異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~ 作:名無しの権兵衛
「まったくよぉ、手間ばっかりかけさせやがって……」
村長を名乗る男は、今袋小路に追いつめられていた。
彼の目の前にいるのは、消火斧を持った中年の男性だ。
雨が降っているというのに濡れた様子もなく、タバコも消えるどころか湿気る様子もなくぷかぷかとふかしている。
「なっ、なんなんだよお前はよぉ!? 俺に何のうらみがあるっていうんだよぉ!?」
村長を名乗る男は尻もちをつきながら必死にあとずさりしようとして壁に背中を擦り付ける。
そんな様子を見て、中年男性は呆れたような表情を浮かべる。
「恨みも何も、お前みたいなやつはさっさと潰すに限るだろ?」
「なんでだよ!? あんた『狩人』だろ? だったらあんたの狙いは俺たちじゃなくて『あいつ』じゃねぇか!?」
「……はぁ、別に今回の狙いじゃねぇし、それがお前を見逃す理由にもならない」
「ふ、ふざけるなあぁぁぁあ!!!!」
どれほど怒鳴り散らしても、目の前の中年男性は一切ひるむ様子もない。
このままでは自分の命が危ないと危険信号が鳴り響いている村長を名乗る男は、必死に言い訳を考える。
「そ、そもそも人間を殺していいと思ってるのかよ!? あんたらは人類を助けるために動いているんだろう!?」
「俺は5年前にたまたまこの町に来て仲間を集めて必死に今日まで生き延びてきた哀れな男なんだ! なぁ、人間どうし仲良くしようぜ?」
「……はぁ?」
村長を名乗る男の話を聞いて、中年男性の顔が一気に不機嫌になる。
その顔を見て何か地雷を踏んでしまったかとさらなる言い訳を続けようと口を開こうとする村長を名乗る男。
しかし、口を開く前に目の前に消火斧を突き付けられる。
「そもそも俺は『狩人』と呼ばれてるだけで名乗ったことはないし、人類のためなんて言う大層な目的のために動いているわけじゃねぇ」
「それに同じ人間って……」
「この町で、人間が一月も生きられるわけが無いだろうが」
村長を名乗る男は自分の失態に気が付き、顔を青ざめさせる。
この男は、もしかしたら自分よりもこの町について詳しいかもしれないと。
「お前が人間じゃねぇってことは最初からわかってる」
「名前を名乗らず村長と名乗っているのも、自分に名前がないからだろう?」
「あっ、あっ……」
「それで、自分では奴にどうあがいても勝てないから、ルルを…… あの『雨童』を利用して奴に勝てる存在に育て上げようとした」
「自分にはない名前に嫉妬して、できるだけ苦しむようにしながら…… 違うか?」
「……くっ」
図星だった。
この町に生まれてから必死に自分たちの種族をまとめ上げ、この町を支配しようとしていた。
それがある日、奴が現れてからすべてが崩れ去った。
自分たちは有象無象に過ぎず、全ては奴に支配された。だからこそこの状況を打破するためにあの『雨童』を利用しようとした。
自分が憧れてやまない名前を、いとも簡単に手に入れたあの『雨童』をこき使い、奴に仕向ける。
そして漁夫の利を狙い、自分がこの町の頂点に立つ。そんな無謀な計画だ。
だが……
「まぁ、そもそもどうあがいてもお前には無理だがな」
「……なんだと?」
「まぁ、気づいていないか」
自分の野望を否定され、苛立ちを覚える村長を名乗る男。
そんな男の様子を見て、中年男性は呆れたようにため息をつく。
「貴様は人間のように“村長”と名乗ったが、それがいけなかった」
「……はぁ?」
「『名付け』と言うのは、人の思いが込められてこそ意味があるのだ。それが良い意味でも、悪い意味であってもな」
「だがお前は自分で“村長”と名乗った…… いや、自分に名を付けたんだ」
「空虚で空っぽな、怪異の『名付け』だ」
「えっ…… 嘘だろ?」
中年男性の言葉を受けて、村長を名乗る男は、いや村長は全身から力が抜けて腰を抜かしてしまう。
彼が強く願い、嫉妬するほどに欲したものは、決して手に入らなくなってしまっていたのだ。
「お前が“村長”を名乗った時点で、お前は何者にも成れないことが決定づけられてしまったんだ」
「う、嘘だ嘘だ嘘だ!」
「……じゃあ、絶望の中で死ね」
その時、赤い一閃が走り、村長の首が飛ぶ。
体と頭が離れたが、傷口が焼き塞がったせいかすぐには死ねないようだ。
「……だ、が、俺を、殺した、ところで、おわら、ない」
「お、俺の、仲間、たちが……」
「……あぁ、そういえば伝え忘れていたな」
背を向けて帰ろうとする中年男性に向けて村長が最期の言葉をかけようとすると、彼は振り返って村長の足元まで赴き、しゃがみこんだ。
「お前の仲間は全員殲滅済みだ」
「あの時にマーキングは済ませておいたし、俺のマーキングは感染型でな、しばらく泳がせて他にいる仲間たちも全員見つけて終わらせておいた」
「……えっ?」
「どうせお前らの事実を知った奴らは全員殺してるんだろ? あの青臭いガキはお前たちのことを調べてなんてないだろうし、生き残った二人も騙されてたんだ、お前らの『名前』は知らないだろう」
「俺はこの町から出るし、そもそも記憶を消す手段だって用意してある。お前らの名前は残らない、『スワンプマン』」
「うっ、嘘だ……」
「お前ら怪異はたとえ全滅させたってどこかで同種が産まれるが、それは誰かに『知ってもらっている』時だ」
「お前たちみたいに誰にも知られていない状態で滅んだのなら、もうこの『異界』では生まれてこない」
「たとえ新しい『スワンプマン』が流れ着いてきたとしても、それはもうお前たちとは違う特性を持った、新しい種族の『スワンプマン』だ」
「い、嫌だ…… やめてくれぇ!!」
「あばよ『スワンプマン』、喧嘩売る奴を間違えたな」
中年男性は消火斧を振り下ろし、村長は灰となって消えた。
残された結晶は踏み潰し、念入りに粉々にしてから証拠を隠滅する。
『スワンプマン』がいた事実は徹底的に消す。たとえ何かで強化したという程度の事実であったとしても、思い出す可能性が少しでもあるのであれば徹底的に消し去る。
「……いかん、やっぱり『怪異』相手だとしゃべりすぎてしまう」
男は反省しながらおもちゃの火薬銃を取り出し、自身の頭に向けて引き金を引く。
この時、この『異界』からスワンプマンは消えた。
『名を得る方法』
この異界において、怪異が名前を得る方法は一つではない。
アタルとルルのように人間から名を与えられる方法は、珍しい部類なのだ。