地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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アンケートありがとうございました。
しばらく残しておくので、ぜひ回答の方お願いします。
前の話から少し時間が経ってます。



戦い方

 

 

 

 

朝の空気は冷えていた。

 

吐いた息が白く見えるほどではないが、肌を撫でる風にはまだ夜の名残があった。

 

訓練場の土は乾いている。昨日あれだけ踏み荒らされたというのに、朝の光を浴びて何事もなかったような顔をしていた。

 

その上に、今日もまた人間が立っている。

 

訓練兵達だった。

 

様々な訓練を終えた兵士達の顔には、それぞれ違う色が残っていた。

 

安堵。

 

高揚。

 

疲労。

 

そして、敗北。

 

アスカは木柵に背を預けながら、それをぼんやり眺めていた。

 

隣ではエレンが何度も腰のベルトを触っている。

 

以前、故障していた装置の代わりにアスカの装備を借りて適性訓練を突破した。

 

あれ以来、妙に距離が近い。

 

「なぁ」

 

エレンが話しかけてくる。

 

「何だよ」

 

「この前は助かった」

 

視線は前を向いたまま。

 

律儀な奴だと思った。

 

地下街では、助けられて礼を言う奴なんてほとんどいなかった。

 

借りは借りのまま残る。

 

返すか奪われるか。

 

それだけだった。

 

「助けてねぇよ」

 

アスカは短く返した。

 

「装備が壊れてるのが見えただけだ」

 

エレンは少し笑った。

 

「でも、お前が言わなきゃ終わってた」

 

その言葉に、アスカは返事をしなかった。

 

終わっていたかどうかなんて分からない。

 

ただ。

 

あのまま見ているのが気持ち悪かっただけだ。

 

逆さに吊られながら歯を食いしばっていたエレンの顔が頭に残っていた。

 

あの顔は、嫌いじゃなかった。

 

その時。

 

訓練場のざわめきが止まった。

 

空気が締まる。

 

キース教官だった。

 

朝日を背負いながら前へ出る。

 

影が長く伸びる。

 

その影だけで、訓練兵達の背筋が勝手に伸びるのだから不思議だった。

 

「本日の訓練内容を伝える!」

 

低い声が、冷えた空気を叩いた。

 

「兵士に必要なのは、巨人を倒す技術だけではない!」

 

土を踏む音。

 

重い。

 

「敵は巨人だけではない!」

 

その言葉に、アスカは少しだけ目を細めた。

 

地下街では、それが当たり前だった。

 

人間が一番面倒だった。

 

腹が減れば奪う。

 

邪魔なら殴る。

 

死ぬ時は、大抵人間の手だった。

 

「対人格闘訓練を行う!」

 

ざわめき。

 

周囲の空気が少し変わった。

 

立体機動とは違う。

 

人間相手の訓練。

 

つまり、自分が殴られる可能性があるということだ。

 

嫌がる顔。

 

面白がる顔。

 

色々見える。

 

「兵士とは秩序を守る者だ!」

 

キースの声が続く。

 

「時に味方を守り、時に暴徒を制圧する!」

 

暴徒。

 

その言葉に少し笑いそうになった。

 

地下街なら全員暴徒だ。

 

「二人一組で組み手を行う!」

 

訓練兵達の間に、緊張が走った。

 

組み合わせで、その日の気分が決まる。

 

強い奴に当たりたくない。

 

そう思っている顔が多い。

 

エレンが横を見る。

 

「アスカ」

 

嫌な予感がした。

 

「組もうぜ」

 

「断る」

 

即答だった。

 

「まだ理由も言ってねぇ!」

 

「どうせ『強いから』だろ」

 

「……なんで分かった?」

 

分かりやすい。

 

アスカは肩を竦めた。

 

「面倒だ」

 

「冷てぇな!」

 

そのやり取りを、少し離れた位置でジャンが見ていた。

 

鼻で笑う。

 

「振られてやがる」

 

エレンが振り返る。

 

「うるせぇ!」

 

ジャンは肩をすくめる。

 

ただの軽口だった。

 

昨日の件を知っているからこそ、それ以上は触れない。

 

そういう距離感だった。

 

「静まれ!!」

 

キースの怒号。

 

空気が止まる。

 

「こちらで組み合わせを決める!」

 

名前が呼ばれ始める。

 

次々と。

 

組み合わせが決まっていく。

 

「エレン・イェーガー!」

 

エレンが反応する。

 

