異界ダンジョンに行こう! ~神隠しにあったけど、このダンジョンのすべてを知り尽くして幸せになります~   作:名無しの権兵衛

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傘の祈り

「さて、それにしても何もないというか、なんというか……」

 

 別に何もないというわけではないが、アタルの言いたいことも分からなくもないだろう。

 

 あるけどあるけど代わり映えのない、少し古めの時代を感じる一般的な街並み。何度か試してみたものの、鍵がかかっているのか内部に入ることはできなかった。

 

 そして周囲を我が物顔で闊歩する『人面瘡蛙』や『雨唄音楽隊』、それに物陰に隠れながら動いている『失せ物たち』。

 

 彼らはこちらを襲ってくる気配がないからまだ気持ちは楽なものの、先ほどの赤い男や恐ろしい雰囲気を持ったナニカがいることを考えると油断をする気にはならない。

 

 しかしアタルの心配なんて何のその、その隣を歩くルルは鼻唄をうたいながらアタルのビジネスバッグに乗ってる『失せ物たち』と戯れている。

 

「うん? あれは……」

 

 そう緊張感を持ちながらルルと共に歩いていると、目の前に獣が現れる。雨に濡れて毛皮がぐっしょりとなっていると、意外と何の動物かわからないものだ。

 

「あれは…… キツネか?」

 

 よく目を凝らして観察してみると、犬にも見えた動物はどちらかというとキツネのように思えた。

 

 アタルはすこし距離を取って観察していると、相手もこちらを品定めするように見つめていることに気が付く。

 

 その瞳にどことなく知性のようなものを感じたアタルは、ただものではないと思い身構えながらその瞳を見つめ返す。

 

 ルルもアタルの雰囲気が変わったことに影響されてか、或いはただ真似をしているだけか、目の前のキツネをにらむように構えて目視できない顔を向けている。

 

 そのまましばらく両者の睨み合いが続いたが、やがて顔をそむけたのはキツネの方であった。

 

「……ふぅ、何とかなったのか? ……あれ?」

 

 そのまま振り返って向こう側へと行こうとするキツネを見送っていると、そのキツネが途中で立ち止まり顔だけ振り返ってきた。

 

「えっと、ついて来いって言ってるのか?」

 

 アタルの呟きに呼応するかのように頷いたキツネは、再び数歩歩いてから振り返る。

 

「それじゃあ、ついていってみるか……?」

 

 キツネの危険性を考えながらも、何の進展もない町中探索にようやく訪れた変化を見過ごせないとキツネについていこうとするアタル。

 

「……えっ?」

 

 しかし、それを止めたのは、アタルの袖をつかむルルであった。

 

 ルルは両手でアタルの袖をつかむと、まるで嫌がるように首を横に振っていた。

 

「えっと、ついていくなってことか?」

 

 アタルの問いかけに答えるように首を縦に振るルル。

 

 その必死さを見かねて、アタルは再びキツネの方に目を向けた。

 

「悪い、こいつが行きたくないみたいだから、今回はいけない。また次の機会があればよろしく頼む」

 

 そういって手を合わせて頭を下げるアタルを見て、キツネは不服そうに頷いてからこちらを睨みつけて立ち去っていく。

 

 その厳しい視線の先には、アタルではなくルルがいるようにも見えた。

 

「……さて、それじゃあ別の所に行くか?」

 

 アタルは先ほどのルルの様子を考えて、今度は別の道に向かってみることにした。

 

 この町は所々に交差点や曲がり角があるし、別に一本道というわけではない。

 

 それに入ろうと思えば路地裏にも入ることができるのだ。

 

 そんなことを考えながらいったん来た道を引き返してから別の道へ曲がってみる。

 

「さて、何か進展があればいいんだが…… あれ?」

 

 先ほどまでの進展のなさを考えながら少し不安を感じていると、何か違和感を感じ始めた。

 

 その違和感を探るように周囲を見渡すと、先ほどまであたりにあふれていた『人面瘡蛙』や『雨唄音楽隊』、『失せ物たち』がどこにも見当たらないのだ。

 

「一体、何が……」

 

 そのことに嫌な予感を感じながら周囲を警戒していく。

 

 気が付けばアタルのビジネスバッグに乗っていた『失せ物たち』も、アタルの足元に降りて震えていた。

 

 ルルに関してはいつものような鼻唄もやめ、周囲を警戒しているように見える。

 

