地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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とりあえず最新話を書き直してみました。
どっちが良かったか教えてください。
少しづつ書き直していこうと思います。




地上②

 

 

 

 

 

入団式の翌朝。

まだ空も白みきっていない時間だというのに、訓練兵達は半ば蹴り出されるようにして外へ集められていた。

 

欠伸を噛み殺す者。

悪態をつく者。

眠気で足元も覚束ない者。

 

乾いた土を踏む音だけが、やけに耳についた。

 

そのざわめきを押し潰すように、一人の男が前へ出る。

 

キース・シャーディス。

 

朝日が照っているはずなのに、彫りの深い顔には影が落ちていた。睨まれている訳でもないのに、喉が締まる。

 

訓練兵達の背筋が揃って伸びた。

 

その後ろには、見慣れない装置が並んでいる。

三本の支柱。吊るされた二本のワイヤー。風に揺れる金具が、かすかに鳴った。

 

「まずは貴様らの適性を見る」

 

低い声だった。

 

「これが出来ん奴は囮にも使えん。開拓地へ移ってもらう」

 

空気が冷える。

 

『ハッ!!!!』

 

返事だけは綺麗に揃った。

 

巨人を殺す力を求めて来た者。

少しでも上に行こうと目を光らせる者。

 

周囲からは、そんな熱が伝わってくる。

 

――茶番だな。

 

アスカだけは、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

誰かを救いたい訳じゃない。

正義を成したい訳でもない。

 

ただ一つの目的だけをぶら下げて、地下からここまで来ただけだ。

 

地上に出たからといって、人間が変わる訳でもない。

 

気怠げに立つアスカを、キースは視界の端で捉えていた。

 

やがて訓練兵達は十人ほどの班に分けられ、それぞれ装置の前へ連れて行かれる。

 

アスカの班を担当したのは、キース本人だった。

 

周囲の空気が一段張り詰める。

 

一人を除いて。

 

キースが歩み寄る。

 

止まらない。

 

靴先が触れそうな距離まで近づいて、ようやく止まった。

 

「……なんだよ」

 

誰かが息を呑んだ。

 

余計な事を言うな。

たぶん全員がそう思った。

 

だがキースは怒鳴らなかった。

 

「貴様からだ。アスカ訓練兵」

 

「どうやるんだよ。何も聞いてねぇけど」

 

「そのワイヤーを付けろ」

 

言われるまま腰に装着する。

 

金具の感触が冷たかった。

 

「上げろ」

 

直後、身体が浮いた。

 

胃が一瞬だけ遅れる。

 

――なるほど。

 

アスカはすぐに理解した。

 

腰に乗る重さ。

足裏にかかる圧。

重心のズレ。

 

地下街で積み上がった木箱の上を歩く時と、大して変わらない。

 

力を入れすぎれば崩れる。

抜きすぎても落ちる。

 

ただ、それだけだ。

 

「…………」

 

キースは黙っていた。

 

吊られた訓練兵は微動だにしない。

 

肩にも、足にも、無駄な力が入っていない。

風に揺られているはずなのに、不思議なほど静止して見えた。

 

「なぁ、まだやるのかよ」

 

「……もういい。降ろせ」

 

ワイヤーが緩み、靴が地面へ触れる。

 

周囲の訓練兵達は、妙な顔をしていた。

 

驚き。

困惑。

少しの苛立ち。

 

アスカは気づかないふりをした。

 

「これが立体機動の適性検査だ!」

 

キースの声が響く。

 

「出来なければ開拓地行きだ!覚悟しろ!」

 

その後も、訓練は続いた。

 

吊られた瞬間に叫ぶ者。

身体を振り回される者。

地面へ叩きつけられる者。

 

見ているだけで酔いそうだった。

 

「何をやっているエレン・イェーガー!! 上体を起こせ!!」

 

怒号が飛ぶ。

 

アスカはそちらを見る。

 

逆さ吊りになった少年が、無様に揺れていた。

 

――何がそんなに難しいんだ。

 

純粋にそう思った。

 

同時に、少しだけ哀れにも見えた。

 

自分で獲物も捕れない子供を見ている気分だった。

 

エレンの視界では、周囲の顔が上下逆さまになっている。

 

笑っている奴がいる。

 

呆れている奴もいる。

 

憐れむような目まであった。

 

頭に血が上る。

 

だが次の瞬間、自分の身体がまともに支えられていない事を思い出した。

 

熱が引いていく。

 

残ったのは、胃の底へ沈むような感覚だけだった。

 

――嘘だろ。

 

拳が震える。

 

自分は、出来る側の人間だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂の空気は、昼間の訓練場よりずっとぬるかった。

 

汗とスープの匂い。

木椅子を引く音。

パンをちぎる音。

笑い声。

 

さっきまで地面に叩きつけられていた連中も、もう普通の顔をして飯を食っている。

 

切り替えが早い。

 

それとも、忘れるのが早いだけか。

 

アスカはスプーンで薄いスープを掬った。

 

ぬるい。

 

「にしても今日はラッキーだったな」

 

