切嗣から教えられた魔術の鍛錬を矯正された際に、士郎はアナより言われた。
「あまり士郎が投影した物は、見せびらかさない方が良いわ」
理由を問えば早かった、アナは己で投影した物を士郎に渡すが、それはものの数分でただの魔力へと還った。
「貴方のそれは投影と似て非なるものよ。まあでも、鍛えて損は無いわ。ただ、本当に私以外には可能な限り見せちゃ駄目よ。ホルマリン漬けになるかもしれないわ」
冗談でもなくそう言うアナに士郎は素直に頷くしか無かったのである。
◎
コンコンと扉をノックする音で士郎は目を覚ました。
どうやら鍛錬の最中に小休憩を取っていたつもりが、寝落ちしていたようである。
投影していた物品を消し、士郎は自身の工房としている土蔵の扉を開く。
「おはようございます。先輩」
「ああ、おはよう桜」
およそ1年ほど前に知り合った人。間桐桜。
最近は少しギクシャクしてしまっている親友、間桐慎二の妹である。
大河以外の女性が己に近づくのを、かなりの確率で嫌な顔をするアナが驚くほどすんなりと受け入れた事も、大河同様に桜が殆ど衛宮邸の住人と化している理由でもある。
「藤村先生もアナさんも、もう待ってますよ」
「もうそんな時間か。早く準備しないと二人にどやされるな」
土蔵から出て日の光を浴びた士郎を見て、桜が動揺するが彼女はできるだけ、それを出さないように士郎に問いかける。
「先輩、その・・・痣ができてますけど。・・・大丈夫ですか?」
「痣?」
他者から指摘された事で、士郎は初めて己の手の甲に赤く痣ができていることに気がつく。
「あ~、多分どっかでぶつけたんじゃないか。それより、二人を待たせちゃいけないからな。早く朝飯作っちまおう」
「先輩・・・」
士郎はその痣の正体を知らない。
だが、桜は間桐であるが故に知っているのであった。
しかし、桜は今の日常を壊したくない。
それ故に、朝食を終らせた彼女は士郎より早く学校に行く前に、彼に告げた。
「先輩、今日はなるべく早く帰ってきてください」
「ああ、そうするよ」
頼みを受け入れてくれた士郎を見て、桜はひとまず己を安心させた。
◎
酷く焦っているように見える桜を見送った後に、士郎は朝食の続きに戻った大河に続こうとした士郎はアナに囁かれる。
「不安はいらないわ」
「姉貴?」
それだけ言って居間に戻っていったアナに、士郎は首を傾げるのだった。
◎
朝の家事を終らせ、士郎は己の通う穂群原学園の校門を潜った際に凄まじい違和感に襲われる。
(なんだこれ・・・。姉貴が怒った時みたいだ・・・)
何故かこの場では関係無い、アナを連想した士郎は、蛇に巻き付かれた状態で放置された嫌な思い出を、脳裏から追い出す。
「ぼーっと突っ立って何やってんだよ衛宮。邪魔なんだけどどいてくんない?」
「慎二・・・」
「おいおい、顔が青いぜ?今日はもう帰った方が良いんじゃないか?」
「いや、早退する程じゃないよ」
「そうかい。人の心配は素直に受け取っておくべきだぜ」
つい先日までと異なり、何やら上機嫌な慎二は士郎に対してニヤついた顔でそう言うと、校舎へと向かっていく。
「あ。なぁ慎二」
「なんだよ」
「お前、1年にはもう少し優しくしてやったらどうだ」
「はぁ?もう弓道部辞めたお前には関係ないだろ?」
「関係ないけどさ。あまり美綴に世話をかけてやるなって言ってるんだ」
「・・・なんだよそれ」
先ほどまでの上機嫌は嘘のように、一気に不機嫌になった慎二だったが直ぐにニヤついた顔に戻ると、士郎に近づき彼の肩に手を置く。
「じゃあさ衛宮、美綴に世話かけないために、僕の仕事ちょっと変わってくれよ」
「なんでさ」
「今日中にやらないといけないんだけどさ。僕は僕で忙しいんだよね、だからさ弓道場の片付けやっといてくれよ。ほら、今殺人事件なんて起こったばかりだろ?部活も中止さ。だからさ、頼むよ衛宮」
「急用が有るって事か?」
「そういうこと、どうしてもこっちは外せないんだよ」
弓道場の片付け程度なら代わってやっても良いかと、士郎は考えると慎二に対して了承の旨を伝える。
「そう言うことなら片付けはやっておくよ」
「・・・。ああ、頼んだぜ衛宮」
何故か一瞬、表情を歪ませた慎二は士郎に弓道場の片付けを任せると、今度こそ校舎に入っていった。
◎
日中は身体に纏わり付く違和感を拭えなかったが、それは放課後現在の弓道場の片付けをようやっと終らせた今もであった。
きっと結界が施されているのだと、考えもしたが目的が分からなかった。
だが、目的が判明せずとも肌に纏わり付くようなこの結界は良くないものであると士郎は察していた。
「姉貴に聞くか・・・」
未だ完全に記憶を取り戻していないアナでも、結界の解除方法は知っているだろうと、士郎は今日帰って聞くことに決めた。
その時であった、金属音が響いてきたのは。
自身居以外の皆が既に帰宅した筈の校内で聞こえるにはあまりにも不自然な音。
そんな物を聞いてしまえば発生源へと、足を運んでしまうのは仕方のないことだろう。
校庭では、双剣を構えた男と槍を構えた男が、人とは思えない戦いを繰り広げていた。
(なんだ、あれ・・・)
理解できないそれ故に発生する恐怖に、士郎は無意識で一歩下がってしまう。
「誰だ!!」
