Pixivにも同タイトルの短編を投稿しています。
私は彼女から寄越された手紙に記された場所へと足を運び、そこに横たわる遺骸と対面しています。私の顔は感情を反映した表情を作るなどという繊細なことはできませんが、もし表情筋というものがあれば不機嫌極まりないと言わんばかりに歪んでいることでしょう。しかし私の顔にそんなものはないため、鏡を見るまでもなく、口角のつり上がった固着した笑みを浮かべていることがわかるのです。
私の前に横たわる砂埃も払われていない遺骸は、たった今私が丁寧に折りたたんでポケットにしまった手紙の送り主である
「先生が死んだ」というニュースは未だにキヴォトス全土には拡がってはおりません。
何故か?
彼女がキヴォトスにやって来て、シャーレの顧問に就任してからというものの、彼女は休む間もなくキヴォトス中の学園を行き来し、あらゆる問題解決に尽力していました。私の知る限りでは、各学園の運営指針に対する助言から治安維持組織への体術指導、果ては「猫と仲良くなりたい」といった非常に個人的なお願いまで……そのように生徒第一で行動する頼れる大人の訃報。ましてや、フランシスの言葉を借りるならば、この学園の主人公は「生徒」。統治組織がどれほど神算鬼謀に長け、治安維持組織がいかに強大な暴力を持とうと。大人と比べれば感情に支配されやすく、それ故に御しやすい。有象無象へと刹那のうちに堕落しかねない。
そんな不安定で成長の足りない集団に対し、みすみす暴徒化のトリガーたりうる情報を漏らすわけにはいかない。
彼女の死を直視した生徒たちと連邦生徒会はそう判断しました。おそらく、連邦生徒会長失踪時の混乱への反省からこのような情報統制を行ったのでしょう。しかし、そうすると浮かび上がる疑問が一つ。
《先生の代わりを用意するには?》
蘭先生は連邦生徒会長が選んだ大人でした。超人が選び、呼び寄せた大人は数多くの実績を残し、そしてこうして死んだ。ではその次は? 彼女を選んだ超人の行方が知れぬ今、その実績を引き継ぐに値する「
曰く、「今有らぬ者の真意を、今有る者は満たしうるのか」。
私が答えるとすればそれは、「ノー」。
意思疎通とは顔を合わせてでさえままならぬもの。ましてや事細かにその心中を問うことさえできない相手の真意を如何に推し量るというのでしょう? このキヴォトスに、他者の心を常に見透かせる者などいない。それ故に、連邦生徒会長の胸中を我が心中が如く見通せる者などいない。演繹法によってもたらされる当然の解釈でしょう。
しかし、その問いに対する私の考えについて、コペルニクス的転回が起こるのです。
『私が死んだら、君に業務を引き継ぐ。』
その端的で淡白な一文から始まる手紙。封筒に私が送った年賀状そっくりの意匠をあしらって送られてきた手紙が、私にコペルニクス的転回をもたらしたのです。
連邦生徒会首席行政官である七神リン曰く、この手紙はシャーレのオフィス、先生のデスクの鍵が付いた引き出しから見つかったとのこと。発見時にはすでに私の元へ届くように宛先が記されており、クリップで雑に留められた「私が死んだらすぐに出せ」「宛先の人物はすぐに来るから、落ち着いたら手紙の内容を教えてもらえ」「宛先人以外が封を切るな」という旨のメモ書きのとおり、すぐさま私のところへ送られたということです。
「で、なんて書いてあったの。黒服」
その時私の背後から聞こえてきた声は、強く聞き覚えのあるものでありながら、同時に強烈な違和感を覚えるものでした。彼女を巡り、何度となく先生と顔を合わせ、そして駆け引きに敗れた。
「挨拶も無しに突然催促ですか。せっかちになりましたね、小鳥遊ホシノさん」
振り返り、彼女の顔を真正面から見つめると、そこにはひび割れ歪んだヘイローを戴くキヴォトス〝最悪〟の神秘がそこに佇んでいました。彼女は一時期よりもさらに鋭く、深い闇を湛えるようになった伏し目がちの両目で私の顔を射抜いていました。