向かいでユミルがパンをかじりながら言った。

 

「どんな地獄が始まるかと思ったが、適性訓練だけで終わるとは」

 

「ラッキーって……」

 

クリスタが困ったように眉を下げる。

 

「出来なかった人だっていたんだよ?」

 

「そうですよ」

 

隣のサシャも頷く。

 

口の端にパンくずが付いていた。

 

ユミルは鼻で笑った。

 

「出来ない奴が悪いんだろ」

 

「……」

 

「教官も言ってたじゃねぇか。適性を見るって」

 

「それは……」

 

クリスタが言葉を止める。

 

優しい奴ほど、言葉に詰まる。

 

アスカは黙ったままパンをちぎった。

 

ユミルがふと辺りを見回す。

 

「ユミル?どうしたの?」

 

「シー」

 

指を立てる。

 

顎で向こうを示した。

 

「ほら」

 

視線を向ける。

 

少し離れた席。

 

頭に包帯を巻いたエレンが座っていた。

 

俯いている。

 

両隣には金髪の小柄な男と、黒髪の女。

 

励ましているらしかった。

 

だが周囲の空気は違った。

 

ひそひそ声が流れてくる。

 

『あいつ昨日、巨人を皆殺しにするとか言ってた奴だろ』

 

『開拓地行きだな』

 

『役立たずに食わせる飯はねぇよ』

 

『つーか何がそんな難しいんだ?』

 

『分かんねぇな』

 

『出来ない奴の気持ちなんか』

 

笑い声が混じる。

 

短い。

 

軽い。

 

それだけだった。

 

たったそれだけで、人間の輪郭が見える。

 

「……汚ぇな」

 

気づけば口に出ていた。

 

「え?」

 

クリスタがこっちを見る。

 

アスカはスープを飲んだ。

 

冷めていた。

 

「なんだよ」

 

ユミルが目を細める。

 

「言いたいことがあるなら言えよ」

 

アスカは少しだけエレンの方を見る。

 

包帯越しでも、肩が落ちているのが分かった。

 

周りの声も、たぶん全部聞こえている。

 

「別に」

 

スプーンを皿に戻す。

 

乾いた音が鳴った。

 

「弱った奴を囲んで石投げてるだけだろ」

 

ユミルが眉を上げる。

 

「石?」

 

「見えないだけで投げてる」

 

視線はエレンから逸らさない。

 

笑ってる奴。

憐れんでる奴。

安心してる奴。

 

自分じゃなくてよかったって顔。

 

地下街でも何度も見た。

 

場所が変わっただけだった。

 

「……」

 

クリスタが黙る。

 

サシャも黙る。

 

ユミルだけが、口元を歪めた。

 

「へぇ」

 

その目は笑っていない。

 

「じゃあお前は違うってか?」

 

「言ってねぇ」

 

「そう聞こえるんだよ」

 

ユミルが身を乗り出す。

 

机が軋む。

 

「達観した顔して、人間はこういうもんだって言ってる奴が一番気に食わねぇ」

 

アスカは目を向けた。

 

怒っている。

 

思ったよりも。

 

――何だ。

 

何に引っかかった。

 

考える。

 

すぐ分かった。

 

汚い。

 

その言葉だ。

 

「……何怒ってんだよ」

 

「怒ってねぇよ」

 

「怒ってるだろ」

 

ユミルの眉が動く。

 

やっぱりそこか。

 

アスカはパンを口に放り込んだ。

 

「別にお前も俺も同じだろ」

 

「……何が」

 

「汚い人間だってこと」

 

空気が止まった。

 

クリスタの手も止まった。

 

サシャはいつの間にかいなかった。

 

逃げたらしい。

 

「……クリスタ」

 

ユミルが急に言った。

 

「え?」

 

「悪い。残り食ってくれ」

 

スプーンを置く。

 

カチャン、と乾いた音。

 

椅子を引く音がやけに大きく響いた。

 

「先戻る」

 

そのまま行った。

 

背中は真っ直ぐだった。

 

怒ってるくせに、振り返らない。

 

クリスタが困った顔で皿を見る。

 

「どうしよう……」

 

アスカはユミルの皿を見た。

 

パンが残っていた。

 

「食えよ」

 

「いや、でも……」

 

鐘が鳴る。

 

食事終了の合図。

 

椅子が引かれ、人の流れが出来る。

 

アスカはユミルの皿からパンを一つ取った。

 

立ち上がる。

 

「それだけ貰う」

 

「え?」

 

「じゃあな」

 

人混みに紛れる。

 

後ろから小さく声が聞こえた。

 

「……パンしか残ってなかったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の宿舎は妙に騒がしかった。

 

昼間の疲れが残っているはずなのに、消灯前になると皆よく喋る。

 

笑い声。

愚痴。

明日の不安。

 

狭い部屋に人の熱が溜まっていた。

 

アスカは自分のベッドに腰掛け、本を開いていた。

 

壁内の地理書。

 

地上に出てから手に入れたものだった。

 

地下にはなかった。

 

