「 キヴォトス 等身大ザク 男子校  私 」   作:おおおユウゴ

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第三話 鉄屑、少女を抱いて空を駆ける

 

 

さて、私の胃袋が奏でた、あまりにも間抜けで、しかし切実極まりない悲鳴の後である。事態は、私のあずかり知らぬところで、刻一刻と悪化していたらしい。

曰く、トリニティ周辺で頻発するオートマタ暴動。

曰く、その背後にちらつくミレニアムとシャーレの影。

曰く、それら全てに関与しているやもしれぬ、私のこの珍妙極まりない鉄屑(スーツ)

そして、まさにその時、私の胃袋の悲鳴をかき消すように、ハスミ嬢の耳元でインカムがけたたましい電子音を鳴らしたのである!

 

「──! はい、羽川です!」

 

ハスミ嬢は即座に応答する。その表情が、先ほどまでの冷静なそれから、一気に険しいものへと変わっていく。

 

「なに……? オートマタの数が予想以上に多い、ですって!? ……応援要請? ……しかし、付近で即応可能な部隊は……! ……了解。直ちに現場へ向かいます!」

 

通信を終えたハスミ嬢の顔には、焦りの色が浮かんでいた。彼女は、ちらりと私と、その隣で何やら甘ったるい会話を続けている(!)ノア嬢と津山君を一瞥し、そして意を決したように私に向き直った。その赤い瞳には、困惑と、逡巡と、そして……ほんのわずかな、藁にもすがるような期待の色が宿っていた。

 

「Nさん」その声は、先ほどよりも切迫している。「状況が悪化しました。オートマタの数が想定を上回り、現場の部隊だけでは対処しきれない可能性があります」

彼女の視線は、明らかに私のこの異様な『コスプレ』に向けられている。

「不本意ではありますが……緊急事態です。トリニティの生徒として、民間人……いえ、他校の生徒にこのようなお願いをするのは心苦しいのですが……」

ハスミ嬢は一瞬言葉を切り、そして、きっぱりと言い放った。

「貴方のその戦闘能力……いえ、『コスプレ』の力をお借りしたい! オートマタの鎮圧に、ご協力願えませんか!?」

 

有無を言わさぬ、というよりは、もはや悲壮感すら漂う協力要請。断る、という選択肢は、もはや私の辞書には存在しなかった。いや、そもそも私の辞書は都合の良い言い訳と現実逃避の項目で大半が埋め尽くされており、「断固拒否」などという勇ましい言葉は、インクの染みレベルでしか記載されていないのである。こうして私は、半ば強制的に、半ば自業自得で、トリニティのオートマタ掃討作戦の渦中へと、否応なく足を踏み入れることとなった。ああ、我が人生、常に流されるまま、漂う木の葉の如し。せめて流される先が、美味いラーメン屋であれば良いのだが。

 

傍らでは、ノア嬢が「ふふ、面白くなりそうですね」とどこか他人事のように優雅に微笑み、津山君は「……結局、面倒事に巻き込まれるのか」と、この世の終わりのような顔で深いため息をついている。全く、温度差が激しすぎる。

 

「オートマタの出現地点は、ここから北東へ約500メートル。数は……現在も増殖中、二十体を超える可能性あり! 建造物への被害が拡大しています! 急行します!」

ハスミ嬢は、テキパキと状況を説明し、指示を出す。その姿は、一年生とは思えぬほど頼もしい。私も、もはや観念するしかない。

「りょ、了解……」

私は、情けない返事を返しつつ、ザクスーツの関節(ジョイント)をギシリと軋ませた。やるからには、やるしかない。プルガトリウム魂(という名の、やけっぱち精神)を見せてやろうではないか。

 

「ノアさん、津山さん、後方の支援及び情報分析をお願いします!」

「お任せください。戦域ネットワークへの接続を開始します」ノア嬢はタブレットを操作し、冷静に応じる。

「……了解。データリンク、確立」津山君も、気だるげながら即座に頷き、自身の端末を操作し始めた。その指捌きは、意外なほどに速く、正確だ。

 

ハスミ嬢は私に目配せすると、パトカーに再び乗り込む……のではなく、そのまま走り出した! その俊足たるや、トリニティの黒き疾風(ブラックウィンド)! 私も慌てて、脚部スラスターを軽く噴射させ、後を追う。カッポカッポ、シュゴーッ! 鋼鉄の足音と噴射音が、トリニティの美しい街並みに不釣り合いに響き渡る。ああ、また注目を集めてしまう……!

