機動戦士ガンダム UC.0097 開闢の方舟   作:一一人

2 / 2
⚠️注意⚠️注意⚠️注意⚠️注意⚠️注意⚠️

このお話は本作のエンディングの“予定”のお話です。
今後、お話の進捗により内容が一部変更される場合がございます。



最終話 開闢の方舟~The Ark~

「綺麗事を抜かすなッ!ふざけた理想を語るのは勝手にしろ!だが、それでは収まらない憎しみがあると知れ!お前の言う“押し付けられた”、我々強化人間と同じ運命を……お前たちも辿るがいい……ッ!!」

 閃光、衝撃。

 その双眸を一際輝かせた〈シャイヴァ〉から放たれた不可視の力場―サイコフィールドが辺り一帯に広がる。かつてアクシズを退けたそれとは対極の禍々しい“気”が駆け抜けていくのが知覚できる。

 サイコフレームを媒介に人の思念を増幅させたそれは、物理法則を無視し実体に様々な作用をもたらす。

 回転を止めて久しい廃コロニーである〈ジャシンタ〉全体に地鳴りを響かす。人工地盤ブロック表面を抉りとり、岩塊を宙に浮かばせる。さらに凄まじい斥力を発生させ、〈ガンダムヘルヴィウム〉をはじめとしたその場にいたMS達を吹き飛ばした。

 

 

「そんな……〈ジャシンタ〉内部のエネルギー反応が虚数値を示しています……ッ!」

 半ば脅えたような声を上げるサヤは、目の前のあまりに非現実的な現象に思わず振り返る。視線の先にいるレーゲンに助けを求めるが、「馬鹿な……ありえない……」と同じくレーゲンも呟いたきりモニターに釘付けになっていた。

 無理もない。物理的に存在しえない数値、現象を見せつけられ、正気でいられる方がおかしい。

「ッ!衝撃来ます……!」

 刹那、艦を襲う衝撃。真空である宇宙空間において、まるで艦に直接攻撃を受けたかのような、ここまでハッキリと伝わる衝撃はレーゲン達にとって初めての経験だった。

「一体……中では何が起きていると言うんだ……」

 映像が途切れて久しいモニターの向こうにその様子を幻視したレーゲンは誰へともなく問いかけるしかなかった。

 

 

 ビキビキと四肢を不気味に蠢かせながら浮き上がった〈シャイヴァ〉は、放つサイコフィールドの勢いをますます強めていく。

「終わらせない……忘れさせない……ッ!俺達……ボクたちが味わった苦痛を、その上に胡座をかくお前たちの罪を、忘れさせてたまるかァッ!!!」

 ウルゼルの叫びと共に、かつてないほどの勢いで放たれた不可視の力場は背後のコロニーの外壁を大きく吹き飛ばした。

「何をする気だ……ッ!?」

 あまりに強大な力の奔流に、〈シルフレイ〉をその場に留まらせることが限界だったファムは〈シャイヴァ〉の背後、コロニーに穿たれた大穴から覗く影を見た。

「〈エンゲル・アジール〉……!」

 ファムがその名を口にした次の瞬間。

「ルカァッ!」

 ソシアの悲鳴がこだまする。

 彼の視線の先で〈エンゲル・アジール〉が“崩壊した”。

 厳密に言えば〈エンゲル・アジール〉に流れ込んだサイコフィールドが内側からその殻を破ったように見えた。

 しかし、その現象はそれだけでは収まらなかった。 〈エンゲル・アジール〉と同様に〈シャイヴァ〉もその形を失いバラバラに砕け散ったのだ。

 自壊したか。

 その場にいた誰もがそう錯覚したが、決してそうではなかった。

 

 “それらの残骸がひとつに合わさった。”

 

「……?」

 溢れ出る負のエネルギーは止まることがない。虚無から生み出され続けるそれは虚数ゆえに実態を伴わない。現実世界には存在しない力が、別の次元から投影されている状態である。

