地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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集大成

 

 

「整列!!」

 

 朝の訓練場へ、キース・シャーディスの声が響き渡る。

 

 空気が張り詰める。

 

 104期訓練兵達は一斉に背筋を伸ばした。

 

「本日より各課程における最終試験を開始する」

 

 静寂。

 

「貴様らの訓練兵としての成果を測る総合評価である。各自、己の全力を尽くせ」

 

『ハッ!!』

 

 短く、それでも力の入った返答。

 

 アスカは小さく息を吐いた。

 

 卒団。

 

 その言葉が、少しずつ現実味を帯び始めている。

 

「まずは座学試験を行う。移動しろ」

 

 号令と共に訓練兵達が動き出した。

 

 その途中。

 

「終わった……」

 

 コニーが既に死んだ顔をしている。

 

「まだ始まってねぇだろ」

 

 ジャンが呆れた。

 

「いや、俺の中では始まる前から終わってる」

 

「自信満々に言うな」

 

 サシャも真剣な顔をしていた。

 

「文字が多そうです」

 

「感想そこなんだ…」

 

 アルミンが苦笑する。

 

 そんな騒がしい列の中を歩きながら、アスカは窓の外を見た。

 

 青空だった。

 

 妙に静かな朝だった。

 

 教室には紙を捲る音だけが響いていた。

 

 座学試験。

 

 机へ配られた問題用紙を前に、104期達の表情は様々だった。

 

 余裕そうなアルミン。

 

 集中しているマルコ。

 

 開始数分で固まったコニー。

 

「……」

 

 アスカは問題文を読む。

 

 壁内地理。

 

 補給経路。

 

 巨人侵攻時の部隊配置。

 

 少し前なら頭が痛くなっていた内容だった。

 

 だが今は違う。

 

 アルミンの説明。

 

 マルコの補足。

 

 夜の勉強会。

 

 それらが少しずつ頭へ残っている。

 

「……」

 

 ペンを走らせる。

 

 全問完璧ではない。

 

 だが確実に、前より理解出来ていた。

 

 その少し前。

 

 コニーが完全に止まっていた。

 

「……」

 

 問題用紙と睨み合っている。

 

 隣のサシャも難しい顔をしていた。

 

 すると。

 

 ぐぅぅぅ……

 

「……」

 

 静寂。

 

 サシャだった。

 

「ブラウス」

 

 教官が低い声を出す。

 

「すみません」

 

 小さく謝る。

 

 教室の空気が少し緩んだ。

 

 アスカは小さく息を吐き、再び問題へ視線を戻した。

 

 午後。

 

 馬術試験。

 

 訓練場には複数の障害物と走行ルートが用意されていた。

 

「規定時間内に走行を終えろ!! 隊列維持、騎乗姿勢も評価対象とする!!」

 

 教官の声。

 

 馬達が鼻を鳴らす。

 

「緊張するな……」

 

 アルミンが小さく呟いた。

 

「お前でもすんのか」

 

「馬術は得意じゃないからね」

 

 その横で、ジャンは余裕そうだった。

 

「まぁここは任せろ」

 

「腹立つなその馬面」

 

「事実だから仕方ねぇだろ。…っておいちょっと待て!馬面ってどーゆーことだ!?」

 

 ジャンが大きな声で叫ぶ。周りの空気が緩んだ。

 

 そして。

 

「始め!!」

 

 号令。

 

 馬達が走り出す。

 

 土煙。

 

 振動。

 

 地面を叩く蹄の音。

 

「っ――」

 

 アスカは手綱を握る。

 

 揺れる。

 

 だが前とは違う。

 

 馬の呼吸。

 

 歩幅。

 

 上下する重心。

 

 無理に押さえ込もうとせず、その流れへ身体を合わせる。

 

 風が頬を抜けた。

 

 横ではコニーが安定した騎乗を見せている。

 

「村育ち舐めんなよ!」

 

「そこだけ妙に強ぇなお前!」

 

 ジャンが笑った。

 

 サシャも器用に障害物を抜けていく。

 

「速っ……」

 

 アルミンが驚く。

 

「サシャ、馬術上手いんだな」

 

「狩りしてましたから!」

 

 本人は得意げだった。

 

 アスカは前を見る。

 

 障害。

 

 距離。

 

 馬体の揺れ。

 

 立体機動とは違う。

 

 だが少しずつ、この感覚にも身体が慣れ始めていた。

 

「おっ」

 

 ジャンが横を見る。

 

