地下に眠るダイヤモンド   作:ニャンニャンコポン

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地下街育ちっていつ言ったの?って質問は
どこかでアスカ自身が話してるということにしてください。




見落とさない

 

 

 

 

 立体機動訓練において重要なのは、技術だけではない。

 

 森を飛ぶという行為は常に死と隣り合わせだ。アンカーを打ち込む位置を誤れば木に激突する。ガスの噴射量を間違えれば空中で姿勢を崩す。ほんの僅かな判断ミスが、そのまま死に繋がる。

 

 だからこそ教官達は口酸っぱく言うのだ。

 

 周囲を見ろ、と。

 

「対巨人戦を想定しろ! 視野を狭めるな!」

 

 森の中にキース教官の怒号が響く。訓練兵達は木々の間を飛び回りながら、必死に立体機動装置を扱っていた。

 

 アスカもその中の一人だった。

 

 ガスを噴射し、身体を前方へ投げ出す。木の幹へアンカーを打ち込み、ワイヤーを巻き取る勢いを利用して身体を回転。次の木へ。

 

 風が頬を掠める。

 

 地下街を走っていた時と感覚は似ていた。違うのは、頭上に空がある事くらいだ。

 

 木々との距離。枝葉の位置。他の訓練兵の動き。全部が自然と頭に入ってくる。

 

 考えるより先に身体が反応していた。

 

「っ……!」

 

 身体を捻り、真横の木へアンカーを打ち込む。勢いを殺さぬまま枝を蹴り、再び前へ。

 

 その様子を見ていた教官達の表情は険しかった。

 

「なんだあの動き……」

 

「地下街育ちと言っていたな」

 

「適性が高いというレベルではないぞ」

 

 空中での姿勢制御に一切の無駄がない。普通の訓練兵なら一度速度を落としてから次の行動へ移るところを、アスカは流れるように繋げている。

 

 まるで最初から空中で戦う事を知っているかのように。

 

「……」

 

 アスカ自身は周囲の声など気にしていなかった。

 

 視線を巡らせる。

 

 前。

 

 横。

 

 上。

 

 後ろ。

 

 無意識だった。

 

 誰がどこを飛んでいるか。誰が焦っているか。誰が限界に近いか。

 

 全部見える。

 

 視界の端に金髪が映った。

 

 アニだった。

 

 木々の間を最短距離で抜けていく。無駄のない動き。姿勢制御も正確。並の訓練兵より遥かに上手い。

 

 だが。

 

「……?」

 

 一瞬だけ違和感を覚える。

 

 重心移動。

 

 アンカーを打つタイミング。

 

 動きが合理的すぎる。

 

 人を殺す為の動きに近い。

 

 そんな感覚が脳裏をよぎった。

 

 だが次の瞬間。

 

「うおっ!?」

 

 別方向から叫び声が響いた。

 

 コニーだった。

 

 アンカーの打ち込みが浅い。身体が横へ流され、制御を失っている。

 

「バカ! 木にぶつかるぞ!」

 

 ジャンが叫ぶ。

 

 コニーの身体が回転する。このままでは正面の木に激突する。

 

 訓練兵達の顔が強張った。

 

 だが、その瞬間にはアスカの身体が動いていた。

 

「っ!」

 

 ガスを最大噴射。

 

 木を蹴り、一気に加速する。視界が流れる。コニーの軌道、木との距離、衝突までの時間を瞬時に把握。

 

 間に合う。

 

 ワイヤーを切り替え、軌道変更。そのまま勢いよくコニーの身体を蹴り飛ばした。

 

「ぶべぇっ!?」

 

 間抜けな声と共にコニーの軌道が逸れる。直後、アスカは木の幹に足を叩き込み、衝撃を殺した。

 

 枝葉が大きく揺れる。

 

 静まり返る森。

 

「……は?」

 

 コニーが呆然と声を漏らした。

 

 アスカはワイヤーを巻き取りながら言う。

 

「アンカー打つ前に木の太さくらい見ろ。細い枝に打ち込めば抜けるに決まってるだろ」

 

「い、いや今の……」

 

「次から気をつけろ」

 

 それだけ言って再び飛ぶ。

 

 背後でざわめきが広がった。

 

『速ぇ……』

 

『反応おかしくねぇか?』

 

『どうやったんだ今の』

 

 アスカは聞き流す。

 

 だが、自分でも少し分かっていた。

 

 身体が勝手に動いた。

 

