どっちが良かったか教えてください。
少しづつ書き直していこうと思います。
入団式の翌朝。
まだ空も白みきっていない時間だというのに、訓練兵達は半ば蹴り出されるようにして外へ集められていた。
欠伸を噛み殺す者。
悪態をつく者。
眠気で足元も覚束ない者。
乾いた土を踏む音だけが、やけに耳についた。
そのざわめきを押し潰すように、一人の男が前へ出る。
キース・シャーディス。
朝日が照っているはずなのに、彫りの深い顔には影が落ちていた。睨まれている訳でもないのに、喉が締まる。
訓練兵達の背筋が揃って伸びた。
その後ろには、見慣れない装置が並んでいる。
三本の支柱。吊るされた二本のワイヤー。風に揺れる金具が、かすかに鳴った。
「まずは貴様らの適性を見る」
低い声だった。
「これが出来ん奴は囮にも使えん。開拓地へ移ってもらう」
空気が冷える。
『ハッ!!!!』
返事だけは綺麗に揃った。
巨人を殺す力を求めて来た者。
少しでも上に行こうと目を光らせる者。
周囲からは、そんな熱が伝わってくる。
――茶番だな。
アスカだけは、ぼんやりとそんな事を考えていた。
誰かを救いたい訳じゃない。
正義を成したい訳でもない。
ただ一つの目的だけをぶら下げて、地下からここまで来ただけだ。
地上に出たからといって、人間が変わる訳でもない。
気怠げに立つアスカを、キースは視界の端で捉えていた。
やがて訓練兵達は十人ほどの班に分けられ、それぞれ装置の前へ連れて行かれる。
アスカの班を担当したのは、キース本人だった。
周囲の空気が一段張り詰める。
一人を除いて。
キースが歩み寄る。
止まらない。
靴先が触れそうな距離まで近づいて、ようやく止まった。
「……なんだよ」
誰かが息を呑んだ。
余計な事を言うな。
たぶん全員がそう思った。
だがキースは怒鳴らなかった。
「貴様からだ。アスカ訓練兵」
「どうやるんだよ。何も聞いてねぇけど」
「そのワイヤーを付けろ」
言われるまま腰に装着する。
金具の感触が冷たかった。
「上げろ」
直後、身体が浮いた。
胃が一瞬だけ遅れる。
――なるほど。
アスカはすぐに理解した。
腰に乗る重さ。
足裏にかかる圧。
重心のズレ。
地下街で積み上がった木箱の上を歩く時と、大して変わらない。
力を入れすぎれば崩れる。
抜きすぎても落ちる。
ただ、それだけだ。
「…………」
キースは黙っていた。
吊られた訓練兵は微動だにしない。
肩にも、足にも、無駄な力が入っていない。
風に揺られているはずなのに、不思議なほど静止して見えた。
「なぁ、まだやるのかよ」
「……もういい。降ろせ」
ワイヤーが緩み、靴が地面へ触れる。
周囲の訓練兵達は、妙な顔をしていた。
驚き。
困惑。
少しの苛立ち。
アスカは気づかないふりをした。
「これが立体機動の適性検査だ!」
キースの声が響く。
「出来なければ開拓地行きだ!覚悟しろ!」
その後も、訓練は続いた。
吊られた瞬間に叫ぶ者。
身体を振り回される者。
地面へ叩きつけられる者。
見ているだけで酔いそうだった。
「何をやっているエレン・イェーガー!! 上体を起こせ!!」
怒号が飛ぶ。
アスカはそちらを見る。
逆さ吊りになった少年が、無様に揺れていた。
――何がそんなに難しいんだ。
純粋にそう思った。
同時に、少しだけ哀れにも見えた。
自分で獲物も捕れない子供を見ている気分だった。
エレンの視界では、周囲の顔が上下逆さまになっている。
笑っている奴がいる。
呆れている奴もいる。
憐れむような目まであった。
頭に血が上る。
だが次の瞬間、自分の身体がまともに支えられていない事を思い出した。
熱が引いていく。
残ったのは、胃の底へ沈むような感覚だけだった。
――嘘だろ。
拳が震える。
自分は、出来る側の人間だと思っていた。
⸻
食堂の空気は、昼間の訓練場よりずっとぬるかった。
汗とスープの匂い。
木椅子を引く音。
パンをちぎる音。
笑い声。
さっきまで地面に叩きつけられていた連中も、もう普通の顔をして飯を食っている。
切り替えが早い。
それとも、忘れるのが早いだけか。
