「 キヴォトス 等身大ザク 男子校  私 」   作:おおおユウゴ

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第四話 詰所の尋問と好奇の視線と胃袋の悲鳴(再)

 

 

さて、激闘(しとう)の末(と書いて、主に私が一方的にオートマタをスクラップにしただけなのだが)、私は腕の中に(かよわ)い少女──名を仲正イチカ嬢というらしい──を抱えたまま、硝煙と鉄屑の匂いが立ち込める広場に、仁王立ちならぬザク立ちしていたわけである。お姫様抱っこ。なんという甘美にして破廉恥な響きであろうか。我が男子校プルガトリウムにおいて、このような状況が発生する確率は、校庭に薔薇が咲き誇る確率よりも低い。いや、皆無と言ってよい。それを今、この私が、トリニティ総合学園の白昼(もう夕方に近いが)において、実践しているのである。我が人生、一体どこへ向かっているのか。皆目見当もつかぬ。

 

腕の中のイチカ嬢は、先ほどまでの威勢はどこへやら、ぐったりと私の鋼鉄(メタル)の胸板に顔を埋め、小刻みに震えている。無理もない。オートマタに襲われ、得体の知れぬ鉄人に助けられ(?)、挙句の果てにはお姫様抱っこである。彼女の精神的ダメージは察するに余りある。……いや、待てよ。もしかしてこの震えは、恐怖ではなく、別の……例えば、この状況に対する羞恥心とか、あるいは、私に対する怒りとか、そういう類のものではあるまいか? 女心と秋の空、そしてキヴォトスの天気予報ほど、当てにならぬものはないのだ。

 

そこへ、戦闘を終えたハスミ嬢が、ライフルを肩に掛け直し、駆け寄ってきた。その表情には安堵の色が浮かんでいるが、同時に、私がお姫様抱っこしているこの状況を見て、わずかに眉をひそめたようにも見えた。気のせいか? いや、気のせいではあるまい。きっと「プルガトリウムの男子生徒は、やはり野蛮でデリカシーがない」とでも思われているに違いない。実に遺憾である。

 

「……Nさん。それに、仲正さん。ご無事ですか?」

 

ハスミ嬢は、まず二人の安否を確認するように、冷静な声で問いかけた。

 

「ええ、まあ……。そちらの生徒さんを保護しました」

私は、できるだけ事務的な口調を装い、イチカ嬢を抱えた腕を示す。

 

「怪我はありませんか、仲正さん」ハスミ嬢は、イチカ嬢に視線を移す。「また何か問題を起こして……いえ、この状況では貴女も被害者ですね」

 

どうやら、このイチカ嬢は、トリニティ内では札付きの不良……とまではいかないまでも、少々名の知れた問題児であるらしい。なるほど、道理で制服の着こなしがアバンギャルドなわけだ。

 

「なっ……! 私は何もしてないわよ! 勝手に巻き込まれただけ!」

イチカ嬢は、私の腕の中で顔を上げ、ハスミ嬢に対して抗議の声を上げた。しかし、その声には力がなく、まだ少し震えている。そして、すぐにまた私の胸元に顔をうずめてしまった。……おいおい、しっかり掴まっているではないか。**早くこの重荷(おひめさま)を下ろして差し上げたいのは山々なのだが、さりとて無造作に放り出すわけにもいくまい。** 万が一、打ちどころが悪くて怪我でもされたら、それこそ正義実現委員会に断罪(ジャスティス)されかねない。ああ、女子の扱いはかくも難解なのか! まるで、古代遺跡の難解なパズルのようだ。解けなければ死、みたいな。

 

その時、後方支援を担当していたミレニアム&シャーレ組──ノア嬢と津山君が、停車していたパトカーから降りてきた。ノア嬢は相変わらずの優雅な微笑みを浮かべ、タブレットを操作しながら状況を確認している。一方、津山君は、この惨状と、私がお姫様抱っこしている光景を見てか、さらに顔色を悪くし、もはや生ける屍のような雰囲気を醸し出している。……気持ちは分かるぞ、同志よ。

 

