【TS】クラス全員ドラゴン娘にされて異世界転生したった!【共学】 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
和田が所属するヴィザ厩舎は所属騎手が和田とシゲの2人で兄弟子に当たる人物がいたのだが、ヴィザ先生から一人前の評価を受けて所属厩舎を持たないフリーの騎手として活動していた。
フリーの騎手は100人居る騎手の中で10人も居ない凄い騎手達で、一流騎手と呼ばれ、厩舎の垣根を越え、時にはレース場をも越えて戦っていた。
フリーの騎手の中には王都のレース場で騎乗を許される枠組みがあり、王都の近衛騎士になるか各領地で1番勝利数を稼ぐか、1番獲得賞金が多い騎手のどちらかもしくは両方を満たすことで王都のレースに乗ることが出来る。
王都のレースでは各地から1流の馬が遠征してきて戦う最強決定戦であり、とても名誉な事で、自分達の代表の馬を王都に送り出す時は地元出身のフリーの騎手に乗ってもらいたいと言うのが一般的であり、公国は王都のレース場の次に格式があるとして10名に王都のレース場で騎乗する権利を与えていた。
シゲは年齢的に落ち目の騎手であり、シゲの弟弟子が一流になったことでヴィザ厩舎の馬を自分一人で回すのは厳しいと思ったのもあり、和田をヴィザ先生に売り込んだというのもある。
ヴィザ先生は先生で和田に乗らせた癖馬やズブい(動きが鈍い)馬を勝ちに持っていける能力と暴れる馬を制御する能力を見て、これは大物になると確信し、シゲのおこぼれを回すのではなく、和田を育てる馬を流す様になるのだった。
秋から和田は難しい馬ばかりに乗せられ、時には他の人員が足りていない厩舎への助っ人としても乗らせてもらい、88回レースに出て10勝をマーク。
複勝(2着までのこと)圏内には31回ねじ込み、勝率0.113、複勝率0.352を記録。
騎手としての所属が王都レース場に変わったコニー(軍籍は公国のままだが)から久しく公国には女性騎手が居なかったが、観客からは和田の金髪碧眼の容姿に整った顔立ち、そして騎乗時に綺麗に伸びた翼と尻尾が特徴的でどの馬に乗っても1目で和田がどの馬に乗っているか分かるので人気を集めた。
1年目は練習騎乗の側面が強く、少頭数の未勝利戦ばかり経験していたが、2年目になるとヴィザ先生から育てる騎乗をしろと言われ、2勝利戦まではミスをしなければ継続して騎乗させてやると言われ、色々な馬に乗せてもらえた。
ヴィザ先生が他の厩舎の先生にも未勝利戦だけでも良いので和田に騎乗機会をと頼み込んでくれて、この年和田は400鞍もの騎乗を集め、重賞戦線ではないとはいえ、毎日1鞍以上のレースに出走することができた。
ヴィザ先生の信頼あっての乗鞍であり、和田は1鞍も無駄にはできないと教育騎乗と勝たせる騎乗を並行して行い、負けるにしても次に繋がる負け方をというのを心がけ、更に他の厩舎の先生達から言われる注文を最大限活かす騎乗を行った。
和田はこの年に必殺技とも言える技を身につける。
ロケットスタートと逃げの競馬である。
タイミングよく手綱を押し、体重移動をすることで、馬は任意のタイミングで前に1歩踏み出してくれることを発見した和田は自身の持つスキルを最大限活用し、完璧なペース配分で逃げや先行策の競馬を増やしていった。
そしてインコースに寄せてラチ(コースを区切る柵)ギリギリを攻める競馬を続けた結果勝ち数は急上昇し、秋の始めには50勝を達成。
更に騎乗数が多くなるとバテる為1週間に1日や2日休みを取る騎手が多い中、朝一番に厩舎に来て調教を行い、日中にはレースに出て、夜は厩舎の掃除を最後まで行う……それを毎日休むこと無く行った結果、ヴィザ先生だけでなく多くの厩舎からの信頼を勝ち取っていった。
秋にはそんな先生方の1人から
「馬主からの指名でワダに騎乗させて欲しいと依頼が来ているんだが……主戦騎手として乗ってみるか?」
というお誘いを受けるまでに至った。
主戦騎手になるということはその馬が勝ち続ければ重賞でも勝負させてもらえるということでありヴィザ先生からも調教から見てやれと言われ、早朝からその馬(バイコーン)の調教させてもらった。
