「整列!!」
朝の訓練場へ、キース・シャーディスの声が響き渡る。
空気が張り詰める。
104期訓練兵達は一斉に背筋を伸ばした。
「本日より各課程における最終試験を開始する」
静寂。
「貴様らの訓練兵としての成果を測る総合評価である。各自、己の全力を尽くせ」
『ハッ!!』
短く、それでも力の入った返答。
アスカは小さく息を吐いた。
卒団。
その言葉が、少しずつ現実味を帯び始めている。
「まずは座学試験を行う。移動しろ」
号令と共に訓練兵達が動き出した。
その途中。
「終わった……」
コニーが既に死んだ顔をしている。
「まだ始まってねぇだろ」
ジャンが呆れた。
「いや、俺の中では始まる前から終わってる」
「自信満々に言うな」
サシャも真剣な顔をしていた。
「文字が多そうです」
「感想そこなんだ…」
アルミンが苦笑する。
そんな騒がしい列の中を歩きながら、アスカは窓の外を見た。
青空だった。
妙に静かな朝だった。
教室には紙を捲る音だけが響いていた。
座学試験。
机へ配られた問題用紙を前に、104期達の表情は様々だった。
余裕そうなアルミン。
集中しているマルコ。
開始数分で固まったコニー。
「……」
アスカは問題文を読む。
壁内地理。
補給経路。
巨人侵攻時の部隊配置。
少し前なら頭が痛くなっていた内容だった。
だが今は違う。
アルミンの説明。
マルコの補足。
夜の勉強会。
それらが少しずつ頭へ残っている。
「……」
ペンを走らせる。
全問完璧ではない。
だが確実に、前より理解出来ていた。
その少し前。
コニーが完全に止まっていた。
「……」
問題用紙と睨み合っている。
隣のサシャも難しい顔をしていた。
すると。
ぐぅぅぅ……
「……」
静寂。
サシャだった。
「ブラウス」
教官が低い声を出す。
「すみません」
小さく謝る。
教室の空気が少し緩んだ。
アスカは小さく息を吐き、再び問題へ視線を戻した。
午後。
馬術試験。
訓練場には複数の障害物と走行ルートが用意されていた。
「規定時間内に走行を終えろ!! 隊列維持、騎乗姿勢も評価対象とする!!」
教官の声。
馬達が鼻を鳴らす。
「緊張するな……」
アルミンが小さく呟いた。
「お前でもすんのか」
「馬術は得意じゃないからね」
その横で、ジャンは余裕そうだった。
「まぁここは任せろ」
「腹立つなその馬面」
「事実だから仕方ねぇだろ。…っておいちょっと待て!馬面ってどーゆーことだ!?」
ジャンが大きな声で叫ぶ。周りの空気が緩んだ。
そして。
「始め!!」
号令。
馬達が走り出す。
土煙。
振動。
地面を叩く蹄の音。
「っ――」
アスカは手綱を握る。
揺れる。
だが前とは違う。
馬の呼吸。
歩幅。
上下する重心。
無理に押さえ込もうとせず、その流れへ身体を合わせる。
風が頬を抜けた。
横ではコニーが安定した騎乗を見せている。
「村育ち舐めんなよ!」
「そこだけ妙に強ぇなお前!」
ジャンが笑った。
サシャも器用に障害物を抜けていく。
「速っ……」
アルミンが驚く。
「サシャ、馬術上手いんだな」
「狩りしてましたから!」
本人は得意げだった。
アスカは前を見る。
障害。
距離。
馬体の揺れ。
立体機動とは違う。
だが少しずつ、この感覚にも身体が慣れ始めていた。
「おっ」
ジャンが横を見る。
「前より全然いいじゃねぇか」
「落ちてねぇからな」
「基準低くねぇ?」
アスカは少しだけ笑った。
そのまま障害を越える。
着地の振動が脚へ響く。
だが崩れない。
馬も嫌がっていなかった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
呼吸が合った気がした。
☆☆☆
午後。
森へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿った土の匂い。頭上を覆う木々。複雑に入り組んだ枝葉の隙間、その奥には複数の巨人模型が配置されている。
うなじ。
膝裏。
アキレス腱。
それぞれへ印が付けられており、模擬刃による正確な斬撃数が今回の評価対象だった。
「これより立体機動総合試験を開始する」
教官の声が森へ響く。
「制限時間内に対象を無力化しろ。討伐数、斬撃精度、機動制御、状況判断を総合評価する」
少し離れた高台では、キース達教官陣が訓練兵達を見下ろしていた。
104期達が装置を確認する。
ワイヤー。
ガス。
刃。
緊張した空気が森を満たしていた。
「一斉開始だってよ」
ジャンが息を吐く。
「絶対エレン突っ込むぞ」
「当然だろ!」
エレンが即答した。
「討伐数なら負けねぇ!」
「始まる前からうるせぇな……」
その横ではライナーが肩を回している。
ベルトルトは静かに木々を見上げていた。
アニは無言で刃を確認している。
ミカサは既に森の奥を見据えていた。
「始め!!」
――バシュッ!!