「戦闘終了、お疲れ様でした、Nさん、羽川さん」ノア嬢が涼やかな声で言う。「オートマタの残骸からデータを回収しました。解析には少し時間がかかりそうですが……。それと、そちらの生徒さんは?」

 

「トリニティの仲正イチカさんです。戦闘に巻き込まれたようで」ハスミ嬢が説明する。

 

「まあ、ご無事で何よりですわ」ノア嬢はイチカ嬢に微笑みかけるが、イチカ嬢はぷいと顔を背けてしまった。人見知りか、あるいは単に機嫌が悪いのか。

 

「……それで、これからどうする?」津山君が、低い、覇気のない声で尋ねた。

 

「そうですね……」ハスミ嬢は腕を組んだ。「Nさんと仲正さんには、詳しい事情をお伺いする必要があります。正義実現委員会の詰所へご同行願えますか? ノアさん、津山さんも、情報共有のため、よろしければご一緒に」

 

「ええ、構いませんわ」

「……了解」

 

こうして、我々一行は、戦闘の爪痕が生々しく残る広場を後にし、近くにあるという正義実現委員会の詰所へと向かうことになった。もちろん、私はイチカ嬢をお姫様抱っこしたまま、である。道行くトリニティ生たちの視線が痛い。好奇、驚愕、非難……様々な感情がない交ぜになった視線が、私の鋼鉄のボディに突き刺さる。頼むから、そっとしておいてくれ。私はただ、ラーメンが食べたいだけなのだ……!

 

───

 

正義実現委員会の詰所は、トリニティの華やかなイメージとは裏腹に、実に質素で、機能的な空間であった。殺風景なオフィスに、いくつかのデスクとパイプ椅子。壁には活動報告書らしきものが貼られ、隅には武器の手入れ道具などが置かれている。ここで、日々トリニティの正義と秩序が守られているのかと思うと、感慨深い……というよりは、むしろ彼女たちの苦労が偲ばれて、同情を禁じ得ない。

 

私は、ようやくイチカ嬢をパイプ椅子に降ろすことができた。彼女は「……ど、どうも」と小さく呟くと、ふてくされたようにそっぽを向いてしまった。礼を言われたのか、文句を言われたのか、判然としない。女子とは、かくも複雑怪奇な生き物である。

私はと言えば、このザクスーツを脱ぐわけにもいかず(脱ぎ方を知っているのは、今のところウイさんだけなのだ)、部屋の隅で、巨大な鉄の置物のように、小さくなって(物理的には大きいのだが、気分的にはそうである)壁際に佇むしかなかった。ああ、居心地が悪い。実に居心地が悪い。

 

ハスミ嬢は、テキパキと他の委員たちに指示を出し、現場の後処理や報告書の作成を進めさせている。ノア嬢と津山君は、部屋の隅のデスクを借りて、持ち込んだ機材を広げ、オートマタのデータ解析を始めている。彼らだけは、どこか別の空間にいるかのようだ。インテリの世界はよく分からん。

 

「さて、仲正さん」落ち着いたところで、ハスミ嬢がイチカ嬢に向き直った。「まずは貴女から、事情をお聞かせください。なぜ、あの場所に?」

 

「だから、私はたまたま通りかかっただけだって!」イチカ嬢は、まだ少しむくれた様子で答える。「そしたら、いきなりあの鉄クズどもが襲ってきて……!」

 

「鉄クズ……オートマタですね。何か、心当たりは?」

 

「あるわけないでしょ! 私はただ、ちょっと……サボって(・・・・・)散歩してただけなんだから!」

 

……サボりか。なるほど、それで制服を着崩していたわけだ。不良少女、恐るべし。いや、私も人のことは言えぬか。授業をサボってラーメン屋に行くなど、日常茶飯事であった。

 

ハスミ嬢は、ふぅ、と小さくため息をついたが、それ以上は追求せず、「わかりました。ひとまず、安静にしていてください」とだけ告げた。

 

そして、その鋭い視線が、いよいよ私に向けられた。来た。尋問の時間である。

 

