巨大な湖とそれを囲う断崖。湖のリエーニエと呼ばれる地方の北西の話だ。宝石のような、水晶のような美しさを持つ輝石という物質が大地を侵食している神秘的な場所に小さな村がある。
カーリアの星見村。俺はその星見村で暮らす、ごく普通の男児である。物心ついた時から夜空を見上げて、大人たちにならって星見をして育ってきた。
この星見というもの、学べば学ぶほど奥が深くて面白い。星見村のそこら中に生えている輝石、それは星の生命であり、同じものが遥か空の上で流れ、瞬き、運命を彩っているというのだ。夜空の星を読むことで運命を知る、つまり星見とは未来予知の儀式なのである。
ところで、俺には幼馴染がいる。名前をレナラといい、3つ下の妹みたいな存在だ。またレナラの実妹にレラーナという幼子もいるが、正直まだ小さすぎてどう接すればいいのかわからない。
対してレナラ、こっちの扱いは簡単だ。俺とレナラは言ってしまえばライバル、互いにどちらが星見として正確に運命を読めるか競い合う関係だ。
「あの星とあの星、昨日からの巡りは……わかったぞレナラ! もうすぐ大きい獣が捕れる!」
「違うわ、ネオ。あれは獣の星ではあるけどそんな大捕物じゃないわね。せいぜい隣のおじさんが野ウサギを獲ってくる程度ね」
「はぁ!? …………確かに、そう読めなくもない」
「そうとしか読めないわ。大人しく読み間違えを認めなさい?」
「ぐぬぬ……!」
──訂正しよう。星見の実力はレナラに軍配が上がる。それも圧倒的に。悔しいが競い合っているとは言えない。
いやまあ! レナラがおかしいんだ。12歳の癖して大人顔負けの星見の実力を持っている。村長でも気づけなかった大雨の星を読んで、村全体の洗濯物を救った実績さえある。俺だって15にしてはかなり読めている方だ! そのはずだ!
「そういえばレナラ、最近たまに夜の星見に参加しない日があるけど体調でも悪いのか?」
「いいえ、星を見やすい場所を探して散歩しているの。
「へぇ。調子はどうだ?」
「南の方に良さそうな場所を見つけたわ。少し遠いけど静かでいい場所よ」
「そりゃいいな。でも夜は亜人共が凶暴化するだろ? 危なくないか?」
俺はレナラを心配する“フリ”をした。
そうフリだ。このレナラに限っては心配する必要なんてまったくない。
「また心にもないことを言って……。私が亜人に遅れを取る訳がないでしょう?」
「そりゃそうだ」
魔術。それは星見の副産物ともいえる技術だ。
星の生命である輝石から魔力を引き出し、杖を触媒に奇跡を齎す。優れた星見は即ち優れた魔術師なのだ。
レナラはカーリア村に伝わる『魔術の輝剣』だけでなく、本来湖の中心にあるレアルカリア魔術学院で専門的な探究をしないと身に着けられない輝石魔術も扱う。
……俺も『魔術の輝剣』は使えるが、輝石魔術となると流石に使えない。すぐに追いついてやるけどな!
「ねえネオ、明日は満月でしょう?」
「ん? ああそうだな」
「あそこで見たらきっと綺麗だと思うの。レラーナも連れていきたいと思ってて……。当然私一人で十分守り切れるけれど、万が一があったら困るでしょう?」
「はいはいわかった、同行させてもらうよ」
まったく驕り高ぶってるのか心配性なのか……どっちにしろ素直じゃない妹分だ。
それにしても、レナラは月のことをよく気にかけている。星見的視点では、実は月にさほど価値はない。星の流れと並びの方がより運命を読み解ける。レナラもそのことはよくわかってるはずだから、純粋に月が好きなんだろう。まだ小さいレラーナを連れ回すのは感心しないけど、まあレナラに俺がいれば大ごとにはならないだろう。
その後も多少の言い争いをしながら星見を続け、曙の日と共に俺たちは眠りについた。
この時、レナラは気づいていただろうか。夜空に強い運命の星が瞬いていたことに。少なくとも当時の俺は気づけていなかった。
それはカーリア王家の繁栄を予言する吉兆の星。レナラが満月の主となる予兆だった。
俺を呼ぶ声がする。初めは気づけないほど小さく、だんだん大きくなってきて、ついには何か硬いものが俺の顔面に叩きつけられた。
「いっっっった!? って、なんだレナラか」
「遅いわよ、ネオったらお寝坊さんね」
痛みで叩き起こされベッドで上体を起こした俺が見たのは、杖を持ったレナラの姿だった。
「お寝坊さんって、まだ全然朝じゃないか。それにその格好、遠出でもするのか?」
「忘れたの? 昨日満月を見に出かけるって約束したじゃない」
「あー、え? それってこんな朝から出かけないといけないくらい遠いのか?」
「安心してちょうだい。結構南の方だけどリエーニエの中ではあるわ」
偉そうに胸を張る彼女の横を見れば、彼女の妹であるレラーナが眠そうに姉にひっついていた。
まだこんな小さい子をそんな遠くまで連れ回して大丈夫なのか? いや、レナラと同じように巨人の血を少なからず引いてるので俺と同じくらいの背丈はあるんだけど……。
「どうしたの? 早くいきましょう?」
「わかった。今準備するよ」
俺がそう答えるとレナラは満足げに頷いた。この女王様め。
「いや、着替えるから出てって欲しいんだけど。それとも見たいのか?」
「あらごめんなさい。気が利かなくて」
俺のちょっとした抵抗も彼女は顔色を一切変えることなく受け流して、レラーナの手を引いて出ていった。
扉の向こうから声がする。
「そういうことを言うならもう少し身長が伸びてからにしなさいな?」
……俺だってそれなりに身長あるんですけど!? お前がおかしいんですけど!?