 考えるより先に。

 

 あの日みたいに。

 

 燃える教会。

 

 崩れる天井。

 

 悲鳴。

 

『今度はちゃんと見ろ』

 

 レオの声が脳裏を掠める。

 

 アスカは小さく舌打ちした。

 

 忘れた事なんて一度もない。

 

 むしろ日に日に鮮明になっている気さえした。

 

 視線を巡らせる。

 

 異常はない。

 

 そう判断した瞬間、再び視線を感じた。

 

 アニだった。

 

 少し離れた木の枝にワイヤーを引っ掛けたまま、こちらを見ている。

 

 感情の薄い目。

 

 だが確かに見ていた。

 

 さっきの動きを。

 

 アスカは少し眉を寄せる。

 

 アニは何も言わない。

 

 ただ数秒こちらを見た後、再び森の奥へ飛んでいった。

 

「……なんなんだよ」

 

 小さく呟き、アスカも再び木々の中へ身体を躍らせた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 訓練終了の合図が鳴り響く頃には、森の中はガスの匂いと疲労した訓練兵達の息遣いで満ちていた。

 

 枝の上へ降り立ったジャンが、乱暴に額の汗を拭う。

 

「クソ……何回やっても慣れねぇ」

 

「いやぁでも、最初よりは飛べるようになってきた気がするぜ!」

 

 コニーはそう言いながら笑ったが、次の瞬間には脛を押さえてうずくまった。

 

「痛ってぇ……」

 

「当たり前だ馬鹿。木に激突しかけてたんだぞ」

 

「いやアレはアスカが急に蹴るからだろ!」

 

「蹴られなかったら今頃顔面潰れてたけどな」

 

 ジャンの言葉にコニーが押し黙る。少し離れた場所ではサシャが木にもたれかかりながら荒い呼吸を繰り返していた。

 

「はぁ……はぁ……。立体機動ってほんとに疲れますね……」

 

「お前は体力以前に飛びながらパン食おうとするな」

 

「必要な栄養補給です!」

 

「空中でやるな」

 

 そんなやり取りを聞き流しながら、アスカは装置の点検をしていた。ワイヤーの状態、アンカー部分の摩耗、ガス残量。地下街時代から染み付いた癖だった。使う道具を信用しすぎるな。壊れた時に死ぬのは自分だ。

 

「アンタさ」

 

 不意に声が飛んできた。

 

 顔を上げる。

 

 アニだった。

 

 木陰に立ったまま、こちらを見ている。

 

「……なんだよ」

 

「さっきの」

 

「コニーの事か?」

 

「違う」

 

 アニは短く返す。

 

「動き」

 

「……」

 

「訓練兵の動きじゃない」

 

 アスカは小さく眉を寄せた。

 

「褒めてんのか?」

 

「別に。ただ気になっただけ」

 

 アニは壁を眺めるような目で言う。

 

「アンタ、人を殴るの慣れてるでしょ」

 

 その瞬間、周囲の音が少し遠のいた気がした。

 

 風が枝を揺らす音。

 

 誰かの笑い声。

 

 ガスの抜ける音。

 

 全部が少し遠い。

 

「……お前もな」

 

 アスカは短く返した。

 

 アニの目がほんの少しだけ細くなる。

 

「分かるんだ」

 

「分かる」

 

 沈黙。

 

 互いにそれ以上は踏み込まない。

 

 だが、そこで終わる会話ではなかった。

 

「地下街?」

 

 アニが聞く。

 

「まぁな」

 

「……そ」

 

 アニはそれ以上聞かなかった。

 

 普通なら興味を持つはずだった。地下街出身なんて珍しい。だがアニは違う。必要以上に踏み込まない。

 

 その距離感が、少しだけ居心地よく感じた。

 

「おーいアニ!」

 

 遠くからライナーの声が響く。

 

 アニがそちらを見る。

 

「教官呼んでるぞ!」

 

「今行く」

 

 短く返し、アニは踵を返した。

 

 その背中を見ながら、アスカは小さく息を吐く。

 

 不思議な奴だと思った。

 

 感情が薄いくせに、妙に周りを見ている。

 

 それが少しだけ、自分に似ていた。

 

「アスカー!」

 

 今度は別方向から声が飛ぶ。

 

 振り返ると、エレンがこちらへ走ってきていた。

 

「お前すげぇな! あんな動きどうやるんだよ!?」

 

「知らん。感じろ」

 

