異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~   作:名無しの権兵衛

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老婆

「さて、それじゃあ周囲の探索に出かけるか」

 

 ゆっくりと傘を開き、暴風が発生しないように気をつけてから建物の外に出るアタルたち。

 

 まぁ、やることと言っても今までと大差ない、当てもなく周囲を散策する程度でしかないが。

 

 それでも、拠点とでもいえる場所を得られたのはアタルたちにとって心のよりどころとなるものであった。

 

「それにしても、相変わらずの雨だなぁ」

 

 今日もこの町では、雨が降っている。小雨程度の、静かな雨が。

 

 周囲の街並みは相変わらずだ。少し古めの街並みに、そこらへんに放置された誰のかもわからない車。そこら辺を『人面瘡蛙』が飛び跳ね、歩道や横断歩道を『雨唄音楽隊』が唄いながら歩いていく。物陰には『失せ物たち』がこそこそしている。

 

 そして所々にたむろしている『濡れ羽鴉』たち、もちろん見つけたら気づかれないように気を付けて離れている。

 

 どこか寂しくて、懐かしい。それがこの『失せ物漂着場』だ。

 

「おや? 坊主、随分と厄介な奴に呪われてるじゃないか」

 

「……えっ?」

 

 そんな町を歩いていると、唐突に何者かに声をかけられる。

 

 アタルが声のする方に顔を向けると、路地裏の入口にそれはいた。

 

 露店のようなものの中には、老婆がたっていた。

 

 一目で人間ではないことがわかる老婆を見て、アタルは少し恐れを感じながらも敵意がないことだけは分かった。

 

 彼女はアタルの目をしっかり見ながら、再び口を開く。

 

「呪いは良い、だが坊主には荷が重い、そうだろう?」

 

「……えっと、呪いってこれですか?」

 

 そういってビジネスバッグにいれておいた『濡れ羽鴉の凝縮極小呪い結晶』と『悪意に濡れた獣の呪い結晶』を老婆に見せる。

 

 すると老婆は眉を上げて、楽しそうに笑う。

 

「なるほど、随分と面白い生き方をしているみたいだねぇ。これなら普通の結晶の方は5000円、小さいほうの結晶は10000円で買い取るよ」

 

「こんなものを買い取るんですか?」

 

「こんなもんがワシには価値があるのさ」

 

 そういって楽しそうに笑う老婆は、やはり人間ではないのだろう。

 

 嬉しそうに呪いの結晶を指さしている。

 

「……じゃあ、こっちの大きいほうだけ買い取ってくれますか?」

 

「おや、そっちの小さいのはいいのかい? 見たところ、そっちはお前さんのことを呪ってるみたいだけど……」

 

「いいんです、ここで貴方に渡すのは、何か違うような気がして……」

 

 アタルにとっては、この呪いの結晶は厄介なものでもあったが、自分のやったことのツケでもあると考えていた。

 

 生きるために戦ったが、呪われたのは自分である。ならばその責任を果たすのは自分でないといけない、それが彼らの命を奪った自分がすべきことだと。

 

 そんなアタルの言葉を聞いて、老婆は楽しそうに笑った。

 

「ひっひっひっ、随分と面白い考えをする坊主だね。あんた、長生きできないよ」

 

「……そうかもしれませんね」

 

「でも気に入った、あんたにはオマケしてあげよう」

 

 そういって『悪意に濡れた獣の呪い結晶』だけを手に取り、アタルの手のひらに新渡戸稲造の5000円札を置いた。

 

 アタルは実物を見るのが初めてで、知識として知っていなければ本物かどうか疑っていたかもしれない。

 

 そんなアタルの驚きをよそに、老婆は再び口を開く。

 

「あんた、他にもカラス共が落としたもの拾ってないかい?」

 

「えっと、これですか……?」

 

 ビジネスバッグから『濡れ羽鴉のハネ』と『濡れ羽鴉の嘴』を取り出すと、老婆は楽しそうに笑って中央のくぼんだネックレスを取り出した。

 

「そんじゃさっきの結晶とその二つをここに置いてみな」

 

「えっ、それって……」

 

「大丈夫さ、そう悪いことにはなりゃしない」

 

 自分が呪われることになるのではないかと直感したアタルが及び腰になるも、それに気づいた老婆が笑い飛ばす。

 

 かと思えば次の瞬間には真剣な表情でアタルの目を見据える。

 

「それに、背負うんだろう? そいつらの呪いを」

 

「……はい、お願いします」

 

