沈黙の八咫烏   作:全智一皆

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第一話「緋色の邂逅」

 

■  ■

「くそっ。朝から酷い目に遭ったぜ……」

「始業式に早々厄介事に巻き込まれたか。ドンマイ、遠山」

 

 ―――東京武偵高校2年A組の教室にて。

 少々目付きの悪い黒髪の少年が遅れて登校し、教室に入って来たのを見て良い笑顔でグッと親指を立てる、紅いグラデーションが掛かった黒髪が特徴的な髪をした青年が居た。

 青年の名は雑賀先二。かつて少年兵として中東の何処かで狙撃をしていた所を、二人の強者(おとな)に拾われた男だ。

 東京武偵高校2年A組所属、専門科目は元『狙撃科(スナイプ)』、現『強襲科(アサルト)』。ランクは狙撃科(スナイプ)S、強襲科(アサルト)A。

 遅れて登校した少年―――同じく東京武偵高校2年A組、専門科目『探偵科(インケスタ)』の遠山キンジの友人である。

 

 それでいて―――民間軍事会社『沈黙(エリプシス)』に所属する傭兵でもあった。

 

「他人事みたいに良い笑顔しやがって…!」

「他人事だからな。それともなんだ、星伽並に心配でもして欲しいのか? そんな事をした暁には俺もお前も揃って斬られるぞ。知ってるとは思うが、かなり見境無いぞ彼女は。恋は盲目とは、全くよく言ったもんだな?」

「お前、絶対に楽しんでるだろ!?」

「おぉ、御明答! 二年生になって早々疲れたらしいのでな、冗句で気晴らしでもしてやろうという友人からの気遣いだ。ありがたく思え」

 

 くつくつと笑いながら、先二は自販機で買った抹茶オレを呷る。何故に抹茶オレか? それは単純に、それが彼の好物であるからだ。

 ―――日本の美味いお茶と外国の美味い飲み物が甘く組み合わさった飲み物とか最高では? というのが、抹茶オレを初めて飲んだ彼の意見であった。

 鞄からもう一個を取り出して、からかった詫びだ。受け取れと、キンジに手渡せば、

 

「俺はお前の様な友人を持ったのが不思議で仕方ねぇよ…」

 

 と、キンジに悪態をつかれるものの、しかし決してそれを断って振り払おうとはせず、ありがたく受け取ってごくごくと呷るのだった。

 疲れた時は甘いもの。武偵でなくても、誰にでも分かる常識だ。

 

「悲しい事言うなよ。こうして校内で会話出来るのだって、あと少しなんだ。メールで話すとは訳が違う。こうやって顔を合わせて楽しく話せるのは、この武偵校に通ってる間だけだろ?」

「……そうだな」

 

 先二がそう言うと、キンジは影を落とした様に表情を変えた。

 キンジは、とある事件が原因で武偵を辞めようと考えていた。彼の手元には、転校を希望するプリントが用意されていて―――しかし、先二は決してそれを止めようともしていなかった。

 

「はぁ…そう辛気臭い顔をするなよ、戦友。別に責めてる訳じゃない。お前はその道を選んだ、ただそれだけの事だ。なら友達としてその道を応援する。そう言ったろう?」

「…そうだな。けど、申し訳なさはあるよ。お前には1年の頃、何度も助けられた」

「それはお互い様だよ、キンジ。俺もお前に何度も助けられた。だから貸し借りなんて無い、お前がそれを気に病む必要なんて無いんだ。二度と会えないって事でもないしな。お前はお前が望む普通を謳歌し、俺が守ってやる立場になっただけさ」

 

 まだ一年生の頃―――つまりは、二人が共にSランクの武偵だった頃、先二とキンジはタッグを組んでいた。

 強襲科の主席候補とすら言われていたSランクのキンジと、狙撃科のツートップの内の一人と言われた先二。この二人のタッグは凄まじい勢いで依頼をこなしていき、学園内における依頼達成率は99%。この二人にこなせない任務なんて無いとすら言われていた程だ。

 そんな二人だったが、とある事件を切っ掛けにタッグは解散。そして遂には、キンジが武偵を辞めるにまで至ってしまった。

 だが、しかし―――先二は特別、それを重たく捉えている訳でもなかった。

 同じ武偵の仲間という立場が、武偵と学生の友人という風に変わるだけ。

 互いを守るのではなく、片方を守るという関係になるだけだ。守られる者と守る者になっただけだ。それ以上でも以下でもないし、それで何かが変わるなんて事もない。

 どちらにしたって、雑賀先二と遠山キンジが友人であるという事に変わりはない。例え立場が違っても、学校が違っても、二人は共に現場を駆け抜けた良き戦友の間柄なのだ。

 

