Lostgirlsもめちゃくちゃ好きです。
日が沈み始めた森は、不気味なほど静かだった。
枝葉の隙間から差し込む夕陽は赤く、風が吹く度に木々の影が揺れる。訓練兵達は長距離移動による疲労を隠しきれず、誰もが口数を減らしていた。
「……あと少しだぞ」
マルコが声を掛ける。
だが返事をしたのはコニーだけだった。
「いや、マジでキツいってこれ……」
「兵士舐めんな」
ジャンが言う。
しかし本人も肩で息をしていた。
「お前も死にそうじゃねぇか」
「うるせぇ……」
アスカは少し前を歩きながら周囲を見ていた。
森。
地形。
風向き。
音。
癖みたいなものだった。
地下街にいた頃から、立ち止まる時ほど周囲を見るようになった。止まっている時が、一番狙われやすいからだ。
「アスカってさ」
後ろからマルコの声。
「ずっと周り見てるよね」
「まぁな」
「疲れない?」
「見ない方が疲れる」
「はは、変なの」
マルコが笑う。
その笑い方は不思議だった。
人を探る笑いじゃない。
馬鹿にする笑いでもない。
本当に自然に笑う。
アスカは少しだけ視線を逸らした。
「……変な奴」
「よく言われるよ」
その時だった。
「見えた!!」
前方を進んでいたエレンが声を上げる。
森が開け、小さな廃小屋が見えた。
今夜の休憩地点だった。
小屋の中は思ったより広かった。
古びてはいるが、雨風は凌げる。
「っはぁ〜……生き返る……」
コニーが床へ倒れ込む。
「お前まだ半分も終わってねぇぞ」
「聞きたくねぇ……」
サシャは既に荷物を漁っていた。
「干し肉……」
「お前それしかねぇのか」
ジャンが呆れる。
クリスタは焚き火の準備をしていた。
「木、もう少し集めてくるね」
「一人で行くな」
アスカが即座に言う。
「え?」
「暗くなる」
「でもすぐそこ――」
「ダメだ」
思ったより強い声が出た。
クリスタが少し驚いた顔をする。
「……二人で行く」
「あ、じゃあ私も行きます!」
サシャが立ち上がる。
「お前は食い物探すだろ」
「失礼ですね」
「否定しろ」
小さく笑いが起きる。
結局、木はマルコとクリスタが取りに行った。
その間、アスカは入口付近へ腰を下ろす。
「警戒か?」
エレンが隣へ座った。
「癖だ」
「地下街ってそんなヤバいのか?」
「お前らが想像してる十倍は」
「うわぁ……」
エレンは苦笑した。
「でもさ」
「あ?」
「お前って意外と面倒見良いよな」
「誰が」
「クリスタ止めただろ」
「……別に」
アスカは短く返す。
その時。
外からクリスタ達が戻ってきた。
「結構集まったよ」
「助かる」
焚き火へ火が入る。
ぱちぱちと薪が爆ぜ、小屋の中が橙色に染まっていく。
その光景を見ながら、アスカは少しだけ目を細めた。
静かだった。
誰かが笑っている。
誰かが文句を言っている。
火が暖かい。
地下街では、こんな夜はほとんど無かった。
「……」
不意に。
違和感。
風。
音。
アスカの視線が入口へ向く。
「……?」
誰かいる。
その瞬間だった。
バンッ!!!
