森の空気は湿っていた。
昨夜降った雨のせいで土は柔らかく、木々の葉にはまだ水滴が残っている。朝靄のかかる訓練地に、ワイヤーの射出音が何度も響いていた。
立体機動訓練。
104期訓練兵達は、森の中へ設置された巨人模型を順番に斬りながら、決められたコースの走破タイムを競っていた。
「次!! ミカサ・アッカーマン!!」
教官の声が響く。
ざわ、と空気が変わった。
「またミカサか……」
「今度は何秒だよ」
訓練兵達の視線が一斉に前へ向く。
ミカサは無言で装置を確認し、森へ向き直った。
「始め!!」
次の瞬間だった。
――バシュッ!!
ワイヤーが射出される。
そのままミカサの身体が一気に加速した。
「速っ……」
誰かが呟く。
木々の間を滑るように駆け抜け、無駄なく旋回し、巨人模型のうなじを正確に斬り落としていく。
迷いが無い。
空中で止まらない。
まるで最初から空を飛ぶ生き物みたいだった。
「……相変わらずだな」
ジャンが苦い顔をする。
「同じ人間と思いたくねぇ」
「でも綺麗ですよねぇ……」
サシャが感心したように呟く。
アスカは黙ってその動きを見ていた。
ミカサは安定している。
崩れない。
機械みたいに正確だ。
その時。
「次!! アスカ・ラングレー!」
視線が集まる。
「……」
アスカは小さく息を吐き、前へ出た。
腰の装置を軽く叩く。
視線を森へ向ける。
風。
木々の位置。
距離。
頭で考える前に身体が理解していた。
「始め!!」
バシュッ!!
ワイヤー射出。
身体が宙へ飛ぶ。
一気に景色が流れた。
風が頬を裂く。
木々の隙間を抜け、幹を蹴り、身体を捻る。
重力の感覚が薄い。
空中で迷わない。
次にどこへ飛べばいいか、自然と身体が動く。
「……っ」
うなじを斬る。
そのまま減速せず次へ。
地面すれすれを抜け、再び上昇。
「なんだあれ……」
「ミカサと全然違ぇ……」
コニーが呆然と呟く。
ミカサが“綺麗”なら、アスカは違った。
荒い。
速い。
危うい。
なのに何故か成立している。
木へぶつかりそうな軌道から、寸前で抜ける。
落下しそうな体勢から無理やり持ち直す。
常人なら怖くて出来ない動きだった。
「……怖ぇ」
ジャンがぼそりと言う。
その感覚は、多分皆同じだった。
そして最後のうなじを斬り落とし、アスカは着地する。
砂埃。
静寂。
「……終了」
教官が記録を見る。
「現在最速」
ざわつく訓練兵達。
「マジかよ……」
「ミカサ超えたぞ……」
アスカは特に気にした様子もなく、装置を外した。
「お前さ」
戻ってきた瞬間、ジャンが声を掛ける。
「あ?」
「なんであんな飛び方出来んだよ」
「なんでって……」
アスカは少し考え、
「慣れ?」
「意味分かんねぇ」
「俺も分からん」
コニーが頭を抱える。
「空中で怖くねぇのか?」
「別に」
「絶対嘘だろ」
マルコが苦笑する。
その時。
「でも、少し危なっかしかった」
静かな声。
ミカサだった。
「あ?」
「無理矢理軌道変えてた」
「まぁな」
「普通なら木にぶつかる」
「ぶつからなかっただろ」
ミカサは少しだけ目を細める。
「……そう」
短いやり取りだった。
だが互いに、相手の異常さは理解していた。
午前訓練終了後。
食堂はいつも通り騒がしかった。
「パン!!」
「返してください!!」
「それ俺のだろ!!」
サシャとコニーが揉めている。
「朝から元気だなお前ら……」
ジャンが呆れていた。
アスカは少し離れた席へ座り、スープを口に運ぶ。
「隣いい?」
マルコだった。
「好きにしろ」
マルコは笑いながら腰を下ろす。
