■ ■
『はい、こちら民間軍事会社
「俺だ、ディム」
『なんだ、センジさんか』
「なんだとはなんだ。相変わらず生意気なヤツめ」
気が抜けた様に、作った声が気怠げな声へと切り替わる。
武偵殺しによるバスジャック事件、そして《魔宮の蠍》の襲撃から暫く。アリアも退院する事が出来てハッピーエンド……では終わらずの日々。
先二はあれからというもの、傷心した元相方をほっぽって武偵殺し探しに夢中になっていた。
無事に退院する事が出来た彼女が学校に復帰したとしても、そこで暮らす時間はもう無いに等しい。なんせ彼女は、故郷であるロンドンに帰らなければならないのだから。
彼女は諦めてしまったのだ。自分に並ぶパートナー、自分の背中を預けるに足る相手は、居ないと。そうして、ロンドンへ。
だが、先二としては―――民間軍事会社『沈黙』の雑賀先二としては、それは非常に困る事態だ。
どんな形であれ雇われた以上は、その依頼は絶対に成功させなければならない。沈黙の傭兵として、一人の友人として、それだけは譲れないのだ。
あらゆる手段を用いて武偵殺しの情報を手に入れる。そうして頼ったのは、沈黙が誇る唯一無二の人材―――沈黙ただ一人の情報担当。まだ14歳という年齢でありながら、沈黙に関する全ての情報を管理する少年ことディムだった。
『センジさんから掛けてくるなんて、珍しいね。どうしたの?』
「頼み事だよ。武偵殺しについての情報を集めているんだ。ディムなら、何か知っているんじゃないかと思ってな」
『ボクは別になんでも知ってる訳じゃないんだけどな……まぁ、それはそれとして、武偵殺しね。知っているか知らないかで言えば知ってるよ。
「ほう」
《武偵殺し》も沈黙の利用者だったとは。先二としては予想外な事実だった。
単独犯だとばかり思い込んでいたが、複数犯の可能性も出てきたか。だが、そう考えてみると魔宮の蠍が出張ったのにも説明がつく。
爆弾も武偵殺し本人が作ったものではない可能性すら浮上したとなると、さらに捜査が難航する。先二は心の中で毒を打った。
「誰が雇われた? 少なくとも
『ケインとトーマス、シャウラとインゲルだね。どっちも工作員の経歴を持ってるから、多分潜入目的で雇ったって感じかな』
揃って男女二人。男だけとか女だけとかそういう法則性は無いようだが、どちらもかつては工作員だったという過去を持っている4人だ。
潜入目的、となると爆弾の設置か。或いは爆弾を設置する為の見取り図確保の為か。どちらかは分からないが、事件との関連性はこれといって見当たらない。
「事件との繋がりは皆無、か……他には何かないか?」
『依頼主の情報詮索は良くないんだけどね』
「……それもそうか。なら、ディムは武偵殺しの犯行について、何か思うことはないか? 良ければ聞かせてくれ」
『あんまり頭回したくないんだけど……あ、丁度良かったアーサーさーん』
「わぉ。こりゃナイスタイミング」
思わぬ人の名前が出てきた。
アーサー=ヘイトレッド。沈黙の最古参にして生きる伝説。沈黙の誰もが彼に師事したと言っても過言ではない男だ。
これは僥倖だ。大変都合がいい。過去の戦争を経験しながら、柔軟な思考を持つあの人なら、何か導き出せるかもしれない。
『ん? どうしたディム坊?』
『今、センジさんが武偵殺しを追ってるんだって。アーサーさんは武偵殺しの犯行どう思う?』
『おいおい、爺に推理とは意地悪な事するぜ。なぁ先二?』
「すいません。ですが、友達の為なんです。どうかお力添えを」
『んな事言われると、断る訳にゃいかねぇな。遠山の坊主と神崎の嬢ちゃんは良い
くつくつと、揶揄う様に笑う。
かつては『憎悪の怪物』、『
しかし爺に考え事させるのはどうかねぇ、と言いながらも、アーサーは考える様に唸った。
『んー……確か最近のはバスだったな?』
『その前は自転車だよ』
『その前は?』
『船。キンイチ・トオヤマが死んだ事件の』
