天国=地獄   作:ユナイテッド・ステイツ

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第1話 十五年後

 

 私が死んで十五年が経った。

 

 この十五年間、私は努力し続けた。

 

 例えば、天国の社会を理解するためにアルバイトをしたり、交友関係を広く深くするために色んな人と仲良くなったり、見聞を広めるために色んな場所に赴いたり。

 

 私は、とっても努力した。

 努力して、とっても疲れた。

 でも、私は努力をやめることが許されない。

 何故なら、欲しい来世が10京APもするから。

 

 ⋯⋯正直に言って、無理ゲーだよ、こんなの。

 涙が出ちゃうほど無理ゲーだよ。

 

 だって、アルバイトの月給が大体5万AP。

 大企業の平社員でも月給は13万AP。

 天国で最もお金を持ってる奴でも総額が40兆AP。

 

 10京APって、はっきり言って途方もなさすぎる⋯⋯

 

 しかしだ、私は諦めない。というか諦められない。

 私は一生を楽して過ごせる来世が欲しい。

 そのためなら、10京APが貯まるまで、どこかの会社で永遠に働き続けてやってもいいくらいだ。

 

 とは言っても、実際にどこかの会社で働くつもりは毛頭ない。だって、ブラックかもしれないから。

 

 そこで私は起業することにした。というかした。

 

 この十五年間、私がアルバイトを続けていたのも、交友関係を広く深く作り続けていたのも、見聞を広めるために色んな場所に行ったのも、全ては起業するためだ。

 

 アルバイトで起業するための資金を集め、交友関係を広く深くすることで人材の確保とコネクションづくりを同時に行い、色んな場所に行くことで起業する場所を探す。

 

 それが、この十五年間で私が行ってきた努力だ。

 

 その結果、私はエンジェルス・シティという都市でアフターライフという会社を起業することに成功した。

 

 エンジェルス・シティは天国最大の都市であると同時に、天国で唯一国家に属さない独立した都市だ。

 経済は一つの都市でありながら大国に匹敵し、様々な文化がエンジェルス・シティで生まれ、普及した。

 自前の軍事力は大国クラスの国が相手でも押し返すことができるし、その軍事力を支える膨大な人口と天国最先端の技術力がエンジェルス・シティにはある。

 

 天国で最も繁栄した都市。それがエンジェルス・シティだ。

 

 だが、治安は天国の中でも最悪と言える。

 国家に属してないから多種多様な悪人がやりたい放題。他国で悪事を働いてエンジェルス・シティに移住してくる人間は後を絶たないし、そうした人間を取り締まるはずの警察も賄賂次第でどうとでもなる。

 

 魔の巣窟。悪人が跳梁跋扈する最悪の都市。それが華々しい一面を持つエンジェルス・シティのもう一つの顔だ。

 

 でも、そんなデメリットに見合うだけのメリットがエンジェルス・シティには転がっている。

 失敗すれば這い上がれないところまで落ちること間違いなしだけど、ならば失敗しなければ良いだけの話。

 成功すれば巨万の富を得られるし、上手く立ち回れば裏社会で幅を利かせることだってできる。

 それに、手っ取り早く10京APを貯めるのにこれほど都合の良い場所はない。

 

 だから私はエンジェルス・シティで起業したんだ。

 

 そして、そんな都市で起業した私は現在、舞い込んできた依頼の一つを片付けるために二人のチンピラを追っていた。

 

「わざわざ裏路地に逃げ込んでくれちゃって!」

 

 今回の依頼は、私が現在進行形で追っている二人のチンピラを生きたまま捕まえて、販売業社を営んでいる依頼主のもとまで連れていくこと。

 どうやら依頼主は二人のチンピラにいちゃもんをつけられた挙げ句、店舗を破壊されたらしい。その恨みを晴らすために、二人に直接復讐がしたいとのことだ。

 なので、今回は殺さないために手加減をしなければならない。

 

湯鳥(ゆとり)くん、そっちに行かせるから後はお願いね!」

『分かりました』

「よし。んじゃ、グロック26!」

 

 今回のバディである篇木(へんぎ)湯鳥(ゆとり)くんに無線で連絡した私は、敵を誘導するために恩典──天使から買うことができる超能力のようなもの──でピストルを創造し、チンピラ二人が右の路地に行くように発砲した。

 

 パンッ! パンパンパンッ!

 

「クソッ! あいつ恩典持ちかよ!」

「いいから走れ! 右だ右!」

 

 作戦通りに右の路地へ曲がった二人を確認した私は、二人の逃走経路を断つために追随して右の路地へ入った。

 すると──

 

「“斬業(ざんぎょう)”」

「くっ!」

「あぁァッ!」

「あっぶな!」

 

 路地に入った瞬間、頭上を絶対零度の刃が通り過ぎた。

 

 咄嗟にしゃがんで避けた私とチンピラの一人は無事だったが、もう一人のチンピラは避けるのが遅れたのか、両腕の肘から先の部分が無くなっていた。

 

「俺の、俺の腕が! 腕がぁぁぁぁぁぁ!」

 

 痛みに泣き叫ぶチンピラと、逃げ場が無くなったことを察して諦めムードに入ったチンピラを尻目に、私は湯鳥くんに苦言を呈した。

 

「危ないでしょ湯鳥くん! 私に当たったらもうするつもりだったの!?」

「社長なら避けられると確信していたので」

「自分の上司を殺しかけたのに冷静すぎでしょ! その信頼はありがたく受け取っとくけど! でも生け捕りが目的なの忘れてない? 忘れてたよね!?」

「それは⋯⋯すみません」

 

 篇木(へんぎ)湯鳥(ゆとり)くん。

 

 目の下のクマが特徴的な青年で、氷河世代(ロストジェネレーション)という恩典の持ち主。恩典の能力で絶対零度の冷気を放出することができる。

 天国に来たばかりの所を私がアフターライフに誘って、そのまま入社してくれた冷静沈着な子だ。たまにその冷静さが仇となって危険に晒されることもあるけど、そこは愛嬌かな。実力を信頼されているとも言えるし。

 

 ていうかチンピラさん、どうして避け遅れて両腕が無くなったんだ? 普通、頭とか胴が切り落とされるところなのに。咄嗟に腕だけ上げたのか?