ノア嬢と津山君は、パトカーに乗り込み、後方から我々を追いつつ、情報支援を開始する手筈となった。車内には、彼らが持ち込んだであろう、様々な分析機器が設置されているに違いない。

 

───

 

**【戦闘前夜──あるいは昼下がり──観測者たちの邂逅】**

 

その少し前、オートマタが暴れ出す直前の広場。

トリニティ中等部の生徒、下江コハルは、補習授業の課題に必要な資料を探しに、普段はあまり足を踏み入れない地区の図書館へ向かう途中であった。春の午後の陽気とは裏腹に、彼女の心は重かった。また赤点を取ってしまったこと、同級生たちに置いていかれる焦り、そして何より、自分の不甲斐なさに対する自己嫌悪。そんな鬱々とした気分で歩いていると、不意に、前方からけたたましい金属音と、人々の短い悲鳴が聞こえてきた。

 

「ひゃっ!? な、何!?」

 

見ると、広場の向こうから、銀色に鈍く光る機械の群れ──オートマタが、レーザーを乱射しながらこちらに向かってくるではないか!

「お、オートマタ!? な、なんでこんなところに!?」

コハルは完全にパニックに陥った。逃げなければ、と思うのに足がすくんで動けない。周囲の人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、彼女はただ立ち尽くすばかり。

「あ……あわわ……ど、どうしよう……!」

 

涙目で狼狽するコハルの腕を、不意に誰かが掴んだ。

「──危ないっ!」

凛とした、しかしどこか疲れたような響きを持つ声。振り返ると、そこには、同じトリニティの制服(しかし明らかに上級生のもの)を着た、清楚な雰囲気の少女が立っていた。緩やかにウェーブのかかったピンク色の髪、整った顔立ち。一見すると完璧な優等生だが、その瞳の奥には、周囲の期待や学内のしがらみに倦み疲れたような、深い影が落ちている。

 

「え? あ、あの……あなたは……?」コハルは戸惑う。

「……今は説明している時間はありません。こちらへ!」

少女──浦和ハナコは、有無を言わせぬ力でコハルの腕を引き、近くの建物の頑丈そうな柱の影へと素早く身を隠した。なぜ見ず知らずの後輩を助けたのか、ハナコ自身にもよく分からなかった。ただ、目の前の危機に対して、体が勝手に動いた。あるいは、心のどこかで、このままオートマタの攻撃に巻き込まれてしまっても構わない、というような、投げやりな気持ちがあったのかもしれない。鬱屈した日常からの、唐突な『解放』への、無自覚な渇望。

 

「ひぃぃっ!」コハルは短い悲鳴を上げ、ハナコにしがみつく。

「……大丈夫。ここは比較的安全なようですし……それに、ほら」

ハナコは、柱の影からそっと広場の方を指さした。そこでは、まさに今、青黒い鋼鉄(はがね)の巨人が現れたところだった。

「まあ……! あれは……? プルガトリウムの……?」ハナコの瞳に、わずかに好奇の色が浮かぶ。普段、彼女が関わることのない、異質な存在。

「あ、あの……」コハルが、おずおずと声をかける。「あ、ありがとうございます……助けていただいて……。私、下江コハルって言います……」

「……浦和ハナコです」ハナコは、コハルに向き直り、努めて穏やかな笑みを作った。「大丈夫でしたか、コハルさん?」

「は、はい……! あの、ハナコ、先輩……?」

「ええ」

初対面のはずなのに、なぜか波長が合うような、不思議な感覚。コハルは、助けてくれた上級生の、儚げで、どこか危うい美しさに目を奪われ、ハナコは、必死にしがみついてくる後輩の、素直で分かりやすい反応に、ほんの少しだけ心が和むのを感じていた。二人は、目の前で繰り広げられる非現実的な戦闘風景から、しばし目が離せなくなっていた。