扉が蹴破られた。
「動くなァ!!」
男達が雪崩れ込んでくる。
全員の動きが止まる。
拳銃。
ナイフ。
そして。
「立体機動装置を外せ」
低い声だった。
「クソッ!!」
エレンが立ち上がる。
だが。
「動くな」
拳銃が向く。
空気が凍った。
「エレン!!」
マルコが止める。
男達は慣れていた。
素人じゃない。
動きを見れば分かる。
地下街にもいた。
こういう連中が。
「早くしろ」
拳銃男が言う。
訓練兵達は歯を食いしばりながら装置を外していく。
その間。
アスカは黙って男達を見ていた。
人数。
武器。
癖。
逃走経路。
全部。
「……」
そこで男の一人がクリスタを見る。
「おい」
嫌な空気だった。
「コイツも連れてくぞ」
「は?」
ジャンが睨む。
「売れそうだ」
クリスタの腕が掴まれる。
「っ……!」
「やめろ!!」
エレンが飛び出す。
だが即座に殴り倒された。
「エレン!!」
「動くなっつってんだろ」
拳銃が向く。
誰も動けない。
悔しさだけが残る。
「行くぞ」
男達は立体機動装置とクリスタを連れ、小屋を後にした。
静寂。
焚き火の音だけが響く。
そして。
「クソがァッ!!」
エレンが床を殴った。
「追うぞ!!」
「装備ねぇだろ」
アスカが低く言う。
「でも!!」
「落ち着けエレン」
マルコが肩を掴む。
アルミンは俯きながら考えていた。
「……まだ間に合う」
小さく呟く。
全員の視線が向いた。
「別班へ信煙弾を打つ」
「信煙弾?」
「ミカサ達なら気づく」
アルミンは顔を上げる。
「それと――」
アスカを見る。
「追跡、できる?」
「出来る」
即答だった。
「なら勝てる」
その目は真剣だった。
アスカは少しだけ息を吐く。
「……作戦は?」
「まず居場所を特定する」
アルミンが地図を広げる。
「盗賊達は装備を持ってる。だから森を長距離移動するより、隠れ家へ直行するはず」
「この辺で身を隠せる場所は?」
マルコが聞く。
アスカは少し考え。
「崖沿い」
「理由は?」
「逃げ道作れる」
地下街でもそうだった。
追われる側は必ず退路を作る。
「……なるほど」
アルミンが頷く。
「じゃあそこを探そう」
エレンが立ち上がる。
その目には怒りが宿っていた。
「クリスタを助ける」
☆☆☆
夜の森は暗かった。
月明かりすら枝葉に遮られ、足元もまともに見えない。そんな中を、訓練兵達は走っていた。
先頭はアスカ。
その後ろをエレン、ジャン、マルコ、アルミン達が続く。
「本当にこっちで合ってんのか!?」
コニーが叫ぶ。
「うるせぇ」
アスカは短く返す。
「声で位置がバレる」
「いやもうバレてるだろ!」
「地下街じゃそういう奴から死ぬ」
「怖ぇんだよお前の基準!!」
ジャンが息を切らしながら周囲を見る。
「……でも、確かに痕跡あるな」
木の幹。
泥。
折れた枝。
注意して見れば、人が通った痕跡が残っている。
「こんなの普通分かるか?」
マルコが苦笑する。
「慣れ」
アスカは崖沿いへ視線を向けた。
風の流れ。
足音の反響。
人が潜むなら、あの辺り。
「止まれ」
突然、アスカが手を上げる。
全員の動きが止まった。
「どうした?」
「……火」
前方。
崖下。
僅かに橙色の光が見えた。
「いた」
エレンが歯を食いしばる。
だがアルミンが腕を掴んだ。
「待って」
「でも!」
「焦ったら終わる」
アルミンは静かに言う。
「相手は拳銃を持ってる。下手に突っ込めばクリスタが危ない」
沈黙。
エレンは悔しそうに拳を握った。
その間にも、アスカは崖下を観察していた。
男は三人。
見張り一人。
奥に荷車。
立体機動装置。
そして。
「……クリスタ」
縄で拘束されていた。
だが怪我は無さそうだ。
「どうする?」
マルコが小声で聞く。
アルミンは地面へ簡単な図を書き始める。
「正面からは無理」
「あぁ」
「だから二手に分かれる」
アルミンの指が動く。
「ジャンとコニーは右側から音を立てて注意を引く」
「囮か」
「うん。その隙にアスカがクリスタを」
「俺も行く」
エレンが即答する。
だがアスカが首を振った。
「無理だ」
「なんでだよ!」
「あの人数でお前は丸腰。しかも、何も考えてなさそうだしな」
「はぁ!?」
「後、今にも殴り込みそうな顔してる。冷静じゃない」
ジャンが吹き出しかけた。
「っ……確かに」
「笑ってんじゃねぇ!!」
アルミンが苦笑する。
「エレンはもしもの時に備えて」
「っ……」
不満そうだったが、エレンも理解はしていた。
その時。
ヒュゥゥゥ――……
夜空へ赤い光が上がる。
信煙弾だった。
「来た……!」
アルミンが顔を上げる。
別班。
ミカサ達が気づいたのだ。
アスカは空を見上げる。
数秒後。
森の奥から、立体機動装置の音が響き始めた。
「速ぇな」
「ミカサだからね」
マルコが苦笑する。
そして。
ドンッ!!
