だァ!!」

 

 数分後。

 

 四人は並ばされ、正座させられていた。

 

 目の前には教官達。

 

 そして周囲には、野次馬と化した訓練兵達。

 

「……」

 

 アスカは無表情だった。

 

「いやお前なんでそんな平然としてんだよ」

 

 コニーが小声で言う。

 

「地下街じゃもっと酷かった」

 

「比較対象おかしいって」

 

「貴様ら、自分達が何をしたか分かっているのか!!」

 

 キース教官が怒鳴る。

 

「はい! 食材調達です!」

 

「サシャァ!!」

 

 ライナーが頭を抱えた。

 

「違いますか?」

 

「違わねぇけどそうじゃねぇ!」

 

 食堂に笑いが漏れる。

 

 キース教官の眉間に青筋が浮かぶ。

 

「兵士たるもの規律を――」

 

「ですが教官!」

 

 突然、ジャンが立ち上がった。

 

「料理に必要な情熱とは――」

 

「貴様も黙れ!!」

 

「ですよね!」

 

 即座に座る。

 

 周囲がまた笑い始めた。

 

 アスカは小さく溜息を吐く。

 

 本当に騒がしい連中だと思う。

 

 その時。

 

 ふと視線を感じた。

 

 少し離れた場所。

 

 アニが壁にもたれながらこちらを見ていた。

 

 無表情。

 

 だが。

 

 ほんの少しだけ肩が震えている。

 

「……」

 

 笑ってるのか?

 

 アスカが目を細める。

 

 するとアニは視線に気づいたのか、ふいっと顔を逸らした。

 

「なんだアイツ……」

 

「アスカァ!! 聞いているのか!!」

 

 キース教官の怒声が飛ぶ。

 

「あ?」

 

「返事をしろ!!」

 

「……ハッ」

 

「遅い!!」

 

 また笑いが起きる。

 

 アスカは周囲を見回した。

 

 笑っている奴ら。

 

 騒いでいる奴ら。

 

 くだらない事で怒鳴っている奴ら。

 

 地下街なら有り得ない光景だった。

 

 なのに。

 

「……はっ」

 

 気づけば、自分も少し笑っていた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 結局、料理対決そのものは滅茶苦茶だった。

 

 ジャン班は妙に完成度が高かった。

 

「見ろ! これがジャン・キルシュタイン特製オムレツだ!」

 

「だからジャン坊のオムオムですって」

 

「違ぇっつってんだろ!!」

 

 湯気の立つオムレツを前に、ジャンは誇らしげに胸を張っている。確かに見た目は悪くなかった。

 

「うわ、普通に美味そう」

 

 コニーが素直に感心する。

 

「だろ?」

 

「なんか腹立つなその顔」

 

「なんでだよ!」

 

 一方、サシャ班。

 

「こちらです」

 

 机に並べられたのは、肉だった。

 

 焼いた肉。

 

 大量の肉。

 

「……料理は?」

 

 ジャンが真顔で聞く。

 

「焼きました」

 

「終わってんなこの班」

 

 ライナーが頭を抱えていた。

 

「いやでも肉って美味いじゃねぇか!」

 

 コニーが擁護する。

 

「料理対決で“肉です”は通らねぇだろ」

 

「ですが焼き加減には拘りました」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 アスカは完全に蚊帳の外だった。

 

「おい」

 

 ライナーが肘で小突いてくる。

 

「なんだよ」

 

「お前も何か言え」

 

「なんで俺が」

 

「同じ班だろ」

 

「不本意だ」

 

「お前本当に容赦ねぇな……」

 

 その後、審査が始まった。

 

 審査員はピクシス司令と教官達。

 

 まずジャン班。

 

「ほう……悪くない」

 

「だろ!?」

 

 ジャンがガッツポーズする。

 

 マルコは苦笑していた。

 

「ちゃんと料理になってますねぇ」

 

 サシャが悔しそうに呟く。

 

「当たり前だ」

 

「次、サシャ班」

 

 肉が運ばれる。

 

 キース教官が一口食べた。

 

 沈黙。

 

 全員が見守る。

 

「……うまい」

 

「よっしゃぁ!!」

 

 サシャが立ち上がる。

 

「だが料理ではない」

 

「えっ」

 

 食堂に笑いが広がった。

 

「そんなぁ……」

 

 サシャが崩れ落ちる。

 

「いや当たり前だろ」

 

 アスカが呆れたように言う。

 

「肉焼いただけじゃねぇか」

 

「しかし美味しかったですよ!?」

 

「否定はしねぇよ」

 

「なら勝ちでは!?」

 

「理屈が無茶苦茶だなお前」

 

 その後も騒ぎは続き、結局勝負はジャン班の勝利で終わった。

 

 ジャンは満足げだった。

 

「見たか! これが実力だ!」

 

「ジャン坊のオムオム如きで調子乗んなよ」

 

「だからその呼び方やめろ!!」

 

 食堂がまた笑いに包まれる。

 

 アスカは椅子にもたれかかり、小さく息を吐いた。

 

 疲れた。

 

 心の底から。

 

 盗みに巻き込まれ、料理対決に付き合わされ、最終的には教官に怒鳴られた。

 