(足元に難があるのか……いやこれは……)
最初に跨った時に違和感を感じ、先生に確認をする。
「先生このバイコーン……1度脚を折ってますね」
「乗っただけで分かるか……流石だ」
先生から事情を聞くとこの馬は仔馬時代に母馬が寝ていた仔馬の脚を踏んでしまい、その時に脚が折れてしまったらしい。
幸いにも安楽死させるほどの大事には至らなかったが、仔馬時点で脚の折れた馬に買いてが付くはずも無く破格の500Gという値段で取引されたらしい。
競りで売られるとなると基本バイコーンなら1万Gくらいにはなるのでどれだけ期待されていないかがよくわかるだろう。
買った馬主と生産牧場の懸命な努力により走れるまでには回復したが、一度折れた脚が爆弾になっているのは言うまでもない。
「引退するまで乗って勉強に使ってくれ。馬主からも見栄えの良いワダに乗せて走ってくれるだけでどの子が自分の馬か分かりやすいから乗せたいという理由だ。勝てなくても文句は言わん」
「わかりました。ただ私は勝つのが好きなので、この馬で勝てるレースを作りたいと思います」
和田はそう言い切り、直ぐに調教を再開した。
ちなみにこのバイコーンの名前はノーブルロックと言う牝馬であった。
ノーブルロックは脚部不安があるためキレる脚を使うのは危険と判断し、かといって逃げ馬では無いことを見抜いた和田はスタミナを付けさせてスタミナで競り潰すレースができれば良いと考え、先生になるべくスタミナがつく調教方法でお願いしますと頼み、和田が乗る日は脚への負担が少ないウッドチップで追い切りをし、そうでない日は川で泳がせて調教を行った。
そして1ヶ月後のレース当日、距離は未勝利馬には長い2000メートルのレースを挑戦することになり、スタートをポーンと勢いよく出るとそのまま内側の好位に位置取り、ハイペースを展開させてスタミナ勝負に持ち込み、首差で先頭だった馬を捉えて勝利を勝ち取る事が出来た。
先生も馬主も勝てるとは思ってなかったので大喜び。
続いて距離延長して挑んだ2400メートルのレースも勝利し、1勝クラスを突破。
3着、2着を挟んで格上かつ重賞G3の年末のレースに賞金が足りるということで記念出走しようと言うことになったが、和田渾身の神騎乗(格上のライバル馬を他の馬に寄られて内に入ったところを前壁になり完全にロック。前の逃げ馬が疲れて落ちてきたところを内ラチの僅かな隙間にねじ込み有力馬を蓋したまま自分は前に出てそのまま勝利)をし、年間80勝かつ初重賞をノーブルロックと手にすることが出来たのだった。
公国騎手リーディング10位を獲得(賞金リーディングは32位)し、大きく飛躍した年となった。
騎手3年目……クラスメイトと別れて4年目となったが、前田先生が和田の様子を確認しに首都マクロまで来てくれた。
とてつもないプレゼントと一緒に……。
前田先生は馬主免許を取得し、1頭のユニコーンを委託したいと言ってきたのだ。
生産牧場は金田の牧場で、一番期待できそうな2歳馬を前田先生に渡し、競走馬デビューさせようと依頼してきた。
ヴィザ先生と前田先生が話し合い、そのユニコーンを見せて貰うと、ユニコーンにしては温厚というか……ヴィザ先生や兄弟子のシゲが近づいたり、厩務員のスタッフが撫でても平然としているどころか、ペロペロと顔を舐め始め人に懐いているという印象であった。
一番驚いたのは
『こんにちはお嬢さん』
目の前のユニコーンが和田に念話を飛ばしてくるのだ。
『あぁ、喋らなくても結構。Ms.マエダや生産者のMrs.カネダから話は聞いている。Ms.ワダを鞍上にしてレースに勝てと……私は何事も1番が好きでね……強者のオーラがするMs.ワダならば我の鞍上に相応しい』
なんかゴチャゴチャ喋っているが、前田先生は和田にこのユニコーンを預けたいらしい。
ヴィザ先生も温厚なユニコーンは珍しいし、人懐っこいということは調教も言うことを聞いてくれるだろうということで引き取ることになった。
前田先生は委託料とこの子は大食いなのでと追加の餌代を渡し、和田は前田先生に近状を話すと前田先生はニコニコと話を聞くのだった。