異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~ 作:名無しの権兵衛
「えっと、レインコートさんはここがどんな場所か知っているんですか?」
「いや、俺も詳しくは知らないんです」
とりあえず広子と一緒に情報交換を始めるアタル。
とはいえ、アタルも教えられることは少ない。
『情報は武器であり、敵である』
この言葉はアタルの身に染みている。
そもそも情報をあまり知らないこともあるが、どこまでの情報を伝えていいのかもわからない。
そこでアタルは、かつておじさんに教えられたことを伝えることにした。
「とりあえず、覚えておいてほしいのはこの場所において『情報は武器であり、敵である』ってことです」
「……えっと、どういうことですか?」
「なんていうか、あまり知りすぎたらいけないっていうか、知るとまずいことになることもあるっぽい感じですね」
「うーん、なんとなくわかるようなわからないような……」
広子はあいまいな表情で頷く。あまりピンとはきていないようだが、とりあえず情報を知りすぎたらいけないということは分かったようだ。
「とりあえずこの場所にはそういう特性があるみたいなんで、俺もあまり話ができないんですよ」
「わかりました、それじゃああんまりそういう話はしないほうがいいんですか?」
「そうですね、とりあえず俺も他の人から教えてもらったことだけは伝えておこうかと思います」
そこでアタルは、自分の名前の書いているものは肌身離さず持っておくこと、可能なら遺書も持っておくと良いということを伝えておいた。
「もちろん、危険がないように俺が守りますけど、それくらいの心構えはしておいてください」
「……わかりました」
一通り説明すると、広子は少し暗い顔をしていた。
その様子を見て暗い話で失敗したかと焦るアタルだったが、慌てて広子は弁明を始めた。
「あっ、違うんですよ!? ただ、さっきまであめ…… レインコートさんに教えてもらうまで、私自分の名前を覚えてなかったんです」
「たぶん、このバッグを落とした時くらいからだと思うんですけど、段々意識が朦朧とし始めて、気づいたら自分の名前も覚えてなくて、ずっとぼおーっとしちゃって……」
「正直、怖かったんです。もしかしたら、あの時私は自分の名前の書いてるものを落としちゃったから、そうなっちゃったのかなって……」
「だから、レインコートさんも絶対に自分の名前を落とさないようにしていてくださいね」
涙をこらえながらの真に迫った広子の言葉を聞いて、彼女への同情と名を失うことへの恐怖を覚えるアタル。
自分もそのことを知らなければ、彼女と同じ道を辿っていたかもしれない。
今思えばおじさんと会うまでは免許証の入ったビジネスバッグをそこらへんに放って戦闘をしていたこともあった。
その時に万が一バッグを失っていたら思うと、背筋が凍ってしまう。
「そうですか…… 分かりました、俺も気をつけますね」
「えぇ、絶対ですよ!」
手を握ってアタルの顔を覗き込む広子、アタルはそんな広子に内心ドギマギしてしまう。
今まで『雨野君のことはそういう目で見れない』と言われ続けてきたアタルにとって、女性、しかも美しい同年代相手の免疫なんて毛ほどもなかった。
「あっ、あの、手……」
「……あっ!? その、すいません、いきなり」
「いえ、大丈夫です……」
広子も勢いでつかんでしまっていたのか、アタルの手を握っていることに気が付くと顔を真っ赤にして手を離した。
少し気まずくなったのか、暫くの間沈黙が広がる。
そこでアタルは場の空気を変えようと別の話題を出すことにした。
「そ、そういえば、いず…… えっと、フランシーヌさんは自分のステータスとか確認してますか?」
「……えっ? ステータスですか? それは一体、どんなものでしょうか?」
「……あ~、もしかしてフランシーヌさんって、あんまりゲームとかやらない人ですか?」
「えっと、すいません。オセロとかポーカーとかならしたことあるんですけど……」
まさかのゲームと聴いてボードゲームの方が出てきたことに頭を抱えるアタル。
ビデオゲームを知らない相手にどう説明しようかと頭を悩ませてるが、逆に知らないほうがHPの固定概念にとらわれないかと思いなおして頑張って説明することにする。
「とりあえず、言ってしまえば自分の状態とか、色々なことを知れる画面があるんです。こう、その画面が出るように念じながら『ステータス』っていうと、出てくるんですよ。今俺の目の前に出してみました」
「わぁ~、本当ですね!」
「……あれ?」