その一歩の音を聞いたのだろう、槍の男つまるところのランサーが、士郎を視界内に捕らえる。
「マズイッ!」
桜との約束を優先するべきだったと思いながら士郎は、全力で逃げ出す。
身を隠せる事を優先したのだろう、校舎内に逃げ込んだ。
振り切ったと判断し息を整えていると、背後から声をかけられる。
「よお、随分と走ったじゃねぇか」
「ッ!」
振り返るとランサーが真後ろに立っており、彼は槍の穂先を士郎の心臓目がけて突き刺そうとしていた。
一瞬後には、士郎の胸は貫かれていたであろうが、そうなる前にランサーの槍は背後からの強襲を防いだ。
「不意打ちとは良い度胸だ!!」
影から滲むように現われたそれは、ランサーと同じような装いをしたもう一人のランサーであるディルムッド。
「その装い。なるほど、同郷か。にしては、てめぇの得物はギリシャ辺りに見えるがな」
「・・・」
「交わす言葉もないとは、寂しいじゃねぇかッ!」
無言のままに襲い掛かってくるディルムッドに対してランサーが応じ、槍同士が衝突すると生じた衝撃波によって周囲の窓ガラスが砕け散る。
短い間で幾度もの攻防が行われる。
「貴様、槍兵が本分ではないな?」
ランサーがディルムッド相手に夢中になっていると、判断した士郎は逃げだそうとする。
「悪いが、仕事なんでな」
しかし、ディルムッドに一撃与え吹き飛ばしたランサーは士郎に槍を投擲し、胸を貫く。
「ッ!」
それを見たディルムッドが怒りを露わにしランサーに襲い掛かるが防がれる。
「てめぇの相手はまた次だ」
ランサーはそう言うと壁を破壊し撤退していった。
胸に穴を開け倒れている士郎を担ごうと、彼に近づいたディルムッドであったが、この場に向かってくる気配を察知し影の中へと消えていった。
ディルムッドが姿を消して数秒後、倒れている士郎の元に校庭でランサーと戦っていたアーチャーのマスターである遠坂凛が来た。
「誰か居ると思ったら、なんでよりにもよってアンタなのよ・・・」
彼女自身の個人的な理由で気にかけていた士郎が、無残にも殺されているのを見て、凛は自身の迂闊さを呪う。
「息をしてる・・・」
微かに士郎が呼吸をしているのを見た凛は、自身の切り札とも言える莫大な魔力が籠もった赤い宝石のペンダントを取り出す。
『凛、その行為は君にとって不利でしかないぞ』
「知ってるわよそんなこと。だけど、此処で見捨ててらんないでしょ」
『まったく・・・』
「何よ、私の迂闊さで巻き込んだの。だったら私が助けるべきでしょ」
『止めはしないさ』
士郎に蘇生とも言える治癒魔術を施すと、それによって魔力が空になったペンダントを士郎の側に置くと去って行った。
◎
酷い喉の渇きで目を覚ました士郎は、喉に詰まっていた血を吐き出すと近くの蛇口から水を飲む。
「生きてる・・・」
息を整えた士郎は床に落ちているペンダントが目に付く。
それは倒れているときに見えた己を助けてくれた誰かが持っていたもの。
ならばいつか持ち主に返さねばと、それを拾って士郎は自宅へと戻っていった。
自宅へと帰ってきた士郎は居間へと入るが、誰もおらずメモ書きだけがあった。
『用事ができたので出かけます』
「姉貴・・・。物騒だって言ったのはアンタもだろ・・・」
ため息をつくが、明らかに大量出血したと分かる衣服を洗えるとしたら好都合と考え。
士郎が脱衣所へと向かおうとすると、侵入者用の結界が作動し振り子の音が響く。
「まさかッ!」
ランサーが己を追いかけて来たのかと察した士郎は、武器として木刀を投影する。
「ふんッ!」
「くッ!」
天井をすり抜け実体化したランサーは刺突を繰り出すが、木刀で防いだ士郎を見てため息をつく。
「なんだよ、人の気遣いを台無しにしやがって」
「気遣いだって?」
「おう、せめて楽に逝かせてやろうって言うな。たく、同じ奴も二度もなんて嫌な仕事だぜ」
ランサーはそう言うと士郎に襲い掛かると、木刀を破壊し彼を庭へと蹴り飛ばす。
庭へと蹴り飛ばされた事で、破壊された窓ガラスの破片を浴びるも、再び木刀を投影した士郎はどこから襲われても良いように警戒する。
「度胸も筋も良い、時代が時代ならお前さん。英雄になってたやも知れんな。だがまあ、己の不運を呪えや」
「うッ!」
英霊と人間では、そもそもの存在規格が違う。
故に、士郎はろくな抵抗もできずにランサーの槍によって吹き飛ばされ土蔵の中に転がる。
(俺は死ぬのか?・・・駄目だろ!!まだ、助けて貰ったお礼も言ってない!!それにこんな奴に、負けてる程度なら正義の味方になんてなれやしないッ!)
「俺は・・・!まだ死なないッ!」
「あ~あ~。やめてくれよ、殺すのが惜しくなっちまう」
士郎がランサーに向けて手を伸ばす。
ランサーと言う壁を越えたいと望む士郎に呼応するように、彼の魔術刻印が稼働する。
「剣・・・?」
黄金の剣の幻影。
これがあれば何にも負けないと思わせるほどの輝きを放つ剣。
「馬鹿な、八人目だと!?」
士郎の手の甲の痣が形を成し令呪となると、輝きが周囲を満たす。
「ぐぉッ!」
輝きの中から飛び出した存在は、ランサーを剣の一振りで吹き飛ばす。
「――問おう、貴方が私のマスターか」
「マス・・・ター?」
第四次と同じセイバーが冬木に現れた事で、第五次聖杯戦争は今宵始まった。