「貴方は無事だったようで何より。その上、あの場にいた中で、空崎ヒナ、砂狼シロコ、十六夜ノノミ……その場にいた全員が重傷を負ったものの、奇跡的に死者は1名のみだったと……」
「奇跡でもなんでもないっ!!」
私の言葉を引き裂いた咆哮のような絶叫に、壁と天井が怖気付いて小刻みに震えました。
「あんたには一生わかるわけがない! 目を覚ましたら目の前で誰かが血を流して崩れ落ちていく瞬間だった時の気持ちなんてっ、絶対に!! あんたに分かる? 自分の放った弾丸が人の肉をえぐる感触、顔に飛んでくる血液の熱、それが冷えていく絶望感、どれか一つでも分かるか!?」
えぇ、わかりませんとも。そう言う事ができればどんなに良いことか。しかし私の口はその一言を何故か拒みました。血を吐くように掠れた声を吐き散らす彼女を、私の表情の変わらぬ顔は人を食ったような笑みで見つめていました。
「……だんまりか。やっぱりあんたはあんただね」
小鳥遊ホシノはそう言い、ツカツカと寄ってきて私の隣に立ちました。彼女は先生の遺体をじっと見つめ、何を言うでもなく口を開き、そして唇を噛むということを繰り返していました。そんな彼女と対照的に、私は何の感慨も抱いていないかのように先生の遺骸を見つめています。
さて、話を少し戻しましょう。私は先生から送られてきた手紙を読み、こうしてこの建物にたどり着きました。建物に着いてからは、先ほど名前をちらと出した七神リンという少女の案内でここまで。終始苦虫を噛み潰しつつ鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべていた彼女は先生の死という事実を受け止めきれていないのと同時に、私という異質な存在を受け入れあぐねているようでした。
しかし彼女は私に対して先生の死の全容を包み隠さず、理路整然と話した。きっと先生は、彼女のことを見どころがある生徒だと評価していたことでしょう。聞けばキヴォトスに赴任した先生に最初に対応したのは七神リンだったとか。
『私はあなたの何たるかを知りません。その外見、物腰、口調からあなたという人の本質を推し量ることはできません。しかし先生が遺した手紙を誰よりも先に読む権利があなたにあるというのなら、それは先生からの信頼の証なのでしょう』
私をこの部屋に連れてきて立ち去る直前、彼女はそのように言い残しました。
超人が指名した者が信頼に足るとした者は、果たして超人に認められうる者なのか……はて、私はなぜ彼女のお願いを聞く前提の問を繰り返しているのでしょうか。
「黒服、さっきの質問」
しゃがれた声で私に再び催促をかける小鳥遊ホシノの方へは向かず、先生の遺骸に視線を落としたまま私は声を発しました。
「要約すれば、『シャーレの顧問先生の業務を引き継いでほしい』と」
「やっぱりね。書いてあったとおりだよ」
これまでの経験から私は彼女がこれ以上無い剣幕で怒号を発するだろうと思っていましたが、私の耳に入ったのは呆れたような短い一言でした。
「先生もひどいよ、私になんにも言わないんだもん。まあそりゃあこんな時にしか意味をなさない話なら、あの先生の性格的にしなさそうだけど」
「意外ですね、あなたが食って掛かってこないとは。てっきり撃ち殺されるのではないかとヒヤヒヤしていたところです」
冗談めかしてそう言うと、小鳥遊ホシノは本当に撃ち殺してやろうかと言わんばかりの殺気を込めた視線を当ててきました。
「冗談です。いえ、あなたには冗談に聞こえないですね。申し訳ありませんでした」
「いいよ、もう」
「アビドスの方はどうしたのですか?」
「シロコちゃんたちが必死になって引き止めてくれたけど、どうするかまだわからない。どっちにしろ私に生徒会長はやれないよ」
「空崎ヒナからは?」
「ひとまず正気に戻ってくれて良かったって。まだ謝りに行けてないから早くゲヘナに行かなきゃならない」