 

───

 

**【戦闘描写パート - 三人称視点】**

 

トリニティ総合学園の美しい街並みの一角が、無機質な硝煙と金属音に蹂躙されていた。かつては生徒たちの談笑で満たされていたであろう広場は、今は暴走した警備用オートマタの群れによって占拠されている。多脚をカシャカシャと蠢かせ、搭載された低出力レーザーや実弾兵器を無差別にばら撒く機械の獣たち。平和な学園都市には不似合いな、しかしキヴォトスでは日常茶飯事とも言える光景だ。

 

後方、路肩に停車した正義実現委員会のパトカー内。ノアはタブレットに表示される戦況データを冷静に見つめ、津山は隣でラップトップPCのキーボードを高速で叩いていた。

 

『ノアさん、津山さん、現場に到着。これより戦闘を開始します!』ハスミからの通信が入る。

「了解しました、羽川さん。Nさんも」ノアはマイクに優雅に応答する。「敵集団の右翼、三時の方向に比較的大型の個体を三体確認。動きが他と異なります。おそらく指揮系統に関与している可能性が。優先目標として推奨します」

『……了解。Nさん、聞こえますか? 大型個体を叩きます! 羽川さん、援護を!』

「お、おう! 任せろ!」Nからの、やや上擦った返信。

『承知しました。Nさん、私が一体を引きつけます。残りの二体を!』ハスミの冷静な声が続く。

 

広場に、青黒(ブルーブラック)の鋼鉄の塊が、疾風の如く突っ込んだ。プルガトリウムのNが装着する等身大ザクスーツである。肩部のスパイクアーマーや、脚部の動力パイプを思わせる意匠が、見る者にミリタリー的な無骨さと威圧感を与える。頭部で、ブゥン、と底冷えする駆動音を立ててモノアイが回転し、その赤い光芒(こうぼう)が前方の敵集団を捉えた。

 

「うおおおっ!」

 

Nの(やや情けない)雄叫びと共に、ザクは脚部スラスターを低空で噴かし、舗装路をスケートのように滑走する。その両手で構えるは、見るからに物騒な火器──Nが『等身大ザクマシンガン』と呼称する、カスタムメイドの銃器だ。特徴的な円盤状のドラムマガジンが上部に鎮座し、銃身下には横向きのフォアグリップと、オプションであろうグレネードランチャーが増設されている。さらに、銃身からは斜め横上向きに円形の光学照準器(ドットサイト)が伸びており、素人がガラクタから組み上げたにしては、異様なまでに本格的な、そして殺意の高い外観を呈している。

しかし、その真なる姿は、トリニティのお嬢様方が聞けば卒倒しかねない、12ゲージフルオート・ドラムマガジンショットガンという、近距離における面制圧に特化した、まさに悪魔的な破壊力を秘めた代物なのであった。

 

狙いは、ノアが指摘した大型個体。ハスミが正確な狙撃で一体の注意を引きつけている間に、Nは残る二体へと肉薄する。ザクのモノアイが再び駆動音を立て、ターゲットをロックオン。赤い光が、無慈悲な宣告のように対象を照らし出す。そして、引き金を引いた。

 

ドンドンドンドン!! ドドドンッ!!

 

連続的な、しかし一発一発が腹に響くような重厚な発射音が、広場に轟いた。それは軽機関銃の甲高い連射音とは明らかに異なり、大口径の弾丸を叩きつけていることを如実に示す音だ。

厳ついマズルブレーキから吐き出されるマズルフラッシュと共に、12ゲージの散弾──バックショットの弾幕が、大型オートマタの厚い装甲を容赦なく打擲する。火花が激しく散り、分厚い装甲が凹み、ひび割れていく。

 

「硬ぇな、こんちくしょう!」

Nは悪態をつきながら、スラスターで急速接近。ショットガンを投げ捨てる勢いで背中にマウントし、腰のホルダーからヒートホークを引き抜いた。

 

ゴォォォッ!