「……そっか。なら、存分に使い倒させてもらうぜ」

「おう、その意気だ。そうやって悪い目付きで笑って冗談言い返せるくらいが、お前には丁度良い」

「目付きが悪いは余計だろ!」

「事実なんでな。嫌なら皺を寄せるのを何とかしろ。若い内に皺なんざ作っても格好付かんぞ」

 

 そんなこんなで、二人が会話を続けていれば、いつの間にかホームルームが始まる時間になっていた。

 黒板の方を見れば、このクラスの担任である女性「高天原ゆとり」が、教壇の上に立っていた。

 

「皆さん、おはようございます。始業式も終わり、今年から皆さんは二年生になりました。春休みの気分を切り替えて、二年生として頑張っていきましょう―――さて。それはそれとして、今年からこのクラスに転入生さんがやって来ます」

 

 そうして、教室の扉が開かれる。

 上靴で床を踏み、教室の中へと入って来たのは―――ピンクのツインテールに赤紫(カメリア)色の瞳を持った、どう見ても高校生には見えない風貌の少女だった。

 

「神崎・H・アリアよ。よろしく」

 

 その少女こそ、キンジが始業式を遅刻した理由に関わった張本人。

 いや、こういう言い方ではまるで彼女がキンジを遅刻させた様なので、こう訂正した方が良いだろうか。

 キンジと協力し、爆弾魔の爆弾を破壊したSランク留学生―――と。

 

「これはこれは……とんでもない大物が出張ってきたな」

 

 一瞥し、先二は多少驚きながらも楽しげな笑みを消す事はなかった。

 神崎・H・アリア。二つ名を『双剣双銃(カドラ)のアリア』。担当科目は強襲科、ランクはS。

 14歳という年齢の頃からロンドンの武偵局に所属し、ヨーロッパ各地で活動。狙った相手を99回連続で、尚且つ武偵法―――武偵の行為に関する法律―――の範囲内で全員を捕らえるという偉業を成し遂げた、文句無しのエリートだ。

 武偵であると同時に、沈黙(エリプシス)の傭兵でもある彼がその名前を知っているのは、何ら不思議な事ではなかった。

 

「今年は、中々に面白くなりそうだ」

 

 

 

 

 転入生がやって来てから、いつもの様にお祭り騒ぎで盛り上がっていた時間も過ぎ去って放課後の事。

 先二はキンジよりも先に寮に戻り、自室に置いてある机の上で、自分の命と言っても過言ではないと自負している狙撃銃(スナイパーライフル)の手入れを行っていた。

 全長にして約1500mm、重量は1300g。黒い鋼鉄の体とストックに刻まれた八咫烏の刻印が特徴的なその対物(アンチマテリアル)ライフルの銘は『千代包(ちよかね)』と言う。

 彼が所属している民間軍事会社『沈黙』とはまた異なる組織―――より正確に言うならば、彼にとっての第二の家であり居場所でもある『雑賀衆(さいかしゅう)』が独自に開発したモノだ。

 

 雑賀衆。或いは、雑賀。

 それは戦国時代、現在の和歌山である紀伊の本願寺を本拠地として活動していた日本有数の鉄砲傭兵集団であり、武将の中でも特に有名であるとされる織田信長を苦しめたとされる雑賀孫一が棟梁を務めていた組織として有名である。

 千代包は、そんな雑賀衆の棟梁であり彼を拾った親代わりにして師匠でもある雑賀孫一が、彼が高校生になった祝いの品として与えたものだ。

 雑賀衆の象徴でもある八咫烏、その銃声(こえ)を轟かせるそれは彼にとって自分の命も同然の代物で、何より彼をここまで育ててくれた第二の親からの大切な贈り物だった。

 それ故、彼はこの千代包への手入れを決して欠かさない。起きた時も、帰った時も、彼は必ず手入れを続けるのだ。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

 ピンポーン、とインターホンが鳴った。

 

「誰だ、キンジか?」

 

 布で銃身を拭っていた手を止め、先二は床から立ち上がって玄関の方へと向かい、小窓から誰なのかを確認する事もなく扉を開いた。

 すると、

 

「5秒ジャストね。キンジ、これが出来る武偵よ。アンタも見習いなさい」

「無理矢理連れて来て何様だよ、お前。あー……悪い、先二。ちょっと付き合ってくれないか?」

 

 何処か満足げな少女と、その隣で面倒くさそうな表情を隠さない見慣れた友人が立っていた。

 