「ライナー・ブラウン!」

 

ライナーが前へ出た。

 

大きい。

 

近くに立つだけで圧がある。

 

だが、その目は柔らかい。

 

エレンが息を吐く。

 

強敵だと分かっていた。

 

「よろしくな」

 

ライナーが笑う。

 

「負けねぇ」

 

エレンが返す。

 

その熱量に、ライナーは少しだけ笑った。

 

次。

 

「アスカ・ラングレー!」

 

呼ばれた瞬間、アスカは一歩前へ出る。

 

ラングレー。

 

その名前を呼ばれるたび、少しだけ胸の奥が引っかかる。

 

拾った名前だ。

 

昔のことはほとんど覚えていない。

 

気づいた時には地下街にいた。

 

自分の名前だけがあった。

 

それが本当に自分のものなのかも、分からない。

 

でも今はそれでいい。

 

「アニ・レオンハート!」

 

静かに前へ出る金髪の少女。

 

歩き方が静かだった。

 

重心がぶれない。

 

足音が軽い。

 

昨日から気になっていた。

 

立っているだけで分かる。

 

この女は、戦える。

 

アニもアスカを見る。

 

その目は冷たかった。

 

冷たいというより、深い。

 

簡単には底が見えない。

 

「……よろしく」

 

先に言ったのはアニだった。

 

感情のない声。

 

アスカは肩を回した。

 

関節が鳴る。

 

「死なない程度にな」

 

冗談のつもりだった。

 

だがアニは眉をわずかに動かした。

 

「対人格闘でそういうこと言う?」

 

アスカは少し口元を上げた。

 

――面白い。

 

周囲がざわつく。

 

「アスカか」

 

「昨日すげぇ安定してた奴だ」

 

「アニも強ぇぞ」

 

「見ものだな」

 

視線が集まる。

 

慣れていた。

 

地下街でも視線は集まる。

 

殴り合いの前か、奪い合いの前だ。

 

視線の意味は大体同じだった。

 

キースが手を上げる。

 

「始めろ!!」

 

その声と同時に。

 

土が弾けた。

 

アニが踏み込んでいた。

 

最初の一歩が速かった。

 

踏み込みの音が小さい。

 

土を蹴ったはずなのに、ほとんど跳ねない。

 

力の逃がし方を知っている足だった。

 

アスカは半歩だけ重心を後ろへ移した。

 

次の瞬間、アニの蹴りが横から走る。

 

風が頬を撫でた。

 

速い。

 

そして正確だ。

 

顔面を狙っていた。

 

躊躇がない。

 

訓練用の手加減じゃない。

 

――いい。

 

アスカの口元がわずかに緩む。

 

アニは止まらない。

 

着地と同時に身体を沈める。

 

低い。

 

次は足だった。

 

軸足を払う動き。

 

崩すつもりだ。

 

アスカは跳んだ。

 

靴裏が土を離れる。

 

避けた先へ、すでに拳が来ていた。

 

読んでいた。

 

二手先。

 

三手先。

 

アスカは首を傾けるだけでそれを外した。

 

拳が耳元を通り過ぎる。

 

風が鳴る。

 

――綺麗だな。

 

地下街の喧嘩にはない動きだった。

 

無駄がない。

 

狙いがはっきりしている。

 

型がある。

 

教わった動きだ。

 

だからこそ。

 

癖がある。

 

アニの左肩がわずかに沈む。

 

その瞬間、次が読めた。

 

蹴りだ。

 

アスカは前へ出た。

 

アニの間合いの内側へ。

 

蹴りは最も力が乗る。

 

だが伸び切る前なら、力は死ぬ。

 

腕で脚を受ける。

 

重い。

 

だが止められる。

 

そのまま掴む。

 

アニの目が動いた。

 

初めて。

 

予想外だったらしい。

 

引く。

 

体勢が崩れる。

 

地面へ落ちる前に腕を取る。

 

捻る。

 

関節が軋む。

 

アニが反射で身体を回す。

 

逃がした。

 

速い。

 

普通ならそのまま折れていた。

 

距離が開く。

 

互いに止まる。

 

息だけが白く見えた気がした。

 

アニは黙っている。

 

目だけが変わっていた。

 

最初より深い。

 

見ている。

 

観察している。

 

「……変な動き」

 

アニが言った。

 

息は乱れていない。

 

アスカも肩を回す。

 

「そっちもな」

 

「訓練兵の動きじゃない」

 