次の瞬間、無数のワイヤーが一斉に射出された。
空気が爆ぜる。
104期達の身体が森へ飛び込んだ。
「っ――」
アスカの身体が一気に空へ引き上げられる。
加速。
景色が流れる。
木々の隙間を裂きながら、視界の端で複数の機影が動いていた。
ミカサ。
速い。
ほとんど減速しない。
幹を蹴る音すら小さいまま、最短軌道で巨人模型の背後へ滑り込む。
刃が閃く。
うなじが裂けた。
「相変わらずだな……!」
エレンが悔しそうに加速する。
その横をライナーが抜ける。
ライナーは真正面から接近していた。
膝裏を断つ。
倒れ込む模型の勢いを利用し、そのままうなじへ回り込む。
力強い。
安定している。
「おぉっ!!」
コニーが木々の間を抜ける。
身軽だった。
森の感覚に慣れている。
サシャも同じだ。
枝葉の位置を自然に読んでいる。
「そこぉっ!!」
サシャの刃がアキレス腱を裂いた。
その瞬間。
アスカは更に加速する。
ワイヤーが幹へ食い込む。直後、張力で身体が横殴りに振り回された。
普通なら減速を挟む角度。
だがアスカはそのまま幹を蹴り抜いた。
遠心力で軋む身体を無理やり捻じ込み、落下しかけた軌道を強引に立て直す。
「っ――」
視界の端。
巨人模型。
接近。
まずアキレス腱。
木が裂ける感触。
次の瞬間、倒れ込む模型の肩へワイヤーを撃ち込んだ。
引き寄せ。
空中反転。
その勢いのままうなじへ刃を滑り込ませる。
木片が散る。
「危ねぇなアイツ……!」
ジャンが横目で呟く。
アスカは止まらない。
次。
更に次。
木々の間を裂く。
視界が流れる。
空中で考えるより先に身体が動いていた。
幹すれすれを抜ける。
身体を半回転。
落下感覚が胃を浮かせる。
だが怖くない。
むしろ自然だった。
「っ!」
その瞬間。
別方向から一つの影が飛び込んできた。
アニだった。
二人同時に同じ巨人模型へ接近している。
「……」
「……」
一瞬だけ目が合う。
次の瞬間。
二人同時に加速した。
アニが先に膝裏へ入る。
模型が崩れる。
だがその倒れ込みを利用し、アスカが上を取った。
肩を蹴る。
空中反転。
刃がうなじを裂く。
「っ……」
アニが小さく目を細める。
そのまま別方向へ離脱した。
「今の取り合いか!?」
エレンが叫ぶ。
「余裕無ぇな……!」
ジャンが呆れる。
その時。
森の奥でガス噴射音が重なった。
ミカサだった。
異常に速い。
うなじ。
膝裏。
討伐。
全てが正確。
一切迷わない。
「理想的だな」
高台の教官が呟く。
「だが……」
別の教官がアスカを見る。
危険だった。
軌道が荒い。
普通なら木へ激突している。
それでも。
「実戦では、ああいう動きの方が生き残る場合もある」
キースが低く言う。
アスカは最後の模型へ突っ込む。
ワイヤー射出。
張力。
身体が急激に振られる。
普通なら姿勢を戻す場面。
だがアスカは逆に身体を倒し込み、幹を蹴って強引に加速した。
視界が回る。
落下感覚。
風圧。
それでも刃は止まらない。
うなじが裂ける。
着地。
砂埃。
静寂。
周囲では104期達が次々と地面へ降り立っていた。
「はぁっ……!」
エレンが息を切らす。
「アスカ何体倒したんだよ……」
「ミカサもヤバかったぞ」
コニーが言う。
アスカは静かに刃を収めていた。
ミカサは息一つ乱れていない。
そして高台では、教官達が静かに記録を書き込んでいた。
高台には、まだガスの匂いが残っていた。
森を抜けた風が記録用紙を揺らす。
下では104期訓練兵達が装置を外し始めていたが、教官達の視線はまだ森へ向けられていた。
「今年は粒が揃っているな」
一人の教官が記録を見ながら呟く。
「特に上位陣は異常だ」
別の教官が頷く。
「ミカサ・アッカーマン」
紙へ視線を落とす。
「速度、精度、機動制御。全て高水準。欠点が見当たらん」
「理想的だ」
「完成され過ぎている」
キースは黙って森を見ていた。
確かにミカサは別格だった。