「今日の立体機動、凄かったな」
「ミカサの方が安定してる」
「でもお前の飛び方、見てて全然予測出来ないんだよな」
「そうか?」
「うん。普通そこ行かないだろって所通るし」
マルコが苦笑する。
「でも、ああいう動き出来る奴って少ないと思う」
「……」
アスカはスープへ視線を落とした。
昔からそうだった。
逃げる時も。
追われる時も。
狭い場所を抜ける感覚だけは、身体へ染み付いていた。
「アスカ」
不意にライナーが向かいへ座る。
「さっきの機動、参考になった」
「お前も充分上手いだろ」
「まぁな」
ライナーが笑う。
その横ではベルトルトが静かにパンを食べていた。
「……」
アスカは二人を見る。
まただ。
時々、この二人は妙に落ち着いて見える。
訓練兵というより。
もっと別の何かみたいに。
「どうした?」
ライナーが聞く。
「いや別に」
視線を逸らす。
考え過ぎかもしれない。
そう思った。
「おーい!!」
エレンが食堂へ入ってくる。
「午後格闘訓練だってよ!」
「最悪だ……」
コニーが机へ突っ伏す。
「午前だけで充分だろ……」
「サボったらキースに殺されるぞ」
ジャンが言う。
その時。
「対人格闘訓練を開始する!!」
外から教官の声が響いた。
訓練兵達が一斉に立ち上がる。
「行くぞ」
アスカも立ち上がる。
その瞬間。
「アスカ」
後ろから声。
アニだった。
「あ?」
「午後、組む?」
短い言葉。
周囲が少し静かになる。
「またかよ……」
「怖ぇってあの組み合わせ……」
コニーが引いた顔をした。
アスカは小さく息を吐く。
「別にいいけど」
「決まり」
アニはそれだけ言って歩き出す。
相変わらず無駄の無い動きだった。
アスカはその背中を見る。
こいつも時々分からない。
でも。
少なくとも嫌な感じはしなかった。
食堂の窓から、昼の陽射しが差し込んでいた。
☆☆☆
午後の訓練場は、朝より騒がしかった。
立体機動と違い、対人格闘は見ている側も盛り上がる。地面へ叩きつけられる音や怒鳴り声があちこちで響き、時折歓声まで上がっていた。
「そこまで!!」
教官の声。
地面へ転がされたコニーが呻く。
「ぐぇ……」
「弱ぇなぁ」
ジャンが笑った。
「うるせぇ!! お前だってさっきライナーに投げ飛ばされてただろ!!」
「アレはアイツがおかしいんだよ」
視線の先。
ライナーが別の訓練兵を軽々と組み伏せていた。
「ライナーつえぇ……」
「体格差エグいな」
周囲がざわつく。
だが。
「次!! アニ・レオンハート!!」
空気が少し変わった。
「……来た」
誰かが呟く。
アニは無言で前へ出る。
対戦相手は男子訓練兵だった。
「よろしく」
「……」
開始。
次の瞬間。
「っ!?」
男の身体が宙を舞った。
地面へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
ざわつく訓練場。
「まただ……」
「何なんだよあの技……」
アニの格闘は独特だった。
力じゃない。
重心。
関節。
最小限の動きで相手を崩す。
そして。
「次。アスカ・ラングレー!」
教官の声。
アスカは小さく息を吐き、前へ出た。
アニと向かい合う。
「……」
「……」
周囲が妙に静かになる。
「なんか怖ぇんだけど」
コニーが引いた声を出す。
「分かる」
ジャンも頷いた。
「始め!!」
その瞬間。
アニが踏み込んできた。
低い。
速い。
アスカは半歩下がる。
蹴り。
それを腕で逸らす。
だがアニは止まらない。
次の瞬間には懐へ入り込んでいた。
「っ……」
肘。
アスカが身体を捻って避ける。