 我々が認識するこの三次元より高次の次元に留まっていたこの宇宙で生じた「悪意」「殺意」「憤怒」「憎悪」「恐怖」「絶望」、人間の誕生以来この宇宙に絶えず生まれ続けたどす黒い負の感情がウルゼルという器を介して流れ込んでいたのだ。

 やがて一箇所に集まった〈エンゲル・アジール〉と〈シャイヴァ〉の残骸は翼の生えた四脚の獣の姿をとり始める。それはまるで人間、生物としての本質である“獣”を示しているようであった。

 その頃には迸るサイコフィールドの奔流はある程度落ち着き始めていた。

 目の前で起きたあまりに現実離れした現象に呆然としていたフェイスはようやくその口を開く。

「お前の悲しみはよくわかった。だが、お前の好きなようにさせるわけにはいかない」

 自分自身、強化人間としての葛藤を乗り越えたファムにはその気持ちに共感できる部分があった。「その感情に線を引いて自分の役割を果たす。それは“私たち”や普通の人間を問わず、この世界に命を持って生まれてきた者の責任だ」

「ああ……」

 歯を食いしばりながら呟いたソシアは俯いていた顔を上げる。

「ルカを返せ……ッ!!」

 フットペダルを全力で踏み込む。

 一瞬の後、〈ガンダムヘルヴィウム〉はありったけの推力で跳び上がった。

 跳躍、そして抜刀。

 バックパックからビームサーベルを抜き放ち、最上段からの斬りかかり。加速Gを無視した圧倒的な速度での攻撃は寸分違わず命中した。

 “獣”の胴を大きく斬り裂くが、ソシアはその攻撃が意味を持たないことを悟った。

 MSやMAの残骸の集まりである“獣”には多数の隙間が存在する。内部の圧縮されたサイコフィールドが錯覚させるが、その隙間には実体は存在しないのである。

「こいつ……!?」

 驚愕のあまり一瞬硬直したソシアの耳に「ソシア、避けろっ!!」と弾けたのはファムの声だった。

 頭上、“獣”の口に当たる部分が大きく開き、〈エンゲル・アジール〉に搭載されていたであろう大口径のメガ粒子砲が展開される。

 眩い閃光が襲い来る直前、その間に割って入ったのはフェイスが駆る〈ゼク・リヴァイヴ〉だった。

「最大出力ッ!!」

 襲い来るメガ粒子の塊に向け、〈ゼク・リヴァイヴ〉の構えるメガ粒子砲が火を噴く。

 迫るメガ粒子の奔流を押し留めたのだ。

 しかし、その威力の差は火を見るより明らかだった。

「少年!貴様のような若造を死なせはせん!」

 無線越しに響く声にソシアは返す言葉を持たなかった。

「ハッ……!老兵死すとも、革命は死なず!アースノイドもスペースノイドも関係ない!我々が望んだのは人類の幸福だった!なのに……どうして道を違えてしまったか……!少年、貴様に託したぞ……ッ!」

 過負荷を知らせるアラーム音と共に〈ゼク・リヴァイヴ〉が放つ閃光は徐々に衰え始めていた。

 そしてそれが潰えようとしていた瞬間だった。

(なら最後まで責任を果たせ、老兵とやら)

 無線に飛び込んできたのは酷く無機質な男の声だった。

「その声は……ッ!」

 ファムが見上げる先、コロニーに穿たれた穴の向こう、〈アルストロメリアII〉を背にした巨大なMS、〈FAZZII〉がそこにいた。

 同時に“獣”の背中に無数のミサイルが命中する。

 斬撃のような点や線の攻撃では有効打とはなりえないが、小型ミサイルの範囲爆撃のような面の攻撃は“獣”に僅かではあるが確実なダメージを与えることが出来た。

「……待たせたな、ファム」

 呟く仮面の男、リューグナーはその仮面を外す。白髪と同じように透き通り、薄く血管を滲ませた病的なまでに白い肌と、左右で虹彩の色が異なる双眸。やや窶れたような表情だったが、ファムの乗り込む〈シルフレイ〉を認めるとその口元を綻ばせた。

