沈黙の八咫烏   作:全智一皆

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第二話「傭兵として」

 

■  ■

 『沈黙(エリプシス)』。正式名称を合衆国認定民間軍事会社『沈黙(エリプシス)』。

 アメリカのモンタナ州に本拠地を置き、その他六ヶ国に拠点を設立している大規模の民間軍事会社。本国の数ある民間軍事会社の中でも高い信頼を得ており、多数の武器会社とも契約している傭兵組織。

 元特殊部隊のリーダーであるウェイル=パーカーを社長とし、その他にも歴戦の兵士や凄腕の技術者といった強者達が集うその組織に所属しているのが、雑賀先二であった。

 

「アンタの事も調べさせてもらったわ。雑賀先二、元狙撃科(スナイプ)所属で、当時の武偵ランクはS。今は強襲科でAランク。そして、民間軍事会社『沈黙(エリプシス)』の一員。その中でも一際秀でた才能を持った隊員で編成された『ベイン班』の狙撃手(スナイパー)担当。そうね?」

「ご丁寧に説明どうも。そこまで調べているのなら話は早い。早速だが依頼の内容をお聞かせ願おうか」

「ちょ、待て待て待て!!!!!」

「どうした、キンジ? まるで一年の頃からの友人が武偵と傭兵を兼業していた事を初めて知って混乱しているかの様じゃないか」

「事実その通りだよッ!」

 

 机を叩き、つい立ち上がってしまうキンジ。だが、それも仕方のない事だ。

 何せ去年までタッグを組んでいた相棒、友人が傭兵であったと今知ったのだから。今日に至るまで、そんな事はただの一度だって聞かされた事はないし、そんな素振りだって見た事はなかったのだ。

 知られた当の本人は、落ち着けと相変わらず冷静に宥める始末だ。

 キンジの反応から察したのか、アリアが何よとと口を開いて続ける。

 

「貴方、キンジに教えてなかったの?」

「キンジだけじゃなくて、他の皆にも伝えてない。別に驚く事じゃないだろ? たかが数年、その歳の子供よりも多く戦場を渡ってきただけの傭兵だ」

「謙遜し過ぎよ、センジ。沈黙には私も何度か協力してもらった事があるから、実力は知ってるわ。過小評価はダメよ」

「ははっ、忠告どうも。その口振りだと、かなりお世話してもらってるらしいな。誰と一緒にやったんだ? ピティとかジャック辺りか?」

 

 ピティ=アビゲイルとジャック=ブルータス。

 今の沈黙で先二が所属している部隊『ベイン班』の同僚であり、数少ない年齢が近い仲の良い同僚だ。

 ベイン班は、沈黙が誇る精鋭達で構成された部隊だ。仕事が多い時は数ヶ月会社を空ける事だって珍しくはない。

 先二もまたそのベイン班の一員であり、狙撃手を担っている。同じ班という事もあって、よく絡む仲だ。

 

「ルーカス=モスク、キャロル=ヴァイスよ。ルーカスさんとは三回くらいかしら」

「ルーカスさんにキャロルか。ルーカスさんはやり易かっただろ? あの人はサポートが上手いんだ。キャロルは……まぁ、うん。面倒くさかったろ?」

「いいえ? 寧ろやりやすかったわよ。楽しい人だったわ」

「マジかよ……」

 

 あれがやりやすいとか正気か? 先二はそう思わずにはいられなかった。

 沈黙の顔とも言われる、社長の右腕ことルーカス=モスクはまだ分かる。彼はまだ先二が沈黙に入ってばかりの頃、よく話し掛けては馴染める様に協力してくれた恩人だ。

 かつてはウェイルと共に特殊部隊に所属していた彼のサポートは、まさしく神業。まるでこちらの心を読んだ様に、タイミングと対応が噛み合ったサポートには目を剥くばかりであり、今でも尊敬している人の一人だ。

 対して、キャロル=ヴァイスは今の沈黙では新人でありながら特攻隊員に選ばれた、優秀な女性隊員だ。元は自衛隊の空挺部隊に所属していたらしく、とある事故で瀕死だった所を沈黙に助けられてそのまま入る事になった経歴を持っている。

 そんな彼女は特攻隊員らしく元気溌剌。狙撃手としてはよく射線に入ってくるのでやりにくいったらありゃしないし、先二が日本人であるからかセンパイと呼んでグイグイ来るので苦手だったりする。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「かなり驚いた顔だな。そんなに意外だったか?」

「いや、意外とかそういうんじゃねぇけど……」

「誰にだって隠し事の一つや二つはあるものさ。まぁ、俺は別に隠していたつもりはなかったがな。聞かれたら素直に答えるつもりだったさ。別に珍しいものでもないしな」

「いや、傭兵って日本じゃ珍しい……事もない、のか? そういや高天原先生も元傭兵……あれ、これ俺がおかしいのか?」

「武偵に馴染んでる様で何よりだ。お前が本当に普通に戻れるのか、俺は心配になってきたよ。……まぁ、それはそれとして。君は俺に何を依頼するんだ、神崎・H・アリア?」

 