木の上へ二つの影が降り立つ。
ミカサ。
そしてアニ。
「エレン」
ミカサが即座に状況確認へ入る。
「クリスタが攫われた」
「見れば分かる」
アニは崖下を見下ろした。
焚き火。
男達。
拳銃。
クリスタ。
「……面倒だね」
「だな」
アスカが短く返す。
一瞬。
アニと目が合う。
だがすぐに逸れた。
今はそれどころじゃない。
「作戦は?」
ミカサが聞く。
アルミンが簡潔に説明する。
全員が頷いた。
「あ、アニ。ちょっと立体機動装置貸せ」
「…アンタも飛んでいくのね。了解」
アニは装置を手早く腰から外し、アスカに手渡す。
素早く装備し終えたアスカは力を抜くように少し息を吐いた。
そして。
「行くぞ」
アスカがワイヤーを構える。
夜風が吹いた。
木々が揺れる。
その瞬間。
「おい!!」
ジャンが叫ぶ。
「こっちだ間抜け共!!」
崖下の男達が反応する。
「何だァ!?」
「行け」
アスカが低く言った。
次の瞬間。
ワイヤー射出。
身体が夜の森へ飛び出した。
☆☆☆
夜風が頬を裂く。
ワイヤーが張り、身体が一気に加速する。木々の間を縫うように飛びながら、アスカは崖下を見据えていた。
男達の視線はジャン達へ向いている。
今しかない。
その横を、ミカサが凄まじい速度で通り抜けていく。
「速……」
思わず呟く。
異常だった。
無駄が無い。
迷いが無い。
まるで身体が最初から立体機動の為に作られているみたいだった。
そして多分、向こうも同じ事を思っている。
ミカサが一瞬だけこちらを見る。
だが会話は無い。
必要なかった。
「誰かいるぞ!!」
男の叫び声。
気づかれた。
「チッ」
拳銃がこちらへ向く。
バンッ!!!
発砲。
だが遅い。
アスカは木の幹を蹴り、軌道を強引に変える。
弾丸が空を裂いた。
「化け物か!?」
「地下街舐めんな」
アスカは一気に距離を詰める。
だが。
「動くな!!」
男がクリスタの首へナイフを突きつけた。
空気が止まる。
「来たら殺すぞ」
クリスタの喉元に赤い線が浮かぶ。
「っ……」
エレンが歯を食いしばる。
ジャンも動けない。
拳銃男も健在。
下手に動けば終わる。
「どうする……」
コニーが呟く。
その時だった。
「……アスカ」
横からミカサの声。
「右」
「分かってる」
短い会話。
それだけ。
アスカは男達を見る。
拳銃。
ナイフ。
視線。
重心。
呼吸。
全部。
「……」
そこで。
男の指が少し動いた。
拳銃側。
そっちへ意識が向いた。
「今だ」
アスカが動く。
同時。
ミカサが地面を蹴り砕いた。
「なっ――!?」
まずミカサ。
一瞬で拳銃男の懐へ潜り込む。
手首を掴み、捻る。
鈍い音。
「ぎゃああああ!!」
拳銃が吹き飛んだ。
一方。
アスカはクリスタ側へ飛び込んでいた。
「来るな!!」
男がクリスタを引き寄せる。
ナイフがさらに食い込む。
血。
だが。
「遅ぇ」
アスカの足が男の手首を蹴り上げる。
ナイフが宙を舞う。
「がっ!?」
そのまま肩を掴み、地面へ叩きつけた。
衝撃。
空気が抜ける。
「ぐっ……!」
男の喉元へ、落ちてきたナイフを突きつける。
シン、と空気が静まった。
あと少し力を入れれば切れる。
男の顔が青ざめる。
「アスカ!!」
クリスタの声。
その瞬間、アスカは我に返った。
「……」
無意識だった。
地下街なら終わらせていた。
躊躇なんてしない。
「チッ」
アスカはナイフを投げ捨てる。
直後。
「クリスタ!!」
エレン達が駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「う、うん……」