「訓練兵じゃない時期の方が長い」

 

アニは少しだけ眉を動かした。

 

意味を測るように。

 

その一瞬で、アスカが踏み込む。

 

速い。

 

低い。

 

懐へ。

 

アニが受けようと腕を上げる。

 

その前に身体を入れる。

 

肩で押す。

 

崩す。

 

浮く。

 

アニの足が地面を離れた。

 

投げる。

 

背中から土へ落ちる。

 

息が詰まる音。

 

アスカが馬乗りになる。

 

拳が喉元で止まる。

 

静寂。

 

「……勝負あり!」

 

教官の声。

 

周囲がざわめく。

 

アスカが手を引く。

 

アニは自分で起き上がった。

 

手を借りない。

 

服の土を払う。

 

その横顔には悔しさも怒りもない。

 

ただ少し考えていた。

 

「……強いね」

 

その言葉に、アスカは少し目を細める。

 

褒め言葉かどうかは分からなかった。

 

「お前もな」

 

アニは何も言わなかった。

 

ただ一瞬だけ。

 

アスカの手元を見た。

 

関節を極めた時の指の使い方。

 

力の流れ。

 

癖。

 

覚えるように見ていた。

 

その視線だけが残った。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「次!」

 

ライナーが前に出る。

 

大きい。

 

近くで見ると壁みたいだった。

 

「やるか」

 

「別にいい」

 

向かい合う。

 

ライナーは構える。

 

隙がない。

 

力だけじゃない。

 

基礎が出来ている。

 

「始め!」

 

ライナーは真正面から来た。

 

アニとは違う。

 

隠さない。

 

力をそのまま前に出してくる。

 

踏み込みで地面が沈む。

 

大きい。

 

近くにいるだけで圧迫感があった。

 

拳が飛ぶ。

 

速い。

 

体格の割に速い。

 

アスカは首を振って避ける。

 

拳が頬の横を通る。

 

風圧が皮膚を叩いた。

 

――重い。

 

当たれば終わる。

 

二発目。

 

三発目。

 

連続。

 

アスカは避ける。

 

受けない。

 

受ければ崩れる。

 

ライナーの強さは分かりやすい。

 

身体が出来ている。

 

基礎もある。

 

だから厄介だった。

 

四発目。

 

少し大振りになる。

 

待っていた。

 

アスカが踏み込む。

 

拳の内側へ。

 

膝へ蹴り。

 

ライナーの足がぶれる。

 

だが倒れない。

 

耐える。

 

すぐ拳が返ってくる。

 

アスカは肩で流した。

 

重い。

 

腕が痺れる。

 

普通の人間じゃない。

 

そう思った。

 

ライナーが掴みに来る。

 

捕まれば終わる。

 

力で潰される。

 

アスカは低く沈む。

 

視界の下へ。

 

足払い。

 

ライナーの軸がずれる。

 

その瞬間。

 

背中へ回る。

 

喉元へ手刀。

 

止める。

 

ライナーの拳も止まる。

 

アスカの顔の横。

 

あと少しで届いていた。

 

静止。

 

互いの呼吸だけが聞こえる。

 

「……勝負あり!」

 

離れる。

 

ライナーが息を吐いた。

 

「参った」

 

素直だった。

 

アスカは肩を回した。

 

受けた衝撃が残っていた。

 

「硬ぇな」

 

ライナーが笑う。

 

「お前も速い」

 

でもライナーの目は笑っていなかった。

 

見ていた。

 

測っていた。

 

急所。

 

崩し。

 

移動。

 

全部が実戦だった。

 

訓練の動きじゃない。

 

「どこで覚えた?」

 

アスカは少し考えた。

 

覚えた記憶はない。

 

気づけば出来た。

 

「知らねぇ」

 

本当に。

 

ライナーは黙った。

 

その答えが一番不気味だった。

 

知らないのに出来る。

 

身体が知っている。

 

そういう類の動きだった。

 

ライナー戦の後だった。

 

エレンが来た。

 

顔が熱い。

 

悔しさがそのまま出ていた。

 

エレンはライナーに負けた直後だった。

 

「やれ」

 

アスカは眉を上げた。

 

「何を」

 

「俺とだ」

 

即答だった。

 

「嫌だ」

 

「なんでだよ」

 

「疲れた」

 

半分本音だった。

 

ライナーの拳は重い。

 

腕がまだ痺れている。

 

だがエレンは引かない。

 