「待たせすぎだ……馬鹿」と答えるファムも涙を零しながらも、優しく微笑んでいた。

「リューグナー……いや、イオリ殿。助太刀感謝する」

 イオリの援護によって命拾いした形のフェイスは「しかし、今の攻撃で電装系がいかれてしまってな……」と苦々しく続けた。

「了解した。……だそうだ。ファム、ソシア君。やれるな?」

 イオリの問いかけにファムが頷く。

「待ってくれ!あの中にはルカが……!」

 叫んだソシアを制止するように、「わかっている。だが、優先すべきは“アレ”の破壊だ。今でこそ廃コロニー内で身動きが取れないが、一度“アレ”が宇宙空間に飛び出してしまえば我々の手に負えない」と苦々しく呟いた。

「くっ……」

 返す言葉が見つからなかったソシアは俯く他ない。

 〈FAZZII〉は左腕に構えたハイパー・メガ・カノンIIを。

 〈シルフレイ〉は肩のメガ粒子砲を。

 〈ガンダムヘルヴィウム〉はアームドアーマーBSのセレクターをマグナムモードへと。

 三者三様の準備を整え、倒れ込んでいた“獣”が首をもたげたその刹那。

「「「いっけぇぇぇぇぇッ!!!」」」

 三機から放たれた三筋の閃光が“獣”へと殺到する。

 爆発、轟音。

 その爆発はコロニー表層の地面を抉り、人工地盤ブロックを露出させた。舞い上がった土塊や瓦礫、煙が視界を遮り、迸るメガ粒子がレーダーの機能を奪う。

 決死で放たれた三人の必殺の攻撃は果たして、“獣”に傷一つ付けることすら出来なかった。

「……は?」

 有り得ない。

 三機が持つ最大の火力を集中させたのである。それだけの火力を浴びて、なおも健在であるなんて考えられない事だった。

「くっ……ならもう一回……!!」

 慌てて次発分のエネルギーを充填させようとコンソールに指を走らせるソシアだったが、(無駄だよ)と響いた声に思わずその身体を固まらせた。

(言っただろう……ボクたちの苦痛を……お前たちの罪を……忘れさせるものか……)

 “獣”が一際大きく吠えたように見えた。

 その咆哮のように再び強大なサイコフィールドが展開される。その力の奔流に晒され、ソシア達は異変に気付いた。

「……!?動かない……!」

 全天周囲モニターにはノイズが走り、操縦桿は凍りついたように重たい。スイッチの類はいくら叩いても反応はなく、手元のサブモニターもエラーを示して黙りこくったままである。

「動けよ……!動いてくれよ……!!」

 ガチャガチャとソシアは力任せに動かしてみるが、それはピクリとも反応することは無く、ソシアは項垂れるしかなかった。

「何をするつもりだ……!」

 叫ぶファムに“獣”の声は語り掛ける。

(簡単な話だよ……〈エンゲル・ズィーレ〉を取り込んだボクは〈エンゲル・アジール〉、〈エンゲル・ズィーレ〉とサイコレゾネーターのネットワークで繋がっている……このネットワークにボクたちの“魂”を繋げれば……)

「……影響下にある人間は皆、死に至るという訳か」

 そう続けたイオリの声は苦悶に満ちていた。

 人の脳波に干渉し、その意識をネットワークで繋げることによって、ニュータイプの持つ「人と誤解なく分かり合える力」を擬似的に全人類に授けるサイコレゾネーター。そこに「この世ならざる次元の意志」を接続させればどうなるか。考えるまでもない事だった。

(ボクたち強化人間を道具として使い捨ててきた罰だ……ボクたちの命をなんとも思わない人間(きみ)たちが悪いんだ……)

 ぐぐと身悶えした”獣“は再び大きな咆哮を上げた。

 その瞬間放たれた感応波は光速に達し、待機中の〈エンゲル・アジール〉、建造途中の〈エンゲル・ズィーレ〉へ届く。本来ならルカのようなパイロットを必要とする〈エンゲル・ズィーレ〉も今の“獣”の力があれば関係がなかった。