「避けるんだ」
「当たったら痛ぇだろ」
「訓練だけど」
「お前、手加減する気無ぇだろ」
「アンタには必要ないと思った」
アニが淡々と言う。
その瞬間、再び踏み込んできた。
アスカは掴みに来た腕を払い、逆に肩を取る。
だが。
「……っ」
体勢が崩れる。
アニが自分から倒れ込み、重心を利用して投げへ繋げていた。
「おぉっ!?」
周囲が声を上げる。
アスカは地面へ叩きつけられる寸前、片手を地面へ付けて無理やり回転した。
砂が舞う。
「……危ね」
「今の耐える?」
アニが少し目を細める。
再び距離が開く。
「お前の格闘、変だな」
アスカが言う。
「アンタにだけは言われたくない」
「俺は我流だ」
「こっちも似たようなもん」
短いやり取り。
だが互いに分かっていた。
普通じゃない。
だから読みづらい。
次の瞬間。
二人同時に踏み込む。
拳。
蹴り。
払い。
受け流し。
地面を蹴る音が何度も響く。
「なんだあれ……」
「訓練っていうか喧嘩じゃねぇか……」
コニーが呆然と呟く。
そして。
アニの蹴り。
アスカがそれを腕で受ける。
鈍い音。
普通なら怯む。
だが。
「っ――」
アスカはそのまま踏み込んだ。
距離を潰す。
肩を掴む。
体勢を崩す。
アニの目が僅かに見開かれた。
次の瞬間。
二人同時に地面へ転がった。
砂煙。
静寂。
「……そこまで」
教官が言う。
「引き分けとする」
周囲がざわつく。
「マジか……」
「アニ相手に……」
アスカは地面へ座り込み、小さく息を吐いた。
アニも同じように座り込んでいる。
「……痛ぇ」
「訓練だから」
「お前絶対楽しんでただろ」
「少し」
アニがほんの少しだけ笑った。
それを見て、アスカは少し目を細める。
「珍しい顔すんな」
「アンタも」
「は?」
「前より表情ある」
アスカは少しだけ黙る。
そして。
「……お前ら、本当に人見るの好きだな」
ぼそりと漏らした。
「“ら”?」
「別に」
アニは小さく鼻で笑った。
その時。
「おーい!!」
エレンが駆け寄ってくる。
「お前らすげぇな!!」
「声でけぇ」
「最後の投げ返しとか意味分かんなかったぞ!」
「俺も分かってねぇ」
「なんだそれ!?」
また騒がしくなる。
アスカは小さく息を吐いた。
視線を上げる。
空は青かった。
その向こうにある壁の外を、ふと思う。
そして同時に。
今、この騒がしい空間が少しだけ心地良いと感じている自分に気づいて、アスカは静かに視線を逸らした。
☆☆☆
午後の訓練が終わる頃には、太陽は少し傾き始めていた。
訓練場のあちこちで、へばり込む訓練兵達の姿が見える。
「もう無理だ……」
コニーが地面へ転がった。
「身体いてぇ……」
「情けねぇな」
ジャンが笑う。
だが本人も汗だくだった。
「お前も息上がってんだろ」
「うるせぇ」
訓練場には乾いた風が吹いていた。
その風を受けながら、アスカは木陰へ腰を下ろす。
対人格闘訓練は嫌いじゃない。
立体機動ほど自由じゃないが、相手の癖や呼吸がよく見える。
特にアニは面白かった。
力任せじゃない。
小さい動きで崩してくる。
多分、かなり場数を踏んでいる。
「隣、いいか?」
声。
ライナーだった。
「あぁ」
ライナーはその場へ腰を下ろす。
「お前とアニの訓練、凄かったな」
「お前も強ぇだろ」
「俺は力任せだ」
「その力が厄介なんだよ」
ライナーが笑う。
その笑い方は豪快で、周囲の空気を少し軽くする力があった。
「でもよ」
ライナーが空を見る。
「お前、立体機動の時と格闘の時で動き違うよな」
「あ?」
「立体機動はもっと危ねぇ」
