「 キヴォトス 等身大ザク 男子校 私 」 作:おおおユウゴ
## 第七話
しん、と静まり返った正義実現委員会の詰所。私の「ラーメン食べたい」発言は、まるで凍てつく波動のように、その場の空気をカチンコチンに凍らせてしまった。ティーパーティーの御三方は唖然とし、ハスミ嬢は絶句し、イチカ嬢はポカンとし、ノア嬢は肩を震わせ笑いをこらえ、津山君は遠い目をし、モブ生徒たちは固唾を飲んでいる。嗚呼、我が青春の一ページは、かくも無残にラーメン色に染まってしまったのか。プルガトリウムの名折れである。いや、むしろプルガトリウムらしいと言えるのかもしれないが。
「……ら、らーめん?」
最初に沈黙を破ったのは、やはりナギサ嬢だった。その声には、純粋な困惑と、ほんのわずかな好奇心のような響きが混じっていた。よかった、完全に呆れられてはいないようだ。まだ希望はある!
「あははっ☆ Nくん、おもしろーい! 最高! 私もラーメン食べたくなっちゃった! 今度一緒に食べに行こ!」
ミカ嬢は、場の空気などお構いなしに、腹を抱えて大笑いしはじめた。その屈託のなさには、ある種の清々しさすら感じるが、同時に、私の羞恥心を的確に抉ってくる! やめてくれ! 笑い事ではないのだ、こちらは真剣なのだ! 胃袋が!
「……ふむ。ラーメンという蓋然性も、また一興か。トリニティの周辺にも、評価の高い店がいくつか存在するようだね。例えば、サンクトゥムタワー近くの『天使の梯子』、あるいは旧市街の隠れた名店『聖母の雫』など……」
セイア嬢は、真顔で顎に手を当て、何やら真剣にラーメン情報を分析し始めてしまった。いや、そういうことではないのだが。しかし、その情報、実に興味深い! メモしておきたい!
私が自己嫌悪と空腹感とラーメン情報への渇望で意識を失いかけた、まさにその時。
「失礼しますよっと!」
やや間延びした、しかしどこか聞き覚えのある声と共に、詰所の扉が再び開かれたのである! 現れたのは、見慣れたプルガトリウムの黒い学ランに身を包んだ、私の
「おーい、N先輩! 回収に来ましたぜ! って、うおっ!? なんですかこの状況! ティーパーティー様までいらっしゃるじゃないっすか!」
Oは部屋の異様な雰囲気に気づき、一瞬で表情を引き締める……かと思いきや、すぐにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。まったく、この男は!
「さては先輩、また何かやらかしましたね? トリニティのお偉いさん方を前に、ラーメン食べたいとか叫んだんですか? あはは!」
なぜ分かった!? こいつ、エスパーか!?
「貴様……! なぜそれを……!」
私が怒りにモノアイを明滅させると、Oは「冗談っすよ、冗談!」と軽く手を振って見せた。「先輩の顔に『ラーメン』って書いてありましたから!」
嘘をつけ! 絶対に外で聞き耳を立てていただろう! まったく、食えない後輩である。
「プルガトリウムの方がもう一方……。一体どういうことでしょうか?」
ナギサ嬢が訝しげにOを見やる。当然の反応だ。この状況で、さらにプルガトリウム生が増えるなど、カオスに拍車をかける以外の何物でもない。
「どうも! プルガトリウム一年、Oと申します! N先輩がアビドス方面での任務からなかなか戻られないんで、心配で様子を見に来た次第でして。先輩、ご無事で?」
Oは、ティーパーティーを前にしても物怖じしない態度で、しかし意外なほど丁寧な言葉遣いで挨拶をする。そして、私に心配そうな(絶対嘘だ)視線を向ける。
「アビドスでの任務……?」
ナギサ嬢の眉がピクリと動いた。まずい。この後輩、余計なことを!