『あぁ、はいはい。成程な。バスに自転車に船…いや、逆たまな。順番的に次は―――うん、合うな。だが、そうなると動機はなんだ……復讐か? いや違うな、やり方からして。ふむ。あぁ、そっちか。辻褄が合う。となると神崎の嬢ちゃんが…成程? そういう繋がりね。はっ、あの
「……もしかして、何か掴めたんですか?」
時間にして僅か一分程度。ぼそぼそと零れた声から次第に確信めいた言葉が溢れ、それを聞き取った先二は驚嘆した。
推理力……いや、この場合は洞察力と言うのだろうか? 僅かな情報と無いに等しい人物像を繋ぎ合わせ、そこにある微かな残り火を掴み、順々に照らし合わせて解答へと至る。
何かしら手掛かりが出てくれば良かった程度に思っていたが、かの先人は答えを掴み取ったらしい。
『おう。まぁ、事前知識ありきの推理だがな。全部教えてやっても良いが、生憎と孫一からお前を鍛える様言われてるからなぁ。ヒントはやるから、後は自分でどうにかしろ』
「十分過ぎるくらいです。ありがとうございます、アーサーさん」
想像以上の収穫だ。これなら、武偵殺しの捜査をより大きく進める事が出来るだろう。
持つべきものは頼りになる師だと、先二は再認識した。
勿論、棟梁である孫一とボスであるウェイルも頼りにはなるが、アーサーと比べると一点集中過ぎて汎用性はどうにもだ。
ちなみにこれはオフレコだ。バレたら死ぬ。孫一の方はともかく、ウェイルの方にバレたら確実に死ぬ。
『気にすんな。で、ヒントの方だがな。注目すべきは
「大きさ……分かりました。調べてみます」
『おう、頑張れよ。遠山の坊主と神崎の嬢ちゃんにもよろしく言っといてくれー』
「……今更ですけど、知り合いなんですか?」
やけに気軽なアーサーに、先二ははてと首を傾げた。思い返せば、如何にも二人の事を知っているかの様な発言も多かった気がする。
自分が沈黙である事を明かした時、二人からアーサーと面識がある様な発言は無かった筈だが。
『正確には、その爺さんとな。お互い無駄に長生きなもんでよ。ったく、死に損ないってのはこれだから困るよなー!』
『ブラックジョーク過ぎるでしょ』
「全くだな…」
古参の老兵だからこそ出来るジョークだが、全く笑えない。本人はがははと笑い飛ばしているが、それを笑って済ませられるのは同じ老兵ぐらいのものだろう。
少なくとも先二とディムには無理だった。二人共、それなりの修羅場は掻い潜ってきたつもりではあったが、アーサーを前にすればそれも脆く崩れて無くなる。それくらいの差があるのだ。
過去の大戦は、それ程までに苛烈であったのだ。国と国による戦争は、他の何よりも酷く醜くかったのだ。
『というか、もう良い? ボクも忙しいんだけど』
『忙しいって、お前さんネットに入り浸ってるだけじゃねぇか』
『情報収集してるんだよ。アーサーさんには分からないだろうけどね』
『そりゃお前、俺ネットに詳しくねぇし。俺の捜査は足使うのよ、足を』
『時代遅れめ』
『おぉん? 生意気なガキだなーお前は! くっくっく、まぁ、そんくらいの口利けるなら上等か! じゃ先二、頑張れよ! 俺はちとディム坊に躾をせにゃならん!』
『は? ちょ、ま』
ぶち、と。通話が切れた。
先二はその場で合掌した。お悔やみ申し上げます、ディム。少なくとも数週間は筋肉痛で動けないだろうが、まぁ頑張ってくれ。沈黙なら誰もが通る道だ。仕方ない仕方ない。
大切な仲間に黙祷を捧げた所で、先二はアーサーから教えられたヒントについて熟考を始める。
「大きさ、か」
具体的にそれが何に対する大きさなのかまでは説明してくれなかったが、何となくそれには察しがつく。おそらくは、武偵殺しの犯行についてのものだろう。
まず最初に、自転車。これはキンジが被害に遭ったものだ。彼の自転車に爆弾が取り付けられたのが、第一の犯行。
次に、バス。授業の一環で移動中だった武偵校の生徒達が乗ったバスに、爆弾が取り付けられたのが第二の犯行。
