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また欲しい人材が増えたな。と、病院のベッドの上に寝そべって、久しぶりに見た白い天井を見続ける雑賀先二は、毒を仕掛けられたにも関わらず呑気にそんな事を考えていた。
此処は武偵であれば誰もが一度はお世話になる、名の知れた病院だ。
一年の頃は
「
「俺もそう思う。なんせ毒ガス入りの手榴弾を受けるなんて初めてだったからな。一応の保険としてな」
特にそれが魔宮の蠍なら尚更、とは付け足さなかった。イ・ウーという組織は、その存在自体が
その構成員の存在を外に洩らせば、相手にも危険が及ぶ。先二としても、自分の学友が秘密裏に殺される要因を自ら作り出すなど御免だった。
「というか今更だが久しぶりだな、
「そうだね。南郷先生の特訓で倒れた後輩くんを雑賀くんが運んできた時以来かな?」
先二の治療を担当した彼女の名は
狙撃科の主任である、冷徹な人格を持った南郷の厳しい授業内容や実践訓練で気絶した後輩の介護などで交友を深めた仲である。
「本格的に医者らしくなってきたな。そろそろ制服の上に白衣とか着る頃合か?」
「アニメとか漫画じゃないんだから……それより、体の方は大丈夫? 毒抜きは済ませたけど、その分血液もだいぶ抜けちゃったから」
「ちょっと気怠いくらいだ、支障はないよ。飯を食えばどうにかなる。しかしまぁ、これだと神崎に何を言われるか分からないな。風穴は開けられたくないもんだが」
笑いながら、しかし先二の表情には何処か申し訳なさがあった。
武偵殺しによるバスジャックは何とか収拾を付けられたが、Sランクの武偵であるアリアはFランクの武偵であるキンジを庇って負傷という事実が残る事となったのだ。
自惚れてはいない。だが自分が居れば、何か少しでも変わったのではないかと、考えない訳でもない。たらればと言われてしまえばそれまでだが、それでも頭に浮かんでくる。
「本当に申し訳ない。雇われた身であるというのに、雇用主の助けになれなかった。傭兵として有り得ない事だ」
「仕方ないでしょ、襲われてたんだから。悔しいと思うなら強くなりなよ」
「ははっ、全くその通りだ。返す言葉もないよ。これじゃあ、班長に何を言われるか分かったもんじゃないな……マジで。沈黙の顔に泥を塗る様な真似したら間違いなく殺される」
顔を青くして肩を震わせる先二が思い浮かべるのは、自分の班長―――ベイン=レイジ。
『
今の沈黙の古参の一人であり、歴で言うならば先二の後輩に当たるのだが、その実力の差は雲泥の如く。接近戦に持ち込まれてしまえば、何万と勝負を繰り返しても勝てるビジョンが浮かばない。
そんな班長を怒らせたとなれば、自分は確実に死ぬ。仮に班長に怒られなくとも社長に殺される。それだけは何としても避けねばならぬのだ。
「取り敢えず、神崎に謝罪しに行かないとな。制服あるか?」
「持ってきてるよ。どうせすぐ行くと思ったから」
「相変わらず用意が良いな。白百合もどうだ? 沈黙に来る気ないか?」
「私まで勧誘するんだ。沈黙にも
「そもそも腕に自信がある奴が殆どだから、負傷する奴がまず居ないんだ。お陰で医者も衛生兵も仕事が無いもんだが、居るに越した事はないだろ? 優秀な奴は是非とも欲しい」
沈黙に入隊する人間は、限って腕に自信がある者達が殆ど。その中でも班を持って活動している者達は悉くが上澄みだ。
何せ、入隊する為の試験や面接は他でもないウェイルが自ら担当するのだ。社長であるウェイルが試験官となり、彼から合格を認められて入隊が決定。要するに、新人ですらエリートである事が確実。
そもそもの怪我を負う者達が少ない為、沈黙で
「認めてもらえるのは嬉しいけど、私は傭兵になるつもりないからお断りさせてもらうよ。代わりに、良い子が居たら教えてあげる」
