機動戦士ガンダム UC.0097 開闢の方舟   作:一一人

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主な登場人物

ソシア・フランクス
主人公。17歳。サイド1のコロニー〈ファティマ〉に住む少年。

ルカ・ノイン
ソシアが出会った、会話すらたどたどしい、見るからに虚弱そうな白髪赤眼の少女。

ファム・C・オーツェン
袖付きのパイロット。強化人間。左目を負傷しており、眼帯をしている。詳しくはUC0094を参照。

デヴォン・クロウズ
クロウズ財団の御曹司にして、地球連邦政府直下の海洋開発機構に出向している役人。アースノイドの父親とスペースノイドの母親を持つ。“互助会”と呼ばれる秘密結社のメンバーでもあり、本シリーズ通しての重要人物。詳しくはUC0094、UC0095を参照。

クリスティーナ・ノヴェンバー
連邦軍第14艦隊〈アルギュレ〉のMS隊長。詳しくはUC0094を参照。


第1話 めぐりあい ~Femme Fatale~

 機動戦士ガンダム UC.0097 開闢の方舟

 

 

 途方もなく広い宇宙。その中に一人の少女が浮かんでいた。病的なまでに白く細い手足を抱くように丸くなった少女の髪は、その四肢と同様に透き通るかのごとき白さだった。

 少女は、正確には全天周囲モニターの中に満たされた生命維持用の人工羊水の中で様々な管やコードを体に繋がれた状態で、傍から見れば宇宙にただ一人一糸まとわぬ状態で揺蕩うかのように見える。

 白髪をショートカットに切りそろえた少女はうっすらと瞳を開けたまま、人工呼吸器のマスクで表情は伺えなかったが、とても意識があるようには見えず、一切身動ぎをすること無くその場に浮かび続けていた。呼吸の度に微かに上下する胸の動きに気が付かなければ死んでいると言われても一切疑わないだろうその少女は、それでも確かに“生きて”いた。その少女を守るようにする機械の殻を動かすために、そして“それ”が覚醒する時のために、“生きて”いなければならなかった。

 故に彼女は何も望まず、何も考えない。

 ただただその時が訪れるのを待っていた。

 

 

 ##########

 

 

「目標、熱源反応を射出。速度からMSと推定。数は3、機種不明」

 敵な接近を知らせるアラームがなる中、野太い、逞しい声が艦橋に響く。それを耳にしたサンダース・ラトロワは、モニターに映された情報とルイーズ・レイコフの報告の声を頼りに周辺宙域の状況を把握する。

「やはりタダでは通してくれないか」

 呟いたサンダースは「ミノフスキー粒子、散布を急げ。なんとか暗礁宙域まで逃げ込めればこっちのもんだ。無茶は承知だが、まだ茶を濁す時間はある」と声を上げ、未だ視認できない彼方にいる敵の艦を幻視した。

 刹那、眩い光がブリッジを襲った。窓の外をピンク色の光軸が掠めるように走ったのである。

 メガ粒子砲の光。

 亜光速のメガ粒子の束は直撃すれば否応なしにこの艦を貫く。艦橋に直撃すれば一瞬で跡形もなく蒸発するし、運良く別の場所に当たったとしても、発火点を超える温度によって艦内の物は貴重な酸素を惜しみなく無駄遣いしながら尽く燃やされ、真空へと繋がる穴へクルー達は吸い込まれて虚空へと投げ出される。下手すれば機関に誘爆、広がる爆炎が艦内を灼熱へと変える。

 拡散するメガ粒子が船体を叩く衝撃が艦中に響くのを聞きながらサンダースは舌打ちをした。

「野郎、撃ってきやがった!」

「前言撤回。モビルスーツを出す。聴こえているな?」

 サンダースの問いかけに(了解)と応じたのは若い女性の声。ファム・オーツェン、この船―偽装貨物船〈アルストロメリアII〉の護衛を務めるパイロットだった。

「全艦、戦闘用意。これより本艦は戦闘態勢へと移る。各員衝撃に備えよ」

 サンダースの声は艦内放送を通じて〈アルストロメリアII〉の全ての部署へと伝えられる。同時に全ての窓に防護シャッターが降りる。

 艦橋を初めとした主要区画では防護シャッターは裏面がスクリーンとなるが、それ以外の場所ではただの味気ないシャッターでしかなく、同時に暗転した照明と合わさって一気に艦内は陰鬱とした雰囲気に包まれた。

 不快だった。何度も味わった実戦だったが、これほどに慣れないもの、慣れたくないものは人生のうちで他には無い。

 ふとそんなことを考えたサンダースは余計なことを、と我ながら呆れる。ため息をひとつ吐き、その思考を追い払うとスクリーンとモニターに目を走らせて状況確認に務めた。

 

 〈アルストロメリアII〉、ムサカ級〈アルストロメリア〉から名前を継いだ航宙貨物船は、全長が150m余り、大きな直方体に三角錐の飾りがついたような形状をしていた。空力に対しての考慮が薄い形状から分かる通り、大気圏外での運用を前提としているこの船はかつて有名な商社で使われていた輸送船のお下がりだという。

 一年前のラプラス事変に関わったとされる〈ガランシェール〉と同じように民間運輸会社に偽装された〈アルストロメリアII〉は、かの船と同じようにその実態は異なっていた。

 船体の後方、直方体の側面の一部がスライドし、中から無骨な鋼鉄の骨組みがせり出す。本来であれば積載物の搬入口になるそこには、人型の巨大な影があった。

 細く長い脚と、それに支えられた騎士の甲冑を思わせる胴体。同じく騎士の兜を模した頭部は単眼式のセンサーが光る。棘の着いた肩から伸びる腕にはライフル銃の様なものが握られていた。

 全長20m程の人型の本体だけを見れば、ただ縮尺を間違えた兵士のようにも見えるが、それと大きく異なるのはその背部に背負われた2枚の大きなバインダーだった。腹部、幾重にも重ねられた装甲板に覆われた球状のコクピットの中で、シングルアームで支えられたシートに身を預けたノーマルスーツ姿のパイロットがいた。

(目標、望遠レンズで補足。厄介だな、脚の早い特務仕様が二機とゲタを履いたのが一機……おいおい、なんか物騒なもん積んでるな)

「こちらでも確認した」

 コクピットの内壁、全天周囲モニターの一角に示されたカーソルから伸びた別ウィンドウがデータベースと照合した情報を表示する。(本隊ではないにせよ、警備に寄越すには相当な代物だ。用心してくれ)とサンダースの声が無線から応える。

「わかってる」

 敬語ではない事を窘めるサンダースの声はなく、状況が緊迫している事を伝えた。

 待ち伏せするように現れた連邦軍の艦と、臨検の要請。こちらがそれを断ったとはいえ、即座にモビルスーツを出して威嚇射撃を始めた周到さ。

 明らかにこちらの目的と正体に勘づいているとしか思えなかった。

 情報が漏れているのか、それとも向こうが臆病になっているのか。だが、今のファムにはそれを気にしている暇はなかった。

「ファム・オーツェン、〈ジャズール〉。出る」

 ハンガーと機体をつなぐ拘束具が外れ、〈ジャズール〉が宙へと“投下”される。

 小刻みに煌めいた姿勢制御バーニアによって〈アルストロメリアII〉から離れた〈ジャズール〉は艦から距離をとったところでフットペダルを大きく踏み込んだ。

 背中のバインダーとスカート内のスラスターが一斉に青白い光を放ち、〈アルストロメリアII〉へと迫ってきていた目標達へと距離を詰めていった。

 全天周囲モニターの前面、機体の正面方向に捉えた機影は三つ。報告にあった通り、前方の二機は特務仕様の〈ジェガン〉、連邦軍の主力量産機だったが、後方の一機は照合データが表示されず、代わりに示された〈UNKNOWN〉の文字がファムの背筋を冷やした。