 雰囲気を改めて、先二はアリアへと促す。その異様とも言える切り替えに、キンジはつい本当に先二なのかと疑ってしまった。

 武偵としての雑賀先二ならば、対価など求める事なく協力しよう。武偵憲章の第一条は、『仲間を信じ、仲間を助けよ』だ。

 だが、『沈黙(エリプシス)』としての雑賀先二として依頼を頼むとなれば話は別だ。

 傭兵とはそういうものだ。武偵としての顔もある為、決して殺傷は出来ないが、しかし傭兵として動くのであれば感情や妥協などといった余分なものは、一切として不要なのだ。

 武偵という境界線が無いならば、依頼の内容次第では殺害だって辞さない。傭兵とはそういうものだ。例えそれが日本であろうと、決して変わりはない。

 

「最初に言っとくけど、殺しは無しよ。傭兵として雇いはするけど、それはその方が確実だから。そこは履き違えないで。同行する時は、しっかり武偵として行動しなさい」

「……なるほど。ではしっかり内容に含めておこう。続けてくれ」

「あたしは『武偵殺し』を追ってるの。アンタには、その逮捕に協力してほしい」

「っ……」

 

 武偵殺し。その名前を出した途端、先二はほうと目を細め、キンジは顔を歪ませた。

 だが、それも当然だ。何故ならキンジが武偵というものに対してやる気を見出す事が出来なくなったのは、その武偵殺しが引き起こした事件が原因なのだから。

 かつて、遠山金一という武偵が居た。キンジと血の繋がった家族であり、実の兄であった彼は武偵丁に所属する特命武偵だったのだ。

 金一は特命武偵として、数々の事件を解決してきた有能な武偵だった。それもあってか、キンジにとっての憧れであり目標、もはや神にすら等しい存在だった。

 しかし、彼は武偵殺しが引き起こした海難事故によって殉職した。

 逃げ遅れた乗客を誰一人として死なせない様に尽力した結果であったそれは、しかし世間から『事故を未然に防ぐ事が出来なかった』等という理不尽極まりないバッシングを受ける事となってしまったのだ。

 それが原因で、キンジは武偵というものに失望してしまった。

 友人としてその事を知っている先二にとって、アリアからの依頼は興味の湧くものだった。

 

「ふむ……『武偵殺し』と言うと、つい最近逮捕されたばかりじゃないのか?」

「アレは本物の『武偵殺し』じゃないわ」

「その根拠は?」

「あたしの『勘』よ」

「勘、ね。些か信用に欠けると言いたい所だが、実を言えば俺も武偵殺し逮捕の件は怪しいと思っていた」

「先二……」

「お前もそうだろ、キンジ」

 

 キンジを見詰め、先二は続ける。

 先二から見ても、キンジがアリアの提案に不本意なのは丸分かりだ。誰から見ても、きっと同じ様に見えるだろう。

 だが、友人であるからこそ先二は分かる。一年の時にタッグを組んでいたからこそ、その気持ちを見抜いている。

 

「武偵としても傭兵としても、金一さんの話はよく耳にしていた俺が疑問に思うんだ。実の弟であるお前なら、あの武偵殺しがそう簡単に捕まる様な奴じゃないと内心では思っているんじゃないのか?」

「……」

「俺は聞いただけだが、お前はそうじゃない。あの遠山金一を追い詰める様な奴が、果たしてそう簡単に捕まるものなのか? 何か策を巡らせた結果ではないのか? 俺はそう思っている。神崎もそうなんだろ?」

「えぇ。私もセンジと似た様なものよ」

「なら話は早い。神崎、君の依頼を受けよう。友人の家族の仇が、今ものうのうと自由に生きているのを黙って見過ごせる程、俺は腐っていない。改めて契約内容を確認しよう」

 

 契約内容は、武偵殺しを逮捕するその時まで。それまでの協力は絶対。また、逮捕する上で遂行する武偵としての依頼において殺人は一切として禁止。

 それを破った場合は、武偵としても傭兵としてもそれ相応の責任を取る事とする。 

 

「相手が相手だ。期間も決して短くはないだろう。それ相応の報酬は頂くぞ」

「構わないわ。ただ、役立たずに払うお金は無いわよ?」

「ハッ、言ってくれる。伊達に小学生の頃から傭兵をやってない。雑賀の棟梁に鍛えられた狙撃と沈黙のボスにボコられて鍛えた戦闘技術を見せてやるとも」

「最後で頼もしさが一気に消えたぞ!?」

 

 誇らしげに胸を張る先二。だが、最後の台詞で全部台無しである。

 いやいや、と先二はかつての記憶を思い出したのか急に顔を青くしながら続けた。

 

「我らが沈黙の社長を嘗めるなよ、キンジ。蘭豹先生とか色んな強者に出会ってきたが、ぶっちゃけ俺はそのどれよりも社長の方が圧倒的に怖い。社長を相手に何度PTSDを発症しかけた事か……」

「個人にPTSDって相当じゃない……」

()ってみれば分かる。お前らには分かるか? 瞬きをしていもいないのに気が付けば背後を取られてゴムナイフで首を掻き切られる恐怖が」

「なにそれ知らない」

 

 キンジとアリアは声を揃え、出会った事もない沈黙の社長に少し恐怖を抱いたのだった。

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