「前より全然いいじゃねぇか」

 

「落ちてねぇからな」

 

「基準低くねぇ?」

 

 アスカは少しだけ笑った。

 

 そのまま障害を越える。

 

 着地の振動が脚へ響く。

 

 だが崩れない。

 

 馬も嫌がっていなかった。

 

 少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 呼吸が合った気がした。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 午後。

 

 森へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 

 湿った土の匂い。頭上を覆う木々。複雑に入り組んだ枝葉の隙間、その奥には複数の巨人模型が配置されている。

 

 うなじ。

 

 膝裏。

 

 アキレス腱。

 

 それぞれへ印が付けられており、模擬刃による正確な斬撃数が今回の評価対象だった。

 

「これより立体機動総合試験を開始する」

 

 教官の声が森へ響く。

 

「制限時間内に対象を無力化しろ。討伐数、斬撃精度、機動制御、状況判断を総合評価する」

 

 少し離れた高台では、キース達教官陣が訓練兵達を見下ろしていた。

 

 104期達が装置を確認する。

 

 ワイヤー。

 

 ガス。

 

 刃。

 

 緊張した空気が森を満たしていた。

 

「一斉開始だってよ」

 

 ジャンが息を吐く。

 

「絶対エレン突っ込むぞ」

 

「当然だろ!」

 

 エレンが即答した。

 

「討伐数なら負けねぇ!」

 

「始まる前からうるせぇな……」

 

 その横ではライナーが肩を回している。

 

 ベルトルトは静かに木々を見上げていた。

 

 アニは無言で刃を確認している。

 

 ミカサは既に森の奥を見据えていた。

 

「始め!!」

 

 ――バシュッ!!

 

 次の瞬間、無数のワイヤーが一斉に射出された。

 

 空気が爆ぜる。

 

 104期達の身体が森へ飛び込んだ。

 

「っ――」

 

 アスカの身体が一気に空へ引き上げられる。

 

 加速。

 

 景色が流れる。

 

 木々の隙間を裂きながら、視界の端で複数の機影が動いていた。

 

 ミカサ。

 

 速い。

 

 ほとんど減速しない。

 

 幹を蹴る音すら小さいまま、最短軌道で巨人模型の背後へ滑り込む。

 

 刃が閃く。

 

 うなじが裂けた。

 

「相変わらずだな……!」

 

 エレンが悔しそうに加速する。

 

 その横をライナーが抜ける。

 

 ライナーは真正面から接近していた。

 

 膝裏を断つ。

 

 倒れ込む模型の勢いを利用し、そのままうなじへ回り込む。

 

 力強い。

 

 安定している。

 

「おぉっ!!」

 

 コニーが木々の間を抜ける。

 

 身軽だった。

 

 森の感覚に慣れている。

 

 サシャも同じだ。

 

 枝葉の位置を自然に読んでいる。

 

「そこぉっ!!」

 

 サシャの刃がアキレス腱を裂いた。

 

 その瞬間。

 

 アスカは更に加速する。

 

 ワイヤーが幹へ食い込む。直後、張力で身体が横殴りに振り回された。

 

 普通なら減速を挟む角度。

 

 だがアスカはそのまま幹を蹴り抜いた。

 

 遠心力で軋む身体を無理やり捻じ込み、落下しかけた軌道を強引に立て直す。

 

「っ――」

 

 視界の端。

 

 巨人模型。

 

 接近。

 

 まずアキレス腱。

 

 木が裂ける感触。

 

 次の瞬間、倒れ込む模型の肩へワイヤーを撃ち込んだ。

 

 引き寄せ。

 

 空中反転。

 

 その勢いのままうなじへ刃を滑り込ませる。

 

 木片が散る。

 

「危ねぇなアイツ……!」

 

 ジャンが横目で呟く。

 

 アスカは止まらない。

 

 次。

 

 更に次。

 

 木々の間を裂く。

 

 視界が流れる。

 

 空中で考えるより先に身体が動いていた。

 

 幹すれすれを抜ける。

 

 身体を半回転。

 

 落下感覚が胃を浮かせる。

 

 だが怖くない。

 

 むしろ自然だった。

 

「っ!」

 

 その瞬間。

 

 別方向から一つの影が飛び込んできた。

 

 アニだった。

 

 二人同時に同じ巨人模型へ接近している。

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬だけ目が合う。

 

 次の瞬間。

 

 二人同時に加速した。

 

 アニが先に膝裏へ入る。

 