『レインコート』(雨野 中)
HP11/18 MP12/12
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』『霊術:雨上がり』
状態 『川の主の寵愛』『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』『糸の呪い』
現在のステータスを確認してみて、複数の違和感を感じるアタル。
まず最初に、名前の欄が『レインコート』(雨野 中)になっていること。
そしてもう一つは……
「あの、もしかしてこの画面って、フランシーヌさんにも見えてますか?」
「えっ? はい、それはもうはっきりと半透明に見えてますよ?」
ボケなのか天然なのか判断のつきにくい言葉はいったん置いといて、自分のステータスが他人も見れるという事実に内心恐怖を覚えるアタル。
今は名前を知っている広子しかいないが、もしも他人が知ってしまえば厄介なことになるかもしれない。
「それにしても、名前はレインコートさんのほうになるんですね」
「えっ? その隣に名前書いてないか?」
「えっ? レインコートとしか書いてないですよ?」
「そうか……」
「私のはどうでしょうか? えっと、『ステータス』!」
『フランシーヌ』
HP11/11 MP1/1
「……あれ、なんかレインコートさんのに比べて、私のHP? とMP? が少ないですね?」
「しかもMP? なんて1しかないし……」
「……なるほど」
もしかしたらHPやMPは個人差があるのかもしれない、とアタルは考える。
とはいえ、さすがにMPは少なすぎる。何らかの原因があるのか、もしかしたら名前を失った際のリスクとも考えられる。
とはいえ、そこらへんの話をしてむやみに混乱させるのは良くないだろうと、アタルはMPの最大値には触れないことにした。
「えっと、フランシーヌさんはこんな感じで、名前とHPとMPしか書いてないですか?」
「えっ? はい、でもレインコートさんもそうですよね?」
「あぁ、俺の場合は使える術とかも書いてるんですけど……」
「えっ、私がさっき見た時はそんなの書いてなかったんですけど……」
広子の発言から予測して、おそらくは他人から見えるものにはある程度のフィルターがかかっているのだろうとアタルは考える。
それをどうやって可能にしているのかは今考えても仕方がないとして、取り合えずステータスの説明に移る。
「ありがとうございます。とりあえずステータスの説明をしてもいいですか?」
「はい、お願いします」
「このHPなんですけど、これは物を直したり、飲食物を補充したり、傷を治したりするときにこの数値を消費します。右側の数字が最大値で、左側の数字が現在残ってる数ですね」
「なるほど……」
「それとMPですが、条件は分かりませんがたまに術を得られることがあるんですよ。魔法みたいな感じですかね?」
「それを使う時にMPを消費するので、たぶん今のフランシーヌさんには関係ないと思います」
「なるほど、こっちは覚えなくてもいいと……」
真面目な顔でどこかずれたことを言う広子に、思わず苦笑してしまうアタル。
しかし気持ちを切り替えて説明の続きを始める。
「HPもMPも、一晩寝たらある程度回復するみたいです。その時に体のコンディションとかで回復量は変わるっぽいですね」
「あと、HPは食事でも回復するんで、少なくなってきたら何か食べたほうがいいと思います」
「飲食物は入れ物さえ残っていればHPを消費して『補充』できるんで、食べ終わった後もゴミは捨てないようにしましょう」
「なるほど…… とりあえず、気をつけます!」
とりあえず、今伝えておくべきことはこれくらいだろうかと考え、いったん話を区切るアタル。
「とりあえず、そろそろ移動しましょうか。ここのどこかに元の世界に帰れる出口があるみたいなんで、一緒に行動しましょうか」
「はい、お願いします」
アタルは広子を背に地下道を歩き始める。
これから、新たな探索が、始まろうとしている……
『レインコート』(雨野 中)
HP11/18 MP12/12
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』『霊術:雨上がり』
状態 『川の主の寵愛』『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』『糸の呪い』
『名前』
この異界において、名前を失うことだけは避けなければならない。
名を失うということは、人間にとって莫大な不利益をもたらす。
なぜならば、【検閲】