「一回だけでいい」

 

周囲の訓練兵が見る。

 

ざわつく。

 

期待している。

 

アスカは面倒だと思った。

 

でも断っても来る顔だった。

 

「……一回だけだ」

 

エレンの顔が変わる。

 

火がついたみたいだった。

 

向かい合う。

 

構えは荒い。

 

だが目は死んでいない。

 

キースの合図。

 

エレンが突っ込む。

 

速い。

 

真っ直ぐ。

 

迷いがない。

 

でも真っ直ぐすぎる。

 

アスカは半歩ずれる。

 

空振る。

 

その腕を取る。

 

引く。

 

投げる。

 

地面。

 

土が舞う。

 

終わり。

 

普通なら。

 

エレンが起きる。

 

速い。

 

息が荒い。

 

でも来る。

 

拳。

 

アスカが避ける。

 

蹴り。

 

遅い。

 

取る。

 

崩す。

 

押し倒す。

 

喉元へ拳。

 

止める。

 

「終わりだ」

 

そう言った。

 

だがエレンは止まらない。

 

腕を払う。

 

無理やり起きる。

 

また来る。

 

顔が赤い。

 

息が荒い。

 

技術じゃない。

 

執念だけで動いている。

 

アスカは少し驚いた。

 

倒されても。

 

崩されても。

 

前に出る。

 

地下街にもこういう奴はいた。

 

大抵、死ぬまで止まらない。

 

エレンの拳が飛ぶ。

 

荒い。

 

読める。

 

でも止まらない。

 

最後。

 

アスカの拳が腹に入る。

 

空気が抜ける音。

 

エレンが膝をつく。

 

吐きそうな顔。

 

でも目はまだ前を向いていた。

 

「……勝負あり!」

 

周囲が息を吐く。

 

終わった。

 

でもアスカだけが分かっていた。

 

コイツは終わっていない。

 

負けても。

 

たぶん、終わらない。

 

それが少し面倒で。

 

少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

夕方。

 

井戸の水は冷たかった。

 

手についた土を流す。

 

赤くなった拳を見下ろす。

 

少し腫れていた。

 

足音。

 

一人分。

 

軽い。

 

振り返らなくても分かる。

 

アニだった。

 

隣に立つ。

 

水を汲む。

 

黙って飲む。

 

沈黙。

 

嫌じゃなかった。

 

珍しいことだった。

 

「ライナーにも勝つんだ」

 

唐突だった。

 

アスカは水を掬う。

 

顔を洗う。

 

冷たい。

 

「勝っただけだ」

 

「勝つのと勝てるのは違う」

 

アニは井戸の底を見るみたいに言った。

 

深い意味があるのかは分からない。

 

「お前も強い」

 

アスカが言う。

 

アニは少し止まった。

 

「そう?」

 

「隠してるだろ」

 

アニが視線を上げる。

 

初めて少しだけ温度があった。

 

「何を?」

 

「色々」

 

アニは少しだけ笑った。

 

否定もしない。

 

肯定もしない。

 

それだけだった。

 

「また組むかもね」

 

「そうだな」

 

アニは去った。

 

振り返らない。

 

でも歩幅が少しだけ緩かった気がした。

 

宿舎へ戻る途中。

 

エレンが追いつく。

 

「次は勝つ」

 

息が上がっている。

 

訓練後なのに走ってきたらしい。

 

「無理だろ」

 

「うるせぇ」

 

いつもの調子だった。

 

その後ろからライナーが来る。

 

笑っている。

 

「エレン、お前元気だな」

 

「負けっぱなしで終われるかよ」

 

ライナーがアスカを見る。

 

「お前、本当に変わってるな」

 

「そうか?」

 

「戦い方が、生き残るための戦い方だ」

 

その言葉に、アスカは少しだけ止まる。

 

地下街では普通だった。

 

だが地上では違うらしい。

 

その違いが、まだよく分からない。

 

エレンが前へ出る。

 

「次は絶対勝つ!」

 

何回目だ。

 

アスカは小さく息を吐いた。

 

夕日が落ちる。

 

長く伸びる影が並ぶ。

 

騒がしい声。

 

笑い声。

 

足音。

 

地下街にはなかった音だった。

 

少しだけ。

 

ほんの少しだけ。

 

悪くないと思った。

 

 





対人格闘描写少なすぎてオリジナルだいぶ入ってます。
不快に思われた方は大変申し訳ないです。

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