 

赤熱した斧が唸りを上げる。オートマタの一体が迎撃のレーザーを放つが、Nはそれを紙一重で回避し、懐に飛び込む。

『Nさん、右の個体、ジェネレーターコアが剥き出しです!』ノアからの的確な情報。

「もらった!」

ブゥン! モノアイが瞬時に駆動し、弱点部位に赤い照準を合わせる。

Nは狙いを定め、ヒートホークを振り下ろす。高温の刃がジェネレーターコアを貫き、オートマタは内部から爆発四散した!

 

残るは一体。そのオートマタは、仲間がやられたのを見てか、複数のミサイルポッドを展開する。その数は夥しく、明らかにオーバーキルを狙っている。

『Nさん、ミサイル接近! 全弾回避は困難!』ハスミの切迫した声が通信機から響く!

「くそっ、弾幕薄くしてやる!」

Nは即座に反応し、背中にマウントしていたザクマシンガン(ショットガン)を再び構え直した。モノアイが素早く動き、飛来するミサイル群を次々と捕捉、赤い光点が明滅する。 彼は迷わず引き金を引く!

 

ドンドンドンッ!ドドドドンッ!!

 

12ゲージの散弾が扇状に広がり、ミサイルの弾幕へと叩きつけられる。数発のミサイルが空中で誘爆し、派手な爆発と煙を上げる! 同時に、Nは脚部と背部のスラスターを最大出力で噴射させ、爆風と残りのミサイルから逃れるように、不規則な回避機動を開始した。鋼鉄(はがね)の巨体が、まるでアクロバット飛行のように宙を舞う!

 

しかし、ミサイルの数はあまりにも多い。撃ち落とし、回避しても、なお数発がNのザクスーツへと吸い寄せられるように迫ってくる! ブゥン! モノアイが警報のように赤く明滅し、Nの網膜に回避不能を示すアラートが焼き付く! 回避しきれない! 爆風に巻き込まれれば、スーツへのダメージは免れないだろう。万事休すか──!?

 

『──電子妨害Execute(エグゼキュート)

 

その低い声は、Nのヘルメット内の通信機から響いた。後方のパトカー内で、津山がラップトップのエンターキーを叩いたのだ。彼がエンターキーを叩くと同時に、Nに迫っていた残りのミサイル群が、まるで意思を失ったかのような勢いで制御を失い、あらぬ方向へと迷走し、空中で実に間抜けな音を立てて自爆していった。

 

「……おぉっと、これはこれは! 大義! いやはや、まったく、今日の死神は随分と性急(せっかち)だ! ……礼を言うぜ、シャーレの陰気な兄さん!」

 

Nは、冷や汗(スーツの中の生身の汗)を拭う仕草をしながら、通信機に向かって、半ばやけっぱちに、しかし偽らざる感謝の念を込めてそう叫んだ。津山からの返答はない。ちっ、無視かよ。ただ、キーボードを叩く、カタカタという無機質な音が続くのみである。まったく食えない男だ。

体勢を立て直したNは、ミサイルを撃ち尽くし、丸裸同然となった最後の大型オートマタへと、先ほどの恐怖を怒りへと転化させ、猛然と突進する。ハスミも、引きつけていた一体を精密射撃で行動不能にし、Nの援護に回る。二方向からの攻撃を受け、最後の大型個体も、やがてその動きを完全に停止させた。

 

指揮系統を失ったのか、残りの小型オートマタたちの動きが明らかに鈍くなる。広場にはまだ十数体のオートマタが残っているが、もはや統率された脅威ではない。烏合の衆と化した機械人形の群れだ。Nは再びショットガンを構え直し、ハスミと共に残敵掃討を開始する。

 

