「 キヴォトス 等身大ザク 男子校 私 」 作:おおおユウゴ
森見登美彦先生の文体が好きなんです。なのでどうか、よしなに!
## 第二話 オートマタと風紀委員と傍迷惑な色恋沙汰(?)
パトカーは、私の目の前で、キュルキュルと派手なタイヤ音を立てて急停止した。その運転の荒々しさは、まるで獲物を見つけた猛禽のようだ。そして、運転席のドアと、後部座席の両側のドアが、ほぼ同時に開かれた。中から現れたのは、三人の人影であった。
まず、運転席から颯爽と降り立ったのは、凛とした、しかしどこか近寄りがたい雰囲気を纏った少女であった。
黒々とした長髪、同じく漆黒の翼。怜悧な美貌には、いささかの妥協も見られない。彼女が身に纏うのは、正義実現委員会の制服。頭上には、細く赤い線で描かれたような、しかし確かな存在感を放つヘイローが浮遊している。羽川ハスミ嬢。確か、まだ一年生のはずだ。同学年でありながら、この威圧感。流石はトリニティの風紀を司る組織である。しかも、あのアルファ・ロメオをこれほどまでにアグレッシブに乗りこなすとは……見かけによらず、なかなかのドライビングテクニックをお持ちのようだ。
「貴方が、管轄区域内を徘徊しているという、所属不明の人型機動兵器……で、お間違いないですね?」
ハスミ嬢は、鋭い、しかしどこか憂いを帯びた赤い瞳で、私のザクスーツを頭のてっぺんから爪先まで、じろりと検分するように見つめてきた。その声は、鈴を転がすよう、というよりは、むしろ研ぎ澄まされた刃が擦れ合うような、冷徹な響きを帯びている。
「あ、いや、これはその……」
私はしどろもどろになる。元来、私は男子校育ちの朴念仁、女子と話すのはどうにも苦手なのだ。ましてや、こんな武装した美人(しかも明らかにこちらを不審者扱いしている)を前にしては、途端に口が回らなくなり、脳みそは茹で上がったタコのように機能不全に陥るのである。
「プルガトリウムのNと申します。ちょっと、その、個人的な事情で……。武装というか、これはまあ、一種の、その、乗り物? みたいな……?」
自分で言っていて意味不明である。乗り物なら乗るものであって、着るものではないだろう。このスーツは紛れもなく私が着込んでいるのだ。馬鹿か私は。そんなに動揺しているのか。
ハスミ嬢は、私の怪しい弁明に眉ひとつ動かさない。そのポーカーフェイスぶりは、ラスベガスの熟練ギャンブラーもかくや、といったところだ。
彼女が追撃の尋問を開始しようとした、その時。後部座席から、ややゆっくりと、しかし優雅な動作で降りてきた二人の姿に、私の視線は(そしてハスミ嬢の視線も)引きつけられた。
現れたのは、これまた対照的な二人組であった。
一人は、ミレニアムサイエンススクールの制服に身を包んだ、銀髪に近い白い長髪の少女。紫色の瞳は理知的で、どこか悪戯っぽい光を宿している。手にはタブレット端末。その立ち居振る舞いは、洗練されており、一分の隙もない。生塩ノア嬢。セミナーの書記を務める才媛である。
そして、もう一人は……男子生徒?
