沈黙の八咫烏   作:全智一皆

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序章「八咫烏の銃声(こえ)

 

■  ■

「すぅ―――はぁ……」

 

 ボロボロで薄汚いマントをシートの代わりにして小さな体を汚い地面に伏せている少年は、小さく呼吸をして心と体を落ち着かせる。

 右腕で構えている木製の体を持った狙撃銃―――モシン・ナガンに取り付けたスコープを覗く様にして、標的の現状を確認する。

 簡易的な基地の真ん中、標的である男は笑っていた。その周囲には仲間達が居て、どちらも楽しそうにしている。

 今から、少年はその中心である男を撃つ。引き金に指を掛けて、銃弾を放ち、その頭を撃ち抜いて命を奪うのだ。

 

 少年は、一人の兵士だった。所謂『少年兵』だ。日本生まれ日本育ち。今の彼が所属している組織に攫われてから、約3年もの間、何処なのかも分からない国で過ごしてきた。

 今頃は小学校高学年になっている筈の少年は、先程も言った様に日本人だ。日本で生まれたものの、しかし今より幼かった頃に彼は今の組織の連中に誘拐され、今では立派な少年兵だ。

 

 彼の家庭は決して裕福ではなかった。まだ幼い彼が見たのは、いつも無理をして眠る両親の疲れ切った顔ばかりだった。

 周りの親は、皆が笑っている。自分の子供と一緒に遊んで、笑っている。楽しそうにしている。

 けれど、自分の家はどうだろう? 裕福ではなく、親と遊ぶ事が出来る時間なんて全く無い。笑っているどころか、苦しそうな顔ばかりを浮かべて無理をしている。

 幼いながらに、少年はそれが嫌だと感じていた。苦しく感じていた。

 周囲の親が笑う様に、両親にも笑ってほしい。楽しそうにしてほしい。幸せになってほしい。

 子供でありながら、少年は自分の事なんかよりも親の事を考えていた。例え遊んでもらえなくても、褒めてもらえなくても、それでも構わない。

 大切な親が必死に頑張っているのだから、自分の事は心底どうでもいい。自分の事なんて些細な事だ。ずっと、ずっと―――そう思っていた。

 そんなある時、両親がこう言ったのだ。

 

―――いつも遊んであげられなくて、無理ばかりさせて、ごめんね。と

 

 少年には、その言葉が理解出来なかった。

 

 どうして、おとうさんとおかあさんはあやまるんだろう?

 だって、ふたりはいつもがんばってるのに。ぼくなんかよりもずっとがんばって、つかれて、くるしそうなのに。

 どうしてぼくにあやまるの? ほんとうにあやまらなきゃいけないのには、ぼくのほうなのに。

 

 そう言えば、両親は泣いて少年を抱き締めた。だが、それすらも少年は理解出来なかった。

 何故自分が抱き締められているのか。何故両親が何度もごめんねと謝るのか。

 悪いのは自分なのに。

 悪いのは―――いつも両親に無理を強いる自分なのに。

 その時に、少年ははっと気が付いた。

 そうだ、悪いのは自分だ。自分が居るから両親が無理をする。ただ待つ事しか出来ないだけの自分が居るから、ただ居るだけで両親に負担を掛けてしまう自分が居るから、両親はいつも無理をして苦しいのだと。

 裕福ではない家庭で、両親は共働き。しかし、その日暮らしで精一杯。それならば、ただ待つだけで両親の支えになれない自分なんて不要ではないか。

 三人を養うと自分達二人だけを養うのであれば、話は別になる筈だ。無理をする必要なんて無くなる筈だ。

 そう思い切り、少年は夜中に家を出た。両親が眠ったその日に、少年は夜の世界へと身を投げ出し―――そして、運悪く組織が子供を誘拐している場面に遭遇し、そのまま連れ去られた。

 

 その結果が―――今だ。

 

「――――――」

 

 ドォンッッッ!!!!!! と、鋭い銃声(こえ)が鳴り響く。

 ヒュンッと空気を裂いた灼熱の剣が、見事に男の頭を貫き鮮血の飛沫を上げる。周囲の人間はその瞬間を理解が出来ず、暫く呆然としてからその男に駆け寄った。

 必死に口をパクパクと動かしている。おそらく、死んだ男の名を叫んでいるのだろう。

 もう何度も似た様な光景を見てきた。正直、少年には見慣れた光景だ。或いは、見飽きた光景とでも言うべきなのだろう。

 20。少年がその手で、既に何十人もの人間を殺した数。大人も、子供も、等しく。少年は躊躇いもなく引き金に指を掛け、殺した。

 少年は既に壊れ掛けていた。限界は間近だった。

 殺し、殺し、殺し。何度も何度も、作業の様に人を殺す。仕事をする様に人を殺す。そんな日々を過ごしていく中で、着々と少年は感情を失いつつあった。

 今となっては、大切に思っていた両親の事すらも……忘れかけていた。

 

 だが、そんな少年を救ったのは。

 少年に感情というものを教えたのは。

 

 ――――――ガァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 彼が最も聞き慣れた銃声(こえ)だった。

 

「!?」

 

 突如として鳴り響いた轟音に、少年の肩がビクッと大きく跳ねた。耳鳴りがして、ドクンドクンと心臓の鼓動が早まっているのを理解した。

 狙われたのか? そう思ったが、自分の周囲を見渡しても銃痕は無い。自分を狙って外したという訳ではないらしい。

 ならば何処をと考え、スコープを覗いて基地の方を見れば、

 

「な、ぁ……」

 

