地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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これもOAD内の困難を参考にして作ってます。
Lostgirlsもめちゃくちゃ好きです。




困難

 

 

 

 日が沈み始めた森は、不気味なほど静かだった。

 

 枝葉の隙間から差し込む夕陽は赤く、風が吹く度に木々の影が揺れる。訓練兵達は長距離移動による疲労を隠しきれず、誰もが口数を減らしていた。

 

「……あと少しだぞ」

 

 マルコが声を掛ける。

 

 だが返事をしたのはコニーだけだった。

 

「いや、マジでキツいってこれ……」

 

「兵士舐めんな」

 

 ジャンが言う。

 

 しかし本人も肩で息をしていた。

 

「お前も死にそうじゃねぇか」

 

「うるせぇ……」

 

 アスカは少し前を歩きながら周囲を見ていた。

 

 森。

 

 地形。

 

 風向き。

 

 音。

 

 癖みたいなものだった。

 

 地下街にいた頃から、立ち止まる時ほど周囲を見るようになった。止まっている時が、一番狙われやすいからだ。

 

「アスカってさ」

 

 後ろからマルコの声。

 

「ずっと周り見てるよね」

 

「まぁな」

 

「疲れない?」

 

「見ない方が疲れる」

 

「はは、変なの」

 

 マルコが笑う。

 

 その笑い方は不思議だった。

 

 人を探る笑いじゃない。

 

 馬鹿にする笑いでもない。

 

 本当に自然に笑う。

 

 アスカは少しだけ視線を逸らした。

 

「……変な奴」

 

「よく言われるよ」

 

 その時だった。

 

「見えた!!」

 

 前方を進んでいたエレンが声を上げる。

 

 森が開け、小さな廃小屋が見えた。

 

 今夜の休憩地点だった。

 

 小屋の中は思ったより広かった。

 

 古びてはいるが、雨風は凌げる。

 

「っはぁ〜……生き返る……」

 

 コニーが床へ倒れ込む。

 

「お前まだ半分も終わってねぇぞ」

 

「聞きたくねぇ……」

 

 サシャは既に荷物を漁っていた。

 

「干し肉……」

 

「お前それしかねぇのか」

 

 ジャンが呆れる。

 

 クリスタは焚き火の準備をしていた。

 

「木、もう少し集めてくるね」

 

「一人で行くな」

 

 アスカが即座に言う。

 

「え?」

 

「暗くなる」

 

「でもすぐそこ――」

 

「ダメだ」

 

 思ったより強い声が出た。

 

 クリスタが少し驚いた顔をする。

 

「……二人で行く」

 

「あ、じゃあ私も行きます!」

 

 サシャが立ち上がる。

 

「お前は食い物探すだろ」

 

「失礼ですね」

 

「否定しろ」

 

 小さく笑いが起きる。

 

 結局、木はマルコとクリスタが取りに行った。

 

 その間、アスカは入口付近へ腰を下ろす。

 

「警戒か?」

 

 エレンが隣へ座った。

 

「癖だ」

 

「地下街ってそんなヤバいのか?」

 

「お前らが想像してる十倍は」

 

「うわぁ……」

 

 エレンは苦笑した。

 

「でもさ」

 

「あ?」

 

「お前って意外と面倒見良いよな」

 

「誰が」

 

「クリスタ止めただろ」

 

「……別に」

 

 アスカは短く返す。

 

 その時。

 

 外からクリスタ達が戻ってきた。

 

「結構集まったよ」

 

「助かる」

 

 焚き火へ火が入る。

 

 ぱちぱちと薪が爆ぜ、小屋の中が橙色に染まっていく。

 

 その光景を見ながら、アスカは少しだけ目を細めた。

 

 静かだった。

 

 誰かが笑っている。

 

 誰かが文句を言っている。

 

 火が暖かい。

 

 地下街では、こんな夜はほとんど無かった。

 

「……」

 

 不意に。

 

 違和感。

 

 風。

 

 音。

 

 アスカの視線が入口へ向く。

 

「……?」

 

 誰かいる。

 

 その瞬間だった。

 

 バンッ!!!