 〈UNKNOWN〉を起点に散開する二機は徐々に距離を詰めてくる。手にビームライフルを構えて迫る二機と、続く得体の知れない〈UNKNOWN〉。同時に相手することも出来たが、仮に一機にでも抜かれれば、それは〈アルストロメリアII〉へと殺到するだろう。そうなれば特務仕様の〈ジェガン〉には〈ジャズール〉の強化された推力でも追いつくのは厳しいものがあった。

 あらゆる戦闘パターンを想定したファムは、不意に頭の隅に弾けた感覚に、咄嗟にフットペダルを踏み込んでいた。

 まさか、という思考より早く、「〈Iフィールド〉ッ!」と叫んだ声は半ば本能的に絞り出されたものだった。音声認識によって起動したそれは、ミノフスキー物理学の産物である、ビーム兵器と同じ原理で作られた、攻撃目的のそれらとは反対の防御兵器である。メガ粒子に対する偏向場を、機体周囲に張り巡らせる事で形成する対ビームバリアで、つまりはその空間をビーム兵器は通過することが出来なくなるのだ。〈ジャズール〉には、背部のバインダーにその機能が搭載されていた。

 なぜ咄嗟にファムが〈Iフィールド〉を形成したのか。それはすぐに判明した。

 スラスターを焚いて移動した先に、〈UNKNOWN〉から発せられたメガ粒子砲の射線が重なっていたのだ。そして〈Iフィールド〉の形成と同時に〈ジャズール〉のいる空間を貫くように、眩く輝くメガ粒子砲の束が放たれた。

 〈Iフィールド〉への着弾と同時に弾ける、よりいっそう眩しいスパーク。機体そのものへの直撃ではないにもかかわらず、激しい衝撃が〈ジャズール〉を襲った。

「ッ……!」

 数秒の照射を凌ぎきったファムは、モニターに示された攻撃の射線を辿る。その先には〈アルストロメリアII〉がいた。

 すんでのところで母艦への攻撃を捌いたファムは、全天周囲モニターに映る〈UNKNOWN〉の機影に目を向けた。

「なるほど……ね」

 そう独りごちたファムは、同時に変形した〈UNKNOWN〉をモニター越しに睨めつけた。

 メインカメラとセンサー群が捉えた情報を元にAI処理されて鮮明になったそれは、連邦軍機の特徴である全体的に鋭角なシルエットはロービジと呼称される低視認性の強いグレーに染められていた。所々フレームがむき出しになった装甲から機動性の高い機体と推察される。

 ゲタを履いていると勘違いしていたのはこの機体が可変機であったからで、機種のように備えられていた先程の高火力のハイメガランチャーを、その長さから肩に担ぐように構えていた。

 見る人が見れば〈Zガンダム〉と〈リック・ディアス〉を足して二で割ったような見た目の機体は、〈イータプラス〉と呼ばれる機体であったが、データベースにないその名前をファムが知る事は無かった。

 変形した〈イータプラス〉は得物の大きさ故か一定の間合い以上は近づいてくる気配がない。その間に二機の〈ジェガン〉は互いに連携しながら徐々に〈ジャズール〉へと肉薄していた。

 キリがない。そう直感したファムは、一瞬の間その目を閉じた。戦闘中にそれは自殺行為のようにも思えたが、同時にファムは意識を研ぎ澄まさせる。

 いちモビルスーツの主観的な視点から、宙域を俯瞰する客観的な視点へ。身体の輪郭が溶けて、モビルスーツ越しに宇宙と交わるような錯覚を覚えたファムはその額に稲妻を走らせた。

「ファンネル!」

 その声に反応するように、背部バインダーの中から小さく輝く小型の機器が飛び出す。

 ファンネル。サイコ・コミュニケーター、通称サイコミュと呼ばれる技術を利用した、人から発せられる感応波を利用してミノフスキー通信によって遠隔操作する機動砲台は、この時代に産まれた兵器の中でもとりわけ特徴的なものの一つであろう。強力な感応波を操作出来る者であれば、一対多数の場面でも互角以上に戦うことが出来、文字通り従来からの戦争のあり方を変化させた。

 ファムが駆る〈ジャ・ズール〉は改修前、サイコフレームは搭載されていたものの、ファンネルなどの遠隔操作兵器は積載されていなかったのだが、貨物船に偽装された〈アルストロメリアII〉での運用にあたって大規模戦力を割けなくなった点を解決する為に改装が施されたという過去を持つ。

 ファンネルのもう一つの特徴に、小さい事によって敵に視認されにくいというメリットがある。

 事実、〈ジャ・ズール〉から飛び出したファンネルは〈ジェガン〉のコンピューターにはスペースデブリとして誤認されていた。

 バインダーの左右に三基ずつ搭載されているファンネルのうち、主に使用されるの二基ずつで、それぞれの砲口が二機の〈ジェガン〉へと向けられる。

 次の瞬間、放たれた細いビームの光条が〈ジェガン〉へと殺到する。

 一瞬で装甲が融解し、機体を串刺しにしたビームは同時にジェネレーターを貫いていた。

 小型の核反応炉を搭載するジェネレーターは溢れんばかりのエネルギーを内側から拡げ、モビルスーツという人型を飲み込む大きな爆発をあげた。それも束の間、酸素のない宇宙空間ではその光は長くは持たずに収束していく。まるで超新星爆発をミニスケールにしたかのようなその光景は、事実、小宇宙と呼ぶに相応しい一人の人間の終末だった。

 同時にふたつ上がった爆炎は、〈イータプラス〉の注意を引くのに十分だった。二機の〈ジェガン〉の連携に〈ジャ・ズール〉を預けていた〈イータプラス〉はその大きすぎる得物の照準を〈アルストロメリアII〉に向けていた。規格外の破壊力ゆえに連射できないのが幸いし、その発射前に間に合った形だった。

 〈イータプラス〉の注意がこちらに向いた束の間、瞬時に方向転換を済ませていたファンネルの砲口は既に〈イータプラス〉へと向いていた。

 発射。それを念じたファムは次の瞬間に起きた光景に唇を噛む。

 殺到するビームを躱す為、〈イータプラス〉は先まで構えていたハイメガランチャーを身代わりにしてその場から離れたのだ。

 光の速度で襲いくるビームは、撃たれることがわかっていたとしても簡単に躱せるものではない。ましてや入念に配置したファンネルの射線とタイミングを読むなんてことは常人には不可能に近い芸当であった。そう、“常人”であれば。

「なるほど、この頭がチクチクする感じ……貴様だったか」

 ニュータイプ。〈ジャ・ズール〉が使用するファンネルに代表されるようなサイコミュ兵器を扱うことの出来る、常人とはかけ離れた強い脳波を操ることのできる人類と言われている。その存在はジオン・ズム・ダイクンが提唱したジオニズムによって初めて提唱された。はじめは宇宙へと上がった人々が新しい環境に適応し、人と誤解なく分かり合えるようになる、というひとつの進化論に近いもので、それは母なる大地を追い出された宇宙移民者たちの心の拠り所であった。

 しかし、時は流れ一年戦争が始まると思わぬ形へとニュータイプという言葉は変化していく。戦闘中に発現した先読みや共感といった非科学的な現象は、やがて両陣営は圧倒的なエースとして、或いはプロパガンダの道具としてのみ存在意義を見出されることとなる。

 結果、撃墜王と同義に成り下がったニュータイプという存在は、人工的に生み出そうと狂気を孕んだ事態を招くことになった。

「その一人が私、か……」

 そう独りごちたファムは、その思考を意識の外に追いやったファムは、アームレイカーのスイッチを操作する。それに合わせて〈ジャ・ズール〉は携えていたビーム・マシンガンを腰のマウントへ納め、代わりに袖口が開くようにしてせり出したビームサーベルをその手に構えた。〈ジャ・ズール〉にビームサーベルを中段で構えさせた。