「そうですか。しかしずいぶん雰囲気が変わりましたね。昔は鷹そのもの、ほんの数日前まではアヒル……今となっては傷ついたが故に凶暴になった肉食獣のようですね」
「……なんでそんなに分析してくるのさ」
「いえ? 先生になるならばそのレベルの機微程度なら察することができて当然では?」
「あんたに言われると無性に腹が立つからやめて」
こんなに突き放されては取りつく島もないと言ったところです。
しかし、浮き上がる疑問が一つ。
「何故私宛の手紙の内容を知っていたのですか?」
私はそこで、また暁のホルスの顔を見つめました。彼女の視線は先生の遺体に向けられており、私の方を向く様子は一切ありませんでした。
「私にも先生から手紙が来たの」
小鳥遊ホシノはスカートのポケットからくしゃくしゃに皺が付いた封筒を取り出し、デフォルメされたクジラがプリントされた便箋をそこから抜き取りました。
「正確には“先生の手紙を見つけた首席行政官から”手渡された。先生が死んだら黒服に業務を引き継ぐから、私に黒服を見張ってほしいって……勝手だよ、先生」
いつの間にか話し相手は先生の遺体となり、私への矢印は消失していました。しかし、小鳥遊ホシノは不意に私の顔に視線を向け、
「でも先生の言うことなら仕方ない。それに、どんな文句を言ってももう先生は死んじゃった。私が殺してしまった……だから私は先生からのお願いに『嫌だ』なんて言えない」
「つまり私を見張る、と。死人に口なし……あなたが彼女からの手紙の内容を無視しようがしまいが、彼女があなたに何か言うことはない。何も反駁することができない相手との約束を破ることは一方的に向こうが不利であるから」
「そういうんじゃない。不利だ有利だっていう損得勘定じゃなくて、そうしないと先生からの信頼に応えられないから」
「同じではないのですか?」
そういうのから学んだほうが良い、と小鳥遊ホシノは言い捨て、便箋を大切そうに封筒に入れ、ポケットにしまいました。
「あんたの危険性は私が身を持って知ってる。だから先生は、私を見張り役に就けたんじゃない? 神秘の探求のために、シャーレの先生という立場を濫用しないように」
「そうですか……なかなかいい推理ですね」
私はポケットに手を突っ込み、先ほど小鳥遊ホシノがしたように私も封筒を取り出してみせました。
「私があなたと同じ立場でしたら、そう考えたでしょう。しかし、案外そうではないかもしれませんよ」
そうして、私は取り出した封筒を小鳥遊ホシノに手渡しました。
「うぇ……これあんたが先生に送りつけた年賀状と同じデザインじゃん」
「先生の遊び心です。私も若干驚いたくらいですからね」
先生のセンスに引いたのか、私の言い草に呆れたのか、小鳥遊ホシノは不機嫌そうに封筒を受け取って便箋を取り出し、その内容を読み始めました。そしてすぐ、伏し目がちだったその目を見開き、食い入るように便箋を黙読し始めました。
「その手紙はいわば契約書。先生は私に契約を持ちかけてきたのです。私に“先生”という業務を引き継がせるにあたって、私があなたに行おうとした実験及びゲマトリアのメンバーが取りうる研究活動の一切の禁止と引き換えに、キヴォトスに在籍する全ての生徒に接触する事を許可する……とね」
信じられないと言いたげな視線を向ける小鳥遊ホシノをあえて無視し、私は言葉を続けました。
「現在、ゲマトリアは壊滅状態にあります。死の神アヌビス、テラー化した砂狼シロコによって拠点を破壊され、私は修復に期間を要する怪我を負い、マエストロはありあわせのパーツの肉体に急遽移り、デカルコマニーは無傷なもののゴルコンダはフランシスと入れ替わった。私たちはそれをゲマトリアの活動休止理由とし、各人が再び余力をつけるまで無期限の解散とした……そんな中、われわれの探求するべき主題の一つとなっていた先生が死んだ」
私は小鳥遊ホシノの横から離れ、先生の夢枕に立つように、死化粧もまだなされていない彼女の顔を覗き込むように立ちました。
