粗末な棍棒を持った亜人が、その矮躯を精一杯大きく見せながら向かってくる。
俺はその一撃を盾で受け、右手に握った刺剣で眉間を貫いた。仲間の無惨な死に様を見て逃げ出す残りを、『魔術の輝剣』で追撃する。
しかしそれで打ち倒せるのは一匹だけ。カーリア村の『魔術の輝剣』は発生が遅いのが弱点だ。
「後は任せなさい」
その声の直後、俺の背後から『輝石のつぶて』が亜人めがけて3発放たれ、正確にそれぞれの心臓を撃ち抜いた。
杖を持ったレナラの支援だ。
戦闘終了。俺は肩の力を抜いてレナラの方に向き直った。レナラの左手をレラーナがしっかりと握っている。
「やっぱり前衛がいると楽ね。ありがとう、ネオ」
「どうも。それにしてもイジーさんが作ったこの刺剣、便利だな。杖に持ち替えなくても魔術が使える。レナラも使ってみたらいいのに」
「以前試してみたけど私には合わなかったわ。杖の方が魔術を使いやすいし、そもそも剣が苦手みたい」
「……ふっ」
「何? その勝ち誇ったような顔」
俺たちは順調に旅路を往った。
ちなみにイジーさんというのは、カーリア村に住んでいるトロルの鍛冶師だ。イジーさんの他にもカーリア村にはトロルがいる。レナラやレラーナが普通の人より一回り大きいのも、きっと昔トロルとの体格差を超えたラブロマンスがあったからなのだろう。
しかしレナラはその恵まれた体格がありながら、剣や格闘はからっきしで、そういう荒事はむしろレラーナの方が向いていそうに見える。レラーナはまだ小さくて人見知りなところがあるが、たまに大人の真似をして剣を振っているのを見かける。中々筋がいい。
とはいえレラーナに実戦は流石に早い。だからこういう時は大概、俺が盾と魔術剣で前衛を務めるのだ。
いやー、ほんとは俺も魔術師として杖でバンバン砲台になりたいんだけど、仕方なく、そう仕方なくその役割はレナラに譲ってあげているのだ! 俺は兄貴分なので!
当時の俺の幼稚な背伸びはさておき、この魔術剣は後にカーリア王家の魔術剣士の得物として広く用いられる様になる『カーリアの魔術剣』の原型である。
剣でありながら杖の様に輝石魔術の触媒となる。その性質はカーリア騎士達に歓迎されたが、精緻な加工のデメリットとして脆く、強く力を込めた攻撃を行いにくいという欠点もあった。
故にカーリア王家後期では、戦灰によって頑強な武器に魔術を付与できる利点を持つ魔術戦技に取って代わられた。それでも一部は複数の魔術を扱える利点を求め魔術剣を使い続けた。カーリア騎士筆頭、つまり俺が魔術剣の使い手であったことも、魔術剣の人気を高めたのかもしれない。
……少し自意識過剰な発言だったかもしれないな。しかし手軽な魔術戦技が広まってからも一定数は魔術剣が残ったのも事実だ。
「それで、例の星見にいい場所ってのはまだ遠いのか?」
「もうすぐよ。ほら、見えてきたわ」
昼食を挟んだりしてそれなりに長い旅路の末、日が沈み始めた夕暮れ時に、俺は目的地を目の当たりにした。
「……崖じゃね?」
レナラが指さす方、そこには崖があった。
崖である。丘ではない。硬い岩肌が露出した、崖である。
確かに崖の上に小高い台地があるように見受けられるが……まさか……。
「登んの?」
「ええ。大丈夫、意外と行けるわ」
「それ俺やレラーナでも行ける? お前がデカくてフィジカルあるから行けるだけじゃない?」
「女の子にデカいとか言うものじゃないわよ。ネオはデリカシーがないわね。さあ、行きましょう」
そう言ってレナラはそり立つ崖のでこぼこに手をかけて、ゆっくりと崖を登り始めてしまった。レラーナも続く。意外と早い。
「え、まじで??」
正直レナラの頭を疑ったが、あれでも村一の秀才。出来ることと出来ないことは区別できるだろうし、昨日の口ぶりからして何度かこの強行登頂を果たしているものと思われる。
未来はわからないが、少なくとも今は俺と変わらない体格をしているレラーナが登れている以上、俺にも出来ないはずはない。
……いや無理では? 俺星見ぞ?