「さて、Nさん」ハスミ嬢は、私の前に立ち、その赤い瞳で私を射抜くように見つめた。「改めて伺います。貴方がトリニティの管轄区域にいた理由、そしてその異様な武装……ザクスーツ、でしたか? それについて、詳しくお聞かせ願います」

 

「え、えっと、それは……」

 

私が、苦しい言い訳を捻り出そうと、脳みそをフル回転させ始めた、まさにその時だった。

 

「わー! すごーい! 本物のプルガトリウムの人だー!」

「あのスーツ、近くで見るとめちゃくちゃカッコいい!」

「ねえねえ、その武器、ザクマシンガンっていうの? 撃ってみていい?」

「プルガトリウムって、やっぱり毎日プロテイン飲んでるんですか!?」

 

どこからともなく、わらわらと正義実現委員会のモブ生徒たちが集まってきたのである! 皆、ヘイロー持ちのうら若き乙女たち。その瞳は、好奇心でキラキラと輝き、私のザクスーツを、まるで珍しい動物園のパンダか何かのように、興味津々で眺め回し、質問攻めにしてくるではないか!

 

「お、おい! 近づくな! 危ないぞ!」

私は思わず後ずさる。男子校育ちの私にとって、こんなに大勢の女子に囲まれるなど、人生初の経験である! しかも、距離が近い! 近すぎる! 彼女たちの放つ、甘いような、それでいて清潔な香りが、私の鼻腔をくすぐり、脳を麻痺させる! いかん、これは精神攻撃か!?

 

「触ってもいいですかー?」

「写真撮らせてくださーい!」

「サインください!」

 

モブ生徒たちの勢いは止まらない。その純真無垢(むじゃき)な好奇心という名の津波は、私の貧弱な防波堤(男子校で培った対人防御スキル)をいとも容易く打ち砕き、私を部屋の隅へと押し流していく。ああ、抗えぬ! 女子という存在の質量は、かくも強大なのか!

追い詰められた私は、咄嗟に、我がプルガトリウムの体育教官が熱弁していた(そして誰も聞いていなかった)護身術の基本、「小さくなって急所を守る姿勢」を思い出した。そうだ、体育座りだ! あの、膝を抱えて蹲る、地味ながらも堅牢なる防御姿勢!

私は、この全長二メートルの鋼鉄の身体で、果敢にもその体育座りを試みたのである! ギギギ……ガコン! 関節部が悲鳴を上げ、装甲が擦れ合う鈍い音が響く。しかし、悲しいかな、我がザクスーツの構造上、膝を抱えるなどという繊細な動作は物理的に不可能であった! 結果として出来上がったのは、ただ不格好に膝を折り曲げ、巨大な鉄の塊が部屋の隅で奇妙にうずくまっている、というシュール極まりない光景のみ。これでは「小さくなっている」とは到底言えぬ! むしろ、妙なポーズで余計に目立っているではないか!

だが、モブ生徒たちの勢いは、そんな私の涙ぐましい(そして全く無意味な)努力などお構いなしであった。私の鋼鉄のボディをペタペタと触り、モノアイを覗き込み、挙句の果てには肩部のスパイクアーマーにぶら下がろうとする者まで現れる始末! やめてくれ! 私のライフはもうゼロよ! プルガトリウムに帰りたい!

 

「こらーっ! 貴女たち! 職務中ですよ! 離れなさい!」

 

見かねたハスミ嬢が、雷を落とすような一喝を放った。その声には、普段の冷静さからは想像もつかないほどの迫力が込められており、流石のモブ生徒たちも、蜘蛛の子を散らすように「「「はーい!」」」と返事をして、持ち場へと戻っていった。ふぅ、助かった……。私は、軋む関節を労りながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……まったく、お見苦しいところをお見せしました」ハスミ嬢は、額に手を当てて深いため息をついた。「それで、Nさん。お話の続きを……そのスーツは、一体……?」

 

尋問再開。私は覚悟を決めて、再び口を開こうとした。

その時。

 

「──失礼します」

 

凛とした、それでいてどこか(すず)を転がすような、可憐な声が、詰所の入り口から響いた。

その声の主は……まさか。

 

部屋にいた全員の視線が、入り口へと注がれる。

そこに立っていたのは──。

 

 

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