今のところ、武偵殺しが行ったのはこの犯行のみだ。自転車からバスと、爆弾を取り付ける乗り物が徐々に大きくなっている。
「問題は、次が何になるのか…だな」
自転車、バスと続いて、次はなんだ? バスよりも大きなものとなればそれなりに数が絞れるが、それでもかなりの数になる。
前の犯行……つまりは、キンジの兄である遠山金一が死亡する原因となった旅客船の爆弾事件では、かなりの大きさの船が選ばれた。それから暫くして武偵殺しは逮捕されたと報道されたが、実際はその通りではなかった。
逮捕された武偵殺しは影武者で、本物は今も身を潜めて次の犯行の準備の真っ最中か。或いは、もう既に準備を終わらせてくつくつと笑っているのかもしれない。
もしも、乗り物を限定してサイクルしていると仮定した場合、再び船が狙われる。そうなれば、どの船が狙われるのかを特定しなければならない。しかも、いつ狙われるのか分からない船を、だ、
何よりも厄介なのは―――その大きさの分だけ、人質が多く居るという事。
「船であれ新幹線であれ飛行機であれ、どれも面倒だな…どうやって止めろってんだ」
船も新幹線も飛行機も、その種類は数多い。その内のどれかが狙われるのを特定する、なんて至難の業だ。いや、この場合はそもそも不可能とすら言っていい、
実際に起こるかどうかも分からない事件があるから全部キャンセルしてください、なんて言われても、相手は納得しないだろう。最悪、世間の不評が武偵に向きかねないのだ。下手に動きようもない。
「どうしたものか……そもそも、その三つとも限らないのが難点だな。バスより大きい乗り物なんて他に幾らでもあるし、思ったよりしんどそうだぞ…ん?」
ふと、携帯のバイブが鳴る。はて、ついさっきディムと通話を済ませたばかりだと言うのに、いったい誰だろうか? 先二は首を傾げながら、携帯の画面へと目を移す。
その画面には―――随分見慣れた名前があった。
「……キンジ?」
◆
「なんというか、アレだ。よく小説で複雑な感情がどうのって描写されるだろ? 今の俺はそれだ」
「ほう? 君が小説を嗜むとは意外だな」
「俺もお前が分かってくれた事が意外でならんよ。やっぱり離れてもコンビだな、俺達。切っても切れない縁ってやつ」
「頼りになる相棒と一緒にまた戦えて嬉しいよ、先二」
「やっぱお前のギザな台詞は俺には合いそうにないな! そういう浮く様な台詞は、空で散りそうなレディに言ってやれ」
現在、東京都内。高速道路。武偵二人―――エッジの利いた強面の大型バイクに二人乗りで、爆走。
いきなり過ぎて理解が追い付かないのは百も承知。その為にも、時速80kmを叩き出しながら前方の車やらバスやらを避けて疾走する事になった経緯を、その二人に説明してもらうとしよう。
「いきなり電話を掛けてきたかと思えば、ギザモードのお前が出てきた時は驚いた。それでいきなり沈黙のバイクに乗せてくれだとか、ぶっ飛んでるにも程があるぞ」
「アリアの為なんだ、仕方ないだろ?」
「はっ、そりゃそうだな。で、聞かせてくれよ、名探偵。お前の推理とやらを―――武偵殺しが、
「バイク、自転車、船。武偵殺しの犯行には、標的が後に連れて大きくなっていく特徴があった」
「それは俺も知ってる。というか、アーサーさんに教えてもらった。だが、それだけじゃ推理とは言えないだろ? 確証には至らない」
「
「と言うと?」
「最初の事件だけだったら、偶然で片付けられたかもしれない。けど、武偵殺しは
自転車からバイクへ。バイクから船へ。そして―――船から自転車へ、自転車からバイクへ。
武偵殺しの犯行には、爆弾を取り付ける乗り物の
確かな類似性―――いや、一貫性がそこにはあった。
「捕まったとされる相手はダミー。本物は身を潜めて再び犯行の準備に勤しみ、そして最近になって動き出した。その最初の標的が、他ならぬ俺だった」
「神崎との初邂逅だな。お前の自転車が選ばれた」