 

 扉が蹴破られた。

 

「動くなァ!!」

 

 男達が雪崩れ込んでくる。

 

 全員の動きが止まる。

 

 拳銃。

 

 ナイフ。

 

 そして。

 

「立体機動装置を外せ」

 

 低い声だった。

 

「クソッ!!」

 

 エレンが立ち上がる。

 

 だが。

 

「動くな」

 

 拳銃が向く。

 

 空気が凍った。

 

「エレン!!」

 

 マルコが止める。

 

 男達は慣れていた。

 

 素人じゃない。

 

 動きを見れば分かる。

 

 地下街にもいた。

 

 こういう連中が。

 

「早くしろ」

 

 拳銃男が言う。

 

 訓練兵達は歯を食いしばりながら装置を外していく。

 

 その間。

 

 アスカは黙って男達を見ていた。

 

 人数。

 

 武器。

 

 癖。

 

 逃走経路。

 

 全部。

 

「……」

 

 そこで男の一人がクリスタを見る。

 

「おい」

 

 嫌な空気だった。

 

「コイツも連れてくぞ」

 

「は?」

 

 ジャンが睨む。

 

「売れそうだ」

 

 クリスタの腕が掴まれる。

 

「っ……!」

 

「やめろ!!」

 

 エレンが飛び出す。

 

 だが即座に殴り倒された。

 

「エレン!!」

 

「動くなっつってんだろ」

 

 拳銃が向く。

 

 誰も動けない。

 

 悔しさだけが残る。

 

「行くぞ」

 

 男達は立体機動装置とクリスタを連れ、小屋を後にした。

 

 静寂。

 

 焚き火の音だけが響く。

 

 そして。

 

「クソがァッ!!」

 

 エレンが床を殴った。

 

「追うぞ!!」

 

「装備ねぇだろ」

 

 アスカが低く言う。

 

「でも!!」

 

「落ち着けエレン」

 

 マルコが肩を掴む。

 

 アルミンは俯きながら考えていた。

 

「……まだ間に合う」

 

 小さく呟く。

 

 全員の視線が向いた。

 

「別班へ信煙弾を打つ」

 

「信煙弾?」

 

「ミカサ達なら気づく」

 

 アルミンは顔を上げる。

 

「それと――」

 

 アスカを見る。

 

「追跡、できる?」

 

「出来る」

 

 即答だった。

 

「なら勝てる」

 

 その目は真剣だった。

 

 アスカは少しだけ息を吐く。

 

「……作戦は?」

 

「まず居場所を特定する」

 

 アルミンが地図を広げる。

 

「盗賊達は装備を持ってる。だから森を長距離移動するより、隠れ家へ直行するはず」

 

「この辺で身を隠せる場所は?」

 

 マルコが聞く。

 

 アスカは少し考え。

 

「崖沿い」

 

「理由は?」

 

「逃げ道作れる」

 

 地下街でもそうだった。

 

 追われる側は必ず退路を作る。

 

「……なるほど」

 

 アルミンが頷く。

 

「じゃあそこを探そう」

 

 エレンが立ち上がる。

 

 その目には怒りが宿っていた。

 

「クリスタを助ける」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 夜の森は暗かった。

 

 月明かりすら枝葉に遮られ、足元もまともに見えない。そんな中を、訓練兵達は走っていた。

 

 先頭はアスカ。

 

 その後ろをエレン、ジャン、マルコ、アルミン達が続く。

 

「本当にこっちで合ってんのか!?」

 

 コニーが叫ぶ。

 

「うるせぇ」

 

 アスカは短く返す。

 

「声で位置がバレる」

 

「いやもうバレてるだろ!」

 

「地下街じゃそういう奴から死ぬ」

 

「怖ぇんだよお前の基準!!」

 

 ジャンが息を切らしながら周囲を見る。

 

「……でも、確かに痕跡あるな」

 

 木の幹。

 

 泥。

 

 折れた枝。

 

 注意して見れば、人が通った痕跡が残っている。

 

「こんなの普通分かるか?」

 

 マルコが苦笑する。

 

「慣れ」

 

 アスカは崖沿いへ視線を向けた。

 

 風の流れ。

 

 足音の反響。

 

 人が潜むなら、あの辺り。

 

「止まれ」

 

 突然、アスカが手を上げる。

 