彼もミレニアムの制服を着ているが、どこか着崩しており、その雰囲気は陰鬱そのもの。整った顔立ちではあるが、その目には深い諦観と倦怠の色が浮かび、まるでこの世の全ての面倒事を一身に背負っているかのようだ。太宰治が現代に蘇り、キヴォトスで学生をやっていると言われても、私は信じてしまっただろう。彼が誰なのか、私は知らない。ただ、その陰気なオーラは、私の同類(?)であることを雄弁に物語っている気がした。
「羽川さん、こちらが例の……?」
ノア嬢が、優雅な仕草で私(のスーツ)を指し示し、ハスミ嬢に尋ねる。
「ええ、おそらくは。プルガトリウム男学校の生徒、Nと名乗っていますが……」
ハスミ嬢は、私への警戒を解かずに答えた。彼女はノア嬢と陰鬱男子生徒の素性を既に知っているのだろう、特に驚いた様子は見せない。どうやら、この三人は何らかの目的で行動を共にしているらしい。
「プルガトリウム……」
ノア嬢は、ふむ、と興味深そうに私を見つめる。その紫色の瞳は、まるで私のスーツの装甲を透かし、内部構造、果ては私の昨日の夕食までも見透かしているかのようだ。居心地が悪い。
隣の陰鬱男子生徒は、そんな我々のやり取りにも全く興味を示さず、ただ気だるげに空を仰いでいる。ああ、帰りたくなってきた。ラーメンでも食べて、自室でふて寝したい。
「Nさん、でしたね」ハスミ嬢が、再び私に向き直った。「単刀直入に伺います。貴方は何故、トリニティの管轄区域に、そのような異様な武装をして現れたのですか? 目的は何です?」
鋭い追求。まさに正義実現委員会。私の額(スーツの中の生身の額)に、じっとりと嫌な汗が滲むのを感じた。アビドスでの任務のことなど、口が裂けても言えるはずがない。と、隣のノア嬢が、陰鬱男子生徒――津山君に、楽しげに囁き始めたではないか。
「(ふふっ、津山さん。随分と面白いことになっていますね。プルガトリウムの方の、あの慌てよう……まるで、罠にかかった狐のようです)」
狐とは失礼な。私は兎だ。寂しがり屋の。いや、今はそんなことを考えている場合ではない! 尋問に答えねば!
「え、ええと、それは……先ほども申し上げた通り、アビドス方面に少々野暮用がありまして……その帰り道でして……。このスーツは、まあ、その、個人的な趣味というか、コスプレ? みたいな……はは……」
我ながら、あまりにも苦しい言い訳である。全長二メートルのフルメタルコスプレとは、一体どこの世紀末覇者の所業か。これで誰が納得するというのか。隣の津山君は、相変わらずの低空飛行なテンションでノア嬢に答えている。
「(……別に、面白くはない。早く帰りたいだけだ)」
実に羨ましい。私も早く帰りたい。だが、ハスミ嬢の追及は止まらない。
「コスプレ、ですか?」ハスミ嬢は、美しい眉をひそめた。「その“コスプレ”で、公道を闊歩し、トリニティの生徒たちを不安に陥れていると? プルガトリウム男学校の教育方針は、いささか理解に苦しみますね」
手厳しい。そして痛いところを突いてくる。教育方針というか、個人の暴走なのだが、それを説明するのもまた面倒だ。ああ、隣ではノア嬢が懲りずに津山君を誘っている。
「(あら、つれないですねぇ。せっかくトリニティまで調査に来たのですから、もう少し楽しみませんと。……そうだ、この後、美味しいケーキ屋さんでも……)」
ケーキ! なんと甘美な響き! 私も食べたい! いや、今はそれどころではない! 尋問! 尋問に集中せねば!
「いえ、決して不安に陥れようなどとは……! これは、その、安全には配慮しておりまして……」
「安全? そのような物騒な鉄塊が、ですか?」ハスミ嬢は、ふん、と鼻を鳴らした。ああ、津山君は誘いを断っている。見上げたものだ。私なら二つ返事で行くのに。
「(……今は、そういう気分じゃない)」
津山君は、気だるげに、しかし心なしかほんの少しだけ視線を泳がせながら、誘いを断る。その無表情の仮面の下で、ほんの僅かに動揺の波紋が広がっているのを、隣に立つノア嬢が見逃すはずもなかった。あるいは、彼女は彼のそういう、些細な反応を楽しむために、わざと誘いをかけているのかもしれない。実に悪戯好きな才媛である。
ケーキを断る男がいる横で、私は説教を受けている。 なんたる不条理。
「貴校……プルガトリウム男学校と、我々トリニティ総合学園の関係性は、貴方もご存知のはずです。我々は天上の輝きを目指し、貴校はその過程にある試練と浄化を司る……いわば、我々が至るべき高みへの中継地。故に、その生徒である貴方が、このトリニティの地で不穏な行動をとることは、断じて看過できません」
ハスミ嬢の口から紡がれる言葉は、まるで古の叙事詩の一節のようだ。曰く、トリニティは天上の輝き、プルガトリウムはその試練と浄化、中継地、云々。
なるほど、つまり我々プルガトリウムの男子生徒どもは、RPGで言うところの中ボスか、あるいは経験値稼ぎ用の雑魚モンスターのような役割を、彼女たちトリニティのお嬢様方の輝かしい冒険譚において、ありがたくも拝命しているというわけか。実に光栄の至りである。
我々が日々流す汗と涙と、時折飛び散る火花が、彼女たちのレベルアップに貢献しているのだとすれば、それもまた一興。どうせなら、もっと手強い「試練」となって、彼女たちの成長を促してしんぜようではないか。……まあ、その結果、トリニティにご迷惑をおかけして、後でこっ酷く叱られるのがオチなのだが。これもまたプルガトリウム生の宿命(カルマ)であろう。ああ、不憫!