 模型が崩れる。

 

 だがその倒れ込みを利用し、アスカが上を取った。

 

 肩を蹴る。

 

 空中反転。

 

 刃がうなじを裂く。

 

「っ……」

 

 アニが小さく目を細める。

 

 そのまま別方向へ離脱した。

 

「今の取り合いか!?」

 

 エレンが叫ぶ。

 

「余裕無ぇな……!」

 

 ジャンが呆れる。

 

 その時。

 

 森の奥でガス噴射音が重なった。

 

 ミカサだった。

 

 異常に速い。

 

 うなじ。

 

 膝裏。

 

 討伐。

 

 全てが正確。

 

 一切迷わない。

 

「理想的だな」

 

 高台の教官が呟く。

 

「だが……」

 

 別の教官がアスカを見る。

 

 危険だった。

 

 軌道が荒い。

 

 普通なら木へ激突している。

 

 それでも。

 

「実戦では、ああいう動きの方が生き残る場合もある」

 

 キースが低く言う。

 

 アスカは最後の模型へ突っ込む。

 

 ワイヤー射出。

 

 張力。

 

 身体が急激に振られる。

 

 普通なら姿勢を戻す場面。

 

 だがアスカは逆に身体を倒し込み、幹を蹴って強引に加速した。

 

 視界が回る。

 

 落下感覚。

 

 風圧。

 

 それでも刃は止まらない。

 

 うなじが裂ける。

 

 着地。

 

 砂埃。

 

 静寂。

 

 周囲では104期達が次々と地面へ降り立っていた。

 

「はぁっ……!」

 

 エレンが息を切らす。

 

「アスカ何体倒したんだよ……」

 

「ミカサもヤバかったぞ」

 

 コニーが言う。

 

 アスカは静かに刃を収めていた。

 

 ミカサは息一つ乱れていない。

 

 そして高台では、教官達が静かに記録を書き込んでいた。

 

 

 

 高台には、まだガスの匂いが残っていた。

 

 森を抜けた風が記録用紙を揺らす。

 

 下では104期訓練兵達が装置を外し始めていたが、教官達の視線はまだ森へ向けられていた。

 

「今年は粒が揃っているな」

 

 一人の教官が記録を見ながら呟く。

 

「特に上位陣は異常だ」

 

 別の教官が頷く。

 

「ミカサ・アッカーマン」

 

 紙へ視線を落とす。

 

「速度、精度、機動制御。全て高水準。欠点が見当たらん」

 

「理想的だ」

 

「完成され過ぎている」

 

 キースは黙って森を見ていた。

 

 確かにミカサは別格だった。

 

 迷いが無い。

 

 技術が崩れない。

 

 どんな状況でも最適解を選び続ける。

 

「……だが」

 

 教官の一人が視線を動かす。

 

「アスカ・ラングレー。あれは何だ」

 

 少し空気が変わる。

 

 記録用紙を見ながら、別の教官が低く言った。

 

「粗い」

 

「危険だ」

 

「減速を知らんのかアイツは」

 

 苦い顔。

 

 だが同時に、否定し切れない空気もあった。

 

「それでも討伐数は1位だ」

 

「判断も早い」

 

「何より躊躇が無い」

 

 キースが静かに口を開く。

 

「空中で死を恐れていない」

 

 その言葉に、教官達が少し黙る。

 

 普通の訓練兵は違う。

 

 落下を恐れる。

 

 激突を恐れる。

 

 だから一瞬躊躇する。

 

 だがアスカにはそれが無かった。

 

「危険な軌道でも身体が止まらない」

 

「まるで最初から空中機動に慣れているようだった」

 

「実戦では強いだろうな」

 

 教官の一人が呟く。

 

「だが兵士としては不安定過ぎる」

 

「協調性にも難がある」

 

「以前よりは改善している」

 

 別の教官が記録を見ながら言った。

 

「最近は周囲との連携も増えた」

 

 キースは下を見る。

 

 104期達が騒いでいた。

 

 コニーが何か叫び、ジャンが怒鳴り返し、サシャが笑っている。

 

 その少し後ろで、アスカも普通に輪へ混ざっていた。

 

「……変わったな」

 

 キースが小さく呟く。

 

 その時。

 

「ライナー・ブラウンは安定しています」

 

 教官の一人が紙を捲る。

 

「判断も良い。兵士として完成度が高い」

 

「ベルトルト・フーバーも優秀だ」

 

「精度が異常に高い」

 