 全員の動きが止まった。

 

「どうした?」

 

「……火」

 

 前方。

 

 崖下。

 

 僅かに橙色の光が見えた。

 

「いた」

 

 エレンが歯を食いしばる。

 

 だがアルミンが腕を掴んだ。

 

「待って」

 

「でも!」

 

「焦ったら終わる」

 

 アルミンは静かに言う。

 

「相手は拳銃を持ってる。下手に突っ込めばクリスタが危ない」

 

 沈黙。

 

 エレンは悔しそうに拳を握った。

 

 その間にも、アスカは崖下を観察していた。

 

 男は三人。

 

 見張り一人。

 

 奥に荷車。

 

 立体機動装置。

 

 そして。

 

「……クリスタ」

 

 縄で拘束されていた。

 

 だが怪我は無さそうだ。

 

「どうする?」

 

 マルコが小声で聞く。

 

 アルミンは地面へ簡単な図を書き始める。

 

「正面からは無理」

 

「あぁ」

 

「だから二手に分かれる」

 

 アルミンの指が動く。

 

「ジャンとコニーは右側から音を立てて注意を引く」

 

「囮か」

 

「うん。その隙にアスカがクリスタを」

 

「俺も行く」

 

 エレンが即答する。

 

 だがアスカが首を振った。

 

「無理だ」

 

「なんでだよ!」

 

「あの人数でお前は丸腰。しかも、何も考えてなさそうだしな」

 

「はぁ!?」

 

「後、今にも殴り込みそうな顔してる。冷静じゃない」

 

 ジャンが吹き出しかけた。

 

「っ……確かに」

 

「笑ってんじゃねぇ!!」

 

 アルミンが苦笑する。

 

「エレンはもしもの時に備えて」

 

「っ……」

 

 不満そうだったが、エレンも理解はしていた。

 

 その時。

 

 ヒュゥゥゥ――……

 

 夜空へ赤い光が上がる。

 

 信煙弾だった。

 

「来た……!」

 

 アルミンが顔を上げる。

 

 別班。

 

 ミカサ達が気づいたのだ。

 

 アスカは空を見上げる。

 

 数秒後。

 

 森の奥から、立体機動装置の音が響き始めた。

 

「速ぇな」

 

「ミカサだからね」

 

 マルコが苦笑する。

 

 そして。

 

 ドンッ!!

 

 木の上へ二つの影が降り立つ。

 

 ミカサ。

 

 そしてアニ。

 

「エレン」

 

 ミカサが即座に状況確認へ入る。

 

「クリスタが攫われた」

 

「見れば分かる」

 

 アニは崖下を見下ろした。

 

 焚き火。

 

 男達。

 

 拳銃。

 

 クリスタ。

 

「……面倒だね」

 

「だな」

 

 アスカが短く返す。

 

 一瞬。

 

 アニと目が合う。

 

 だがすぐに逸れた。

 

 今はそれどころじゃない。

 

「作戦は?」

 

 ミカサが聞く。

 

 アルミンが簡潔に説明する。

 

 全員が頷いた。

 

「あ、アニ。ちょっと立体機動装置貸せ」

 

「…アンタも飛んでいくのね。了解」

 

アニは装置を手早く腰から外し、アスカに手渡す。

素早く装備し終えたアスカは力を抜くように少し息を吐いた。

 そして。

 

「行くぞ」

 

 アスカがワイヤーを構える。

 

 夜風が吹いた。

 

 木々が揺れる。

 

 その瞬間。

 

「おい!!」

 

 ジャンが叫ぶ。

 

「こっちだ間抜け共!!」

 

 崖下の男達が反応する。

 

「何だァ!?」

 

「行け」

 

 アスカが低く言った。

 

 次の瞬間。

 

 ワイヤー射出。

 

 身体が夜の森へ飛び出した。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 夜風が頬を裂く。

 

 ワイヤーが張り、身体が一気に加速する。木々の間を縫うように飛びながら、アスカは崖下を見据えていた。

 

 男達の視線はジャン達へ向いている。

 

 今しかない。

 

 その横を、ミカサが凄まじい速度で通り抜けていく。

 

「速……」

 

 思わず呟く。

 

 異常だった。

 

 無駄が無い。

 

 迷いが無い。

 

 まるで身体が最初から立体機動の為に作られているみたいだった。

 

 そして多分、向こうも同じ事を思っている。

 

 ミカサが一瞬だけこちらを見る。

 

 だが会話は無い。

 

 必要なかった。

 

「誰かいるぞ!!」

 

 男の叫び声。

 

 気づかれた。

 

「チッ」

 

 拳銃がこちらへ向く。

 

 バンッ!!!