 メインシステムに組み込まれたサイコレゾネーターが起動する。

 そこから発せられた感応波は中継機となる〈エンゲル・ズィーレ〉を経由し、サイコレゾネーター・リピーターによってより拡大され、さらに遠くへと感応波を届けていく。

 

 地球圏全域に広がった感応波は、人々の頭、脳髄へと作用し、擬似的に人々をニュータイプと同様の存在へと進化させた。厳密に言えばサイコレゾネーターによって放たれた感応波がニュータイプの持つそれの代替となり、オールドタイプでもニュータイプと同様に

 突如全人類に芽生えたその能力は、しかし本来の目的を果たすことはなく、細く紡がれた“獣”の声によって接続された、“高次の世界”から降り注ぐ“意思”を受け取るために機能した。

 

「悪意」

 

「殺意」

 

「憤怒」

 

「憎悪」

 

「恐怖」

 

「絶望」

 

 降り注ぐ暗鬱な鬱屈した深淵からの意思は、人々の脳を、思考を、魂を一瞬のうちに蝕んでいく。

 そして、人々はお互いに感応しあい、冥府からの怨嗟の声、暗鬱な鬱屈した意志を更に増幅させていった。

 そこからは世界が地獄に変わった。

 人々の善性は失われ、ただ降り注ぐ冥府の怨嗟の声が全人類の全てとなった。

 

 ある男は隣にいた女の首を折った。

 

 ある女は一緒に食事をしていた男の顔にカトラリーを突き立てた。

 

 ある老人は運転していたエレカで歩道を蹂躙した。

 

 ある子供は校舎の窓から身を投げた。

 

 その真下にいた別の子供は当然押しつぶされた。

 

 その場にいた人間が互いに手当たり次第に傷付け合い、命を奪い合った。

 理性など存在しない、原初の衝動に突き動かされた獣のような振る舞い。それは人間が畜生以下に堕ちた、醜い姿だった。

 天地開闢、その後の人類の誕生以来、地上を支配し、それどころでは飽き足らずに星の揺りかごから這い出た霊長の哀れな末路である。

 しかし、阿鼻叫喚の凄惨な地獄絵図は長くは続かない。

 止めどなく流れ込むその情報量に、人間の脳は耐えきれなかったのだ。

 本来、もともとのデヴォンの計画であれば人に流れ込む情報達は、その量を〈エンゲル・アジール〉達がコントロールし、擬似的に全人類をニュータイプへと昇華する手筈だった。しかしながら、当然この状況では当然そんなことは期待出来なかった。

 冥府から届く怨嗟の声に耐えきれなくなった人間たちは苦しみから逃れようと自らその命を絶っていき、それが叶わなかった人間の脳は焼き切れてゆく。

 その場で糸が切れたように全身から力を失った人々は、心臓を動かしながら物言わぬ人形と化した。

 そして-

 

 

 

 その日、人類は一人残らず息絶えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……ここは」

 ソシアが目を開くと、そこは一面の闇だった。

 一筋の光すらなく、自分の形すら見えない深淵の闇。

 その闇の中でただ揺蕩うばかりであった。

「そうか」

 何が起きたのか思い出そうとして、ソシアは理解した。

 自分は負けてしまった。

 勝てなかった。

 世界を救えなかった。

 そして。

「ルカを、守れなかった」

 ただ不甲斐なかった。

 たった一人の女の子を救うことが出来なかった。

 きっとここは地獄だ。そうに違いない。誰一人として救うことの出来なかった情けない男の末路としてはちょうどいい。

(―ごめんね)

 どこかで声が弾けた。

「どうして君が謝るんだ……。俺を叱ってくれよ……!!」

 瞬間的にそれがルカの声だと理解していたソシアは嘆くしか無かった。

(―私、嬉しかった……誰かに作られて、いらなくなって棄てられて、必要になったからって起こされても、機械のように扱われて……。その中で初めてだった。私に手を差し伸べてくれたのは、あなたが初めてだった……!)