「ハスミさん、左翼は任せた!」

『了解! こちらは問題ありません!』

 

Nはショットガンを連射し、群がる小型オートマタを薙ぎ払う。ハスミは冷静に一体ずつ、確実に頭部や動力部を撃ち抜き、数を減らしていく。

『Nさん、右前方、遮蔽物の影に二体! 熱源反応あり!』通信からノアの冷静な声が響く。

「見えてる!」

モノアイが素早く動き、標的を捕捉。赤い光が一瞬強く輝く。

Nは即座に反応し、ショットガンの射線を変更、遮蔽物ごとオートマタを粉砕する。

 

『羽川さん、敵の射撃パターンを分析。五秒後、貴方の左側、時計塔の上から狙撃の可能性が高いです。回避行動を』

パトカー内から、津山の淡々とした声が通信で届いた。彼はラップトップの画面に表示された膨大なログデータを解析し、敵の行動を予測していたのだ。

『了解しました!』ハスミは即座に位置を変える。直後、彼女がいた場所にレーザーが着弾し、石壁を焦がした。

「……津山さん、分析感謝します」ハスミは短く礼を言う。

車内で、津山は無言で頷き、再びキーボードに視線を落とす。彼の画面には、膨大なログデータと予測アルゴリズムが表示されていた。目立たずとも、彼の分析が前線の二人を確実に支えている。

 

「羽川さん! 右翼から回り込みます!」

 

Nは通信で叫び、ザクの機動性(アジリティ)を活かして建物の影から影へと跳ぶように移動する。その動きは、重厚な見た目に反して、意外なほど軽快だ。

 

『Nさん、お待ちください!』ノアの声が制止する。『そのルートは危険です。サーマルセンサーに反応。角を曲がった先、三体の伏兵を確認。左手の建物の屋上を経由するルートを推奨します。クリアランスは確保済み』

「ちっ、了解!」Nは悪態をつきながらも、即座に進路を変更、スラスターを吹かして建物の壁を駆け上がり、屋上へと跳躍した。

 

直後、Nが避けようとした角から、三体のオートマタが飛び出してきた。ノアの予測通りだった。

『津山さん、敵増援のパターン照合は?』

「……ノア、該当エリアの過去ログ照合完了。データバンクのパターンと87%一致。敵の行動予測モデルを更新、転送する」津山の低い声が、淡々と情報を伝える。

『ありがとうございます。羽川さん、Nさん、最新の予測データを反映してください』

 

天上の輝きと煉獄の試練が、ミレニアムの叡智とシャーレの分析力に支えられ、図らずも連携を深めていく。なんとも奇妙で、しかし効果的な共同戦線ではないか。

 

屋上から広場を見下ろしたNの視界──モノアイのセンサーに、新たな状況が映る。中型のオートマタが三体。そして、その奥で──

 

「──っ!?」

 

多脚型のオートマタに組み伏せられ、必死にもがいている少女の姿があった。

プラチナブロンドに染められた髪を振り乱し、気の強そうな瞳でオートマタを睨みつけている。服装はトリニティの制服だが、ずいぶんと着崩しており、スカートの丈も心なしか短いような……。まさしく、絵に描いたような不良・ヤンキー少女である。彼女もまた、この騒動に巻き込まれたトリニティの生徒なのだろう。

 

『民間人を発見! 羽川さん!』

「こちらでも確認! Nさん、援護を!」

 

「危ない!」

 

Nは咄嗟に叫んだ。オートマタに狙いを定めるよりも早く、屋上から飛び降り、スラスターを全開にして少女へと突進する。ショットガンの制圧力では、少女を巻き込む可能性がある。今は救助が最優先だ。理屈ではない。体が、いや、この鉄の塊が、勝手に動いていた。

 

『Nさん、少女への直接攻撃予測! 羽川さん、残り二体の足止めをお願いします! 予測射線は……!』ノアの指示が飛ぶ。

「了解しました!」ハスミは即座にライフルを構え直し、少女を襲おうとするオートマタではなく、その周囲の二体へと精密な射撃を加える。レーザーの照射を妨害し、動きを鈍らせる。

『……N、あの多脚型、関節部モーターのトルクが構造的に弱い。型番照合済み。近接戦闘に持ち込むなら、そこを狙え』今度は津山からの、簡潔だが的確なアドバイス。

 

オートマタが少女に止めを刺そうと、その鈍く光るアームを振り上げた、まさにその瞬間。

「──そこだ!」

Nは津山のアドバイスを思い出し、少女を庇うように割り込みつつ、右手のヒートホークを起動させた。狙うは多脚型の関節部!