 先制の機会を伺い、膠着した睨み合う二機を宇宙の静寂が包む。その末にいざ動こうとレバーを握る手に無意識にも力が入る。

 先に動いたのは〈イータプラス〉だった。

 突撃と共に引き抜いたビームサーベルを上段に振り上げて迫る〈イータプラス〉。

 振り下ろされるそれと、エネルギーの刃同士を斬り結ばせるような愚行は犯さず、〈ジャズール〉は距離を取るように後方へ身を流す。が、それも束の間、背部バインダーのスラスターを全力で焚き、その動きを強引に突進へと変えた。

 その運動エネルギーを乗せて繰り出された“突き”は寸分違わず〈イータプラス〉の胴を貫こうとしたが〈イータプラス〉はAMBACを利用した動きで左肩から先を犠牲にしつつもそれを去なす。それは寧ろ囮に使ったようなもので、本命の攻撃はは右手に持ち替えていたビームサーベル。〈イータプラス〉は〈ジャズール・ビースト〉を仕留めようとそれを振るった。

「甘いッ!!」

 しかし、ファムはそこまで読み切っていた。背部バインダーに仕込まれているサブアームが展開と同時にビームサーベルを発振、振り下ろされるビームサーベルと斬り結んだのである。

『ッ……!?』

 〈イータプラス〉のパイロットが息を飲む様子が伝わってくる。そんなビジョンを振り切るようにして〈ジャズール〉は右手に持ったビームサーベルを再び振るう。

 合計四本の腕を用いた変則的な二刀流の剣撃に、〈イータプラス〉は為す術なく、両脚を両断され、続けざまに繰り出された鋭い突きを胴に受けて沈黙した。

 貫かれたビームサーベルの刃はジェネレーターを逸れて突き立てられたようで、〈イータプラス〉は爆発することはなく力なく漂流を始めた。

 細く息を吐いたファムは〈ジャズール〉のコクピットの中でヘルメットを外す。その中に収められていた長い髪が、無重力の中でふわりと波打っていた。

「状況終了」

 無線に吹き込む報告に(了解、ご苦労だったな)と応じるサンダースの労いの声にも、ファムの表情は渋かった。

「……嵌められたな」と、呟くファムの声に(違いない)と返すサンダースの声には諦観が含まれていた。

 考えれば最初からおかしいことばかりだった。いくら最近の情勢が不安定だからといっても、臨検要請からMS隊を差し向けるまでのタイムラグが極めて短かった。端からこちらの素性は織り込み済みだったに違いない。その上で偵察の強行、あわよくばここで落とせればという算段だったと見るのが自然だろう。尤も、こちらにファムと〈ジャズール〉のようなイレギュラーに近い戦力がいたのは計算外だったようだが。

 しかし、妙なのはあの〈UNKNOWN〉。不自然に練度の高いパイロットといい、ただのパトロールとは思えない……

(ともあれ、予定通り暗礁宙域に逃げ込む。こちらの目的が悟られる前に本隊に追いつかれれば、それこそ“コト”だ)

 思考を遮るように届いたサンダースの声にファムは「了解」とだけ返すと、手元のサブモニターに指を走らせた。レーザー通信を辿り〈アルストロメリアII〉へ向けファムはフットペダルを踏み込む足に力を入れた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 激しく揺れるコクピットの中で、ソシア・フランクスは思わず笑みを浮かべていた。迫る敵機はビームサーベルをフェンシングのように突き出し、今にも自分を穿とうとその距離を詰める。

 器用なバックステップ、着地の衝撃を噛み締めながら右手で握るレバーを大きく引いた。それに呼応するように左後方へと上体を逸らした〈ジムカスタム〉のすれすれをビームサーベルが通過する。

「ぬるいんだ!」

 予想通りの軌道を描いた刺突を見送り、ざまあみろと言わんばかりに吐き捨てたソシアは、レバーのスイッチに素早く指を走らせる。

 モニターの中央に相手、青く塗装が施された〈ネモ〉の頭部を捉えると、ソシアは容赦なくレバーに備わるトリガーを引いた。リズミカルに響き渡るドラムロールのお化けのような音と共に、〈ジムカスタム〉の頭部両脇に備わるバルカン砲が火を吹いたのである。

 吐き出された弾丸は〈ネモ〉の頭部へ殺到し、その特徴的なカメラバイザーを粉々に叩き割った。

 それだけで収まらず、仰け反った〈ネモ〉へと容赦なく注がれる弾丸は機体表面に弾痕を刻み続ける。主に牽制や迎撃に使われる頭部バルカン砲は、おおよそ主要装甲材であるガンダリウム合金を貫くことは出来ないものの、表面に設置されたカメラやセンサーといった機器を沈黙させるには充分すぎる火力であった。

 視界を失って後ろ向きに倒れ込んだ〈ネモ〉はもはや交戦能力を喪失しており、そこに突きつけられた〈ジムカスタム〉のビームサーベルがその決着を宣言した。

『試合終了だあァッ!!勝者は〈ジムカスタム〉を操るソシア・フランクス!大会二連覇に王手をかけましたァッ!!』

 

 

 MSは軍事兵器である以上、厳重な管理が施されているのが普通であるが、旧式機が武装が取り外された状態で民間に払い下げられたり、場合によっては廃棄処分が民間業者に委託されたりする場合がある。その他にも損傷の少ない状態で漂流したMSを修復したりして、民間人がMSを所有するケースが珍しくない。

 前者の場合は、ジャンク屋などで作業用に使われたり、「ホビー・モビルスーツ」として使用されたり、所定の役所に届出をして管理を受ける必要があったが、後者の場合は非合法的に横流しされ、裏稼業として個人的にMSを乗り回す場合にはその届出を怠るケースが後を絶たない。そんな違法MSを使用したスポーツはコロニーに暮らす貧困層を中心に人気を博していた。MSを使用したレース競技や、射撃能力を競う競技、その中でも1番の人気だったのがMSを使用した格闘戦である。ソシアもこの競技に参加するパイロットの一人だった。

 一部のコロニーでは「バトレイヴ」といった名称で観光業化されていたりもするが、ソシアの暮らすサイド1〈ファティマ〉においては未だ裏稼業という認識が強い。興行における観戦料だけではなく、法外な金額がやり取りされるトトカルチョに興行主が横槍を入れるという事態が横行している有様で、大々的な宣伝をしようものなら摘発待ったなしなのは言うまでもないだろう。その為、プレイヤー達のバトルスタイルはメジャーな試合に比べて過激であり、試合中の死亡事故も少なくない、というスリルに溢れたエンターテイメントとして、逆に多くの観客を集めていたのである。

 ここ〈ファティマ〉はサイド1の中でも〈シャングリラ〉と並ぶ貧困コロニーのひとつで、自転周期が遅れるのは日常茶飯事、気象管理システムの故障が放置されて雨はここ数ヶ月ご無沙汰といった始末であった。故にコロニー内の主要な産業は廃れ、住民の多くは出稼ぎに赴き、産業の衰退はさらに加速するという負の連鎖が続いていた。それによって住民数は最盛期の半分を割り、そろそろコロニー自体の運営が成り立たなくなる、という危機的状況に陥っていたところに流行り始めたのがこの競技だったのだ。

 運良くMSを手に入れて、競技に参加できれば、勝敗に関係なくギャラとしてそれなりの金額を懐に入れることが出来るし、その興行において優勝すればさらなる賞金が手に入る。参加出来なくてもトトカルチョに金を積んで、運が良ければ人並み以上の大金を手にすることが出来るのだから、人生一発逆転をかけた者たちが集まるのも無理はない。