「アニ・レオンハートは対人格闘含め突出しているな」

 

 淡々と評価が続いていく。

 

「ジャン・キルシュタインは指揮適性が高い」

 

「状況判断に優れている」

 

「マルコ・ボットは全体的に安定」

 

「アルミン・アルレルトは座学が突出」

 

「コニーとサシャは勘と身体能力が高い」

 

 教官達がそれぞれ記録を書き込んでいく。

 

 そして。

 

「104期は優秀だ」

 

 誰かが言った。

 

 静かな声だった。

 

 だがその言葉には、確かな重みがあった。

 

 キースは森を見る。

 

 風が木々を揺らしている。

 

 壁の外。

 

 巨人。

 

 これから先、この訓練兵達は本物の戦場へ出る。

 

 その時、どれだけ生き残れるのか。

 

「……」

 

 キースは小さく目を細めた。

 

 そして静かに口を開く。

 

「次は対人格闘訓練だ」

 

「本日をもって、全課程を終了する」

 

 風が吹く。

 

 104期達の笑い声が、訓練地から小さく聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が沈みかけていた。

 

 対人格闘訓練を終えた104期達は、それぞれ地面へ座り込んだり、水を飲んだりしながら息を整えている。

 

「いてぇ……」

 

 コニーが頬を押さえる。

 

「ジャン容赦無さすぎだろ……」

 

「お前が真正面から突っ込んでくるからだ」

 

「でも最後ちょっと手加減したろ?」

 

「骨折られたくなかっただけだ」

 

 ジャンが呆れたように笑う。

 

 その少し離れた場所では、エレンがまだ興奮冷めやらない顔をしていた。

 

「いやマジで何だったんださっきの!?」

 

 アスカへ詰め寄る。

 

「完全に決まってただろ!?」

 

「知らねぇ」

 

「知らねぇじゃねぇよ!」

 

 エレンが騒ぐ横で、ライナーが苦笑した。

 

「普通は返せんぞ、あれ」

 

「だよね…」

 

 ベルトルトも珍しく頷いている。

 

 アスカは肩を回した。

 

 まだ少し痛む。

 

 アニに取られた関節が軋んでいた。

 

「お前、時々おかしいんだよ」

 

 ジャンが呆れたように言う。

 

「あ?」

 

「いや、力とかじゃなくて……崩されても無理やり戻してくる感じ」

 

「……」

 

「ミカサもたまにそういう時あるよな」

 

 コニーが言った。

 

「なんか人間離れしてるっていうか」

 

 少しだけ空気が静かになる。

 

 ミカサ本人は無言だった。

 

 アスカも何も言わない。

 

 自分でも説明出来ない瞬間がある。

 

 限界のはずなのに身体が動く。

 

 崩れた姿勢を無理やり押し返せる。

 

 考えるより先に身体が答えを出す。

 

「まぁでも」

 

 ライナーが笑う。

 

「最後のは普通に怖かったぞ」

 

「お前が言うな」

 

「褒めてるんだって」

 

 104期達の間に笑いが広がる。

 

 その少し外側。

 

 アニは一人で座っていた。

 

 膝を立て、静かに夕陽を見ている。

 

「……」

 

 アスカは少しだけ視線を向ける。

 

 するとアニがこちらを見た。

 

 一瞬だけ目が合う。

 

 だがアニは何も言わず、そのまま視線を逸らした。

 

「特別だな」

 

 ジャンが小声で言う。

 

「あ?」

 

「アニがあそこまで熱くなるの」

 

「そうか?」

 

「たまにある対人格闘の時だけだ。アイツがああなるの」

 

 確かにそうだった。

 

 普段のアニはどこか冷めている。

 

 必要以上に誰かと関わらない。

 

 だが対人格闘の際は違った。

 

 本気だった。

 

「……」

 

 風が吹く。

 

 夕陽が訓練場を赤く染めている。

 

 今日で終わった。

 

 座学。

 

 馬術。

 

 立体機動。

 

 対人格闘。

 

 訓練兵としての日々が、少しずつ終わりへ近づいている。

 

「なんか変な感じだな」

 

 コニーが空を見る。

 

「明日から急に暇になる気分」

 

「まだ卒団式残ってるだろ」

 

 ジャンが返す。

 

「でも訓練は今日で最後か」

 

 マルコが静かに言った。

 

 その言葉に、104期達が少し黙る。

 

 騒がしい毎日だった。

 

 怒鳴られて。

 

 走らされて。

 