 闇に閃光が走る。

(―あなたは自分を情けないって言った。そんなことはない……!あなたは間違いなく私を救ってくれたの……!私を闇の中から救ってくれた!恥じる事なんて何一つないの……!!)

 闇を駆ける閃光は輝きを増していく。

(―その通りだ。キミは立派に戦った)

 若い男の声が弾けた。

(―まあ、君の身に降りかかった理不尽には同情するけれどね)

 同じく若い男の声。

(―だけど、それが“ガンダム”に導かれた者の運命さ)

 続いたのは二人に比べてやや大人びた男の声。

「ガンダム……運命……?」

 呆然と呟くソシアの肩に手が置かれた。暗く冷たい闇の中で、そこにはたしかに温もりが感じられた。

(―今の君なら全てに打ち勝つことが出来る)

(―今の君なら全てを守ることが出来る)

(―今の君なら全てを変えられる)

(―大丈夫、信じて)

 それを最後に声と共に、三つの白い閃光は彼方へ過ぎ去って行った。時間が永く伸びていくのが見える。いや、正確にはソシアが此方へと引き戻されはじめたのだ。

「待って……ッ!」

 叫び、伸ばした手は虚空を切る。時間の流れには抗うことが出来ない。刻の気まぐれでもなければ人が知覚することすら不可能な圧倒的な奔流だ。

 触れようとした最後の光も既に消えていた。

(―ありがとう……ごめんね)

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……ざけんなよ」

 その声に“獣”は言葉を止める。

(……ッ!?どうしてッ!?なんで……なんでまだ……)

「ふざけんなって言ってんだよ、畜生……!」

 力なく膝をついた〈ガンダムヘルヴィウム〉は、満身創痍のその全身を軋ませながら、しかし、しっかりとその足で機体を起こしていく。

 まるで自信に意志があるように、ボロボロながら堂々と立ち上がる〈ガンダムヘルヴィウム〉。

「“ガンダム”……ごめんな。最後の仕事だとさ……」

(なんだよ……なんなんだよ、その態度……!オールドタイプの分際で……!!)

「うるせぇ!」

 叫んだソシアはその顔を上げた。目を見開き、“獣”を真っ直ぐ見すえたその双眸は深紅を湛えていた。

 〈ガンダムヘルヴィウム〉はそれに呼応するように、同じく双眸の輝きを増す。

「なに“被害者”ぶってるんだよ、この野郎ッ!」

 ソシアの一喝を合図にするように、〈ガンダムヘルヴィウム〉から紅い不可視の力場―サイコフィールドが迸った。

「冗談じゃねえッ!」

 四方八方へと力の奔流はやがて〈ガンダムヘルヴィウム〉のシルエットに纏まり、背中から翼のように大きく吹き上がる。同時に左腕のアームドアーマーBSが炎のようなエネルギーの塊を吹き上げた。

 その姿はまるで、“左手に火の剣を持った天使“のようであった。

 左腕に炎を宿した〈ガンダムヘルヴィウム〉は閃光一閃、大きく跳躍する。

「悔い、改めろォッ!!!」

 その言葉と共に、左手のエネルギーを振るった。

(そんな……いやだ、いやだ!まだ、まだなにもおわってな……)

 葉についた露を払うように、“獣”のか細い声をかき消すように、激しく、しかし厳かにその“炎”は振るわれた。

 “炎”は大きく膨れ上がり“獣”の巨体を呑み込む。

 全てを燃やし尽くすように。

 全てを溶かし尽くすように。

 全てを浄めるように。

「さようなら。安らかに眠れ……」

 

 そして―

 

 “炎”が消えたあと、そこに残る物は何もなかった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「なに……」