「それにしても、トリニティでオートマタ騒ぎとは珍しい。しかも、聞けばミレニアム製の機体も混じってたとか? これは、ちょっと面倒な匂いがしますねぇ」
Oは、わざとらしく鼻をくんくんさせながら言った。
「──その件について、少しお話を伺いに参りました」
Oの言葉尻を捉えるように、凛とした、しかしどこか冷徹な響きを帯びた声が、詰所の入り口から響いた。
全員の視線が、再び入り口へと注がれる。そこに立っていたのは、先ほどのティーパーティーとはまた違う、しかし同様に近寄りがたいオーラを放つ、ミレニアムサイエンススクールの生徒たちであった。
先頭に立つのは、長い黒髪を揺らし、黒を基調とした制服に身を包んだ、怜悧な美貌の少女。その瞳は、まるで全てを計算し尽くしているかのように、冷静に室内を見渡している。ミレニアムサイエンススクールの生徒会長にして、「ビッグシスター」の異名を持つ、
そして、リオの斜め後ろには、快活そうな表情ながらも、どこか苦労人めいた雰囲気を漂わせる、ツインテールの少女。ミレニアムのセミナーで会計を務める、
ノア嬢と津山君は、彼女たちの登場に気づくと、僅かに表情を変えた。ノア嬢は完璧な笑みを浮かべて会釈し、津山君は「……げ」とでも言いたげな顔で、さらに壁際の影へと身を潜めようとしている。どうやら、面倒事の予感が的中したらしい。
「ミレニアムサイエンススクール生徒会長、調月リオです」リオは、一分の隙もない動作で名乗った。「トリニティ総合学園、ティーパーティーの皆様、及び正義実現委員会の皆様。突然の訪問、失礼いたします」
その声は平坦で、感情の起伏を感じさせない。
「まあ、リオ会長自ら……。これはこれは、一体どのようなご用件でしょうか?」ナギサ嬢は、驚きを隠せない様子ながらも、ティーパーティーのホストとして冷静に対応する。ハスミ嬢も、突然のミレニアム生徒会長の来訪に、背筋を伸ばし、警戒の色を強めている。
「単刀直入に申し上げます」リオは、手にしたタブレットを示した。「最近トリニティ周辺で発生しているオートマタ暴動についてです。我々の調査により、使用されている機体の一部に、ミレニアムから不正に流出した、あるいは模倣された技術が用いられている可能性が浮上しました。これは、ミレニアムサイエンススクールとしても看過できない事態です。つきましては、トリニティ側と情報を共有し、共同で原因究明と対策にあたりたいと考えております」
なるほど、そういうことか。Oの言っていた「ミレニアム製の機体」というのは、このことだったのだな。これで話が繋がった。
「情報提供、感謝します、リオ会長」ナギサ嬢は頷いた。「我々も、その可能性は把握しており、先ほど、シャーレ及びミレニアムセミナーの方々──そちらにいらっしゃる津山さんとノアさんですが──とも、情報交換を始めたところでした」
「セミナーの……ノアと津山が既に?」リオの視線が、部屋の隅の二人へと向けられる。その瞳には、わずかな疑問の色が浮かんでいるように見えた。彼女は、この二人の先行調査を知らなかったのだろうか?
「はい、会長」ノア嬢が、優雅に一歩前に出て答える。「独自の判断で、初期調査を進めさせていただいておりました。結果は後ほどご報告いたします」
その言葉には、「会長の指示がなくとも、私たちは動いています」という、僅かな棘が含まれているように感じられたのは、私の気のせいだろうか。ミレニアムの内部も、なかなか複雑そうだ。
「……そう。ご苦労様」リオは、表情を変えずに短く応じた。
その時、今まで黙っていたユウカ嬢が、ついに口を開いた。その声には、明らかに苛立ちの色が含まれている。
「というか、ノア! 津山くん! あなたたち、いつからここにいたの!? さっきから連絡しても全然繋がらないし! まったく、リオ会長への報告もなしに勝手な行動ばかり……!」
彼女の視線は、特に津山君に対して厳しい。まるで、出来の悪い弟を叱りつける姉のようだ。
「いや、だから、調査だって……」津山君は、さらに壁にめり込みそうな勢いで弁明する。
「調査、調査って、いつもそればっかり! どうせノアと二人でサボってたんでしょ! この前の予算会議の書類だってまだ……」
ユウカ嬢の説教は、止まらない。ヒステリック、というよりは、もはや
そんなユウカ嬢の剣幕を、ノア嬢は柳に風と受け流し、再び津山君の耳元へ顔を寄せた。嗚呼、また何か始まるのか、あの甘ったるくも倒錯的な劇場が……! と思いきや、その声色は、先ほどとは打って変わって、どこかビジネスライクな響きを帯びていた。
「(……津山さん、ユウカちゃんは私が上手く言いくるめますので、貴方は会長への状況説明の準備をお願いできますか? 先ほどのNさんのスーツの件も含めて、報告すべき事項は多いはずです)」
「(……ああ、分かっている。データは整理中だ。それにしても、会長まで来るとはな……話が面倒になる)」
