異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~   作:名無しの権兵衛

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魂換

「……ざけるな」

 

「あぁ?」

 

 肩に置かれた村長の手を、アタルは払いのける。

 

 そして訝し気な表情を浮かべる村長に向かって、怒りを爆発させた。

 

「ふざけるな! お前にルルの何がわかるっていうんだ!?」

 

「ルルは優しい子なんだ! ルルが戦うようになったのも俺を助けようとしたからで、それ以外で力を使ったりなんてしなかった!!」

 

「彼に攻撃した時だってそうだ! 俺につかみかかってきたところを助けようとして水球をぶつけただけで、彼が怪我しない程度の威力しか出していなかった!」

 

「いつもは優しくて、楽しそうにはしゃいだり、気分がいいと鼻唄をうたって、おずおずとお菓子をねだってきて、ご飯の時も俺が食べ終わるのを待っててくれて……」

 

「こんな子が、こんな優しい子が誰かを傷つけるために力を振るうはずがないだろ!」

 

「この子は、誰かを助けるために戦える優しい子だ!」

 

 涙声の混じった、悲痛の叫び。

 

 アタルの悲痛の叫びは周囲一帯に響き渡ったが、目の前の男の心にまでは響かなかった。

 

「……あぁそう、そういう感じね」

 

 村長を名乗る男は、心底詰まらなさそうな表情をして、言葉を返す。

 

 そしてアタルから離れて集落の住人のところまで戻ると、またいやらしい笑みを浮かべて振り返った。

 

「だけど本当に甘いなお前さんはよぉ?」

 

「……えっ?」

 

 男の心底楽しそうな笑い顔を見て、アタルに悪寒が走る。

 

 どこか致命的な間違えをしてしまったという予感がしたのだ。

 

「お前さん言ったよなぁ? 俺を守るために戦ったって?」

 

「それってつまり、お前に危害を加えたらそいつは危険な存在になるってことじゃないか?」

 

「……はっ?」

 

 男の発言に、何を言っているのかと一瞬思考が停止してしまうアタル。

 

 アタルにとっては誰かに危害を加えるなんて選択肢は存在しない。なら当たり前のことさえしなければ危険なんてないという考えしかなかった。

 

 ……だが、人によっては、選択肢と言うものは違うものだ。

 

「そ、そんなの危ないことしなければ……」

 

「そうだよ、そこだよ? なんで安全圏にいるお前が言うことを、俺たちが鵜呑みにしなきゃいけないんだよ?」

 

「なっ」

 

 彼の言うことは難癖にも近かったが、その通りでもあった。

 

 そしてアタルはこの件において、確かに自分は安全圏にいると、そう認識してしまった。

 

「今の話を聞いて確信したよ! こいつがどれだけ狂暴になったって、お前が襲われることはない」

 

「それなら周りがどうなったって、お前には関係がないことだもんなぁ?」

 

 男はにやにやと笑みを浮かべながら、再びアタルに接近してくる。

 

「良いこと教えてやるよ」

 

 そして肩に手を置くと、楽しそうに耳元で囁きかけてきた。

 

「名前付きはな、人々からの認識に強く影響されやすいんだ」

 

 その言葉を聞いて、アタルは彼の本当の目的に気が付いた。

 

 彼はただルルを討伐するために御託を並べていたのではない、ルルを悪しきものに変えるために周りに説明していたのだ。

 

 ルルがいかに恐ろしい存在になる可能性を秘めているのかを、認識させるために。

 

「ルル、逃げ…… ごはっ!」

 

 なんとしてでもルルをここから連れ出そうとアタルが振り向くと、その眼前の拳が飛んできた。

 

 見ればあの三人組のリーダー格の男がアタルを殴り飛ばしていた。

 

「……っ!! っ!?」

 

「はーい、ルルちゃんはこっちにいときましょうねぇ♪」

 

 ルルはアタルを助けようと手のひらを三人組のリーダー格の男に向けて水球を放とうとするも、その背後から女性に抱きかかえられてアタルから引き剥がされてしまう。

 

「おっ、やっぱ後ろから抱え込んだらこいつ抵抗できなさそうだな」

 

「ちょっ、この子めっちゃ暴れるんですけど!! ちょっとケン! こいつ抑えときなさいよ!」

 

「えぇ、仕方ないなぁ……」

 

「ルルっ!! ルルっ!!」

 

「うるせぇぞクソ野郎!!」

 

「ぐふっ!?」

 

 二人がかりで押さえつけられるルルに必死に手を伸ばすアタルに、男は拳を腹部に叩き込む。

 

 その様子を村長を名乗る男は楽しそうに見ていた。

 

「おいてめぇら! こいつは俺が殴っとくから、さっさとそのガキを潰しとけ!!」

 

「やめろぉ!! ルル!! ルル!!」

 