知らない土地を知るのは嫌いじゃない。

 

だが周囲の声がうるさい。

 

少し離れた場所で、エレンが頭を下げていた。

 

「頼む! 誰か教えてくれ!」

 

相手はジャンだった。

 

ジャンは鼻で笑った。

 

「姿勢制御のコツ?」

 

肩を竦める。

 

「悪ぃけど俺天才だからな。感じろとしか言えねぇ」

 

近くでマルコが苦笑していた。

 

コニーが笑いながら口を挟む。

 

「俺は逆に知りたいね。あんな無様な状態で正気でいられる方法」

 

「お前ら……」

 

エレンの声が低くなる。

 

「人が頭下げて頼んでんのに」

 

「でもよ」

 

コニーが首を傾げた。

 

「昨日言ってなかったか? 力の無い奴は去れって」

 

エレンの顔が固まる。

 

「あ」

 

コニーは続ける。

 

「違ったっけ。才能の無い奴、だっけ?」

 

アスカはそこで少しだけ顔を上げた。

 

――煽りが上手いな。

 

そう思ったが。

 

コニーの顔は本気で困っていた。

 

天然だった。

 

アスカはまた視線を本へ戻した。

 

エレンはその後も声をかけ続けた。

 

だがまともに取り合う奴はいない。

 

断られるたび、声が少しずつ小さくなっていく。

 

惨めだった。

 

見ていて分かるくらいに。

 

アスカの上段ベッドから声が降ってくる。

 

「大変そうだな」

 

ライナーだった。

 

隣ではベルトルトが苦笑している。

 

「必死だね」

 

アスカはページをめくった。

 

「必死じゃなきゃここには来ねぇだろ」

 

その時だった。

 

視界に影が落ちる。

 

本から顔を上げる。

 

エレンだった。

 

包帯を巻いた頭が目の前にある。

 

「なぁ」

 

目だけは死んでいなかった。

 

「アスカだったよな」

 

アスカは黙って見る。

 

「一番上手かったって聞いた」

 

拳を握る。

 

少し震えている。

 

悔しさか。

 

焦りか。

 

たぶん両方だ。

 

「頼む。教えてくれ」

 

アスカは少し黙った。

 

昼間の光景を思い出す。

 

吊られた瞬間の傾き。

 

揺れ方。

 

重心の崩れ方。

 

どう考えてもおかしかった。

 

「あれにコツがいるとは思えねぇ」

 

エレンの顔が曇る。

 

「お前まで……」

 

「お前の場合、それ以前の問題だ」

 

「……アスカ」

 

アルミンが後ろから顔を出す。

 

困った顔だった。

 

「そこまで言わなくても」

 

黙ってエレンを見ている。

 

「違う」

 

アスカは本を閉じた。

 

乾いた音が鳴る。

 

エレンを見る。

 

真っ直ぐに。

 

「立体機動以前の話だ」

 

エレンの顔が歪む。

 

「なんだよ!」

 

声が大きくなる。

 

「そこまで俺に適性が無いって言いたいのかよ!」

 

悔しさが滲んでいた。

 

少し泣きそうだった。

 

アスカはため息を吐く。

 

今日何度目か分からない。

 

「そんなこと言ってねぇ」

 

「じゃあ何だよ!」

 

ヤケになっていた。

 

たぶん今なら殴りかかってくる。

 

アスカはエレンの腰を見る。

 

訓練中装備が付けられていた場所を指差す。

 

「それだ」

 

「……え?」

 

「右と左のバランスがおかしかった」

 

昼間の揺れ方を思い出す。

 

普通じゃない。

 

人間の崩れ方じゃなかった。

 

装備側がズレていた。

 

「故障してる」

 

エレンが固まる。

 

アルミンも目を見開く。

 

「……故障?」

 

「たぶんな」

 

アスカは自分の装備を手に取った。

 

無造作に投げる。

 

エレンが慌てて受け取る。

 

「俺の使え」

 

「え……」

 

「それでも出来なきゃ諦めろ」

 

静かに言う。

 

「その時は向いてない」

 

エレンは装備を見る。

 

それからアスカを見る。

 

顔が少しずつ明るくなる。

 

単純だった。

 

「ほ、本当か!?」

 

声が戻っていた。

 

「ありがとう!」

 

勢いよく立ち上がる。

 

そのまま。

 

ゴンッ。

 

頭を上段ベッドにぶつけた。

 

「いっっ!!」

 

ライナーが吹き出す。

 

ベルトルトも笑った。

 

アルミンが慌てる。

 

エレンだけが頭を押さえていた。

 

アスカはしばらく見ていた。

 

そして思った。

 

――俺は喋らない方がいいかもしれない。

 

余計なものを拾う。

 

余計なものを教える。

 

地下街では、それが命取りになることもあった。

 

本を開く。

 

文字を追う。

 

だが少しだけ騒がしかった。

 

数日後。

 

エレン・イェーガーは適性訓練を突破した。

 

そして何故か。

 

やたらとアスカの周りをうろつくようになった。

 

面倒だった。

少しだけ。

 





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