「 キヴォトス 等身大ザク 男子校 私 」 作:おおおユウゴ
## 第八話 男子と女子と
さて、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサ様直々のお誘い──それも「秘蔵のラーメン情報付き」という、私にとっては天上の福音にも等しいお茶会への招待である。私の心(と胃袋)は、期待に満ち溢れ、今にも破裂しそうな
「ふふ、Nさん、落ち着いてくださいな」
私の内心を見透かしたかのように、ナギサ様は穏やかに微笑んだ。
「お茶会の席は、今から準備させますが、その前に、いくつか確認しておきたいことがあります。リオ会長もいらっしゃいましたし、まずは関係者間で簡単な状況報告と、今後の大まかな方針だけでも話し合っておきましょう」
なるほど、流石はティーパーティーのホスト。ラーメンという甘美な誘惑に目が眩んでいた私とは違い、冷静沈着、実に合理的である。…とはいえ、早くラーメン情報が欲しい、というのが偽らざる本音なのだが。
そんなわけで、詰所内は、お茶会への移動を待つ間の、何とも言えない微妙な空気に包まれていた。ティーパーティー御三方の御前であるという緊張感は依然として漂っているが、同時に、これから始まるであろう「お茶会(ラーメン情報付き)」への期待感(主に私)と、複雑な状況への困惑が入り混じっている。
リオ会長とユウカ嬢は、なにやら険しい顔で小声で議論を交わしている(おそらくセミナーの業務関連であろう)。ノア嬢は優雅にタブレットを操作し、津山君はパイプ椅子に座ったままラップトップに没頭し、現実逃避でもしているかのようだ。ハスミ嬢は、ティーパーティーの方々の手前か、あるいは私の奇行のせいか、心なしか胃を押さえているように見える。そして、私の可愛い後輩Oはといえば……。
なんと、いつの間にか、あの
「いやー、災難でしたね、イチカさん?」
Oは、例の生意気な笑みを浮かべながら、しかしどこか心配するような声音でイチカ嬢に話しかけている。
「……っ! な、なによ、あんたに関係ないでしょ」
イチカ嬢は、びくりと肩を震わせ、Oから顔を背けるようにして言い放った。しかしその声は刺々しくはなく、むしろゆったりとした声色をして、どうにも良い意味で耳に残るものだった。イチカはそれから顔をOからそむけたまま、横目にちらりとOを一瞥して、なにげなく前髪を触れては確かめているようであった。その耳がほんのり赤く点っているのが、プラチナブロンドの髪の隙間から見て取れた。すべからく、男子校育ちの私には解析不能な現象である。語り得ぬものについては沈黙しなければならない。
Oはイチカ嬢のそばにより、目を見て笑いかけながら喋りかけた。
「関係なくはないっすよ。同じキヴォトスに生きる隣人として? それに、ほら、N先輩がお助けしたわけですし。先輩の代わりに、安否確認くらいはね?」
「べ、別に、助けられたからって……! た、たまたまよ、たまたま!」
イチカ嬢はほほをほんのり赤くして、Oを睨みつけた。だが、その視線には力がなく、むしろ潤んでいるようにすら見える。
恋愛偏差値が地の底を這う私には、理解の範疇を超えていたが、イチカ嬢とOの間の、なにかしらの気配──もしや二人とも。私がラーメンだの言ったのが気に障ったのか。私を白眼視する者たちが自然とつるむようになる現象、それがまさか、Oが?!
「さて、と」私は狼狽する心を必死で抑え込み、平静を装いながら、ザクスーツの関節をギシリと軋ませて立ち上がった。「私は少し、ここで失礼させてもらいます」
この場にこれ以上留まるのは、精神衛生上よろしくない。それに、私にはやらねばならぬことがあるのだ。そう、この忌々しくも愛おしい鉄の塊からの脱出である! お茶会(ラーメン情報付き)に、この鉄屑姿で参加するわけにはいくまい!
「おや、Nさん、どちらへ?」ナギサ様が穏やかに問いかける。
「いえ、ちょっと野暮用でして。この……スーツを、脱ぎに。お茶会には、身軽な姿で参加させていただきたく」
「脱ぐ? どうやって?」ミカ様が目を輝かせる。やはり興味津々だ!
「少し、当てがありまして。すぐに戻ります」
そう、私にはこのザクスーツを脱ぐための当てがあった。プルガトリウムの自室に戻れば容易いことなのだが、いかんせん、ここはトリニティのど真ん中である。この鉄の塊を着たまま長距離を移動するのは、精神的にも物理的にも苦行以外の何物でもない。
それに、このスーツの制作には、ある人物……いや、ある組織の知識を、半ば強引に拝借した経緯があるのだ。トリニティ総合学園、シスターフッド、そしてその管轄下にある古書館。そこの偏屈なる主に協力を得られれば、このトリニティの地でもスーツを脱ぐことが可能なはずだ。いささか気が進まないが、ラーメン……いや、お茶会と、我が身の自由のためには、背に腹は代えられぬ。
「ふむ。貴方のその異様な装甲……興味深いですね」ナギサ様は意味ありげに微笑んだ。「わかりました。では、お茶会の準備をしてお待ちしております。用事が済み次第、どのように連絡を?」
その微笑みは、やはり底が知れない。私を泳がせているのか、それとも……?