 

ゴォォォッ!

 

灼熱を帯びた斧が、正確に関節部のモーターハウジングを捉える! 硬い装甲が溶解し、内部の駆動系が火花を散らす! 多脚型オートマタは、悲鳴のような金属音を上げながら体勢を崩し、完全に動きを止めた。一撃での破壊ではないが、無力化には成功した!

 

「だ、大丈夫か!?」

 

Nはザクの腕で少女を瓦礫や破片から守るように庇いながら、声をかけた。スーツ越しでくぐもった声であるが、女子に話しかけるのに舌がもつれていないだけ、褒め称えられてしかるべきである。我が男子校におけるコミュ力底辺からの、偉大なる一歩だ。

 

少女は、呆然とNを見上げていた。プラチナブロンドの髪が頬にかかり、その勝気な瞳には恐怖と、それ以上の驚愕が浮かんでいる。

 

「……へ? な、何……? このロボット……」

 

「ロボットじゃない! スーツだ!」

 

思わず訂正してしまうあたり、Nも大概である。男の子とは、こういうどうでもいい拘りを持つ生き物なのだ。

 

「とにかく、ここは危ない! ちょっと掴まってろ!」

 

Nは、ハスミによって足止めされていた残りのオートマタ二体が体勢を立て直す前に、空いている左腕で少女の身体を軽々と、しかし有無を言わさぬ力強さで抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこというやつである。鋼鉄(はがね)の腕に抱かれるというのは、果たしてどのような心地なのだろうか。シンデレラのガラスの靴ならぬ、鉄の腕。メルヘンのかけらもない。

 

「きゃっ!? な、何すんのよ!?」

 

少女は驚きと羞恥で顔を赤らめ、Nの腕の中でじたばたともがく。その細い手足が、無骨な装甲にパタパタと当たる。

 

「暴れるな! 振り落とされたいのか!」

 

「誰が振り落とされるかっ! ていうか降ろしなさいよ、この変態(ヘンタイ)ロボ!」

 

「だからロボじゃない! 落ち着けって! 危ないだろ!」 Nは少し声を荒らげた。変態ロボ呼ばわりは心外だが、今は彼女の安全が第一だ。

 

喧嘩をしている場合ではない。体勢を立て直したオートマタ二体がレーザーを照射してきた。Nは少女を抱えたまま、スラスターを巧みに噴射して回避、同時に右手のヒートホークを再び構える。

 

ゴォォォッ!

 

灼熱を帯びた斧が、唸りを上げて空気を焦がす。襲い来るオートマタへと、それは振り下ろされた。一体の頭部カメラを破壊し、もう一体の武器アームを切断。Nは容赦なく、行動不能になったオートマタの動力部にヒートホークを突き立てた。戦闘終了の合図である。

 

周囲には、無残なオートマタの残骸が転がり、硝煙の匂いが立ち込めている。Nはヒートホークのスイッチを切り、少女を抱えたまま、ふぅ、とスーツの中で息をついた。アドレナリンの奔流が、ようやく少しだけ収まっていくのを感じる。

 

『……戦闘終了を確認。周辺に敵性反応なし。お見事です、Nさん、羽川さん』ノアの落ち着いた声が通信機から流れる。

車内では、ノアが戦闘データを素早くまとめ、津山がオートマタの残骸から更なる情報を抽出すべく、ハッキングツールを起動させていた。彼らの仕事はまだ終わっていない。

 

「……終わった、か?」

 