迷いが無い。
技術が崩れない。
どんな状況でも最適解を選び続ける。
「……だが」
教官の一人が視線を動かす。
「アスカ・ラングレー。あれは何だ」
少し空気が変わる。
記録用紙を見ながら、別の教官が低く言った。
「粗い」
「危険だ」
「減速を知らんのかアイツは」
苦い顔。
だが同時に、否定し切れない空気もあった。
「それでも討伐数は1位だ」
「判断も早い」
「何より躊躇が無い」
キースが静かに口を開く。
「空中で死を恐れていない」
その言葉に、教官達が少し黙る。
普通の訓練兵は違う。
落下を恐れる。
激突を恐れる。
だから一瞬躊躇する。
だがアスカにはそれが無かった。
「危険な軌道でも身体が止まらない」
「まるで最初から空中機動に慣れているようだった」
「実戦では強いだろうな」
教官の一人が呟く。
「だが兵士としては不安定過ぎる」
「協調性にも難がある」
「以前よりは改善している」
別の教官が記録を見ながら言った。
「最近は周囲との連携も増えた」
キースは下を見る。
104期達が騒いでいた。
コニーが何か叫び、ジャンが怒鳴り返し、サシャが笑っている。
その少し後ろで、アスカも普通に輪へ混ざっていた。
「……変わったな」
キースが小さく呟く。
その時。
「ライナー・ブラウンは安定しています」
教官の一人が紙を捲る。
「判断も良い。兵士として完成度が高い」
「ベルトルト・フーバーも優秀だ」
「精度が異常に高い」
「アニ・レオンハートは対人格闘含め突出しているな」
淡々と評価が続いていく。
「ジャン・キルシュタインは指揮適性が高い」
「状況判断に優れている」
「マルコ・ボットは全体的に安定」
「アルミン・アルレルトは座学が突出」
「コニーとサシャは勘と身体能力が高い」
教官達がそれぞれ記録を書き込んでいく。
そして。
「104期は優秀だ」
誰かが言った。
静かな声だった。
だがその言葉には、確かな重みがあった。
キースは森を見る。
風が木々を揺らしている。
壁の外。
巨人。
これから先、この訓練兵達は本物の戦場へ出る。
その時、どれだけ生き残れるのか。
「……」
キースは小さく目を細めた。
そして静かに口を開く。
「次は対人格闘訓練だ」
「本日をもって、全課程を終了する」
風が吹く。
104期達の笑い声が、訓練地から小さく聞こえていた。
夕陽が沈みかけていた。
対人格闘訓練を終えた104期達は、それぞれ地面へ座り込んだり、水を飲んだりしながら息を整えている。
「いてぇ……」
コニーが頬を押さえる。
「ジャン容赦無さすぎだろ……」
「お前が真正面から突っ込んでくるからだ」
「でも最後ちょっと手加減したろ?」
「骨折られたくなかっただけだ」
ジャンが呆れたように笑う。
その少し離れた場所では、エレンがまだ興奮冷めやらない顔をしていた。
「いやマジで何だったんださっきの!?」
アスカへ詰め寄る。
「完全に決まってただろ!?」
「知らねぇ」
「知らねぇじゃねぇよ!」
エレンが騒ぐ横で、ライナーが苦笑した。
「普通は返せんぞ、あれ」
「だよね…」
ベルトルトも珍しく頷いている。
アスカは肩を回した。
まだ少し痛む。
アニに取られた関節が軋んでいた。
「お前、時々おかしいんだよ」
ジャンが呆れたように言う。
「あ?」
「いや、力とかじゃなくて……崩されても無理やり戻してくる感じ」
「……」
「ミカサもたまにそういう時あるよな」
コニーが言った。
「なんか人間離れしてるっていうか」
少しだけ空気が静かになる。
ミカサ本人は無言だった。
アスカも何も言わない。
自分でも説明出来ない瞬間がある。
限界のはずなのに身体が動く。
崩れた姿勢を無理やり押し返せる。
考えるより先に身体が答えを出す。
「まぁでも」
ライナーが笑う。
「最後のは普通に怖かったぞ」
「お前が言うな」
「褒めてるんだって」
104期達の間に笑いが広がる。
その少し外側。
