冬も深まり、街の店たちは早くもクリスマスムードを醸し出す。吐く息は既に白く、空や風は凍てつき、乾いた印象を与える。頭上を灰色の雲が覆っているため、オレンジ色に染まっているであろう空は見えない。
今日はオフだ。何もせずぐでぇっとしたいところではあるが、隣には篠沢さんがいる。今はまさにデート中なのだ。
『……心の中を勝手にナレーションしないでください』
「プロデューサーの言いたいことは大体わかる。いっしょにデート出来て幸せって思ってる」
『違います。こっちだって暇ではないのですが』
「嘘。プロデューサーのスケジュール、今日は何も予定入ってない」
『なんで見てんですか。またパスワード解析したんですか?やめてくださいよ本当に』
「カマかけただけだ、よ?」
『……チッ』
「プロデューサー、面白い」
篠沢さんは少し駆け、私の前に踊り出、後ろ向きに歩く。
上目遣い、それでいて起伏の穏やかな顔を嬉しそうに緩ませて、口を開く。
「それに、『でーと』って部分、否定してない」
『……デートじゃありません』
「今更?」
『デートじゃありません』
「まんざらでもない?」
『違います』
「プロデューサー、ツンデレってヤツなの」
『……』
自分で掘った墓穴ではあるがこの高学歴貧弱美少女、一度隙を見せたら死ぬまで突いてくる。本当に天才なのか疑わしくなってしまうほどのノリだ。だけども。認めたくはないが、彼女といることはとても心地がいいのだ。その心地良さがどこから来るのかは自分でもよくわからない。
というか、たまの休日にアイドルと一緒にいるプロデューサーってまずい気もするのだが。今からでも帰りたくなってくるぞ。
そうやって一人逡巡して目を離しているすきに、篠沢さんの体制が崩れる。
「あ」
『篠沢さん!?』
ずしゃぁーっと、最近はしばらく見ていないかった華麗な滑り込みを見た。ため息1つついて、彼女を起こす。
『まったく。篠沢さん、大丈夫ですか?』
「うん。大丈夫。最近はレッスンで体も丈夫になってきたから」
大丈夫というにはプルプルと震えながら、彼女は体勢を戻す。
「ふ、休日なのに、ままならないね」
『後ろ向きで歩いているからですよ。何言ってるんですか』
「ふふふ」
篠沢さんは恍惚の表情をする。本当に、彼女のプロデュースを初めてしばらく経つが、彼女のことについては本当に何も理解ができない。いや、困難に快感を感じる人なのだとわかってはいる。わかってはいるのだが、納得までは行きつかない。
『本当に、気を付けて歩いてくださ……篠沢さん、足、血が出てませんか?』
「あ、本当だ。やっぱり歩道はレッスン室と違って尖ってる」
『そりゃそうでしょう。ほら、絆創膏ありますから、足こっち向けてください』
「……驚いた。プロデューサー絆創膏を携帯してるんだ。もしかして女子力高い?」
『篠沢さんが転びそうだからですよ』
「ふーん。やっぱり私のこと好きなんだ」
『……』
彼女の発言には耳を貸さない方がいいかもしれない。墓穴になる。惚れた弱み、という厄介な弱点を持ってしまった宿命か。
ぺたりと絆創膏を患部に貼る。雪のような白い肌に茶色の絆創膏が、なんとも言えない痛々しさを感じさせる。
「じゃあ、プロデューサー、次のお店に行こう?あそこのオーナメント可愛かったから、プロデューサーの部屋に置いたらもっと良くなる」
『私の部屋には来てはいけませんし、あと私の部屋はツリーを出せるほど広くないので』
「プロデューサーのケチ」
すこしほほを膨らませる篠沢さんにドキッとする。たまに見せる年相応の表情がどうしようもなく美しく、可愛く見えてしまうのだ。トップアイドルにするのはあきらめたと言いつつも、ビジュアルだけなら最高だと思う。それは単に私の好みなのかもしれないが。なんにせよ、篠沢さんは可愛い。しかし、トップアイドルには不向き。それならば、私にとって篠沢さんに感じる魅力は何なのだろう。
……すこし、心の中の仄暗い感情がうごめく。
「……? プロデューサー、どうしたの」
『っ……いえ、何でもありません』
まただ。篠沢さんの前ではこの仄暗い感情が声をあげるのだ。それはきっと、プロデューサーとして抱いてはいけない感情であると、本能は告げる。
篠沢さんの枝より細い手足に貧弱な体力。落とせば割れるガラスのようであるのに、痛めつけられることに恍惚とする彼女に、たまらなく暗い感情が暴れる。なんなのだ。
プルルル。プルルル。電話が鳴る。
『あ、すいません。初星学園からです。出てもよろしいでしょうか』
「大丈夫だよ。もしかして、仕事の依頼とか?」
『んなまさか』
期待はせずに、緑色の応答マークを押す。大方、この前出したレポートの提出起不備があったとかだろう。まだアイドルとしての実績が足らず、評価も危うさが出始めているのだ。うう。休日になってまでどやされるなんて……。
『はい。プロデューサー科の■■です』
”あ、プロデューサー君ですか?ただいま休暇中とのことでしたのでこちらに電話が入ったのですが、”
電話越しにあさり先生の声がする。声色はすごく明るい。
”篠沢さんに、お仕事を依頼するお電話が来ました!”
