「まさかこんな所でまた会える日が来るなんて、人生分からねえもんだ。……なあ? 負け犬?」
薬草採取の依頼を受け、洞窟へ向かっていたリリアたち。道中、ルナは物陰からこちらを窺う獣人の気配に気づき、仲間に知らせることなく、彼女は一人、その存在と向き合っていた。
「あれからもう何年だ? まさかあの負け犬が、今でも渋く生きてるなんて夢にも思わなかったぜ、ハハハハ!」
獣人の男は、ルナと出会った事に大きく笑う。しかしその笑いに純粋な喜びはなく、たっぷりの悪意が詰め込まれていた。
「そういやお前、奴隷の首輪してるよな? ぶはっ! なんだよ、やっぱり里を出た後誰かに買われたのか? ああ、その首輪似合ってるぜ、負け犬のお前にはそりゃあもう!」
「……」
嗤い、貶め、蔑む。弱者を徹底的に見下し、悦に浸る。それがこの男の本質だった。
「……それで、要件は?」
「あん?」
だが、ルナは男の悪意に屈しなかった。
「要件は? 無いなら失せろ」
否、そもそも効いていない。眼中にすらない。
「テメェ……」
「さっきからお前の言っている事は意味不明。あと、お前の事なんてルナは知らない」
ルナにとって男は赤の他人で、男の吐く言葉に耳を傾ける価値なんて無かった。
「いいぜ、お前がその気なら、いっぺんお灸を据えてやる」
「そう……」
男が全身に闘気を滾らせる。それを見てルナも、背負っていた大剣を手に取り、構える。
「おいおい、そんな玩具で戦う気かよ?」
「……」
「まあいいぜ、お前をボコボコにするついでに……」
直後、男の姿が一瞬ブレて、
「その玩具もぶっ壊してやるよ」〈
次の瞬間、男はルナの眼前まで迫ってきていた。
「くっ───カハッ!?」
男が放った拳の一撃に、ルナは剣を盾に防ごうとするも吹き飛ばされる。
「ハハッ! 弱え弱え!」〈
吹き飛んだルナに、男は追撃しに掛かる。
「ッ、このっ!」
させじとルナは牽制目的で大剣を振り回すが、男は攻撃の隙間を縫うように潜り抜け、彼女の鳩尾を一突きする。
「ぐぅッ!」
「すっトロいなァ!」〈
急所を受けて怯む隙に、男は彼女の腕を掴み掛かる。
「───ッ!」
瞬間、ルナの脳裏に予感が過ぎった。
このまま腕を掴まれたら、抗う間もなく握り潰される。そんな予感を。
(させるか!)
ルナは痛みを堪えて急いで間合いを取る。間一髪の所で、男の掴みから逃れる事が出来た。
「ちぇっ、そう上手くいかないか」
男は掴み損ねた事を口惜しそうにするが、言うほど不満げには見えなかった。
「……今の技」
「ハハッ、流石に分かるか」
それも当然だろう。
「そうだ。これまでの技は全て百獣奥義……お前が必死こいて身に付けようとして、結局出来なかった代物だよ」
なにせ男は、半分
「分かったか? これが格の違いだ。力も弱い、魔法も使えない。
男は徹底的にルナの心を折りに掛かる。戦意を失ってくれれば、分かり切った戦いをしなくて済むし、なにより自分が悦に浸れるからだ。
「……そう」
そして、それに対してルナが取った行動は、剣を下ろす事だった。
「お? なんだ、諦めたのか?」
あっさり降参するんだなと、男な内心意外に思う。……それは、大きな間違いだった。
「やっぱり、まだ使いこなせない」
「あ?」
「本当は
ルナは大剣を丁重に、とてもとても大事そうに地面へ置くと、男の方へ向き直る。
「仕方ないから、
そして拳を固めて、構えを取った。
「……はんっ、玩具の次は
男はつまらなそうに鼻で笑う。
「俺もやる事があるし、さっさと終わらせたかったんだが、仕方ねえか」
そしてさっきと同じように姿が一瞬ブレて、
(徹底的に嬲ってやるよ)〈
直後にはルナの眼前まで迫り、必殺の拳が放たれていた。
「それは
ルナはその拳に手のひらを軽く添えて、
〈打ち払い〉
〈熊受け〉
〈拳逸らし〉
〈ストライクパリィ〉
あっさりと、受け流した。