アスカは少し黙った。
自覚は無い。
だが言われてみればそうかもしれない。
空中だと、余計な事を考えない。
身体が勝手に動く。
「お前は空中の方が自然体だ」
ライナーが言う。
「普通逆なんだけどな」
「……そうか?」
「あぁ」
ライナーは迷いなく頷いた。
その時。
「ライナー!」
遠くからベルトルトが手を振る。
「教官呼んでる」
「おう、今行く」
ライナーは立ち上がり、軽く背を伸ばした。
「また組もうぜ、アスカ」
「気が向いたらな」
ライナーは笑いながら去っていく。
その背中を見送りながら、アスカは小さく目を細めた。
「……」
やっぱり時々妙だ。
上手く言えない。
でもライナー達を見ていると、妙な違和感が残る。
隠している、というより。
時々“素”がズレる。
そんな感覚だった。
「また考え込んでる」
後ろから声。
マルコだった。
「あ?」
「最近多いぞ、そういう顔」
「お前らほんと人の顔見るな」
「見える位置にいるからな」
マルコが苦笑する。
そしてアスカの隣へ腰を下ろした。
「ライナー達?」
「……まぁ」
「仲良いよな、あの三人」
ライナー。
ベルトルト。
アニ。
確かに妙なまとまりがある。
いつも一緒という訳じゃない。
でも時々、周囲から少し離れた空気を纏っている時があった。
「まぁライナーは面倒見いいしな」
マルコが笑う。
「皆頼ってる」
「お前もだろ」
「否定はしない」
その時。
「おーい!!」
コニーがこちらへ走ってくる。
「飯だぞ飯!!」
「お前そればっかだな」
「腹減ってんだよ!!」
その後ろではサシャも走っていた。
「今日はパンが多いらしいです!!」
「お前絶対それ聞いて来ただろ」
ジャンが呆れている。
騒がしい。
本当に。
アスカは小さく息を吐き、立ち上がった。
「行くぞ」
「お、珍しく自分から」
マルコが少し笑う。
「腹減っただけだ」
「はいはい」
夕陽が訓練場を赤く染めていた。
104期訓練兵達の笑い声が、風の中へ広がっていく。
アスカはその輪の後ろを歩きながら、ぼんやり空を見上げた。
壁の外には何があるのか。
まだ分からない。
でも今は。
この騒がしい時間が、少しだけ嫌いじゃなかった。
☆☆☆
食堂は今日も騒がしかった。
椅子を引く音。パンを奪い合う声。スープの匂い。訓練終わりの訓練兵達で埋め尽くされた空間は、相変わらず落ち着きが無い。
「サシャ!! それ俺のだろ!!」
「違います!! 床に落ちた時点で所有権は消えました!!」
「どんな理論だよ!!」
コニーが叫ぶ。
ジャンは頭を抱えていた。
「お前ら毎日同じ事してんな……」
アスカは少し離れた席へ座り、配給のパンを千切る。
その向かいへ、誰かが腰を下ろした。
「ここ、空いてる?」
アルミンだった。
「あぁ」
アルミンは小さく礼を言い、トレーを置く。
「疲れた?」
「まぁな」
「今日結構動いてたもんね」
アルミンはスープを口に運びながら続ける。
「立体機動、やっぱり凄いよ」
「ミカサの方が上手い」
「でも全然違う」
アルミンは少し考えるように視線を上げた。
「ミカサは“完成されてる”感じがするけど、アスカはもっと……」
「もっと?」
「自由、かな」
自由。
その言葉に、アスカは少しだけ目を細める。
「褒めてんのか?」
「うん。見てて予測出来ないから」
「ジャンも似たような事言ってたな」
「皆思ってるんじゃないかな」
アルミンは笑った。
その時。
「お前らまた難しい話してんな」
エレンが乱暴に椅子へ座る。
「腹減ったぁ……」
「お前午後ずっと叫んでたもんな」
「ライナーが重すぎんだよ!!」