 徐々にはっきりしていく意識の中でファムは呟いた。

「一体、なにが起きたの……」

 “獣”の全力をもって放たれたサイコフィールドが起動させたサイコレゾネーターは、“獣”の思惑通り“高次の存在”の意志を地球圏の全人類に降り注がせた。

 それによって自分たちを含め人類が滅ぶ様を見たファムは、気が付くと元通り〈シルフレイ〉のコクピットで目を覚ましたのだ。

 まさかこれが死後の世界なのか?そんな取りとめもないことを頭に巡らせていると「彼が終わらせたんだ」と聞こえたイオリの声にはっと振り向く。

 開いた〈FAZZ-II〉のコクピットハッチに腰掛けたイオリが見上げる先には巨大な“なにか”があった。

 イオリにならって同じくコクピットハッチを開け、それを見上げると。

「舟……」

 光り輝く“舟”がそこにはあった。

 しかし、その大きさは普通の舟では無い。〈ガンダムヘルヴィウム〉、〈シャイヴァ〉、〈エンゲル・ズィーレ〉、あるいはコロニーの外壁や人工地盤ブロックだったもの達の残骸によって構成された、コロニーの全長に匹敵するような巨大な“舟“がそこにあったのである。

 ファムはそれが“ソシア”であることを直観的に理解していた。

 同時にさっき見た人類が滅ぶ様が事実だった事、そしてそれをソシアが時間を巻き戻すことで未遂に終わらせた事、それを成し遂げるためにソシアが人であることをやめた事を知った。

 ソシアはその身で人間の可能性を示したのだ。

「ニュータイプのひとつの完成形……」

 イオリが呟く。

「俺たちみたいな作り物じゃなくて、本当のニュータイプ。いずれたどり着く戸口を潜ってしまった完成された存在」

 “舟”は動き出す。無限に広がる光の海へと。

「その先に何があるのか、私たちに示してくれる“開闢の方舟“になったと言うの……?でも……それってあまりにも……」

「ああ……過酷すぎる。だけど、彼はそれを背負ったんだよ。俺たちの代わりに」

 二人が見送る“舟“はだんだんと遠ざかっていく。やがてその“舟”は宇宙の果てにたどり着くだろう。それでも前に進んでいく。人間が身体を持ったままではたどり着けないまだ見ぬ世界へと。その先に選択した未来が存在する限り。

 

 

 ―これで良かったんだよね、ルカ……。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数年後。

 一連の戦闘は反体制派によるテロ行為として処理された。主な戦場となったのが廃コロニーや暗礁宙域だった為、被害が最小限に済んだことも幸いした。

 〈アマリリス〉は交戦データの内容から参謀本部の根回しによって、一連の事件に関与した事実を揉み消された。また〈アルストロメリアII〉は〈アマリリス〉の処遇に伴い、〈アマリリス〉のクルーに箝口令が敷かれる事で一切の責任から逃れることが出来た。

 ついでに、MS隊を無事に生還させた事で艦内でのクリスティーナの評価はうなぎ上りとなった。勿論、交戦記録を始めとしたこの事件に関する一切が封印された事によって昇進がある訳ではなかったが、クリスティーナはターツァに託された願いを胸に更に精進する事だろう。そして、いつかの日のターツァと同じように、部下にその生き様を見せつけて散っていくのだろう。

 

 

 結局、“世界の終わり”を目撃したのはその場にいたファムとイオリの二人だけだった。離れた宙域に控えていた〈アルストロメリアII〉や〈アマリリス〉の乗員たちはもちろん、直前に戦線を離れたフェイスですらその瞬間を認識した者はいなかったのである。

 更に“舟”が旅立ったのと同時に〈エンゲル・ズィーレ〉達が消息を絶ったという。恐らくは“舟”と共に旅立ったのであろうが、これも〈アマリリス〉の乗員たちの後始末を楽にさせたのは言うまでもない。

 世界は確かに変わったが、それでも世界は今まで通りに回っていた。

 

 

 カランコロン……

 春先の心地よい陽気の中、小気味いい鐘の音が来客を伝えた。

「いらっしゃいませ」

 声が響く店内は閑散としている。

 UC105年、サイド6のコロニー〈アガルタII〉の外れにあるこの喫茶店は、数年前まで空き家になっていたものだった。 前のオーナーが歳を理由にやめ、立地の都合から借り手がつかずにいた経緯を持つ。