 アタルにそこまでの覚悟があったわけではない。ただ、自分に向けられた呪いを、誰かに押し付けたくはなかっただけだ。

 

 しかし今、ここで覚悟を問われたのならば、この呪いに向き合い戦う決意をする。

 

 どのみちどうにかしようとしていたものだ、それが少し早まっただけだと考えればいい。アタルはそこら辺をポジティブに考えようとする癖があるが、それに救われることも多かった。

 

「よし、いい顔だ。それならさっき言ったものをここにおいて……」

 

「えっと、こんな感じですか?」

 

「そうそう、そのまま掌をこのネックレスに重ねて、意識を向けて」

 

「向けて……」

 

「復唱しな、『我は汝の怒りを受け止める』」

 

「『我は汝の怒りを受け止める』」

 

 老婆の言葉を復唱した瞬間、アタルの手のひらの下にあるネックレスが禍々しく光る。

 

 カラスの鳴き声と呪詛のようなものがしばらくアタルの頭の中に鳴り響き、やがて光が収まると同時にその声を静かになった。

 

「これで大丈夫さ、手をどけてみな」

 

 老婆の言葉を聞いて手をどけてみると、そこには先ほどまで何もなかったネックレスの中心に、濡れ羽色の美しい宝石があしらわれていた。

 

 見ているだけで吸い込まれそうになるほどに美しいその宝石は、そのうち心どころか魂まで奪われてしまいそうになるものであった。

 

「これであんたは呪いを受けた。だけどただ受けたわけじゃない、これは『挑戦状』でもあるのさ」

 

「挑戦状……?」

 

「やがてあんたの受けた呪いが産んだ怪異があんたの元に来るはずさ。その怪異が現れた時に、存分に相手をしておやり。相手が満足すれば、きっとあんたの呪いが晴れるはずさ」

 

「えっと、つまり?」

 

「目いっぱい嬲られればいいのさ、本来ならね。でもこれは、挑戦状。しっかりとそいつを打ち負かせば、きっと満足してくれる」

 

「なるほど……」

 

 老婆の言葉から推測するに、相手の呪いを晴らす方法を戦闘に変更してくれたということだろう。或いは、説明にあった調伏のやりかたを教えてくれているのかもしれない。

 

「この町にいる間に相手してやりな」

 

「今日はもう店じまいだけど、あんたは面白そうだからね。またちょくちょく顔を見に来るよ」

 

「あっ、おばあさん、そういえば聞きたいことがあるんだけど…… あれ?」

 

 これで話は終わりだといわんばかりに店じまいを始めた老婆に対し、出口を聞こうとしたアタルだったが、瞬きの一瞬で老婆は屋台もろとも消え失せてしまった。

 

 残ったのはアタルの手の中にある、ネックレスと古めの5000円だけであった。

 

「……とりあえず、もう行くか」

 

 そうつぶやくアタルの傍に、ルルがやってくる。老婆と話している間はどこかに行っていたのだろうか? その割にはアタルのことを心配しているようにも感じる。

 

 だが、アタルはそれを長話していて怒っていると感じたようだ。

 

「悪い悪い、もう終わったから行こうか」

 

 そういって再び歩き出す二人。

 

「あれ? あれって……」

 

 しばらく歩いていると、目の前に雨に濡れた犬が現れた。

 

 『詳細』で確認すれば、『濡れ犬』と表示されていた。

 

 『悪意に濡れた獣の呪い結晶』の説明文を思い出し、すこし同情をしてしまったアタルは、『濡れ犬』に近づいて『霊術:霊傘』を発動させる。

 

「よかったら、こいつを使ってくれ」

 

 そういって道のわきに半透明の傘を置いて立ち去るアタルたち。

 

 残された傘の下で雨をしのぐ『濡れ犬』の心は、とても温かくなっていた。

 

 

 

 

 

 『雨野 中』

 

 HP12/12 MP3/9

 

 術式 『霊術:霊傘』

 

 状態 『濡れ羽鴉への決闘状』『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』

 

 




『濡羽石のネックレス』

 濡れ羽色の宝石が埋め込まれたネックレス。美しき宝石の正体は『濡れ羽鴉』の呪いの結晶であり、挑戦状でもある。

 所有者は呪いによって生まれる怪異の獲物であり、『濡れ羽鴉』たちはそれを認識し所有者を遠巻きに見るだけとなる。

 やがて呪いより生まれし者はこの宝石を目指して飛び立ち、所有者の目の前に現れるだろう。

 そこで呪いを乗り越えるか呑み込まれるかは、所有者次第である。
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