 殴られて。

 

 それでも気づけば、それが当たり前になっていた。

 

「……」

 

 アスカは空を見る。

 

 赤い空だった。

 

 地下街では、こんな風にゆっくり空を見る事なんて無かった。

 

 だが今は違う。

 

 隣には誰かがいる。

 

 笑い声が聞こえる。

 

 名前を呼ばれる。

 

「戻るぞー!」

 

 コニーが立ち上がる。

 

「腹減った!!」

 

「お前そればっかだな」

 

 サシャが真顔で頷いた。

 

「でも分かります」

 

「お前もかよ」

 

 また笑いが起きる。

 

 アスカは小さく息を吐き、その輪の後ろを歩き始めた。

 

 夕陽が、104期達の背中を長く照らしていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 食堂はいつも以上に騒がしかった。

 

 訓練最終日。

 

 それだけで理由としては十分だった。

 

「乾杯とかしたくねぇ?」

 

 コニーがパンを掲げる。

 

「水で?」

 

 ジャンが呆れた。

 

「雰囲気だよ雰囲気!」

 

「お前雰囲気で生きてんな」

 

 104期達の笑い声が広がる。

 

 食堂の窓からは、夜へ変わり始めた空が見えていた。

 

 アスカは席へ座りながら小さく息を吐く。

 

 肩が重い。

 

 立体機動と格闘の疲労が、今になって身体へ来ていた。

 

「ほら」

 

 横から水の入ったコップが差し出される。

 

 クリスタだった。

 

「あ?」

 

「今日結構痛そうだったから」

 

「……別に平気だ」

 

「強がり」

 

 少し笑う。

 

 アスカはコップを受け取った。

 

「ありがとよ」

 

「うん」

 

 その時。

 

「お前ら今日ほんと凄かったな」

 

 ライナーが席へ腰を下ろす。

 

「立体機動も対人格闘も上位争いヤバかったぞ」

 

「お前も十分上位だろ」

 

 ジャンが言う。

 

「馬術とか特にな」

 

「まぁ得意だからな」

 

 ライナーが笑う。

 

 その横へベルトルトも静かに座った。

 

 アニは少し離れた席へ座っている。

 

 相変わらず一人だった。

 

「そういやアスカ」

 

 エレンが身を乗り出してくる。

 

「結局どっちが強ぇんだ?」

 

「あ?」

 

「お前とアニだよ!」

 

 食堂が少しざわつく。

 

「また始まった……」

 

 ジャンが頭を抱えた。

 

「知るか」

 

 アスカはパンを齧る。

 

「勝ったり負けたりだろ」

 

「でも今日勝ったじゃねぇか!」

 

「最後だけな」

 

 アスカは少し視線を横へ流す。

 

 アニは食事をしながら、こちらを見てもいなかった。

 

「……」

 

 多分、技術だけならアニの方が上だ。

 

 動きに無駄が無い。

 

 崩し方も綺麗だ。

 

 今日だって、最後の関節はほとんど決まっていた。

 

 普通なら終わっていた。

 

 でも。

 

「……」

 

 アスカは自分の手を見る。

 

 時々、自分でも分からない瞬間がある。

 

 身体が勝手に動く。

 

 壊れるとか、限界とか、そういう感覚を置き去りにして前へ出る。

 

 ミカサも、たまに似た感じがあった。

 

「アスカ?」

 

 アルミンが不思議そうに見る。

 

「あ?……いや」

 

 アスカは視線を戻す。

 

「何でもねぇ」

 

 その時。

 

「静かだと思ったら考え事か?」

 

 ジャンが笑う。

 

「珍しいな」

 

「うるせぇ」

 

「でもやっぱり変わったよな、アスカ」

 

 ぽつりとマルコが言った。

 

 少し空気が静かになる。

 

「あ?」

 

「最初は誰とも関わる気無さそうだったし」

 

「今は普通にここいるじゃん」

 

 コニーも頷く。

 

「最初めっちゃ怖かったもんな」

 

「ユミルと2人で」

 

「話しかけんなオーラ凄かった」

 

「お前らがうるさかっただけだ」

 

「否定しねぇのかよ」

 

 笑いが起きる。

 

 アスカは小さく息を吐いた。

 

 確かに昔なら、こんな場所へ長居しなかった。

 

 誰かと笑う事も。

 

 同じ机を囲む事も。

 

 でも今は。

 

「……悪くねぇよ」

 

 ぽつりと漏れる。

 