アニは一人で座っていた。
膝を立て、静かに夕陽を見ている。
「……」
アスカは少しだけ視線を向ける。
するとアニがこちらを見た。
一瞬だけ目が合う。
だがアニは何も言わず、そのまま視線を逸らした。
「特別だな」
ジャンが小声で言う。
「あ?」
「アニがあそこまで熱くなるの」
「そうか?」
「たまにある対人格闘の時だけだ。アイツがああなるの」
確かにそうだった。
普段のアニはどこか冷めている。
必要以上に誰かと関わらない。
だが対人格闘の際は違った。
本気だった。
「……」
風が吹く。
夕陽が訓練場を赤く染めている。
今日で終わった。
座学。
馬術。
立体機動。
対人格闘。
訓練兵としての日々が、少しずつ終わりへ近づいている。
「なんか変な感じだな」
コニーが空を見る。
「明日から急に暇になる気分」
「まだ卒団式残ってるだろ」
ジャンが返す。
「でも訓練は今日で最後か」
マルコが静かに言った。
その言葉に、104期達が少し黙る。
騒がしい毎日だった。
怒鳴られて。
走らされて。
殴られて。
それでも気づけば、それが当たり前になっていた。
「……」
アスカは空を見る。
赤い空だった。
地下街では、こんな風にゆっくり空を見る事なんて無かった。
だが今は違う。
隣には誰かがいる。
笑い声が聞こえる。
名前を呼ばれる。
「戻るぞー!」
コニーが立ち上がる。
「腹減った!!」
「お前そればっかだな」
サシャが真顔で頷いた。
「でも分かります」
「お前もかよ」
また笑いが起きる。
アスカは小さく息を吐き、その輪の後ろを歩き始めた。
夕陽が、104期達の背中を長く照らしていた。
☆☆☆
食堂はいつも以上に騒がしかった。
訓練最終日。
それだけで理由としては十分だった。
「乾杯とかしたくねぇ?」
コニーがパンを掲げる。
「水で?」
ジャンが呆れた。
「雰囲気だよ雰囲気!」
「お前雰囲気で生きてんな」
104期達の笑い声が広がる。
食堂の窓からは、夜へ変わり始めた空が見えていた。
アスカは席へ座りながら小さく息を吐く。
肩が重い。
立体機動と格闘の疲労が、今になって身体へ来ていた。
「ほら」
横から水の入ったコップが差し出される。
クリスタだった。
「あ?」
「今日結構痛そうだったから」
「……別に平気だ」
「強がり」
少し笑う。
アスカはコップを受け取った。
「ありがとよ」
「うん」
その時。
「お前ら今日ほんと凄かったな」
ライナーが席へ腰を下ろす。
「立体機動も対人格闘も上位争いヤバかったぞ」
「お前も十分上位だろ」
ジャンが言う。
「馬術とか特にな」
「まぁ得意だからな」
ライナーが笑う。
その横へベルトルトも静かに座った。
アニは少し離れた席へ座っている。
相変わらず一人だった。
「そういやアスカ」
エレンが身を乗り出してくる。
「結局どっちが強ぇんだ?」
「あ?」
「お前とアニだよ!」
食堂が少しざわつく。
「また始まった……」
ジャンが頭を抱えた。
「知るか」
アスカはパンを齧る。
「勝ったり負けたりだろ」
「でも今日勝ったじゃねぇか!」
「最後だけな」
アスカは少し視線を横へ流す。
アニは食事をしながら、こちらを見てもいなかった。
「……」
多分、技術だけならアニの方が上だ。
動きに無駄が無い。
崩し方も綺麗だ。
今日だって、最後の関節はほとんど決まっていた。
普通なら終わっていた。
でも。
「……」
アスカは自分の手を見る。
時々、自分でも分からない瞬間がある。
身体が勝手に動く。
壊れるとか、限界とか、そういう感覚を置き去りにして前へ出る。
ミカサも、たまに似た感じがあった。
「アスカ?」
アルミンが不思議そうに見る。
「あ?……いや」
アスカは視線を戻す。
「何でもねぇ」
その時。
「静かだと思ったら考え事か?」
ジャンが笑う。
「珍しいな」
「うるせぇ」
「でもやっぱり変わったよな、アスカ」
ぽつりとマルコが言った。
少し空気が静かになる。
