「 キヴォトス 等身大ザク 男子校  私 」   作:おおおユウゴ

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第九話 古書館の主とシスターフッドの影と物理的鎮静

## 第九話 古書館の主とシスターフッドの影と物理的鎮静

 

さて、正義実現委員会の詰所を後にした私である。背後からは、ミカ嬢の「ラーメン情報、私にも教えてよ!」という、実にありがたい(そして若干不安を煽る)声援が聞こえてきたが、今はそれに構っている場合ではない。我が目的はただ一つ、この鉄の棺桶──否、愛すべきザクスーツからの脱出である。そのためには、かの難攻不落の城塞、トリニティ古書館へと向かい、その偏屈なる主君に謁見し、助力(という名の面倒事の押し付け)を請わねばならぬ。ああ、考えただけで胃が痛む。スーツの中で生身の私が呻いているのが、自分でもわかった。先ほどのナギサ様との抱擁(ハグ)(断じてお姫様抱っこではない、断じてだ!)によって僅かに回復したはずのHPが、早くもゴリゴリと削られていくのを感じる。

 

目指すシスターフッド管理区域は、トリニティ総合学園の中でも、ひときわ清浄で敬虔な空気が支配する領域である。舗道は塵一つなく掃き清められ、そこかしこに配された花壇の花々は色鮮やかに咲き誇り、時折すれ違うシスターたちは皆、一様に慎ましやかで、その歩みは水の流れのように静かだ。まるで俗世から切り離された聖域のようである。清らかな乙女たちが祈りを捧げる、まさに天国(ヘブン)のような場所。そこに、この全長二メートル弱、青黒(ブルーブラック)の鋼鉄の塊が、カッポカッポと無骨な足音を響かせながら闊歩しているのである。その場違い感たるや、満漢全席のテーブルにいきなり納豆ご飯が鎮座したかの如し。あるいは、清楚なシスターたちの合唱隊に、ヘヴィメタルバンドが乱入したかの如し。

 

すれ違うシスターたちの視線が痛い。先ほどの詰所前とは比較にならないほどの純粋な驚愕、困惑、そしてほんの少しの恐怖。ある者は小さく悲鳴を上げ、ある者は十字を切るように胸の前で手を組み、またある者は、蜘蛛の子を散らすように建物の影へと身を隠す。無理もない。彼女たちにとって私は、突如として聖域に現れた異形の悪魔か、あるいは最新型の掃除用オートマタ(にしては随分と物騒だが)にしか見えぬであろう。私はザクスーツのヘルメットの中で、ただひたすらに縮こまるしかなかった。早くこの鉄の服を脱ぎ捨てたい。切実に。そしてできれば、彼女たちの記憶から、この不審極まりない鉄人の存在を抹消していただきたい。無理な相談であろうが。

 

息を潜めるように(鉄塊なので物理的には無理だが、気分的にはそうである)歩を進め、ようやく目的地の古書館にたどり着いた。古色蒼然とした石造りの建物。その重厚な扉は、まるで「我、知識の深淵なり。安易に立ち入るべからず。特にラーメンのことばかり考えているプルガトリウム生は厳禁」とでも主張しているかのように、固く閉ざされている。ここが、知の聖域にして、あの引きこもり司書の牙城か。

 

「ご、ごめんください……」

私は、先ほどよりもさらに小声で、しかし鋼鉄のボディを通してくぐもった声で呼びかけた。しーん、と静寂が返ってくる。やはり、一筋縄ではいかない。ノックをしようにも、このザクの手では扉を破壊しかねない。途方に暮れかけた、その時だった。

 

すぐそばの通用口らしき小さな扉が、ギィ、と音を立てて開いた。 そこから顔を出したのは、見覚えのあるシスター──若葉ヒナタ嬢であった。彼女は大きな茶色のトランクケースを足元に置き、額の汗を拭っている。どうやら、重い荷物を運び終えたところらしい。

 

「あ、あの、若葉さん、でしたよね?」

私は、できるだけ穏やかな声色を心がけ(スーツ越しに伝わるかはなはだ疑問だが)、彼女に声をかけた。

 

「ひゃっ!? あ……! あの時の……鉄の……えっと……N、さん? でしたか?」

ヒナタ嬢は、私の姿を認めると、再び飛び上がらんばかりに驚き、しかしすぐに私を認識したようで、ぺこりとお辞儀をした。

 