クリスタは少し震えていた。
だが泣いてはいない。
「怪我してる」
ミカサが首元を見る。
「浅い」
「でも血が……」
マルコが布を取り出す。
クリスタは困ったように笑った。
「ごめんね、みんな」
「謝んな」
ジャンが即座に言う。
「悪いのはアイツらだろ」
「そうですよ!!」
サシャも珍しく真面目だった。
アスカは少し離れた場所で息を吐く。
そこで視線を感じた。
アニだった。
木にもたれ、こちらを見ている。
「……何だよ」
「別に」
アニは小さく目を細めた。
「アンタ、やっぱり変だね」
「お前にだけは言われたくねぇ」
「ふふ」
ほんの少しだけ笑う。
その時。
「アスカ」
ミカサが近づいてくる。
「あ?」
「……ありがとう」
「は?」
「クリスタを助けてくれて」
真っ直ぐな目だった。
アスカは少しだけ言葉に詰まる。
「……別に」
それだけ返して視線を逸らした。
夜風が吹く。
崖下では、縄で縛られた盗賊達が喚いていた。
その声を聞きながら、アスカは空を見上げる。
月が出ていた。
地下街では見えなかった空。
そして。
気づけば、自分は仲間達の輪の中に立っていた。
盗賊達を拘束し終えた頃には、空が少し白み始めていた。
夜明け前。
森の冷たい空気が肌を刺す。
「ったく……散々な訓練だな」
ジャンが盗賊の一人を蹴りながら言う。
「うぅ……」
「呻く元気あんなら歩け」
「ジャン、それくらいにしときなよ」
マルコが苦笑する。
少し離れた場所では、クリスタがミカサに手当をされていた。
「痛くない?」
「うん、大丈夫」
「無理しないで」
そのやり取りを見ながら、アスカは木にもたれかかる。
疲労が一気に来ていた。
長距離移動。
追跡。
戦闘。
地下街時代なら珍しくない。
だが今は違う。
背後を気にしなくていい。
それだけで身体の感覚が狂う。
「隣、いい?」
声。
アニだった。
「好きにしろ」
アニは無言で隣へ座る。
少し沈黙。
盗賊達の怒鳴り声だけが遠くで響いている。
「……アンタ」
アニがぽつりと言う。
「あぁ?」
「人の殺し方、知ってる動きだった」
空気が少し止まる。
アスカは視線を前へ向けたまま、小さく息を吐いた。
「地下街じゃ珍しくねぇ」
「そう」
「お前だって似たようなもんだろ」
アニは少しだけ目を細めた。
「……まぁね」
それ以上は互いに聞かない。
踏み込まない。
でも。
どこか分かる部分がある。
そんな空気だった。
「アスカ!」
エレンが駆け寄ってくる。
「お前マジで凄かったな!」
「声でけぇ」
「いやだって、あの状況で普通動けねぇだろ!」
「ミカサもいただろ」
「ミカサはまぁ……ミカサだから」
「どういう意味?」
後ろからミカサの声。
「うわっ!?」
エレンが飛び上がる。
コニーが吹き出した。
「ミカサに対する信用度すげぇな。さすがエレンの保護者」
「笑ってんじゃねぇ!ってか保護者はやめろ!」
また騒がしくなる。
アスカはその様子を見ながら、小さく目を細めた。
変な連中だ。
本当に。
少し前まで、誰とも関わる気なんて無かった。
名前を覚える気も。
顔を覚える気も。
なのに。
気づけばこうして一緒にいる。
「……」
その時。
マルコがこちらへ歩いてきた。
「アスカ」
「あ?」
「ありがとね」
「何が」
「皆、結構助けられてるから」
自然な口調だった。
打算も何も無い。
ただ本当にそう思って言っている。
アスカは少しだけ黙る。
「……別に」
「そういう所だよ」
「は?」