 

 発砲。

 

 だが遅い。

 

 アスカは木の幹を蹴り、軌道を強引に変える。

 

 弾丸が空を裂いた。

 

「化け物か!?」

 

「地下街舐めんな」

 

 アスカは一気に距離を詰める。

 

 だが。

 

「動くな!!」

 

 男がクリスタの首へナイフを突きつけた。

 

 空気が止まる。

 

「来たら殺すぞ」

 

 クリスタの喉元に赤い線が浮かぶ。

 

「っ……」

 

 エレンが歯を食いしばる。

 

 ジャンも動けない。

 

 拳銃男も健在。

 

 下手に動けば終わる。

 

「どうする……」

 

 コニーが呟く。

 

 その時だった。

 

「……アスカ」

 

 横からミカサの声。

 

「右」

 

「分かってる」

 

 短い会話。

 

 それだけ。

 

 アスカは男達を見る。

 

 拳銃。

 

 ナイフ。

 

 視線。

 

 重心。

 

 呼吸。

 

 全部。

 

「……」

 

 そこで。

 

 男の指が少し動いた。

 

 拳銃側。

 

 そっちへ意識が向いた。

 

「今だ」

 

 アスカが動く。

 

 同時。

 

 ミカサが地面を蹴り砕いた。

 

「なっ――!?」

 

 まずミカサ。

 

 一瞬で拳銃男の懐へ潜り込む。

 

 手首を掴み、捻る。

 

 鈍い音。

 

「ぎゃああああ!!」

 

 拳銃が吹き飛んだ。

 

 一方。

 

 アスカはクリスタ側へ飛び込んでいた。

 

「来るな!!」

 

 男がクリスタを引き寄せる。

 

 ナイフがさらに食い込む。

 

 血。

 

 だが。

 

「遅ぇ」

 

 アスカの足が男の手首を蹴り上げる。

 

 ナイフが宙を舞う。

 

「がっ!?」

 

 そのまま肩を掴み、地面へ叩きつけた。

 

 衝撃。

 

 空気が抜ける。

 

「ぐっ……!」

 

 男の喉元へ、落ちてきたナイフを突きつける。

 

 シン、と空気が静まった。

 

 あと少し力を入れれば切れる。

 

 男の顔が青ざめる。

 

「アスカ!!」

 

 クリスタの声。

 

 その瞬間、アスカは我に返った。

 

「……」

 

 無意識だった。

 

 地下街なら終わらせていた。

 

 躊躇なんてしない。

 

「チッ」

 

 アスカはナイフを投げ捨てる。

 

 直後。

 

「クリスタ!!」

 

 エレン達が駆け寄ってきた。

 

「大丈夫か!?」

 

「う、うん……」

 

 クリスタは少し震えていた。

 

 だが泣いてはいない。

 

「怪我してる」

 

 ミカサが首元を見る。

 

「浅い」

 

「でも血が……」

 

 マルコが布を取り出す。

 

 クリスタは困ったように笑った。

 

「ごめんね、みんな」

 

「謝んな」

 

 ジャンが即座に言う。

 

「悪いのはアイツらだろ」

 

「そうですよ!!」

 

 サシャも珍しく真面目だった。

 

 アスカは少し離れた場所で息を吐く。

 

 そこで視線を感じた。

 

 アニだった。

 

 木にもたれ、こちらを見ている。

 

「……何だよ」

 

「別に」

 

 アニは小さく目を細めた。

 

「アンタ、やっぱり変だね」

 

「お前にだけは言われたくねぇ」

 

「ふふ」

 

 ほんの少しだけ笑う。

 

 その時。

 

「アスカ」

 

 ミカサが近づいてくる。

 

「あ?」

 

「……ありがとう」

 

「は?」

 