「その節はどうも。ちょっと、古関さんに用がありまして……。取り次いでいただけませんか?」

 

「う、ウイさんに、ですか? えっ、えっと……はい! わ、私でよろしければ……!」

ヒナタ嬢は、なぜか顔を赤らめながらも、こくこくと頷いた。「う、ウイさん、いつも書庫の奥にいらっしゃるので……。きょ、今日は機嫌が良いといいのですが……」

そう言いながら、彼女は古書館の重厚な正面扉へと向かい、その扉をそっと開けて中へと消えていった。彼女の背中を見送りながら、私は一抹の不安を覚えた。「機嫌が良いといいのですが」とは、実に穏やかでない。果たして、かの偏屈司書は、私の頼み──この鉄の呪縛(スーツ)からの解放──を聞き入れてくれるのだろうか。ラーメンへの道は、まだ遠い。

 

待つこと、しばし。私の体感時間ではラーメンが茹で上がり、替え玉を注文し、それも平らげる程度の時間であったが、実際には数分といったところだろうか。古書館の扉が再び開き、先ほどのヒナタ嬢に腕を引かれるようにして、大きな丸眼鏡をかけた、むすっとした表情の少女が現れた。古書館の主、古関(こぜき)ウイ、その人である。相変わらずの陰鬱(ダウナー)オーラ全開である。

 

「……なんですか、騒々しい。古書館の前で騒がないでくださいと、何度言ったら分かるんですか。それにその鉄屑、邪魔です。通行の妨げになります。**さっさと片付けてください**」

開口一番、鉄屑呼ばわりである。スーツだと言っているだろうに。しかも、このスーツの制作にあたって、彼女の知識を(古書館のデータベース経由で、半ば勝手に)拝借したというのに、この言い草。まあ、勝手に拝借したのはこちらなので、文句を言える筋合いではないのだが、それにしても言い方というものが……!

 

「いや、すまない、古関さん。邪魔するつもりはなかったんだが……。実は頼みがあってだな。君にしか頼めない、重要な頼みが」

私は、できるだけ神妙な面持ちで(スーツ越しに伝わるかは不明だが)切り出した。

 

「頼み? 私に? 嫌です。面倒事はごめんです。大体、貴方のような野蛮(プルガトリウム)な方が、私のような知性派(インテリ)に頼み事など、百年早い。用がないなら帰ってください。古書館の静寂を乱さないでください」

ウイは、私の言葉を最後まで聞く前に、ぴしゃりと言い放った。ここで彼女は、煩わしそうに眼鏡を外し、それをポケットにしまった。 取り付く島もないとはこのことだ。しかも地味にディスられている! しかし、ここで引き下がっては、私は未来永劫この鉄の服を着続け、ナギサ様とのラーメンお茶会にも参加できぬ羽目になりかねない! それだけは断じて避けねば!

 

「いや、そう言わずに聞いてくれ! これは、君の知識と技術が必要不可欠な、極めて重要な案件なんだ! 具体的に言うとだな、このスーツを脱ぐのを手伝ってほしいんだ! トリニティの中で、安全に、そして人知れずこれを分解できるのは、君くらいしか心当たりがない!」

私は、必死の形相で(スーツ略)訴えかけた。

 

「……はぁ?」ウイは心底呆れたように、そして疑念に満ちた目で私を見上げた。「なぜ私が、貴方のような得体の知れないプルガトリウムの生徒の、その胡散臭(うさんくさ)い鉄屑の脱衣作業を手伝わなければならないのですか? そもそも、そのスーツの制作に、古書館のデータベースに不正アクセスしたでしょう、貴方。ログは残っているんですよ」

ギクリ、とした。やはりバレていたか。ログまで見られていたとは……!

 

「そ、それは……その、不可抗力というか、緊急避難というか……知的好奇心が抑えきれなかったというか……!」

「言い訳は結構です。プライバシー及びセキュリティの侵害です。お断りします。さようなら」

ウイはそう言って、ぷいと顔を背け、踵を返し、古書館の中へ戻ろうとした。まずい。このままでは……! 万策尽きたか!?