「……は?」
「隙あり」〈閃突〉
呆気に取られ、ガラ空きとなった男の胴に、ルナは拳を穿った。
「ガハッ……!」
その拳が命中する。先ほどとは打って変わり、今回は男の方が吹き飛んだ。
「ッ、クソがァ!」〈
反撃された男は、怒りのままに肉薄する。
あらゆる猛攻を掻い潜り、相手の懐に入り込んで急所を当てる
「それも見た」〈迎え撃ち〉
〈カウンターストライク〉
〈先撃〉
〈蛇落とし〉
〈拳止め〉
「ぐぉっ!?」
それをルナは、カウンター狙いの一撃で難なく対処し、逆に男の頬を殴り飛ばして見せた。
「くっ……!」
異常な事態に男は動揺を隠せず、思わずルナから距離を取っていた。
「はぁ、はぁ……なんだ、何をしやがった!?」
「別に何も、ただ
それは男にとって、到底信じられる話じゃ無かった。
「バカ言うな! テメェが使える程度の武技で、俺の百獣奥義が破れる訳ないだろ!」
百獣奥義は、スキルの中でも上位の強さを誇る技。それは男の自惚れでもなんでもない、純然たる事実だった。
獣人特有の高い身体能力と、洗練された武。その二つを兼ね備える必要のある百獣奥義は、それ相応に破られ難い。生半可な武技では、獣人由来のパワーか技量の高さで押し負けてしまう。
……しかしそれは、生半可な武技を普通に使っていたらの話だ。
(それに武技だと? そんな訳ない。アレは完全に百獣奥義を……たったの一つの技に対処する為だけにある動きだった!)
男は期せずして正解を言い当てていた。
ルナは武技を扱う天才だった。高い身体能力が必須な百獣奥義との相性が悪かっただけで、それ以外の大抵の武技はあっという間に修得できた。
ルナは途轍もなく器用だった。どういう技を使えば相手の技に対応できるかを瞬時に見抜き、それを手持ちの武技を組み合わせて実現する事が出来た。
……百を超える武技を組み合わせて、相手の技をメタる。それがルナの戦闘スタイルだ。
(剣を使う時でも、これぐらい動きたいな)
なお、その才が適用されるのは徒手空拳だけだったりする。
「来ないなら、こっちから」
「く、くそっ!」〈
猛スピードで迫ってくるルナに対し、男は両腕を前に出して、守りの姿勢に入る。
(どんな術を使おうが、この守りを突破できる訳が無い! 攻撃を受け切った後にカウンターを)
〈鎧砕き〉
〈貫当〉
〈震撃〉
〈アーマースマッシュ〉
〈シールドブレイク〉
「……カハッ」
これまで、どんな攻撃も受け止めてみせた男の技を、ルナは一瞬で攻略して見せた。
「あ、がっ」
「これでおしまい」
「ま、待て! 待ってくれシィラ!」
とうとう膝をついてしまった男は、口早で命乞いをする。
「頼む、殺さないでくれ! む、昔のよしみで、見逃しちゃくれないか?」
「……」
「ほ、本当に覚えてない訳ないよな? 俺だ、ガァロだ。シィラ、お前が昔追放された里に居た、あのガァロだよ」
「……」
ルナは何も言わない。男を見下ろす目には憎悪も無ければ殺意も無く、ただ無が広がるばかり……それが男には、堪らなく恐ろしかった。
「わ、悪かった! 里でお前にやってきた事は謝る! お詫びになんでもする!」
とにかく何か反応が欲しくて、男は必死に言葉を紡ぎ続けた。
「そ、そうだ! お前奴隷なんだろ? 恐らく、さっきまで居た奴らの……お、お前を奴隷の身から解放してやる。アイツらを殺して、首輪の鍵を」
「は???」
……それが、彼女の逆鱗に繋がるとも知らず。
「ぐぇっ!」
「お前、なんて言った?」
ルナは男の首を掴み、持ち上げる。これまでと違い彼女の紅い目には、きちんと男が映っていた。
「あ゙、ぐぁ」
「殺す? ご主人様を? ……させない」
ゴウゴウと、瞳の中で真っ黒な炎が燃え盛る。
「させない、させない、させない! お前なんかにご主人様は指一本触れさせない! その前にルナがお前を殺す! 殺す殺す殺す死ね死ねシネ!!!」