マルコは笑う。
「アスカってさ、結構優しいよね」
「気持ち悪ぃ事言うな」
「はは」
笑いながら去っていく。
アスカは小さく舌打ちした。
「……意味分かんねぇ」
優しい。
そんな事、一度も言われた事が無かった。
地下街では、生き残る奴が正しい。
奪う奴が強い。
見捨てる事を覚えた奴ほど長く生きる。
それが普通だった。
なのに。
「おーい! そろそろ戻るぞー!」
コニーの声が響く。
訓練兵達が荷物を持ち始める。
朝日が森を照らしていた。
アスカはゆっくり立ち上がる。
そして。
「……帰るか」
小さく呟き、仲間達の後を追った。
☆☆☆
帰路は静かだった。
流石に全員疲れている。
長距離移動に加え、盗賊との一件。まともに休めた者など一人もいなかった。
森の中を進みながら、訓練兵達は黙々と歩く。
それでも。
「……腹減った」
最初に口を開いたのはサシャだった。
「お前マジでブレねぇな」
ジャンが呆れる。
「だって夜ご飯食べ損ねたんですよ!?」
「原因お前らにもあるだろ」
「理不尽です」
「どの口が言ってんだ」
小さく笑いが起きる。
アスカはその後ろを歩きながら、ぼんやり周囲を見ていた。
木々。
空。
人の背中。
皆疲れている。
でも誰も欠けていない。
「……」
その事に、自分でも気づかないくらい少し安堵していた。
「アスカ」
横から声。
クリスタだった。
「首、大丈夫か」
「うん。浅い傷だから」
「そうか」
会話が終わる。
だがクリスタはそのまま隣を歩いていた。
「……」
「……」
沈黙。
少し気まずい。
「その」
先に口を開いたのはクリスタだった。
「助けてくれてありがとう」
「別に」
「でも、アスカがいなかったら危なかった」
「ミカサもいた」
「ふふ、そうだけど」
クリスタが小さく笑う。
その笑い方を見て、アスカは少しだけ眉を寄せた。
「お前さ」
「え?」
「なんであんな状況で他人心配できるんだよ」
「……」
クリスタは少しだけ困った顔をした。
「変かもしれないけど」
「変だな」
「即答だね」
「普通、自分の事で精一杯だろ」
地下街ならそうだった。
余裕の無い人間から壊れていく。
だから皆、自分だけを見る。
それが普通だった。
だがクリスタは違う。
攫われても。
傷ついても。
まず他人を気にする。
「……誰かを助けられる人になりたいの」
小さな声だった。
アスカは少し黙る。
「死ぬぞ」
「かもね」
「怖くねぇのか」
クリスタは少しだけ空を見上げた。
「怖いよ」
「……」
「でも、それでも助けたいって思う時があるから」
アスカにはよく分からなかった。
理解できない。
でも。
嘘を言ってない事だけは分かる。
「……変な奴」
「アスカに言われたくないなぁ」
クリスタが笑う。
その時。
「おーい! 早く来いよー!」
前方からコニーの声。
エレン達が手を振っていた。
「行くぞ」
「うん」
二人は歩き出す。
その後ろ姿を、少し離れた位置からアニが見ていた。
「……」
何も言わない。
ただ静かに視線を逸らす。
その隣ではライナーが笑っていた。
「随分馴染んだな、アイツ」
「そうだね」
アニは短く返す。
だがその目は、どこか複雑だった。
森を抜ける風が吹く。
朝日が訓練兵達を照らしていた。
アスカは前を歩く仲間達を見る。
騒がしい背中。
笑い声。
くだらない会話。
少し前まで、自分には関係無いと思っていたもの。
「……」
胸の奥が、少しだけ重かった。
それが何なのか、まだよく分からなかった。
☆☆☆
訓練地へ戻った頃には、太陽はすっかり昇っていた。