「キンジは兎も角、神崎が来るとはな。まぁ良い、立ち話もアレだから取り敢えず上がってくれ。お茶を出そう」

「うんうん、良い心掛けよ。キンジと違って、センジはそこら辺しっかりしてるのね」

「お褒めに預かり光栄だ。そらキンジ、お前も来い。話があるんだろう?」

「なんでお前そんな冷静で居られるんだ…?」

「そうさな……まぁ、所謂慣れというやつだ。気にするな」

 

 突如の客人と言うか、襲撃と言うか。いきなり部屋に突撃をかまされるなんて、まだ雑賀衆の集落で過ごしていた頃に何度もあった出来事だ。

 姉を名乗る飲んだくれの不審者、いつまでも雑賀の一員だと認めてくれないライバル、何時如何なる場合でも対処出来る様にと突撃する棟梁……思い出せば切りが無い。

 何度も経験すれば自然と慣れる。人間に備わった便利な感覚である。先二としては、あまり思い出したくはない記憶ではあるけれども。

 まぁ、それはそれとして。今は饗しの準備である。

 ストックを押す様にして引っ込め、バレルを布で包んで本体と一緒に丁寧に位置を決めてライフルバッグの中へと収納する。

 手早に机を拭い、冷蔵庫からお茶が入った容器を出してコップに注ぎ、各々の方へと差し出した。

 

「粗茶ですまないが、どうぞ」

「ご丁寧にどうも。これ、緑茶ってやつよね?」

「正解。俺の実家から送られてきたものだ、味は保証するよ。それで、今回はどの様な御要件で俺を訪ねて来たんだ?」

「……聞いて驚くなよ? 俺は驚いた。信じられんって思った」

 

 キンジの表情から察するに、余程とんでもない発言をアリアはしたのだろう。

 だが、それならば尚更楽しみだと、先二は笑った。楽しい事は大歓迎だ、とも。

 

「キンジがそう言うなら期待出来るな」

「アリア、俺の時みたく単刀直入に言ってやれ。きっと同じ反応をする」

「そう? じゃあ―――」

 

 ビシッ! と、先二を指差したアリアは、

 

「センジ、あたしの奴隷になりなさい!」

 

 堂々と、大して無い胸を張ってそう宣言した。お前は奴隷になるんだよ! と。

 

「………………」

 

 絶句。とにかく、絶句である。

 武偵として一年は活動して、先二も大概に多くの事を経験してきた。意味が分からん犯罪者など沢山見てきた。

 小学生は最高だぜ! と叫ぶロリコンやらスパッツは論外だ! とか言う殺人鬼だったり、色んな犯罪者を目にしてかなり驚いてきたという自信がある。

 だが、こうも絶句した事はない。まさか同僚から奴隷になれと言われるなんて、誰が想像しようものだろう。

 暫しの静寂に包まれた後、先二はゆっくりとお茶を啜って―――

 

「……仲間集めをしているという所ぐらいしか分からんな。そこから先は憶測になる」

「鋭いわね。さっきの言葉だけでそこまで辿り着くなんて」

「いやいやいや!?!?!? さっきの沈黙の間に何があったんだよ!? 何をどう思考すればさっきの発言からコイツが仲間集めしてるなんて答えに至るッ!?」

 

 キンジはつい机を強く叩いた。

 先程までの静寂は何だったんだ!? 明らかに『え? コイツマジで何言ってんだ頭可笑しいんじゃねぇの?』と言わんばかりの顰めっ面だったというのに、何をどうすればそんな返しが出て来るんだ!?

 キンジは自分の友人がよく分からなかった。

 そんなキンジに呆れる様に、アリアは言葉を進める。

 

探偵科(インケスタ)でしょ? ちょっとは自分で考えなさいよ。センジはさっきのやり取りだけで答えを出したわよ」

「答えと言う程のものでもないがな。意図を汲んだ、と言った所だろうよ。だから確認だ、さっきの奴隷宣言は先にキンジに言ったんだよな?」

「えぇ、そうよ」

「それはおそらく、キンジが今朝言っていた事件が関わっている。そこからキンジの事を調べた結果、キンジにそう宣言した」

「うんうん、良い感じよ。間違いないわ」

「そうなると、必然的に俺の情報も漏れている。何せタッグを組んでたんだからな。俺の事も知った上で、此処に来たんだ」

「―――えぇ」

「……なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは、()()だ。先二はそれを理解し、雰囲気を改める。

 此処から先は、武偵としての雑賀先二ではない。

 民間軍事会社所属の傭兵―――『沈黙(エリプシス)』の雑賀先二としての話し合いだ。

 

「改めて依頼の内容をお聞かせ願おう―――依頼人(クライアント)

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