 

「まあまあ、ウイさん。そう邪険になさらないで」

その時、まるで天使(エンジェル)の囁きのように、穏やかで優しい声が響いた。いつの間にか、私たちの背後に、伊落(いおち)マリー嬢が立っていた。彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、見るからに聖母のような雰囲気を纏っている。後光が見えるようだ(比喩ではない、ヘイローが輝いている)。

 

「伊落さん……。ですが、この人は……不審者です。明らかに」ウイは不満げに口を尖らせる。不審者は否定しないが、もう少し言い方というものが……。

 

「Nさんですね。ごきげんよう。先ほどは大変でしたね」マリー嬢は私に向かって優雅に微笑んだ。

……先ほど? なぜ彼女が、私が戦闘に巻き込まれていたことを知っている? どこかで見ていたのか? それとも……シスターフッドの情報網は、私が考える以上に広範囲に及んでいるということか? 妙な胸騒ぎを覚える。

「サクラコ様から伝言を預かっております。『例の件について、Nさんと、そしてウイさん、ヒナタさんにも、直接お話がある』とのことです。至急、聖堂までお越しください、と」

 

「サクラコ様が……!?」

ウイの顔色が変わった。先ほどまでの不機嫌さは消え去り、代わりに警戒の色が濃くなる。

「例の件……。それで、伊落さん、サクラコ様は、このザクスーツについて、具体的に何と仰っていましたか? その……技術的な見解とか……」

ウイは、探るような目でマリー嬢を見つめる。

 

「え、ええと……」マリー嬢は少し困ったように眉を寄せた。「『異質(いしつ)にして、未知なる可能性を秘めた鉄の器』と……。そして、『その出自については、深く詮索する必要はないでしょう』とも仰っていました」

 

「深く詮索する必要はない……?」ウイの口調が僅かに鋭くなる。「それはつまり、このスーツの製作経緯……古書館のデータベースが関与している可能性について、不問にする、と? ……まるで、何かを隠蔽しようとしているような……。それで? 他には何か仰っていましたか? その、危険性とか……」

 

「危険性、ですか……。そうですね……『扱いを誤れば災いを招くやもしれません』とは……。ただ、それはあくまで可能性として……」マリー嬢は慎重に言葉を選ぶ。

 

「──災いを招く! やはり!」ウイの声のトーンが一段上がった。「つまり、このスーツ、そしてその製作者である彼が、トリニティにとって危険因子であると、そう断定なさっているのですね!? そして、その責任の一端が、情報を提供した(かもしれない)古書館にもあると、そう言外に……!」

その断定的な物言いに、私も内心穏やかではいられない。サクラコ様は、本当にそこまで考えているのだろうか?

 

「い、いえ、ウイさん、落ち着いてください! サクラコ様は決してそのような断定的なことは……!」マリー嬢は慌てて否定する。「むしろ、『その力は未知数ですが、シスターフッドとしても注視し、必要であれば……古書館の運営に関しても、サポートできることがあるかもしれません』と……」

 

「古書館の運営にサポート!? それはつまり、我々の運営に介入するということではありませんか!」ウイはさらに声を荒らげる。「そして『注視する』? まるで、我々が何か問題を起こすのを待っているかのようだ! サクラコ様は、我々古書館の管理体制に、何か不満でもあると仰っていたのですか!? まるで……かつての『ユスティナ』のように……!」

ウイの口から漏れた「ユスティナ」という単語。それは、シスターフッドの前身であり、かつては血と恐怖をもって規律を守らせていたという、古の聖徒会の名。徹底した秘匿主義と、数々の黒い噂……。その記憶が、今もトリニティの一部には影を落としているという。まさか、サクラコ様は……。

 

「か、管理体制ですか……?」マリー嬢は懸命に記憶を辿る。「えっと……『古書館の貴重な蔵書の管理体制についても、一度シスターフッドとして確認させていただく必要があるかもしれませんね。万が一にも、その知識が悪用されるようなことがあってはなりませんから』とは、仰っていましたが……」

 

「確認!? それは査察と同じではないですか! しかも『悪用』ですって!? 我々が古書館の知識を悪用するなどと、そう疑っているのですか! これはもう、古書館の独立性に対する明らかな侵害です!」ウイの顔が怒りで赤くなる。

 