 

 まあ、そんなことはどうでもいっか。

 ひとまずチンピラさんの止血をしないと。

 

「湯鳥くん、止血をお願いできる?」

「分かりました」

 

 そう言って泣き叫ぶチンピラに近づいた湯鳥くんは、肘から先がなくなった両腕に“泳業(えいぎょう)”──湯鳥くんの技の一つ──で冷気を放ち、強引に止血した。

 仕事が早いのか大雑把なのか、判断しかねる出来だ。

 

 それを確認した私は、諦めムードのチンピラさんに話しかけた。

 

「すみませんが、お二人は私たちについて来てもらいます。理由はもちろん、お分かりですね?」

「た、頼む! 見逃してくれ!」

「日頃から色んな人に迷惑をかけていたみたいですね。バックにヤクザがいるだのギャングがいるだの言って、色んな飲食店で無銭飲食して、挙げ句の果てには私が贔屓にしているお店を少しとは言え破壊するだなんて」

「この都市なら誰でもやってるだろ!? 頼む! 金なら好きなだけ出すから見逃してくれ!」

「誰でもやってるから自分もやっていいってことにはならないでしょうが。あと、お金なんていりません」

 

 嘘。本当はお金めっちゃ欲しい。でも格好付けた手前、そんなこと言えるはずがない。

 

 対人用麻酔銃を創造した私は、チンピラ二人に麻酔弾を撃ち込んだ。即効性なのもあって一分と経たず眠りについたチンピラ二人を車に乗せた私と湯鳥くんは、依頼主がいつもいるお店までやってきた。

 

「いらっしゃいませ! と、相田さんじゃないですか。もしかして、もう依頼した件が片付いたんですか?」

 

 角刈りの黒髪にサングラスをかけた、いかにも悪人っぽい見た目のスーツの男性。蝶柄のネクタイが悪人っぽさを少しだけ打ち消してアクセントになっているこの人こそ、今回の依頼人である本田貫(ほんだぬき)仁王門(におうもん)さんその人だ。

 

 本田貫仁王門さんことニオさんは、繁華街を含む複数の場所にお店を構えているニオ商店の社長さんだ。厳つい感じの見た目だけど、話して見れば物腰柔らかで話の分かる人だ。

 

「こんにちは、ニオさん。その通りです。依頼されていた件、完璧にとは言えませんが片付きました。こちらが、あなたの店舗を破壊したチンピラ共です」

 

 そう言って指し示した先には、まだ麻酔が効いて眠っているチンピラ二人の姿と、そのチンピラ二人を台車に乗せて黙々と運んでいる湯鳥くんの姿があった。

 

 ていうか、あの台車どこから持ってきた?

 

「こちらの不手際により一人は両腕の肘から先が無くなっていますが、もう一人は無傷です。依頼が完璧な形で果たされていないことも考慮して、報酬は本来の金額から二割を差引いた8万APとなります」

「分かりました。では──」

 

 そう言って目を閉じたニオさん。この目を閉じるという行為は実体を持たないAPを送金する時に行う動作で、送りたい相手と額を強く念じながら行うことで、その相手に送りたい額のAPが届くという仕組みだ。

 

 天国に来た当初の私は、この仕組みになかなか慣れなくて苦労した。だって、思いのほか強く念じないと相手に送れないんだもん。

 

「送金しました。念のため確認しておいてください」

 

 ニオさんに言われた私は「確認」と強く念じた。すると視界に私が持つAPの総額が現れた。さらに「着金」と念じると、送った相手の名前と送られてきた金額が表示された。

 

 うん、間違いなくニオさんから8万APが送られてる。

 

「確かにいただきました。これからもアフターライフをご贔屓にお願いしますね!」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」

 

 依頼人と請負人として言葉を交わした私とニオさん。でも、ここからはいつも通りの友人の関係だ。

 私は友人が相手でも仕事が絡むなら他人行儀に接する質だからね。公私混同したら仕事として見れないから。

 

「それじゃ、私たちは帰りますね。あの二人はニオさんの好きにしちゃってください」

「はい、ありがとうございます! また来てください。いつでもお待ちしておりますので!」

 

 チンピラたちを受け渡した私と湯鳥くんは、そのまま車に乗って会社への道のりを進んだ。

 

 あの二人、ニオさんのことだから悪い風にはしないだろうけど、ニオさんの店があるのは繁華街だし、見せしめとして無給で働かされそうだなぁ。そうなったら冷やかしに会いに行っても良いかも。あの二人、反応良さそうだし。

 

「あ、ちなみに湯鳥くん、今後はちゃんと依頼完遂を目標にしてね? でないと報酬が減っちゃうから!」

「分かりました。今後は気をつけます」

「よろしい! あ、あとお腹減ったから牛丼食べに行こう。私の奢りだから感謝したまえよ?」

「ありがとうございます。では、少しスピードを出して行きましょうか」

「やめて? 安全運転で行こ?」

 

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