エレンが文句を言う。
少し離れた席では、当のライナーがベルトルトと話していた。
「でもエレンもかなり良くなってる」
アルミンが言う。
「最初の頃とは全然違うよ」
「当たり前だろ。俺は巨人を――」
「声でけぇ」
アスカが遮る。
「食堂中に聞こえてる」
周囲の視線が少し集まっていた。
エレンは咳払いしながら座り直す。
「……悪ぃ」
その様子を見て、アルミンが小さく笑った。
「エレンって本当に分かりやすいよね」
「うるせぇな」
「実際そうだろ」
アスカも小さく息を吐く。
エレンは感情がそのまま顔に出る。
だから見ていて飽きない。
「アスカは逆だよね」
アルミンがぽつりと言う。
「あ?」
「感情隠すの上手い」
「そうか?」
「うん。でも最近ちょっと変わった」
またそれだ。
最近よく言われる。
マルコにも。
アニにも。
「そんな分かりやすいか?」
「前よりは」
アルミンが笑う。
「前はもっと壁作ってたから」
パンを口に運びながら、アスカは少し黙る。
壁。
確かに作っていた。
名前を覚える気も無かった。
深く関わる気も。
なのに今は違う。
気づけばこうして同じテーブルへ座っている。
「おーい!!」
コニーがまた騒いでいた。
「サシャが俺のパン食った!!」
「証拠はありますか!?」
「口の周りパンだらけだろ!!」
ジャンが吹き出す。
食堂に笑い声が広がった。
アスカはその光景をぼんやり眺める。
暖かい空気。
騒がしい声。
誰かが笑っている。
「……」
不意に視線を感じた。
少し離れた席。
アニだった。
無言でこちらを見ている。
「何だよ」
アスカが言う。
「別に」
アニは短く返し、視線を逸らした。
だがその隣では、ライナーが何か話している。
ベルトルトは静かに頷いていた。
「……」
まただ。
言葉に出来ない違和感。
皆と笑っている。
普通に訓練を受けている。
でも時々、あの三人だけ空気が違う。
少しだけ遠い。
「アスカ?」
アルミンが不思議そうに見る。
「いや、何でもねぇ」
考え過ぎだ。
そう思い、アスカは視線を逸らした。
窓の外では夕陽が沈み始めている。
食堂の騒がしさは、まだしばらく続きそうだった。
夕食後。
訓練兵達はそれぞれ自由時間を過ごしていた。
食堂に残って騒ぐ者。装備の手入れをする者。既に寝る準備を始めている者もいる。
アスカは宿舎裏の木箱へ腰を下ろし、立体機動装置のベルトを調整していた。
夜風が少し冷たい。
空を見上げると、雲の隙間から星が見えていた。
「珍しいね」
声。
振り返る。
アニだった。
「あ?」
「一人」
「別に珍しくねぇだろ」
「最近は誰かといる事多かったから」
アニはそう言いながら近くの壁へ寄りかかる。
少し沈黙。
金具を締め直す音だけが響く。
「……お前」
アスカが口を開く。
「何」
「格闘、誰に習った」
アニは少しだけ目を細めた。
「急だね」
「前から気になってた」
あの動き。
訓練兵団で覚えるものじゃない。
洗練され過ぎている。
「……お父さん」
少し間を置いて、アニは答えた。
「小さい頃からずっと」
「厳しかったか?」
「最悪」
即答だった。
だがその声は、どこか遠い。
「毎日投げられてた」
「そりゃ強くなる」
「アンタは?」
「我流」
「そんな感じする」
アニが小さく鼻を鳴らす。
アスカはベルトを締め直しながら視線を落とした。
「……他の訓練は嫌いでも、立体機動は好きだな」
「立体機動?」
「あぁ。アルミンが言葉にしてくれて分かった」
アニは少し黙った。
それから夜空を見上げる。
「分かる」
静かな声だった。