「あ、えっと……」
連絡手段! そうだ、それが必要だ! 私としたことが、すっかり失念していた! お茶会の準備ができたとして、どうやって私に知らせるというのだ? ここで私が連絡先を知っているトリニティ生は……皆無! まったくもって皆無である! Oに頼むか? いや、それではあまりにも情けないし、あの後輩のことだ、面白がって何か余計なことをするに違いない。どうしたものか……!
「あらあら、お困りのようですね」
私の内心の葛藤を見透かしたかのように、ナギサ様は、くすりと優雅に笑みをこぼした。
「では、私のモモトーク、登録していただいてもよろしいですか? そちらにメッセージしていただければと思います」
私はナギサ様にお願いして、モモトークのQRコードをモノアイにかざしてもらうことにした。ザクスーツにそんな機能が付いているのかって? 付いているのである。なぜなら私が付けたからだ。不測の事態(主に女子との連絡先交換)に備えるのが、プルガトリウム男子の嗜みである。男子校生活で培われる能力とは、概ねこういった方向へ歪んでいくものなのだ。
「その……ザク、もびるスーツ、でしたか、モモトークもできるんですか?」
ナギサ様は不思議そうに、やや面白げにしながら彼女のスマホを、私のモノアイにかざそうとした。だが、ザクの身長は二メートル弱。そんな私がぼけっと突っ立っていたものだから、ナギサ様は私の眼前に立ち、白鳥が湖面から飛び立つかのように優雅に背伸びをし、細い腕を懸命に伸ばし、スマホをモノアイの位置まで持ってこようと奮闘されている。
しかし、悲しいかな、つま先立ちでぷるぷると震えるその姿は、あくまでも高貴であったが、手元のスマホがブレッブレなのである。これではQRコードが読み取れるはずもない。まるで風に揺れる木の葉のようだ。
私は慌てて我に返り、申し訳なさでいっぱいになった。鉄の塊の中で、生身の私は赤面しているに違いない。
「あ……、すみません。屈みます」
「いえ、もうちょっとで出来そうですから、そのままで居てください……こ、このっ、お、おりゃーっ……?」
ナギサ様はなぜか意地になって、なおも腕を伸ばし続ける。もう片方の手は、私のザクスーツの胸部装甲の手前で、バランスを取るかのように宙をさまよっている。その懸命な姿は健気で愛らしいが、QRコードの揺れっぷりは、もはや台風中継のリポーターが持つカメラのブレに匹敵する勢いであった。これでは未来永劫読み取れまい。私は再度、屈むことを決意した。
「ナギサ様、屈みますから、離れてもらってもいいでしょうか……」
「いいえ! 私、やりますから。まかせてください。Nさんはおとなしくしていてくだされば、いいんです!」
「ああいやそんな……そんな!」
そんな間にも、ついにはナギサ様は私の前で小さくジャンプしはじめて、ピョンコピョンコとスマホを掲げた手を跳ねさせた。
「ど! どう! でしょう! とどいて! ます! よね!?」
「ああナギサ様! ブレてます! ブレッブレです!! とどいてはいますけど、ブレすぎて読めません、絶対に!!」
「そんなぁ!! ああ、なんてこと……!」
ナギサ様は飛び跳ねるのを止め、膝に手を付けながらがくっと俯いた。その
「あーもー、ナギちゃん、何やってんのさー」
不意に、呆れたような、しかしどこか楽しげな声が飛んできた。聖園ミカ嬢である。彼女は詰所の壁に軽くもたれかかり、腕を組んで我々のコントじみたやり取りを眺めていたようだ。
「だからさー、最初っからNくんに屈んでもらえば良かったじゃん? 背が高い相手には、こっちが合わせるんじゃなくて、相手に合わせてもらうのがスマートってもんでしょ☆まったく、ナギちゃんは変なところで意地っ張りなんだからー」
まったくもって正論である。ぐうの音も出ないとはこのことだ。ナギサ様も俯いたまま、小さく「うぅ……面目ありません……」と消え入りそうな声で呟いている。
「まあ、ナギちゃんらしいっちゃ、らしいけどね☆」
ミカ嬢はくすくすと笑いながら付け加えた。その笑顔は悪戯っぽいが、どこか優しさも含まれているように感じられた。
ナギサ様はちょっとしょげているようだった。だが、私はそこで、屈むのはやめよう、と考え直した。私の中の、いわば天邪鬼な、あるいは単に格好つけたいだけの、男子校的ひねくれ小僧の本性が鎌首をもたげたのである。正直に言ってしまえば、ナギサ様の私へのこの一連の振る舞いが、あまりにも予想外で、あまりにも嬉しいものであったのが、私の判断回路に致命的なエラーを引き起こしていた。端的に言って、私も浮かれていたのである。なにに? それが問題なのだが、難題であった。女子との接触経験値がゼロに近い私には、この難題はフェルマーの最終定理さながらである。
分からないままに、私は俯くナギサ様の前へと、ザクの無骨な鋼鉄の手を、できる限り優雅に差し出した。ナギサ様は顔を上げ、その亜麻色の髪がさらりと垂れた。