「そりゃどうも。社長が喜びそうだ。困った事があったらいつでも連絡してくれ。同級生の
「考えておいてあげるよ。じゃ、お大事にね」
「あぁ。ありがとう、白百合」
患者服を脱ぎ捨て、もはや着慣れてしまった武偵校の制服に袖を通して病室の外へ。
すると、
「どうも、先二さん」
ヘッドフォンを付けた短髪の少女が―――レキが、病室の扉の前に立っていた。
「レキ? どうして此処に」
「襲撃されたと聞いたので、お見舞いに来ました」
「マジか」
嬉しくもあるが、同時に驚嘆もあった。
あのレキが、ロボット・レキなんて言われる彼女が、わざわざ見舞いに来てくれたのだ。それは純粋に嬉しいが、正直に言えば意外極まりない。
確かに友人の間柄ではあると思ってはいたが、彼女がわざわざ仕事終わりに足を運んで来てくれるとは目にも思もってはいなかった。
如何せん合理的な思考が目立つ様に思える彼女だが、あくまで無駄を知らないだけだ。友人を想う気持ちは確かにあるのだろう。彼女は、ただ感情の表現の仕方が分からないだけの少女なのだ。
「どうかしましたか?」
「いや、思いの外、君が来てくれたのが嬉しくてな。ありがとう、レキ」
「感謝される様な事は何もしていませんが」
「来てくれただけで嬉しいから良いんだよ。それと、神崎の病室分かるか? 神崎の見舞いに行かなきゃならん」
「こっちです」
レキは短く答えて、背を向けて歩き出す。実に彼女らしく、だからこそ意外だったのだと改めて思う。
人が人なら、無愛想だの淡白だとの言って不快に思うのだろうが、しかしそんな無愛想な所が、先二はどうにも嫌いになれないのだ。
我ながら随分と惚れ込んでいるなぁ、と自分に呆れる様に肩を竦めてレキの後を追う。
「レキも神崎の見舞いに行くつもりだったのか?」
「
「
「はい。嫌な予感がするからと。結果、武偵殺しのバスジャック事件が起き、そして先二さんが襲撃を受けた」
「アイツの勘は凄まじいな…」
流石はSランクの武偵……否、『最初の武偵』シャーロック・ホームズの子孫と言うべきか。素直に驚嘆せざるを得ない。
ただ勘で気付くだけではない。その勘を真っ直ぐ信じ、そして先んじて対処する。傭兵から見ても、誠に見事な手腕だ。
「となると、レキとのツーマンセルも出来た訳か。そう考えると惜しかったな。久々に実戦でレキと狙撃勝負が出来るチャンスが失われたとなると……這いずってでも行けばよかった」
「そうまでする必要はないかと。身の安全が第一です。それに、キンジさんにアリアさんも居ました」
「本人からそう言われると立つ瀬がないな。だが、惜しかったのは本当だぞ。俺、キンジ、レキのトリオに神崎が加わってスクワッドだ。まさしく最強、向かう所敵無しじゃないか?」
前衛として敵無しだったキンジを援護する様に、超遠距離からの狙撃と神業の如き狙撃の二つが襲い掛かる、敵からすればまさしく悪夢の如きトリオだ。
冗談交じりで『オーバーキル』なんて呼ばれていたトリオに、ロンドン武偵校のSランクであるアリアが加わったスクワッドがバスジャック事件で結成されたのかもしれない。
そう考えれば、やはり惜しい思いがふつふつと浮かび上がってきた。
「…そうですね。最高のチームだったと思います。結果として叶いませんでしたが」
「レキが嫌味を覚えてしまった……嬉しくもあり悲しくもあるなぁ。これが親心か」
「……」
「おっと、失礼。女性を子供扱いするのは良くなったな。最近はより感情が出始めて俺は嬉しいけど」
失礼とか言いながら子供扱いしてるじゃねぇかというツッコミはさておいて。
そんな風に雑談を交えながら―――傍から見ればレキがよく喋るという珍しい光景―――歩いていると、目的の病室から一人の少年が退室してくるのが見えた。
「先二…それに、レキか」
何処か申し訳なさげな顔をしたキンジが、其処に居た。
よぉ、と言葉を交わした後、先二はすぐに頭を下げた。