「しかし、その事実は今だゲマトリアのメンバーの中では私しか知らない。珍しいことです。地下生活者は死の神に怯えて毛布にくるまってしまいましたので除外しましたが……」
「……何が言いたいのさ」
「せっかちですね、もう少し話したいところですが。では最後の無駄話を……小鳥遊ホシノ、契約とは一体どれだけの範囲のものだと思いますか?」
「……経験から言うと、計り知れない桁の金の移動から、ほんのちょっとした口約束まで」
「えぇ、正解です。なんならこの世界は“契約”に覆い尽くされていると言ってもいい。買い物でさえ正しく言えば売買契約だ。契約とは双方の合意でなされるもの。双方の合意とは、契約を結ぶ二者による、提示された契約内容で、支払うべきリスクに対して得られる利益が妥当であるという確認。故に死した者との契約は難しい」
「相手の合意が取れないから?」
「惜しいですね。相手は自分が満足する内容を書き起こしてから死んでいるのですから、向こうが文句を言うことはない。答えはこちらが合意に至れない場合に調整ができないから、です。現に私はこの契約内容に対していささか不満を覚えています。しかし、あなたのおかげで踏ん切りがついた」
小鳥遊ホシノがこちらの方を向いた気配を感じ、私も彼女の方へと顔を向けました。
「2つあります。まず、あなたが私に『もっと他者感情について敏感になれ』と言ったこと。大人にとって感情とは疎まれることさえあるもの。しかし子どもはそんな感情にいとも簡単に振り回され、時にそれゆえに過ちを犯す。先生はそのような生徒を多く見てきたでしょう。私が彼女の代わりを務めるのなら、あなたの言う通り他者感情に敏感であるべきだ。もう一つは、『死した者への信頼に報いるために約束を守るのだ』と言ったことです」
「へぇ、そんなところが琴線に触れたんだ? あんたにも並に心があるんだね」
「えぇ。もっと言えば『信用』と『信頼』の差について、ですが」
「どういうこと?」
「いつかお話しますよ。あなたが私を先生と呼んでくれる頃には」
そう言い、私はジャケットの内ポケットから小さな仮面を取り出して先生の顔にかざしました。
「それ、何?」
「『
小さな仮面はコトリとさえ音を立てず、先生の顔を覆うようにその面積を広げていきました。
「レギオンとは、新約聖書に登場する悪魔の名です。それが固有名詞であるのか、それともその語の意味通り“悪魔の群れ”を指すのかは未だに解釈が分かれる部分ではありますが、私がこの名をつけたのはその名ゆえではありません」
「黒服、あんた何やってるの……?」
先生の顔を覆った『崖に落ちる羊の群れ』は、デスマスクのように先生の顔を型取りました。土が乾くような小さい音を一つ立てれば、それが読み取り完了の合図です。
「いくら私が先生からの手紙を見せたところで、信用してくれない生徒は多数いるでしょう。この外見ですしね。ならば私が先生そのものになればいい」
先生の顔に張り付いていた『崖に落ちる子羊の群れ』を剥がし、デスマスクのようなそれをじっと見つめてみる。生気のない顔をそのまま写し取った仮面は、開かぬ瞼越しに私の顔を見つめ返しているようでした。
「このことを知るのは、今先生の死を知っている生徒のみとなるでしょう。もしかすると一部の例外……例えば百鬼夜行の一匹狐や、ミレニアムのハイパーサイメイシアが勘づくかもしれませんがね。ともかく、これで”黒服”という存在は消え去ることでしょう」
「まって、なんでそこまでしてあんたが先生のことを?」
仮面をつける直前、小鳥遊ホシノの声が聞こえたので一瞬踏みとどまって話を聞くことにしました。
「なんであんたがそんなに先生役に徹しようとするの? ゲマトリアなんて、いくらあんたたちが先生のことを主人公だ理解者だなんだ言ってても、結局あんたたちが求める真理の探究の邪魔になるんじゃないの? そんな存在に何でわざわざ自分から成りに行く理由があるのさ」