 そして、それを運営する興行主はコロニーの所有者であり、危機的な財政は皮肉にも違法MSによって改善の兆しが見え始めていた。流出した人口も徐々に回復しつつあり、こうして寂れた僻地のコロニーは妙な熱気を取り戻し始めていたのだった。

 

「はあ?今日の支払いがナシだって!?」

 興行事務所にて、声を荒らげたのはソシアだった。

 居住区画の外、無重力区画の行政用に設けられた敷地の外れに存在する事務所は、まさにこの競技が公営でありながら違法なものである事を証明するかのようである。事務所と呼ぶにはお世辞にも狭すぎる部屋の中はスッキリと整頓されていて、悪くいえば飾り気のないものだった。

「どういう事だよ、話が違うじゃないですか!」

 机越しに、今にも掴みかかりそうなソシアを「待て待て、俺らも困ってるんだよ」と宥めるように声を上げたのは入口に設えられた受付に座る、ヨレヨレのスーツに身を包んだ禿頭の男だった。

「昨日からこのコロニーへの送金システムが故障してしまっててねぇ。うちの中でのやり取りならできるんだがね、ホラ、君たちへの報酬みたいな大金は中に置いておけないだろう?そしたらこの有様だよ。上もてんやわんやしててね」

「んなこと言ったって、MSの補給に大金が必要なのはアンタ達だって知ってるでしょう!?明日の決勝までに推進剤と弾薬と、Eパックの替えだってバカにならない額が必要なんだ、どうにかしてくださいよ!」

 バン!と机を叩いたソシアにも動じず飄々とした男は、実際どうしようもないのだが、全く誠意を感じさせない物言いで「そう言われてもだねぇ」とお茶を濁すだけであった。

 結局、解決策を見出すことは出来ず、「とりあえず整備はツケとかに出来ないのかい?こっちからも口添えしてあげるからさ」という男の提案を飲まざるを得なかったソシアは、釈然としない気持ちを引きずりながら無重力区画を後にした。

 居住区画に出ると、既に時刻は夕暮れ時を回っており、円筒状のコロニーの中心を通る人工太陽はオレンジ色の明かりを灯していた。通りの街灯がぽつぽつと灯り始め、カーテンが閉められた家々の窓からも明かりが滲む。その向こうに家族の団らんを幻視したソシアは、はっと我に返るとその頬を叩いた。

 自分の家族はもう既にこの世にいない。後にグリプス戦役と呼ばれる大戦で両親と妹を失って10年。最初の頃こそ亡くした家族の幻影を夢に見ることもあった。

 しかし、ジャンク屋の手伝いや非合法な仕事に手を染め、自分のためだけに生きてきたソシアは、幸いにして天才的なMS操作技術とその過程で培われた機械の知識を生かして、2年ほど前から始まったこの競技において無類の強さを誇るようになった。

 その頃からは一人で生きるには十分なお金を稼ぐことが出来るようになり、それまでのようなその日暮らしをやめて〈ファティマ〉のダウンタウンにあるワンルームのアパートを借りて生活をしていた。

 余裕なんて言葉が存在しない逼迫した生活を送ってきたソシアに趣味なんてものはなく、強いて言うなら今の仕事道具であるMSの整備といった具合で、収入から生活に必要な最低限の金額を引いた残りを全て〈ジムカスタム〉の整備に費やしていた。

 そんな生活を送るソシアは、日中のほとんどを借りているアパート以外の場所で送り、アパートへは寝るためだけに帰るというような日々を続けている。家族のいないソシアにとって家に帰る目的はそれしかなく、家での時間の使い方を知らなかったのである。

 それでも尚、亡くした家族のことは考えないようにしてきたソシアだったが、今日のトラブルを引きずっているせいか不意に感傷的な感情が心をよぎったのであった。

 今日はもう帰ろう。そう決めたソシアが曲がり角に差し掛かった時だった。

「うわっ!?」

 角から飛び出してきた影と出会い頭に激突していた。

 当たった衝撃から相手が小柄な人間である事を悟ったソシアは、咄嗟に相手が怪我をしていないかと顔を向けた。

「……ッ!?」

 案の定反動で転んでいたその相手を見てソシアは息を呑む。その相手は異様に細い体躯の色白の少女だった。ショートカットに整えられた髪まで透き通るかのごとき白さだった。

 しかし、ソシアが驚いたのはその見た目だけでなく、その少女はその肌と同じような白い布一枚を纏っただけでほぼ裸体に近かったからだった。

「大丈夫か……!?」

 声をかけたソシアは、ドタドタと近づいてくる慌ただしい足音に気付く。見れば少女が飛び出してきた道の方から黒いスーツに身を包んだ男性が走ってくるのが見えた。

「追われてるのか!?」

 咄嗟に少女に問いかけたソシアは、顔を上げた少女が微かに頷くのを見て気付けばその手を取って走り出していた。

 一番驚いたのはソシア本人だ。なぜそうしたのかは全く分からない。だが、衝動的にそうすべきだと思考ではなく身体が反応していたのだ。

「こっち!」

 〈ファティマ〉の居住区画、特にダウンタウンエリアはとても入り組んだ構造をしている。相手が誰だかは知らないが、暇な時には当てもなくこのエリアを散策していたソシアに、彼ら土地勘で勝っているとは思えなかった。

 実際後を追ってくる足音や怒号は遠くなり、しばらくして見つけた適当な物陰に身を隠す頃にはほとんど聞こえなくなっていた。

「なんとか撒いたみたいだな」

 額の汗を拭ったソシアは、改めて隣で縮こまる少女に目を向ける。

「……っ」

 どくん。

 心臓が早鐘を打つのが聞こえる。会ったことの無いはずのその少女にソシアは目を奪われていた。

「……こまる」

 と少女が呟くまで、我を忘れて見蕩れていたソシアははっと我に返る。

「あっ……いや……その、ごめん……」

 沈黙。

 いたたまれなくなったソシアは「俺、ソシア。ソシア・フランクス」と早口に名乗った。

「フランクス……」

 呟く少女に「ソシアでいいよ」と返す。

 こくん、と頷いた少女は「……ルカ」と続けた。

「君の名前?」

 ソシアの問いかけに再び頷く、ルカと名乗る少女。

「追われてたみたいだけど……君、おうちは?」

 その言葉にルカは首を振る。

 ややあって「……もしかしてさっきの追ってきてた奴らって……」と言葉を選びながら尋ねた。

 少女が小さく頷くのを見たソシアは「君は一体……」と呟くが、それは口を開いた少女に遮られた。

「なんで……たすけてくれた……?」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(先日の戦闘データが送られてきました。やはり動いているのは例の部隊のようです)

 モニターに映る眼鏡の女性の声が静かな部屋に淡々と響く。

 茶色を基調にシックなインテリアでまとめられた品のある、それでいて豪華すぎない部屋だった。一つだけ設けられた窓から覗けるのはドックに接舷する大きな艦艇で、そこだけ見ればどこかの港のように思えたが、背景に広がる漆黒の宇宙がそれを否定した。

 暗礁宙域に設けられた秘密工廠。クロウズ・インダストリー社の影の中枢である施設である。

 ドックに接舷しているのは多目的輸送艦〈クリュサオル〉。そう名付けられたこの艦は完全なワンオフだった。デヴォンの計画の為に建造された艦である。そのシルエットはかつて一年戦争で破竹の勢いの活躍を見せたペガサス級〈ホワイトベース〉を彷彿とさせ、カラーリングもそれを意識したもので纏められている。

 今は艦載機の搬入作業中で、ガントリークレーンによってMSコンテナが大きく開かれたメインハッチからMSハンガーへと機体が格納されていくのが見て取れた。

 部屋の中、モニターが据えられた机の前には赤みがかったオレンジ色の癖っ毛が特徴の男が座っていた。すらっとした細身をカジュアルながらこれまた品のあるスーツが包んでいる。

