衛宮士郎にとって、アナ・クレメットと言う女性は掴みづらい人であった。
「彼女は迷子なんだよ」
とは養父である切嗣の談であり。
その言葉は、士郎にとっても理解することはできるものであった。
盲目に加えて僅かなりとは言え回復したとは言えど隻腕であるに、アナは良く散歩と言う名目で外出をする。
あまり心配をかけさせないでくれと伝えても、分かったと返事をして数日おいて出歩く。
一度気になって着いていった折には、アナはかつて冬木市民会館のあった公園に足を運んでいた。
そして公園内にてしばらくたたずんだ後に帰路につくのである。
「なあ、姉貴は何をしに行ってると思う?」
「さて・・・」
最近では家に居る時間が多くなった切嗣へと、士郎は問を投げる。
聞かれた切嗣はと言えば、数瞬思考した後に何かに思い当たるも湯飲みの入った珈琲を飲んで誤魔化す。
「リハビリじゃないかな」
「心配じゃないのかよ」
「彼女は大丈夫さ。なにせ、飛びっきりのボディガードが着いているからね」
「なんだよそれ」
切嗣の言葉の意味を士郎は理解できない。
確かに切嗣が魔術師で有ることは知っている。
だが、アナの周囲を見ても使い魔に警護させているようには見えない。
士郎がボディガードとは何かを聞こうとすると、玄関が勢いよく開く音が響く。
「おっじゃましまーす!!!」
元気に溢れた挨拶をしながら居間に入ってきたのは、アナを米俵のように抱えている藤村大河であった。
「やあ大河ちゃん。今日も元気だね」
「藤姉だから、その運び方はやめてやれって」
もうこの光景も見慣れたのか切嗣は普通に挨拶を返し、士郎が大河をたしなめる。
「士郎、大河はきっと人の皮を被った虎なの。着物に皺が付きそう」
「そう言うなら姉貴も黙って出かけないでくれ」
「・・・反抗期?」
「なんでさ。するとしても切嗣にだろ」
大河に抱えられた事で、乱れた着物を直していたアナの手がふと止まる。
「士郎も年頃ね・・・」
「な・・・!」
「でも駄目よ」
「あらぁ。士郎のおませさん」
アナと大河の二人に、からかわれ士郎が顔を赤くしているのを切嗣は微笑ましそうに見る。
「士郎はモテモテだなぁ」
「切嗣まで!」
哀れ、この場において士郎に味方は居なかった。
◎
乾いた銃声が、耳朶を打つ。
たった今己が撃ち殺した相手が、赤い水溜まりを作り足元に倒れている。
(またか)
それが、切嗣の抱いた感想だった。
あの日、第四次聖杯戦争の最終決戦において泥を被った事で見せられた悪夢。
その再演。
「お前は満たされない」
既に事切れた筈であるのに、足元のアイリスフィールが切嗣を睨み据える。
「聖杯を拒絶したお前はもう二度と、家族に会えるものか」
いつの間にか足元に溢れていた泥に、切嗣は沈み込んでいく。
沈んでいく毎に身体中に痛みが走る。
それは魔術回路が死んでいく痛み。
「聖杯を拒絶したと言うことは、お前はイリヤスフィールを拒絶したのと同義だ」
「僕が拒絶したのはお前だ。これ以上アイリの顔で口を開くな」
そう言われ苛立ったのだろう、アイリスフィールの形をした何かが泥の巨人となり切嗣を飲もうとしたとき、切嗣の身体が上へと引っ張り上げられる。
「言ったわ。貴方と居たいって」
「どうして此処に」
眼下で泥の巨人が大蛇と取っ組み合いを始めていた。
その光景も薄れ切嗣の意識は現実に帰って行く。
目を覚ましたときに切嗣はそう言えば寝ていたのだったと思い出すと共に、背中に暖かい物を感じる。
まさかと思い寝返りをうつとそこには、寝入る時には居なかったアナが居た。
「自分の布団が有るだろう」
「魘されている気がしたの。・・・それに少しは私のことも思い出してきてるの」
アナはそう言いながら布団から出て行く。
「でも・・・。この記憶が私の物ではないとしても、私は切嗣と生きていたい」
「・・・今では、僕もそう思うよ。なにせ、君も士郎も僕の家族だ」
「ありがとう」