「お前コニーと同じ事言ってるぞ」

 

「じゃあ天才なんじゃねぇの」

 

「なんだよそれ!」

 

 エレンが食ってかかるように言う。その後ろからアルミンとミカサも歩いてきていた。

 

「でも本当に凄かったよ。あの距離から間に合うなんて」

 

 アルミンが感心したように言う。

 

 アスカは肩を竦めた。

 

「見えてたからな」

 

「見えてた?」

 

「コニーが死にかけてるのが」

 

「死ぬって大袈裟だな!?」

 

 コニーが叫ぶ。

 

「いや普通に死んでたぞお前」

 

 ジャンが真顔で返した。

 

「ジャンまで!?」

 

 周囲に笑いが広がる。

 

 その様子を見ながら、アスカはふと違和感を覚えた。

 

 うるさい。

 

 騒がしい。

 

 なのに。

 

 嫌じゃない。

 

「……」

 

 少しだけ眉を寄せる。

 

 地下街では考えられなかった。

 

 誰かと騒ぐことも。

 

 馬鹿みたいな会話をすることも。

 

 そんな余裕はなかった。

 

 だが今は違う。

 

 気づけば、自然と名前を覚えている。

 

 エレン。

 

 アルミン。

 

 ミカサ。

 

 ジャン。

 

 コニー。

 

 サシャ。

 

 ライナー。

 

 ベルトルト。

 

 アニ。

 

 ユミル。

 

 クリスタ。

 

 いつの間にか、ちゃんと区別している自分がいた。

 

 それが少しだけ気に食わなかった。

 

 名前を覚えるという事は、そいつを認識するという事だ。

 

 認識すれば、失った時に残る。

 

 焼け跡みたいに。

 

「……アスカ?」

 

 アルミンが不思議そうに声をかける。

 

「なんでもねぇ」

 

 アスカは短く返した。

 

 そのまま装置を肩に担ぎ、森の出口へ向かって歩き出す。

 

 背後ではまだ誰かが騒いでいた。

 

 その声を聞きながら、アスカは小さく舌打ちする。

 

 ──輪の中に入る気なんて、無かったはずなんだけどな。

 

 そんな事を考えてしまった自分に、少しだけ苛立っていた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 森を抜け、訓練兵達が兵舎へ戻る頃には空は赤く染まり始めていた。夕陽が木々の隙間から差し込み、地面へ長い影を落としている。

 

 地下街では見る事の出来なかった色だった。

 

 最初に見た時は、正直不気味だと思った。空が燃えているみたいで落ち着かなかったのを覚えている。

 

「おいアスカ」

 

 後ろからライナーが声をかけてくる。

 

 振り返ると、隣にはベルトルトもいた。

 

「さっきの動き、かなり凄かったぞ」

 

「そうか?」

 

「そうか?じゃねぇよ。コニー助けた時なんか特にな」

 

 ライナーは笑いながらアスカの肩を軽く叩いた。

 

「地下街育ちってのは、みんなあんななのか?」

 

「んな訳あるか。俺が特別なだけだろ」

 

「ハッ、言うじゃねぇか」

 

 ライナーが豪快に笑う。

 

 その横でベルトルトは少し困ったように笑っていた。

 

「でも本当に驚いたよ。アスカって周りを見るのが上手いよね」

 

「……まぁな」

 

 周りを見る。

 

 その言葉に少しだけ引っかかる。

 

 無意識だった。

 

 見なければ死ぬ。

 

 それが身体に染み付いているだけだ。

 

「ライナー達はどうなんだよ」

 

「ん?」

 

「お前らも普通じゃねぇだろ」

 

 二人の足が一瞬だけ止まる。

 

 ほんの僅か。

 

 だがアスカは見逃さなかった。

 

「立体機動、慣れてる感じがする」

 

「そりゃ体格には自信あるからな!」

 

 ライナーはすぐに笑って返した。

 

 自然だった。

 

 だが。

 

 ベルトルトの呼吸が一瞬だけ浅くなった。

 

 視線が泳ぐ。

 

 ほんの僅かな変化。

 

「……」

 

 アスカは何も言わない。

 

 ただ見る。

 

 癖みたいに。

 

 ライナーが笑いながら話を続ける。

 

「まぁお前ほどじゃねぇさ。あんな動きされたら自信無くすぜ」

 

「お前はその図体だけで十分だろ」

 

「ははっ、違ぇねぇ!」

 