「立体機動してる時だけ、何も考えなくて済む」
風が吹く。
木々が揺れた。
アスカは少しだけ目を細める。
アニのそういう瞬間が、時々妙に人間臭く見える。
普段は壁を作っているくせに、ふとした時だけ隙が見える。
「……お前さ」
「あ?」
「時々変な顔する」
「アンタに言われたくない」
「違ぇよ」
アスカは少し考える。
「……どっか行きそうな顔」
アニは黙った。
夜風が吹く。
少し長い沈黙。
そして。
「そうかもね」
ぽつりと零した。
その声は、いつもより少しだけ弱かった。
「……」
アスカは何も言わない。
聞かない。
踏み込まない。
でも。
今の一瞬だけは、アニが自分と少し似ている気がした。
その時。
「おーい!!」
遠くからコニーの声が響く。
「アスカー!! 明日朝早ぇぞー!!」
「うるせぇ!!」
アスカが怒鳴り返す。
その横でアニが少し笑った。
「相変わらず騒がしいね」
「お前も慣れてきただろ」
「まぁね」
アニは壁から身体を離す。
「じゃ、おやすみ」
「あぁ」
アニはそのまま宿舎の方へ歩いていく。
アスカはその背中をぼんやり見つめた。
夜空には星が浮かんでいる。
地下街では見えなかった空だった。
アスカは小さく息を吐き、装備の点検を続ける。
遠くからは、104期達の笑い声が聞こえていた。
点検が終わったアスカは装置を持ち上げ、宿舎へ向かって歩き出す。
夜風は冷たかったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
まだ104期達の笑い声が聞こえる。
コニーの馬鹿みたいに大きい声。
ジャンの怒鳴り声。
マルコの笑い声。
最近は、こういう騒がしさにも慣れてきていた。
「……」
その時だった。
宿舎裏の影。
誰かいる。
アスカは足を止めた。
「……ライナー?」
薄暗い建物の影にいたのは、
ライナー。
ベルトルト。
そしてアニだった。
三人は何かを話していたらしい。
だがアスカに気づいた瞬間、不自然に会話が止まる。
「……何してんだ」
短い沈黙。
最初に口を開いたのはライナーだった。
「いや、ちょっとな」
笑っている。
いつものライナーだ。
でも。
何かが引っかかる。
「珍しい組み合わせだな」
「そうか?」
ライナーが肩を竦める。
「まぁ同期だし、たまには話すだろ」
「……まぁな」
アスカは三人を見る。
ベルトルトは静かだった。
アニもいつも通り無表情。
でも。
空気が違う。
上手く言葉に出来ない。
ただ。
自分が来た瞬間、何かを隠された。
そんな感覚だけが残った。
「お前こそ何してたんだ?」
ライナーが聞く。
「装置の手入れ」
「真面目だな」
「壊れたら困る」
「違いねぇ」
ライナーが笑う。
その笑顔は自然だった。
本当に、いつも通り。
だからこそ余計に分からない。
「……じゃあ俺戻る」
アスカはそう言い、三人の横を通り過ぎる。
すれ違う瞬間。
アニと目が合った。
ほんの一瞬だけ。
だがアニは何も言わない。
アスカも聞かない。
ただ、そのまま宿舎へ入った。
扉を閉める。
騒がしい空気。
誰かの笑い声。
いつもの104期だった。
「……」
アスカは小さく息を吐く。
考え過ぎかもしれない。
でも。
胸の奥に残った違和感だけは、妙に消えなかった。
書き直しと前どちらが好きですか
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書き直し
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前