異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~   作:名無しの権兵衛

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出会い

「い、いやあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 女の絶叫を合図に、巨大なワニは次の獲物を定めた。

 

「て、てっちゃん!?」

 

「てめぇ、てっちゃんをよくも……!!」

 

 男たちが憤る中、巨大なワニは食い散らかしたものを放置して構える。

 

 異変に気が付いた男たちが構えるよりも早く、その巨体が動いた。

 

「『暴風来』!!」

 

 そして、同時に動いたアタルの『暴風来』が、女性めがけて飛び掛かったワニを吹き飛ばした。

 

 勘に任せた行動であったが、それが功を成してこれ以上の被害を防ぐ。しかしアタルは油断できなかった。

 

「なっ……」

 

「逃げろ!!」

 

 呆然とする男たちにアタルが叫ぶ。

 

 先ほどワニを吹き飛ばした先を見ると、直撃したはずの横腹を痒そうに爪で掻いているワニが寝転がっていた。

 

 今まで様々な敵を倒してきた『暴風来』だが、この相手には通じているようには見えなかった。

 

「う、うわあぁぁあぁ!!」

 

「きゃあぁぁあぁぁ!!!!」

 

 明らかに自分が受けたらひとたまりもないであろう攻撃をもろともしていないワニを見て、パニックになる男たち。

 

 彼らはアタルの言葉を聞いて我先にと散り散りに逃げていく。

 

 仰向けに寝転がり上体を上げてろっ骨をつまようじのようにして歯の掃除をするワニは、彼らが逃げるのを楽しそうに眺めている。

 

「……待ってくれていた、わけじゃなさそうだな」

 

 アタルの言葉ににたりと笑うワニ。

 

 その表情を見て、アタルは再び悪寒を感じる。

 

 あれは自分たちを獲物と思っていない。楽しい楽しいおもちゃと認識していると気が付いたのだ。

 

「くっ!!」

 

 ワニが構えるとともに滑走による高速移動で射線から逃れようとするアタル。途中でルルを回収して滑り込むように横に移動すると、先ほどまでアタルがいたところを緑の線が通り抜けた。

 

「早すぎだろ!?」

 

 アタルの言葉に楽しそうに笑うワニ。その嗜虐性を隠さない表情は、明らかにアタルたちを嬲って楽しもうとしている。

 

 だが、これはアタルたちにとって好機でもあった。

 

 おそらくはどうあっても目の前の相手も食い殺せるという余裕の表れだろうが、油断しているのならアタルたちにもチャンスはある。

 

 自分の最大火力を出せる『暴風来』が効かないのなら、戦って勝つのは無理だと考えたアタルは逃げる準備をする。

 

 だがそれをあざ笑うかのようにワニが尻尾を地面にたたきつけると、地面にいくつものマンホールが出現した。

 

「えっ?」

 

 驚くアタルを尻目に、ワニがそのうちの一つに潜り込む。

 

 それを見たアタルは、自らの失態を悟った。逃げるチャンスを失ったのだ。

 

「くそっ!?」

 

 急いでこの場から逃げ出そうとマンホールをぬうように滑るアタルだったが、そのうちの一つから飛び出してきた大きな尻尾がアタルの腹部にたたきつけられた。

 

「ごふっ」

 

 ルルを手放し、肩に乗っている『濡れ羽鴉』ごと吹き飛ばされて地面を転がるアタル。

 

 再び立ち上がるも、マンホールから上半身を出したワニの前足に叩きつけられ、体がよろめく。

 

「ぐっ、がっ!」

 

 そのままマンホールを移動しながら飛んでくる攻撃を受けながら、アタルはよろめいていく。

 

 『濡れ羽鴉』が羽ばたきながら反撃を試みるも、ワニは器用によけながらアタルだけに攻撃を与えていく。

 

 やがてワニの攻撃で誘導されながら交差点の中央まで移動させられると、唐突に攻撃が止むのだった。

 

「……!」

 

 投げ飛ばされたルルがアタルの元まで駆け寄ってくる。

 