『ッ……本当ですか』
”はい!内容としては新商品を宣伝するCMへの出演、また新商品のイメージキャラクターとしての起用とのことです。化粧品などを手がける会社とのことでして、世間一般での認知度で言えばまだまだ低いですが、業界からの注目度はとても高いんです。そんな会社のCMに出たとなれば、大手に目をつけてもらえてそのまま、なんてことにもなりえます。これは一世一代の大チャンスですよ!”
『そう、ですか』
篠沢さんにチャンス。しかし何故だろうか。心は浮き立たない。心が「違う」と悲鳴をあげる。
……何が?と自分に問いかけてやっと理解する。
……目の前にはこちらを見あげる篠澤さん。何を考えているか分からない顔だと言うのに、それにとてつもなく愛らしく思う。好きだと感じる。それは、アイドルに対して感じるべき感情ではなく、もっと、どす黒いものなのだと。
――その感情の正体は、どす黒い「独占欲」なのだと。
"……どうしましたか?なにか問題があったでしょうか"
『まだ、受けると決まった訳では無いんですよね?』
"は、はい。そうですけど……"
『こちらで断っておきますね』
"え!?ちょっと、プロデューサーく……"
ブツっと電話を切る。
「どうしたのプロデューサー。仕事の依頼とかじゃなかったの?」
『……エキストラとしてでしたし、少し旨みが薄かったので』
「……ふーん?」
『……とにかく、この仕事は受けません。ひとまずは休暇を楽しんでください』
そういって篠澤さんに笑いかけてみる。彼女も馬鹿ではない。なにか不思議そうな顔をしてからまた歩き出す。そして同時に、安堵と焦燥が胸を満たす。私の気持ちが守られてしまったこと、もう、あとには引き返せないこと。その二つだけしか今の私にはない。
篠沢さんが私の前を歩いている。今にも折れてしまいそうな足、腕。むしろ折ってしまいたい。保護してやりたい。……折ってから保護?いや、傷つけるのは良くない、はずだ。だんだん倫理観も崩れてきた気もする。私の中の欲んい歯止めが効かない。
やっとわかった。私が篠沢さんに抱いているのは独占欲。それはきっと、これ以上人目につけることに不安を覚えて、彼女がこれからどれほどトップに近づいても否定したくなるような。もしファンであっても絶対に褒められたものではないこと、担当アイドルにプロデューサーが抱いてはいけないこと。ファンの皆さんのものであるアイドルを私物化しようだなんて欲求、一体どうしろというのだ。
……答えは、簡単だ。
「……プロデューサー?行かない、の?」
『今行きます』
少し駆け、篠沢さんの隣まで追いつくと、彼女は満足そうに笑い視線を進行方向に戻す。
街はもうすでにクリスマスムード。にぎやかで、明るい。
そんな中で、目の前を白いものが降ってくる。見上げれば雪は街一面に広がっており、見ているだけで心が浮き立つ。
「……あれ、雪が降ってきた」
『本当ですね。冷やさないように喉元になにか巻いてくださいね』
「言われなくても、プロデューサーからもらったストール、ちゃんと持ってきてる」
『ならよかったです』
「ちゃんとプロデューサーの言うことは守ってる、よ」
『ならはやく、高齢者用のリハビリ用のプログラムから脱してください』
「ふふ、プロデューサーのそういうところ、好き」
心なしか篠沢さんの気分も上がっているようだ。子供のように白い息で遊びながらこちらを見つめる。
白い夜に、白い願い。雪夜というのはきっとそんな願いすらも受け入れる。まだ聖夜からは程遠いだろうけど、どうか。
このままずっと、ままならない日々が、続きますように。私の黒い