「……なっ」

 

 そして、アタルは道の真ん中に黒い山を見た。

 

 ……いや、それは山ではなく、黒い蠢く何かであった。

 

 所々が赤黒く濡れたそれ、いやそれらはアタルたちの存在に気が付くと一斉にそちらに目を向けた。

 

 それは、全部で5匹ものカラスたちであった。

 

「カァー!!」

 

「なっ、なんだこいつら!?」

 

 一斉にアタルたちにとびかかるカラスたちの頭上に、『濡れ羽鴉』というウィンドウが表示されるも、アタルにそれを確認する余裕なんてなかった。

 

「グアァ!!」

 

「くそっ!?」

 

 羽が濡れているせいで碌に飛べず動きが鈍いこともあってか、とっさに差していた傘を盾にしたおかげで直撃は免れるも、ビニール傘が一瞬で穴だらけになってしまう。

 

 そのことに驚いて硬直するアタルにめがけて、さらなる『濡れ羽鴉』たちが襲い掛かる。

 

「キエェェー!!」

 

「畜生、ふざけるな!」

 

 破れた傘を放り投げて、ビジネスバッグで応戦するアタル。気が付けば『失せ物たち』はどこかに身を隠していた。

 

 ビジネスバッグを振り回すアタルを警戒して、一定の距離を取る3匹の『濡れ羽鴉』たち。しかしアタルの背後からもう一匹が襲い掛かってきた。

 

「カアァ!!」

 

「くっ!?」

 

 もうここまでかと思われたその時、ルルがその間に入ってアタルをかばった。

 

「ルル!?」

 

 ルルが傷つき倒れる姿がゆっくりに見えたアタルの頭の中には、ルルを傷つけてしまった後悔と、ルルを失ってしまうかもしれないという恐怖が渦巻いていた。

 

 ほんの短時間の付き合いとはいえ、この何もわからない異常な空間で行動を共にした仲間のような存在、さらにはその姿は守るべき子どもの姿をしているのだ。

 

 もうすでに、アタルにとってルルは大切な存在になっていた。

 

「ルルから離れろ!」

 

 急いでルルの元に駆け寄って今にもルルに襲い掛かろうとする『濡れ羽鴉』をビジネスバッグで殴りつけるアタル。

 

 吹き飛んで動けなくなる『濡れ羽鴉』をよそに、周囲の『濡れ羽鴉』たちを警戒する。

 

「……えっ?」

 

 その時、彼の視界に悍ましいものが写りこんだ。

 

 そこにあるのは、赤黒いなにか。

 

 いや、そうではない。

 

 それは、このカラスたちに無残にも食い荒らされた『被害者』であった。

 

「……ふ」

 

 その光景を見て、黒い靄を傷口から出すルルを抱えながら震えだすアタル。

 

 そんなアタルの様子を見て、残りの4羽の『濡れ羽鴉』たちは、恐怖を煽るようにアタルの周囲を取り囲み、わざわざ地面に降りて歩いて近づいていく。

 

 仲間を殺された腹いせか、或いは生来の嗜虐趣味か、アタルたちを嬲り殺そうとする『濡れ羽鴉』たちだったが、次の瞬間にはそのうちの一羽が吹き飛んでいた。

 

「ふざけるな、このクソカラスたちが!!」

 

 『濡れ羽鴉』を吹き飛ばしたのは、アタルのビジネスバッグだった。

 

 先ほどまで震えて固まっていた獲物が急に反撃にでたことに驚く『濡れ羽鴉』たち。

 

 しかし、アタルは恐怖に震えていたのではなかった。

 

「お前たちは、絶対に許さない」

 

 アタルが震えていた原因は、怒りだった。

 

 無残にも食い荒らされた死体。そんな残酷なものを見てしまったのなら、普通は恐怖を抱くものだろう。

 

 だが、アタルにとってその無残な光景は、これから自分たちがたどる未来に見えたのだ。

 

 このままでは自分もルルも、あんなふうな無残な姿になる。

 

 その事実に恐怖を凌駕する怒りを抱いたアタルは、『濡れ羽鴉』たちに殺意を向けていた。

 

「くたばれ、化け物たちが!」

 

 いつの間にか接近していたアタルの蹴りを受けて、『濡れ羽鴉』がまた一匹吹き飛んでいく。

 

「クアァ!?」

 

 残り2匹となってようやく事態に気が付いた『濡れ羽鴉』が、慌ててアタルに突っ込んでいく。

 