アスカはスプーンで薄いスープを掬った。
ぬるい。
「にしても今日はラッキーだったな」
向かいでユミルがパンをかじりながら言った。
「どんな地獄が始まるかと思ったが、適性訓練だけで終わるとは」
「ラッキーって……」
クリスタが困ったように眉を下げる。
「出来なかった人だっていたんだよ?」
「そうですよ」
隣のサシャも頷く。
口の端にパンくずが付いていた。
ユミルは鼻で笑った。
「出来ない奴が悪いんだろ」
「……」
「教官も言ってたじゃねぇか。適性を見るって」
「それは……」
クリスタが言葉を止める。
優しい奴ほど、言葉に詰まる。
アスカは黙ったままパンをちぎった。
ユミルがふと辺りを見回す。
「ユミル?どうしたの?」
「シー」
指を立てる。
顎で向こうを示した。
「ほら」
視線を向ける。
少し離れた席。
頭に包帯を巻いたエレンが座っていた。
俯いている。
両隣には金髪の小柄な男と、黒髪の女。
励ましているらしかった。
だが周囲の空気は違った。
ひそひそ声が流れてくる。
『あいつ昨日、巨人を皆殺しにするとか言ってた奴だろ』
『開拓地行きだな』
『役立たずに食わせる飯はねぇよ』
『つーか何がそんな難しいんだ?』
『分かんねぇな』
『出来ない奴の気持ちなんか』
笑い声が混じる。
短い。
軽い。
それだけだった。
たったそれだけで、人間の輪郭が見える。
「……汚ぇな」
気づけば口に出ていた。
「え?」
クリスタがこっちを見る。
アスカはスープを飲んだ。
冷めていた。
「なんだよ」
ユミルが目を細める。
「言いたいことがあるなら言えよ」
アスカは少しだけエレンの方を見る。
包帯越しでも、肩が落ちているのが分かった。
周りの声も、たぶん全部聞こえている。
「別に」
スプーンを皿に戻す。
乾いた音が鳴った。
「弱った奴を囲んで石投げてるだけだろ」
ユミルが眉を上げる。
「石?」
「見えないだけで投げてる」
視線はエレンから逸らさない。
笑ってる奴。
憐れんでる奴。
安心してる奴。
自分じゃなくてよかったって顔。
地下街でも何度も見た。
場所が変わっただけだった。
「……」
クリスタが黙る。
サシャも黙る。
ユミルだけが、口元を歪めた。
「へぇ」
その目は笑っていない。
「じゃあお前は違うってか?」
「言ってねぇ」
「そう聞こえるんだよ」
ユミルが身を乗り出す。
机が軋む。
「達観した顔して、人間はこういうもんだって言ってる奴が一番気に食わねぇ」
アスカは目を向けた。
怒っている。
思ったよりも。
――何だ。
何に引っかかった。
考える。
すぐ分かった。
汚い。
その言葉だ。
「……何怒ってんだよ」
「怒ってねぇよ」
「怒ってるだろ」
ユミルの眉が動く。
やっぱりそこか。
アスカはパンを口に放り込んだ。
「別にお前も俺も同じだろ」
「……何が」
「汚い人間だってこと」
空気が止まった。
クリスタの手も止まった。
サシャはいつの間にかいなかった。
逃げたらしい。
「……クリスタ」
ユミルが急に言った。
「え?」
「悪い。残り食ってくれ」
スプーンを置く。
カチャン、と乾いた音。
椅子を引く音がやけに大きく響いた。
「先戻る」
そのまま行った。
背中は真っ直ぐだった。
怒ってるくせに、振り返らない。
クリスタが困った顔で皿を見る。
「どうしよう……」
アスカはユミルの皿を見た。
パンが残っていた。
「食えよ」
「いや、でも……」
鐘が鳴る。
食事終了の合図。
椅子が引かれ、人の流れが出来る。
アスカはユミルの皿からパンを一つ取った。
立ち上がる。
「それだけ貰う」
「え?」
「じゃあな」
人混みに紛れる。
後ろから小さく声が聞こえた。
「……パンしか残ってなかったのに」
⸻
夜の宿舎は妙に騒がしかった。
昼間の疲れが残っているはずなのに、消灯前になると皆よく喋る。
笑い声。
愚痴。
明日の不安。
狭い部屋に人の熱が溜まっていた。
アスカは自分のベッドに腰掛け、本を開いていた。
壁内の地理書。
地上に出てから手に入れたものだった。
地下にはなかった。
知らない土地を知るのは嫌いじゃない。
