沈黙の八咫烏   作:全智一皆

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第三話「風を聞く者」

 

■  ■

 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……と、もう何度も聞き慣れた鐘の音が流れ、その時間の授業が終わった事をクラス全員に知らせてくれる。

 四限の終わり。要するに昼休みの到来である。学生生活を送っている中で、これ程までにチャイムが嬉しい瞬間は決して無いだろう。

 先二もまたその一人であり、終わったぁ……とペンを置いて気を緩めていた。

 だが、残念と言うべきかな。此処は普段の平和的な教室とは違い、強襲科の教室なのだ。

 

 ドォンッ! と、銃声が教室に轟いた。

 引き金を引いたのは、強襲科担当の蘭豹。かつて香港で『無敵の武偵』と呼ばれ、恐れられたマフィア育ちの女武偵だ。

 解き放たれたそれは先二の顔面を真っ直ぐに狙って飛んでいく。

 あまりにも突然で、自然な発砲に先二は取り乱す事もなく、机の中から取り出したコンバットナイフでそれを斬り裂いてみせた。

 

「ようやっと強襲科らしくなってきたなァ、雑賀。ただ、ウチの授業で堂々と気ぃ抜くのは減点や」

「仕事が終わったら気の一つでも抜きたくなるもんですよ、蘭豹先生。契約手続きが終わり、授業が終わり、そして昼飯にありつける。うら若き生徒のそんな青春の一面くらい許してほしいもんですよ」

「ハッ、生意気に文句言う様になりおって。ええわ、その生意気さに免じて許したるわ」

「ありがとうございます。あと蘭豹先生、言い忘れてたんですけど、ルーカスさん既婚者なんで狙わないでくださいね」

「あぁ? そんなんもう知って……はぁ!? ちょ、マジで言うてんのお前!?」

「仕事してる時は指輪しない様にしてるんですよ、あの人。ちなみにもう娘さんも居て、3歳になりますので。それでは学食行ってきます」

 

 なんか言ってる蘭豹をガン無視して、先二は教室から出て食堂まで早歩きで向かい始めた。

 蘭豹もその経歴が経歴である為、何度か沈黙と共に修羅場を潜り抜けた事がある。その過程で、ルーカスや他の沈黙の隊員を狙っていた。

 外人らしい金髪碧眼に、良い具合に整えられた髭を持ったルーカスはまさしく良い男だった訳なのだが、残念ながらバチバチの既婚者である。

 ちなみに彼女の擁護の為に言っておくが、別に男漁りが趣味とかそういう訳ではない。現在進行形で婚活中というだけの事なのだ。

 まぁ、そういう訳でご愁傷さまである。次の合コンで良い相手が見付かる事を祈っておこう。エイメン。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「先二さん。こんにちは」

「ん? おぉ、レキじゃないか。こんにちは」

 

 食堂に向かう途中の廊下で、一人の少女とばったり出くわした。

 ヘッドフォンを付けたショートカットの少女―――レキは、かつて先二が狙撃科に在籍していた頃にツートップとして腕を競い合っていたライバルであり、良きスナイパー仲間だ。

 互いに入試でSランクに格付けされた天才として評価され、先二の方が一方的にライバル視していただけではあるが、それはそれとして友人の一人である。

 

「久しぶりじゃないか。レキも学食か?」

「いえ。先二さんが教室を出る所を見掛けたので」

「ははっ、なんだそれ。それなら一緒にどうだ? 奢るぞ」

「良いんですか?」

「勿論。俺から誘った訳だしな。でも手持ちは五万なので五万以内で頼むぞ」

「分かりました。では、お言葉に甘えて」

「よし。じゃあ行こう」

 

 二人並んで、廊下を歩き出す。

 噂があっという間に広まる武偵校で生徒達に見られたならば、直ぐさま『あのSランクスナイパーの二人が並んで歩いてるぞ! これはもしかて…デキているのでは……!?』なんて陳腐な妄想を膨らませる事待ったナシである。

 だが、残念な事にこの二人にはそういうのは全く通用しない。

 片や小学生の頃から戦場を渡り歩いた傭兵。片や無口・無感情・無表情の三拍子から『ロボット・レキ』と言われる無人間。

 そんな噂が流れた所で、動じる訳もないのだ。

 