 奥のカウンターに立つスーツ姿の男、サンダースが客の二人組、ファムとイオリを認めると、目の前の席を手で示す。

「遅刻だぞ」

「すまない、途中で渋滞に巻き込まれてな」

 差し出された水の入ったコップを受け取りながら、ファムは持ってきた紙袋を差し出した。

「これ、仕事先で貰ったんだが……」

「ほう……本当に会社勤めが続いているとはな」

 その様子にサンダースはニヤと口元を弛めた。

 事件の後、ファムとイオリ、〈アルストロメリアII〉の乗員たちは“互助会”のつて(というより、一連の事件に巻き込まれたことに対しての謝罪の意を込めた配慮)で偽装身分を手に入れ、新たな生活を送っていた。ファムとイオリは籍こそ入れてはいないが二人暮しを始め、サンダースはかねてより望んでいた喫茶店を開業した。他の乗員たちは故郷に残した家族の元へ帰った者など散らばった者もいるが、ほとんどが同じコロニー〈アガルタII〉に居を構えていた。

 あの事件から8年が経ち、それぞれが戦場を離れ、新しい生活を手にした。

 その一方で、世界から戦いはまだ消えていなかった。未だに数は少ないがジオン残党に限らず反体制派の小規模なテロは続いているし、特権階級の腐敗は進む一方だ。宇宙世紀100年の節目に前後してジオンの名前が名実ともに歴史上のものとなることを恐れた思想家たちは「人々の革新の可能性」が潰えることを恐れた。

 最近では“マフティー・ナビーユ・エリン”を名乗るテロリスト達によるテロ行為もしばしば耳に挟むし、世論はその行為に言外に賛同している。

 世界は何も変わっていなかった。

 諍いの火種に溢れた、野心あるものが弱者を虐げ、虐げられた弱者が武器を手に取る、争いの絶えない世界はその姿を変えることは無かったのだ。

 だが、ファムとイオリは目にしたのである。

 人智を超えた奇跡を。

 人の無限の可能性を。

 そして、それらを覚悟させる人の意志を。

 変わることの無い世界で、未だ不条理に溢れたこの世界で、二人は人類の革新と幸せを祈り続けるだろう。

 

 それは間違いなく、人類にとっての福音であったのだ。

 

 Fin.




全ての始まりは10年前、私が高校生の頃に遡ります。
当時一緒にガンプラ製作や、そのガンプラを元に小説を書いていた高校の先輩と描き始めたのが「巨人の末裔」です。
その頃から三部作の構想があり、「幽玄の亡者」とこの「開闢の方舟」のアイデアがありました。

しかし、いざ書き始めれば筆が進まないし、リアルで色々あるしで全くお話が進まず。とりあえずプロットだけは完成して、自分の頭の中ではこの三部作の大きな流れは完結していました。

そんな中、2022年の水星の魔女を観て、クワイエットゼロ周りの設定が〈エンゲル・アジール〉〈エンゲル・ズィーレ〉に「似てる~!公式に先越された~!」って思ってたら、GQuuuuuuXは非合法なモビルスーツ決闘競技に身を投じる主人公と来てまたも「また先越された~!丸かぶりや~!」と悶絶した2024年12月4日の昼下がり。
いずれ世に出す(とは言えインターネットの海に流すボトルメールに過ぎない)のであれば今このタイミングを逃せばマジでただの二番煎じに過ぎなくなってしまう!という見さげ果てたしょうもない自己顕示欲と自尊心によって、この作品は公開されたのでした。
と申しましても、所詮は機動戦士ガンダムという素晴らしい作品があってこその二次創作。他人の褌で、そして他人の土俵で相撲を取らせていただいているということを忘れてはいけませんね。
あくまでも、自分が普段作っているガンプラが、実際に物語に登場して、そして動いているという様を妄想して書いたチラシの裏であることは弁えているつもりでございますので、どうかその点はご容赦くださいませ。

またしても言い訳じみたあとがきになってしまいました。
いずれはオリジナルのお話などもこちらに投稿させていただければと存じます。

長くなりましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。