「次にバス。そのどれもに、アリアが関わっている。いや、アリアをおびき寄せていたんだ。武偵殺しは最初から、アリアだけを狙って犯行に及んでいた。アリアの行動を全て把握していたんだ」
神崎アリアが東京武偵校に編入してくる事。事件を起こせば必ず首を突っ込む事。キンジを狙う事。神崎アリアという人間の行動を、武偵殺しは把握した上で作戦を立てていた。
武偵殺しは最後に必ず武偵を狙う。今回で共通するのは、その二人がSランクであるという事だ。何らかの理由があって、武偵殺しはSランク武偵に狙いを定めている。
「遠山金一の次は神崎か。武偵殺しはSランク武偵が余程大好きと見える。次はRランクか? 言わば頭脳戦も出来るメイトリックス大佐だな。誰が倒せるんだよ」
「俺達に倒せない相手なんて居ないだろ?」
「そうだなと同意してやりたいが、生憎と世界は広いんだぞキンジ。
「つまりそれ以外なら問題ないって事さ」
「はっ、傲慢だな。だが良いね、そういう傲慢さは嫌いじゃない! 着いたぞキンジ、駆け込め駆け込め!」
正確なハンドリングから繰り出される荒々しいドリフトが、二人に重力を叩き付けながら勢いを殺す。到着するは羽田空港。もはや日本の空港の代名詞とすら言える場所だ。
客の波を潜り抜け、武偵の紋章で検査やらゲートやらを強引に躱して疾走を続ければ、離陸の準備が完了しつつある飛行機の姿が窓から見えた。
「アレだ! ロンドン・ヒースロー空港行き!」
「ハッチが閉まりそうだな、間に合うか!?」
「間に合わせるんだよ! 急げ先二!」
「脳筋ここに極まれりだな、だが気に入った! 実に強襲科らしいやり方だ!」
もはや前に飛び出る様なまでの、極端な前傾姿勢。膝に、足首に多大な負荷を掛けるこの姿勢は、正直に言って正しい判断であるとは言えないだろう。
キンジの推論が正しければ、機内には武偵殺しが居る。あの遠山金一をすら殺した犯人が、だ。戦闘になれば、多少の傷すら命取りになるだろう。
だが、そもそも入れなければ本末転倒だ。それに―――武偵としては、満点の回答だ。
武偵憲章第1条―――仲間を信じ、仲間を助けよ。
「お、お客様!?」
「武偵だ、離陸を停止しろっ!」
「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅ…………間一髪だった。やっぱ短距離は苦手だ」
千代包とM51-HGを入れたバッグを背負ったままの全力疾走なんて二度と御免だな。そう愚痴りながら、何とかして息を整える。
全力疾走で何とか機内には入り込めた。本当に間一髪だ。出来る事ならこんな経験は二度としたくない所だが、残念ながらそこは武偵、確実性はないだろう。
困った事に、この後には武偵殺しとの戦いも迫っていると来た。今日は何とも忙しい日だ。
「キンジ、残念ながら手遅れだ。滑走路に入ったんだ、どうやっても止められない」
「マジかよ…くそっ」
こちらの方は間に合わなかった様だ。既に飛行機は離陸の準備を済ませ、滑走路へと移動している。四つの巨大なエンジンが起動し、もはや減速したとしても事故にしか繋がらない。
遅かったかと毒吐くキンジを、先二は肩を叩いて窘める。
「なに、安心しろ。フライトジャック自体は初めてじゃない。何度か経験してるから心得はある。いざとなったら先導してやる」
沈黙の傭兵としての活動は武偵よりも長い。それまでに数々の国を行き来しては依頼をこなしてきた先二だからこそ、その発言には確かな自信があった。
フライトジャックが多発する様な荒れた便に乗りまくっているという点を除けば、十分に信頼出来るというのに。何とも不幸な男である。
「それ、本当に安心出来る話か?」
「映画化すれば大ヒット間違いなし、とだけ言っておこう」
「OK、それ以上喋るんじゃねぇぞ」
「アレはハバナ行きの飛行機での事でな…」
「話すなっつったよな!? しかもキューバかよ!? カリブ話とか物騒な気配しかしねぇ!」
