足元に転がる女性にはもう興味の欠片も無いのか、慎二は偽臣の書片手に士郎へと一歩踏み出す。
「マスターって事はさ、お前も魔術師なんだろ?此処は一つお前と僕、腕を競うってのはさ。どうだい?」
「どけ、今お前に構ってる暇は無い」
「は?」
提案をにべもなく断った士郎は慎二を無視して、彼のせいで魂喰いにあった女性に近づこうとするが、慎二は士郎が歩み出した直後に女性を踏みつける。
「・・・何してるんだ慎二」
「お前こそさぁ、折角僕が勝負を持ちかけてやってるのにさ。こんなゴミの方が大事だって言うのかよ!?」
士郎からすれば脈絡なく怒りだした慎二は、踏みつけていた女性を怒りのままに蹴り飛ばす。
ここまですれば、士郎が己の提案に乗るだろうと思っていた慎二は、次の瞬間左頬に鋭くも鈍い痛みが走り盛大に吹き飛ぶ。
「あがっふっ!?」
情けない声をあげてゴミ山に突っ込んだ慎二は、拳を振り抜いた士郎を目にする。
「衛宮ぁ・・・!何やってんだよライダー!!お前が愚図だから僕が殴られたぞ!!ああ、奥歯が抜けてるじゃないか!!」
「少しは男前になったんじゃないか?」
「ッ!痛めつけろライダー!!」
息を乱し血涙を流しながらも、しっかりと二足で立ち自らを見下ろす士郎に対して慎二は衝動的にライダーを嗾ける。
「特別ですよ。貴方には、少し本気で戦ってあげましょう」
自らに近しい者の気配を士郎から感じ取ったのだろう、ライダーは着いてこれると言う確信を持って士郎にそう囁きかけると、鎖で繋がれた杭剣を振るう。
「セイバー!!」
「貴方は全く冷やりとさせますね」
先ほど慎二を殴った時と同じように、急加速しセイバーと士郎が入れ替わる事で、杭剣に聖剣が激突する。
(あの女に似ている・・・。油断はできない)
「随分と険しいですね」
「無駄口を叩くその余裕。直ぐになくして見せましょう」
勇ましい様を見せるセイバーに、ライダーは微笑むと周囲の地形を利用し三次元的な動きでセイバーと戦闘を行う。
そして、セイバーの右手に杭剣を巻き付けると自身はセイバーの直上からもう一刃の杭剣を携え迫る。
「ハァッ!」
だが、セイバーが右手を引いた事でライダーはバランスを崩し突撃は落下となり、腹部に聖剣の切っ先が触れる。
「風王鉄槌!!」
解き放たれた風によって腹部を貫かれ、大量の血液と腸を溢しながらライダーは地面に落ちる。
「な、何やってんだよ!!お前英霊なんだろ!?だったら立てよ!!ほら!!」
呻くだけで動かないライダーに、慎二は偽臣の書による命令を下すがそれはライダーに微かな悲鳴を上げさせた後に溶けるように消える結果を導いた。
そして偽臣の書は紫色の炎を上げ燃えていく。
「ま、待って!!消えろ!!消えろ消えろ消えろよぉ!!」
完全に灰となってしまった偽臣の書を前に項垂れる慎二を、一瞥した士郎は女性の元へと向かおうとするが、時期違いな蟲の羽音に鳴き声が聞こえる。
「カカカ、慎二はやはり駄目じゃったか」
「お、お爺さま!」
恐怖からだろう腰を抜かし後退る慎二であったが、現われた臓硯は彼を無視し士郎へと向く。
「アンタ、誰だ」
「何、孫の頑張りを見に来た隠居爺よ。してこうして間桐は此度は早々に敗退よ」
「まさか、アンタが慎二をこんな殺し合いに放り込んだのか」
警戒を促すセイバーに頷きつつ、士郎は臓硯と目を合わせる。
「カカ、血気に逸るのぉ。じゃが、安心せいこやつの聖杯戦争は終った。元より期待なんぞしておらんかった故に、ショックも無いわ」
「お爺さま・・・」
「さて、お主の行く末楽しみにしておるぞ。衛宮の小倅」
臓硯は意味ありげに士郎へとそう言うと闇へと溶けた。
「慎二、お前はしばらく頭を冷やせ」