 ペンをクルクルと弄びながら「シナリオ通りだね。まあ〈イータプラス〉が墜とされたのは想定外だったけど」と呟く男の口元は自信ありげな笑みを浮かべている。

(それから、ひとつ懸念事項が)

 やや陰りのある女性の声と「なにかあったのかな?」と対象的に余裕を保った男の声。

(〈ファティマ〉で建造中の〈エンゲル・ズィーレ〉の“コアユニット”が移送中に消息不明との報告が……)

 ピタリ、男のペン回しが止まる。

「それは……少し困ったことになりそうだね」

 それでもその声から余裕は失われない。

(……如何致しましょうか、デヴォン様)

 その様子に何かを感じた女性はややあってから訊ねる。

 デヴォンと呼ばれた男は「んー」と唸りながら思案顔を作る。

「早く見つけてくれ。あくまで『九番目』とは言え、大義のために必要な存在だ。だが……」

 そこでデヴォンは一度言葉を切る。

「だが、万が一の時にはやむを得ない。計画の発動を優先して欲しい。バックアップは準備してある、後で辻褄は合わせるさ」

 ニヤリと笑ったデヴォンに一礼すると画面に映った女性はその通信を切る。

 それを見届けたデヴォンは深く息をついた。

 デヴォンが目を向けるモニターには赤を背景に黒い星が五つ輪を描くように並んでいて、その星は細い円で繋げられている。

 その下に記された「WEG」の表記がその意匠が旗であること、そしてそれを頂くのがデヴォンが率いる「ヴェーグ」と名付けられた組織であることを示していた。

「さて、どちらに転ぶかな」

 その口元は、不敵に歪んでいた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「なんで、たすけてくれた?」

 その問いにソシアは答えることが出来なかった。確かに街中でぶつかって転ばせてしまった罪悪感はあったし、見るからにか弱そうな女の子を追いかける怪しげな大人がいたから、というのもひとつの要因かもしれない。

 だが、ソシアは人の為に何かをするという経験がほとんどなかった。両親と死別して以来、ソシアは自分が生き残る為だけに生きてきたのである。

 そんな自分がどうして見ず知らずの人を助けようと思ったのか。

 咄嗟に言語化出来ずに黙りこくったままのソシアを見て「ふふ……」とルカは微笑んだ。

「ありがとう、ソシア」

 弱々しい、しかしそれでいて暖かい笑顔にソシアは言葉を失う。ただそれを見つめることしか出来なかった。

「……ソシア?」

 ややあって不思議そうな顔をしたルカの名前を呼ぶ声に我に返ったソシアは、慌てて「そ、そうだ、服!その格好じゃ目立つ……」と無理やり話題を変えた。

 実際、ルカは白い大きな布を縫い合わせたものを羽織っているだけで、ズボンやスカートは愚か、下着の類すら身に付けていないようであった。

「ふく……」

 ルカの返すそんな返事にソシアは違和感を覚えた。が、その違和感の正体を探ろうとする間もなく。

「クソっ、どこ行きやがった……!!」

 ドタドタと騒々しい足音と共に先の追っ手の声が近づいてくるのが聞こえた。

「……ッ!」

 それに気が付いた二人は息を潜め、身を縮める。不意に触れたルカの肩は小刻みに震えていた。

 ……守らなきゃ。

 改めてそう意識したソシアはルカの手を握る。

「ッ……ソシア……?」

「君が誰で、何があって、なんで追われているのか。それはまだ知らないけど、君はもう恐がらなくていい。必ず、俺が守るから」

 半ば自分に言い聞かせるように呟いたソシアは、足音が遠くに去っていくのを認めると、そっと音を立てないように影から顔を覗かせ周りに追っ手の姿がないことを確認した。

「とりあえず俺の家においで。さすがに人の家までは追ってこないだろうし。ひとまずは安全だと思う」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「例の“互助会”筋の情報によれば各サイドのいくつかのコロニーで“大型兵器”の建造が行われているらしい、との話だ」

 〈アルストロメリアII〉のブリーフィングルームに集まっていたのは、艦長であるサンダース以下、ブリッジクルー数名と専属パイロットであるファム達だった。

 壁に据えられたモニターにはジオン共和国参謀筋からのリーク情報と、補足としてサンダースが説明した通りの情報が表示されている。

「大型兵器って、モビルアーマーですかい?」

 ルイーズの問いかけに「恐らく、な」とサンダースは首を縦に振る。

「そこまでは確定情報ではないが、建造規模からして間違いないだろう。……ただ、妙なのは同一拠点ではなく複数箇所にわけて建造が行われている事だ」

「……連邦が正規に行っている計画ではない?」

 続けたサンダースの説明にファムは呟く。

「その可能性が高い。しかも、それらの拠点に共通するのは〈クロウズ・インダストリー社〉が出入りする施設……」

 モニターに示されるカラスを意匠に取り入れた〈クロウズ・インダストリー社〉のロゴにファム達は口を噤む。三年前の事件から始まった因縁は未だ切れることなく、執拗にファム達アルストロメリア隊に絡みついてくる。

「イオリ……」

 その事件の過程で出会い、別れた男。イオリ・ノースフィールド。

 連邦に属していた軍人でありながら、ファムと惹かれ合い、共に戦った。が、一年前の戦闘で消息を絶ち、それ以後生死不明という状態が続いている。その事件も〈クロウズ・インダストリー社〉のデヴォン・クロウズが関わっているのだからファムにも思うところがあるのだろう。

「ともあれ、だ。これらの不穏な動きがミネバ殿下の御芳志への障害となる事は間違いないだろう。よって、今回の目的は可及的速やかにそれらの大型兵器群の詳細を調査、及び可能であれば破壊となる」

 そうして始まった今回の作戦だったが、アルストロメリア隊の置かれた状況はかなり厳しいものだった。

 先のラプラス事変においてネオ・ジオン残党は旗艦〈レウルーラ〉が轟沈、なけなしの残存兵力もそのほとんどを失ってしまっていた。辛うじて生き残った者達もフル・フロンタルというカリスマを失い、ミネバ・ラオ・ザビはガランシェール隊と共にその身を隠したとなれば元の烏合の衆に戻る他なかった。

 幸か不幸か、ファム達アルストロメリア隊はミネバ殿下と謁見する機会があった為に、事後の活動を彼女の志と共にすることになったものの、依然としてテロリスト集団でしかない上に、政治的都合からジオン共和国すら敵に回さざるを得ない現状では援軍など望めるはずもなく、孤立無援を強いられるのは火を見るより明らかだった。

 

 

「このままなら予定通り、明日には〈ファティマ〉に着けそうだな」

 艦長席に座るサンダースが航路図とにらめっこしていた顔を上げて呟いた。

「そいつはなによりですなァ」

 茶化した声を上げたCICのルイーズに「とは言え、俺らだけでどうこうなるシロモノなんですかねぇ」と憂鬱そうに続くのは操舵席のアンドレイ・スペンサーだ。

「コロニーへの潜入、捜索まではいいとして、破壊工作となるとまた話は変わってきますよ。MSなんか持ち出してしまえば目立つ事この上ない」

 手に負えない、と言わんばかりに肩を竦めたアンドレイだったが、「案外そうでも無いかもしれん」と応じたサンダースの声に思わず振り返った。

「〈ファティマ〉ではどうやら違法MSによる格闘技が流行っているらしい。さすがに堂々としすぎるのは憚られるが、多少は紛れることが出来るだろう。あとは騒ぎを起こして例のブツを人目に晒せば、流石に連邦の連中だって動かざるを得ない。もし公式のシロモノだとしても、この軍縮の流れにあってそんな大掛かりな兵器を建造していたとあれば、それこそ世論が黙っちゃいないからな」