 しかし彼らの強みは数と連携、そして悪辣さであった。

 

 破れかぶれの特攻なんて、一般のカラスか、それ以下の効果しか見込めないだろう。

 

「黙れ」

 

「ぐげっ」

 

 のこり1匹。

 

 最後の一羽となった『濡れ羽鴉』は、急いでアタルに背を向けて飛び立とうとする。

 

 しかし、その背中にボロボロになった閉じられたビニール傘が、槍のように飛んでいってぶつかる。

 

 そのまま撃ち落された最後の『濡れ羽鴉』は、地面への衝突によりその意識を途絶えさせたのだ。

 

「はぁ、はぁ…… そうだ、ルル!」

 

 怒りのままに人生で初めてであろう暴力を振るったアタルは、冷静になって今優先すべきことを思い出す。

 

 急いでルルの元に駆け寄るアタルは、そこで信じられない光景を目にする。

 

「……えっ?」

 

 そこには、すでに傷口が治っているルルがたっていた。

 

 その光景に驚き呆然としていると、ルルがアタルの傍まで駆け寄って抱き着いてきた。

 

「……よかった、大丈夫なんだな?」

 

 先ほどまで傷があった背中を撫でながらそう問いかけると、ルルはアタルの胸に顔をうずめながら首を縦に振っていた。

 

 やはりルルが人でも動物でもない何かであるということをまざまざと見せつけられたアタルだが、それでも命の恩人でもあるルルと一緒にいようと決意をする。

 

「あっ、そういえば……」

 

 しばらく雨に打たれながらお互いに抱き合っていたが、アタルが先ほど見た光景を思い出す。

 

 ルルと体を離して先ほど『濡れ羽鴉』たちがいたところに向かってみると、そこにはやはり無残な死体が残っていた。

 

「うっ……」

 

 そのグロテスクな光景に思わず胃の中身を吐き出しそうになるも、それではこの人に失礼だと思い必死に我慢するアタル。

 

「……やっぱり、このままだとだめだよな」

 

 このままではさすがに可哀そうだと考え、少し躊躇したが思い切ってこの人を建物の屋根の下までもっていくことを決意する。

 

 とりあえずこの人の身に着けているものの中で比較的大丈夫そうであったコートに遺体を包み、中身を見ないように必死に屋根の下まで運んでいくアタル。ルルは頑張ってコートの端を掴んでくれていたが、あまり戦力にはなっていなかった。

 

「……どうか、安らかに眠ってください」

 

 ようやく運び終えたころに、性別すらわからくなっていた死体に向かって手を合わせるアタル。ルルもその光景を真似して手を合わせていた。

 

『新たな術を獲得しました』

 

「……えっ?」

 

 その時、アタルの頭の中に無機質な声が鳴り響いた。

 

 不思議な声に思わず頭を上げたアタルの目の前には、幽霊のように半透明のビニール傘が浮かんでいた。

 

 その光景を見て、不思議とその傘の使い方を理解するアタル。

 

 彼はそのまま半透明の傘を手にすると、遺体が雨に濡れないようにその傘をかけてやった。

 

「……あっ」

 

 その後、遺体は淡い光に包まれたかと思うと、やがて光の粒となって消えていった。

 

 消える直前、口元が僅かに微笑んでいたように見えた。

 

「……成仏して、くれたのかな?」

 

 空へ登っていく光の粒子たちを見送ってから、先ほどまで遺体のあった場所に目を向ける。

 

「あれ、これはなんだ?」

 

 すると、そこには黒い結晶のようなものが落ちていた。

 

 その上には、アタルの声に呼応したように、『想いの結晶:守り』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『雨野 中』

 

 HP11/11 MP1/8

 

 術式 『霊術:霊傘』

 

 状態 『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』

 




『想いの結晶:守り』

 無縁仏を弔った際に残った、感謝のしるし。

 死に際の無念より、優しき人に弔われたことによる喜びの想いが残り、結晶化した物質。

 この結晶を使用し物品や肉体を強化すれば、守りの力を増幅させることができる。

 使用の際には強化したいものに結晶を合わせて、念じれば成功することであろう。



 この異界において死したものは、人知れず朽ちていくことになる。

 その死は誰にも認知されず、誰にも看取られず……

 ゆえに、その死を嘆き弔ってくれる人の存在は、何よりも貴重で幸福なものなのだ。
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