 つい先程までは万全だった基地が、呆気なく壊滅していた。

 先程の狙撃によって全てが抉られたとか、実は狙撃ではなく砲撃だったとか、そういう訳ではない。

 先程の狙撃を合図としたのだろう。あまりにも大きく、鋭く轟いた鬨の声に意識を割かれたその隙に、集団が一斉に基地を襲撃。声を上げる間もなく壊滅したのだ。

 

「一人足りないと思ったら、お前が仕留めたのか。あの基地から1kmは離れている筈だがな」

「っ!?」

 

 再び大きく肩を跳ねた。

 突如として背後から声を掛けられれば、誰でもそうなるだろう。つい声を掛けられた方を振り向こうとするだろう。

 だが、少年はそうしなかった。

 否、それが出来なかった。

 すぅ―――と。あまりにも自然で、手馴れた緩やかな動きで、少年の首筋に冷たい鉄が優しく手を差し伸べる。

 ナイフだ。大きく、内側に湾曲したナイフだ。

 

「おいおい、ウェイルさんよ。流石にそれはやり過ぎってもんだろ。見ろよ、まだまだ子供だ。見た感じ小学生って所だぜ?」

「だが、()()を見られた。生かす訳にはいかない」

 

 話し掛けた男とは違う、別の男の声がする。地面に伏す自分の真上からだ。

 何時近付かれた? 何故、此処まで近付かれたのにも関わらず気付けなかった?

 仮にも少年兵。狙撃による暗殺役とは言えども、それ故に気配には敏感であったつもりだった。そこらの大人よりも、鋭いと思っていた。

 だが、コレは違う。声がしてようやく其処に居るのだと気が付いた。だが、声がしなくなった瞬間にその男が何処に居るのかが分からなくなっている。

 気配を消す、などといった技ではない。これは完全なる同化だ。自身を周囲の景色に―――否、その空間そのものと同化するものだ。

 あまりにも自然過ぎるから、其処に居るのが分からない。

 普通の生活で何もない場所に何かが居るなんて思う事がない様に、外に出て歩けばそこらに人が居るのと同じ様に、そういう()()()()()()()()()()()()()()ものだ

 

「落ち着けって。見ろよ、かなり古い型のモシン・ナガンだぜ。有効射程距離は500m、ここはだいたい1kmだ。半分も距離が開いてる。そりゃプロの狙撃手なら狙えるだろうさ、それくらいは出来る。だが、コイツはまだ子供だぜ? しかも見ろよ、狙撃銃を扱えるとは思えんこの狙撃手には不相応な体を。反動(リコイル)制御なんざ難しい筈なのに、アレだぜ。綺麗に眉間を撃ち抜いてやがる。間違いねぇさ、コイツはきっと大物になる」

「そう言って、ウルスの姫にも目を付けてなかったか?」

「あぁ、あの子には諦めた。おっかねぇ奴が憑いてたからな。だからコイツだ。見た感じ、そこらの組織に無理やり入らされてるって感じだろうしな。丁度棟梁候補を探してた所なんだ、まさしく運が巡ってきたってやつだ」

「お前を超えるとは思えんがな」

「超えさせるんだよ。だからお前も手伝え」

「は?」

雑賀衆(俺ん所)で鍛えながら、お前の『沈黙(エリプシス)』に所属させる。お前ん所も狙撃手(スナイパー)探してたろ? 丁度いいじゃねぇか」

 

「――――――あの、声」

 

 あぁ? と、口調が悪い男が耳を傾ける。

 ナイフが喉元に触れているというにも関わらず、少年は口を開いた。

 

「綺麗な銃声(こえ)だった。これまで聞いてきた、何よりも―――ずっと」

「―――へぇ。よし、気に入った。ウェイル、離してくれ。此奴は最高だ、雑賀衆に相応しいクールでクレバーな男だ」

「スイッチが入ったか…あぁ、分かったよ。好きにしろ、ったく。沈黙(エリプシス)が目撃者を生かしたなど、世に出たなら大騒ぎだ……」

(わり)ぃな。日本に行ったらバーガー奢ってやるよ」

「ナゲット付けとけよ、あのソースが良い。ついでにシェイクだ、あれが美味い」

「はいよ。うし。じゃあガキンチョ、俺に着いて来い」

 

 ナイフが離れ、自由になる体。差し出された男の大きな手を掴み取り、少年は立ち上がる。

 猛ける炎の様な赤い髪をなびかせる男。外国人らしからぬ黒髪に碧眼の男。

 

「あぁ、俺は雑賀(さいか)孫一(まごいち)ってんだ。本名は内緒な。で、此奴はウェイル。ウェイル・パーカーだ」

「おい、勝手に教えるな。まだ入れると決めた訳じゃないぞ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと入れるから。コイツにはそうさせるだけの価値がある。んで、お前の名前は?」

「……忘れちゃった。もう長い間、おいとかお前とかしか言われなかったから」

「わぉ、マジかよ。んー、じゃあそうだな……よし、お前は先二(せんじ)だ。今日からお前の名前は、雑賀先二だ。良いな? 良いねよし決定!」

「孫ではなく先祖、一に次ぐ二。安直過ぎるな」

「うっせ! キラキラネームじゃないだけマシだろうが」

「……着いていったら、あの銃声(こえ)を聞けるの?」

 

 少年にとって、重要なのはそこだった。

 少年の問いに、孫一と名乗った男はニカッと笑いながら応! と答えた。

 

「お前が聞いた美しい銃声(こえ)を―――八咫烏の銃声(こえ)を、骨までしっかり聞かせてやるぜ」

 

 それが、最初の出会い。

 彼にとっての第二の家となる鉄砲傭兵集団「雑賀衆」と、民間軍事会社「沈黙(エリプシス)」との、初邂逅である。

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