 楽観視しすぎかもしれんがな、とつけ加えたサンダースは不意に居心地が悪くなって居住まいを直す。背後からの視線を感じたからだ。

「いやぁ、頼りになります」

 視線の持ち主が顔を綻ばせる。“互助会”から送られたエージェント、エド・カーターだった。

「なんてったって我々は戦力を持たない、ただの意思決定組織にすぎませんからね。あなた方にご協力いただけて一安心ですよ」

 声だけなら朗らかなものだったが、ブリッジは沈黙に包まれる。

 なにか嫌な感覚だ。なんの根拠もない直感だったが、長年戦場に身を置くサンダースにはこの男が良からぬ人間である事を悟っていた。しかし、それを示す証拠はなく、ただの直感に過ぎない。

 なにか見落としていることは無いか?なにか勘違いしていることは無いか?思考を巡らせるが、今は答えを見出すための情報が不足していた。

 仕方ないと溜息をつき、いずれ解る、厄介なことになるまでに解ればいい、と結論付けたサンダースは再び航路図に目を戻した。

 暗礁宙域を出るまであと僅か、〈ファティマ〉までの道のりの約半分に差し掛かっていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 結局。

 ソシアとルカの二人は、ソシアが借りているアパートの部屋で一晩を明かした。一人暮らしのソシアの部屋には、当然ベッドはひとつしかなく、ソシアは板張りの床に予備のタオルケットを敷いて寝た。

 ソシアは万が一の事に備えてルカをバトレイヴの会場に連れていく事にした。

 もちろん人目に着くような場所に出向くのは危険が伴うが、押し入られれば身を守るものがないこの家より、関係者以外立ち入ることが出来ないバトレイヴの控え室の方が身を隠すのには適していると考えたからだ。それに連れていく際に見つかったとしても、逆に人の目が多くあるような場所では向こうもすぐには手を出せない。

 そう算段をつけたソシア達はルカの着る服を買うため、少し早く家を出た。ルカは服を見繕うまでの一時凌ぎでソシアの服を借りて着ている。

「……これ、だぶだぶ」

 エレカを捕まえるために近くの通りまで出る間にもルカは何度も裾に足をひっかけて転びかけていた。その様子にソシアは言いえぬ蟠りを感じた。

 身長こそ仕方の無い事だとして、ルカの四肢の細さやその病的なまでに白い肌、そしてその拙い口調が酷く痛ましく見えた。

 昨日のやり取りと合わせて鑑みるに、ルカはあの男達から酷い目に合わされていたのではあるまいか?

 そう思う度、ソシアはルカに憐憫を抱かずにはいられなかった。と同時にその過酷な境遇に、どこか親近感を覚えていたのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 クラップ級巡洋艦〈アマリリス〉。地球連邦軍の主力巡洋艦であるクラップ級の中で最も新しく造られた艦である。同時に、宇宙世紀100年代を見越した中長期的艦艇改修計画におけるクラップ級のアッパーモデルとしての側面を持っていた。

 放熱効率の向上した機関の採用によって放熱板が撤去、さらにそれに伴いメインブロックの形状が変更されたためにカタパルトデッキが拡幅化される等の仕様変更が行われており、クラップ級の意匠を残しつつも、外見は大きく変わっていた。

 そんな〈アマリリス〉の格納庫、MSハンガーに並ぶのは型式番号FD-03〈グスタフ・カール〉達だ。明るい灰色をベースにモノトーンで塗装された〈グスタフ・カール〉は、シャイアン基地などで先行配備されていたものとは異なり、軽装仕様に換装されている。

 合計四機、一個小隊分の〈グスタフ・カール〉のうち、通信アンテナを増設した指揮官機の腹部、全開したコクピットハッチの中、リニアシートに身を投げていたのは〈アマリリス〉MS隊隊長のクリスティーナ・ノヴェンバー大尉だった。

「MS隊、発進準備急げ!」

 怒号飛び交う格納庫を見下ろし、クリスティーナは涼しい顔のまま乗機である〈グスタフ・カール〉の起動準備を進めていた。

「流石隊長殿、準備万端ですね」

 そんな声をかけながら開けたままのハッチに取り付いたのは機付きの整備員であるジョージ・カイニスだった。

「まあ、伊達に隊長やってる訳じゃないからね」

 手元のサブモニター、コンソールに指を走らせながら軽口を返すクリスティーナは、ふと「なんか妙よね」と漏らす。

「……?なにがです?」

 怪訝そうに尋ね返すジョージの声に、不用意な発言をしたと気付いたクリスティーナは取り繕うように「なんでもないわ」と首を振った。

 曲がりなりにも隊を率いる立場の人間が、その場の不安を誘うような言動をする事に気が引けた、と言うだけではなく。

「アイツもあの時似たようなこと言ってたっけ」

 アイツ、かつて共に戦場を駆けた仲間が別の道を歩みだしたあの時。彼はそんな事を言ってかつての上司に窘められていた。

 過去のそんな出来事をふと思い出したのだった。

「?」

 クリスティーナの過去の事など知る由もないジョージは首を傾げるしかなかった。

 

 

 

「状況は?」

 照明が落とされ、暗鬱としたブリッジに飛び込んできたのは、やや長身であること以外に特にこれといった特徴のない、茶髪を短く刈り込んだ若い男。この艦〈アマリリス〉の艦長を務めるレーゲン・ラインバルトだった。

 〈アマリリス〉が籍を置くのは、最近新設された地球連邦宇宙軍一号訓練分遣隊である。外郭組織であるロンド・ベルとの将来的な連携を前提に編成された規模の小さい部隊だ。

 そんな壱号分遣隊の旗艦として宛てがわれた新造艦〈アマリリス〉の艦長席に収まるこの男は、一見してとても若く、その見た目通り任官して比較的日が浅かった。通例では、艦長職につくためには航海士、航海長、副長などの職を歴任し、佐官クラスの階級を手にする必要があるが、この男は例外だった。

 連邦軍の意思決定を司る参謀本部は、独立性の強いロンド・ベルの手腕を鬱陶しく感じていたきらいがあった。そこで、彼らと比べて軍総省の意向が反映されやすい兵力、そしてある意味においてはロンド・ベルの首輪として機能することを期待された兵力として組織される一号分遣隊には、「頭のいい人間は不要」と判断された。簡単に言えば扱いやすい人材を欲したのである。

「目標の針路、船速変わらず。ミノフスキー粒子の急激な増減はなし。予測ルートでは“ファティマ”へのこれ以上の接近は考えられません」

 レーゲンの問いかけに答えたのはオペレーター席に収まる赤髪を一つ結びにまとめた若い女性、サヤ・シンプソン少尉だ。

 “扱いやすい人材”が求められたのは他のクルー達も同じだった。アカデミーでの成績は上位10%の先鋭であることは間違いないが、新兵卒で実戦経験は皆無、在学中の特記事項や財政界へのコネクション、軍属の親族もなし。よく言えばおとなしい、悪く言えば無個性の者だけがピックアップされたこの部隊に期待されるのは、参謀本部の思うつぼ、常に軍総省の指示を仰ぎ、現場レベルでの判断は教科書通り。普通に考えれば軍隊として有り得ない存在、それが壱号分遣隊だった。

「MS隊を出す必要なんてあるんですか……?」

 副長席で渋い顔をするデイン・ヨシムラはアカデミー時代から愛用の教本とにらめっこしながら状況の分析に勤めていた。

「そうだな。面倒ごとは避けたいし、私も展開には消極的なんだが……」

 レーゲンは言葉を濁す。歯切れの悪い解答には理由があった。

「サイド1コロニー“ファティマ”を狙ったテロが起きる可能性がある。」

 そんな情報をキャッチした参謀本部によって、手隙の〈アマリリス〉は「“ファティマ”へ接近する不審船舶の警戒監視、場合によってはそれと交戦し無力化させる」という任を与えられ、現地に派遣されていた。