 地下街でもこんな馬鹿な一日はなかった気がする。

 

「お疲れさん」

 

 隣にライナーが座る。

 

「……お前もな」

 

「いやぁでも、楽しかったな」

 

「どこがだよ」

 

「全部だ」

 

 ライナーは笑う。

 

 その顔を見て、アスカは少しだけ目を細めた。

 

 こういう顔をする人間は、地下街にはいなかった。

 

 もっとギラついていた。

 

 もっと余裕が無かった。

 

 だから時々、訓練兵団にいると変な感覚になる。

 

「アスカ」

 

「なんだよ」

 

「お前、結構馴染んできたよな」

 

「……は?」

 

「最初はもっとトゲトゲしてただろ」

 

「今もしてる」

 

「まぁな」

 

 ライナーが笑う。

 

「でも今日、お前笑ってたぞ」

 

「……気のせいだ」

 

「いや笑ってた」

 

「見間違いだろ」

 

「コニーも言ってたぞ」

 

「アイツは信用ならん」

 

 ライナーはまた笑った。

 

 その時。

 

「……」

 

 少し離れた位置から視線を感じる。

 

 アニだった。

 

 壁にもたれ、こちらを見ている。

 

 アスカと目が合う。

 

 数秒。

 

 アニは無表情のまま口を開いた。

 

「猫」

 

「……」

 

「意外と上手かったらしいじゃん」

 

「忘れろ。というかなんで知ってる」

 

 アニの口元が、ほんの少しだけ緩む。

 

 それを見た瞬間。

 

 何故かアスカの方が気まずくなった。

 

「……お前、笑えるんだな」

 

「失礼だね」

 

「いや、なんか」

 

「なんか?」

 

「思ったより人間っぽい」

 

「アンタにだけは言われたくないよ」

 

 短いやり取り。

 

 それだけだった。

 

 だが不思議と嫌じゃない。

 

 食堂の喧騒が耳に入る。

 

 笑い声。

 

 怒鳴り声。

 

 騒がしい音。

 

 地下街では絶対に聞けなかった音だった。

 

 アスカは小さく息を吐く。

 

 そして。

 

「……悪くねぇかもな」

 

 誰にも聞こえないくらい小さく、そう呟いた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 消灯時間が近づき、騒がしかった食堂からも少しずつ人が減り始めていた。

 

 訓練兵達はそれぞれ宿舎へ戻っていく。明日も朝早くから訓練だ。流石に全員、いつまでも騒いではいられない。

 

「いやぁ〜でも悔しいですねぇ……」

 

 サシャがまだ引きずっていた。

 

「肉なら勝ってたのに」

 

「だから料理対決だっつってんだろ」

 

 ジャンが呆れたように返す。

 

「つーかお前ら、なんで普通に肉盗みに行ってんだよ……」

 

 マルコが苦笑する。

 

「いやぁ、流れで」

 

「流れで上官の食料庫忍び込む奴初めて見たよ」

 

 アルミンが若干引いていた。

 

 エレンは何故か目を輝かせている。

 

「でもアスカすげぇよな! あんな簡単に侵入できるなんて!」

 

「褒められてる気がしねぇ」

 

「地下街ってそんな凄ぇのか?」

 

 コニーが興味津々に聞いてくる。

 

 アスカは少し考え、肩を竦めた。

 

「生きる為なら何でもやる場所だ」

 

「怖ぇな……」

 

「まぁお前は三日で死ぬな」

 

「なんでだよ!?」

 

「音うるせぇし」

 

「関係あるか!?」

 

 また笑いが起きる。

 

 アスカは小さく溜息を吐いた。

 

 本当にうるさい連中だ。

 

 だが。

 

 嫌ではなかった。

 

「おいアスカ!」

 

 エレンが肩を組んでくる。

 

「今度またなんかやろうぜ!」

 

「嫌だ」

 

「即答!?」

 

「お前らといると面倒事しか起きねぇ」

 

「でも今日ちょっと楽しそうだったぞ」

 

「気のせいだ」

 

「いや絶対笑ってた!」

 

「コニー」

 

「あ?」

 

「口縫うぞ」

 

「怖っ!?」

 

 ライナーが吹き出す。

 

 マルコも笑っていた。

 

 その時だった。

 

「貴様らァ!!」

 

 全員の背筋が跳ねる。

 

 キース教官だった。

 

「消灯時間が近い! さっさと戻れ!!」

 

『ハッ!!』

 

 訓練兵達が一斉に散っていく。

 

「やべっ、急ぐぞ!」

 

「うわっサシャ押すな!」

 

「肉持って帰れますかね!?」

 

「まだ言ってんのかお前!?」

 

 騒ぎながら去っていく面々を見て、アスカは思わず鼻で笑った。

 

 すると横から声が落ちる。

 

「アンタ、最近よく笑うね」

 

 アニだった。

 

 いつの間にか隣に立っている。

 

「……そうか?」

 

「前はもっと死んだ目してた」

 

「お前に言われたくねぇ」

 

「ふふ」

 

 ほんの少しだけ。

 

 アニが笑う。

 