だが周囲の声がうるさい。
少し離れた場所で、エレンが頭を下げていた。
「頼む! 誰か教えてくれ!」
相手はジャンだった。
ジャンは鼻で笑った。
「姿勢制御のコツ?」
肩を竦める。
「悪ぃけど俺天才だからな。感じろとしか言えねぇ」
近くでマルコが苦笑していた。
コニーが笑いながら口を挟む。
「俺は逆に知りたいね。あんな無様な状態で正気でいられる方法」
「お前ら……」
エレンの声が低くなる。
「人が頭下げて頼んでんのに」
「でもよ」
コニーが首を傾げた。
「昨日言ってなかったか? 力の無い奴は去れって」
エレンの顔が固まる。
「あ」
コニーは続ける。
「違ったっけ。才能の無い奴、だっけ?」
アスカはそこで少しだけ顔を上げた。
――煽りが上手いな。
そう思ったが。
コニーの顔は本気で困っていた。
天然だった。
アスカはまた視線を本へ戻した。
エレンはその後も声をかけ続けた。
だがまともに取り合う奴はいない。
断られるたび、声が少しずつ小さくなっていく。
惨めだった。
見ていて分かるくらいに。
アスカの上段ベッドから声が降ってくる。
「大変そうだな」
ライナーだった。
隣ではベルトルトが苦笑している。
「必死だね」
アスカはページをめくった。
「必死じゃなきゃここには来ねぇだろ」
その時だった。
視界に影が落ちる。
本から顔を上げる。
エレンだった。
包帯を巻いた頭が目の前にある。
「なぁ」
目だけは死んでいなかった。
「アスカだったよな」
アスカは黙って見る。
「一番上手かったって聞いた」
拳を握る。
少し震えている。
悔しさか。
焦りか。
たぶん両方だ。
「頼む。教えてくれ」
アスカは少し黙った。
昼間の光景を思い出す。
吊られた瞬間の傾き。
揺れ方。
重心の崩れ方。
どう考えてもおかしかった。
「あれにコツがいるとは思えねぇ」
エレンの顔が曇る。
「お前まで……」
「お前の場合、それ以前の問題だ」
「……アスカ」
アルミンが後ろから顔を出す。
困った顔だった。
「そこまで言わなくても」
黙ってエレンを見ている。
「違う」
アスカは本を閉じた。
乾いた音が鳴る。
エレンを見る。
真っ直ぐに。
「立体機動以前の話だ」
エレンの顔が歪む。
「なんだよ!」
声が大きくなる。
「そこまで俺に適性が無いって言いたいのかよ!」
悔しさが滲んでいた。
少し泣きそうだった。
アスカはため息を吐く。
今日何度目か分からない。
「そんなこと言ってねぇ」
「じゃあ何だよ!」
ヤケになっていた。
たぶん今なら殴りかかってくる。
アスカはエレンの腰を見る。
訓練中装備が付けられていた場所を指差す。
「それだ」
「……え?」
「右と左のバランスがおかしかった」
昼間の揺れ方を思い出す。
普通じゃない。
人間の崩れ方じゃなかった。
装備側がズレていた。
「故障してる」
エレンが固まる。
アルミンも目を見開く。
「……故障?」
「たぶんな」
アスカは自分の装備を手に取った。
無造作に投げる。
エレンが慌てて受け取る。
「俺の使え」
「え……」
「それでも出来なきゃ諦めろ」
静かに言う。
「その時は向いてない」
エレンは装備を見る。
それからアスカを見る。
顔が少しずつ明るくなる。
単純だった。
「ほ、本当か!?」
声が戻っていた。
「ありがとう!」
勢いよく立ち上がる。
そのまま。
ゴンッ。
頭を上段ベッドにぶつけた。
「いっっ!!」
ライナーが吹き出す。
ベルトルトも笑った。
アルミンが慌てる。
エレンだけが頭を押さえていた。
アスカはしばらく見ていた。
そして思った。
――俺は喋らない方がいいかもしれない。
余計なものを拾う。
余計なものを教える。
地下街では、それが命取りになることもあった。
本を開く。
文字を追う。
だが少しだけ騒がしかった。
数日後。
エレン・イェーガーは適性訓練を突破した。
そして何故か。
やたらとアスカの周りをうろつくようになった。
面倒だった。
少しだけ。
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