ハバナ……カリブ海の大アンティル諸島に位置する社会主義国であるキューバの首都である。
中南米諸国は基本的に危ない国が多いが、キューバはその中でも比較的治安は良い方だ。とは言え、それはあくまでも他の国と比べればという意味であり、観光客を狙ったスリやら置き引きなどはしょっちゅう。
さらには中南米諸国よろしくカルテルも存在するので、下手すれば抗争に巻き込まれてお陀仏と、やはり中南米の国らしい国である。先二は15の時、依頼を受けてそのキューバへと旅立ったのだ。
「実際、かなり物騒だったよ。話せばR-20指定の物語が幕を開けるぞ? 比較的治安が良いとかいう話だったのに、カルテルの抗争に抗争と…」
「だから話すなって! ただでさえ不安で胃が痛てぇのに心労増やすな!」
「なんだ、せっかく人が緊張をほぐそうとしてやってるというに。前から思っていたが、お前はもう少し気遣いを覚えた方が良いぞ」
「今の話の何処が気遣いなんだよ!? これから爆弾魔をとっ捕まえるって時に、カルテルの抗争を持ち出されてどう緊張がほぐされるんだよ!?」
「最悪生き地獄を味わう事がない、という意味で前向きになれる」
「傭兵思考にも程があるだろ!?」
おかしいぞ、今までのコイツへのイメージが崩れていく。傭兵って皆こうなのか…? 1年生の頃からの交流がある相棒に、キンジは若干の不信感を募らせつつあった。勿論、決して悪い意味ではなく。
凶悪犯罪者が居るであろう機内を歩いているとは思えない程に気の抜けた空気に、何処か余計な力が抜ける。
つい先程までの焦燥と緊張が僅かに落ち着き、体から熱が出ていく。ふぅ、と小さく吐息を漏らし、キンジは素直に感謝を述べた。
「…悪い。少し、落ち着いた」
「なら良かった。大仕事の時こそ冷静に、いつも通りに、だ。1年の頃からやってきただろ?」
「そうだな……あぁ、嫌な事思い出した。武藤の所為で横浜の倉庫で仕事が追加された時だ」
「懐かしいなぁ、おい。缶を落とすとかベタなミスだったか? お陰でヤクザから鉛玉の嵐だったな」
1年生の二学期頃、キンジ・先二・武藤・不知火の四人は同時に依頼を受けた。一学期の半ばから既に友人となっていた四人は、俺達なら余裕だと鼻を高くして依頼に望んだ。
依頼内容は、特注品の回収。どうやら、金持ちが海外から取り寄せられたオーダーメイドの銃が盗まれたらしく、それが横浜の海岸近くの倉庫に保管されているのだと。
ただし、その倉庫にはヤクザが番犬として立ち塞がっていた。大事にはしたくない為、出来ればこっそりと持ち出してほしいという依頼だった。
途中までは上手く事が運んだが、武藤がうっかり倉庫内の缶を落としてしまった事でヤクザに居場所がバレて、静寂な倉庫は一気に鉄火場に様変わりとなった。
なんとかその場を切り抜け、依頼は達成出来た。だが、事が事であった為、無事に騒ぎとなって報酬は半額……というのが、顛末だ。
「あの時もお前に冷静にさせられた。お前、人を冷静にさせる才能あるよ」
「褒め言葉か微妙なラインだな。良いかキンジ? そういう褒め言葉はな……今こうして俺達がタッグ時代の話に花を咲かせていて、それに全く着いていく事が出来ず黙るばかりの風穴ツインテ武偵に言ってやれ」
「なぁっ!?」
ピンクのツインテールが跳ねた。
低身長故に機内の床に足がつかないちびっ子高校生―――神崎アリアが、図星を突かれて頬を真っ赤に染めて、唸る様に突っかかった。
「う、うううるさいわねっ! というか、気付いてたなら声掛けなさいよ! そもそもなんでアンタ達が居るのよ!?」
「なんだ、もう着いてたのか。すまんアリア、全く気付かなかった」
「アンタは冷静になり過ぎなのよ、このバカキンジ!」
「誰かバカだ!」
「ははっ、いいね。やっぱお似合いだよ、お二人さん」
『誰がこんな奴と!』
「夫婦漫才をありがとう。俺はおじゃまになりそうだから、機長室に行ってくるよ。その間、二人で仲良く話しててくれ」