 全身を殴打され痛みにうめくアタルを慰めるようにルルが撫でると、アタルは無理やり笑みを作ってルルの頭を撫でる。

 

「大丈夫だ、一緒に脱出しよう」

 

 ルルを抱え、『濡れ羽鴉』を肩に乗せて再びこの交差点からの脱出を試みるアタル。

 

「『修復』」

 

 強化して耐久値が7になった『雨宿り』を修復したことで、HPの残りが2になる。

 

 これが最後の『暴風来』となるが、アタルにはそれで十分だった。

 

「行くぞ、しっかり捕まっておけよ……」

 

 アタルは閉じた傘を地面に向けて、角度を調整する。

 

 そして、ジャンプすると同時に傘を開く。

 

「ぶっとべ、『暴風来』!!」

 

 傘を開くと同時に暴風が吹き荒れ傘がボロボロになる。

 

 そしてその暴風は推進力となって宙に体の浮いたアタルたちを吹き飛ばす。

 

 アタルたちは放たれた矢のような勢いで吹き飛び、山なりになりながら近くの建物の屋上に飛び乗ろうとする。

 

「これでどうにか…… っ!?」

 

 しかし、それだけで奴から逃れることはできなかった。

 

 もう少しでマンホールの範囲から逃れられそうというところで、一番端のマンホールから勢いよくワニが飛び出してきてアタルの右腕にかみついた。

 

「ぐっ、うおっ!?」

 

 アタルの腕にかみついたワニは、そのまま空中で体をひねってアタルを交差点の中央に向かって投げ飛ばす。

 

「『濡れ羽鴉』! ルルを頼む!」

 

 アタルは投げ飛ばされる直前に、ルルを投げ飛ばして『濡れ羽鴉』に命令する。

 

 それを受けて『濡れ羽鴉』はルルを掴んで滑空し、マンホールの範囲外に着地した。

 

「ぐあっ!? がっ……」

 

 ワニに投げ飛ばされ、再び交差点の中央に戻されるアタル。

 

 高いところから硬いアスファルトに思い切りたたきつけられたアタルは、いくら『川の主の寵愛』があろうとも衝撃までは消し去ることができずに全身がボロボロになっていた。

 

「痛っ、ぐっ、うっ……」

 

 何とか起き上がろうとするも、体に力が入らず倒れてしまうアタル。

 

 ワニに噛まれた右腕はギリギリつながっている程度で、左腕は変な方向に曲がっている。

 

 両足も骨に罅が入り力が入らず、肋骨は折れて呼吸さえままならない。

 

「はっ、はっ……」

 

 そんなアタルの様子を見て、つまらなさそうな表情を浮かべたワニは、やがてごちそうを目の前にしたかのような表情を浮かべてアタルに近づく。どうやら目的を変えたようだ。

 

「……!!」

 

「……る、る」

 

 そんなワニの顔に、水球がぶつけられる。アタルを助けようと駆けつけたルルが放ったものだ。

 

「……?」

 

 しかし、ワニはそれを受けても平然としている。

 

「……!!」

 

 その様子を見ても、ルルはあきらめなかった。

 

 今まで何度もアタルのことを助けてきた水球をワニにぶつける。今回も何とかなると信じて。

 

「カアァァァ!!!!」

 

 さらに一緒についてきた『濡れ羽鴉』もその鋭い嘴でワニに攻撃を加える。

 

 しかし、ルルたちの攻撃はまったく意に介されず、ついにワニはアタルの目の前までたどり着く。

 

「……ル、ル」

 

「に、げ……」

 

 アタルが最後の力を振り絞って、ルルに語り掛ける。

 

 それでも逃げようとしないルルを見て視界がにじみながらも、何とかワニに視線を向ける。

 

 このままだとルルまでこのワニにやられてしまう。

 

 そうならないように、最後の瞬間まで足掻いて何とかこの状況を打開しようと……

 

 

 

 

 

 しかし、現実は無慈悲だ。

 

 何か対抗策が思い浮かぶわけでもなく、大きな口を開いたワニが迫りくる。

 

 やがて目の前まで口が迫るも、アタルは決して目を背けなかった。

 