……行けたわ。思ったより楽に行けたわ。
確かにここはいい場所だ。崖で外界と隔離されてて、誰の手も入っていない台地。危険な生き物もいなさそうだし、空気も澄んでて星見をする絶好のスポットと言えるだろう。
「でもここ通うならトロルのおじさん達にも手伝ってもらって階段作りたいな……無理でもせめてハシゴとか」
「情けないわね……。もうすぐ日が沈むから、もう少し歩くわよ」
驚くべきはカーリア村からそれなりに離れたここを自力で見つけ出したレナラの探索力か。それに広い台地の中でももっといい場所を知っているらしい。
俺とレラーナは彼女の案内に従って、台地の中でもさらに高い場所に歩いていった。
ここは後に月光の祭壇と呼ばれるようになる台地だ。カーリア王家の聖地として扱われ、非常に神聖な場所であるため一般人の立ち入りは禁止されることとなる。
月光の祭壇が秘地とされたのにも相応の理由がある。
ここは、女王レナラが白く美しい満月に出会った土地なのだ。
日が完全に沈み、夜の静けさが空間に満ちていた。
俺たちは村から持ってきた星見道具一式を広げ、簡単なキャンプを作って空を見上げていた。
「すげえ絶景だな……。村じゃ見えない星もくっきり見える」
俺の感嘆の声が、静かな闇に溶けて消えていった。
横を見る。レナラは次々と星見道具を持ちかえて、羊皮紙に星図を描き記していた。俺もそれを見て星見としての本分に立ち返る。ただ感動するだけではなく、星の導きから運命を見いだすのが星見というものだ。
ひたすら静かな時間が続いた。レラーナがうつらうつらと首をゆらしてしまっているのに気づけないくらい、俺たち2人は作業に没頭した。
そして、月が昇る。黄金律に縛られる以前の、純然たる夜のあり方が。
俺はあまりの驚きに呆けて、星見道具を地面に落としてしまっていた。
月が、星を従えて夜空に昇ってきたのだ。欠けひとつない純白の満月は、まるで夜空の王のように悠然とそこにいた。
言葉で表現するのは難しい。俺は月が星を従える光景の前に立ち尽くし、星読みをやめてしまっていた。俺のような凡人では理解できない何かが目の前にある、それしかわからなかった。
「ああ……! これが夜と星の律、暗い路を照らす始まりの光……。レラーナ、起きて、しっかり見て。貴女にもきっとわかるはずよ」
「うん、姉さま……」
レナラとレラーナの姉妹、凡人ならざる2人がこの光景から何かを導いていた。
はっ、と俺は思考を取り戻した。悔しかった。理解をやめてしまった俺と違って、2人はあれを理解している。読み解けている。歴然とした差を目の当たりにして歯が砕けそうなくらい歯を食いしばった。
俺は必死にその光景を記録した。今わからなくてもいい、いつか読み解いてみせるんだと、羊皮紙に満月と付き従う星々を残した。
こうしてレナラは満月の魔術を導いた。妹レラーナもまた、双月を知った。カーリア王家の栄光を象徴する偉大なる魔術が生まれた瞬間だった。
そして夜が明けた時、俺の手元には悔し涙の跡が残る羊皮紙数枚、ただそれだけがあった。レナラに付き従い学院の門を叩いた後のこと、それを理解しようとした執念と探究の末に災いを呼ぶ、悍ましくも神聖な記録が。
その災いは後にこう呼ばれることになる。
第4の源流と。
タリスマン【涙跡の星図】
涙の跡が残る古い星図
満月の魔術の要求知力を軽減するが
必要な記憶スロットが増加する
月とそれに従う星々が記録されている羊皮紙は
資格無き者に満月への道筋を示す
筆頭騎士ネオは星々の生まれる様子を読み解き
やがて星の死を知ったという