「あ、では、よろしくお願いいたします……」
ナギサ様は、戸惑いながらも彼女のスマホを私の手に置こうとした。私はそれを制するように言った。
「ああ、スマホは個人情報の塊です。易々と手放すのは感心しませんね」
「え? では、どうしたら……」
戸惑うナギサ様に、私は悪戯っぽく(スーツ越しにそんな表情が伝わるかは不明だが)告げた。
「失敬」
私は、ナギサ様が差し出した、白魚のような(としか、語彙力の足りない私には表現できない)その手を、スマホごと、できる限りそっと、しかし確実に握りしめた。そして、ぐいと、私の方へと引き寄せた。ナギサ様は驚くほど軽く、私の腕の中にするりと収まった。私は空いていた方の腕を、彼女の驚くほど細い腰へと回し、くびれのあたりをしっかりとホールドして軽々、抱き上げた。
「きゃ……あ!」
一瞬の驚きの声。しかしそれはすぐに、鈴を転がすような、楽しげな笑い声へと変わった。
「あ、あはは! あはははは!! あははははは!! っふふ、ふふっ、も、もう! 何をするんですか、もう! っくくく、あはははっ!」
私の腕の中で、天使が大きく口を開けて笑っていた、無邪気な子供のように、はしゃいでいた! それからナギサ様は自分の口へと、スマホを持った手ごと両手をやって、口をおさえて見せたが、それでも笑い声をくふくふと漏らしていた。
私は、腕の中でナギサ様がぱちくりと目を瞬かせ、自分の視線の高さに驚き、そして呆れたようにこちらを見ているミカ嬢や、静かに観察しているセイア嬢に向かって、ぶんぶんと大きく手を振るそんな姿を、モノアイ越しに、しかし確かにこの目に焼き付けていた。
なぜこんなに私は心を弾ませているのだろう? らしくない、私らしくない。なにがそんなだというのだ、わからない、わからない、わからない。
「ちょっ……! Nくん! あんた、ナギちゃんに何してるの!」
我に返ったのは、ミカ嬢の、驚きと呆れが混じった声だった。彼女は壁にもたれていた姿勢を正し、目を丸くしてこちらを見ている。その表情は、まるで「信じられないものを見た」と言わんばかりだ。
「あははっ☆ いや、本気でウケるんだけど! ナギちゃん、めっちゃ楽しそうだし! まさかNくん、そういう趣味だったりする?」
ミカ嬢はニヤニヤしながら、私と腕の中のナギサ様を交互に見やる。そういう趣味とはどういう趣味だ。断じて違う。
「……ふむ。予測不能な因子が、興味深い相互作用を引き起こしたようだね」
セイア嬢は、相変わらず静かに、しかしその瞳には確かな好奇の色を浮かべて呟いた。彼女の視線は、まるで実験動物を観察する研究者のように、私とナギサ様の一挙手一投足を記録しているかのようだ。居心地が悪い。
一方、部屋の隅で、あの喰えない後輩ことOは、口笛をピュウと吹き、「やるじゃないっすか、先輩!」とでも言いたげな、悪戯っぽい笑みを浮かべている。まったく、この後輩は。
イチカ嬢はと言えば、ただただ呆然と、信じられないものを見る目で私とナギサ様を見つめている。その口は半開きになり、プラチナブロンドの髪がはらりと頬にかかっている。その目が、一瞬だけOのほうを見て、すぐに伏せられた。
ミレニアムの三人組のうち、リオ会長は無表情を貫いているが、眉間の皺が心なしか深くなったような気がする。ユウカ嬢は「な、なによあれ……!?」と絶句し、ノア嬢は優雅に微笑みながらタブレットに何かを記録している。津山君は……もう完全に魂が抜けているようだ。南無。
「さ、さて……と」私は咳払い一つ(スーツ越しに)、我に返って言った。「これでQRコード、読み取れますね?」
ナギサ様は、まだ少し笑いの余韻を残しながら、「は、はい……お手数をおかけします……」とスマホを私のモノアイに近づけた。今度は寸分の狂いもなく、ピコン、という軽快な音と共に、連絡先の交換は完了したのだった。
やれやれ、たかが連絡先交換一つで、これほどまでに心身を消耗するとは。女子との交流とは、かくも難易度の高いクエストなのか。私はナギサ様をそっと床に降ろしながら、改めてそう痛感した。
「さて、と」私は、やや疲弊した我が心をむち打つように、できる限りハキハキと言った。「私は少し、ここで失礼させてもらいます。このスーツを脱ぎに」
私はティーパーティーの御三方に(そして、その場の全員に)一礼すると、詰所を後にした。
今度こそ、誰も異論は唱えなかった。ただ、ナギサ様の「お待ちしておりますわ」という、どこか期待を込めたような声と、ミカ嬢の「早く戻ってきてねー! ラーメン情報、私にも教えてよ!」という声が、私の背中を追いかけてきたのだった。
目指すはシスターフッドの管理区域、そして古書館である。我が鉄の
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