「クリスタを助けてくれて」

 

 真っ直ぐな目だった。

 

 アスカは少しだけ言葉に詰まる。

 

「……別に」

 

 それだけ返して視線を逸らした。

 

 夜風が吹く。

 

 崖下では、縄で縛られた盗賊達が喚いていた。

 

 その声を聞きながら、アスカは空を見上げる。

 

 月が出ていた。

 

 地下街では見えなかった空。

 

 そして。

 

 気づけば、自分は仲間達の輪の中に立っていた。

 

 

 

 

 

 盗賊達を拘束し終えた頃には、空が少し白み始めていた。

 

 夜明け前。

 

 森の冷たい空気が肌を刺す。

 

「ったく……散々な訓練だな」

 

 ジャンが盗賊の一人を蹴りながら言う。

 

「うぅ……」

 

「呻く元気あんなら歩け」

 

「ジャン、それくらいにしときなよ」

 

 マルコが苦笑する。

 

 少し離れた場所では、クリスタがミカサに手当をされていた。

 

「痛くない?」

 

「うん、大丈夫」

 

「無理しないで」

 

 そのやり取りを見ながら、アスカは木にもたれかかる。

 

 疲労が一気に来ていた。

 

 長距離移動。

 

 追跡。

 

 戦闘。

 

 地下街時代なら珍しくない。

 

 だが今は違う。

 

 背後を気にしなくていい。

 

 それだけで身体の感覚が狂う。

 

「隣、いい?」

 

 声。

 

 アニだった。

 

「好きにしろ」

 

 アニは無言で隣へ座る。

 

 少し沈黙。

 

 盗賊達の怒鳴り声だけが遠くで響いている。

 

「……アンタ」

 

 アニがぽつりと言う。

 

「あぁ?」

 

「人の殺し方、知ってる動きだった」

 

 空気が少し止まる。

 

 アスカは視線を前へ向けたまま、小さく息を吐いた。

 

「地下街じゃ珍しくねぇ」

 

「そう」

 

「お前だって似たようなもんだろ」

 

 アニは少しだけ目を細めた。

 

「……まぁね」

 

 それ以上は互いに聞かない。

 

 踏み込まない。

 

 でも。

 

 どこか分かる部分がある。

 

 そんな空気だった。

 

「アスカ!」

 

 エレンが駆け寄ってくる。

 

「お前マジで凄かったな!」

 

「声でけぇ」

 

「いやだって、あの状況で普通動けねぇだろ!」

 

「ミカサもいただろ」

 

「ミカサはまぁ……ミカサだから」

 

「どういう意味?」

 

 後ろからミカサの声。

 

「うわっ!?」

 

 エレンが飛び上がる。

 

 コニーが吹き出した。

 

「ミカサに対する信用度すげぇな。さすがエレンの保護者」

 

「笑ってんじゃねぇ!ってか保護者はやめろ!」

 

 また騒がしくなる。

 

 アスカはその様子を見ながら、小さく目を細めた。

 

 変な連中だ。

 

 本当に。

 

 少し前まで、誰とも関わる気なんて無かった。

 

 名前を覚える気も。

 

 顔を覚える気も。

 

 なのに。

 

 気づけばこうして一緒にいる。

 

「……」

 

 その時。

 

 マルコがこちらへ歩いてきた。

 

「アスカ」

 

「あ?」

 

「ありがとね」

 

「何が」

 

「皆、結構助けられてるから」

 

 自然な口調だった。

 

 打算も何も無い。

 

 ただ本当にそう思って言っている。

 

 アスカは少しだけ黙る。

 

「……別に」

 

「そういう所だよ」

 

「は?」

 

 マルコは笑う。

 

「アスカってさ、結構優しいよね」

 

「気持ち悪ぃ事言うな」

 

「はは」

 

 笑いながら去っていく。

 

 アスカは小さく舌打ちした。

 

「……意味分かんねぇ」

 

 優しい。

 

 そんな事、一度も言われた事が無かった。

 

 地下街では、生き残る奴が正しい。

 

 奪う奴が強い。

 

 見捨てる事を覚えた奴ほど長く生きる。

 

 それが普通だった。

 

 なのに。

 