「すまない、キンジ。俺が未熟なばかりに、お前達に駆け付けられなかった」
「ちょ、謝んなよ。襲撃されたんだろ? しかも、毒ガスだって聞いたぞ……万が一があったら不味いだろ。お前の判断は正しかったよ」
「それでもだ。いや、そもそも爆弾を投げさせる余裕を与えなければ、こうはならなかった。傭兵として俺が甘かったんだよ。……神崎とは話したのか?」
「……あぁ」
苦しい表情を浮かべるキンジに釣られる様に、先二もまた顔を歪めた。
Sランクという称号は決して伊達ではない。Sという称号は、ただ凄まじいという意味を示すだけのものではないのだ。
Sランクの武偵が負傷したという、たったそれだけでニュース沙汰になる。名誉でもあり、同時に己を縛り付ける枷ですらある。武偵にとって、称号はそういうものだ。
最低ランクの武偵を庇ってSランクの武偵が負傷したのだ。ニュースにならない訳がない。
「そうか……キンジはどうするんだ。帰るのか?」
「……あぁ。今は少し、一人になりたい」
「分かった。また明日な」
「……また明日」
これはかなり引きずってるな……と、消え入る様な声で別れたキンジの背中を見詰めなから、先二は憂う。
散々とアリアへの愚痴を零していたが、二人の仲は決して悪くはなかった筈だ。嫌々ではあるが、それでもアリアと共に行動していたのが確かな理由だ。
キンジはあれで優しい男だ。それこそ1年の頃は正義感に溢れ、誰もを助けんとする武偵だった彼だ。かなりのショックを受けているのだろう。
「キンジさん、大丈夫でしょうか」
「…分からん。現場に居たアイツだ、俺よりも重く受けている筈だ。レキ、一先ず此処で待っていてくれ。先に謝ってくる」
「……キンジさんも言っていましたが、仕方のない事でした」
「さっきも言ったよ、それでもだ。雇われたのにも関わらず、働けなかった。これは傭兵として、頭を下げなきゃいけないんだよ」
コンコン、とノックをすれば、「どうぞ」といつものアニメ声が帰ってくる。
「どうも、神崎。調子は…良い訳ないか」
「ご覧の通りね。そういうアンタは? 毒ガスで襲撃されたって聞いたわよ。大丈夫なの?」
「何とかな。…神崎、すまなかった。雇われたにも関わらず、お前の役に立てなかった」
「そうね…本当なら文句の一つでも言いたい所だけど、今回は仕方ないわ。だから頭上げなさい」
「だが…」
「傭兵としてじゃなく武偵として動く様に言ったのはアタシだもの。毒は万が一があるのよ。アンタの行動は正しかったわ」
「キンジにも同じ事を言われたよ。やっぱりお前達はお似合いだ」
「…そんな事ないわ」
それから、ぽつりぽつりと神崎は自分の事情を零す様に話した。
自分がロンドンへ帰る事になった事を。
武偵殺し逮捕に必死になっていた理由を。
誰かと共に、相応しい誰かが隣に居る事に執着していた理由を。
「やっぱり、あたしは一人ぼっちのままだったのよ…」
「…達観するにはまだ早い。キンジはあれで、やる時はやる男だ。それは確かだ、友人として保証する。俺も…なんて言っても、説得力ないよなぁ」
罪悪感に蝕まれるというのは、まさしく今の先二の様な時にこそ使われるのだろう。押し潰されてしまいそうというか、いやに胸が締め付けられるというか。
そんな感覚は、少なくとも傭兵として動く彼は一度だって覚えた事はなかった。
「はぁ、ここまでの罪悪感を抱いたのは初めてだよ。是非ともスクワッドで挑みたかった」
「敵無しのチームになったのにって? 今じゃタラレバの話しよ。残念ながらね」
「勘弁してくれと言いたいが、そうも言えない。あぁ、好きに言ってくれよ。今の俺なら罪悪感が勝って何言われても怒れない。さっきレキにも嫌味を言われた」
「…あの子、嫌味とか言うの?」
「覚えちゃったんだよ、嫌味。俺だけたと嬉しいんだがな。あの無表情と無感情な言葉での嫌味は突き刺さる」
あぁ――今日は本当に、苦しい事ばかりだ。