「・・・ふざけるなよ!!僕を憐れんでるのか!!」
「違う、心配してるんだ。さっきのお前普通じゃなかったろ」
女性を背負い教会へと向かっていった士郎を見て、慎二は地面を叩く。
「魔術が使えるお前に、僕が分かるかよ。衛宮・・・」
強く叩きつけたのだろう慎二の拳は流血していた。
◎
円蔵山地下の大空洞、そこにある大聖杯をギルガメッシュは見下ろしていた。
「こうも醜悪になると、いっそ愛おしくもあるな」
第四次聖杯戦争にて厄災を産んだ、『この世全ての悪』その縁によって大聖杯の内に降臨しつつある物に、ギルガメッシュはそう評する。
「さて、セイバーめも呼ばれた事だ。此度こそ婚儀を遂げるとするか」
セイバーに向けている情欲はこの十年変わらぬようであった。
◎
魂喰いの被害にあった女性の処置を終えた言峰は、講堂で結果を待つ士郎の前に姿を現す。
「まさか、あれほどの啖呵を吐いた直後に舞い戻ってくるとはな」
「俺が保護されに来たんじゃない」
「確かにな、聖杯戦争による一般人への被害は我々が処置をすることになっている。お前の判断は正しい。あと少し遅れていれば後遺症が残っていただろう」
「てことは無事か・・・」
後は頼むと言い去ろうとする士郎に言峰は言葉を投げる。
「衛宮士郎、お前は知りたくはないか。衛宮切嗣と言う男のことを」
「なんで切嗣が此処で出てくるんだ」
「そうか、お前はあの男の事を何も知らないと見える」
「何が言いたいんだ」
薄く微笑みながら言峰は口を開く。
かつて自身が答えを持っているととして相対し、果てに失望した男の事を。
「前回の聖杯戦争、その結果は知っているだろう」
「それが・・・」
「あれは、衛宮切嗣が聖杯を手にした結果だ」
「切嗣が?」
「そうだ。そして今現在視覚に加え片腕の麻痺、記憶障害を患っているアナ・クレメット。あの女もまたマスターであった」
続けざまに放たれた情報に士郎は軽く目眩を覚える。
「姉貴もマスター?」
「そうだ。両者は共に聖杯を手にしながらも手放した」
「その結果があの大火災・・・」
「さて、この真実をお前はどうする?」
「どうもしないさ。・・・姉貴には聞きたいことはできた。だけど、聖杯を手放したって事はそれがろくでもない物だって気づいたからだ。だったら俺は、今までの切嗣と姉貴を信じる」
「そうか。では行くが良い」
送り出された士郎は、門の側で待っていたセイバーと合流する。
「セイバー、一つ良いか」
「何でしょうマスター」
「セイバーは、切嗣と姉貴・・・アナ・クレメットの事を知ってるのか?」
思いもよらない質問にセイバーは面食らうも、隠し立ては良くないと正直に答える。
「ええ、知っています。切嗣は私のマスターでした。そしてアナ・クレメットと言う人物も知っています。彼女は前回ではバーサーカーとして召喚されたランスロットのマスターでした」
一度言葉を区切ったセイバーが歩みを止めると、士郎は彼女の数歩前で足を止める。
「マスター、事こうなっては私は全てを話しましょう」
そう言いセイバーは、第四次聖杯戦争における自らの知る全てを士郎へと語った。
「そうか・・・。二人はそうだったんだな。話してくれてありがとうセイバー」
一度瞬きをし、セイバーへと向き直った士郎は第四次聖杯戦争を語る過程で告げられたセイバーの願いを反芻する。
「俺はセイバーの願いを否定しない。救いたいって思いは否定されるべきじゃない。これは本心だ」
「マスター・・・」
「あ~、それとさ。そのマスターってのはなんだかこそばゆいからさ、名前で呼んでくれないか?」
「では、シロウと。ええ、この方が私にも好ましい」
主従としての絆を深めた二人は、朝日に照らされながら帰路に着いた。