津山君も、顔の赤みは引いているが、その声には隠しきれない疲労と警戒の色が滲んでいる。
「(ふふ、会長がいらっしゃる方が、話は早く進むかもしれませんわ。それに……貴方の『シャーレ』としての立場も、明確にしておく良い機会なのではなくて?)」
ノア嬢の言葉には、どこか含みがある。まるで、津山君の反応を試しているかのようだ。
「(……余計な世話だ。俺は俺の仕事をこなすだけだ)」
津山君は、ぶっきらぼうにそう言うと、ノア嬢から顔を背けた。彼は詰所の入り口近くの壁に、ずっと気だるげにもたれかかっていたのだが、やおらその場を離れると、部屋の隅にあった空いているパイプ椅子に、音も立てずにどっかりと腰を下ろした。まるで世界との間に一枚、見えない壁を作るかのように、傍らに置いていた鞄《かばん》から取り出したラップトップPCを開き、その画面へと視線を落とした。 その猫背気味の背中からは、深い
その時、津山の座る椅子の近くまで歩み寄って、つんとした声が飛んできた。
「ちょっと、津山くん! ノア! 聞いてるの!?」
声の主は、先ほどリオ会長と共に現れた、ミレニアムセミナーの会計、早瀬ユウカ嬢であった。彼女は、リオ会長の隣で腕を組み、不機嫌そうに眉を吊り上げて、ノアと、椅子に座ってPCに没頭する津山の(彼女からすれば)不真面目な態度を睨みつけている。彼女の堪忍袋の緒も、とっくに限界を超えているようだ。
「あ、ああ、聞いてる聞いてる!」津山君は、ラップトップから顔を上げずに、億劫そうに答える。「大丈夫だ、ちゃんと“調査”してるから。な、ノア?」
その態度は、火に油を注ぐ以外の何物でもない。
「はい、ユウカちゃん。ご心配なく」ノア嬢は、完璧な笑顔でユウカ嬢に向き直った。「これからリオ会長にも状況を報告するところです。貴方も、少し落ち着いてくださいな」
その言葉は丁寧だが、どこかユウカ嬢を子供扱いするような響きも含まれている。ユウカ嬢の額に、青筋が浮かんだのが見えた。
「落ち着いてなんかいられないわよ! あなた達が勝手なことばかりするから、私がどれだけ……!」
ユウカ嬢の反論が始まろうとした、まさにその時。
「──ユウカ」
静かだが、有無を言わせぬリオ会長の声が、ユウカ嬢の言葉を遮った。
「……はい、会長」ユウカ嬢は、一瞬で表情を引き締め、直立不動の姿勢をとる。流石はミレニアムの生徒会長。その一言で、部下を完全に統制する。
「今は、トリニティの方々との情報共有が最優先です。個人的な感情や問題は、後で処理しなさい」
「……申し訳ありません」ユウカ嬢は、唇を噛み締めながらも、深く頭を下げた。
一方、ティーパーティーの御三方は、このミレニアム勢の内輪揉め(?)を、それぞれの表情で眺めていた。ナギサ様は困ったように微笑み、ミカ様は面白そうに目を輝かせ、セイア様は静かに目を伏せている(おそらく、この後のカオスな展開を予知でもしているのだろう)。
「……ふむ。どうやら、話が少々……いえ、かなり複雑になってきたようですね」
ナギサ様は小さくため息をつき、そして、このカオスな状況を収拾すべく、私に向き直った。
「Nさん。そして、Oさんも。それから津山さんとノアさんも。……よろしければ、改めてティーパーティーの席にお招きしたいのですが。今回の件について、そして……貴方たちのことについて、もう少し詳しくお話を伺いたい」
その言葉は、拒否を許さない響きを持っていた。
そして、ナギサ様は、悪戯っぽく微笑んで付け加えた。それは、まるで悪魔の囁きのように、私の心(と胃袋)を捉えて離さなかった。
「もちろん、お茶菓子だけでなく……ご希望であれば、美味しいラーメン屋の情報も、いくつか……いえ、特別に、
私のモノアイが、希望の光でカッと見開かれた。
ラーメン……! しかも、いくつか!? その甘美な響きは、先ほどまでの絶望感と羞恥心を一瞬で吹き飛ばした。協力? 面倒事? 上等である。ラーメンのためならば、私はティーパーティーだろうがゲマトリアだろうが、どこへだって馳せ参じようではないか! (ゲマトリアの連中がラーメン屋をやっているとは思えんが、それはそれとして、彼らの美学について一度ゆっくり語り合ってみたい気もする。黒服あたり、意外と話が合うかもしれぬ。)
「……謹んで、お受けいたします!!」
私は、ザクスーツ越しに、しかしはっきりと、魂の底からの叫びをもって、そう答えた。私のプルガトリウム魂(という名の、抑えきれぬ食欲)が、メラメラと燃え上がっていた。
こうして、事態は奇妙な、しかし私にとっては極めて望ましい(?)方向へと転がり始めた。オートマタ暴動、プルガトリウムのザク乗り、トリニティの不良少女、正義実現委員会、ティーパーティー、ミレニアム生徒会、セミナー、そしてシャーレ。様々な思惑と、食欲が入り乱れる中、私はただひたすらに、これからありつけるであろう、極上の、そして秘蔵のラーメンのことだけを考えていたのである。ああ、早く食べたい! 実に、実に待ち遠しい!