 当の〈アマリリス〉はというと、実戦経験の無い新人部隊を宛てがうぐらいだから緊急性は低いだろう、というのがクルー達の共通認識で、実際に戦端が開かれるなんて考えている人間は、たった一人を除いて居なかったのである。

 状況が変わったのは今から10分ほど前のことだ。

 ブリッジで談笑していたレーゲンは突然鳴った手元の艦内電話に眉をひそめた。

「MS隊を出したい……?」

 電話の相手はMS隊を率いるクリスティーナだった。

 そのレーゲンの怪訝そうな声に和やかだったブリッジの空気は一瞬にして固まる。

 さらに時間を遡ること数十分ほど前から〈アマリリス〉のセンサーは〈ファティマ〉に向けて接近してくる船舶を捉えていた。無名の運送会社に籍を置く民間の貨物船で、定期船ではないようだったが、運行管理局に問い合せたところ、きちんと運航計画書が提出されており、これといって特に不審な様子はない。

 強いて違和感をあげるならば、本来の運航予定ではもう少し早く〈ファティマ〉付近を通過するはずだったという事と、一般的な航行ルートからやや外れたルートを取っている、という点。しかし、どちらも臨検をかけるほどの要項ではなかったし、それ以外には不審な様子はなかったためレーゲンは頭の中で警戒を外していた。

 ところが、そこにクリスティーナはその貨物船に臨検をかけるべきだと主張したのだ。

 当然、ブリッジのクルーたちはその判断を聞いていい顔をするはずがなかった。良くも悪くも純粋な新兵卒のルーキーの集まりの中で、ただ一人だけ異質な存在だったクリスティーナは、部下のMS隊隊員やメカニックを除いた〈アマリリス〉のクルーに煙たがれていた。

 かつて“互助会”の助けによって偽りの経歴を宛てがわれたクリスティーナは、何者かの手引きで〈アマリリス〉のMS隊へと導かれた。経歴上、交戦経験のないルーキーという事になっているが、彼女の立ち居振る舞いや言動は死線をくぐり抜けたことのある者のそれであり、面倒を嫌ったクルー達は誰も口にしないがどこか腫れ物扱いされてきた。

 反面、その姿に一種のカリスマ性があるのか、不思議と反発する人間は現れなかった。〈アマリリス〉のクルー達が無個性の集団であることが唯一の救いだったと言える。

 今回もレーゲンは脳裏に「面倒」という言葉を思い浮かべたが、そんな事情も相まってクリスティーナの主張を聞き入れることにしたのだ。

 

 

 

 かくしてMS隊の展開が決定された〈アマリリス〉艦内。

 発艦準備を待つ〈グスタフ・カール〉のコクピットに収まったクリスティーナは「話がわかる人で助かったわ」とモニター越しの複雑な表情を浮かべたレーゲンにそんな冗談を投げる。

『これで何も無かったらどうするつもりで?』

 苦し紛れのレーゲンの反撃にも「ふふっ」と笑みをこぼしたクリスティーナは「それはそれで“めでたしめでたし”でしょう?」

『待て、そう簡単な話じゃない。推進剤やらなにやら、一回の出撃でも馬鹿にならない経費がかかるんだ。それは貴女も知らない訳では無いでしょう?』

「ええ、そうね。もしも、そうだった時は、今月懐が厳しいからツケておいてくれると助かるわ」

『……ハァ、貴女って人は……』

 レーゲンの悩みなどどこ吹く風、そんな調子の二人のやり取りは『うそ……目標が消滅……!』と響いたサヤの声でかき消された。続くけたたましいアラート音。

『センサー内に新たな艦影!更に熱源を複数確認……!MSです……ッ!!』

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

『さァ!いよいよ待ちに待った決勝戦だァァッ!!大会二連覇に王手をかけたソシア選手、そしてそれを迎え撃つのは前シーズンの覇者、“破壊神”トーマス選手の登場だァッ!!』

 鳴り響く実況のアナウンスとそれに負けず劣らず響き渡る大歓声を聞きながら、ソシアは〈ジムカスタム〉の操縦桿を強く握り締める。その手は僅かに震えていた。

 

「トーマス……ベス?」

 数時間前。ルカと共にダウンタウンのブティック巡りの最中、ソシアは今日の対戦相手についての話をしていた。

「ああ、トーマス・ベス。“破壊神”なんて二つ名がついてるけど……実際はもっと最悪、ただの人殺しだ」

「人殺し……?」

 トーマス・ベス。通称“破壊神”トーマス。

 数年前、彗星の如くバトレイヴに現れたパイロットだ。伸ばし放題のボサボサの黒髪で片目を隠した色白のやせ細った男で、目元のクマや骨のように細い腕が見る者に不健康そうな印象を与える。

 そんな彼のプレイスタイルは過激の一言に尽きる。

「ヤツは人を殺す為に戦っている」

 そう噂されるほどに彼は相手のMSのコクピット付近を集中的に狙っていた。

 本家〈シャングリラ〉コロニーでのバトレイヴに比べ無法地帯のこの競技での彼の残酷非道、己の破壊衝動のままに過剰なまでにコクピットを狙うそのプレイスタイルは対峙したパイロットのほとんどを殺害、ないしは一命を取り留めても重篤な後遺症を背負わせてきた。

「でも……ルールは……?」

 腐敗しきった〈ファティマ〉コロニーでの興行においては、警察組織はあてにできない。

 かくしてトーマス・ベスは“破壊神”、あるいは“死神”としてバトレイヴに君臨していたのである。

 そんなトーマスについての説明をしながら、ソシアとルカは流行りのファスト・ファッションの店を物色する。

 ソシアも決して流行に敏感という訳では無かったが、ルカはといえば色とりどりの服に圧倒されてキョロキョロと落ち着きなく店内を見渡している。

 しばらくして「……これ」と呟くと、ルカがふと足を止めた。視線の先にあるのは紺色の生地に、なんのことは無い、翼のエンブレムのワッペンがあしらわれたよくあるキャップだった。

「いいじゃん!……そしたら、これに合うような服を選ぼうか」

 

 かくして、二人が購入したのは件のキャップと、それに合うような白いオーバーサイズのパーカーとデニム生地のショートパンツ、それから黒いサンダルとボーイッシュなコーディネートだった。ルカの白く細い体躯に紺色のキャップやデニム、サンダルの黒がよく似合っていた。

「……ありがとう」

 ソシアの控え室で畏まって座るルカはしきりにパーカーの紐を弄び、落ち着かないようだった。

「気にしないでいいよ。……それより、その服でほんとに良かった?」

 ソシアはソシアで緊張を隠せず、つい口数が増えてしまう。

 実際にルカに似合っているとは言え、本人の好みもよく知らない、それどころか出会って間もない女の子の洋服を赤の他人である自分が一式買い揃えるなんて。

 親戚の元にいた頃、ジュニアスクールでは一人浮いた存在だったソシアには誰かと出かけるといった経験がなく、新鮮な、それでいて何処かこそばゆい、ソシアにとって初めての感情だった。

 こくりと頷くルカに、安心と、本心からの返事なのかという自信のなさから来る猜疑心がせめぎ合う。

 と、不意にピピ……と電子音が鳴った。準備の時間に合わせてセットしておいたタイマーだ。

「……もうこんな時間か」

 そう独りごちると、ソシアは席を立つ。

「それじゃあ、行ってくるね。僕が戻ってくるまでここで待ってて。あ、この部屋のモニターからも試合は見れるようになっているから、もし興味があったら応援してくれると嬉しいな」