「そ、そんな……! きっとそういう意味では……!」マリー嬢は尚も否定しようとするが、ウイは聞く耳を持たない。

 

「……それで? 伊落さん。サクラコ様は、私個人のことについては、何か仰っていましたか? この件に関して、古書館の司書として、どのように関わるべきか、とか……」ウイは、僅かな希望を託すように尋ねる。

 

「あ……はい。ウイさんについては……『あの方は、知識への探求心が強いあまり、時に視野が狭くなりがちです。ですが、その熱意は貴重なもの。……ただ、その情熱が、あらぬ方向へ向かわぬよう、我々も注意深く見守り、必要ならば手を差し伸べるつもりです』と……」

 

「注意深く見守り、手を差し伸べる……ですって?」ウイの眉がつり上がった。「それはつまり、私は監視対象であり、何かあればシスターフッドが介入すると、そう仰っているのですね!? 私の能力を評価するどころか、問題児扱いして……!」

サクラコ様の言葉は、善意なのか、それとも本当に裏があるのか……私にも判断がつかない。ただ、ウイの怒りは、もはや限界に達しているようだった。

 

「ち、違います! そんなつもりでは……!」

 

「では、若葉さんのことは!? 彼女のことは何と!? このスーツの情報にアクセスする権限を、私が彼女に与えたことは、サクラコ様もご存知のはず! 彼女も連帯責任で何かされるのですか!?」ウイは、隣に立つヒナタ嬢を庇うように、マリー嬢に詰め寄る。

 

「ひ、ヒナタさんのことですか……?」マリー嬢は、さらに困惑した表情で記憶を探る。「えっと……サクラコ様は……『ヒナタは……そうですね……あの子は、その優しさ故に、多くのものを受け止めすぎてしまうところがある。良くも、悪くも……。だからこそ、その純粋さが、あらぬ濁流に飲み込まれぬよう、私たちが、注視し、行く末を見守らなければなりません』と……」

 

あらぬ濁流……行く末を見守る……?

その言葉を聞いた瞬間、私、Nの脳裏にも、無視できない疑念が湧き上がった。「あらぬ濁流」とは、一体何を指している? シスターフッドにとって都合の悪い事実か? それとも、彼女たちの意に沿わない勢力のことか? いや、待てよ……まさか、その「あらぬ濁流」とは、この私自身、あるいは私が所属するプルガトリウムのことではないのか? シスターフッドから見れば、我々プルガトリウム生など、トリニティの清らかな流れを乱す、まさしく「濁流」のような存在であろう。そして、ヒナタ嬢が私や、あるいは古書館(ウイ)と関わることを、サクラコ様は快く思っておらず、「注視し、管理する」必要があると考えている……? 先ほどの古書館への介入を示唆する言葉といい、今回のヒナタ嬢に対する言葉といい、サクラコ様の真意はどこにある? まさか……彼女は、このオートマタ暴動、ミレニアムやシャーレまでをも巻き込んだ事件の複雑さ、そして雷帝の遺産というキヴォトスの根幹に関わる問題、さらには私という規格外の存在(とこのザクスーツ)が出現したことによるトリニティ内部の動揺──この全ての「混乱」を利用して、シスターフッドの影響力を拡大し、古書館や、あるいは他の派閥をも自身の管理下に置こうと画策しているのでは……? そうだ、思い返せば、マリー嬢は最初から、私が戦闘に巻き込まれていたことを知っていたではないか。「先ほどは大変でしたね」と、まるで見てきたかのように……。やはり、シスターフッドは私の行動を監視していたのだ!

 

「──やはり!!」

私の疑念を裏付けるかのように、ウイはついに、彼女の中での「結論」に辿り着いてしまったらしい。その顔は怒りと絶望に染まり、完全にヒートアップしている。

「シスターフッドは、ヒナタさんのその『優しさ』すら利用し、古書館の知識も、この異端技術も、全て掌握するつもりなのです! 我々は、シスターフッドにとって都合の良い駒でしかない! これは……! 我々を陥れ、トリニティの知の番人たる古書館を乗っ取るための、周到に仕組まれたやり方なのです!」

ウイは、ついに堪忍袋の緒が切れたように叫んだ。その瞳には、憤りと、そして組織への深い不信感が渦巻いている。

 

