「お父様、私はレアルカリアの学院に学びたいと思っています」
「うぅむ……しかし彼奴らは星見の本懐を忘れ、魔術に傾倒する俗物よ。確かにお主の魔術の才は儂らに扱い切れるものではないが……」
満月の魔術を会得したレナラは、より一層魔術を求めるようになった。
レナラの才はカーリア村などという少村に収まるものではないと、誰もがわかっていた。しかし星見としてのプライドが、星を忘れた魔術師達の巣窟にレナラを向かわせることを嫌悪させるのだ。
「まあよいではありませんか。レナラ嬢が周りの環境如何で変わってしまうほど弱い子でないことは、父君である貴方様こそご存知のはず」
「イジー、お主もそちら側につくか……」
しかし後のカーリア王家の軍師イジーをはじめ、多くの者がレナラの味方をした。彼らの多くは後にカーリア王家で相応の地位についた。女王レナラの、村娘としてのちょっとした恩返しである。
「お父様、今や戦乱の火が見え隠れする時代です。永遠の都は大逆にて滅び、神は去りました。宵眼の女王をはじめとする、次代の神の座に座らんとする神人がいつ戦火を交えてもおかしくない状況です。乱世になれば、カーリア村のような少村は吹かれて消える灰と同じ。私はレアルカリアの学院に学び、この村に自衛の力を持ち帰りたいと考えています」
「レ、レナラ……お主はそこまで考えて……!」
レナラ本人の必死の説得もあり、ついにレナラの父は首を縦に振った。
そんな一騒動がレナラの家で行われているさなか、当時の俺は愚かにも自室に引きこもる日々を過ごしていた。
レナラが満月に出会い、ついに俺の自尊心はボロボロに荒むことになった。元からよく出来た妹分相手に、自分を誤魔化しながら一方的にライバル視していたのだ。満月の魔術を契機に俺とレナラの差は圧倒的に開き、あの日必死に月と星を記録した反骨心が、燃えかすのように弱く燻るばかりであった。
「あーあ、何やってんだろ、俺」
俺はベッドの上で毛布に包まり、ただ無力感に浸っていた。
少し離れた机の上には、あの日記録を取った羊皮紙が広げられている。あれを読み解こうと何度目かの挑戦をした少し前の俺はすぐに挫折した。
レナラはあの光景を理解している様子だった。まあ仕方ない。俺なんかがライバル視するのが間違ってるくらい、レナラは天才だ。
しかしあの日、まだまだ未熟なレラーナすら満月を理解した。それが悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて、それなのに見返してやるという気がもう湧いてこない。
もう数日外に出ていない。家族も心配している。
しかしもう、どうしようもないほど無力感が俺の全身にまとわりついて、なにも手につかないのだ。
机とその上の羊皮紙から目をそらすように、ベッドの上で寝返りをうったその時だ。バァン! と勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「は、え?」
「情けない顔してるわね。お母さんに聞いたわよ、ご飯もろくに食べてないって」
そこにいたのはレナラだった。
「おま、なんで……」
「お父様を説得できたわ。私はレアルカリアの学院に行くわ」
「あ、ああそうかよ。それが俺になんの関係があるってんだ?」
この時、俺はもう泣く寸前だった。
自分勝手なことだが、自尊心をべきべきにへし折った当人が現れて、さらに情けない姿を見られてしまったことに絶望を感じていた。もう15歳になるというのに、子供のように泣きわめきたい心持ちだった。
だからこそ、次のレナラの言葉は救いだった。
「私だけじゃなく、貴方もレアルカリアに来なさいな。悪いけど、私に次ぐ才能をほったらかしにはしておけないわ」
私に次ぐ才能、と彼女は言った。ローレッタでもミリアムでもグラムでもリデルでも、そしてレラーナでもなく、俺の事を認めての言葉だった。
実際に俺がレナラの次に才能がある魔術師だったのかは今になってもわからない。ローレッタは絶技を、ミリアムは消失を編み出し、双子は名に
それでも当時の俺にとっては、再度奮起するに値するほどの言葉だった。
「……っわかったよ! レアルカリアでもどこでも行ってやろうじゃねえか。その代わり、俺がお前を超えたら今の言葉撤回させてやるからな!!!!」
「あら、そんな細かいことを気にするのね。わかったわ、その時が来たら言い直してあげる、貴方が一番だって。そんなこと無いでしょうけどね」
年上相手に生意気なやつだ。その鼻っ柱、いつか絶対折ってやる!
俺はベッドから勢いよく這い出て、荷物をまとめ始めた。鞄には、例の羊皮紙を汚れないように大切に入れておいた。レアルカリアの学院でもっと知識をつけて、これを読み解いて見返してやるんだ、と先程よりもはるかに強い炎が胸の内で燃えていた。
「出発は明日よ。学院で笑われないように早起きして身だしなみはしっかりしておきなさいね。じゃあ、私は帰らせてもらうわ」
「お前は俺の母親か!? 言われずとも完璧にこなしてみせるわ!」
俺は燃える反抗心のまま強い言葉で返した。
少し強い言葉過ぎたか、と一瞬後悔するも、レナラはそんなこと気にするたちじゃないと思い直し、むしろあれくらいで向こうの生意気さとちょうどいいバランスになるだろうと思った。
そして明日を迎え、俺とレナラは2人でレアルカリアの魔術学院に出立したのだった。