「黙ってろカスが!!」

 

「ごはっ!?」

 

 膝を鳩尾に決められ蹲るアタルを、男が足蹴にする。

 

 そうしている間にもルルは女に馬乗りになって押さえつけられ、もう一人の男がバールを振り上げる。

 

 アタルとルルは互いに手を伸ばすも、届くことは決してない。

 

 やがて男がその腕を振り下ろすその瞬間が、アタルにはとてもゆっくりに見えた。

 

「逃げろ、ルルゥーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある激しい雨の日、濁流にのまれたそれは誰にも見つけてもらえなかった。

 

 この町でどれだけ歩いても孤独だったそれは、ある日差し出された傘と共に救われた。

 

 それからの生活がどれだけ輝かしいものだったか、どれほど嬉しいものだったか。

 

 ただ見つけてもらえただけで救われたそれは、それ以上を求めた。

 

 ずっと一緒にいたい、ずっとそばにいたい。

 

 救われたのだから、救いたい。助けになりたいと、そう思った。

 

 隣を歩いて、一緒に遊んで、ご飯を食べて、おしゃべりをして、冒険をして……

 

 そんな何気ない日常を過ごしていきたいと、求めてしまった。

 

 だが、このままではその願いはかなわない。

 

 自分がどれだけ危険な目にあっても、それのことを思って叫ぶ姿を見て。

 

 それは変わりたいと思った。

 

 今心の中で荒れ狂う激情は、かつて自分を飲み込んだ濁流にも似ていた。

 

 だが、あの時とは決定的に違うものがある。

 

 名をルルとつけられたそれの中に初めての感情が芽生える。

 

 それは……

 

「うおっ、なんだ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、怒りだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悪転魂換』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ?」

 

 その間の抜けた声が、アタルを足蹴にしていた男の最期の言葉だった。

 

 男は突然車にはねられたかのように横方向に吹き飛ばされ、壁のシミとなって雨に洗い流された。

 

「成ったか」

 

 村長を名乗る男の感嘆する声は、アタルには届かない。

 

 アタルはただ、目の前の光景が信じられなくて呆然としていた。

 

「……ルル?」

 

 アタルの問いかけに、それは反応を返さない。

 

 怒りの激流に飲まれて、

 

 恩人に仇なす者たちに屠られた同胞たちの無念を燃料に、

 

 激しく燃え上がる感情を胸に、己の在り方を変容させる。

 

 

 

 

 

『溢れ出る水魔』

 

『ルル』

 

 

 

 

 

 3mは超えるであろう巨躯を覆う、ボロボロで薄汚い、黄色いレインコート。

 

 その端からは黒い靄が濁流と共に噴き出し、フードの下からは涙のように透明な水が溢れ出している。

 

 今まで楽しそうに歌っていた声帯からは、酷くしゃがれた、怒りとも悲しみとも判別のつかない叫び声が漏れでる。

 

 そんな苦しそうなルルの姿を見て、アタルは大声で泣き叫ぶ。

 

「ルルゥーーーー!!!!!!」

 

 ボロボロの身体に鞭打って立ち上がり、ルルに向かって歩きだす。

 

 そんなアタルの背後では、悪意の集団が行動を始める。

 

「お前ら! あとはそこの男を仕留めて、生き残りがいたら残さず消せ! そしたらさっさとヅラかるぞ!!」

 

 それぞれの獲物を持った集団は、真っ先にアタルの後頭部をめがけて振り下ろす。

 

 そしてその獲物たちは、ルルの元に向かおうとするアタルの後頭部に……

 

 

 

 

 

「『邪法:金縛り』」

 

 振り下ろされる直前に、その場のすべての生き物たちの動きが止まり、二本の赤い切れ跡がアタルを挟むようにひかれた。

 

 その二つの線はじゅうじゅうと雨やルルから溢れ出る水を蒸発させ続け、いつまでも煌々と輝いている。

 

「何をやっているんだお前は」

 

 そこに現れたのは、かつてアタルを助けた中年男性だった。

 

 彼は怒りを孕んだ声で、動けないアタルに疑問を投げかける。

 

 口に咥えられたタバコは、雨の中でもモクモクと煙を噴き出していた。

 

 

 

 

 

 『雨野 中』

 

 HP12/15 MP10/13

 

 術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』

 

 状態 『川の主の寵愛』『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』

 




『雨童』

 黄色いレインコートを纏った小柄の人型怪異。

 基本的に単独行動しており、個体数が少ない。そのため初めて出会う際には結構な幸運が必要である。

 人肌恋しいのか、人間を見かけると特に警戒することもなく近づき、後を追ってくる。

 例え何があっても誰かを傷つけることもなく、傷ついた者は助けようと行動する。

 彼らにとって献身は、見つけてもらえてという喜びだけで行うに値するのだ。
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