「レキとこうして話すのも久しぶりだな。最近はどうだ? 何か変わった事とかはあるか?」

「特には。少し風が強くなっているぐらいです。先二さんの方は、何かありましたか?」

「俺か? そうだな……キンジ共々、一人の小さな貴族様の協力関係になったと言った所だな。依頼は武偵殺し逮捕の協力だそうだ」

沈黙(エリプシス)ですか」

「そうそう。……あれ? 俺レキにそれ言ったっけ?」

「風が教えてくれました」

「風って便利だなー……」

 

 自分のプライバシーが思った以上に晒されていて、流石の先二もこれには引いてしまう。風って便利だなー。なんでも分かるんだもん。

 そんな感じで適当に雑談をしていれば、いつの間にか食堂に着いていた。

 ガヤガヤと、若き武偵達が学生らしい会話をして楽しんでいる。この様子だけを見れば、彼等が死地に向かう事もある等とは誰も思わないだろう。

 特に強襲科の生徒はそうだ。

 強襲科は明日なき学科と呼ばれる学科。武偵校における三つの危険地帯、その一つ。百人居る中で三人が死ぬ可能性がある場所だ。

 先二もまた、その強襲科の生徒の一人。狙撃科という場所から、強襲科という場所へ移った男だ。

 

「先二さん」

「ん?」

「貴方は何故、強襲科に転属したのですか?」

 

 レキの金色の瞳が、真っ直ぐ先二へ強い視線を向ける。

 まるで鷹に睨まれているかの様な重圧感。レキ本人にその気があるのかは定かではないが、先二はつい冷や汗をかいた。

 

「何故って言われてもな。別に深い理由があった訳じゃないんだ。というか、そんなに気になるか?」

「はい」

「……いや、本当に単純な理由だぞ? 聞いてガッカリしたりとかするなよ?」

「しません」

「そ、そうか? なら良いけど。……傭兵としてそっちの方面も鍛えたかったから。それだけの事だよ」

「狙撃手であるなら、それは不要では?」

「そうとは限らない。戦場っていうのは、不規則しかないんだよ。絶対なんて滅多にないんだ。だから『もしもの事態』を予測して、技術を鍛えておくに越した事はない」

 

 それは、幼い頃から戦場を渡り歩いたという経験から来る言葉。

 戦場に絶対はない。殺し合いであれ破壊工作であれ暗殺であれ、その世界には絶対などという都合のいい前提条件は存在しない。

 不規則にして不安定。いつ何が起こるのか、何をされるのか分からない世界、それが戦場だ。裏切りや待ち伏せなんて、戦争ならば決して珍しくはない。

 故にこそ、先二は沈黙のボスであるウェイル=パーカーに近接戦闘のいろは、沈黙の体術を叩き込まれた。

 

「それに、傭兵として活動するなら、狙撃手だけど近接戦も出来るっていう情報が知られるのは好都合だからな」

 

 券売機にお金を入れて、カツ丼&豚汁と表示されたそれを押しながら、先二はそう語る。

 傭兵として活動するのなら、どうやっても名前は広まる。なればこそ、狙撃手でありながら接近戦もこなす事が出来るという情報を敵に与えるのもまた一つの戦術である、と。

 相手は狙撃手。狙撃出来る部分を絞って待ち伏せしようとしても、接近戦が出来ると知られていれば敵側も警戒を強め、策を練るにも時間が掛かる。

 その間に狙撃されてしまえば終わりだし、例え狙撃されずとも襲撃されてしまえば陣形が崩れる。そういった戦術的な面も含めて、先二は強襲科に転属したのだ。

 

「……なるほど」

「あんま納得いってないな、レキ」

「……何故分かったのですか?」

「んー、雰囲気かな? 表情は変わってなかったけど、如何にも不満気だったぞ。なんだなんだ、そんなに俺が出て行って寂しかったか? 可愛い所あるじゃないか」

「……」

 

 私は一発の銃弾。レキはよくそう言う。自分には感情はないと。だが、そんなレキも先二と関わっている時だけは、その限りではないらしい。

 彼は何か、人を動かす様な何かがある。それが何なのかは風も教えてはくれないが。

 まぁ、それはそれとしてレキは先二の脛を蹴った。

 

「いたっ、ちょ、痛い痛い。脛を蹴るな! 悪かった、揶揄って悪かった!」

「沢山頼みます」

「くっ、俺の五万円が……! というか、本当によく食べるな。その細い身体にどう入ってるんだ?」

「乙女の秘密です」

「レキが乙女…「なにか?」いえ、なんでもないです」

 

 彼女は、物心つかない子供だ。

 そんな子供でも、体は動くという事だろう。しっかりと、感情はあるのだと。

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