 会話は普通だった。

 

 だがアスカの頭の片隅には、小さな違和感が残っていた。

 

 ライナーとベルトルト。

 

 この二人は時々、妙に空気が変わる。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 何かを隠している人間の目になる。

 

 地下街で何度も見た目だった。

 

 だが証拠は無い。

 

 だから深くは考えない。

 

 今は。

 

「お前ら遅ぇよ!早くしねーと教官がうるせぇぞ!」

 

 前方からコニーが叫ぶ。

 

 その隣ではジャンが露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「お前がうるせぇんだよ」

 

「おい聞いたか!? ジャンがまた暴言吐いたぞ!」

 

「またってなんだ!」

 

「事実だろ」

 

「アスカまで!?」

 

 周囲に笑いが広がる。

 

 サシャはいつの間にかパンを齧っていた。

 

「サシャ、お前どこからパン持ってきた」

 

「食堂のおばちゃんがくれました!」

 

「絶対盗っただろ」

 

「失礼ですね!」

 

「口の周りのパン屑拭いてから言え」

 

「……あっ」

 

 馬鹿みたいな会話だった。

 

 地下街では有り得ない。

 

 あそこでは誰かが笑えば、その裏で誰かが死ぬ。

 

 そんな場所だった。

 

 なのに。

 

 今は。

 

「……」

 

 気づけば、口元が少し緩んでいた。

 

 自分でも驚く。

 

 その瞬間。

 

 視線を感じた。

 

 横を見る。

 

 少し離れた位置を歩いていたアニと目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 アニは数秒こちらを見た後、ふいっと視線を逸らす。

 

 その顔は相変わらず無表情だったが、ほんの少しだけ目が細くなっていた気がした。

 

「なんだよ」

 

 小さく呟く。

 

 すると前方からエレンの声が飛んできた。

 

「アスカ! 今日飯食った後、少し付き合ってくれよ!」

 

「嫌だ」

 

「即答!?」

 

「お前といると疲れる」

 

「酷ぇ!」

 

 エレンが大袈裟に肩を落とす。その様子を見てアルミンが苦笑し、ミカサは無言のままエレンの襟を引っ張っていた。

 

「エレン、道の真ん中で立ち止まると邪魔」

 

「ぐえっ」

 

 アスカはその光景を見ながら、ふと空を見上げた。

 

 赤い空。

 

 広い。

 

 地下街では絶対に見えなかった景色。

 

 あの日、焼け落ちた教会の炎も赤かったなと、ふと思う。

 

 その瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。

 

『今度はちゃんと見ろ』

 

 レオの声が蘇る。

 

 アスカは無意識に周囲を見た。

 

 誰がどこにいるか。

 

 誰が笑っているか。

 

 誰が前を歩いているか。

 

 全部確認する。

 

 まだいる。

 

 全員。

 

 ちゃんと。

 

「……はっ」

 

 小さく笑う。

 

 自分でも何がおかしいのか分からなかった。

 

 ただ。

 

 見落としたくないと思っている自分が、少しだけ気に食わなかった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 食堂はいつも通り騒がしかった。

 

 訓練終わりの訓練兵達が一斉に流れ込んでくるせいで、室内は熱気と喧騒で満ちている。スープの匂い、焼きたてのパンの香り、食器がぶつかる音。地下街とは違う、人間が生きている音だった。

 

「今日は肉あるぞ肉!」

 

 コニーが真っ先に列へ飛び込んでいく。

 

「押すな馬鹿!」

 

「早い者勝ちだろ!」

 

「ガキかお前は」

 

 ジャンが呆れたように言う。その後ろではサシャが異常な集中力で配給を見つめていた。

 

「……今日は芋じゃない」

 

「お前は芋から離れろ」

 

 そんなやり取りを聞き流しながら、アスカは適当に食事を受け取る。

 

 パン。

 

 スープ。

 

 少量の肉。

 

 地下街なら奪い合いになってもおかしくない量だった。

 

「アスカ! こっち座れよ!」

 

 エレンが手を振っている。

 

 その隣にはアルミン、ミカサ、コニー、ジャン。既に騒がしい空間が完成していた。

 

 アスカは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「なんで俺が」

 

「いいじゃねぇか減るもんでもねぇし!」

 

「精神力は減る」

 

「なんだよそれ!」

 

 エレンが騒ぐ。

 

 周囲から笑いが漏れた。

 