「そうですね……先ほど理由は言ったように思うのですが」
「それだけだとは到底思えない。信用しきれない……って言うのはあると思う。でもそれ以上になんか納得しきれないんだよ」
ほう、さすが暁のホルス。その本質が捻じ曲げられようと、真理を見通す慧眼が曇ることはないということでしょうか。
「……一種の憧れのようなものです。子供のようですが」
そこに偽りは無い。そう断言しうるだけの確証はありませんが、たまには口から出た言葉に任せるというのも面白いでしょう。先生という立場に羨望を感じていたのは事実。それが憧憬といえるほど高潔なものかはさておき、それを引継ぎという形で体験できるのはまたとない絶好の機会。
「永い永いフィールドワークの時間です。私は十分楽しむつもりでいますよ」
そう言い残し、”黒服”は仮面をかぶりました。
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“先生”が死んでから数ヶ月が経った。キヴォトスは大混乱を迎えることもなく、今までよりほんの少しだけ静かに時を刻んでいる。
私、小鳥遊ホシノはアビドス高等学校を卒業し、“先生”の遺した手紙の通り“先生”に成り代わったあいつの監視をしている。つい先日ノノミちゃんから手紙が届き、新しい1年生を迎えることができたと知った時は涙が出そうになった。
それだけ時が過ぎていると言うのに、私は未だにあいつのことを先生と呼べずにいる。
「ふぅ……今のところ“私”という人格が破綻するという兆候は無し。『崖に落ちる羊の群れ』は成功と言えるでしょう」
あいつは確かに先生になった。私の目からしても、生前の蘭櫟先生と何ら変わりない。あまり表情が動かなくて、でも自分の趣味に妙に一直線で、興味あることを目にしたり耳にするとずっとソワソワしている。それでも、私はあいつを先生と呼ぶことができずにいる。私だけじゃない。私以外にも、あいつを“先生”と呼ぶことができない人がいる。
キヴォトスが少しだけ静かになったのは、あの災厄の狐「狐坂ワカモ」が、百鬼夜行連合学院に復学したからだ。
あの日からそんなに経たないうちに、なぜか“先生”の身に異変が起きたことを察知してシャーレに突撃してきた。
『あなたは“先生”ではありません。“先生”はどこにいるのですか!?』
それは私だって言いたいよ、と今でも思ってしまう。激昂したワカモを私がどうにか抑えたところであいつが出てきて、あいつが先生に成り代わってすぐシャーレに新しく作った部屋に連れて行った。二人が出てくる頃には、ワカモは目と頬を真っ赤にしてすすり泣いていた。彼女が復学したのはそれからすぐのことだった。あの場所に安置されているものを見れば、ああなっても仕方がないだろう。
「さて。アロナ、次の予定は何だっけ?」
〚えーっと……次はゲヘナ学園への出張だね。時間が迫ってきてるから、早めに移動したほうが良いかも〛
次はゲヘナか。そう言えばヒナちゃんもまだあいつのことを先生って呼べてなかったっけ。
「オーケー、いつもありがとうアロナ」
〚黒服は蘭先生よりもタフだね〛
「アロナ……そろそろ私のことを先生と呼んでくれても良いんじゃないかな?」
〚やーだよ。私にとっての先生は蘭先生だけ、あなたは単なる引き継ぎ先でしかないんだから〛
「クックックッ……なんだか淋しいですね」
そうやって私の目の前では“黒服”だった頃の言葉遣いになる。まるで「私を離さないで」と言わんばかりに。自分の認識を失いたくないと言わんばかりに。
安心して、私は忘れないでいてあげるから。“先生”に成り代わったあんたを監視する者として、それは忘れてはいけない事実だから。
「ホシノ、そろそろ行くよ」
「はいはい分かったよ黒服」
「人前では絶対そう呼ばないようにね」
最大限の謝意と、冥福をここに
連邦捜査部「シャーレ」の先生、蘭櫟
私は一生、あなたのことを忘れません