私がそんな、男子校特有の自虐と開き直りが入り混じった、実に不健全な思考に耽っている間にも、隣の別世界では、ノア嬢と津山君による、何やら高度にして甘美なる言葉の応酬が繰り広げられている。
「(ふふ、照れてらっしゃるのですか? 津山さん、耳、赤くなってますよ? 可愛いですね)」
ノア嬢は、彼の内心を見透かしたように、楽しげに囁く。指摘された津山君は、わざとらしく、長ァいため息をついた。まるで「やれやれ、また始まったか」とでも言いたげに、少しだけ肩をすくめ、気だるげに自身の(やや乱れた)前髪を無造作にかき上げる。その仕草は、内心の動揺を糊塗するための、彼なりのポーズなのかもしれない。しかし、その白皙の頬に差した微かな赤みと、隠しきれない耳の熱は、彼の平静が決して盤石ではないことを、雄弁に物語っていた。ふん、と鼻で笑って見せたいところだろうが、生憎と赤面症は誤魔化しようがないらしい。まったく、人間とは難儀な生き物だ。私も含めて。
「(……ノアも、瞳孔がいつもより数ミリ大きいな。あれ? この発言キモいかしらん)」
津山君、照れ隠しか、あるいは本心か、反撃に出た! しかも瞳孔の大きさとは! なんともミレニアムらしい、理系的(?)口説き文句! キモいかどうかはさておき、私には一生かかっても出てこないセリフだ! この差は一体どこから来るのか! 生まれか育ちか、あるいは摂取しているカフェインの種類か!
「(ふふふ。どうでしょう? そんなに私の目を見ていたんですね、津山くん?)」
「(綺麗なものは好きだ。ノアの目は、綺麗なだけじゃあないから、ますます好きなんだ)」
「(目が、ですか?)」
「(体のともしびは目である──と、侏儒の言葉にあるね)」
「(もう、エッチな人になりたいんですか? 津山くん)」
「(君となら失楽園となっても、悪くないね)」
も、もうダメだ……! 私の精神の堤防は決壊寸前だ!
目の前では厳格なる風紀委員による、正論という名の槍が降り注ぎ、隣ではインテリジェンスとエロスが融合したかのような、高度な言葉遊びが展開されている! この圧倒的な情報量! この奇妙なコントラスト! まるで、荘厳なクラシックコンサートの会場で、隣の席の客が延々と官能小説を朗読しているかのようだ! 誰か助けてくれ!
ハスミ嬢の尋問は、しかし、そんな私の内心の叫びなどお構いなしに続く。
「……それで、Nさん。貴方のその『コスプレ』が、最近トリニティ周辺で頻発しているオートマタ暴動と、何か関係があるという可能性は?」
「えっ!? お、オートマタ暴動!? い、いえ! 全く関係ありません! 断じて!」
私は慌てて首を横に振る。オートマタ暴動? それは初耳だ。だが、もしそんな事件が起こっているのなら、私がこんな格好でうろついていたのは、ますますまずいではないか! しかも、その話題の最中に隣で失楽園の話とは! この温度差! 風邪をひきそうだ!