「え、ええっ!? ウイさん、何を……!? そ、そんなつもりでサクラコ様は……!?」マリー嬢はウイの剣幕に完全に気圧されている。それでも、彼女は優しく、諭すように言葉を続けようとした。「落ち着いてください、ウイさん。きっと何か誤解が……」

 

「誤解などではありません! これはシスターフッドによる……! きっと裏ではティーパーティーとも繋がっていて……!」

ウイは完全に彼女なりの論理的(?)帰結に至ってしまったらしい。瞳孔は開き、早口でまくし立てるその姿は、鬼気迫るものがある。これはもう、手が付けられないのでは……。ラーメンどころではない。

 

「ウイさん! 落ち着いてください!」

その時、ウイの隣にいたヒナタ嬢が、意を決したように叫んだ。そして、次の瞬間、誰もが予想だにしなかった、しかしヒナタ嬢にとっては日常的な(のかもしれない)行動に出たのである!

 

ヒナタ嬢は、その小柄な身体に似合わぬ力で、わめき散らすウイの顔面を、自身の胸──ふわりと柔らかそうで、ミルクのように白く、ほんのり桜色が差したような、温かみのある豊満な胸元──へと、むんずと優しく、しかし確実に埋めたのである!

 

「んむっ……んむぐぐ……ふ、ふが……むぅ……っ……!」

ウイの抗議の声、あるいは悲鳴は、その心地よい(であろう)弾力性と温もりに包まれ、徐々にくぐもっていき、やがて抵抗する気力すら奪われたかのように、小さな呻き声へと変わった。まさしく物理的鎮静、そして母性的包容力。これぞシスターフッドに伝わる最終奥義か(違う)。私は、開いた口が塞がらなかった。いや、スーツなので元々塞がっているのだが、気分的にはそうである。

 

「だ、大丈夫ですから、ウイさん……! 落ち着いて……すぅー、はぁー……。深呼吸です……!」

ヒナタ嬢は、ウイを抱きしめたまま、自身も涙目になりながら、必死に深呼吸を促す。ウイはしばらくの間、ヒナタ嬢の胸の中で弱々しくもがいていたが、やがてその動きも収まり、ぐったりとヒナタ嬢に身を委ねた。ウイの耳は、役目を終えた信号機のように、真っ赤に染まっていた。

 

やがて、ヒナタ嬢がそっとウイを解放した。

 

「……す、すみません……取り乱しました……。少し、その……考えが煮詰まりすぎていたようです……」

ようやく呼吸を整えたウイが、ぜえはあとか細い息をつきながら謝罪した。その目には、まだ少し疑心暗鬼の色が残っているが、先ほどの狂乱ぶりは嘘のように収まっている。ヒナタ嬢の物理的鎮静、恐るべし。将来、キヴォトスの治安維持に大きく貢献する可能性があるやもしれぬ。

 

「……それで、伊落さん。サクラコ様の用件とは?」

ウイは、まだ少し息苦しそうにしながら、マリー嬢に尋ねた。

 

マリー嬢は、一連のシュール極まりない光景を目の当たりにし、少しだけ目を丸くしていたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みに戻り、心配そうにウイの顔を覗き込みながら、

「はい。詳しいことは、直接サクラコ様から……とのことです。さあ、こちらへ。サクラコ様が聖堂でお待ちです。ウイさん、大丈夫ですか? 無理なさらないでくださいね」

と、我々をシスターフッドの奥へと案内し始めた。その対応は、どこまでも優しく、聖母のようであった。

 

ウイはまだ何か言いたげだったが、ヒナタ嬢に無言で手を引かれ(そして時折、心配そうに顔を覗き込まれながら)、渋々といった様子でついていく。その背中を見送りながら、私はウイと視線を交わした。言葉はなかったが、互いの胸に宿るサクラコ様への疑念は、確かに共有されたように感じられた。 私はと言えば、この不可解極まりない状況と、未だ満たされぬラーメンへの渇望、そしてシスターフッドへの拭いきれぬ警戒心を抱えながら、彼女たちの後に続くしかなかった。シスターフッドの奥深く、歌住サクラコが待つという聖堂で、いったい何が語られるというのだろうか。そして、私のザクスーツは、果たして無事に脱げるのだろうか……。お茶会とラーメンは、まだ遠い。実に遠い。

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