門を潜った瞬間、訓練兵達から安堵の息が漏れる。
「っはぁ〜〜……」
コニーがその場に崩れ落ちた。
「もう歩けねぇ……」
「情けねぇな」
ジャンが言う。
だが本人もふらついていた。
「お前も限界だろ」
「限界じゃねぇ」
「膝笑ってるぞ」
「うるせぇ」
その時。
「整列ォォォ!!」
キース教官の怒声が響いた。
全員の背筋が跳ねる。
疲労で死にそうな顔をしながらも、訓練兵達は急いで並んだ。
キースの目が全員を見渡す。
そして。
「……事情は聞いた」
低い声だった。
「盗賊共に襲撃されたそうだな」
『……』
「本来なら貴様ら全員失格だ」
空気が重くなる。
「だが」
キースは続けた。
「装備を奪われ、人質を取られた状況から、独断で救出を成功させた事は評価に値する」
訓練兵達が少しざわつく。
「特に」
キースの視線が動く。
「アルミン・アルレルト」
「は、はい!」
「状況判断は悪くなかった」
「……ありがとうございます!」
アルミンが少し驚いた顔をする。
「そして」
今度はアスカを見る。
「アスカ・ラングレー。ミカサ・アッカーマン」
「ハッ」
「あ?」
「返事」
「……ハッ」
「遅い」
周囲から小さく笑いが漏れた。
キースは小さく溜息を吐く。
「貴様らの追跡能力と戦闘判断は、訓練兵とは思えん」
「ありがとうございます」
「そうか」
「褒めている」
「へぇ」
「態度を改めろ」
「善処する」
「今すぐやれ」
また笑いが起きる。
キースは額を押さえた。
「……解散」
『ハッ!!』
その瞬間。
全員一斉に崩れ落ちた。
「死ぬ……」
「腹減った……」
「寝たい……」
騒がしい声があちこちで響く。
アスカは小さく息を吐いた。
疲れた。
本当に。
すると横からコニーが肩を組んでくる。
「いやぁ〜でも、なんだかんだ楽しかったな!」
「どこがだよ」
「全部だよ!」
「盗賊に襲われたんだぞ」
「でも助かったじゃねぇか!」
満面の笑みだった。
アスカは少しだけ目を細める。
コイツは、本当にこういう奴なんだろう。
その時。
「アスカ!」
エレンが駆け寄ってきた。
「今度また組もうぜ!」
「嫌だ」
「即答!?」
「お前といると疲れる」
「なんでだよ!」
ジャンが吹き出す。
「そりゃお前が猪だからだろ」
「はぁ!?」
「前しか見えてねぇんだよ」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
また騒がしくなる。
アスカは小さく鼻で笑った。
その様子を、少し離れた場所からアニが見ていた。
「……」
アスカが笑っている。
少し前まで、あんな顔はしていなかった。
地下街出身。
誰も信用していない目。
なのに今は違う。
少しずつ、輪の中へ入っている。
「アニ」
ライナーが隣へ来る。
「どうした」
「別に」
アニは短く返した。
だが視線はまだアスカへ向いている。
「……変わったな」
ライナーがぽつりと言う。
「そうかもね」
アニは静かに答えた。
その時。
ふとアスカがこちらを見る。
一瞬だけ目が合う。
アニは何も言わない。
アスカも何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
互いに目を細めた。
風が吹く。
訓練兵達の笑い声が響く。
アスカは空を見上げた。
青かった。
地下街では見えなかった空。
そして。
「……楽しい、か」
小さく呟いたその言葉は、風の中へ静かに溶けていった。
書き直しと前どちらが好きですか
-
書き直し
-
前