「おーい! そろそろ戻るぞー!」

 

 コニーの声が響く。

 

 訓練兵達が荷物を持ち始める。

 

 朝日が森を照らしていた。

 

 アスカはゆっくり立ち上がる。

 

 そして。

 

「……帰るか」

 

 小さく呟き、仲間達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 帰路は静かだった。

 

 流石に全員疲れている。

 

 長距離移動に加え、盗賊との一件。まともに休めた者など一人もいなかった。

 

 森の中を進みながら、訓練兵達は黙々と歩く。

 

 それでも。

 

「……腹減った」

 

 最初に口を開いたのはサシャだった。

 

「お前マジでブレねぇな」

 

 ジャンが呆れる。

 

「だって夜ご飯食べ損ねたんですよ!?」

 

「原因お前らにもあるだろ」

 

「理不尽です」

 

「どの口が言ってんだ」

 

 小さく笑いが起きる。

 

 アスカはその後ろを歩きながら、ぼんやり周囲を見ていた。

 

 木々。

 

 空。

 

 人の背中。

 

 皆疲れている。

 

 でも誰も欠けていない。

 

「……」

 

 その事に、自分でも気づかないくらい少し安堵していた。

 

「アスカ」

 

 横から声。

 

 クリスタだった。

 

「首、大丈夫か」

 

「うん。浅い傷だから」

 

「そうか」

 

 会話が終わる。

 

 だがクリスタはそのまま隣を歩いていた。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 少し気まずい。

 

「その」

 

 先に口を開いたのはクリスタだった。

 

「助けてくれてありがとう」

 

「別に」

 

「でも、アスカがいなかったら危なかった」

 

「ミカサもいた」

 

「ふふ、そうだけど」

 

 クリスタが小さく笑う。

 

 その笑い方を見て、アスカは少しだけ眉を寄せた。

 

「お前さ」

 

「え?」

 

「なんであんな状況で他人心配できるんだよ」

 

「……」

 

 クリスタは少しだけ困った顔をした。

 

「変かもしれないけど」

 

「変だな」

 

「即答だね」

 

「普通、自分の事で精一杯だろ」

 

 地下街ならそうだった。

 

 余裕の無い人間から壊れていく。

 

 だから皆、自分だけを見る。

 

 それが普通だった。

 

 だがクリスタは違う。

 

 攫われても。

 

 傷ついても。

 

 まず他人を気にする。

 

「……誰かを助けられる人になりたいの」

 

 小さな声だった。

 

 アスカは少し黙る。

 

「死ぬぞ」

 

「かもね」

 

「怖くねぇのか」

 

 クリスタは少しだけ空を見上げた。

 

「怖いよ」

 

「……」

 

「でも、それでも助けたいって思う時があるから」

 

 アスカにはよく分からなかった。

 

 理解できない。

 

 でも。

 

 嘘を言ってない事だけは分かる。

 

「……変な奴」

 

「アスカに言われたくないなぁ」

 

 クリスタが笑う。

 

 その時。

 

「おーい! 早く来いよー!」

 

 前方からコニーの声。

 

 エレン達が手を振っていた。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 二人は歩き出す。

 

 その後ろ姿を、少し離れた位置からアニが見ていた。

 

「……」

 

 何も言わない。

 

 ただ静かに視線を逸らす。

 

 その隣ではライナーが笑っていた。

 

「随分馴染んだな、アイツ」

 

「そうだね」

 

 アニは短く返す。

 

 だがその目は、どこか複雑だった。

 

 森を抜ける風が吹く。

 

 朝日が訓練兵達を照らしていた。

 

 アスカは前を歩く仲間達を見る。

 

 騒がしい背中。

 

 笑い声。

 

 くだらない会話。

 

 少し前まで、自分には関係無いと思っていたもの。

 

「……」

 

 胸の奥が、少しだけ重かった。

 

 それが何なのか、まだよく分からなかった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 訓練地へ戻った頃には、太陽はすっかり昇っていた。

 

 門を潜った瞬間、訓練兵達から安堵の息が漏れる。

 

「っはぁ〜〜……」

 

 コニーがその場に崩れ落ちた。

 

「もう歩けねぇ……」

 

「情けねぇな」

 

 ジャンが言う。

 