 再びこくり、と頷いたルカにそれじゃ、と残しソシアは控え室を後にした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『ボス!マズイっすよ、こりゃあハメられましたぜ……!』

 艦橋に響くのはルイーズの声。先刻、先行する小型ランチをやり過ごすため、ファティマからほど近いスペースデブリ群に身を潜めた<アルストロメリアII>を、程なくしてデブリに紛れて設置してあった機雷群の爆発が襲った。

 同時に先行の艦は爆散、そしてすぐに鳴り響く敵機接近のアラーム。接近するのは二機のジェガンだ。

 彼らを待ち伏せしてしていたのは一目瞭然だった。

『ミノフスキー粒子散布急げ!ファム、準備は出来てるな!?』

 サンダースの問いかけに、あらかじめハンガー内、〈ジャ・ズール〉のコクピットに納まっていたファムは「無論だ」と努めて冷静に返した。

 それから出撃した〈ジャ・ズール〉は、〈ジェガン〉を二機を難なく斬り捨てたが、そこで異常に気付いた。

「〈アルストロメリアII〉!聴こえるか!ルイーズとアンドレイも出したのか!?」

 しかし、ノイズ混じりに帰ってきたのは『何言ってるんすか、俺もアンドレイもブリッジにかかりっきりっすよ!』というルイーズの声。

「じゃあ……」

 ファムは息を呑んでモニターを見つめる。視線の先に映るのは、有視界距離ギリギリに描かれた二機の友軍表示。

「あの〈ギラ・ドーガ〉は誰だ……!?」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『さらに敵機接近!数は一!ですが……これは……!?』

 耳に響くサヤの声に、〈ギラ・ドーガ〉のビームアックスをいなしつつクリスティーナは「一体何だって言うの!?」と先を促した。

『一致するデータ無し、ですが通常のギラ・ドーガの二倍のスピードで接近してきます!』

 エースのお出まし、か。クリスティーナは舌打ちと共に、駆る〈グスタフ・カール〉にビームライフルを構えさせた。

「アルファ・ワンより各機、接近する新型は私が引き受けるから、アルファ・ツー以下三人はこの〈ギラ・ドーガ〉をなんとかして!」

『了解』

 返答を聞くや否や、クリスティーナは接近する機影に向けフットペダルを踏み込んだ。

 程なくして〈グスタフ・カール〉のカメラが捉えた機影は、リアルタイムでAI処理をされ、モニターに映し出される。

「えっ……」

 その姿を見て、クリスティーナは言葉を失った。

「あなた……まさか……」

 特徴的なバインダーが追加で装備されているものの、記憶にある姿にそれは極めて酷似していた。

 細く長い脚と、それに支えられた騎士の甲冑を思わせる胴体。同じく騎士の兜を模した頭部は単眼式のセンサーが光る。縮尺を間違えた騎士のようなその高貴なシルエット。間違いない。

「ファム……ファム・オーツェン!?」

 ぐんぐんと近付いてくるそのシルエットは、あっという間に距離を詰め、瞬時に抜刀したビームサーベルで斬り掛かる!……かと思われたが、急にその刃を止め、反対の腕で〈グスタフ・カール〉の肩を掴んだ。

『この感じ……まさか貴様はクリスティーナか……?』

 接触回線が開き、聞こえてきたのはやはりファムの声だった。

「あなた……!一体何してるの!?イオリは!?というか、軍を引きなさい!」

『それどころじゃない!それに、あれはうちの機体じゃない!嫌な予感がする、このままだと……!』

 問いかけに、切迫した様子で返すファムの様子にクリスティーナは思わず息を呑む。

 その刹那。

『こちらアルファ・フォー!隊長、ニックが!』

 耳朶を打つ悲鳴。思わず振り返ると、〈ギラ・ドーガ〉のビームアックスに切り裂かれる〈グスタフ・カール〉がズームアップされた。

 ニック・ロペス、コールサイン〈アルファ・スリー〉のパイロットが散っていく。

 悲鳴の主は〈アルファ・フォー〉、チャック・ケリーだ。未だ〈ギラ・ドーガ〉は二機とも健在。明らかに冷静さを欠いているのがわかる。

『アルファ・フォー!落ち着けって!』

 今しがたニック機を撃墜した〈ギラ・ドーガ〉がチャック機に迫るが、それを横から牽制するのは〈アルファ・ツー〉、副隊長のテイラー・ラッセルだ。

『アルファ・ツーよりアルファ・ワン!これ以上は無理です!至急援護を!』

 数の有利も奪われ、そしてドッグファイトに持ち込まれて艦砲の援護が期待できない現状では、窮地に立たされているのは明らかだった。

「……あなたを信用していいのね?」

 クリスティーナは再び〈ジャ・ズール〉へと目を向けた。

『今は、な』

 とだけ返したファムは、スラスターの光を煌めかせ、〈ジャ・ズール〉を加速させた。

「“面倒”とは思ったけどこんなことになるなんて……」

 クリスティーナもそれを追うように〈グスタフ・カール〉のフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 〈ジムカスタム〉に乗り込んだソシアは、相対するトーマスの〈ドムトローペン〉に目を向けた。

 試合開始を告げるアナウンスを会場が待ち侘びているのを全身で感じる。この瞬間はいつもの事ながら精神の高揚を感じずには居られない。

 それだけではなく目の前の〈ドムトローペン〉から放たれる純粋な殺意が身体をチクチクと刺してくるのが分かる。

『よォ、ソシアくゥん?』

 不意に声が響く。

 人の神経を逆撫でするような不快な声、それは間違いなく対戦相手、“破壊神”トーマス・ベスのものだった。

『あれあれェ?無視するなんてェ酷いなァ?』

 続けられたトーマスの挑発的な声に「残念だけど、僕はヒトの言葉しか知らなくてね、動物の鳴き声は理解出来ないんだ」と、ニヤと口を歪めながら返した。

 ここでトーマスの挑発に乗らず、無視を貫くのも考えたが、オープンチャットのやり取りは観客席にも届いているため、バトレイヴの興行的側面を考えれば煽り返してやるのも一興だと考えた。

 ソシアの狙い通り、試合開始を前に会場のボルテージは爆発的に上昇しており、やれ「ぶっ飛ばせ!」だの、「叩き潰せ!」だのと物騒な掛け声が断片的に響いてくる。

 お互いに睨み合う、無限とも思われる時間は、爆音でなり始めたファンファーレによってかき消された。会場のボルテージも一気に跳ね上がる。

『お待たせいたしましたッ!バトレイヴ、今シーズンの王者が間もなく決まります!その栄冠は果たしてどちらに輝くのか……ッ!?』

 煽るスタジアムMCの声に、操縦桿を握るソシアの手に力が加わる。

 ファンファーレが鳴り終わり、観客たちの声も止む一瞬の静寂。

 そして、『バトレイヴ・ゴーッッ!!!』のアナウンスと共に。

 

 

 目の前の地面が破裂した。

 

 

つづく




お久しぶりです、一一人です。

ずっと放置してしまっている巨人の末裔、幽玄の亡者をほっぽり出して新しいの書いてんじゃねえ!

そんな声が聞こえてきますね。ほんとにすみません。

言い訳をさせてください。
ここまでお読みの方はもう既にお分かりだと思うのですが、この作品は全て続き物となっております。
イオリとファム、そしてデヴォン。彼らのお話の集大成的な作品が本作です。
この作品を畳まないことには、前二作も畳みようがなくなってしまったんですね。ええ、悪いのは私です反省しております。

にもかかわらず、新キャラが出てきたり、新メカが出てきたり、新用語が出てきたりしております。
どうか懲りずに最後までお付き合いいただけますと幸いです。

誤字脱字のご指摘、ご感想など頂けますと励みになります。
何卒よろしくお願い申し上げます。
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