 アスカは小さく溜息を吐き、そのテーブルへ向かう。

 

「お前、最近普通に来るよな」

 

 ジャンがニヤつきながら言う。

 

「あ?」

 

「前は一人で食ってたじゃねぇか」

 

「たまたまだろ」

 

「へぇ〜」

 

「なんだその顔」

 

「いや別に?」

 

 完全に面白がっている顔だった。

 

 アスカは軽く舌打ちし、パンを齧る。

 

 すると向かい側のアルミンが少し感心したように言った。

 

「でも本当に凄いよね、アスカって。周りを見るのが上手いっていうか」

 

「またその話か」

 

「だって普通、あの速度でコニー助けられないよ」

 

「いやホントにな!? 俺マジで死んだかと思った!」

 

「実際死にかけてただろ」

 

「ジャンお前最近俺に辛辣じゃね!?」

 

「元からだ」

 

 また笑いが起きる。

 

 騒がしい。

 

 うるさい。

 

 なのに不快じゃない。

 

「……」

 

 アスカは無言でスープを口に運ぶ。

 

 温かい。

 

 地下街では冷えた飯が当たり前だった。

 

 こういう小さな違いが、時々妙に落ち着かない。

 

「なぁアスカ!」

 

 エレンが身を乗り出してくる。

 

「今度さ、立体機動のコツもっと教えてくれよ!」

 

「嫌だ」

 

「また即答!?」

 

「お前説明しても感覚で突っ込むだろ」

 

「うっ……」

 

「図星だな」

 

 ジャンが笑う。

 

 エレンが悔しそうに睨み返した。

 

「じゃあミカサはどうなんだよ!」

 

「私は感覚じゃなくて出来る」

 

「意味わかんねぇ!」

 

「エレンが馬鹿なだけ」

 

「ミカサまで!?」

 

 アスカは思わず鼻で笑った。

 

 その瞬間だった。

 

「……笑うんだ」

 

 横から声が落ちる。

 

 視線を向ける。

 

 いつの間にか隣にアニが立っていた。

 

「……なんだよ」

 

「別に」

 

 アニは無表情のまま答える。

 

 だが視線だけはこちらへ向いていた。

 

「アンタ、いつも不機嫌そうだから」

 

「お前にだけは言われたくねぇ」

 

「失礼だね」

 

「事実だろ」

 

 短いやり取り。

 

 だが不思議と嫌な空気にはならなかった。

 

 アニは少しだけ目を細める。

 

「隣、いい?」

 

「……好きにしろ」

 

 アニがアスカの隣へ腰を下ろす。

 

 それを見たコニー達の動きが一瞬止まった。

 

「……?」

 

 ジャンが露骨にニヤつく。

 

 エレンは何故か「おぉ……」みたいな顔をしていた。

 

「なんだお前ら」

 

「いや別に〜?」

 

「気持ち悪ぃな」

 

「珍しいなぁと、思っただけだよ」

 

「は?」

 

 意味が分からず眉を寄せるアスカの横で、アニは静かにスープを口に運んでいた。

 

 その様子を見ながら、ミカサが無言でエレンを睨む。

 

「エレン、変な事言ったらダメ」

 

「俺まだ何も言ってねぇだろ!?」

 

「言いそうだった」

 

「理不尽すぎる!」

 

 再び笑いが起きる。

 

 アニは特に混ざらない。

 

 だが席を立とうともしなかった。

 

「……」

 

 アスカは少しだけ横目でアニを見る。

 

 横顔は静かだった。

 

 感情が薄い。

 

 でも、時々目だけが妙に鋭くなる。

 

 周りを見ている目だ。

 

 地下街で何度も見た。

 

 人を信用しきれない人間の目。

 

「……なんかついてる?」

 

 アニがこちらを見ずに言う。

 

「別に」

 

「そう」

 

 短い返事。

 

 それだけで会話は終わる。

 

 だが妙に居心地が悪くなかった。

 

 その事実に、アスカは少しだけ眉を寄せる。

 

 食堂は相変わらず騒がしい。

 

 誰かが笑っている。

 

 誰かが怒鳴っている。

 

 誰かがパンを奪い合っている。

 

 地下街なら有り得ない光景だった。

 

 なのに。

 

 最近は、その音が少しだけ好きになり始めている自分がいた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 食事を終えた訓練兵達は、それぞれ自由時間を過ごしていた。

 

 談笑する者。装置の整備をする者。既に寝始めている者までいる。

 