「ほう……。関係ない、と?」ハスミ嬢は、疑念の目を細める。「しかし、貴方のそのスーツ……失礼ながら、どこかオートマタに通じる無機質さを感じます。本当に、無関係であると証明できますか?」
「そ、それは……!」
証明? どうやって? スーツを脱いで見せるわけにもいかないし……。私が再び窮地に陥っていると、ノア嬢が、ふわりと会話に割り込んできた。まるで、隣の甘い囁きなど最初から存在しなかったかのように、完璧な笑顔で。
「羽川さん、その件でしたら、我々ミレニアムの方でも情報を掴んでおります。このNという方は、オートマタの騒動とは関係ないでしょう」
「ノアさん……?」
「今回のオートマタ暴動には、ミレニアム製の旧式パーツ、あるいは非正規ルートで流出したパーツが悪用されているとおもわれます。ですが見る限り、Nさんのそれは、ミレニアムのものとは別物でしょう。オートマタの件で、私たちもセミナーとして、その調査のために、本日こちらへ伺った次第でして。……隣の彼は、シャーレ所属の津山さん。同様の目的で調査に協力してくださっています」
ここで初めて、あの陰鬱男子生徒――津山、とか呼ばれていたか?――の所属がシャーレであることが明かされた。シャーレ! 連邦生徒会直轄の、あの超法規的組織! まだ『先生』は赴任していないはずだが、既に活動は開始しているのか。しかも、こんな陰気な男(失礼)が所属しているとは……。いったい何者なのだろうか、彼は。
「シャーレとミレニアムが……? なるほど、それで私の方に送迎の話が」ハスミ嬢は、特に驚いた様子は見せず、むしろ納得したように頷いた。「でしたら、話は早い。Nさん、貴方にもご協力いただきたい。このオートマタ暴動について、何か心当たりはありませんか? 例えば、アビドス方面で、不審なオートマタの目撃情報などは?」
アビドスでのオートマタ……? いや、ビナーは巨大な機械竜だったが、人型ではなかった。他には……特に記憶にない。私は必死に記憶を探るが、隣の二人の会話がノイズのように思考を邪魔する。
「(……それにしても、Nさん、でしたっけ。あのスーツ、興味深いですね。後でデータを頂戴できませんでしょうか? 解析してみたいです)」
私のスーツのデータ!? 解析!? やめてくれ! 素人がガラクタを寄せ集めただけの代物だぞ!
「(……好きにすればいい。だが、あまり深入りするなよ。面倒事はごめんだ)」
津山君、ナイス! と思ったのも束の間。
「(あら、心配してくださるのですか? 嬉しいですわ、津山さん)」
「(……そういうわけじゃない。ただ、合理的に考えて、リスクが高いと言っているだけだ)」
「(ふふ、合理、ですか……。貴方のそういう、不器用なところも……素敵ですよ?)」
「(……っ! だから、そういう言い方はやめろ……!)」
もう本当にやめてくれ! 頼むから!
私の胃袋が、ぐう、と情けない音を立てた。空腹と、このカオスな状況による精神的疲労のダブルパンチである。
「……Nさん? 聞いていますか?」
ハスミ嬢の、かなり苛立ちを増した声で、私は三度(みたび)、現実へと引き戻された。
「は、はい! 聞いております!」
「本当ですか? 顔色が優れませんが……。どこか具合でも?」
「い、いえ! 大丈夫です! 絶好調です!」
私は、もはや引きつりきった笑顔で答えるしかなかった。
ハスミ嬢は、心底訝しげな表情で私を見つめ、ノア嬢は、全てお見通しとばかりに楽しそうに口元を綻ばせ、津山君は、相変わらずの無表情で、しかしどこか、「お前も大変だな」と同情するような目で、私を見ていた気がした。
キヴォトスに来てからというもの、私の人生は常にこんな調子である。面倒事に巻き込まれ、女子に振り回され、そして常に空腹。果たして、私の平穏な(ラーメン中心の)日常は、いつになったら訪れるのだろうか。先は、あまりにも長い。長すぎる。