「ん?」

 

「この感じ」

 

 一瞬だけ静かになる。

 

 次の瞬間。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 エレンが急に騒ぎ始めた。

 

「アスカがデレた!!」

 

「うるせぇ!!」

 

「痛っ!!」

 

 頭を叩かれ、エレンが転がる。

 

 食堂に笑い声が広がった。

 

 アスカは呆れたように息を吐きながら、その騒がしい空気を見渡す。

 

 もうすぐ卒団式だ。

 

 この日常も、長くは続かない。

 

 それでも今だけは。

 

 104期達の笑い声が、やけに心地良く聞こえていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「卒団したらどうなるんだろうな」

 

 宿舎へ戻る道で、コニーが空を見上げながら言った。

 

「急に兵士扱いだろ?」

 

「まぁそうだな」

 

 ジャンが返す。

 

「訓練兵って肩書き無くなるし」

 

 その言葉に、少しだけ空気が変わる。

 

 兵士。

 

 訓練の延長じゃない。

 

 本物だ。

 

「お前らどこ行くか決めてんの?」

 

 コニーが聞く。

 

「憲兵団とか駐屯兵団とか」

 

「俺は憲兵団だな」

 

 ジャンが即答した。

 

「安全だし、何より内地に行けるしな」

 

「…またそれかよ、ジャン」

 

 エレンが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「なんだその顔」

 

「壁の外へは行かねぇのかよ」

 

「行きたい奴だけ行け」

 

 ジャンが吐き捨てる。

 

「命何個あっても足りねぇだろ」

 

「だからって壁の中で縮こまってんのか!?」

 

「死に急ぎ野郎」

 

「んだと!?」

 

 また始まった。

 

 104期達の間に苦笑が広がる。

 

 その時。

 

「アスカは?」

 

 アルミンが聞いてくる。

 

「あ?」

 

「どこ行くか」

 

 少しだけ静かになる。

 

 視線が集まった。

 

「……調査兵団」

 

 短く返す。

 

「即答かよ」

 

 ジャンが眉を寄せる。

 

「お前なら憲兵団余裕だろ」

 

「行く訳ねぇだろ」

 

 声が少し低くなる。

 

 104期達が静かになる。

 

「……そんな嫌か?」

 

 ライナーが聞いた。

 

 アスカは小さく息を吐く。

 

「地下街にも来てたんだよ。憲兵」

 

 夜風が吹く。

 

 アスカは前を見たまま続けた。

 

「金持ってる奴にはヘコヘコして、弱ぇ奴には偉そうで。気に食わねぇ奴は適当に殴る」

 

「……」

 

「上で安全に暮らしてるだけの連中だ」

 

 短い言葉。

 

 でもそこには、はっきりした嫌悪が滲んでいた。

 

「だから嫌いだ」

 

 静かな声だった。

 

 ジャンは少しだけ黙る。

 

 何か言い返そうとして、やめた。

 

 地下街を知らない自分には、軽く否定出来る話じゃないと分かったからだ。

 

「駐屯兵団は?」

 

 アルミンが聞く。

 

「もっと無ぇな」

 

「即答だな……」

 

「壁の中守って終わりとか性に合わねぇ」

 

 アスカは空を見る。

 

 高い壁。

 

 その向こう。

 

 まだ見た事の無い世界。

 

「……外行くしかねぇだろ」

 

 ぽつりと漏れる。

 

 エレンが少しだけ目を見開いた。

 

 自分と似ているようで、少し違う。

 

 そんな感覚だった。

 

「調査兵団か……」

 

 マルコが静かに呟く。

 

「危険だぞ」

 

「知ってる」

 

 アスカは短く返す。

 

「でも、ああいう連中と同じ制服着るくらいなら死んだ方がマシだ」

 

 夜風が吹き抜ける。

 

 少しだけ空気が静かになった。

 

 その時。

 

「まぁ、お前なら行きそうだと思った」

 

 ライナーが笑う。

 

「妙に似合うしな」

 

「褒めてんのか?」

 

「多分な」

 

 104期達の間に、また小さく笑いが広がる。

 

 前ではコニーとサシャが騒いでいた。

 

「調査兵団ってお肉食べられますかね!?」

 

「そこかよ!!」

 

 ジャンが怒鳴る。

 

 アスカは小さく息を吐いた。

 

 騒がしい。

 

 でも嫌じゃない。

 

 夜空には星が浮かんでいた。

 

 卒団まで、あと少しだった。

 

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