 だが本人もふらついていた。

 

「お前も限界だろ」

 

「限界じゃねぇ」

 

「膝笑ってるぞ」

 

「うるせぇ」

 

 その時。

 

「整列ォォォ!!」

 

 キース教官の怒声が響いた。

 

 全員の背筋が跳ねる。

 

 疲労で死にそうな顔をしながらも、訓練兵達は急いで並んだ。

 

 キースの目が全員を見渡す。

 

 そして。

 

「……事情は聞いた」

 

 低い声だった。

 

「盗賊共に襲撃されたそうだな」

 

『……』

 

「本来なら貴様ら全員失格だ」

 

 空気が重くなる。

 

「だが」

 

 キースは続けた。

 

「装備を奪われ、人質を取られた状況から、独断で救出を成功させた事は評価に値する」

 

 訓練兵達が少しざわつく。

 

「特に」

 

 キースの視線が動く。

 

「アルミン・アルレルト」

 

「は、はい!」

 

「状況判断は悪くなかった」

 

「……ありがとうございます!」

 

 アルミンが少し驚いた顔をする。

 

「そして」

 

 今度はアスカを見る。

 

「アスカ・ラングレー。ミカサ・アッカーマン」

 

「ハッ」

 

「あ?」

 

「返事」

 

「……ハッ」

 

「遅い」

 

 周囲から小さく笑いが漏れた。

 

 キースは小さく溜息を吐く。

 

「貴様らの追跡能力と戦闘判断は、訓練兵とは思えん」

 

「ありがとうございます」

 

「そうか」

 

「褒めている」

 

「へぇ」

 

「態度を改めろ」

 

「善処する」

 

「今すぐやれ」

 

 また笑いが起きる。

 

 キースは額を押さえた。

 

「……解散」

 

『ハッ!!』

 

 その瞬間。

 

 全員一斉に崩れ落ちた。

 

「死ぬ……」

 

「腹減った……」

 

「寝たい……」

 

 騒がしい声があちこちで響く。

 

 アスカは小さく息を吐いた。

 

 疲れた。

 

 本当に。

 

 すると横からコニーが肩を組んでくる。

 

「いやぁ〜でも、なんだかんだ楽しかったな!」

 

「どこがだよ」

 

「全部だよ!」

 

「盗賊に襲われたんだぞ」

 

「でも助かったじゃねぇか!」

 

 満面の笑みだった。

 

 アスカは少しだけ目を細める。

 

 コイツは、本当にこういう奴なんだろう。

 

 その時。

 

「アスカ!」

 

 エレンが駆け寄ってきた。

 

「今度また組もうぜ!」

 

「嫌だ」

 

「即答!?」

 

「お前といると疲れる」

 

「なんでだよ!」

 

 ジャンが吹き出す。

 

「そりゃお前が猪だからだろ」

 

「はぁ!?」

 

「前しか見えてねぇんだよ」

 

「お前にだけは言われたくねぇ!」

 

 また騒がしくなる。

 

 アスカは小さく鼻で笑った。

 

 その様子を、少し離れた場所からアニが見ていた。

 

「……」

 

 アスカが笑っている。

 

 少し前まで、あんな顔はしていなかった。

 

 地下街出身。

 

 誰も信用していない目。

 

 なのに今は違う。

 

 少しずつ、輪の中へ入っている。

 

「アニ」

 

 ライナーが隣へ来る。

 

「どうした」

 

「別に」

 

 アニは短く返した。

 

 だが視線はまだアスカへ向いている。

 

「……変わったな」

 

 ライナーがぽつりと言う。

 

「そうかもね」

 

 アニは静かに答えた。

 

 その時。

 

 ふとアスカがこちらを見る。

 

 一瞬だけ目が合う。

 

 アニは何も言わない。

 

 アスカも何も言わない。

 

 ただ。

 

 ほんの少しだけ。

 

 互いに目を細めた。

 

 風が吹く。

 

 訓練兵達の笑い声が響く。

 

 アスカは空を見上げた。

 

 青かった。

 

 地下街では見えなかった空。

 

 そして。

 

「……楽しい、か」

 

 小さく呟いたその言葉は、風の中へ静かに溶けていった。

 

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