やはりあの二人は良いコンビだ、と、先二は改めて思う。
口喧嘩は絶えないが、二人とも随分と楽しそうだ。本人達はその事に気付いてもいないのだろうが、やはり傍から見れば、お似合い以外の言葉が見付からない。
元相棒としては、正直思う所がないでもないが、それはそれだ。少なくとも前よりはずっと生き生きとしている。一人の友人として、それは素直に喜ばしい事だった。
だが―――ここからは、その抜けた空気も正さねばならない。
「……行くか」
C.A.Rシステム―――拳銃を斜めに傾けて両手で構える事で、片方の目を潰し一点の目で標的を正確に狙う事が出来る、銃の構え方の一つだ。
この構えは拳銃を用いるものでありながら、近接戦闘に特化したものだ。どちらかと言えばマイナーな構え方だが、CQC―――Close Quarters Combat―――とも呼称される、軍や警察などで用いられている、敵と肉薄する程の距離に対応した銃撃戦には持ってこいと言っていい。
強襲科に在籍してから僅か1年だが、それ以前から先二はウェイル・パーカーという伝説に何度も何度も
相手は武偵殺し。あの遠山金一を殺害するに至った相手だ、一瞬の油断もしてはならない。気を抜けば、気付く間もなく喉元に牙が突き立てられるだろう。
まだ道半ばだ、こんな所で死ぬつもりはない。師である孫一の期待に応え―――そして、せめてあと一度だけでも、自分の両親と出会うまでは、死ねないのだ。
「……」
敵影は無し。他の乗客も居ない。自分達を除けば完全に無人とも言える様な静けさに、先二は警戒を高める。
『──お客様に、お詫び申し上げます。当機は台風による乱気流を迂回するため、到着が30分ほど遅れることなが予測されます──』
機内放送が虚しく響き渡る。果たしてこれが本当なのかも定かではないが、30分で済むかどうか。
勝敗は一瞬だ、数分も持つか分からない。それだけの相手である事を理解すればする程、緊張は高まるばかりだった。
機長が居る部屋が目前となり―――空気がピリつく。
敵意だ。殺意と言ってもいい。隠すつもりが欠片もないそれに対して、先二は苦笑を返した。
(武偵として戦う―――というのは、無理かもしれないな。まったく、どうしてこうも物騒な相手が連続するのか。もはや笑えてくる。……頭でなければ、良いか)
表情を殺す。意識を切り替える。
暫くの間、武偵は辞めだ。武偵として戦える訳がない。手段も何も選ばない様な犯罪者を相手に、不殺の精神で挑む、なんて以上に馬鹿げた事はない。
―――静かに、扉が開いた。
コックピットには確かに機長が居た。だが、まるでもぬけの殻であると言わんばかりの不動を貫いている。生きているのか、或いは死んでいるのかは定かではないが、
何かを引きずる様に姿を表したアテンダントは、先二を見るや否や不気味に笑い、
「Attention Please.」
そう―――
「―――」
ドォンッッッ!!!! と、轟音が切り込んだ。
躊躇いは無かった。突如として現れたアテンダントを前にして、先二は脛を穿つつもりで引き金に掛けた指を引いた。
「っ!?」
衝撃が伝播する。それは先二のものか、或いはアテンダントに化けた誰かのものだったか。
引きずられたそれが破裂し、煙を撒き散らす。狙い定めた一射は外された。殺意も敵意もない冷たさに勘づいたアテンダントは、咄嗟の判断でそれを翳して盾のようにしたのだ。
毒の可能性があるのは承知の上だった。だが―――先二は、決して攻めの手を緩めなかった。
「……」
ドォン、ドォンドォンドォンッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
銃声が四回に分けて鳴り渡る。機内の中であるというのに、沈黙の傭兵は一切の躊躇もなく大口径の弾丸をアテンダントが居た場所からその先まで撃ち続けた。