 その顔を見た瞬間、アスカは何故か言葉に詰まった。

 

「……なんだよ」

 

「別に」

 

 アニはすぐにいつもの無表情へ戻る。

 

 だがさっき確かに笑っていた。

 

 アスカは少しだけ視線を逸らした。

 

 なんとなく、直視しづらかった。

 

「じゃあね」

 

「あぁ」

 

 アニはそのまま女子宿舎の方へ歩いていく。

 

 静かな背中だった。

 

 騒がしい連中とは違う。

 

 でも何故か、目で追ってしまう。

 

「……」

 

 自分でも理由は分からなかった。

 

「おーいアスカ! 置いてくぞー!」

 

 前方からコニーの声が飛んでくる。

 

「うるせぇ今行く」

 

 アスカは短く返し、歩き出した。

 

 夜風が頬を撫でる。

 

 見上げれば、空には星が浮かんでいた。

 

 地下街では見えなかった景色。

 

 少し前まで、こんな場所に馴染むつもりなんて無かった。

 

 誰も信用しない。

 

 誰とも深く関わらない。

 

 そのはずだった。

 

 なのに。

 

 気づけば、くだらない事で笑っている。

 

 騒がしい連中の中に混ざっている。

 

「……はっ」

 

 小さく笑う。

 

 そしてそのまま、アスカは訓練兵達の輪の中へ戻っていった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 その日の夜。

 

 男子宿舎は消灯後だというのに、まだ微かに騒がしかった。

 

 二段ベッドが並ぶ室内には、寝息と小声が入り混じっている。疲労で既に眠っている者もいれば、布団の中でひそひそと話している者もいた。

 

 アスカは上段のベッドに寝転びながら、ぼんやりと天井を見ていた。

 

「なぁライナー」

 

 下からコニーの声が聞こえる。

 

「なんだ?」

 

「今日のジャンの顔ヤバかったよな」

 

「どの時だ?」

 

「“ジャン坊のオムオム”って言われた時」

 

 少し間が空き。

 

 次の瞬間、堪えきれなかったように笑い声が漏れた。

 

「っ、はは……!」

 

 ライナーだった。

 

「お前笑うんだな」

 

 アスカが呟く。

 

「そりゃ笑うだろあれは……」

 

「オムオム……っ」

 

 別方向からも笑いを堪える声が聞こえる。ジャン本人には聞こえていないらしい。

 

 数秒後。

 

「おい」

 

 低い声が響いた。

 

 全員の笑いが止まる。

 

「……聞こえてんだよ」

 

 ジャンだった。

 

 室内が静まり返る。

 

 そして。

 

「っははははは!!」

 

 一気に爆発した。

 

「お前起きてたのかよ!!」

 

「寝れるかこんな状況で!!」

 

「ジャン坊のオムオム!」

 

「殺すぞサシャァ!!」

 

 遠くの女子宿舎から怒鳴り声が返ってきた。

 

『聞こえてますよー!!』

 

「なんで聞こえてんだよ!?」

 

 また笑いが広がる。

 

 アスカは呆れながら目を閉じた。

 

 本当に馬鹿ばかりだ。

 

 地下街なら有り得ない。

 

 夜は静かだった。

 

 余計な音を立てれば襲われる。盗られる。最悪、殺される。

 

 だから皆、寝る時は息を潜めていた。

 

 なのにここは違う。

 

 笑い声がする。

 

 怒鳴り声がする。

 

 誰かがくだらない事で騒いでいる。

 

 それでも誰も死なない。

 

「……変な場所」

 

 ぼそりと呟く。

 

「ん? なんか言ったか?」

 

 下からライナーの声。

 

「別に」

 

「そうか」

 

 静かになる。

 

 だが完全な静寂ではない。

 

 誰かの寝返り。

 

 小さな笑い声。

 

 規則正しい寝息。

 

 人がいる音だった。

 

 アスカはゆっくり目を開ける。

 

 視線を横へ向けると、窓から月明かりが差し込んでいた。

 

 その光を見ていると、ふと昔を思い出す。

 

 焼け跡。

 

 煙。

 

 焦げた臭い。

 

 あの日も空を見た。

 

 ただ呆然と。

 

『今度はちゃんと見ろ』

 

「……」

 

 胸の奥が少し重くなる。

 

 アスカは小さく息を吐いた。

 

 そして視線を下へ向ける。

 

 ライナー。

 

 コニー。

 

 ベルトルト。

 

 少し離れた場所ではエレンがまだ何か喋っていた。

 

 ジャンが文句を言い。

 

 アルミンが困ったように笑い。

 

 誰かがまた吹き出す。

 

 騒がしい。

 

 でも。

 

 ちゃんといる。

 

 全員。

 

「……」

 

 気づけば、名前を覚えていた。

 

 顔も。

 

 声も。

 

 笑い方も。

 

 それが少し怖かった。

 

 失えば残る。

 

 焼け跡みたいに。

 

 なのに。

 

「……まぁ」

 

 アスカは小さく目を閉じる。

 

「今は別に、いいか」

 

 その呟きは、誰にも聞こえないまま夜の中へ溶けていった。

 

 

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