「あ?」
「最初は誰とも関わる気無さそうだったし」
「今は普通にここいるじゃん」
コニーも頷く。
「最初めっちゃ怖かったもんな」
「ユミルと2人で」
「話しかけんなオーラ凄かった」
「お前らがうるさかっただけだ」
「否定しねぇのかよ」
笑いが起きる。
アスカは小さく息を吐いた。
確かに昔なら、こんな場所へ長居しなかった。
誰かと笑う事も。
同じ机を囲む事も。
でも今は。
「……悪くねぇよ」
ぽつりと漏れる。
「ん?」
「この感じ」
一瞬だけ静かになる。
次の瞬間。
「うおぉぉぉ!!」
エレンが急に騒ぎ始めた。
「アスカがデレた!!」
「うるせぇ!!」
「痛っ!!」
頭を叩かれ、エレンが転がる。
食堂に笑い声が広がった。
アスカは呆れたように息を吐きながら、その騒がしい空気を見渡す。
もうすぐ卒団式だ。
この日常も、長くは続かない。
それでも今だけは。
104期達の笑い声が、やけに心地良く聞こえていた。
☆☆☆
「卒団したらどうなるんだろうな」
宿舎へ戻る道で、コニーが空を見上げながら言った。
「急に兵士扱いだろ?」
「まぁそうだな」
ジャンが返す。
「訓練兵って肩書き無くなるし」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
兵士。
訓練の延長じゃない。
本物だ。
「お前らどこ行くか決めてんの?」
コニーが聞く。
「憲兵団とか駐屯兵団とか」
「俺は憲兵団だな」
ジャンが即答した。
「安全だし、何より内地に行けるしな」
「…またそれかよ、ジャン」
エレンが露骨に嫌そうな顔をする。
「なんだその顔」
「壁の外へは行かねぇのかよ」
「行きたい奴だけ行け」
ジャンが吐き捨てる。
「命何個あっても足りねぇだろ」
「だからって壁の中で縮こまってんのか!?」
「死に急ぎ野郎」
「んだと!?」
また始まった。
104期達の間に苦笑が広がる。
その時。
「アスカは?」
アルミンが聞いてくる。
「あ?」
「どこ行くか」
少しだけ静かになる。
視線が集まった。
「……調査兵団」
短く返す。
「即答かよ」
ジャンが眉を寄せる。
「お前なら憲兵団余裕だろ」
「行く訳ねぇだろ」
声が少し低くなる。
104期達が静かになる。
「……そんな嫌か?」
ライナーが聞いた。
アスカは小さく息を吐く。
「地下街にも来てたんだよ。憲兵」
夜風が吹く。
アスカは前を見たまま続けた。
「金持ってる奴にはヘコヘコして、弱ぇ奴には偉そうで。気に食わねぇ奴は適当に殴る」
「……」
「上で安全に暮らしてるだけの連中だ」
短い言葉。
でもそこには、はっきりした嫌悪が滲んでいた。
「だから嫌いだ」
静かな声だった。
ジャンは少しだけ黙る。
何か言い返そうとして、やめた。
地下街を知らない自分には、軽く否定出来る話じゃないと分かったからだ。
「駐屯兵団は?」
アルミンが聞く。
「もっと無ぇな」
「即答だな……」
「壁の中守って終わりとか性に合わねぇ」
アスカは空を見る。
高い壁。
その向こう。
まだ見た事の無い世界。
「……外行くしかねぇだろ」
ぽつりと漏れる。
エレンが少しだけ目を見開いた。
自分と似ているようで、少し違う。
そんな感覚だった。
「調査兵団か……」
マルコが静かに呟く。
「危険だぞ」
「知ってる」
アスカは短く返す。
「でも、ああいう連中と同じ制服着るくらいなら死んだ方がマシだ」
夜風が吹き抜ける。
少しだけ空気が静かになった。
その時。
「まぁ、お前なら行きそうだと思った」
ライナーが笑う。
「妙に似合うしな」
「褒めてんのか?」
「多分な」
104期達の間に、また小さく笑いが広がる。
前ではコニーとサシャが騒いでいた。
「調査兵団ってお肉食べられますかね!?」
「そこかよ!!」
ジャンが怒鳴る。
アスカは小さく息を吐いた。
騒がしい。
でも嫌じゃない。
夜空には星が浮かんでいた。
卒団まで、あと少しだった。