腕の中の少女は、先ほどまでの抵抗が嘘のように、ぐったりとNの胸元(もちろん鋼鉄(メタル)製だ)に顔をうずめていた。よく見れば、その肩が小刻みに震えている。無理もない。いきなりオートマタに襲われ、得体の知れない鉄人に助けられ(?)、お姫様抱っこされたのだ。普通の女子生徒なら、卒倒していてもおかしくない。

 

「……あ、あの、もう大丈夫か?」

 

Nが恐る恐る声をかけると、少女はびくりと身体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。その潤んだ瞳は、まだ恐怖の色を宿しているが、同時に、目の前の奇妙な鉄人に対する、強い好奇心と、ほんの少しの反抗心のようなものも覗かせている。

 

「…………あんた、誰?」その声は、まだ少し震えている。

 

「プルガトリウムのNだ」

 

「プルガトリウム……? 男子校の……。なんでトリニティに……?」少女は訝しげに眉をひそめる。

 

「話せば長くなる。……あんたは?」Nは問い返した。

 

少女は、一瞬ためらうように視線をさまよわせた後、ややぶっきらぼうに、しかし芯のある声で答えた。

 

「……イチカ。仲正イチカ。……まあ、助かったことには……感謝、しなくもない、けど」

 

仲正イチカ。その名を、Nは妙に強く、記憶に刻み込むことになった。

 

───

 

**【観測者(ウォッチャー)たちの視点】**

 

その時、少し離れた建物の影から、先ほど出会ったばかりの二人の少女が、この一連の出来事を固唾を飲んで見守っていた。

 

「あらあら……」豊満な(というにはまだ早いが、将来有望な気配は濃厚な)少女──浦和ハナコが、先ほどの戦闘の余韻か、あるいは別の理由か、ほんのりと頬を染めながら呟く。「なんともまあ、劇的な……。まるで、おとぎ話の一場面のようですわね? 鋼鉄(はがね)の騎士に助けられる、囚われのお姫様……。先ほどの方でしょうか、コハルちゃん」

 

「う、浦和先輩……!?」ピンク髪の少女――下江コハルが、顔を真っ赤にしてハナコの腕にしがみつく(無意識のうちに)。「な、何言ってるんですか!? あ、あれは……その、不良みたいな人が、ロボットに抱っこされて……!? ふ、不純です!!」

 

コハルの脳内では、助けてくれた清楚な先輩への淡い憧憬と、目の前の光景に対する生理的な嫌悪感(と、ほんの少しの好奇心)が、激しくせめぎ合っているようであった。彼女の頭上のヘイローが、混乱のあまり火花を散らさんばかりに点滅している。

 

「ふふ、コハルさんは初心ですわね」ハナコは、そんなコハルの反応を微笑ましく思いながら、Nと腕の中のイチカを改めて見つめた。「でも、たしかに……あのロボットさん……いえ、スーツ、でしたっけ? なんだか、こう……無機質な腕で、か弱い(?)少女を優しく抱きかかえている姿というのは……うん、なんというか、こう……倒錯的というか、背徳的な魅力を感じなくも、ありませんわね……? 少し……ドキドキしてしまいますわ」

 

「ひゃあぁぁっ!? う、浦和先輩まで、何を……! そ、そんなの、絶対おかしいです! ふ、不健全です! えっち! えっちすぎます!! き、機械姦(きかいかん)!? そ、そんなの、トリニティでは……し、死刑! そうです、死刑です!!」

 

コハルの絶叫が、戦闘の終わった広場に虚しく響き渡る。初対面のはずのハナコのペースに、既にコハルは完全に巻き込まれている。

Nは、遠くで何やら騒いでいる(そして妙に意気投合しているように見える)二人組の視線を感じ、そして腕の中で「イチカ」と名乗った少女の、意外なほどの軽さと柔らかさ(もちろん装甲越しだが)を改めて認識し、再び深ァく、深ァァァく、溜息をつくのであった。

ああ、ラーメンが食べたい。切実に。

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