 アタルの脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡る。

 

 一般的な家庭に生まれ、親や兄弟、友だちに恵まれて過ごした少年時代。特に大きな波乱もなくそこそこの高校と大学に進学して、就職して、そこでもそこそこ人間関係に恵まれて、頑張って仕事を覚えて……

 

 そしてこの場所に来て、ルルに出会った。

 

 この町は不思議で、不気味だったけど、ルルたちと出会えたからここまでやってこれた。

 

 もしあの時にルルに出会えなかったらもっと早くに死んでいただろうし、最期の瞬間は独りぼっちだっただろう。

 

 そのことに感謝し、同時にルルを助けられなかったことを悔いながら、アタルは最後まで目を逸らさなかった。

 

 そして迫りくる大口は

 

 

 

 

 

 衝撃音と共にアタルの目の前で閉じた。

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 目の前で起こったことが理解できず、呆然としてしまうアタル。

 

 先ほどまでアタルを捕食しようとしていたワニは、何故か目の前でピクリとも動かなくなり倒れ伏せていた。

 

 やがてワニが塵となって消えると、その中にいた何かがのそりと動き出す。

 

「……死にかけだが、生きてるみたいだな。『治れ』」

 

 低くしゃがれた男性の声が響く。

 

 そしてアタルの全身が淡く光ったかと思うと、全身の痛みと疲労がなくなりケガも消え去った。

 

「……えっ? これって、治ったのか?」

 

「どうやら大丈夫そうだな」

 

 アタルは治った体を確かめるように体を起こすと、声のしたほうに顔を向ける。

 

 そこにいたのは、小汚い格好をした中年の男性だった。

 

 ボロボロで元の色がわからないくらい黒くなった服を身に纏い、随分大きなリュックサックを背負っている。

 

 その髪と髭はろくに手入れされておらず、好き勝手に伸び放題になっている。

 

 そしてその手には、消火斧が握られていた。

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

「……気にするな」

 

 男はそれだけ言うと、振り返って移動する。

 

 アタルがその方向に目を向けると、あのワニに食い散らかされた彼の元へ向かっていた。

 

「……こっちは手遅れか」

 

「あっ……」

 

 アタルも元気になった体を動かして彼の元へ向かう。

 

 そして手を合わせている中年の男の隣に立って『霊術:霊傘』を発動させる。

 

「どうか、安らかに……」

 

 半透明の傘を犠牲となった彼にかけたアタルは、手を合わせてお祈りをする。

 

 傘をかけられた彼は、やがて光に包まれて天に召されたのだった。

 

「……おい、今何を?」

 

「えっ? 成仏したんだと思うんですけど……」

 

 目を丸くして驚く中年の男性を見て、すこし言いよどむアタル。

 

 深く考えてこなかったが、これが正しい行動かはわかっていなかったからだ。

 

「……いや、いい。俺も軽率だった」

 

「えっ、軽率?」

 

 男の不思議な発言にアタルが聞き返したところで、ルルが頭に『濡れ羽鴉』をのせて駆け寄ってきた。

 

「ルル! 大丈夫だったのか!!」

 

 無事に生き残れたことを喜び、お互いに抱擁する二人。

 

 あの絶望的な状況からこうして抱き合えることを喜び、アタルは再び男性にお礼を言おうとして、固まる。

 

「……お前、そいつに名前を付けたのか?」

 

 男の顔は、怒りに染まっていた。

 

 

 

 

 

 『雨野 中』

 

 HP2/14 MP10/11

 

 術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』

 

 状態 『川の主の寵愛』『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』

 

 




『下水道に潜むもの』

 かつて人々に崇められ、やがて動物園で人気になったワニは、人々を見下していた。

 人々に崇められ、甘やかされ、ブクブクと太ったそれは、動物園から逃れた後も、その在り方を変えられなかった。

 下水道に逃れたそれは、人々からたくさんのものをもらった。それはそれは極上で、抵抗しない最高の肉を……

 動物園から逃れたワニは、言ってしまえば動物園の落とし物。この町に流れ着くのは自然なことだろう。
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