目の前の存在を許すな。愛しい愛しい
「シネシネシネシネシネ!!!」
それでもルナは止まらない。止められない。そんな事より彼女の安否の方が大切で、それ以外に大切な物なんて無いからだ。
「シネ、シネ、シネ……ぁ」
ポタリ、ポタリと、頬に真っ赤な雫が落ちてきて、ようやく気付く。
「ーーー」
男はもう、とっくに死んでいた。首を絞められた時点で息絶えて、そうとは知らずに力を込め続けた事で指先が喉を突き破り、出血していたのだ。
「……ああ」
その事に気付いたルナは、心からの安堵の笑みを浮かべた。
「よかったぁ」
「……少し、時間が掛かり過ぎちゃった」
戻るのが遅いとリリアが心配してしまう。それはいけないと、ルナは後ろを向いて、足早でその場を去り始める。
「はいストーップ」
そんな彼女の進路を防いだのは、ルーチェだった。
「……ルーチェ? なんでここに」
「戻るのが遅いから様子を見に来たのよ。案の定の有様だし……リリアを置いてきて正解だったわ」
ルーチェは、ルナの後ろにある死体を見やる。
「ソレ、どうしたの?」
「ルナ達の後をついて来てたから、一人になっておびき出した。そしたらご主人様を殺すって言ったから、殺した」
「……それで、そいつの目的は聞いたの?」
「目的?」
「はぁ〜……あのねぇ、理由もなく後をつけてく奴なんて居る訳ないでしょ? そいつは、何かを企んで私達に近付こうとしたのよ。それを聞かないで殺しちゃったら、この後どう動けば良いか分からなくなるでしょ」
「むぅー」
折角リリアを守れたのにお小言を沢山言われて不満げなルナだが、ルーチェの言っている事も理解できる為、何も言い返せなかった。
「それとっ!」
ルーチェはビシッと、ルナの腕に向かって指を差す。
「戻るのは、その血を洗ってからにしなさい!」
「……分かった」
完璧に言い負かされた(戦えてすらいない)ルナは、渋々と近くの川まで歩き始めるのだった。
ご主人様は、ルナの月。いつでもルナの事を見てくれる、世界でたった一つの存在。
だからルナも
ご主人様はルナが守る。ご主人様を害する奴らは全員殺す。例え親兄弟、知り合い、ルーチェやソレイユでも殺す。殺し尽くしてやる。
───ご主人様はルナの
あなたは相手の事をどう思っていますか?
(リリア×ルナ編)
【勇者ちゃんの場合】
ルナは、ボクが冒険者になってから初めて出来た仲間で……最初で最後になるボクの奴隷だよ。奴隷の存在は前世の知識で知ってたけど、やっぱり直で見ると辛いものがあったね。けど、だからこそ、その中に居たルナがボクには輝いて見えて、衝動的に彼女が欲しくなっちゃったんだ。……あ、別に奴隷が良い訳じゃないよ!? ルナの事は頼りになる仲間だと思ってるし、出来るなら奴隷の身から解放してあげたいとも思ってる。まあ、何故かルナは奴隷のままで良いって頑なに言ってるけど。……うん、好きだよ? 歳下だからかなぁ、時たまルナが妹みたいに感じるんだよね。
ありがとうございます。
【戦士ちゃんの場合】
ルナのご主人様。初めは、ルナを見てくれる唯一の人だから惹かれてた。けど、今は少し違う。今は、ご主人様さえ居れば良いと思ってる。それ以外はいらないし、興味も無い。ああでも、ご主人様に悪い事をしようとする奴らだけは許さない。居たら全力で殺す。そのせいでルーチェには文句ばかり言われるけど。……なんで得意な素手より大剣を使うか? だって、この剣はご主人様がルナに最初にくれた物。凄いって、褒めてくれた物だから、それで強くなりたい。強くなって、ご主人様の想いに報いたい。……ご主人様は好きか? 当然、好きに決まってる。どんな関係でも、ご主人様の隣に居られるなら、それがルナの幸せ。けど、出来るならご主人様の奴隷のままで居たい。ご主人様の所有物だって実感できて、安心するから。
ありがとうございます。