 アスカは食堂を出た後、一人で装置庫へ向かっていた。

 

 立体機動装置の点検をする為だ。

 

 今日の訓練で少し違和感があった。ワイヤーの巻取りが一瞬だけ鈍かった気がする。気のせいかもしれないが、気のせいで死ぬのが一番馬鹿らしい。

 

 装置庫の扉を開ける。

 

 油の匂いが鼻に入った。

 

 中には数人の訓練兵がいたが、その中に見慣れた金髪を見つける。

 

「……またお前か」

 

 アニだった。

 

 装置を分解し、黙々と点検している。

 

「アンタこそ」

 

「違和感があった」

 

「私も」

 

 短い会話。

 

 だが自然だった。

 

 アスカは空いている机へ腰を下ろし、自身の装置を外す。

 

 ネジの緩み。ワイヤー部分。ガス機構。

 

 一つ一つ確認する。

 

 地下街では、自分の使う道具を他人任せにする奴から死んでいった。

 

「……慣れてるね」

 

 不意にアニが言った。

 

「何が」

 

「整備」

 

 アスカはワイヤーを弄りながら鼻を鳴らす。

 

「道具が壊れて死ぬのは御免だからな」

 

「普通の訓練兵はそこまで見ない」

 

「普通じゃねぇんだろ、俺」

 

「まぁね」

 

 アニは淡々と返した。

 

 カチャ、と工具の音が響く。

 

 静かだった。

 

 食堂とは違う静けさ。

 

 嫌いじゃない。

 

「アンタってさ」

 

 アニがぽつりと口を開く。

 

「時々、妙に周り見てるよね」

 

 アスカの手が一瞬だけ止まる。

 

「……そうか?」

 

「うん。人の癖とか、動きとか」

 

「見えてるだけだ」

 

「普通はそんな見えない」

 

 アスカは少し黙る。

 

 見ようとしている訳じゃない。

 

 勝手に入ってくるのだ。

 

 呼吸。

 

 視線。

 

 足音。

 

 癖。

 

 全部。

 

「まぁ癖だ」

 

「ふぅん」

 

 アニはそれ以上聞かなかった。

 

 だが少しだけ視線を感じる。

 

 観察されている。

 

 そんな感覚。

 

「お前もだろ」

 

 アスカが言う。

 

「……何が」

 

「人見るの慣れてる」

 

 カチャ。

 

 アニの手が一瞬だけ止まる。

 

 本当に一瞬だった。

 

 だがアスカは見逃さなかった。

 

「……そう?」

 

「隠し事してる奴の目してる」

 

「アンタに言われたくないな」

 

「否定しねぇんだ」

 

「アンタもね」

 

 数秒、視線が交差する。

 

 互いに探り合っているような空気だった。

 

 だが踏み込まない。

 

 踏み込めば壊れる距離だと、なんとなく分かっていた。

 

「アニ」

 

 突然、装置庫の入口から声がした。

 

 ライナーだった。

 

 その後ろにはベルトルトもいる。

 

「あ、いた」

 

「……何」

 

「教官が呼んでたぞ」

 

「今行く」

 

 アニは短く返し、工具を置く。

 

 立ち上がる直前、アスカの方をちらりと見た。

 

「装置、右側のワイヤー少し擦れてるよ」

 

「……は?」

 

 慌てて確認する。

 

 本当だった。

 

 ほんの僅かだが、摩耗している。

 

「なんで気づいた」

 

「見えたから」

 

 アニはそう言って、何事も無かったかのようにライナー達の方へ歩いていく。

 

 ベルトルトが軽く会釈した。

 

 ライナーは「また明日な」と笑う。

 

 扉が閉まる。

 

 静かになる。

 

「……」

 

 アスカはワイヤー部分を見つめた。

 

 本当に小さい傷だった。

 

 普通なら見落とす。

 

 なのにアニは気づいた。

 

「……見えてる、か」

 

 小さく呟く。

 

 自分だけじゃない。

 

 周りを見ている奴がいる。

 

 それが少しだけ妙な感覚だった。

 

 アスカは椅子へ深く座り直し、小さく息を吐く。

 

 装置庫の窓から夜空が見えた。

 

 広い空。

 

 地下街では見る事の出来なかった景色。

 

 なのに時々、息が詰まりそうになる。

 

 自由ってのは、案外落ち着かないものなのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、アスカは再び装置へ視線を落とした。

 

 

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