沈黙は傭兵会社としては比較的フリーな会社だ。出身も人種も性別も年齢も問わない。必要なのは確かなスキルと、それに振り回されない精神―――そして、人を殺す覚悟の三つ。
沈黙の人間は、その全てが仕事に一切の余念を挟まない。請け負った仕事を遂行する事で発生する周囲の被害や、評価といったあらゆる外的なものを気に留めないのだ。
例えこのアテンダントが、単に操られているだけの一般人であったとしても―――
沈黙とは、まさに『プロの傭兵』達の集まりだ。ウェイル・パーカーという男に認められた人間によって構成された上澄みばかりの組織は、必然的に構成員の殆どがプロとしての意識とスキルを持っている。
冷酷かつ淡々と、一切の余分を挟むことなく依頼を遂行する―――それこそが、沈黙が世界から支持を得ている最たる理由なのだ。
「…逃げられたか」
零れた声は、あまりにも冷たかった。
武偵としての姿など欠片もない。そこに居るのは、強襲科の武偵、雑賀先二ではなく―――民間軍事会社沈黙の精鋭部隊『ベイン班』の狙撃手としての、雑賀先二だった。
「……先二」
「ん、来たか。すまない、取り逃した。あの場で拘束出来れば良かったんだが」
扉の向こうから現れたキンジとアリアに、先二はまるでいつもの様に声を掛けた。自分の詰めの甘さに辟易する―――そう言わんばかりに肩を竦めて。
「センジ、
「それ、とは?」
「誤魔化さないの。言ったわよね?
「……相手は武偵殺しだぞ。手加減して勝てる相手じゃない」
「武偵としての務めを手加減だと言うなら、アンタは武偵失格よ。ついでに傭兵としてもね」
「…………はぁ。分かった、降参だ。悪かったよ、神崎。俺が悪かった」
両手を挙げる。いわゆるホールドアップだ。
「まだまだ未熟ね。もっと精進なさい」
「ご尤もな意見をどうも、センパイ」
刃物の様な雰囲気が霧散する。つい先程まであった冷酷さは露と消える、いつもの先二が顔を出した。
傭兵としての自分と武偵としての自分。上手く切り分けられていたつもりだったが、どうやらまだまだだったらしい。依頼人から窘められるとは、未熟ここに極まれりというやつか。
「ボスが居なくて良かったと心底から思うよ。今のを見られてたら軽く5回は死を錯覚させられてる」
「お前のボスは何者なんだよ…」
「人を辞めた存在だよ。分かりやすいだろ?」
「分かり易すぎて逆に問題だろ」
「アンタ達っていつもそうなの? 緊張感に欠けるわよ」
気が抜けるやり取りに、アリアは呆れ気味だった。若干シェアハウス気味だった時から思っていた事だ。
先二とキンジが会話のやり取りを始めると、ついさっきまでそこにあった筈のシリアスが、あっという間に霧散する。
もはやそういう類の話術か何かかと疑ってしまうくらいだ。
「先二が居るといつもこうなんだよ。そういう奴なんだ、コイツは」
「この調子なら、その内パーティーでもしながら仕事をやれそうだな? まぁ、それも無事に武偵殺しを捕まえられたらだけどな。ほら、聞いてみろ」
口を閉じて耳をすませば、一定のリズムを刻んだ音が鳴り響いている。和文式のモールス信号だ。
こっち こっち
まるで手招きするかの様な随分と軽い誘い文句に、三人は銃を構えて答えを出す。
「レキも交えたスクワッドなら尚良かったんだが、今回ばかりは仕方ない。バスジャックに参加させてくれなかった御礼参りだ、トリオでやってやろう」
「汚名返上しないよ、センジ。今のところ、アンタ殆ど役に立ってないんだから」
「横暴な依頼主だな、酷い言われようだ。キンジ、弁護してくれよ」
「俺は弁護士じゃなくて武偵だ。別のやつを雇えよ」
「俺は酷い友達を持ったもんだな…」
相変わらずのぬるい空気だ。これで武偵殺しと対峙するなんて、傍から見ればどうかしているとしか思えないだろう。
だが、ここには三人だけだ。誰に憚られる事もない。
今こそ共通の目的を持った人間の恐ろしさを、犯罪者に思い知らせてやる時だ。
今日を以て―――真実は、その僅かを覗かせるのだ。