アナが切嗣の部屋を出て行った時になって、切嗣は気がついた。
少しではあるが身体が楽になっていることに。
◎
これが最後かもしれないと、切嗣は再びアインツベルンの元へと来ていた。
当然と言うべきか、門前払いをくらい森をさまよっていたが、吹雪の向こうに城の影が見え始める。
「イリヤッ!」
会える、またこの腕の中に娘を抱けると喜びの感情が切嗣の胸に溢れた瞬間であった。
「■■■■■■■■ッッーーーー!!!」
灰色の巨人が石斧を大地に叩きつけた衝撃で、切嗣は大きく吹き飛ばされてしまう。
「なん・・・だ・・・?」
霞む視界にその存在が入る。
追い返せとだけ命じられているのか、それは荒く息を吐くだけで切嗣へと向かって来ない。
だが、そこに居るだけで絶望であった。
新たなサーヴァント。
「そこまで、僕が憎いか・・・!アインツベルンッ!」
苦し紛れに起源弾を放つが、それには利きもせずにただ弾かれる。
「ごめん、イリヤ・・・」
例え全盛期であったとしても、勝てはしない存在に切嗣が絶望し項垂れた時、彼は森の入り口へと戻っていた。
「イリヤ、イリヤッ!」
ただ空しく娘の名を叫ぶ男が雪原の中に居た。
これが第四次聖杯戦争終結から4年と数ヶ月経った頃であった。
◎
最後の仕事だと言っていた切嗣は帰ってきてから一気に老け込んだ。
誰が見ても活力と言う物が失われているのは一目瞭然であった。
そんな様子の切嗣が縁側に座って月を見上げていると、彼の両隣にアナと士郎が座る。
「どうしたんだい二人とも」
「側に居て欲しそうだったから」
「そうかもしれないね」
あっさりとアナの言葉を首肯すると、切嗣は遠くを見ながら口を開く。
「ねぇ二人とも、僕はね正義の味方になりたかったんだ」
「なんだよ切嗣、それじゃ諦めたみたいじゃないか」
士郎からのツッコミに切嗣は否定することなく穏やかに笑う。
「そうなんだ。僕は諦めてしまったんだよ。士郎、正義の味方は期間限定でね。大人になる頃には名乗るが難しくなってたんだ。そんなことは、もっと早く気がつけば良かったんだ」
「そっか、じゃあしょうが無いな」
「そう、しょうがなかったんだ」
暫しの沈黙が流れた後に、士郎は切嗣へと呼びかけると、切嗣は士郎へと向く。
「しょうがないからさ、俺が代わりになるよ。切嗣はもう大人だけど、俺はまだ大丈夫だからさ」
士郎の言葉の意味を理解しながら切嗣は再び月を見上げる。
「任せてくれよ、切嗣の夢はさ。俺がちゃんと形にするからさ」
それを聞いて切嗣の身体から力が抜けていく。
「――ああ、安心した」
頽れた切嗣の態勢は、アナが膝枕をする形となる。
「やっと、見え始めたのに。お別れなのね」
眠るように衛宮切嗣は息を引き取っていた。
◎
切嗣が死去してより3年、士郎はアナに話しがあると言われ彼女の自室へと呼ばれていた。
「入るぞ姉貴」
「ええ」
返事があったことで入室した士郎は、相変わらずどこからか仕入れてくるのか分からない蛇が居るケージを見やりながら、アナの前に来る。
「貴方は、そろそろ切嗣の刻印を受け継ぐべきと判断したわ」
「刻印?」
「魔術刻印。魔術師の家系において親から子に伝わるもの」
そう言いながらアナが取り出したスクロールには一つの魔術刻印が記してあった。
「これが、魔術刻印・・・」
「そうよ」
首肯したアナは、士郎の服に手をかける。
「姉貴!?」
「私も脱ぐわ、大丈夫天井の木目を数えていれば終るから」
「俺達、姉弟だぞ!?」
「何を考えてるの士郎。・・・したいの?」
「なんでさ!?」
その後、アナから肌を晒す必要があるとの説明を受け士郎は渋々ながら上裸になる。
結果的に言えば、魔術刻印は無事に士郎に刻まれた。
「何か、大事な物を失った気がする・・・」
「平気よ、士郎はまだ清いわ」
「心理的な意味でだよ」
「士郎、切嗣は今も貴方を見守っているわ」
アナからそう言われた士郎は、己の右腕に刻まれている魔術刻印をじっと見つめた。